機動戦士ザクレロSEED_第23話

Last-modified: 2009-05-04 (月) 09:47:50

 連合軍第8機動艦隊は、地球上空での最終補給を終え、アガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”を中心とした方陣をとり、整然と侵攻を開始した。
 『連合軍第8機動艦隊、動く』
 この一報にヘリオポリスのZAFTは、かねてより進められていた連合MSをプラントへと輸送する為の出航準備を急ぎだした。
 出航するのはナスカ級高速戦闘艦“ハーシェル”。ローラシア級モビルスーツ搭載艦“ガモフ”“ツィーグラー”。連合MSを積み込む輸送艦。この四隻である。
 キラ・ヤマトとアスラン・ザラは、出航準備に追われる輸送艦の前で別れを惜しんでいた。
 レールを走るアームに把持されたコンテナが、次々に艦内に運び込まれていく。その規則正しい動きを見せる風景の中、キラとアスランは互いを見つめ合って動かない。
 このヘリオポリスで二度の再会を交わした後、二人は毎日時間の許す限り共にいた。今回の出航が、二人を分かつ事になるまでは。
 アスランは輸送艦の護衛任務がある為、ナスカ級“ハーシェル”に搭乗する。一方、キラとその家族は、輸送艦に乗る事になっていた。
「アスラン……」
「キラ……」
 二人、互いの名を呼び合い、視線を交わしてお互いの気持ちを伝え合う。
 遠くそれを見ていたイザーク・ジュールは、眉を顰めて呟いた。
「……あいつら、気持ち悪いぞ」
 ディアッカ・エルスマン、苦笑混じりに答えて曰く。
「カップルだよなどう見ても」
 ニコル・アマルフィ、嘆息混じりに。
「ショックです。つい何日か前までは、ノーマルな友人だと思っていたのに……」
 キラとアスランの関係が“そう言う関係”だと言うのは、本人達の意識とは全く関係無しに、二人を知るZAFT兵の間では固まってしまっていた。
 アスランが軍務に就く時以外は、常に二人で居る。それだけならまだ良い……ニコルとディアッカとイザークだって、アスランとは多くの時間を共にしている。だが、キラとアスランは妙にベタベタしていて、何か普通の友人関係ではない。
 そこで、「あいつらは特殊なんだな」と考えると納得が出来るわけだ。
 本人達は言われれば否定しただろうが、面と向かって「君達はそう言う関係か?」と聞く輩も居なかったので――イザーク等、聞いて否定されて、それでも二人の関係に確信を抱く者もいるにはいるが――何時しか二人はそう言う関係という事で確定していた。
 幸い、カップルが成立しているので他の男達の尻が狙われる事はない。実害がないだろうからと、皆は申し合わせたわけでもないのに、二人の事には出来るだけ触れないという方針を取った。
 アスランは、この任務が終われば除隊する事を公言していたので、我慢するにせよ短い時間の事だ。
 政治権力を握るパトリック・ザラ国防委員長の息子であり、恐らくはこれから父の権力を背景にどんどん高い地位を得ていくだろうアスランと、無駄に関係を悪くしたい者など居はしない。
 ともあれそんな事情もあって、扱いに困る噂が流れてもアスランとキラの生活は平穏だったし、キラとその家族の扱いも非常に丁重なものであった。
 その状況故にキラは、凄惨な状況にあるヘリオポリスとは無縁でおり、残されるヘリオポリス市民にオーブ本国がどんな末路を用意しているのかを知らない。
 知っていたなら、彼はヘリオポリス市民を救うべく“アスランに頼んだ”だろう。他に出来る事は何も無いし、他の誰もキラがすべき事を教えていないのだから。
 そして、それがアスランにどうする事も出来ない事であっても、人を救うという単純な正義を説き続けたに違いない。そうなれば、キラに影響されたアスランがプラントに正義が無いと思い込んで叛意を持つ位の事になったかもしれないが、幸いそれは避けられた。
 キラは幸福だったと言えよう。他の全てのヘリオポリス市民よりずっと。
「アスランの事が心配なんだ。アスランはその……戦うかも知れないんだよね?」
 キラが、表情を曇らせて心配そうにアスランに言う。アスランは少しだけ顔を喜びに緩めた後、表情を引き締めて答えた。
「……まだ、作戦は終わってないからな。でも、これが終われば俺は……」
「アスランには戦って欲しくない。もし、アスランに何かあったら……」
「俺は負けない。俺が必ず、お前を守ってやる。キラ……」
 キラとアスランは無意識に互いに手を取り合い、熱い視線を交わし合う。
 キラは幸福だった。
 自分の事ではなく、他人の事だけを心配する事が出来たのだから――

 

 

