無気味な程に人の気配がない大通りを、銀灰の鉄騎が疾走する。
シンと、彼の駆るトライク、ユークリッドだ。
車体の両脇から生えた、2つの前輪を覆う脚のようなカウル。
ドライバーの各種補助機能を制御する機器が納まる、巨大な後輪を携えた後部。
全身を守る形に作られた、透き通った強化樹脂で出来た流線形の風防。
世界は、恐ろしく静かだった。
びょうびょう、響くのは自分が大気を裂く音だけ。
対向車の1台すら来ない道を、ぐんと深く切り込みながら進む。
そこら中で点滅している黄信号。
シンは、誰もいないのに奇妙な圧迫感を感じた。
何かマズい事がこれから起きる、あるいは既に起きている。この人通りの無さは、それを本能的に察知した人々の逃避による結果なのだろう。
コンビニには流石に店員がいたが、遠すぎて顔色は伺えなかった。恐らく良い表情はしていまい。
ぐん、Wの字を円形に軽く歪めた形のハンドルを捻る。
体ごと傾いでいく感覚。
速度より機動を優先させたタイヤの配置が相応に歪み、カーブをすり抜け曲り切ったところで元の二等辺三角形へ戻る。
ヴィーノが墨付を出しただけに、素晴らしく安定した走りだ。これなら値段の高さ具合も頷けよう。
ナビゲートシステムが示してくれる道に従い、一路クライン邸を目指して。
――ギシッ!!
突如、機体の重心が後ろへ盛大にズレ込んだ。
「うっお!?」
予想外の事態に、慌てて体をぐっと前に倒す。
重心が戻り、浮いた前輪が再び接地。
ウィリーの姿勢を何とか直し後ろへ向いてみると、
「よっ」
右目を眼帯で隠した麗人が、風に赤の強い橙髪を煽らせながら、何時の間にか後部へ横座りしていた。
ヒルダ・ハーケン。ラクスの忠臣。
バランスが動いたのはコイツのせいだ、シンはそう判断する。
「っだぁもぉ、危ない事しやがってっ!?」
「良いじゃないか、無事なんだし」
けらけら笑うヒルダに毒気を抜かれ、嘆息。
「そもそもアンタ、よく走ってる車に飛び乗れたな」
「ん? 併走すりゃ大した事ないさ」
「併走!?」
事も無げにさらりと言って退けたが、このユークリッドは時速60キロ近くで走っている。人間の足が追いつける速度ではない。
改めて見れば、ヒルダの膝から下は人の形をしていなかった。
まるで狗を思わせる、赤銅色の逆関節。
目を剥いて仰天するシンに、苦味の篭った微笑を浮かべヒルダは嘯く。
「あの金髪の子には話したんだけど、聞いてなかったみたいだね」
「いや、正直立て込んでそれどころじゃ…………ってアンタ、まさかその足」
叫びかけたシンのヘルメットに指を押し当てるヒルダ。
「ラクス様のところに行く気なんだろ? なら詮索は後にして急ぎな」
「なんで分る!?」
「ふふん、この道はクライン家の私有地だからね。だからこっから先には屋敷以外はないのさ」
「え、あっ、ホントだ」
「御託はいいからさっさと飛ばす!」
「だーもー分かった分かったから抱き着くな胸を押し付けるなバイザーに息吹き掛けるなぁッ!」
背中で感じる重みと柔らかさにドギマギしつつ、思いきりアクセルを利かせる。
加速する光景。
最早一本道、迷う事などない。
戦士見習いの少年と化物を宿した女、二人の思惑を乗せトライクは駆けた。
扉が軋む音を聞き付け、クライン邸が主シーゲルは顔を上げた。
アポイントメントも取らず直接書斎へ押し掛ける輩など、彼の知り合いには指数本折る程度の数だ。特にオーブへ降りてからの数年来では一人としていない。
不貞の輩か。
そう判断し、書机の引き出しを開ける。
中には一挺の拳銃と、あるモノ。
「…………何方かな? 余り夜分に来られても茶請けは出せんよ」
「構いませんわ」
返された声に、シーゲルは一瞬動きを止めた。
愛娘のそれかと一瞬思い、しかし違和感を覚える。
あの子は、こんな装った声で喋らない。
引きかけた手を再び銃とあるモノへ重ねた拍子、鍵を掛けていた扉が外側から蹴り開けられた。
一気呵成に雪崩れ込む、黒服の男12人。
