「何なんだてめえはいきなり!!」
「そりゃあ端から端までまるまるこっちのセリフだーッ!!!」
いきなりであるが――雪崩後の雪原で、シンとゾロが怒鳴りあっていた。
不幸中の幸いとでも言うべきか、シン達がいた辺りはかなり麓近くであり、またそこから山寄りの方に広
い林などがあったお陰で、シン達の所に届いた時点で雪崩の勢いはかなり弱まっていた。
しかし、大量の雪に襲われた事は変わりなく、そりは壊れてしまい、引いていた動物達も何処かへ逃げて
しまった。
ちなみに、ウソップがあやうく雪に埋もれて遭難しかけたり、そのまま眠ろうとしたウソップをビビが容
赦のない張り手連発によってたたき起こしたり、挙句ウソップの顔が3倍近くに腫れ上がったりなどといっ
た事もあったのだが、それらはともかく。
とりあえず人里へ急ごうと歩き出した矢先、目の前の雪から、上半身裸でついでに裸足という、雪国では
非常識と言うのも生ぬるい格好のゾロがいきなり現れたのだ。
そのあまりに唐突な登場と、自殺行為以外の何物でもないたわけた格好とに思わずシンがゾロの頭を張
り飛ばし、そして――冒頭の言い合いへとつながる。
「ま、まあまあ、軽業師君もミスターブシドーも落ち着いて……」
「てえかゾロ、お前船に残ってたんじゃないのか?」
「ああ? 誰だお前?」
ゾロはしばし顔の腫れ上がったウソップを見つめ――その顔の真ん中から長く突き出す鼻を見て「ああ、
ウソップか」と呟いた。
「ちょっと待てコラ! 何だ今の妙な間は!」
「いやあ、寒中水泳でもしようと思ってな」
「無視かよ!」
「雪の中に埋もれてるのを寒中水泳とは断じて言わんと思うぞ」
「だから、寒中水泳やってる最中にでかい魚見つけてな、そいつを追ってたらどんどん川をさかのぼっち
まってな。で、雪崩に巻き込まれてこのザマってわけだ」
「ゾロ……お前、バカだろう」
「んだとコラ!」
しみじみと肩を落として言うシンに、ウソップはおろかビビですら肯かずにはいられなかった。
「で、お前らは何してんだよ、こんな所で。後ウソップ、上着貸せ」
「断る」
「いや、俺達はこの辺りの村に来てるって言う医者を探して……」
「ちょっと待って! この看板、ここビッグホーンって書いてあるわ!」
とりあえず互いの事情を説明しつつ歩みを進めていた四人だったが、途中、ビビが道標の看板を見つけて
声を挙げた。
「ビッグホーンって言ったら、さっきいたか……なんだよ、逆戻りしちまってるじゃねえか」
「と言うか、確かさっきワポルが戻ってきたのがこの辺だって……」
ちらりと、ビビとウソップがシンに視線を投げれば――シンは、表情を削ぎ落とした顔でビッグホーンの
方向を見つめ――いや、睨み付けていた。
「あ、あの……軽業師君?」
「行こうぜ、何にしても、またそりを借りなきゃならないだろ」
「お、おう」
「何なんだ一体?」
事情をいまひとつ理解していないゾロを連れた三人は、ビッグホーン目指して歩き始めた。
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青い鼻の、人語を話すトナカイ――その常識からかなり外れた生き物を眼にした時、ナミは驚き、呆気に
取られた。正直に言うならば「ばけもの」と言う単語が浮かんだ事は間違いない。
しかし、彼女を看護してくれていた女性――デュランダル・タリアの説明に、あっさりと納得し、彼の存
在を受け入れたのも、また事実だった。
「チョッパー、あ、彼の名前ね。チョッパーはね、ヒトヒトの実を食べたトナカイなのよ」
ゾオン系悪魔の実の一つ、ヒトヒトの実。人も動物の一種であると考えるなら、そうしたものがあっても
決して不思議ではない。そして、それをたまたま食べたトナカイが人語を解するようになると言うのも、十
分理解出来る話だった。
タリアによれば、彼、トニートニー・チョッパーは、その青い鼻と、ヒトヒトの実の能力のせいで、トナ
カイからも人間からも怪物のはずれ者として扱われてきており、だから酷く人見知りが激しいのだそうだ。
因みに、チョッパーはタリアに薬を渡し、逃げるように戸口から走り去っていった。
「でもね、昔たった一人、彼を怪物扱いしなかった人がいたの。ドクター・ヒルルクと言ってね、チョッパー
の名前は、その人からもらったんだそうよ」
「ドクターって……その人があたしの手当てを?」
「……ドクター・ヒルルクは、もういないわ」
「あ……」
そう言うタリアの表情から、何がしかの事情があるのだろうとは、ナミにも察する事が出来た。
「じゃあ、あたしを手当てしてくれた医者って誰なの? あなたが?」
「私は看護婦よ。診断して手当てをしたのは、ドクター・くれはと――チョッパーよ」
「彼が? 彼も医者なの?!」
「ええ。ドクター・くれはの一番弟子というところね」
「へえ……」
「もうそろそろほかの二人も目を」
覚ますわと、タリアが言いかけたその時。
「ギャーーーッ!!! 助けてーーーッ!!!」
「待て肉!!」
「待て待てルフィ、こいつは俺が調理する。どうせなら美味く食うべきだ」
立ち去った筈のチョッパーと、それに噛み付くルフィ、明らかなコックの顔をしたサンジが部屋へなだれ
込んで来た。
更にもう一人。
「驚いたね、あいつらもう動くのかい」
