機動戦士ザクレロSEED_第40話

Last-modified: 2014-05-07 (水) 22:42:57

 宙を二機のジンが突き進んでいく。
 ミゲル・アイマンは、軸を変えて斜め後方よりその姿を見守っていた。
「こんな距離から回避機動か」
 ジン達はフラフラと常に位置を変えながら飛んでいる。
 敵の攻撃を警戒してかもしれないが、おそらくは違う。味方の……ミゲル達からの攻撃を警戒しているのだ。
「背後を気にして戦えるかよ。だから、背中撃ちは特に忌まれるんだ」
 責める言葉を口にしてから、通信機のスイッチを入れ直す。今の言葉をラスティに聞かれるわけにはいかない。
 それに今は戦闘中だ。背中撃ちの味方殺し二機が向かう先にあるのは、宙に浮かぶ紫玉葱。連合の大型MAである。
 その大型MAを見て、ミゲルは思った。
「ザクレロとは違うな。何て言うか……プレッシャーを感じない」
『ザクレロは、前に立つと身がすくんだよな』
『ザクレロは恐いのよ』
 ミゲルの呟きに答える様に、オロール・クーデンブルグとラスティ・マッケンジーが返信して来る。
 恐い……恐怖か。わからないでもない。あの凶相が真正面から突っ込んでくるのは、正直、今思い返しても肝が冷える。
 まるで、体の底から沸いてくる様な耐え難い恐怖感。
「ザクレロに比べて、こっちは何て言うか……強力な兵器だってのはわかるし、それはそれで恐いが、それだけだな」
 感じるのは、強力な兵器を前にした時の、重苦しい緊張感を伴う恐怖。これはまだ堪える事が出来る。
 “奴は、ただの兵器だ”
『アレでも、ラスティは格好いいって言うのかね?』
『ん? 丸くて可愛いじゃない』
 オロールとラスティの会話は続いていた。が――
「敵発砲! 思ったより遠い!」
 敵大型MAの側面が光る。それは、敵の砲火の閃光。台詞を言い切る前に、放たれたビームが四本の光条を描いていた。
 狙われたのは先行の二機。早い内から回避機動を取っていた二機は、何とかそれをかわしていた。
「各機、攻撃開始!」
『早すぎないか!? この距離じゃ当たらないぞ!』
 攻撃の指示にオロールから声がかかる。ミゲルは、レールガンの照準を敵大型MAにあわせながら怒鳴る様に返した。
「敵を引き付けないと、先行した連中がやられる! あいつらが敵に取り付くまでは支援してやらないとな!」
『そうだな。了解! だが、俺は弾を温存するぞ? この距離じゃ当たらん!』
 オロールは応えたが、攻撃は控える事を告げた。
 無反動砲は弾速が遅いので、距離があると命中率は一気に下がる。そして、弾が大きい分、装弾数も多くない。
『そうね、お休みしてなさい! 砲撃開始!』
 割り込んだ通信と同時に、ラスティのメビウス・ゼロが対装甲リニアガンを撃ち放った。
 僅かに遅れてミゲルもレールガンを放つ。
 敵大型MAの装甲表面で、微かに閃光が散った。
『今の私のよね?』
「わからん! どっちでも良いが、効いたか!?」
 見た感じでは、敵の様子は変わらない。が――応射が来る。
 敵大型MAから放たれたビームが、ミゲルに向けて放たれた。
「俺のが当たりか!」
『命中おめ! いやー、羨ましいわー』
「代わりたいなら代わってやるぞ!」
 ビームが自機を外れて行った事に安堵しながら、オロールからの通信に言葉を返す。
『何それ、外した私への当てつけ?』
「面倒臭いな、お前は!」
 くだらない言い合いの間に次のビームが飛んでくる。それは、先程よりもずっとミゲルの機体に近寄っていた。
「……着実に修正してくるな」
 すぐにランダムで進路を切換て飛行し、照準外しを試みる。
 ほぼ同時に、ラスティのメビウス・ゼロも砲撃を行い、敵の狙いを散らせる手を打った。
「よし、これで少しは時間が稼げるか」
 複数方向から攻撃すれば、攻撃を向けていない方向は手薄になる。その筈だ……
 だがそれは、死して輸送艦を守った二人のパイロットによって、既に試みられた戦法だった。
