神隠し_クリスマス

Last-modified: 2007-12-25 (火) 11:32:59

「今日はクリスマスイヴ、明日はクリスマス、みんなしっかり休んでね」
にっこり笑顔のなのはとフェイト。
「でも、休日だからって体調を崩しちゃうほど羽目を外したら駄目だからね?」
元気良く飛び交うスバル、ティアナ、エリオ、キャロの声。
「じゃあ、今日はこれにて訓練終了、解散!」
明日、明後日の予定の案を出しながらスターズ、ライトニングに別れて寮へと帰っていく四人。
そんな四人を見送りながら、なのはとフェイトは何だか懐かしい気持ちで一杯になっていた。
優しげな眼差しで教え子の背を見送る。
自分達にもあった時間。こんな仕事柄、もうクリスマスに特別なことなんて何年もやっていなかった。
やがて歳月は流れ、プレゼントを貰う側から贈る側へ。一般の子供らと比べると、クリスマスに特別なことをして過ごした回数は少ないかもしれない。
ちょっとだけ、四人が羨ましいと思う。
「どうしたんだ?」
「どうしたんですか?」
感傷に浸っていたなのはとフェイトは突然掛けられた声に、ハッと我にかえった。
「ちょっとね……。アスランやレイはクリスマスって何才ぐらいまでやってた?」
「戦争、やってたから……。たぶん、そんなに長くはやってないかな、俺とレイ、それからキラもシンも十代前半までというところか?」
「そうですね、何を貰ったか……、それももう忘れてしまいました」
そっか、と呟くなのは。
午後からぐずついていた天気、それが急に泣き出した。
「雨……か、雪だったらよかったのにね」
そう言って微笑むフェイトに微笑み返すアスラン。
「さぁ、俺たちも体が冷えないうちに戻ろう。」
教え子たちの様に、四人は雨中、寮に向かって歩き出した。

食堂の食事はいつもと違ってバイキング方式になっていた。
豪華絢爛、色とりどりでいて豪快に盛られた料理に局員たちも魅了されていた。
「うわぁ、凄い人の数だね」
「そりゃ、今日はクリスマスですしね。だから言ったじゃないですか、早く仕事を切り上げた方がいいって……」
溜め息を吐きながらシンは肩を落とした。今日だけはパスタ三昧の日々から解放されると楽しみにしていたのだが、食堂は溢れんばかりの人の群れ。
この様子では料理も余らないだろう。
「ごめんね、シン」
酷く落胆しているシンに申し訳なさそうにキラは軽く頭を下げた。
「別にいいですよ、コンビニとかでもチキンは売ってますし……、それで我慢します」
「まぁ、こんなこともあるだろうと思ってね」
スーツのうちポケットからキラは四枚の紙切れを取り出した。
「何ですか、これ?」
「ディナーのサービス券だね、一枚でお二人様までだってさ。
たしかSPコース、一万六千円が半額になるみたいだよ。」
「てことは、八千円で?」
シンは目をパチクリとさせている。
「そうだね。あと三枚残ってるし誰か誘って皆で行こうか?」
キラはシンに背を向け、残り六人を誘いに向かった。

「キラ君がもっとったディナー券に」
「乾杯」
はやてが取る温度に静かにのってシャンパンの入ったグラスを軽く掲げる八人。
「でもキラさん、なんでディナー券なんて持ってたんですか?」
軽くグラスを傾けてからシャマルは目の前のキラに尋ねた。
「この前、陸士108部隊のデバイス調整に行ったとき、ゲンヤさんがお礼にってくれたんだ。
自分はこんなものもってても使い道がないからって。」
「ほんなら今度お礼いわなあかんな」
上機嫌にはやては行儀良く、優雅に前菜を平らげる。
「き、今日は誘ってくれてありがとね、アスラン……」
「あ、いや、まぁ貰い物だから……礼を言われるようなことは……」
苦笑いするアスランにそんなことはないと頭を振るフェイト。
そんな二人の隣ではレイとなのはが話をしていた。

