機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第07話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 18:01:09

ローグタウンの只中、その雑踏を、奇妙な一団が連れ立って歩いていた。頭数は、男三人と女性一人の四人。
うち二人は奇妙な魚を担ぎ、さらに尾をかついでいる方は頭に巨大なコブをこさえていた。その後ろには、三本の刀を腰に落とし差しにした男が、呆れたような顔で続いていた。
女はと言うと、大きな袋を背負い、これまた呆れた顔で男達から少し先行するように歩いていた。
男達は、ウソップ、サンジ、ゾロ、女はナミ。いずれもルフィ率いる麦わら海賊団のメンバーであった。

「ったく……このアホコックが」
「うっせえ、少し話聞こうとしただけじゃねえか」
「立場を考えろっつってんだこのアホ! 何処の世界に海軍ナンパしようとする海賊がいるんだよ!」

ゾロとサンジが口論するのを後目に、ウソップが溜息を漏らすと、ナミが憐れむような目を向けてきた。

「アンタも大変ねえ」
「まーな……しかし、ルフィのヤツぁどうしたんだ?」
「さあ、広場に見物に行くって言ってたけど……それにしちゃさっき広場近くを通った時、見かけなかったのよねえ」
「どこまで落ち着かねえんだ、ウチの船長は」

溜息めいた声を漏らすウソップだったが、ふとあたりをはばかるように首を小さくすくめると、声をひそめてナミに話しかけた。

「所でよ、何か、やけに海兵がうろついてねえか?」
「え? そう言えばそうだけど……仕方ないんじゃない? ホラ、ここって本部将校が来てるはずでしょ」
「にしてもなあ、なーんかヤな予感が……」

そのウソップの予感は、直接の原因こそ違うものの、ほどなく実現する事となる。

一方――ナタルの眼前から逃げたシンはと言うと。

「だぁーっ! 何でこんな入り組んでんだよ、この街の路地はぁーっ!!」

未だ路地裏から脱出しきれず駆け回っていた。
実際の所は、シンが思うほどにローグタウンの路地は複雑と言う訳ではない。そこには、一つのからくりが仕込まれていたのだ。

「こっちへ行けば……ってまたかぁーっ!!」
「いたぞ、『赤服のシン』だ!」
「こっちへ応援寄越せ!」

所々、シンが曲がろうとすると要所要所で海兵に出くわす。海兵達が迷わずマスケットを向けて来るのに、シンは思わず足を止め、方向転換する。そんな事を繰り返す内に、シンは、自分が今どの辺りにいてどの方角を向いているのかすら、まともに把握出来なくなっていたのだ。

「ええと、こっちはさっき通って……いや、あっちだっけ? それとも……あーもう!」

ともかく、なるたけ面倒を起こさぬように逃げようとするあまり、シンは、まんまとナタルの用意したシナリオにはまり込んでいたのだ。
その進路は次第にせばまり、やがて、ナタルが事前に設定した予定ポイント、中央広場へと向かっていかざるを得なくなっていた。

そして、その中央広場では。

「フレイ伍長。3班から連絡、目標は南西方向に転進との事です」
「了解です。ええっと……じゃあ2班をポイントDへ、1班はポイントMへ向かわせて下さい。他の班は現状維持で」
「はっ!」

広場の雑踏からやや外れた辺り、路地から抜ける小道の前で、フレイと海兵達が追い込まれて来る筈のシンを待ち構えていた。

地図を見ながら海兵達に指示を出したフレイは、シンがナタルの描いた図面どおりこちらへ向かっている事を確認すると、電伝虫を取り出してナタルを呼び出した。

「ナタル少佐。こちらフレイです」
『こちらナタル。どうした』
「目標は予定通りこちらに向かっています。そうですね、このペースだと、あと10分もしない内に会敵すると思います。少佐は今どの辺りですか?」
『今3番街北側を抜けた所だからな、間に合うだろう』
「了解です。じゃあ、追い込み班は周囲を包囲する形で仕上げれば良いですね?」
『ああ、それで良い。彼の直背は私が取る』

ナタルの言葉の中に「むしろ邪魔をさせるな」と言うニュアンスを感じ取ったフレイは、苦笑を堪えつつ復唱し、通信を切った。

「しかし、やはりナタル少佐は凄いですね……如何に目標が一人とは言え、ここまで動きをコントロールするとは」
「んー、まあもともとこういう戦術が一番の売りな人ですから。と言うか、ホントは一人の動きを制御する方が大変だって言ってましたよ、ナタルさん」