 一度見られた戦法への対応は早い。砲撃のパターンが変わる。
 ビームが空間を薙ぐ。宙に一筋の線を描く様に。そして、描かれたその線は、そのまま死を賜う光となって飛来する。
「っ!?」
 ミゲルはフットペダルを踏み、その操縦を受けて、ミゲルのジンはまるで縄跳びの様にビームの線をかわす。
 機体を回転させながら撃っている為、長く照射すれば長大なビームの剣を振っているかの様な攻撃ともなるのだ。当然、回避は困難となる。
 拡散する分、距離がある以上、威力は減衰している筈だが、当たってその威力を試す気にはならない。
『今の……私まで狙った!?』
 通信機から溢れる、ラスティの驚きと喜びを含む声。
 点の砲撃なら複数の目標のどちらかしか狙えない。しかし、線であるならば、複数の目標を含む線を引く事も可能だ。
 それはともかく、そんな事で喜ぶなラスティ。そう口をついて出そうになった文句を飲み込む。今は仲良しをやってる場合じゃない。
「砲撃戦特化型のモビルアーマーだってのか!?」
『突っ込んでくるザクレロとは違うが、こっちも厄介だなミゲル』
「奴が砲撃戦型なら、懐に飛び込めばあるいは……先行の二機の活躍が頼りになったな」
 オロールに返す言葉に少し苦いものが含まれた事を否定は出来ない。
 奴等がそのまま手柄を立てる事は気持ちの良い事じゃあない。だが、敵を倒せずにここで死ぬよりはましだ。
『そうだな。連中は……』
 攻撃を掛けていないが為に狙われておらず、比較的余裕のあるオロールが戦場にその姿を探す。
『居た。真面目に前進してるみたいだぜ? 俺達を囮にして肉薄して勝負をかけるくらいの知恵はあったらしいな』
 言葉と共にオロール機から位置情報が送られてくる。その情報を元にカメラを動かすと、ジン二機が静かに先行しているのが映った。
 向こうはこっちを利用しているくらいのつもりでいるのだろうが、一応、連携の形としては悪くない。中途半端な位置で奴等に攻撃を仕掛けられると、こっちの努力が水の泡になる。
『この調子なら、真下に潜り込めそうじゃないか? あの砲塔の配置じゃ、下は死角だろ』
 言われて、ミゲルはスクリーンに敵大型MAの拡大映像を呼び出した。
 機体の上部……上下が玉葱と同じだと仮定して、上部についている砲塔はほぼ固定されていて左右には動かない。替わりに、上下には余裕を持って動かせる様だ。
 下部の砲塔は、左右に向きを変える事が出来るよう、ターレット化されている。が、上下の動きに、それほど自由は無さそうだ。
 つまり、真下は死角となっている。
「あの脚から見て、本来は何か地盤の上に機体を固定して戦うのかもな。真下からの攻撃は想定してないとか……」
 機体の四方に突き出た、穴の様に推進器が並ぶ脚の先端、今は砲撃の為に折り畳まれている着地用ダンパー。それは多分、地面かそれになりかわる物に足を止める為のものだろう。
 だとしたら、攻撃の有り得ない下側からの攻撃に手薄になるのもわかる。
 わかるが……
 現に敵は宙で戦闘をしている。回転しながらの砲撃も、しっかり戦法として確立されたものだ。なのに、そんな弱点をそのままにしておくものか?
 だが、死角自体は珍しくもない。砲を全周囲に向けるより、一方に向けておいて、それを敵に向けた方が火力の集中という意味で効率的だからだ。MSだって、後ろを撃つようには出来ていない。
「…………」
 通信機に手を伸ばしかけ、止める。
 先行する連中に警告をしてやるか。否か。
 危惧は想像の域を出ない。ちょっと嫌な予感がするだけだ。どうせ奴等はこちらの言う事など素直に聞きはしない。それに……
 奴等は味方殺しだ。
 通信機に延ばした手を引っ込めた。そうと判断して。意識をして。
 悪意のみでも人は殺せる。その事にまだ実感はなかった。
 先行する背中撃ちの恥知らず達は、攻撃の標的となる事もないまま、敵大型MAに接近しようとしている。

