機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第13話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 19:13:11

バロックワークスの追っ手によって、Mr.8ことイガラムの乗った船が沈められた直後、シン達一行は、
速やかにウィスキーピークを出航した。
ビビの助言により川の上流へ向かい、支流から海へ出る間、騒ぎの間ずっと酔いつぶれていたサンジとウ
ソップが「急ぐ事はないから戻ろう」などと文句を言っていたものの、ナミの説明によって撃沈、どうに
か事態を理解したようであった。

「追っ手ってどんぐらい来てるんだろうなあ」

メリー号の船首に座って聞くルフィに、ビビはかぶりを振った。バロックワークスの実際の規模は、潜入
していた彼女にもはっきりとはしていないのだ。ただ。

「すでに察知されているのは確かだわ。早く次ぎの島へ急ぎましょう」

船も河口へとたどり着き、これから次の島へと針路を定めようとした、その時だった。
シンは、マストのてっぺんに立ちながら、瞬時、背後に巨大な氷山でも現れたかのような錯覚に捕われた。

「岩礁にぶつからないように気をつけないと。ああ、追っ手から逃げられてよかった」

呟くような、しかし、透き通るように響くその声に、シンも、誰もが振り向いた。船尾楼の手すりに腰掛け
た、その女に。

「何時の間に!!」

驚愕する声に対し、女は楽しげな笑いと共に「良い船ね」と応えた。
咄嗟に、女の両脇にサンジとウソップが位置取り、各々ピストルとパチンコを構えるが――

「そういう物騒なものを――私に向けないでちょうだい」

女の言葉が終わらぬ内に、二人は上部甲板から落下していた。と、同時に、ナミの棒、ゾロの刀、そして、
マスト頂上にいたシンの両面宿難も、それぞれ持ち主の手を離れ甲板に落ちる。
シンは、確かに柄を握った手が、何かによって打たれる感触を感じていた。

「こいつ、悪魔の……!」
「一体何の能力なんだ……って、シン?!」
「!」

女の背後、船尾楼の屋根に、突如シンが現れていた。手には何の得物も握られてはいないが、しゃがみ込んだ
姿勢からは、何時でも女に向けて突進できるだろう事がうかがえた。

「あら……ずいぶんと、面 白 い 技 を、使うのね」
「……知ってるのか」
「ミスオールサンデー、何であんたがここにいるのよ!!」

シンと女がかすかな殺気を交わす中、ビビが女に向けて叫んだ。

「ミスオールサンデー? あいつは一体誰の相棒なのよ?!」
「Mr.0……クロコダイルの相棒よ。アイツの後をつけて、私達はボスの正体を知ったの」
「ええ、そうね。正確には、私がつけさせてあげたんだけど」

からかうような女――ミスオールサンデーの言葉に、ルフィが「何だ良いヤツじゃんか」と言ったが、ビビは
それには介さず、オールサンデーに怒鳴り返した。

「解ってたわよ! ボスの正体を知った私達の事を組織にバラしたのもアナタでしょう!! 一体どういうつ
もりなの!!」
「何だ、悪いヤツか」

ルフィらしい単純さ満載の言葉が漏れた時、突如、ルフィの麦藁帽子が、オールサンデーの方へと飛んだ。ルフィ
はそれに憤慨し、「お前を俺の敵だと決めた!」と言っているが、彼女はそれも軽く受け流し、背後のシンに、
ログポースを投げてよこした。

「強いて言うなら、望みのない行動に一生懸命なあなた達に興味がわいたって所かしら。だから、少し手助けを
したくなった。それだけよ」

そう言うと、オールサンデーは背後のシンに向けて、何かを放って寄越した。それは。

「ログポース?」
「アラバスタへのエターナルポースよ。それでアラバスタへ一直線にいけるわ。もしそれを使わなければ、あな
た達が次に向かうのはリトルガーデン……あなた達があそこを抜けるのは、まず不可能ね」
「不可能……ねえ」
「シン!」