 ガモフの乗組員搭乗口へと続くキャットウォークの前。
「作戦任務開始につき、営倉入りを解除。釈放する」
 筋力強化コーディネートを重点的に行ったらしき筋肉の塊と言った様相のMPが、顔面これまた筋肉と言った厳つい顔を緩めもせずに言うのを、ミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグは苦虫を噛み潰したような顔で聞いている。
 二人が自分の言葉に感動して涙を流す筈も無い事は百も承知のMPは、そんな二人の様子など全く気にせず、「任務が始まったから出してやるが、次はお前のお袋でもわからなくなる位に拳骨で顔を撫で回してやる」くらいの事を言って、さっさと帰っていった。
 ミゲルもオロールも両親が作ってくれた自分の顔は気に入っているので、本気であろうMPの台詞に震え上がった後、去っていくMPの背中に中指をしっかり立ててからキャットウォークを渡る。
 人一人が通過するのがやっとの大きさのエアロックを通れば、後は勝手知ったる艦内だ。
「あーあ、営倉から直接乗艦かよ」
「誰のせいだ。誰の」
 廊下の手摺りを伝いながらの艦内移動を始めてすぐに、ぼやき始めたオロールに、ミゲルが舌打ちをしつつ問う。オロールは、手を顎に添えて考える素振りをしながら、悪びれることなく言い返した。
「あの新入りどもとMA女のせいだな。俺が悪くないのは確実だ。ミゲル、お前もちょっとは責任があると思うが、まあ許してやるよ」
「ありがたい事だなぁ、ちくしょう」
 艦に配属されたMSパイロット三人と、MA好きの整備兵らしき女の子が喧嘩していたという所まではオロールの責任では無いだろう。迂闊に介入したせいでミゲルがパイロット達に殴られたのも、事故みたいなものでオロールに責任はない。
 しかし、その後にパイロット達へ反撃し、騒動を一気に乱闘にまでレベルアップさせ、穏便に済ませるという選択肢を粉砕したのはオロールだったろうに。
 オロールの寛大な言葉にミゲルは感謝する筈もなく、深く溜息をつきながら、片手で頭を抱えた。
「結局、新しい仲間とは、親睦を深める事も、一緒に訓練をする事も無しだ。どうするんだよ、この状況」
 ZAFTの兵は個人主義で英雄志向が強く、連合兵のように組織だって動いたり連携を取ったりという事はしない傾向にあるが、最低限これくらいはというものがある。
 同じ艦で戦うのに互いの能力を知らない。それどころか、互いの間に争いの火種を残したままというのでは、流石に「コーディネーター兵士は優秀だから常に最良の行動を取るのだ」と言うプロパガンダもその御威光を失うというものだ。
 もっとも、本当にコーディネーターが優秀で最良の行動しかしないなら、ミゲルとオロールが営倉にぶち込まれる事も無かったろう。あれがあの場での最良の行動だったと言うのなら、むなしくて泣けてくる。
 プロパガンダとは違い、コーディネーターだってろくでもない事をやらかすものなのだ。
「あんな連中、当てにするなって。むしろ、背中撃たれないように気をつけな」
 ろくでもない事をやらかす代表選手の如きオロールの言葉だったが、そこに僅かに真剣な色味が混じる。その意味に気付いて、ミゲルは表情を暗くした。
「味方殺しか? 洒落にならんよなぁ」
 戦場で、味方の背中を故意に撃つという行為は、昔から行われている。
 無論、ZAFTでも禁じられてはいるのだが、上官の命令は絶対と教え込み規律でガチガチに縛るナチュラルの軍隊ですら味方殺しは発生するのだ。個人主義であり自己の判断を重視するZAFTでそれが発生しない筈がない。
 まあ、日常的に心配しなければならないほど発生している事かと言うと、決してそうではないのだが……直接的間接的を問わなかった場合、戦死者の何人が味方に殺された事になるのか、正確な数字は出ないだろうが、想像するのは怖い。
「関係を修復出来ると良いんだが」
 言いながらミゲルは、廊下の手摺りを掴んで移動を止めた。
 そこにあるのは、ブリーフィングルーム。ここで、今回の作戦の説明が行われるのだ。
 ドアを開けた二人の前に、既に人でいっぱいの室内が見えた。MS格納庫に近い位置にある為、ここにはMSパイロットや整備兵などが集まっている。
 人の集まりは三つに分けられた。
 一つは、つなぎの作業服を着た整備兵達。もう一つは軍服姿のMSパイロットが三人。そして、その両方から離れて、つなぎの作業服を着たMS嫌いの女の子……ミゲルとオロールが、MSパイロット達と喧嘩するはめになった原因だ。
 MSパイロット三人は、いっそ殺気と言っていい位に不穏な空気を発しながら女の子を睨んでいる。そして、その殺気は、入室したミゲルとオロールにも向けられた。
「関係修復はダメっぽいな」
 オロールは慰めるようにミゲルの肩を叩いて言い置き、それから床を蹴って女の子の方へと迷わずに移動していく。