海兵の一人が話しかけて来たのに、人差し指を唇に当てながら、フレイは応えた。

「相手が集団なら、動きがどうしても鈍くなるから簡単だって。一人相手だと、その相手の行動パターンとかを把握しないと難しいんですって」
「なるほど……ならば、ますます凄いですね」
「まあ、今回の目標の彼って、かなり解り易いみたいだから」
「単純って事ですか……」
「ま、その辺はともかく。最後の追い込みはナタルさんがやりますから、後は各班適宜周辺封鎖に入って下さい」
「了解です」

さあて、こっちも迎撃用意はしとかないと。でも、あのコーディの彼、あんだけ単純だと何か全然コーディっぽくないわねえ。ああ、あの銀髪野郎もたいがい単純ではあったっけ。

フレイは、前の世界で出会ったコーディネイターの存在を思い出しながら、地図上で部隊を配置すべき場所について思考をめぐらせた。そのせいか――広場のあちこちに見え隠れする、怪しげな人影には、気付けずにいた。

建物の屋上から屋上へ――ナタルは、時折生じる大きな空隙の途中に光の円盤を出現させて足場としながら、常人を越える速度で駆け抜けていく。
光の円盤は、彼女がこの世界に来て得た特殊能力だが、運動能力の方は、改めて訓練によって培ったものだ。
どうもこの世界の物理法則と言うか因果律は、元来他の世界の住人である自分の肉体の作りにさえ影響するらしいと、ナタルは感じていた。
シンが見せたあの高速移動術も、おそらくそうした影響を受けてのものなのだろうと、ナタルは考えていた。

実際、自分やシンの他に、あのフレイですら、この世界に来てから様々な能力を芽吹かせている。
この世界には、眠っていた生命力を活性化させる力でもあるのだろうか。

そうした思索に没頭したくなる欲求をかすかに感じたが、ナタルは、すぐさまそれを切り捨てた。
今は、より興味深い、フレイに言わせれば「楽しい」事が目の前にあるのだ。

幾度目かのジャンプの後、ナタルはフレイ達が待ち受けるポイントのすぐ近くに辿りついた。
まだシンの姿がない事を確認し、かすかな笑みを浮かべると、一度大きく深呼吸して荒れかけた呼吸を整える。
やがて――

「と、しめた! こっちが広場か!」

子羊が、狼の前へと現れた。

「広場に出れば、多少は……!」

なるほど、そういう判断か。ああ、まあ妥当ではある。しかしな、シン君。

ナタルは、シンが自分の潜む建物を通り過ぎるのを確認し、また光の円盤を出現させ、それを足場としてこっそりと地上へと降りて行った。

しかし、その判断が、すでにこちらの戦術の内であるとは、まだ気付けないかね。ああ、君の若さでは無理もないかな。何、大丈夫だ。私が君を教育してやる。キラ・ヤマトの時のような間違いは、二度と犯さんよ。

「よしっ! ここを抜ければ……って、またかーっ?!」

広場まで、後数メートルと言う所で、突如シンの眼前に、マスケットを構えた海兵の一団が現れた。
一列目は膝立ちの姿勢で、2列目は立った状態で、都合10を越える銃口がぴたりと自分の方へ合わされた。
しかもその背後には、更に20近い人数が射撃準備を終えて並んでいた。

「はーい、ここがゴールよ。お疲れ様でした」
「あ、アンタ……確か、フレイ、さん?」
「あ、憶えててくれたんだ。へえ『さん』づけて呼んでくれるなんて、君結構礼儀正しいのね?」
「いやまあ、何か年上っぽいし……って、そうじゃなくて」
「うん。まあご覧の通り。君が逃げるコースは、全部こっちでコントロールさせてもらってたの。ゴメンねえ」
「全部、ナタルさんの手の内ってわけか……」
「そう言う事だ」

突如背後から掛けられた声に振り向けば。

「800万ベリーの賞金首。通称『赤服のシン』……君を、捕縛する」

ナタルが、かすかに不敵な笑みを浮かべながら、そこにいた。

「げっ……」
「さて、如何な君とて両側を壁に阻まれ、前には海兵部隊。背後にこの私と来ては、観念した方が身の為ではないかと思うのだが?」
「はは……なんか、随分自信たっぷりな台詞っすね」
「まあな。これでも、一応は海軍本部の末席を汚す身だ。それなりの自負はあるさ。で、どうかね?」
「嫌って言ったら?」
「無論、力づくだな」

お互い、不敵に笑いながらの会話――その様子を見ながら、フレイはやれやれと首をすくめた。

ああもう、ナタルさんすっかりその気だわ。そんなにあの子が欲しいのかしら。

当の二人は、そんな背後に気付かず、対峙していた。ナタルからすれば、シンを捕獲するのは自分の役割で
あったし、シンからすれば、背後の海兵の一団を抜くよりは、ナタル一人を誤魔化す方が容易いと踏んだからだ。

