機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第31話

Last-modified: 2012-08-07 (火) 18:03:18

 勢いこんで駆け出したシンとカルー、そしてビビだったが、その突進は、すぐにも中断
せざるを得なくなった。
 砂漠からアルバーナの城門めがけて突進する、反乱軍に出くわしたのだ。
 反乱軍は、そこにビビがいるとは到底気づいているようには見えなかった。彼らは咄嗟
にカルーの足を止めさせたビビの声はおろか姿にも気づかず、軍勢がいならぶ城壁を目指
して駆け抜けていった。
 危うく彼らの蹄に踏み散らされそうになったビビとカルーだったが、シンが両者に覆い
かぶさるよう地に伏せ、鉄塊で身を鎧った事で、どうにかやり過ごすことが出来た。

「みんな……」
「急ぐぞビビ」

 砂を掴み、唇を噛むビビに、先に立ち上がったシンが言った。その声の響きは、先ほど
シンがその身をもってやって見せた以上に、堅く、厚く、鎧われているように、ビビには
思えた。

「軽業師君、ケガは?」
「大したことはねえよ。少々蹴飛ばされたが、屁でもないさ」

 確かに、そうなのだろう。あの体を鉄のように堅くする技を使ったシンが、剣や銃弾で
すらその身で弾いてみせたのを、ビビも目にしたことはある。しかし。

 だとしたら、一体何が、彼をこんなにも苦しめているのだろう。体はおろか、心まで鋼
の鎧をまとわずにはいられないほどに。

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 アルバーナの城壁から離れること約1キロ、砂嵐によって出来た砂丘の頂上で、双眼鏡を片手にアルバーナを見つめる姿があった。
 白い制帽に白いコート。コートの背には、正義の二文字。
 海軍本部ドミニオン隊の隊長、バジルール・ナタル少佐だ。

「始まったか」
「少佐、点呼完了しました。欠員ありません」

 ナタルの脇に来たキャノン中尉がナタルに敬礼と共に報告した。それを受け、ナタルは手にしたアルバーナの地図を広げ、キャノンに視線を向けた。

「中尉。砲術参謀としての、君の意見を聞きたい」
「は。何でありましょうか」
「もし仮に――君がこのアルバーナに砲撃を仕掛けるなら、どこに砲台を設置する?」
「……砲撃の規模は?」
「大量虐殺レベルだ。そうだな、例えば――この王宮前の広場に集まった反乱軍と王国軍、その大半を鏖殺できる程度、だ」
「難しい、話ですな」

 あまりと言えばあまりな想定状況に対して、しかし、そのつるりと禿げ上がった頭を撫でるだけで応じ、しばし目を閉じてから、ゆっくりと答えた。

「それほどの大規模砲撃となれば、相応の砲火力が必要となります。海軍で言えば、将軍座艦の主砲級は必須でしょう。しかし、それだけの砲を、現況でアルバーナ周辺地域に設置するのは難しいですから」
「水上からの艦砲射撃、と言うことか?」
「はい。しかし、もし仮に、おっしゃられた状況を実現することだけが必要なら、もう一つ手があります」
「ふむ?」
「街の中に、砲弾だけをセットすることです。そうですな、時限装置か何かで、炸裂させてしまえば良い」
「それは、可能な話なのか?」
「砲弾だけであれば、偽装して持ち込むことは不可能ではないでしょう。砲から発射する必要がないなら、なおのことです。炸薬と外殻、後は少々の部品を別々に運びこめば良いのです」
「その砲弾はどうする。むき出しでは置いておけんぞ」
「空き家なり、あるいは普段人が立ち入らぬ施設なり、適当な場所をアジト化してしまえば解決します。人を置いて監視すれば良い。資金が潤沢であるなら、その施設の権利から買い取ってしまえば、ことは済みます……しかし、少佐」
「何かね」
「現況において、そのような行動を取る勢力を、自分は想定できません。それだけの規模の破壊となると、王国側も反乱軍側も、もはや本末転倒ではないでしょうか」
「私も同感だよ。だが、もし目的を異にする第三者がいれば?」
「クロコダイルの目的は、王国乗っ取りではないと?」

 レインベースで遭遇した事態については、ナタルもキャノンたちに既に教えてあった。

「単純に王国を乗っ取ろうと言うのなら、この騒動はいささか大げさにすぎる。そう思ったのだよ。ぎりぎりまで王族を生かしつつ、かつ、王国軍と、志ある国民の双方を吹き飛ばす、そこに一体どんな意味があるのかまでは解らんがな」