「はい」
なのはから差し出された皿にはパスタが盛られていた。半分半分で色が違う。
半分はトマトをベースに仕上げたパスタ、もう片方は、バジルのかおるパスタだった。
レイが頼んだのは後者だったのだが、なのはが美味しそうだね。と言うので、半分ずつにすることにしたのだ。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。んっ、美味しいね」
屈託なく笑うなのはに、思わず微笑むレイ。それから微笑んだ自分に驚いていた。

「そう言えば、近いうちシグナムがシンと模擬戦やりたいって言うとったよ?」
メインの子羊のヒレステーキ。フォークを添え、ナイフで切ろうと力を入れると肉汁が溢れ出した。
ほんのりと赤い身、はやてはひときれをフォークに差して口へと運んだ。
「……また、ですか?」
「最近はシグナムとも互角に戦うそうやね?」
「えぇ、前は負けが多かったですけど……。最近は勝ったり、引き分けたりです」
添えつけられたマスタードを肉に塗るシン。
「それやな」
「はい?」
「それがシグナムの騎士魂に火ィつけたんや」
「あんまり、本気で模擬戦に付き合うのも考えようもんですね」
そうやね、とはやてはシャンパンを飲み干した。

酔い、というものは恐ろしい。
普段はアルコール厳禁と唄うなのはとフェイトは二人で8本もワインを開けた。
無論皆でついで飲むのだが結構応えた。それから、はやての意向でゲンヤ行き付けの居酒屋へ。
雨が降っていようとお構い無しに傘を差し、店へと向かってビールや焼酎、焼き鳥を頂いた。
時間は刻々と過ぎ、気付けば午前零時を回っていた。

お開きの時間。
なのはは酔い潰れてしまったのでレイが送るといって一緒にタクシーに乗った。
フェイトは足取りは怪しいものの意識はしっかりとしているようで、酔い冷ましに歩いて帰るらしい。
アスランがそれに付き合った。
シンとキラ、シャマルとはやてはカラオケへと向かった。

タクシーに揺られるうち、なのははゆっくりと意識を取り戻していた。
瞼を開くと、運転席と助手席が見える。
それからいい匂いがした、男にしては長い金髪、けれどもユーノとはまた違った長さの髪と質。
匂いもちがっていた。
タクシーの振動で車内が揺れる度、サラサラとなのはの額を髪が撫でた。
自分が何処に頭を預けているか、それを考えたらちょっと恥ずかしくなる。
「着いたら、ちゃんと起こしてあげますよ?」
だから、レイがかけた言葉を無視してなのははタクシーが停まるまで寝たふりを続けた。

「シャ〇ニングティアー〇!!!!」
個室に轟くキラの声。歌い終わると同時に、まばらな拍手が飛び交った。
「じゃあ次は私のばんですね?」
前に出て、マイクを握るシャマル。一つ、大きく息を吸い込んだ。
「皆さぁ~~ん、う〇われる〇のですよ~~~~~~!!!!!」
シャマル渾身の叫びに、三人が耳を塞いだのは同時だった。

人気もなく、通行車両の数も落ち着いた夜道。けれども雨は相変わらずで、歩道に水溜まりを増やしていく。
「今からでも遅くないし……、タクシー呼ぶか?」
というか、そうした方がいいかも知れない。
本格的に降り出した雨のせいで靴は中まで濡れていて、ズボンも膝まで濡れていた。
気持悪い。
歩く度に音がして、濡れたズボンが足に張り付く。
フェイトも、恐らくはそんな感じだろう。無論ズボンとスカート、ヒールと革靴の違いはあるだろうが。

「ん~~~~……、大丈夫、歩いて……かえ―――」
アスランに肩を借りて歩いていたフェイトだったが、会話の途中でカクンッと力が抜けた。
「お、おい!フェイト?」
寝息。
「何だ、寝ただけか?」
ホッと一息。アスランはフェイトの両腕を自分の肩に掛け、脱力した彼女を背負って歩き出した。
雨は相変わらずふり続け、気温の低下もあってアスランの足は氷水に浸けたような感覚に襲われていた。
「タクシー、呼ぶか……」
アスランは呟くとポケットから携帯電話を取りだした。