「あなたは?」
スタイルだけならナミに勝るとも劣らぬだろう――老婆がそこにいた。
「あらドクター。お嬢さんも目を覚ましましたよ」
「おやそうかい。タリア、ここはもう良いよ、戻って休みな」
「はい、じゃあね、お嬢さん」
タリアは、どたばたと取っ組み合いを続けるルフィ達の横を事もなげに通り、一礼して部屋から去って行っ
た。
「あなたが、ドクター・くれは?」
「そう。ドクトリーヌと呼びな」
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ゾロと出会った場所は、実際にはかなりビッグホーンの近くであったらしく、四人が歩き出してからすぐ
に民家が視界に入った。雪崩の影響はこの辺りにもあったらしく、あちこちで深い雪が家々の間を埋め尽く
していた。
だが、街の人々はそうした雪の排除作業にも出ておらず、広場の方に皆集まっているようだった。
「何だ一体? 何でこんな人だかりが」
「あれは……!」
ウソップとビビが人だかりの向こうを覗いてみれば、そこには、先日メリー号を襲ったのと同じ連中が、
銃を手に住民達を威嚇していた。
彼らの背後には雪崩で出来たらしい雪の山があった。
「そこをどけ! 早くドルトンさんを助けないと!」
どうやら、雪山にはドルトンが怪我をした状態で埋もれているらしい。街の住人はドルトンを助けようと
しているのだが、ワポルの兵達が、それを阻止しているようだった。
「下がれ、ドルトンならもう死んだ」
「ドルトンさんがあれぐらいで死ぬもんか!!」
「お前らだって元はドルトンさんの部下だったんだろうが!! 何とも思わないのか!!」
「俺達は国王ワポルの家来だ。ワポル様の敵にまわるなら命はない!!」
「文句があるならかかってくるが良い。ドルトン抜きじゃそんな勇気もないか、ハハハハ!!」
中には、そんな事をうそぶく兵までもがいた。ウソップとビビが激しかけたその時、二人の隣でぽつりと
呟く声があった。
「ミラージュコロイド」
「お、おいシン!」
「軽業師君?!」
二人が振り向けば、そこにはすでにシンの姿はなく、その代わり――
「なっ 何だ貴様!!」
「うわあっ!!」
ドルトンの埋もれた雪山を取り囲む兵一人ひとり、その眼前の中空に、赤い眼を光らせ、赤い服を纏い、
鬼の如き表情の若者が――同時に複数出現していた。
「ワポルの家来――そう言ったな、貴様ら」
「だっ だから何だ!! ワポル様は国王なのだぞ!!!」
「だったら、貴様らそこから『何があっても』一歩も動くなよ――ゴ ー ス ト ス テ ッ プ!!!」
刹那、シンの分身は兵達全員の上半身に無数の蹴り――と言うよりは踏みつけだが――浴びせていた。
敵の体を足場とした剃による分身術、それがこの技の正体だった。爆発的な突進力を生む剃のステップは
それ自体が強力な攻撃手段になるのではないかと考えた、シンなりの技だった。
兵達は銃の引き金を絞る間もなく、全員無言でその場に倒れ伏し、分身を解除したシンがその背後の雪山
の前に現れた。
「何ぼけっとしてんだよ」
「え?」
「ドルトンさん、掘り出すんだろ」
「あ、ああ!!」
振り向かぬままに言うシンに、住人達は倒れた兵達を無視してドルトンの救助にかかった。
「な、何てヤツだよ」
「軽業師君……」
「と、あっちからまた来たぜ」
船に残っていたのだろう、ワポルの部下達が集団で駆けて来たが。
「丁度良い、連中から服を『貰う』とするか」
不敵に笑ったゾロによって、瞬く間に全員叩き伏せられた。
やがて、ドルトンが住民達の手によって雪の中から救助されたが、しかし、体は冷え切り、呼吸も鼓動も止まっ
たその状態は、ワポルの部下達が言うように、すでに死亡しているのではないかと思われるものだった。
「ダメだ……心臓が止まってる!」
だが、そんな悲嘆めいた声を無視するように、白衣をまとった一団――ワポルによって独占された医師団、イッ
シー20が掘り出されたドルトンの方へと歩み寄った。
「私たちが手当てしよう……ドルトンの体は冷凍状態にあるだけだ、まだ蘇生できる」
「お前ら……イッシー20?! ふざけるな! ワポルに従ってたお前らが!!」
「彼を救いたくば言う通りにしろ!!!」」
非難の声を挙げる住人達をさえぎるように、医師の一人がマスク越しに大声を挙げた。
「俺達だって医者なんだ……やつらの『強さ』にねじ伏せられようと、医療の研究はこの国の患者達の為に続けて
来た……!!」
「とあるヤブ医者に……『諦めるな』と教えられたからだ……いや、もう一人、今も諦めず望みを繋いで屈辱に耐
え続けている男からも……!!」
「もう失ってはいけないんだ……そういう『バカ』な男を……!!!」
「おい、いっそもう彼も」
「そうだな……ここまで来れば同じ事だ。おい、誰か彼を――レイ君を船から連れて来てくれ!!」
「解った!!」
「?!!!」
彼らは、今何と言った――驚愕するシンをよそに、イッシー20の中の数人が、ブリキング号に戻り、し
ばらくして、病人を寝かせているらしいキャスター付きのベッドを運んで来た。
そこに横たわっているのは。
「……レイ!!!」
見る影もなくやせ衰えた、しかし、シンには決して忘れようのない顔――レイ・ザ・バレルがそこにいた。