 

 

 怒り。そして憎しみ。それが殺意へと変わったのはいつからだろう?
 最初の出会いの頃はそうでも無かった。
 良い出会い方はしていない。ナンパを酷く断られた……ナンパと言うにはあまりに低俗で相手を馬鹿にした物言いではあったのだが、それは都合良く忘れ、ともかく断られた事は恨みに思う程ではない。
 ZAFTの新兵器MSを否定し、連合の旧式兵器のMAを擁護するイカレ女。そんなのに声を掛けた自分達のミスと思えば、ささやかな失敗談として終わらせる事も出来た。
 あの女の仲間との喧嘩で営倉入りした。腹が立つが、殺そうとは思わなかった。それは相手側も同じ罰を受けたと思えば、溜飲を下げる事も出来た。仲良くなる気など完全に失せたが、それでも、そこではまだ殺意はなかった。
 その後は接触を断っていたので、何か思う事などあるわけもない。
 やはりあの時だろう。シミュレーターで負けた時。
 あの時、確定した。“最新最強兵器である筈のMSに乗った自分が、旧式の貧弱な兵器のMAに乗った女一人に勝てない”と言う事が。
 つまり、あの女が言っていた事は全て事実だった。MSなど、少なくともあの女にとっては単なる人形でしかない。
 努力して、努力して、MSパイロットになった。
 MSは最強の兵器の筈だった。それを駆る自分は英雄にもなれる筈だった。筈だったんだ。
 …………。
 子供の頃、立派な家に住んでいた。
 今になって考えても、同じくらいの収入の家庭の水準以上だったと言える。
 そんな家が自慢だったし、そんな家を建てた両親を尊敬していた。
『だから、もう一つ上のコーディネートプランを買っておけば良かったのよ!』『何度も話し合っただろう!? 家を買う予算が余計にかかって仕方なかったんだ!』
 子供の時代の終わり。夜に両親の怒鳴り合いを聞いた。自分の学校の成績についての話だった。
 ああ……そうだ。あの時、知った。
 自分は、家の為に、お値段で妥協して、ちょっと安物で、だから少々出来の悪い不良品で。
 それを否定したかった。だから、不良品と呼ばせない為に必死で努力した。
 でも、コーディネートの差があって、努力をしていない他の連中に追いつけない。
 それでも努力の果てに自分はMSパイロットになれた。
 最強の兵器だ。英雄にだってなれる。
 自分はもう不良品じゃない。
『あんな不良品をつかまされて!』『だったら、家を安物にすれば良かったってのか? 君も満足していただろう!』
 きっとママもパパも褒めてくれる。二人とも、家が火事になった時に死んでしまったけれど。
 でもそうじゃない。あの女が全て否定した。
 MSは最強の兵器ではなく。自分は英雄になどなれないただの雑兵だと。
 お高いコーディネートをされた議員の娘が乗れば旧式兵器のMAでも強く、そしてそんな女こそが戦場での英雄となるのだろう。
 ……だから、殺したかった。殺そうと思った。
 あの女は、その存在全てが自分を否定してくる。自分の存在を殺しに来る。だから殺さなければならないし、それはとても正しい事だ。
 こんな殺意を抱いたのは生涯で二度目だった。

 

 