 だがきっと、彼らなら――その最奥にまで迫れるのだろう。海軍将校としては、歯がゆいことこの上ない話ではあるが。

 そこまで考え、ナタルは眦を決して部下に通達した。

「総員傾注! これより我等ドミニオン隊はアルバーナに突入する! 目的は――市内各所に潜入するバロックワークス構成員の捕縛である! バロックワークスの旗印を身に付ける者は相手が誰であろうと構わずふん縛れ!!」
『はっ!!!!』
 ナタルの激に、フレイとキャノンを含めた総員が敬礼を返す。それに満足そうに頷き、ナタルは改めてアルバーナにつま先を向けた。
「ドミニオン隊、突入――!!!!」

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「コックさん、大丈夫かしら……」
「前を向けビビ!! 今アンタがするべきは、振り向くことじゃないだろうが!!」
「……!! そうね」
 カルーとシンの身を挺した防御をもってしても、ウソップに扮したミスター2と手下の
包囲を抜けるのは容易ではなかった。
 城壁を越える直前に現れたウソップが、ミスター2の能力による変装であることは、す
ぐに見抜けた。
 仲間の印を見せろと言う二人に、ウソップの姿をしたそいつは、左腕に巻かれた包帯を
見せた。見せた、だけだったのだ。
 何故見破られたかをいぶかしみながらも、ミスター2は即周囲にいたビリオンズに二人
の包囲を命じ、自らもビビを捕まえようと迫った。
 ビリオンズだけであるならば、あるいは、ミスター2だけであるならば、シン一人でど
うにか出来ただろう。その場で食い止めつつ、ビビだけでも先行させることは出来たはず
だ。
 だが、ビリオンズとミスター2を一度に相手取らねばならぬとなると、それも難しかっ
た。
 そこに現れたのが、サンジだった。
 シンがビリオンズを、サンジがミスター2を相手とし、ビリオンズが全員打ちのめされ
た直後、サンジはシンにビビを連れて先に進めと言った。

 サンジらしからぬ申し出に、ビビとシンはそろって「まさか、こっちも偽者?!!」と
叫んで速攻ツッコまれたのだが、それはともかく。

 お前の足なら、ビビちゃんかついで少しでもより早く先へ行けるだろうが――

 そう言うサンジの言葉を受け、シンはビビを背負い、アルバーナの入り組んだ路地をビ
ビのナビゲートに従い、フォースで駆け抜けていた。だが。

「――?!!」
「きゃっ!!」

 突如、シンの足が急ブレーキをかけ、背負われているビビは危うくつんのめりそうになっ
た。

「あ、悪ぃ」
「どうしたの? 一体……! あれは!!」

 シンが見やる方向にビビが視線を向けると、ずっと遠くではあったが、民家の屋上に、
風にたなびくピンク色の髪が見えた。その周囲には、恐らくバロックワークスの手勢であ
ろう、武器を手にした一団と、陽光をきらりと反射させる磨きぬかれたトロンボーンを持
つ姿が見て取れた。

「ミーアさんね」
「ああ……けど、今は」
「降ろして、軽業師君」

かぶりを振り、改めて駆け出そうとしたシンの背中で、ビビがはっきりとした声音で言っ
た。

「降ろしてって、まだ」
「良いから、降ろして」

 その声には、決して逆らえぬ、逆らおうと思わせぬ力がこめられていた。シンは、いっそ
うやうやしく、ビビを背中から降ろした。

「ここから先は、私一人で良いわ。軽業師君は、ミーアさんを助けてあげて」
「アンタ、何言って」
「良いから!! 行ってあげて」
「ビビ……」
「元々、これは予定にあったことでしょう? それに、私はもう我慢できないの。この街で、
私が大好きなこの街で、これ以上不幸な涙なんか、流れてほしくはないの。それを全て止め
ることなんか出来ないのかも知れない。クロコダイルが言う通り、それはかなわない理想で
しかないのかも知れない。けど、今そこに、手の届くところにそれがあるなら」
「大丈夫なんだな」
「この街は、私にとって庭みたいなものよ。子供の頃から、路地裏抜け道、あちこち走りま
わって遊んだんだもの」

 笑って言うビビに……シンは一秒にも満たぬ間ではあったが、目を閉じ、敬意を払って見
せた。

「解った。ただし、良いか。アンタも十分気をつけろよ。無茶や無理をするなとは言わない
けどな」
「ええ。まかせて」

 どちらからともなく、包帯を巻きつけた左腕を差し出し合い、二人は拳を打ち合わせた。
直後――

「剃!!!」

 砂埃を巻き上げ、シンの姿が掻き消える。到底目では追えぬはずの赤服の姿を追うように
空を仰ぎ、ビビはすぐに視線を王宮へと向け、路地を駆け出した。

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「おーおー、まあ派手にやってやがんなあ」
「……」
「おやあ? どうしたよ、もうちょい喜んだらどうなんだよ。こんだけ派手に盛り上がって
るなら、お前が歌う必要はないのかも知れないんだぜぇ?」