ばらけたその連中から一斉に銃を突き付けられては、シーゲルも反抗する余地なし。
盛大に開け放たれた観音開きの扉。
その向こうに、万事の元凶たる女が嘲う。
桃色の鬘を右手でぶら下げ、化粧の下には薄いそばかす。目を大きく見せるメイクは、天使の羽根を模した覆面で誤魔化され。
黄金に艶めく星のかんざしが、左目の上でくすんだ灰色を侵していた。
何処か愛娘と似ていながら、ドス黒い悪意を秘めた佇まい。
ミーア・キャンベル。
その少女を前に、シーゲルは惑いを抱きつつ呟く。
「…………随分な挨拶だ、品位を問いたい」
「生憎、上流階級に相応しい育てられ方はされておりませんの。無礼をお許し下さいな、お父様」
「――――なんだと?」
「あら、薄情な事。キャンベルの女は記憶にございまして?」
キャンベル。
それを聞いた途端、シーゲルの手から拳銃が滑り落ちる。
「良かった、その反応は後ろ暗いナニカを持つ人がするものだもんね」
「ッ!?」
「装うのもラクじゃ無いから、素で話させてもらうわよ? ダディ」
「なにが、望みだ…………」
「べっつにぃ。第一、あったとしてもアンタ達に叶えて頂くつもりなんか無いわ」
「では、何故今になってここへ来た!?」
「決まってるじゃない」
怖気が走る三日月の笑みで、少女は腰のポシェットから瓶を取り出した。
朝方に見た時より小さなガラス瓶、中であの奇怪なモノが窮屈そうに蠢いている。
ホムンクルスの胎児。
シーゲルは、さっと顔色を青ざめさせた。
「馬鹿なっ! ソレは市井の民が思いつきだけで創れるモノではない!」
「あは、イイ顔。ちょっと気分晴れたかも」
「…………外法に、手を染めたか………………!!」
嘲笑を崩さず、少女は瓶に電光を当てる。
パミィ、その眩しさを厭うように胎児がそっぽを向き臍の緒を揺らした。
「誰が、ナニがお前の背後にいる?」
「教えてあげる義理はないわ。挨拶も済んだし、あとはおねーちゃんね」
「きっ、貴様! ラクスにまで何かする気なのか!?」
「当たり前じゃない」
「止めろ、止めてくれ! あの子だけは、こんな世界に巻き込まなガぅッ!?」
思わず手が出た。
勢い良く右の拳を打ち付け、ミーアは倒れ付したシーゲルへ唾棄する。
じんと痛む手が、あぁ気に食わない。
落ちていた額入りの写真、シーゲルとラクスの二人が納まったそれを“父”目掛けて投げ捨て、彼女は憎々しげに頬を吊り上げた。
「バイバイ、パパ。もう2度と会えない娘の顔、良く覚えとくと良いわね」
視線で黒服を動かし、足取り早く書斎を後にするミーア。
苛々が溜まっただけで大した意味はなかった、これなら顔を合わせない方が余程良かったかもしれない。
後ろで男の呻き声が聞こえるも、完全に無視する。
もう、いい。
アレは私を構成する遺伝子の半分を提供しただけの男。決して“父親”などというモノではない。
嘗て抱いた幻想に完膚なきまでの決着を付け、ミーアは往く。
憎悪を、心に滾らせ。
上腕に取り付く金属の六肢。
構わず後ろ手に振り払い、ガイアのパーツが変じた脚甲で踏み抜く。
ごしゅ、間髪入れず鉄を擦り潰す音。
金屑が地面で跳ね、数秒のうちに風化し土に溶けた。
くるくる舞い踊るがごとく、颯爽とステップ踏んで鉄蟲を屠っていくステラ。
肌に僅かづつ傷を増やしながら、しかし一秒とて止まらない。
殴る。
蹴る。
斬る。
抉る。
鋭角の澱みない速攻は、確実に疑蝿を減らしていた。
しかし、終わらぬ。
時間にしておよそ半時間、その間ステラは一秒の休みさえ無しでずっと戦い通しなのだ。
スタミナは既に尽き、動きも徐々に精彩を欠いてきている。
それでもなお動きを止めないのは、一刻も速くルナマリアを助けたいと思うがため。
乳酸荒れ狂う脚に喝を入れ、後方へ疾駆。
その動きに追い縋り、蟲共が一直線に並んだ。
瞬間、ステラは土煙を立てながら一気に制動を掛け振り向く。
手には長銃。
群れが解けるより早く、トリガーを引く。
――ドキュゥッ!!