ここまで出くわした海兵達からことごとく逃げてきたのは、無闇に攻撃して良いかどうか、危ぶまれたからだ。
確かに今や自分は完全に海軍の敵ではあるのだろうが、それでも、どこか抵抗を感じずにはいられない。
この世界に来てから、己の短気ぶりを自覚――ビフにとことん教育されたとも言うが――し、また、力の使い方と言うものにも、それなりの思考をめぐらそうと考えるようになった、変化の表れだった。

だが、事ここにまで至っては、それも仕方ない。シンはそう考えた。あちらが明確にこちらを攻撃すると言うのならば、抗するに如くはない。まして、相手は音に聞く海軍少佐なのだ。自分の中途半端な六式程度では、まあ命のやりとりとまでもいくまい、と。

「さて、その背中に背負った大剣――そろそろ抜いたらどうかね? まあ、この狭い路地では中々振り回しづらかろうがね」
「ご心配には及びませんよ」

ナタルの言葉に、シンは背負った両面宿難の、柄を右手で、鞘を左手で掴んだ。

瞬時の間を置き――シンは、左手をぐっと下に引き下ろし柄の側を抜き去り、そこから現れた槍の穂先をナタルに向けて突進した。

「ブラストシルエットォ!」

槍形態になった両面宿難がシンの手の中ですべり、突き出されたその手元から伸びてナタルの眼前に迫り――

  が き ん っ

その眼前に現れた光の円盤によって、食い止められていた。

「ほう……成る程。状況に応じて剣にも槍にもなるか……中々面白い得物だな」
「なっ?!」

光の円盤は両面宿難の穂先を、完全に食い止めている。狙いは急所を外したものの、勢いそのものは、岩をも穿つだけのものであったと言うのに。

「アンタ……一体?」
「『悪魔の実』と言うのを、聞いた事はないかね、シン君」
「悪魔の……アンタ、まさか?!」

ビフから聞かされた話の中に、確かにそれはあった。海の悪魔の化身とも言われるそれは、食した者に、悪魔の力を与えると言う。その代わり、悪魔の実を食べた者は海に嫌われるようになるとも言うが、それでも、その力は凄まじく、悪魔の実の力を得ようと願う者は多いと言う。

「超人系悪魔の実……タテタテの実。それが、私の食べた悪魔の実だ」
「タテタテ?」
「そう、つまり、こういう光の盾を作り出す……それが、タテタテの実の能力だ。盾とは言うが、これで中々使い勝手は良くてな……例えば」

刹那、光の円盤――ナタル言う所の「盾」は、その形を円錐状に変えてシンの方へと突き出された。

「おわっ!」

本能的にそれをかわしたシンだが、円錐の先端はシンの纏う赤服のわき腹のあたりをかすめ――すっぱりと切り裂い
ていた。

「こんな風に、攻撃に使う事も出来る。何しろ、こいつの強度は相当でな。海軍で使っている軍艦の砲撃ですら、こいつを抜く事は出来んのだ。更に言えば、形や大きさもある程度は自由に出来る」
「そりゃあ、今の見て解りましたよ」
「そうか? なら、こんな風になるとは、予測出来たかね?」

ナタルがそう言うと同時に、盾はあっと言う間にその面積を増し、やがて――

「なっ……何なんだぁーっ?!」

盾は、ナタルのいる側の路地を完全にふさぐようにそびえる、巨大な壁と化していた。

「改めて問おう。一方は私の作る『盾の壁』、一方はフレイ率いる海兵部隊の銃口――どうするかね、アスカ・シン?」
「くっ……!」

せめて月歩がまともに使えたなら、この状況も決して脱出不可能ではなかっただろうが、今のシンには剃とその派生技であるフォースぐらいしか、まともに使える技はなかった。この路地の狭さでは、両側の壁をそれらで駆け登るのにも、無理がある。

冗談じゃない、折角――折角やりたい事が、見つけられる船が見つかったってのに、こんな所で……!

臍を噛む思いで何とか脱出方法を考えるシンだが、その間にも、じりじりと盾の壁はシンを路地から追い出すように、近づいてくる。恐らく、形や大きさだけでなく、ナタルの意志に応じて動かす事も可能なのだろう。

果たして、万事休すかと思われたその瞬間――あたりに、シンにとっては聞き覚えのある、大声が響き渡った。

「うっっっっっはーーーーーっ!!! これが海賊王の見た景色っ!!! そして死んだのかーっ!!!」

「この声……ルフィ?!」

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