胡散臭げにエターナルポースをもてあそぶシンに、ルフィが声を掛けた。見れば、ルフィは厳しい表情で肯いて
いた。シンも、それに肯き返し、エターナルポースを握りつぶした。

「ちょっと何やってんのよ! くれるって言ってんだからもらっとけば良いじゃないの!」

すかさずナミが怒声を張り上げるが、ルフィはそれを、オールサンデーを睨み付けたまま制し、叫んだ。

「この船の行く先を、お前が決めるな!!!」
「……そう。残念だわ」

そう言って、オールサンデーは身を翻し、舷側から海へと飛び降り――そこに待機していた大きな海亀の背に
据えられた椅子に、その身を優雅に横たえた。

「行きましょう」
「ブホ」

ルフィ達がその後を見やる中、シンは、一人唇を噛み締めた厳しい表情で俯くビビに、視線を向けていた。

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夜――皆が寝静まった中、シンは一人、メインマストの見張り台で毛布に包まり、昼間現れたミスオールサンデー
について、考えていた。
終始ビビを嘲笑うかのような態度だったが、よくよく考えてみれば、彼女が何をしたいのか、それが、シンには
よく解らなかった。
単に面白がると言うだけならば、何故彼女はエターナルポースなどを渡そうとしたのだろうか。もし、彼女がビビ
や自分達の苦しみもがく様を見て楽しんでいるのだとするならば、アラバスタへ一気に誘導するよりも、中途の
旅の苦難を味あわせようとするのではないか。
しかし、また同時に、最終的にアラバスタで待ち受けるだろうバロックワークス本隊、および彼等のボスとの対
決でビビたちが倒れる事を彼女が望んでいるなら、この予測は成り立たないとも思えた。

つまり――「今は考えても仕方ない、かあ」――そういう事なのだろうとしか、シンには解らなかった。

――アスラン辺りなら、また怒鳴るんだろうなあ。良く考えろとか、大局に立てとか。

前の世界の記憶で、アスラン・ザラに関する事だけは、今尚シンの中で完全に割り切る事の出来ない事例だった。
以前ならば、あの顔や名前を思い出しただけで怒りが沸騰していたのだから、それに比べればかなり落ち着いて
はいるのだが。

――大局って言われても、困るんだよな。幾らかは、言ってる事も解らなくはないんだけど。

戦争はヒーローごっこじゃない、などと言う言葉には、なるほど、確かにそうだろうと肯かされる。
その点は、反省してしかるべきだろう。しかし。

――でもさあアスラン。やっぱり、アンタにだけは言われたくないって、そう思っちゃうよ。

どれほど立派な言質であろうと、言った人間に裏切りなどされては、説得力など地に落ちる。
割り切れもしないし、納得など出来ないが、しかし、今となっては苦笑と共に思い浮かぶ対象。それが、シンに
とってのアスラン・ザラの、現状だった。

むしろ、シンにとって今尚もって冷静になれぬ対象は――

「あの、軽業師君?」
「わぁっ!!」

見張り台の床にある跳ね上げ式の昇降口から、ビビが顔を出していた。

「何だよ……王女さんか。どうしたんだ、こんな時間に」
「夜食、持ってきたの」
「え」

見れば、確かに彼女の手には、サンジが作った夕食の一部をサンドイッチにしたらしいものを入れた籠があった。
ドリンクまで一緒のようだ。

「わ、わりい」
「良いのよ、今は私、これぐらいしか出来る事ないし」

言いながら、ビビは自分も見張り台に昇り、シンの隣に腰を下ろした。

「おいおい……食器はあとで俺がかたしとくからさ、王女さんはもう寝とけよ」
「その『王女さん』ってのは、やめてもらえるかしら」
「えと、じゃあ……ビビ」
「それで良いわ」