世界を射抜く翠緑の熱線。
集っていた鉄蝿のほぼ半分近くを焼き、光条は空に溶けた。
ぱっと散った蟲に追撃せず、息を吐くステラ。
この長銃は実弾ではなく光学兵器であり、大気圏内の減退率が大きい。今の位置は撃ってもタケダにぎりぎり届かなくなるが、向こうからの攻撃にも一手間がいる場所だ。
既に7割強の蝿が地へ落ちた。
ようやく漕ぎ着けた小康状態に、タケダの顔からやっと薄ら笑いが消える。
「いやいや、甘く見とったわ…………錬金の戦士いうんも伊達やないっちゅーこっちゃな」
「あと少しで、私の、勝ち」
「せやなぁ。こんままトロクサやっとうと、幾らこちかて負けてまう」
言い、タケダは顔を手で押さえた。
「遊びは仕舞いや。メッタクソに喰ろうたる」
びしり、鋼の全身へ罅が入る。
みしり、古い外皮を押し上げて巨躯が更に二回り大きく膨れ上がる。
ぎしり、翅が一対盛大に振動し轟音を奏でる。
今まで出し惜しんだ本気、それを遂に出し切る気なのだ。
「へはははは、どぉや! この溢れんばかりのパァウワー、まさしく強靱! そして無敵! 故に最強ォッ!!」
自らの姿に陶酔しながら、余裕を取り戻した様子で呵々大笑するタケダ。
その姿は実に醜悪であった。
「後なんざあらへんで? 創造主が本格的に動きよった以上、あの見習いも終わりやってん」
「…………どう言う意味?」
「結局、ニンゲンの敵はニンゲンちゅーこっちゃ。出来るんならクラインの姫さんとこまでカッ飛んでったらええわ、あの娘を置いてなぁ!」
ルナマリアを指差し、タケダは口を大きく開け威嚇するように吠える。
それが最上の愚策だと気付かずに。
幾つか聞き逃せない単語を耳に受け、ふつり、彼女の脳裏でナニカが寸断された。
無言無表情で指を弾くステラ。
ジェット機の爆音にも勝る羽音の中へ溶けてしまうような極小の振動は、しかし彼女が込めた意思をしっかりと『彼』に伝える。
そして。
――斬ッ!
劈く、漆黒。
突然顔の前を薙いだ疾風に、タケダは唖然とした。
右から左へ駆けたモノ。その正体は、ガイア。
上々だった気分に水を差された蝿王が怒声を放ちかけ、しかし止まる。
痛い。
熱い。
ほろり、何処かから剥落した破片が目を軽く擦った。
一呼吸ごとに、自分が、欠ける。
「――――え?」
「先手必勝、油断大敵。小蝿みたく臆病に飛び回ってれば、きっとこんな落ち方しなかった」
足下に歩み寄ったガイアを撫でてやりながら、ステラは冷厳に宣告した。
「お前は終わり」
刹那、一条の寸断線がタケダの額を章印ごと掻っ捌く。
闇討ち呼ばわり上等で放たれたガイアの両翼が、紅い閃光の刃でもって彼を叩き割ったのである。
「あ、ぎ、が、ぐぁぎゃあああああああああッ!?」
痛烈さを感じさせる悲鳴。
ぶくぶくに膨れ上がった鉄の巨躯が、一気に崩落しはじめた。
恐れるように周囲を舞っていた小蟲も、瞬間的に一切合切まとめて風化してしまう。
そして、ルナマリアを掴んでいた二匹も例外ではなく。
拘束を外され自由落下しだした彼女の下へ滑り込み、ガイアを踏み台代わりに跳躍して見事キャッチ。
着地して確かめると、囚われのお姫さまはいまだにくーくー寝息を立てていた。
「ぁりえ、へん…………ここからガチバトルやろ、常考………………!」
「バカみたいに勿体振ったお前が悪い」
「…………にしのおとこに、バカ、いうな……アホ、いえ」
末期の呟きを聞き付けたステラに辛辣な事を言われながらも、タケダは生涯最後の注釈を終えて崩れ去る。
あとには、砂が残るのみ。
眠りこけるルナマリアをガイアの上に乗せて補助具のワイヤーで固定し、ステラは辛うじて開いているスペースに跨がった。
ルナマリアには悪いが、寮まで戻る時間さえ惜しい。
二人分の重量をものともせず、ガイアはオーブの夜下を走り出す。
――――アタシは顔が割れてるから、別ルートで忍び込む。てなわけで陽動ヨロシク頼むよ?