「慰めながら、不謹慎だけど、泣いてる顔も」
シンがはやての顎に手を添え自分の方を向かせる。 するとはやてはほんのりと頬を上気させたままマイクを口許へと持っていった。
「「くじけず夢をみることは♪」」
パートに分かれて歌い出す二人、キラとシャマルはケタケタ笑いながら二人に拍手を送った。

アスランは歩道を歩き続けていた。ディナーのためにセットした髪は雨に濡れて崩れていた。
一張羅もびしょ濡れである。
傘は後方に展開され、フェイトを雨から守っていた。
「んっ?」
鼻っ先をはらはらと舞う白い花びら。
いや、花びらではない。このへんに花の咲いている木なんてなかった。
アスランは空を見上げた。月の光は雲に遮断され、僅かにその光を確認できるだけ、そしてはらはらはらはらと白い雪が舞い降りていた。
「雪……か……」
傘がずりおち、軽い音を立て、歩道に落ちると風にさらわれ地面をひっかきながら飛んでいってしまった。
身を切るような風がアスランとフェイトの体を駆け抜けて行く。
けれどアスランは舞い振る雪を楽しみながら歩き続けた。
前髪も服もちょっと凍ってはいたが、背中が暖かかったから何だか嬉しかった。
ちょっとだけ、柔らかな二つの感触を楽しみつつ、アスランは冷えた足に力を込める。

翌日、12月25日

「クシュンッ!!!!」
ズビッと鼻を煤るアスラン。
「あ゛~~~~……」
隊舎の渡り廊下を厚着して、青い顔で歩くアスランの姿があった。
フェイトから携帯での呼び出しに応じ、中庭に向かうと、フェイトがギョッとしてアスランのもとへと駆けてくる。
「風邪なら風邪って言ってくれればよかったのに……」
「まぁ、熱はないし、咳とくしゃみ、頭痛だけだから……、大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ、もう!!」
アスランの手を引き、部屋へと向かうと、アスランをベッドに寝かせた。
「気を使わせてすまない、だが……本当に――」
しっ、とフェイトはアスランの口元に人指し指を立てた。
「おやすみ……昨日は――――」
最後まで聞かずアスランは深い眠りに落ちた。

なのはの部屋、こちらも看病に追われているものが一人。
「ごめんね、レイ君」
呼吸が荒く、息も絶えだえ言葉を発するなのはをジト目でレイはみやった。
「そう思うなら早く寝てください……」
「寝れないよぉ~~、頭が痛くて、気分が悪くて……」
レイは一つ、大きく溜め息をつくと
「薬をもらってきます」
部屋を出ていった。

「お口をあ~んして下さい」
「シャマル……ケホッ……さん?そのあ~んというのやめません?」
「あら、嫌ですか?それにキラさん、医務室ではシャマル先生と呼びなさい」
はぁ、と曖昧に頷き、キラは口を開けた。
「はい、あ~ん……」
「あ~~ん……」
「目を閉じてもらえますかぁ?」
不思議には思ったが目を閉じるキラ。
「口を閉じてくださ~い」
キラの鼻孔をかぎなれた匂いが擽った。いや、なれたというよりも、昨日かいだばかりだ。
薄目を開けて見れば目前に迫るシャマルの顔。
「シャマル先生、ひょっとして、お酒……飲みましたか?」
デスクには二本の空き瓶。キラは後退りながら訊いた。
「ちょっとだけ……ヒック……飲みましたが、何か?」
「じゃあ僕はこれで!」
医務室を出ようとしたキラを緑色のチェーンバインドが拘束した。

その頃
「まだまだ行くでぇ~~シン!!!!」
「おう、はやて!!!」
はやてとシンは肩を組んでまだ歌っていた。
「「愛しい日々を、つつみこんだ――――……」」
(完)