機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第01話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 17:45:14

青い、青い海のただ中に、その島はあった。イーストブルーのはずれに位置し、周囲を渦潮に囲まれた、小さな、小さな島だった。
その島の、南側の岩礁に、赤い服を着た姿があった。シン・アスカ。

月面での最後の戦いの後、気がつけば、彼はこの島にいた。

響く潮騒の中、シン・アスカは、波間に洗われる巨大な金属の手に座り込んでいた。視線を波の下へと向ければ、そこには、かつての相棒――今はもう動かぬデスティニーガンダムの姿があった。
右腕を除く四肢はもがれ、残った部分も傷だらけで、海中に浸かったその姿は、無残とも言えるものだった。
もし海中から彼を引き上げる事が出来たとしても、二度と蘇る事はないだろう。それが、シンにはとても、とても。

「シン。またここだったか」
「ああ、ビフ」

かけられた声に振り向けば、そこには、鍬をかついだ中年男性が立っていた。黒いシャツに黒いズボン、シャツの右袖は、肘のあたりから先が、まるで吹流しのように微風に流れていた。

「悪い。そういや、畑仕事があったっけな」
「ああ。ま、とりあえずは良いがな。お前さんのおかげで、だいぶ楽にはなってるからな」
「何。こっちも世話になってるんだし……修行つけてもらってる身だからな」

言いつつ、シンは立ち上がり、ビフと並んで岩礁を離れた。

「また来るよ、デスティニー」

遡ること一ヶ月あまり。はじめてこの島で目を覚ました時、シンが目にしたのは、青い空だった。自分が、海面に突き出した岩礁の上に横たわっているのだと気付いた所へ、この島唯一の住人であるビフが海岸まで降りてきたのだった。岩礁のすぐわきには、デスティニーの手が見えていた。

最初は、自分に起きた事態が全く飲み込めなかったシンだったが、ビフに見せられた本や海図、また時折海面上に常識はずれに巨大な魚とも獣ともつかぬ奇妙な生き物が現れたり、あるいは島に生える植物や動物類が、シンの見聞きした事のないものばかりだったりといった傍証が、シンにビフの話を受け入れさせたのだ。

ビフの人柄、と言うものも、そこにはあった。島唯一の住人――正確には、ビフが飼っている牛の親子もいるのだが――であるビフは、シンがこれまでに出会った大人の中でも、屈指の落ち着きと威厳を備えていた。
片腕で、それ以外の体のあちこちにも多くの傷跡を持ったビフは、見かけだけならまだ40代そこそこなのだが、すでに老境にあるかのような落ち着きを見せていたのだ。

この奇妙な世界に来てから数日目の夜の事だった。ようようビフの話を受け入れたシンは、最初に目を覚ました場所、すなわち、海に沈んだデスティニーの所へ来て、ぼんやりと、夜の海を眺めていた。
果たして、これから自分はどうすれば良いのか。元の世界には帰れるのか。いや、帰った所で、自分に居場所はあるのだろうか、などなどと。
あの戦いは、ラクス・クラインとキラ・ヤマト一派の勝ちに終わった。自分は、キラ・ヤマトはおろか、アスラン・ザラにすら勝てず、みじめな敗北を喫してしまった。
あの時、ステラの幻を見たような気もする。だとしたら、自分はステラと同じ場所へ――死後の世界に来たのではないだろうか。そんな風にまで、シンは考えていたのだ。

だが、それを打ち破ったのも、またビフだった。

「風邪引くぞ」

何時の間にか、ビフがシンの横に並んで立っていた。ぶっきらぼうな中にも、確かに気遣いを感じさせるその声に、しかし、シンはぼんやりとした言葉しか返せなかった。

「良いよ、別に」
「良いわけねえだろう。働かざる者食うべからず。明日からはお前にも畑仕事手伝ってもらわなきゃならねえんだ」
「どうなったって良いんだよ、もう。俺の事は放っておいてくれよ」

気力の一切を持たないその言葉がはいた途端、ビフが右腕だけでシンの胸倉を掴んで、無理矢理ひきずり挙げた。

「こら。てめぇ今何つった? どうなったって良いだ? てめぇが良くてもな、オレはそうはいかねえんだよ」
「ぐっ……な、何だよ?! アンタは関係ないじゃないか!」
「ああ、関係なんざねえよ。てめぇ見てえにひねくれたスネガキなんざ、構いたくもねえ。けどな、オレは見ちまったんだよ」
「な、何を」
「お前をかばって、海に沈んで行ったこいつをだ!」
「え――」

