機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第02話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 17:47:42

あの夜、ビフから聞かされた「政府に飼われる殺し屋」と言う境遇の話は、シンに複雑な怒りを抱かせるものだった。

『正義の名の下に民間人を……って、何だよそれ! そんな正義があるか!』

サイファーポールナンバーナイン、CP9とも呼ばれる世界政府直属の諜報機関。それが、ビフの古巣だった。
CP9は、政府に非協力的な民間人を暗殺する権利を、政府によって保証されている。
そのメンバーは、皆「六式」と呼ばれる体術を会得し、それにより、圧倒的とも言える戦闘能力を得ているのだと。

『オレも同感だ。だから、オレは抜けたんだよ、CP9を』

激昂するシンに、ビフはそう言って聞かせた。左腕を失ったのは、その時、追手となったかつての同僚との戦いの最中だったそうだ。そして、更にこうも言った。

『六式は、所詮ただの技術だ。まあ、普通に使えば壊すか殺すかの役にしかたたねえが、使うヤツの根性しだいで、何かを守る役には立てるはずだ。使いどころさえ間違えなきゃな』

そして、号泣の夜が明けた翌日から、シンの新しい生活が始まった。
午前中は農作業と親子牛カマンとベールの世話、昼食を挟んで、午後はビフによる六式の鍛錬だ。

最初こそ、基礎体力の面で問題があったが、しかし、シンは驚異的とも言える速度で成長していった。
一ヶ月が経つ頃には、体力面ではビフに並ぶとまでは行かずとも、苛烈を極める鍛錬には充分付いていけるほどにまでなっていた。

鍛錬の中で、ビフが着目したのは、シンの反射神経と動体視力、適応能力の高さだった。もともとがザフトの赤服として、モビルスーツでの高速戦闘に慣れているシンだ。コーディネイターとしても、反応速度に関しては群を抜いていたのだ。
そして、思考速度の異常とも言える速さと、適応力の高さは、ビフでも目を瞠るものがあった。
3種のシルエットを駆使し、あらゆる状況に対処可能とされたインパルスのパイロットに抜擢されたシンだ。
それもまた、当然と言えはしただろう。

やがて、シンとデスティニーがこの世界に現れてから、3ヶ月余りが過ぎた。

ビフとシンは、二人が暮らす小屋の裏手にある広場で、10メートルほどの距離をとって向かい合っていた。
ビフは普段どおりの姿だが、シンは、自分の身長ほどもある、長い剣を携えていた。鞘も柄も丸いソレは、鍔も大きせいで、一見いびつな十字架のようにも見えた。
広場とは言っても、せいぜいが20メートル四方、更に言えば、もともとビフ以外に住む者もいなかった島であるから、当然舗装などもされていない、ただの空き地だ。二人から離れた所では、ビフの飼う親子牛、カマンとベールがのんびり草を食んでいたりする。

「さて……準備運動は済んだな?」
「ああ、いつでも良いぜ」
「ぶもー」
「もー」

不敵に笑う二人と、声援を送る二匹。緊迫しているのやら、いないのやら。その微妙な空気も意に介さず、ビフがぽつりと口を開く。

「『剃』」

刹那、土煙を残し、ビフの姿が掻き消える。だが、シンは意に介さず、手に持った剣を鞘に収めたまま眼前に差し上げる。

    が  き  ん っ

衝撃音が響き、突如ビフの姿がシンの目の前に現れる。ビフは右拳をシンに向けて突き出していたが、剣の柄がそれを受け止めていた。
ビフは口の端を歪めて笑った。

「ふん。『剃』は見てとれるか。なら、これはどうだ? 『剃刀』」

またもビフの姿が掻き消える。今度はシンもその場を跳んで離れると、素早く視線を辺りにめぐらす。
常人の目には捉えきれぬ速度で、ビフが剃と月歩を繰り返しつつ、かく乱するようにジグザグに辺りを乱れ飛ぶ。

「『指銃』!」

ビフの声が響き、鋼の指先がシンの背後から迫る。だが。

「フォース!」

今度はシンの叫びが響き、剃ほどの速度ではないが、しかし、まるでホバリングでもするかのように、シンの体は高速で地を滑ってビフの指銃から逃れる。シンはそのまま滑らかな曲線を描きつつ、剣の柄を掴んで取り外した。そこは、まるで槍の穂先のように、鋭く研ぎ澄まされていた。
ビフはまたしても剃でその場を離れるが、シンはそのままビフが跳んだ先へと進路を変え、ビフの姿が現れると同時に「『剃』!」ビフめがけて突進した。

「ケルベロス!」
声と同時に、上中下段に向けて、三連続の鋭い突きこみが入れられる。が。
「『鉄塊』!」

    ご き ぃ んっ

金属同士の衝突音にも似た音が響いた。

「ぶも……?」
「も……?」

カマンとベールが目を覆った前足をそっとどかすと、そこには、槍を突き出したシンと、その穂先を鉄塊で固めた胸板で受け止めるビフの姿があった。

「ぶもー」
「もー」

揃って胸を撫で下ろす、器用な親子牛であった。

「ふん。大体『剃』はものにしたみてえだな」
「何とかね」
「フォースっつったか。アレは中々面白えな。『剃』に比べりゃ全く遅えが、方向の操作はかなり楽そうだしな」
「まあね。勢いを殺した『剃』を連続してるだけなんだけど、俺には合ってるかな。その代わり、俺にはまだあんたが使ったみたいな月歩や鉄塊、指銃はまだまだだけど」

