視覚によらずに、その存在を感知できる超常能力――彼の世界で人は、
『ニュータイプ』と呼んだらしい――
私に備わった『新たなる力』――これこそが『ニュータイプ能力』である。
当初は戸惑うばかりだったが、今では、ほぼ完璧に使いこなしている。
私は『天才』だからそれは、仕方の無い事なのだ。
――フッ、自分の才能が正直怖い。
――そう、余りにも何でもできるというのも、人間はある意味不幸な事でもある。
「……この語呂は、良いな――ふむ、自伝の序章の最初の一文はこれにするか……」
――ドドドッド!!ドドドッド!!
機体の鼻先に無数の火線が飛び交い、
コックピット内を瞬間的に、気味が悪い赤銅色の色が広がるが、
私は、何ら気にも留めない。
どの火線の行方が、何処に行くのか私には、全てお見通しだからだ。
時たま、部下のジン方に飛んでゆく火線をシールドで防ぎながらも、集中砲火を掻い潜ってゆく。
私の機体である、ジン・ハイマニューバは真っ白に塗装されている。
これは私のパーソナルカラーである『白』を基調としているからだ。
それは、エースの証でもあるのだ。
古来より将とは目立つ装束で兵達の士気を鼓舞したと言う。
その将が戦場に現れたと知っただけで、敵は散を乱して逃げ散ったというのだ。
その意味を含めても大いに価値がある。
――何しろ私は、ザフト最強のエースパイロットとして有名なのだから。
したがって、途轍もなく目立ち、敵の砲火の的となってゆくのだ。
これは、私が目立つ事によって敵を引き付け、
その隙に部下達が仕留めるという合理的な方法をも含まれているのだ。
そうしながらも、私は飛び交うレールガンの雨、嵐を掻い潜りながら、
偶然に、私の前に飛び出てきた一機の『メビウス』の胴体装甲を重斬刀で切り裂いてしまう。
――ズバシュ!!
装甲面を大きく切り裂かれたその『メビウス』は、即座に制御不能になり、
きりもみをしながら、月面へと激突し炎上する。
手馴れたもので、もはやどこをどう突けばモビルアーマーが、
破壊できるか手に取るように分ってきている。
またもや、哀れな敵の『メビウス』が私の目の前に飛び出してきた。
その次の瞬間には、右手に握るJDP2-MMX22 試製27mm機甲突撃銃が火を噴く!
――ドドドドッ!ドドッ!
突撃銃の弾道を側面に受けた『メビウス』は、機体装甲が捩れながら、
バラバラにに砕け散り、盛大な花火へと変化してゆく。
振り返りもせずに背中だけ、それだけの事がわかる。
退屈な作業だな……だが、
そう、先程感じた『獲物』までの距離は後、僅かなのだ……
――鼻歌を歌いそうになるのを自制する。
あの、『No.0』のメビウス<ゼロ>と同じ程度の手応えは、与えてくれよ……
後になって、この時の私を思い出すと正直恥ずかしくなって来る。
ここまで神経がハイになっていることに、帰還し冷静になっても気が付かなかったからである。
――これも血筋の所為だったのだろうと思うと……忌々しい事だ。
そして、遂に微弱なプレッシャーを再び感じる事となった……
――ピィキン!
「うむ……!」
メビウス<ゼロ>が3機が編隊を組んでこちらに向って飛んで来るのを確認できる……
それが、私の有視界へと入って来たのだ……
――唇の周りが乾いていたので、ぺろりと舌でなめ回す。
「ククッ――見つけたよ。君らかね?厚かましくも、私を呼びつけていたのは……」
そう言いながらも、私の口元は歓喜の為に、
思わず邪悪な笑みへと、唇を歪めて変化してゆくのだった。
――そう、これが『ムウ・ラ・フラガ』との出会いとなったのだ。
……この時を境にして奴は、私をしつこく追って来る事となり、
それを返り討ちにする事が、私の密かな娯楽としての楽しみの一つとなってゆくのだった。
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――ピィキィィィィン!!!
「ッァ――!?何だよこれはよ!!」
出撃直前に感じたものと同じ衝撃――!
吐き気と頭の中で激しい痛みが、オレに襲い掛かって来やがる!
「グッ――来る!何か……とてつもない奴が……」
――後方で暴れまくっている、あの『化け物』と同じ位の何かが、
こちらに向かって来やがる!!
一瞬襲い掛かる、激しい吐き気と痛みに翻弄されながらも、
辛うじて正気を取り戻したオレの耳に、ラッセルの警告が響き渡った。
『――隊長!正面より型式不明のMSが接近中!……なんだ、このスピードは……!?
通常のジンの『3倍』以上のスピードです!!』
「……なにっ!」
ラッセルの悲鳴に似た声が、オレのコックピット内に響き渡る。
『ジン』の3倍のスピードだと……何だそりゃぁ?『モビルアーマー』の戦航速度の倍以上じゃねーか。
『クソっ!これから逃げるって時に!!』
ケインが悲鳴にも似た悪態を吐く。
それがオレの耳に届いた瞬間、本能がオレに向かって激しく囁く!!
そう……
――『逃げろ!!』と!
オレは喉を振る絞るように絶叫する!!
「――お前等ぁぁ!逃げるぞぉぉ!!マジでこいつはやばぇええぇ――!!」
ケインもラッセルも、オレの尋常じゃない様子に飲み込まれたかのようだ。
『りょっ……了解!!サー!!』
『わかったぁぁ!!サー!!!』
と即座に了解の返事を返してきやがった!!
――急げ!!!