 ミゲルは、何処に座るべきか一瞬迷ったが、すぐにオロールの後に続いた。
 殺気じみたMSパイロット達の所に行っても事態が好転するとは思えない。今は関係修復の話し合いよりも、今回の作戦について聞く方が優先だろう。下手に絡まれたりしては、それが果たせなくなってしまう。
 となると、整備兵達の集まっている所は満席に近い状態であるので、最終的に女の子の側に席を探す事になる。オロールも同じ結論に達したのだろう。
 女の子と席が近いとMSパイロット達の怒りを煽る事になりそうだが、彼らはミゲルとオロールを女の子の仲間だと思い込んでいるわけで、ならば今更と言う物だ。
 それでも少し離れて座るつもりだったが、うっかり近寄った所でミゲルとオロールは、女の子から声をかけられた。
「遅かったわね。艦長の話、始まってるわよ? 肝心な所はこれからだけど」
 そう言って女の子は、早く座りなさいとばかりに隣の席を指差す。
 勧められたのを、わざわざ断って遠くの席を探す程の理由は見つからない。ミゲルとオロールは互いに視線を合わせ、同時に苦笑してから勧められた席に座り、身体が宙に浮かないようにベルトで留めた。
 そして二人は、先ほどからブリーフィングルームに流れていた艦内放送に耳を傾ける。
 艦内放送では、艦長のゼルマンが作戦内容について説明している所だった。
『――連合MSは輸送艦に積み、ナスカ級“ハーシェル”が護衛しながらプラントへ帰還する。その際、ローラシア級“ガモフ”と“ツィーグラー”も同行。途中まで護衛の任につく。これを輸送艦隊とする。
 一方、ナスカ級“ヘルダーリン”“ホイジンガー”を中核とした艦隊が、ヘリオポリス沖に展開。第8艦隊を迎え撃つ。これを迎撃艦隊とする。
 この迎撃艦隊で第8艦隊を撃滅する予定だが、万が一、抜かれてしまった場合、“ガモフ”“ツィーグラー”が輸送艦隊を離れて第8艦隊を迎撃する。
 残る“ハーシェル”と輸送艦は巡航速度を上げ、一気に第8艦隊を引き離す。“ハーシェル”は、輸送艦を最後まで守って航行する。
 これが、連合MS護送作戦の概略だ』
 説明の途中、女の子が作戦資料をミゲルとオロールに渡す。
 十数枚の紙がまとめられたそれには、作戦に関わる細かな情報が印刷されており、ゼルマン艦長の説明を十分に補足していた。
「……ミゲル、ガモフのMS戦力を見たか? 新入りどものノーマル三機はともかく、後はお前の専用ジン・アサルトシュラウドに、俺のジン・ハイマニューバ、そしてシグーだってよ。案外、楽な戦闘になりそうじゃないか?」
 資料をペラペラとめくり適当に流し見ていたオロールが、ミゲルに小声で言う。それを受けて、ミゲルも資料をめくり、そして呆れたように言い返した。
「良く読めよ。シグーは赤服新兵だぞ? かえって足手まといにも成りかねない」
 言いながらミゲルはブリーフィングルームの中に視線を走らせる。
 エリート様である事を示す赤服は、このブリーフィングルームには無い。パイロットならばここで説明を聞いている筈なのにだ。
 他の部屋で聞いているのかも知れないが、それは戦闘中に密接な関係となる他パイロットや整備兵との交流を軽視しているという事であり、そんな人物と一緒に戦わなければならないミゲルの苦労を想像すると、楽な戦闘になるとは冗談でも言えそうにない。
 と、暗澹たる思いを抱いたミゲルの腕が、隣から肘で突かれた。
「これ、確認した方が良いわよ? データがちょっと古いみたい」
 資料のMS戦力のページを開いた女の子が、ミゲルに悪戯っぽい笑みを見せながら言う。
 ミゲルには、傍目には可愛らしく見えそうなその笑みが、酷く不吉な物に見えた。
「どういう事だ?」
「足手まといの赤服新兵を捜して、自分で確認してみたら? 艦長の話が聞こえないから、おしゃべりはもう止してよね。古参兵さん」
 そう返して、女の子は“艦長の話を聞いている”というポーズに戻る。そのすました横顔に、カウンターを狙って攻撃を待ち受けている様子を見て取り、ミゲルはこの場でこれ以上の追求は得策ではないと察した。
「確かにその通りだな」
 席に座り直して、艦長の話を聞く事に集中する素振りを見せるミゲルに、女の子はチラとだけ不満を混ぜた視線を送る。やはり、追求してくる事を期待していたらしい。
 女の子の思惑から外れた事にささやかな勝利感を得て、それを心地よく思いながらミゲルは、今度は本当に艦内通信に集中した。
 ゼルマン艦長の話はまだ続いている。
『なお、連合軍の宇宙要塞“アルテミス”にユーラシアの艦艇が集結しつつある。陽動、あるいは第8艦隊とは別にMSの奪還を狙っている可能性があると言えるだろう。
 もしこれがMSの奪還を狙ってくるなら、“ガモフ”と“ツィーグラー”あるいは“ハーシェル”で迎撃を行う事になる。
 状況にもよるが、一度、戦闘が発生した場合には、激しい戦闘となる事が予測される。各員、いっそうの奮闘努力を望む。以上だ』