「!!……それ、は」
「ひでえ女だよなあ、ったくよぉ。自分の歌をこんなことに使いたくねえだなんてよ。お前
が歌わねえで済むってことはつまり、この反乱がお前の歌抜きでも治まらねえぐらい盛り上
がるってことだぜ?」
「くっ……!」

 アルバーナのとある民家の屋上から見下ろす反乱の光景に、ミーアは湧き上がる叫びを飲
み込むのに精一杯だった。

 この男の言う通りだ。私は、あなたたちが血で血を洗う争いに身を投じるのを見て、安堵
している。あなた達が争えば争うほど、争いに打ち込めば打ち込むほど、私は私の歌を歌わ
ずに済む。そのことを、私は喜んでしまっている。
 だから、もうやめて。その刃は、その銃口は、ただ私に、私一人に向ければ良い。
 たぶん、きっと、今この街で一番罪深いのは、この私なのだろうから。

 そう、叫びたかった。そう、歌いたかった。しかし。

「まあ、それはそれとしてだ。このまんまだんまりでステージ降りるってのも、寂しいとは
思わねえか?」
「!!」
「おい、鍵」
「へい」

 後ろに控えたビリオンズの一人から鍵を受け取り、トロンボーンの男、ミスター6はミー
アの首にかけられた首輪をはずした。
 海楼石がはめ込まれたそれが、ごとりと落ちる。

「解ってんだろうけどな、変な気は起こすなよ? お前の歌は俺には通じねえし、俺の演奏
はお前の歌をかき消せるんだからな」

 ミーアの肩に手を置き、ミスター6が嫌らしく嗤う。
 彼の吹くトロンボーンの音色は、彼が言う通りミーアのウタウタの実の能力をかき消して
しまうのだ。
 彼自身は能力者ではない。ただ、音楽を武器にのし上がってきたのだ。クロコダイルがミー
アの抑えに彼を配置したのは、その演奏あればこそだった。

「てぇことでだ。一丁景気よく奴等をあおってやるとしようや。騙されてるとも知らねえで、
殺し合いに血道挙げてる馬鹿どもをよ」

 もはや、助けてとは、誰にも言えなかった。
 一度は差し伸べられたはずの手を、払ってしまったのは自分なのだから。
確かに、あのザフトの赤服を着た少年は、デュランダル議長の子飼いと言える存在で、
だから、自分にとってはむしろ忌まわしくさえあっただろう。
 だが、その忌まわしさを選び取ったのは自分ではないか。忌まわしくしてしまったのは
自分ではないか。
 ラクスを演じることを持ちかけられ、それを受け入れたのは自分だったはずだ。ラクス
で良い、ラクスが良いと言い切ったのは自分だったはずだ。
 レインベースで出会った彼のあの声、あの視線、あそこに僅かでも打算があっただろう
か。自分を利用してやろうと言う、企みはあっただろうか。
 なかった。そんなものは、微塵もなかった。彼はただ、自分の姿に驚き、自分が与して
いる相手について警告しようとしていたに過ぎない。
 そして、それは――正しかった。
 そして、それを無視し、耳をふさいだのは――やはり、自分だった。それどころか、彼
に対し、彼を打ちのめす侮辱を叩きつけた。

 だから、もはや、助けてとは、誰にも言えなかった。
 背後に立つミスター6の下卑た笑いに煽られ、喉を振るわせようと天を仰ぐミーアの脳
裏に浮かぶのは、ただ、謝罪の言葉だった。謝罪したいと言う思いだった。
 彼に、謝りたかった。一言でも良い、彼に謝りたかった。
 きっとそれは、決してかなわぬ願い――

 その、はずだった。

「あ――」

 遠い空の彼方にその姿があった。きっと幻だと、そう思った。そんなはずはない、そん
なことが、都合よく起こるはずなどない。そう、思った。だが。

「ス ラ ッ シ ュ エ ッ ジ ! ! ! !」

 ど  ん  っ  ――と

 その幻は、叫びと共に、回転する刃となって、ミーアとミスター6の間へと飛び込んで
来た。
 すんでのところで飛び退ったミスター6が驚愕する。飛び散る真空波の余波を食らい、
ビリオンズどもが吹き飛ばされる。

「てっ 手前ぇ?!! 一体どうして?!!」

 受身を取って起き上がったミスター6の問いを無視し、その幻は、ミーアに手を差し伸
べて言った。

「迎えに来たぜ、ミーアさん」

 その姿、『赤服のシン』は、断じて幻などではなかった。

To be continued...

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