『あの女、腹が立つから消しちまおうぜ』
 不愉快だ。殺そう。仲間に向かって言った台詞。
 まさか、誘った奴が本気になるとは思わなかった。何か暗い顔してたから、人に言えない何かでもあるのかもしれない。
 その場のノリで口にしただけの言葉だが、冗談でしたと取り消すのも格好悪い。びびったとか思われたら嫌だし。
 でも、やってみたら興奮して楽しかったし、良かったんじゃないかと思う。
 何にも知らないで飛んでるあの女に狙いを付けた時が大興奮。「俺、悪い事してる!」ってさ。スリルって言うのかな? 違うか? とにかく、ドキドキもの。
 でも、しくじったのはちょっと残念だった。しっかり当てたのに死なないし、後ろについてた連合機が落とすかと思ったら撃たないし。
 オマケに仲間が死ぬし。良い奴だったな。ノリは悪かったけど。
 で、面倒な事になった。
 結局、殺していないのに、扱いは殺人犯だ。酷い話だと思わないか? ちょっとした冗談だったのにさ。死んでないんだから、殺してないんだ。無実の罪って奴だろ?
 だけど、俺達は反省という名目で営倉入り。
 不公平だ。俺達にああさせた、あの女にも責任があると思わないか? あの女が居なかったら、俺達も誰かを背中から撃とうなんてしなかったし。これ、もうこっちが被害者じゃね?
 あの女、きっと俺達を陥れようとしてるんだ。
 冗談だったのに、死ななかったのに、殺されそうになったとか艦長に吹き込んだんだろう。
 失敗したのも、きっとあの女のせい。
 何だ、悪いのは全部あの女じゃないか。
 そんな悪人、殺されても当然だよな。じゃあ、俺は何も間違った事していないじゃないか。いや、むしろこれは正しい事だろ? 正義の為に、悪を抹殺しようとした。これは英雄だ。
 でも、結果は御覧の有様。こっちが犯罪人扱いだ。
 いやいや、正しい人間が認められない事もあるさ。
 でも、そんなものは全部挽回すればいい。英雄になればいい。
 こんなのは、ちょっと服のボタンを掛け違えたみたいなもので、すぐに修正できる。
 ……彼の考えは、そんな程度であった。
 遊び感覚で事を起こし、全ての責任を他者に求める。そして、それを誰も正当とは思わない理屈で、自分の中では正当化してしまう。
 別に、不幸な生い立ちやトラウマ……“情状酌量出来る理由”が有るわけではない。
 それでも人は凶行を為す事が出来た。

 

 

 二機のジンは、静かに進んでいく。
 大型MAからの攻撃は全て後衛のミゲル達が引き受けている。ジンを駆る二人には、それを嘲る余裕すら有った。
 勝手に敵を引き付けてくれるなど御苦労な事だ。奴等を囮にして、自分達が手柄を総取りしてやる。そんな考えの下、必殺の位置まで機体を進めていく。
 ビームなどはどうしても拡散する為、近い方が威力が大きくはなるが、実体弾だと宇宙空間では威力の減衰が無い。だから、威力と距離を詰める事には関係が薄い。
 実際に問題になるのは当たるかどうかだ。レーダーを使わず光学観測に頼って射撃している為、攻撃は意外な程に当たらない。
 その事に幾つか解決策はあるが、接近戦……殴り合うような距離での撃ち合いを行う事で解決したのがMSであると言える。
 そのコンセプト通り、接近して持てる火力の全てを叩き込む。それがMSで出来る必殺の攻撃だった。
 故に接近する。強大な力を持つ大型MAへと。
 そこに勝利を確信して――愚かにも。

 

 