 

 

 ヘリオポリスの港口。ナスカ級“ハーシェル”を先頭に、連合MSを積んだ輸送艦を中心として、ローラシア級“ガモフ”“ツィーグラー”が後ろに続く形で、輸送艦隊が出航していった。
 ヘリオポリスには、防衛戦力としてジン六機が残されている。ナスカ級“ヴェサリウス”も残されては居たが、これは修理中で戦力としては使えない。
 しかし、ジン六機があれば、旧来のMAと戦艦主体の戦力が相手ならば、その数倍の戦力を差し向けられても撃退出来る。防衛戦力としては十分だし、この戦力を撃退出来る程の戦力をヘリオポリスに送る意味は連合にはない。
 オーブにはヘリオポリス奪還の動機はあるが、今後の中立態勢の維持を考えれば、直接的な武力侵攻をかけてくるとは考えがたい。実際、ヘリオポリス市民収容の為の大型輸送船と戦艦一隻を出して以来、オーブの宇宙基地であるアメノミハシラは沈黙を保っている。
 よって、ヘリオポリスのZAFTは、防衛に何ら危機感を抱いては居なかった。
 だからこそ、彼らは困惑する。出撃していった輸送艦隊の忘れ物に。
 輸送艦隊の出撃後に格納庫で発見された物。それは、輸送艦隊が全て持って行く筈だった最新型MSシグーだった。

 

 

 地球上空を立ちヘリオポリスに迫り来る連合軍第8艦隊に対抗する為、ナスカ級高速戦闘艦“ヘルダーリン”“ホイジンガー”と四隻のローラシア級モビルスーツ搭載艦が、ヘリオポリス沖に展開していた。
 連合軍第八機動艦隊は、アガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”と、ネルソン級宇宙戦艦三隻、ドレイク級宇宙護衛艦五隻で構成される。
 更に、ZAFTのMSジン二十四機に対し、連合には百五十余機のMAメビウスがある。MS一機でMA五機分と言われているので、戦力比は120対150。
 ZAFT艦隊は、第8艦隊の進路を遮る様に、単横陣を組んで待ちかまえている。ナスカ級二隻を中央に、ローラシア級が両脇に二隻ずつという形で、横一列に並ぶ陣形だ。
 第8艦隊の動きは、ZAFT艦隊に完全に捕捉されており、進路を変えてもそれに合わせてZAFT艦隊は移動して、第8艦隊に道は譲らない。
 両艦隊は次第に距離を詰めており、交戦は避けられぬ状況である事は明らかだった。
 第8艦隊提督デュエイン・ハルバートンは、旗艦メネラオスの指揮所より指示を下す。
「紡錘陣を組め。各艦、戦闘準備。これより敵艦隊中央を突破する」
 その指示に、指揮所に詰めていた参謀達がざわめく。そして、参謀の一人が、恐る恐るハルバートンに聞いた。
「提督。接近戦はMSの有利となる所。なのに、自ら接近戦を挑むのですか?」
 敵艦隊中央突破。つまりは、敵に最接近する事を意味していた。
 基本的に艦艇は、長距離で撃ち合う事を前提に作られている。一方、MSやMAは近距離での戦いが前提。MSやMAの接近を許してしまえば、艦艇の有利さは失われる。
 現在の彼我の戦力は、艦艇数で第8艦隊が勝っているが、MSとMAの戦力はほぼ互角と見るべき所。ならば、距離を置いて長距離砲撃戦を挑むのが、第8艦隊にとって有利な戦術である筈である。
 しかし、ハルバートンはそうしなかった。
「我々の目的は、敵に勝つ事ではない。MSを取り戻す事だ」
 ハルバートンは落ち着いた風を装いながら参謀の問いにそう言ってみせる。答えにはなっていなかったが、参謀はそれで黙り込んだ。納得したのか……ハルバートンに問う意味がないと思ったのかはわからないが。
 答えはしなかったが、ハルバートンに決断をさせたのは焦りであった。
 連合MSがいつまでもヘリオポリスにあるという保証はない。そして、持ち去られてしまっては、取り返す事は出来なくなる。故に、第8艦隊側は一刻も早くヘリオポリスに向かわねばならず、退く事はもちろん迂回するといった事も出来なくなっていた。
 長距離砲撃戦は有利かもしれない。しかし、決着を付けるまでには時間がかかる。ZAFT艦隊が、時間稼ぎを目的としていたならば、かかる時間は相当に長い物になるだろう。ハルバートンはその時間を惜しんだ。
 それに、ハルバートンには自軍に有利な長距離砲撃戦を挑んだ所で、MSを有するZAFT艦隊には勝てないだろうという妄執的確信があった。
 ZAFT艦隊に勝てる時が来るならば、それはMSを奪い返した時だ。ならば、その時まで戦力を温存しなければならない……犠牲を覚悟しても。
 連合製MSのみが連合に勝利をもたらすと信じる男は、進んで行かざるを得なかった。部下の兵士、数万を道連れにして。
 C.E.71年2月13日。ヘリオポリス沖会戦が始まる。