にこりと微笑むその顔は、花のような輝きだった。

「ここって結構寒いのねえ」
「いや、だから部屋戻って寝ろってば」
「ねえ、軽業師君」

ビビは、シンの憮然とした言葉には答えず、星空を見上げたまま、はっきりとした発音で話し出した。

「さっきは、ごめんなさい。私、確かに甘かったわ」
「え……あ、ああ。島を出る時の、アレか」
「ええ。アナタの言う通り、形振り構っていて良い事じゃなかったんだわ。さっき、ミスオールサンデーに会っ
て、つくづく思ったの」
「いや、あれは俺も言いすぎだった」
「ううん。私が甘かったのも、事実だから」

星空から視線を外し、膝を抱える自分の組んだ手を見詰めながら、ビビは、決して暗いものを含んではいない
表情で、ぽつりぽつりと語りだした。

「私がこんな事を始めたのは、アラバスタをどうしても守りたかったからなの。私は、私の生まれたあの国が
大好きだから」
「そっか……そう、だよな」

故郷を慕い、故郷を思う。それは、ある意味当然の感情だ。その事は、シンにも良く解る。痛みを伴うほどに、
良く解る事だ。
だからだろうか、シンは、ついビビに聞かずにはいられなかった。

「なあ、ビビの国にはさ、理念って、あるのかな」
「理念?」
「そう。理念だ。国家の理念。あるいは王家の理念。何でも良い、そう言うものはあるのかな」
「んー……そういうのとは、少し違うけど、父上、あ、つまり国王ね。その、父上が良く口にされる言葉があ
るわ」
「どんな言葉を?」
「『国とは人』……人なくして国はない。王家とか臣民とか、そういう区分けを越えて、同じ国に生まれて住む
者全員が、その国そのもの……そういう意味だと、私は思ってるわ」
「……じゃあ、もしも仮にだ」

燃え盛る祖国。戦火に曝される故郷。死に行く隣人。死に行く――家族。
アスラン・ザラの事など、今のシンにとっては苦笑の元でしかない。シンが今尚心を揺らすのは、唯一つ。
力の源泉。力を望む欲求の源。守りたいと思う願いの源。それらは全て――

「もしも仮に、バロックワークスとは全く関わりなく、国民が反乱を起こしたら、アンタはどうする?」
「それは――」
「解ってる。これは酷い質問だ。残酷なんてもんじゃない。ほとんど、否、これは八つ当たりそのものだ。でも
俺は――俺としては、聞きたいんだ。聞かせて欲しい。アンタはどうする?」
「私は――それが、アラバスタの為であるなら。それが本当に国民全員の願いであるなら――それに従うわ」
「本当に? あんたがそのせいで国を追われる事になっても?」
「言ったでしょう? 私は、アラバスタが好きなの。そこに住む人たちが大好きなの。そして、王家と言う立場
に生まれた以上、私は、その事に責任を負っているの。もし国民が私達王家を否定すると言うのなら、それは、
私達が私達の責任を果たせなかったから、そう言う事なんだと思うわ。だから」

シンの、過酷に過ぎる質問にも、ビビは真摯に答えた。そこには、不躾な質問への怒りもなければ、動揺もない。
ただ、切実な、問わずにいられない言葉を真摯に受け止め、応えようと言う誠実さだけがあった。

「だから、彼等が真実それを心から望むのなら、私はそれに応じるわ。けれど――今回は違う。今アラバスタで
起ころうとしているのは、彼等を騙し、国を乗っ取ろうとするバロックワークス――クロコダイルの策略なのよ」
「解ってる――なあ、ビビ」

シンは立ち上がり、腰を伸ばしながら、星空と海を隔てるぼんやりとした黒い帯を眺めた。その遥か向こうに、
彼女の故郷がある。

「悪かった。酷い事聞いてさ。済まなかった」

ビビに向き直り、シンは素直に頭を下げた。かなわないと思ったのだ。彼女の高潔とも言える覚悟の前には、
到底自分のような小僧では太刀打ちできないと。
そして――純粋に、敬意を抱いたのだ。これが、王族と言うものなのかと。

「ううん。今でも、むしろ済まないのはこっちだって思ってるもの」

そういう彼女の笑顔は、明るい華やいだものだった。それがシンには、これこそが今俺が守るべき花なんだろうと、素直にそう思えてならなかった。

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