そう言い残して闇に紛れてしまったヒルダの事など、既にシンの頭にはなかった。
でかい。
無駄に、でかい。
3メートルはあろうかという高さで立ち塞がる、正しく豪邸の佇まいと呼ぶに相応しい、門!
ここまで絵に書いたようなオカネモチなど、シンは絵本とかドラマとかでしか見た事がなかった。如何にオーブ在住とはいえ、一般人が車持ち出してこんな所まで来る必要など普通はないものである。
慌てて頭を振り、トライクを転がす。
こんな場所だ、近くに駐輪所の類など一切無い。かといって適当に放っぽらかしておくのは、ヴィーノに申し訳なく思える。
どうしようか悩みながら門の前を右往左往していると。
「…………あの?」
「うわっは!?」
鉄格子のような門の向こうから声。
ビックリして振り向くシン、奥には黒い服を着た男がこちらも驚いた様子で立っていた。
目の下のクマが酷い男性、正直この屋敷の雰囲気にはそぐわない。
しかし現にここで存在する以上、何らかの役割を持っているわけで。SPだろうか、だとしたら正面切って突っ込むのはヤバい展開になるかもしれない。
そう判断し、シンは場を濁しいつつ一端離れる事にした。
「え、えっとですね、ラクスさんにすぐ来てくれってメールついさっきもらって来たんですけど、夜遅いですしやっぱ帰りますね?」
「あぁ、ちょっと待って」
「へ?」
不測の事態発生。呼び止められた。
「えーっと、シン・アスカくん、かな?」
「は、はい」
「うん。君を通してくれって達しが上から入ってるよ、今門を開けるから離れて」
「わかり、ました…………?」
予想外にさくさく進む物事へ逆に一抹の不安を感じつつ、シンはトライクと一緒に数歩下がる。
ギィ、思ったより軽快に門は開いた。
足を踏み入れた先もまた豪邸然としており、シンはかなり気後れを感じる。屋敷まで左程歩かなくても良いのがせめてもの救いだった。
石畳の上にトライクを停め、クマが濃い男の後を追う。
終止、無言。
広いエントランスホールを抜け、階段を昇り、踊り場を進み、ドアを開ける。
薄暗く照明を落とした邸内は、何処か無気味な静寂に包まれていた。
営まれていた生活が突然無理矢理に途絶えさせられた、表現するなればそんな感覚。
と、前を歩んでいた男の足が止まる。
前にはドア1枚。
「彼女はこの部屋にいるよ。俺は仕事に戻るから、まぁゆっくり…………は、しない方が良いかもな」
「はぁ、ありがとうございます」
近くで見ると顔色も悪かった黒服が去っていくのを眺め、溜息。
どうも、釈然としない。
左胸に手を当てながらドアノブを捻ると、
うとうとしていたラクスは、急に視界の端が明るく染まった事で意識を起こした。
開いたドアの向こうには、光を遮るように立つ人影。
カチ、電光が点く。
「う…………?」
「こんばんは、おねーさま」
顔を上げると、女が一人。
灰色の髪に羽がついたマスク、豊満な肉体を包む生地の薄い服。
見るものが見れば娼婦ともされかねぬ姿に対し、しかしラクスはただ不思議な恰好であるなぁとだけ思った。世間に擦れていない者の考えだ。
して、“おねーさま”とは一体?