 

 

 第8艦隊は、前面にドレイク級を押し立て、中央に旗艦メネラオス、そして旗艦を囲む様にネルソン級が展開し、紡錘陣を組んでいる。
 砲撃戦。第8艦隊からの砲火は、戦場に光の奔流となってをZAFT艦隊を襲った。
 ZAFT艦隊は防御に重きを置いており、アンチビーム爆雷や機銃を用いた徹底的な防御でその攻撃に耐えつつ、報復の砲撃を仕掛ける。
 互いに防衛手段を活用している為、お互いの攻撃はなかなか決定打とならない。しかし、艦数……すなわちは砲の数で勝る第8艦隊側が、次第にZAFT艦隊を押し始めたのは必然だった。
 横隊は中央から左右両翼に別れ、第8艦隊に道を開こうとしている。このまま艦隊戦のみが続くならば、ZAFT艦隊は陣形を乱されて千々に散った事だろう。しかし、戦争はその形態を変えて久しい。
 スラスターの光を蛍の様に曳きながら、MAメビウスが宇宙を突き進む。敵は、接近中のMS。単機では敵対し得ない圧倒的な性能差のある敵……これに、数の利でもって挑む。それは、犠牲を約束された戦いだという事でもあった。
 艦隊の距離が詰まった事で、ついにMAとMSが激突する。
 直線的な動きのメビウスは、高速でMSに接近し、対装甲リニアガンや有線誘導式対艦ミサイルの一撃を撃ち込もうとする。それに対しMSは、出鱈目にも見える複雑な動きで射線上から逃れながら、手にした重機銃でメビウスに対して弾幕を張る。
 一撃で千々に砕けるメビウス。数発を受けて尚、当たり所によっては戦闘を継続出来るMS。
 五対一の戦力比などという数字上の話など、全く当てにならない悲壮な戦闘が始まった。
 戦場で開く無数の閃光の華は、多くがメビウスの物だ。
 ZAFTのMSジンが、手にしたMMI-M8A3 76mm重突撃機銃を盛大に撃ち放つ。混ぜられた曳光弾が宙に線を描き、その線に絡め取られたメビウスがあっけなく爆発する。
 一機、二機、次々に落ちていくメビウス。しかし、撃墜されるばかりではない。
 ジンが張る弾幕を抜けたメビウスが、ジンに向けて対装甲リニアガンを放つ。胸部に直撃を受け、ジンはその巨体をのけぞらせた。
 メビウスはその脇をすり抜け……直後、胸に開けた穴から破片とオイルを吐き出すジンが、振り返りざまに放った重機銃に撃墜される。そしてそのジンは、次の瞬間に有線誘導式対艦ミサイルが身体に突き刺さり、巨大な爆炎へと姿を変えた。
 そんな戦いが繰り広げられる中、艦隊戦も続く。
「アンティゴノスに被弾」
 メネラオスのブリッジ。オペレーターの冷静な声が上がる。
 モニターには、前方を行くドレイク級宇宙護衛艦アンティゴノスが、艦全体から黒煙を放出しているのが見えた。そして、コントロールを失ったのか、それとも僚艦を巻き込むまいとしたのか、陣形から外れて行く。
 アンティゴノスは致命傷を受けていたのか、それほど移動する事も無く、突然爆発して炎の塊になった。
 ZAFT艦隊は着実に戦力を減らしていくつもりなのだろう。一つの艦に集中砲撃をして来ており、アンティゴノスは第一の犠牲だった。
 艦隊が距離を詰め、砲撃の命中率が上がり、距離によるビームの減衰率が低下した事によりビームの威力が上がって、双方の艦隊は損傷が大きくなってきている。
 無論、第8艦隊も何もしていないわけではない。ZAFT艦隊はまだ撃沈はされていないものの全艦が小破以上の損傷を受け、またその猛射に耐えかねて完全に陣形を崩そうとしていた。
「敵左翼、ナスカ級高速戦闘艦が後方に退いています」
 オペレーターが報告した。砲撃を受けて大きな損傷を受けたのか、ナスカ級高速戦闘艦ヘルダーリンがゆっくりと後退を始めている。
「ベルグラーノ、敵MS部隊に取り付かれました」
「セレウコス、敵艦隊の集中砲火を受けています」
 オペレーターの続けざまの報告。MA部隊の防御を突破したMSが現れ始めている。また、ZAFT艦隊は、新たな目標を定めた様だ。
 双方共にドレイク級宇宙護衛艦。このままでは長くは保たないだろう。
「……左翼を突破する。艦隊を前進させろ」
 ハルバートンは前進を命じた。
 攻撃を受けて思う様に動けないセレウコスとベルグラーノは艦隊から遅れ始める。このままでは脱落してしまうだろう。脱落すれば、後は敵に討たれるのみだ。
 そうと知っていながら、ハルバートンは更に命じる。
「全艦、最大戦速。脱落する艦は最後まで抗戦し、友軍を支援せよ。一艦でも多く戦域を脱し、ヘリオポリスへと向かうのだ!」
 MS奪還のみを考えるハルバートンの命令。それは、脱落する艦を囮として残して行くというものだった。