 アッザムのコックピット。
 MAのコックピットと言うよりも艦橋に近い、人が立って歩ける程に余裕のある空間。そこに配置された操縦席には、数人のパイロットがついて機体を操縦している。
 機体は回転しているが、逆回転してその回転を消しているコックピット内は不動。
 そのコックピットが揺れる。
「……衝撃を吸収しきれないか。損害はどうか?」
『はっ。装甲を削られていますが、機体内に損傷は無し。集中して浴びなければ、問題ありません』
 中央に座る機長の問いに、パイロットの一人が答えた。
 先程から砲撃戦を行っているMS小隊の中に、やけに火力が大きい機体がいる。それに比べれば、もう一機のジン・ハイマニューバや、鹵獲機と思われるメビウス・ゼロは問題にならない。
 アッザムの装甲はその砲撃を良く受け止めているが、同じ箇所に複数被弾するなどすれば危ういだろう。
「ならば、奴等とはこのまま砲撃戦を維持する。砲火力で圧倒しろ!」
 機長は判断を下して指示を出す。
 距離を開けての撃ち合いなら、そうそう同じ箇所に被弾するという事はない。ならば、このまま戦い続けるのが正しいだろう。
 それで、こちらの小隊は良い。では、もう一つのMS小隊は?
『接近中のMS二機。後僅かで“籠”に入ります』
「ふん……誘導されているとも気付かずに愚かな奴等だ。蝿のように飛びついてくる」
 報告に機長は侮蔑の笑みを浮かべ、そして命じた。
「アッザムリーダー投下用意!」
 アッザムの機体下方から迫るジン。もう頃合いと見たか、ビームを、そして重機銃と無反動砲を撃ち始める。
 しかし、アッザムの重厚な装甲は重機銃弾を弾き、無反動砲とビームは機体を横滑りするように動かしてその射線上から逃れてしまう。
「ふふん。撃ち方が早いぞ臆病者。そらそら、もっと近寄ってこい」
 機長は二機のジンに嘲りの声を投げ、そして待った。
 攻撃を外したジン二機は、更に攻撃を続けながら一気に距離を詰めてくる。
 必殺と思った一撃が空振りした事、敵に潜んで接近していた自分達を認識させてしまった事、それらが彼等を焦らせているのだ。
 焦った二機はあまりに無防備に接近する。アッザムの機体下部に目に見える武装が無い事も、彼等の無謀な接近を誘っているのだろう。だが、それは全て罠だ。
「敵、アッザムリーダーに捕捉! 発射!」
 パイロットの一人が声を上げ、同時にトリガーを引く。
 アッザムは接近する二機との相対速度を合わせるように動き――宙に投網をかけた。
 アッザムの下部から射出されたブイの様な物。更にそこから伸びる無数のワイヤーが網のように拡がり、二機のジンを包囲する。
 直後、ワイヤーが光を纏った。
 ギシリと一度だけ体を震わせ、ジンの動きが止まる――

 

 