首を傾げるラクスに、室内へ入った女はくつりと微笑んで告げる。
「ま、初めましてだから知らなくても当然よね。あの男に限らなくても、自分の後ろ暗いとこを子供に知られたくなんかないだろうし」
「…………貴方は、何方なのですか?」
「ええ、今自己紹介致しますわぁ。ワタシはミーア・キャンベル、貴方のお父様が妾に孕ませた私生児…………アンタの腹違いの妹よ」
「腹違いの、いもう、と?」
マスクを取り素顔を晒して、女、ミーアはラクスの目を見た。
汚泥塗れの澱んだ瞳で。
「そ。ついでにこの状況をお膳立てしたのもワタシ」
「――――今、何と言いましたか」
「聞こえなかった? 要するにぜーんぶワタシの指示ってコ・ト♪」
けらけら、嘲い声。
瞬間、ラクスの表情が、変わる。
「辞めさせて下さい」
凛と、決然たる意思を込めた言葉。
「目的がなんであれ、その過程に暴力を行使する事は正しくなどありません。このような事、今すぐ辞めさせて下さい」
「…………はぁ。なんか、勘違いしてるみたいね」
ジャカ、突然ラクスの眼前に黒い塊が突き付けられた。
無骨な鉄器、暴力の象徴。
銃である。
「ワタシの目的は、アンタに直接的間接的問わないで苦しーい思いをさせる事。ぶっちゃけそれが出来りゃ他はどうでもよかろうなのよ、どぅーゆーあんだすたん?」
「私が目当てであるのならば、他の方は無関係でしょう。彼らを拘束する必要などない筈です」
「………………偽善者。アンタだってどうせ他の人間なんかどーでもいいんでしょ」
「貴方は、そうお考えなのですか? ――――寂しいですね」
「っ!!」
発作的に、ミーアはラクスの頬へ銃床を叩き付けた。
手足を束縛されているため、支える事も出来ずそのまま床に転がる。
「アンタがワタシを哀れむなッ! 哀れむのはワタシよ、これからバケモノになって這いつくばるアンタを、ワタシが哀れんでやるの!」
「…………可哀想なお人。ずっと苦しみを耐え忍んでいらしたのね」
「黙んなさいよっ! 私がどんな気持ちで今まで生きてきたか知りもしないクセに、同情なんか、アンタの同情なんかいらない!!」
襟首を掴んで壁に押し付け、ミーアは憤怒に染まった瞳をラクスへ向けた。
そこには、一つの波もない凪いだ水色。
ラクス・クラインは、折れぬ意思のみを視線に込め静かにミーアを見詰め返す。
ミーアの怒りが、ざぁっと音を立て引いた。
代わりに沸き上がったのは、途轍も無く純粋な憎悪。
侵そう。
犯して、殺して、死ぬ直前にバケモノにして、それでまた犯して、その揚げ句に章印を砕いて一片の塵すら残さず絶滅させよう。
ドレスを思わせる袖がない服に手を掛け、思いきり破る。
――ビィィイッ!
「ッ!!」
引き裂いた服の下から、白磁のような肌が現れた。
嗜虐的な笑みを浮かべ、ミーアはポシェットを弄りあの瓶を取り出す。
「ね、コレ何だかわかる?」
「………………」
「コレは、人間をより格上の存在に押し上げてくれる魔法のアイテムなの。でも今持ってるコレは失敗作でね、そのまま捨てるのは勿体無いからアンタに使ってあげるわ」
「貴方の目的は、それなのですね?」
「ま、その前にアンタのヴァージンでも奪っちゃおっかな?」
「…………それで貴方の気がお済みになるのでしたら、幾らでも嬲って下さって構いません。けれど、使用人さん達は解放してェあッ!?」
言葉は途中でブツ切りにされた。
ミーアが、露になったラクスの胸の頂点を長い爪で捻り上げたのだ。
「結局、綺麗事なのね。いいわ、ジャンクにして上げる」
吐き捨て、ミーアは瓶の蓋を解き放ちラクスの頭上で傾ける。
その瞬間、ドアノブがいきなり回った。
屋敷内にいる黒服へは、この部屋へ誰も近付けずそして近付くなと言伝をしてあった筈。
振り向くと、そこには黒髪紅瞳の少年。
ロドニア上空で自分目掛け剣を撃ち、あまつさええサラをも倒した、錬金の戦士!
「おっ、お前なにやってるんだッ!?」
「予定変更、ちょっと巻く必要があるわね!」
舌打ち一つ、ミーアは開いた手でポシェットからもう一本の瓶を抜き取った。
親指だけで栓を弾き飛ばし、自らの額へ中身を零す。
少年、シンが止める間は皆無。
二つの胎児が、各々の目指すべき場所に、墜ちた。