半ば悔しそうに言うシンを見下ろしつつ、ビフがぽつりと呟いた。

「頭銃(ずがん)」

    ご い んっ

鉄塊で岩をも砕く堅さとなったビフの頭突きが、シンの頭頂部を直撃した。

「っか~~~! 何なんだよアンタはっ!」
「頭銃くらって『何なんだ』ですますなよ……贅沢ぬかしてんじゃねえ、このクソガキ。たった3ヶ月で『剃』をものにしたってだけで、胸張って良いんだぞ。ったく……普通なら1年以上はかかるってのに」
「そういうもんなのか……あとさあビフ。これ、ホントに貰って良いのか?」

シンは、槍として使っていたそれをビフに指し示した。今は、柄――槍の鞘をかぶせられている。

「ああ、その剣『両面宿難』はもともとオレがCP9で使ってた得物だが……今のオレには用無しだ。もともと、オレはそんなに使わなかったしな。くれてやるよ」
「解った。でもすげえ発想だよなあ……長い鞘を外せば剣に、短い鞘を外せば槍に……か。局面ごとに使い分けが出来るってわけだ」
「お前の特質を生かすにゃ、持って来いだろ? まあ、オレはあまり道具に頼らなかったが……お前なら使いこなせるだろうよ」
「ああ、やってみせるよ」

デスティニーに助けられた命、絶対無駄にはしない。この世界で、自分が何を目指すのかはまだ解らないが、新天地を生き抜こうと言う決意だけは、しっかりとシンの胸に刻まれていた。

シンがビフから学んだのは、何も戦い方ばかりではない。この世界の基礎的な知識や、簡単な航海術もまた、ビフから教わり続けていた。

「海軍、海賊、賞金稼ぎ……がらっと変えて、どっかの街で腰落ち着けるんでも良い。が、いずれにしろだ、海賊にでもなろうってんじゃあない限り、海軍に喧嘩売るのはやめておけ」
「やっぱ、まずいか」
「当たり前ぇだ。下手に海軍将校辺りと揉め事起こしてみろ。すぐさま懸賞金が掛けられて、お尋ね者だ」

そうした講義の中で、ビフが重点的に教えたのは、身の振り方と、それに関する注意点についてだった。

「一度賞金首になっちまったら、そいつをチャラにするのは並大抵の事じゃねえ。とっ捕まってきっちり『オツトメ』を果たすか、さもなきゃ、死ぬまで逃げ続けるかだ……まあ、中には『王下七武海』なんてのもあるが、ありゃあなろうと思ってなれるもんでもねえからな」
「まあ、当座はあっちこっち見て回るつもりだからね。俺も。そうそう面倒は起こすつもりもないよ」
「なら良いがな。オレは、海賊が悪いとは言わねえ。中には単純に悪党と呼べない奴らもいるからな。海軍にも善玉悪玉色々揃ってるように、海賊だって同じだ。やむにやまれぬ事情から賞金首になっちまったヤツもいる」
「そういうもんだよな、やっぱり」

シンの脳裏には、前の世界で出会った人々の姿が浮かんでいた。思い出すたびに腹の立つ顔もあったが、しかし、今となってみれば、彼らにも彼らなりの理由があったのだろうと、思わぬでもなかった。
それに賛同出来るかどうかは、全く別の問題だが、少なくとも、慮る事は出来た。
彼等は、多分彼等なりに、何がしかを考えてはいたのだろう。今にして思えば、デュランダル議長の掲げたデスティニープランは、シンにしても疑問に思わぬではないが、少なくとも、デュランダルが世界の状況を憂えていたのは確かなのだ。
ならば、多分彼等も。そういう事だったのだろう。

ビフから話を聞かされる内に、シンは、かつての自分が思慮の足らぬ小僧であったという事を、想像できるようになっていた。
裏切りと言う行動そのものは今尚許せないが、それでも、アスランが自分を叱咤した理由ぐらいは、理解出来る程に。

更に一月あまりが過ぎた。その間にも鍛錬は続けられたが、剃の他には、月歩はあやふやな状態で、嵐脚は肝心の衝撃波を中々出せず、鉄塊、指銃、紙絵に至っては入り口にも立てぬという状態が続いていた。

「お前……才能あるんだか無いんだか、良く解らんヤツだなあ」

呆れたように言うビフに、シンは面目ないと叩頭するよりなかった。

「まあ、嵐脚は衝撃波が出ないが……その状態でも、単純な蹴りとしちゃあ、まあそこそこ使えるだろうけどな」
「どうも、鉄塊や紙絵って、コツがつかめないんだよなあ」
「向き不向きってもんもあるしな。六式全部満遍なく極めたヤツなんざ、滅多にいねえ……と」

ごろごろと、肉食獣が挙げるうなりのような音が、空から響く。見れば、南の方で黒い雲の塊が湧き上がっていた。

「ちっ……こりゃ嵐になりそうだな……仕方ねえ。今日はこれまでだ。オレは畑の方を片付ける。お前はカマンとベールを小屋に連れてけ」
「OK。でも、最近嵐が増えたなあ……台風シーズンってヤツなのかな」
「……」

何気のないシンの言葉に、ビフは眉間に皺を寄せ、湧き上がる黒雲をじっと見詰めていた。

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