オレ達は、即座に戦場活動範囲外へと進路を取り、
一目散に逃げ出す支度をするのだった――
……メビウス<ゼロ>のコックピット内では、オレは目を血走らせ、全身が汗まみれになりながら、
安全装置の解除とスロットレバー操作を手早くしていた。
メイン・エンジンリミッター解除装置を起動させる。
エンジンがぶっ壊れてもいいから、全力で逃げ出す努力を惜しまねぇ!!!
……卑怯者だろうと、恥知らずだろうと幾らでも罵ってくれてもかまわん!!
――そう、機体がバラバラにぶっ壊れてもかまわねぇだ!!生きる延びる事の方が先決だ!!
この時のオレはもはや尋常な思考をすることができなかった……只、生き延びる事しか頭になかった。
「ケイン!、ラッセル!後ろを振り返るな!!オレの本気の命令だ!!
ただ一気に突っ走れ!!全力で逃げ続けろ!!」
『『サー!!イエス!サー!!!』』
景気のいい返事と共に3機のメビウス<ゼロ>は戦場から離脱してゆく……
無論、味方を見捨ててだ――この時は良心の呵責とか軍人魂とか全く頭の中には浮かばなかったんだ。
ただ、オレ達は、この場を逃げるという生きる為の本能に、従うだけの獣となったに過ぎない。
恥じるつもりは毛頭ない。死ぬより遥かにマシだからだ。
メビウス<ゼロ>は一気に加速してゆく!
パラメーター設定はもう無茶苦茶で、計器類は出鱈目の目を出していやがる!
そう、4基の有線誘導式兵装、『ガンバレル』はメビウス<ゼロ>そのまま本体のブースターも兼ねており、
MSを上回る圧倒的な加速性能を得ることが可能なのだ……!
――そう、こいつに賭けるしかねぇ……!!頼むぜ……!
今まで戦時中でもコイツのリミッターを外してまでの加速をつけた事は、
一度もなかったのだ……今回が無論初めてのことである。
逃げる為だけに使うなんて、そいつはオレのやり方に反するし、
それに、余力を残して戦わなくては戦場では生き残れないからだ……
今、その主義を返上する時が来た――
しかも全力で逃げる為に使うのだからな……
――ピィキィィィィーン!!!
だっぁ!!凄まじい頭痛が一瞬、オレに襲い掛かる!!
――来る!!来やがる!!!
「がっ!?……何なんだコイツは?!他の奴らとは別格だぜ……!?」
他の敵とまるで違う!!こいつは……化け物だ……!!
そして――信じられない速度でそいつは、俺達に追いすがって来やがる!!
何てパワーとスピードだ!!
――血が凍りつくような恐怖が、オレを支配する。
後ろを振り向けば、即座に食い殺される!!!そのような生物的な圧倒的恐怖がだ……!!
――逃げろ!オレは何としても逃げきってやる!!
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「ほうっ――?」
私は思わず、感嘆の声を上げた。
そう、奴等は私の姿が見えるか、見えないか位の距離で、
直進から一気に反転して逃げに掛かったのだ!
それはもう、見事な逃げっぷりで、奴等は尻に帆を掛けて逃げ出したのだった。
逃げ方のテキストがあるのならば、これを載せてやりたい位だぞ……?
「見事……」
思わず呟いてしまう。
「勝てない戦はしないと言うわけ訳だな……
『彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず』か……」
『ソ○シ』の余りにも有名な一説が遂、口に出てくる。
奴等は、正確に彼我の戦力差を見抜き、逃げに掛かったのだ。
「クククッ……お前達は正しい……」
口元が自然と笑みとなり、歓喜の声が漏れる――
ますます、気に入ったぞ……その顔を拝ませてもらおうか……!!
ただ突っ込んでくるだけの馬鹿だと、
逆に興冷めしていたところだ……それだと即座に瞬殺し、
奴らは次の瞬間に私の記憶から残らずに消えていった事であろう。
だが、奴等は即座に逃げたのだ。
「――面白過ぎるな……」
気に入ったぞ――
私は、もはや掃討戦に移りつつあるこの場の戦場で、部下達に帰艦指示の暗号の出す事にした。
戦果はもう十分すぎるであろう。これ以上欲をかいたら碌な事はないだろう。
『名将』とは、引き際を心得ている者に与えられる称号なのだから。
そして、『ガンダム』が艦隊を破壊しまくっている付近には近づかないように堅く戒めるようにして、帰艦させる事としたのだ。
『マフティー』の奴もハイになっている事だろう。下手に手を出して巻き込まれるのは御免である。
艦隊の壊滅は『彼』に任せておくか……
こちらの一方的な都合を『彼』に、押し付けておき、私は楽しみを追う事としよう――
そうして、素早くスロット・レバーを引き、パラメーターを高速戦闘モードへと移行させる。
メインスラスターの出力配分を変えて、巡航スピードを大幅にアップさせる、
これは、欠点としては小回りがし難くなるのだ。
そして、メインスラスターである『MMI-M730試作型エンジン』を全開させる。
――ゴォォォ!!
――ハイマニューバの背後に設置された大型メインスラスターは、
盛大に噴射を開始し、機体全体を加速させてゆく!
心地良い、Gと共に私の体はシートへと押し付けられ、
「――挨拶もなしとは、つれないではないか……直ぐにそちらにゆくぞ……」
との呟きは、コックピット内の振動によってかき消されて行く。
――ドォォォォオッン!!
凄まじい勢いと共に私のハイマニューバは、一筋の『彗星』となって、
メビウス<ゼロ>達が逃げた方角へと向かってゆくのだった。