 

 

 左翼。ナスカ級高速戦闘艦ヘルダーリンは大破し、戦場を離脱した。ヘルダーリンと共に戦線を形成していたローラシア級二隻は、猛進する第8艦隊の前に撃沈されている。
 一方、戦場右翼。ナスカ級高速戦闘艦ホイジンガー及びローラシア級二隻は、第8艦隊右後方から追撃する形で戦闘を継続している。
 第8艦隊の被害も大きかった。ドレイク級宇宙護衛艦セレウコスとベルグラーノは既に沈み、その姿はない。陣形右後方位置で、追撃してくるZAFT艦隊の攻撃に晒されているネルソン級宇宙戦艦プトレマイオスは、損傷で既に船足を鈍くさせている。
「プトレマイオスより入電。『作戦の成功を祈る』以上です」
 メネラオスのブリッジでオペレーターがそう告げた。
 モニターは、ZAFT艦隊を目指して回頭を始めたプトレマイオスを映す。そしてさらにもう一隻、旗艦メネラオスを挟んでプトレマイオスの反対側にいたネルソン級宇宙戦艦カサンドロスが回頭を始めるのが映った。
「カサンドロスより『我、プトレマイオスに続く』。『我、プトレマイオスに続く』です」
「……MSを奪還すれば、このような戦況は変わる。この犠牲は無駄ではないぞ」
 ハルバートンは、二隻の戦艦が戦列を離れた事に対し、そんな一言を述べた。

 

 

 この後、プトレマイオスとカサンドロスの艦特攻と言っても良い程の苛烈な攻撃により、ホイジンガーは大破し航行不能となる。ローラシア級の一隻も撃沈された。
 これによりZAFT艦隊は追撃が不可能となり、第8艦隊を逃す結果となる。
 なお、プトレマイオスとカサンドロスは、MS隊の攻撃によりそれぞれ撃沈された。
 この戦いで第8艦隊は、ドレイク級宇宙護衛艦三隻、ネルソン級宇宙戦艦二隻、八十機あまりのMAを失い、戦力はほぼ半減している。
 一方で、ZAFT艦隊はローラシア級三隻撃沈、ナスカ級二隻大破、MS十機余りが戦闘不能となり、全滅と言って良いほどの損害を出した。
 では、第8艦隊の勝利なのか? それは違った。両艦隊には決定的な差がある。
 ZAFT艦隊は、この戦場に全力を注ぎ込めば良かった。連合MS輸送中の友軍がおり、自分達の全滅もまだ敗北へは繋がらない。
 しかし第8艦隊は、この戦闘の後にMS奪還、月への帰還と、さらに戦いを続けなければならない。つまり、この戦闘で戦力を使い切ってしまう事が出来なかったのだ。
 この一戦のみであったならば、第8艦隊は勝利を収めたと言えたかも知れない。しかし、MSを奪還出来なかったのであれば、その勝利には何の意味も無い。
 現戦力、アガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”、ネルソン級宇宙戦艦“モントゴメリィ”、ドレイク級宇宙護衛艦“バーナード”“ロー”、艦載MA七十余機。
 ヘリオポリス沖会戦はまだ始まったばかりだった。

 

 