「――なんだ?」
 砲撃戦の最中、目にした光景にミゲルは呟く。
 若干は安来の感はあるも下方から強襲をかけ、外された後は焦り気味ではあったが追撃を行った二機のジン。背中撃ち共の機……
 だがその二機は、敵の大型MAが展開した“檻”に捕らえられ、動きを止めた。
 そのまま無視して大型MAを攻撃するか、檻が邪魔ならそれを破壊するか……そのどちらの行動も取らず、二機はただ動きを止めている。
 ミゲルは、その異常を悟り、すぐさま通信回線を開いた。
「っ……おい、大丈夫か!」
『ぎゃあがああああああうぁ!? あづい! やげっやげる! ぎぃっ! がは! いぎが!? ぐるじ……ぐっ。がああああああっ! だずげ……』
「っ!?」
 溢れだしたのは悲鳴。人間の断末魔。
 ミゲルはすぐに通信を切った。聞いていられるものではない。ミゲルは振り払うように頭を振り、耳にこびりつくその残滓から逃れようとした。
 と、そこに外部から通信が入り、それはラスティの声で告げる。
『カメラを赤外線に切り替えて!』
「赤外線?」
 言われた通り、カメラの画像を赤外線に切り替えた。
 と……見える。檻に捕らえられている二機の機体が白く輝いて。
「表面温度が上昇している!?」
 機体表面の推定温度は4000度。
 装甲は保つだろう。しかし、熱は内部にも伝播する。そんな温度に晒されれば、機体の内部が無事では済まない。
 二機が動きを止めたのは、おそらく熱の影響でコンピューターが動かなくなり……あるいは破壊され、操縦が出来なくなったからだ。
 では、パイロットは? さっきの悲鳴が答だ。
「あれはモビルスーツごとパイロットを焼くってのか!?」
 何の効果かはわからないが、あの攻撃はMSの中にまで効果を及ぼしているらしい。
 さすがにMSという装甲と機械の塊の内奥に居るパイロットには効果は弱まるのだろう。だが、それは苦しみを長引かせる結果でしかなかったわけだ。数千度の熱で炙られたなら、一瞬で死ねていただろうに。
『どうするミゲル!?』
 オロールから通信が入る。
「どうするだって?」
 ……狙い通りじゃないか。流石にそうは言えなかった。
 助けないという選択。それを軽く考えすぎていた様だ。
 一瞬で奴等は宇宙の藻屑となり、自分達はそれに気付きもしなかった……そんな都合の良い状況を勝手に想定していなかったか?
 現実はこうだ。彼等は、オーブンと化したMSの中で、じっくりとローストされている。自分達の目の前で。
 それでも助けないのか? 地獄の苦しみの中で為す術もなく悲鳴を上げている者を見捨てると?
 「助けに行くべきだ」そう思い、すぐにも機体を動かそうとする一方。「仲間を殺そうと奴等を助けるのか?」そんな心の声が体にブレーキを掛ける。
 どうする?
 オロールからの問いかけが頭の中をぐるぐる回る。その間も、彼等は光の檻の中で悲鳴を上げている事だろう。
 どうする?
 自業自得だ。あいつらは、やっちゃいけない事をした。仲間を撃つ者が、仲間に救われる事があってはならない。
 どうする?
 助けないと彼等は死ぬ。背中撃ちとか関係無しに、“人間が死ぬ”。自分の中にある道徳観が叫ぶ。「人を助けろ」と。
 どうする?
 だが、奴等は人殺しだ。人殺しは、人と扱ってはならない。倫理観が叫ぶ。応報だと。人を殺そうとした者が、今ここで見殺しという形で殺されようとしているだけだと……
 それはつまり、殺すのは見殺しにする自分だという事か?
 人殺しになるのは嫌か?
 違う。そうじゃない。今、考える事はそうじゃなくて……
『ミゲル! ラスティが行った!』
「な!?」
 どれだけ思考に浸ってしまっていたのかはわからない。
 しかし、それはラスティにとって、痺れを切らすには十分な時間だったようだ。
「よりにもよって!」
 ラスティのメビウス・ゼロは、敵大型MAに向かって突き進んでいく。その一際眩く輝くテールノズルは、ミゲル達からどんどん遠くなっていった。
 ラスティと背中撃ち共を接触させないよう、細心の注意を払ったつもりがこれか。
「……追うぞ! 敵大型に突貫する!」
『了解! 悪いが、先行するぞ! 加速はこっちが上だ!』
 オロールのジン・ハイマニューバが、その軽快な機動性を活かして急加速していく。
 一方、追加装甲に武装で重くなった機体を大推力で動かしているミゲルのジン・アサルトシュラウドでは、機動性では及ぶべくもない。
「重いな。だが、速度が乗ってしまえば!」
 前進する機体。そこへ、ミゲル機を警戒しているらしき敵大型MAは変わらず砲撃をかけてきた。
 今までは横に大きく動く事で回避に多少の余裕があったが、今度は敵に向かって行っている都合上、動ける範囲は狭くなる。
 自機ごと自分を焼き払うに十分だろうビームが、突き進むその先から飛来する。
 薙ぎ払うように放たれるビームが、まるで空間に描かれた線の様に見え、むろんそれらは点として飛んでくるよりも回避を困難とさせた。
 そして、回避運動を取れば取っただけ推力を余計に消費し、自機の加速は遅れる。だが、回避を行わなければ、直後には自機はビームの直撃を受けている事だろう。
「く……すまん、オロール任せた!」
 仕方なく、撃ち返して牽制をしつつ進む方針へと切り替えた。そして、ラスティの事は、オロールへと託す。
『わかった! どうあろうと、ラスティを殺さなけりゃ良いな!?』
「……そうだ!」
 “どうあろうと”の部分は、今は窮地にある背中撃ちのパイロット共の事を指すのだろう。
 わざわざ言ってくる辺り、オロールも思う所はあったらしい。それにGOサインを出す事で、ミゲルは改めてその責任を自らに科した。
 奴等を見殺しにする事は、最初から織り込み済みなのだ。

 

 