ビフが顎で指し示すさきを見れば、そこには。

     ど  んっ

ずたぼろの姿で、右手だけを海面に突き出した、デスティニーの姿があった。

「デスティニー……が? だ、だって、デスティニーは、モビルスーツだぞ?! 生き物じゃない?!」
「そんな事オレが知るか! 良いか、お前達がここへ現れた時、オレは見たんだ。突然雲を破って落っこちてきたこいつが、お前が入っていた腹を、残った腕一本で必死に庇おうとしながら海に落っこちる所をな!!」
「な――え?」
「それだけじゃねえ! オレがここに来た時こいつはな、自分の腹からお前を引きずり出して、何とか岩の上へ上げようとしていたんだ! 自分が岩に掴まれば、こいつ自身は沈まないですんだ筈だろうによ!」
「そんな――そんな、事」
「ある筈ねえってか? けど、オレは見たんだ。オレがこいつの手からお前を受け取ったのを見て、こいつが満足そうに海の中に沈んでいく所まで、全部見たんだよ、オレは!」

『助けるよ』

そんな事、あるはずはなかった。デスティニーは、どれだけ優れていても、モビルスーツなのだ。意思なんかない。自分で何かを考えるなんてあるはずがない。まして――パイロットを自力で助けようなどと、するはずがない。

『君だけでも助かって。君だけでも、どうか生き延びて』

シンの中の常識が、それを否定する。だが――シンの耳には、意識には、確かに、その声が――残っていた。

『ボクはここで終わる。でも、君だけは助かって欲しい。ボクが助けるよ。だからどうか、生き延びて――シン』

「あ……う……ぐっ……」
「細かい理屈なんざ、オレは知らねえ。こいつが機械のかたまりなんだって事ぁ、オレにだって見れば解る。
けどな、それでも、こいつはお前を助けようとしてたんだ。オレにお前を託して、沈んで行ったんだよ。ずたぼろになっても、お前だけは助けようとしてたんだ」

ビフの腕から解放されたシンは、その場にひざまづき、海を覗き込んだ。夜の海は暗かったが、その奥に沈むデスティニーの姿は、月明かりの下、ぼんやりとうかがう事が出来た。その水面に、ぽつぽつと波紋が広がっていく。

思い入れなんかなかった。ただのモビルスーツ。ただの道具。そう思っていた。だのに。

「うっ……ぐっ……デスティニー……」
「オレはこいつからお前を託されたんだ。こいつが、自分は沈んでも助けようとしてたお前を。そのお前が、どうなっても良いだなんて事、オレが勘弁できるわけねえだろうが!」

だのに、彼は。デスティニーは、自分を。

「うぁぁあああーっ! デスティニーーーーーっ!!」

月光の海に、シンの号泣がこだました。

シンが泣き止むのを待って、ビフが静かに話し始めた。

「なあ、シン。お前が前いた所で何があったかは、詳しくは聞かねえ。だが、たいがいロクでもない目にあって来たんだろうって事は、察しがつく」
「うん……」
「こう、考えてみたらどうだ。お前は、前の場所での歪んだ運命を、振り切ったんだって」
「運命を……振り切った?」
「そうだ。ここがあの世かどうかってのはともかくだ。お前は、ここに来て生まれ変わった。そう考えちゃどうだ。そいつ、デスティニーだったか……奇遇だとは思わねえか、『運命』って名前のヤツが、命がけでお前をここまで連れて来てくれたのも、自分と同じ名前の、だが、ひどく歪んじまったそれから、お前を抜け出させる為だったと、そう考えちゃどうだ。なあ」
「デスティニーが、俺を」
「シン……お前、この島を出ろ」
「え?」
「今すぐってわけじゃねえ。この海に出るには、力がいる。それも、並大抵じゃない力が。どこでどう暮らしていくのか、それを決めるまでにも、色んな面倒があるだろうからな。それをかいくぐるだけの力を、俺が教えてやる」
「あんた……が?」
「オレはな……シン。昔、殺し屋をしていたんだ。政府に飼われる、殺し屋をな」