 崩れた建物が放置されたままのヘリオポリス市街。夜闇が支配するそこに人の姿はない。
 ヘリオポリス沖での連合艦隊とZAFTの戦闘とは関わりなく、ヘリオポリスは諦観に沈み込んでいた。
 オーブ軍による市民の強制収容がすぐそこまで迫ってきている。オーブ軍が派遣した戦艦と大型輸送艦の接近は、既にヘリオポリス市民の知る所になっていた。
 猶予は、もう一日もないだろう。人々は為す術がないまま、息を潜めるようにして最後の夜を過ごしていた。
 だが、そんなヘリオポリスの中にも、活動をしている者達はいる。
 市民の収容の際、混乱を抑える為の放送を行う様にZAFTに命じられている放送局は、放送の準備で忙しい。
 しかし、行き交う人の数は、その準備に必要な人員よりもずっと多かった。
「中継の準備出来ました」
「おう、ごくろーさん」
 放送局の廊下。ソファと自販機の置かれた休憩ブース。放送局の外から帰ってきた青年に、中で働いていた中年男が缶コーヒーを差し出しながら聞いた。
「どうだった? ZAFTに見つからなかったか?」
「ばっちりですよ。ZAFTの監視があるのは港湾部だけですし……でも、何だって宇宙なんか撮るんでしょうね?」
 外……青年がしてきたのは、ヘリオポリスの外の撮影準備だ。外壁の外に撮影班を配置出来る様に準備をして、そこから映像をケーブルで放送局に届ける準備をした。
 それは、突然決まった事らしく、何の意味があるのかは作業をした者達も全くわかっていない。
「オーブの氏族の誰だかが、突然、ねじ込んできたって聞くがなぁ」
「オーブの氏族? ……まさかアスハの犬が、俺達を捕まえに来る艦隊を記録に残すとか言ってるんじゃないでしょうね」
 青年が嫌悪と言うよりも憎悪と言うべき表情を浮かべる。
 あの日、ヘリオポリス内での戦闘の前には、アスハを讃える番組を流す事に何の躊躇もなかったというのに、随分な変わりようだ。
 ヘリオポリス市民を襲った戦災は誰に対しても平等だった。放送局も沢山の職員を失っている。残った人の心も変わらざるを得ない。
 それに放送局は、アスハの演説を行って、ヘリオポリス市民の煽動に荷担してしまったという汚点もある。結果としてそれが誤りだったという事を痛感した今では、再びアスハのプロパガンダに利用される事は我慢ならなかった。
 もっとも、ZAFTからの命令で「オーブ軍に大人しく逮捕されましょう」と言うような放送を行っている現状が、怒りがあっても抵抗は出来ない現実を表している。
 だからこそなおさらなのだろう。放送局に勤める青年のアスハへの憎悪は行き所を無くし、ただその濃度を上げている。
 中年男の方もその辺りの感情は大差なかったが、それでも激情に任せる若さを失って久しい為か、感情を押し殺して冷静に考える事が出来ていた。
「違うだろ。アスハが、こんな所まで来るかよ」
 答えて、中年男は苦い笑みを浮かべる。
「何でも、その御仁はこのヘリオポリスを救いに来たらしい」
「救う? どうやって? 敵は軍隊だ。前の戦いの時みたいに、蹴散らされて終わるさ」
 中年男の笑みからして、ヘリオポリスを救うなどと言う事に期待していないのは明らかだったが、青年は考える事もなく反論した。
「どうせ、また勝手な事を言うだけだろ。今度は、俺達をオーブ軍と戦わせるつもりか? 二度も口車に乗せられる程、俺達は馬鹿じゃない」
「……力を見せよう」
 声が青年にかけられた。
 青年と中年男が声をかけてきた男を見る。休憩ブース脇の廊下を通りすがったらしき彼は、少女を一人つれていた。
 何となく、少女の困惑した様子が印象に残る。それは、同行者の突飛な行動に困り果てているという感じの……
「その時を楽しみにするんだ。君は……いや、放送を見る全てのヘリオポリス市民は知る事になる。自分達を守る力が存在する事を」
 ニヤリと笑みを浮かべつつ、予言者か何かを気取ったように含みいっぱいに語る男に、青年と中年男は当然の問いをぶつける。
「「お前、誰だよ」」
 男は、堂々と胸を張って答えた。
「僕はユウナ・ロマ・セイラン。職業は自宅警備員。君達を救いに来た男だ」

 

 