「あれほどの敵が……」
 ローラシア級“ガモフ”の艦橋。その艦長席に座したまま、ゼルマンはモニターに映る戦場に息を飲んだ。
 二機のMSを“檻”で虜にした大型MA。それはその状態のまま砲撃戦をも継続しており、ミゲルを近寄らせもしない。
 ああ、なんだろう。なんて、おそろしいのだろう。
 耳に付けたインカムからは、二人のパイロットの断末魔の悲鳴が、まるで何かバックミュージックのように流れている。
 問題行動を監視しつつも隠匿する為、彼等とはオペレーターを介さずに直通回線をつないだのが裏目に出たか。
 しかし、ゼルマンはその魂を凍らせるような絶叫に心を動かされた様子はない。
 …………
「ああ、そうだ。あれでは勝てないかもしれないな」
 敵のMAは強力だ。複数のMSを敵に回しても勝てる兵器であるのだろう。
 ザクレロの様に?
 ……違う。
 違うが勝てない。
 …………
「輸送艦は……どうかな。ここで敵を止められなければ、追いつかれて任務は失敗だろう」
 敵はMS部隊を撃破しつつある。そうなれば次はガモフ。その次には護衛対象である、連合MSを輸送する輸送艦だ。
 それは任務失敗を意味している。
 …………
「任務は果たさなければ。多くの味方がその犠牲を払った。自分の手でそれを無にする事は出来ない」
 何かに答え返すようにゼルマンは呟き、自分の考えを紡いでいた。
 そうだ。任務を果たすのだ。共に戦った艦“ツィーグラー”の様に。
 ZAFTの軍人として。誇らしい。誇らしい軍人として。
 ここまで守り抜いた……
 ここで我等が敗れ……
 カシャカシャとリノリウムの床を擦る音を立てて……
 全てを失う事は……
 きっとそれは幸せな事で……
 任務の為に……
 それは誰も知り得ない回廊を這いずるように……
 そうだ、ZAFTの軍人として……
 帰りたい。帰りたい。
 怯懦な心こそ、軍人として忌むべき……
 今も私を見ている……
 本当は生きていたかった筈だ。
 ああ、背後に獣が立っているのがわかるだろう?
「そうだ。任務は果たさなければならない」
 考えるな。見るな。感じるな。
 白い……白い……
 自分は軍人なんだ。任務を果たせ……
 ゼルマンの頭の中を無数の声が満たしていく。まるで毒を注ぎ込むように。
 だが、その全てはゼルマン自身の声だ。
 まるで千々に引き裂かれたかのようにゼルマンは思考し、その形にならない思考は一つの方向へと彼を運んでいく。破滅へと。
「敵大型MAは無理でも、敵の旗艦を叩けば、追撃は不能となる」
 耳朶を打つ生臭い呼気の音が……
 男の断末魔の悲鳴がまるで天上の楽の様に……
 嬉しく、楽しい。笑みが浮かびそうになる。何故? どうして?
 ああ、軍人として為すべき事があるからだ。
「各員へ通達。これより我が艦は、敵艦隊へ進路を取る」
 ゼルマンは独り言を止め、いきなり命令を発する。艦橋要員達の中にざわめきが拡がった。
 それはそうだろう。MSの無い艦、しかも単艦で艦隊に攻撃を仕掛けるなど、自殺行為でしかない。
『艦長! それは自殺行為です!』
『戦況はまだ、そこまで傾いてはいません! モビルスーツ隊も、ミゲル・アイマンの隊が健在です!』
 艦橋要員達は、口々にその判断について反論をしてきた。
 それはそうだろう。一つの艦を特攻に使うなど……その損失は、もともと人的資源に乏しいZAFTにとって大きすぎる。
 また、戦略戦術の視点に関係なく、誰だって死にたくはないという単純な話もあるだろう。
 だが、それを為す事こそが軍人としての……
 助けて。助けて。
 ああ、獣はあぎとを開いて……
 このガモフを一個の弾頭としてでも、敵の旗艦をここで仕留めなければ……
「我々はこの“ガモフ”を敵艦にぶつけてでも、輸送艦の脱出を支援しなければならない……」
 そうだ。そうだ。そうだ。
 命を捨てて任務を達成しなければならない。
 ならない。ならない。
 ああそうだ――獣が今、