 ヘリオポリス市民の収容任務に就いたオーブ国防宇宙軍所属のネルソン級宇宙戦艦と大型輸送船は、ヘリオポリスに近づいていた。
 まだ目視できる様な距離ではないが、望遠カメラはしっかりとヘリオポリスを捉えており、モニターにその姿を映し出していた。
 目的地が見えたにも関わらず、大型輸送船の船橋は沈み込んでいる。
 誰もが自分達の任務の内容を知っており、そして任務終了後に自分達がどうなるかまで知っているのだ。喜びようなどある筈がない。
 船内にオーブ兵は乗っておらず、乗組員達には船内での自由な行動が許されているので窮屈さはなかった。しかし、状況としてはくつろげる筈もなく、精神的な問題から来る不調を訴える者も少なくない。
 反乱の可能性については誰もが一度ならず考えたが、同行している宇宙戦艦の砲が自分達に向けられている以上、大型輸送船を盗んで逃げるという事も出来ない。結局、従うしかないのだ。
 諦めが支配した船内では誰もが無気力で、自分達に与えられた最低限の仕事をするだけの存在となっていた。
「そろそろ、減速しよう」
 船橋の中、不運にも船長の役職を振られた男が口を開く。
 大型輸送船はその質量故に機動性は皆無で、加減速及び方向転換に時間を要する。ヘリオポリスの側で止まるには、かなり離れた位置から減速して行かなければならない。
 それでもタイミングとしては若干早かったが、ヘリオポリスに早く着いた所で、自分が牢に放り込まれる時が早くなるだけの事。到着時間を少しでも遅らせたいとの思いが、無意識に早めの減速を命じていた。
「了解、逆噴射開始」
 言われるがままに速力通信機員が、船速を減ずるよう速力通信機のレバーをセットする。
 と……ややあって、船橋の通信機が鳴った。
『こちら機関室。逆噴射がされません。原因は調査中。放置されていた船ですから、何処かにトラブルが出ると思っていましたが……』
 通信機を通し、機関長から投げやりな報告が上げられてくる。本来ならば叱責しても良い態度だが、こんな任務であっては仕方がないと、船長はもうそんな事は気にしない事に決めていた。
「オーブ軍の連中が直したと言っていたが、手を抜かれたものだな」
 船長自らがオーブ軍への皮肉を言う。船橋のクルー達から僅かに笑みが漏れた。
「もう一度、試してみろ。ダメなら、ターンして止める」
 逆噴射が利かなくても、船体を百八十度ターンさせ、それから主推進器で減速をかける事が出来る。到着まではまだ時間があり、対処をする余裕があった。それに、到着の遅れはむしろ嬉しい事。
 が……そう考える余裕は、機関長の上げた困惑の声に破られる。
『……何だ? ちょっと待ってください、今……』
 機関長の声は突然、悲鳴に近い響きを持った。
『推進器が勝手に……推進器最大出力! 加速する!』
「何だと!?」
 巨大船だけあって、推進器が全力を出しても、それとわかる程の加速は得られない。しかし、速度は確実に増しているだろう。
『調査して報告します! では!』
 機関長は通信を切った。
「暴走している……のか? どういう事だ!?」
 船長は、とりあえず状況を推進器の暴走と定めて、船が止まる事の出来ないまま遠い宙域まで行ってしまい自力帰還や救助活動が困難になる危険を考えた。暴走している推進器の調査と修理は機関員に任せるより他はないので、まずはこれに対処する。
 その危険を避けるには、進路を変えて地球圏を巡る円環の軌道を取ればよい。そうすれば、仮に推進剤を使い切るまで暴走しても、救助の手の届きやすい場所に居る事が出来る。
 問題は、今の自分達が、急な進路変更が許される立場にない事だろう。逃亡だと思われて、戦艦から攻撃を受けては困る。
「オーブ軍に連絡を取れ! 連絡を終え次第、進路を変える!」
 船長の指示を受け、通信士と操舵士が自らの仕事に取りかかる。
 しかし、ややあってから彼らはほぼ同時に声を上げた。
「通信機に不調! 一切の通信が行えません!」
「操舵不能! 操作を受け付けません!」
 船橋の中が凍り付く。
 幾ら何でも、同時にこれほど多数の故障が起こるとは考えられない。
 状況を理解出来ず、船橋にいる誰もが呆然とした様子で船長に目をやった。
「…………落ち着け。各員、自分の担当する船の機能を確認しろ」
 船長は、自らの責任感だけを頼りに平静を保とうと努力する。
 何が起こっているのか……原因を探るように、船橋の中を見回す船長の視線が、船外を映すモニターで止まった。
 船橋のモニターに映し出されるヘリオポリス。それは僅かずつ、モニターの中での大きさを増してきている。輸送船は、ヘリオポリスへまっすぐに進んでいる――
「まさか!」
 船長は最悪の想像をひらめいて声を上げた。
「ヘリオポリスの位置と、この船の予想進路を確認しろ! 急げ!」
 船長のその指示に、クルーの一人がコンソールを叩く。結果はすぐにモニター上に映し出された。
 予想進路として表示された線は、ヘリオポリスを貫いている。
 それを見た全員が愕然とする中、計算を行ったクルーが自らの職務上の責任感からか震える声で報告を行う。
「船が現在の進路を進み続けた場合……ヘリオポリスに……衝突します」
 巨大な質量をもつ大型輸送船が高速でコロニーへ衝突する。それは、コロニーを崩壊させるに足る一撃となる事は明らかだった。