第一話 ――為すべき事――

Last-modified: 2014-03-06 (木) 19:47:28

ゴミ溜の宇宙(うみ)で

 

――為すべき事――

 

「この状況下で我らに出撃を、と?」

『だからこそ、だ。逆賊ラクス・クラインとオーブ亡命政権の頭、カガリを混乱に乗じて消せ』

 ヤキンデゥーエの奥深く。殆ど人の来ることのない区画のその廊下。倉庫や書庫の並ぶ

一角に、国防事務局特別資料管理室と書かれたプレートをドアに付けた部屋はあった。

 政治活動は勿論、基本的な組織運営等は評議会に移ったものの、政治結社であった

黄道同盟の実行部隊。是を祖とする現在のザフトにあって事務処理に特化された国防事務局

と言う、いかにも地味な部署。ザフト各部隊には軒並みここから数名、自隊内の事務処理の為に

隊員が派遣されている。ヤキンデゥーエ常勤各隊始め司令部さえも例外ではない。

 

 但しヤキンデゥーエ内に事務局直轄の分室があること自体、ヤキンの中では知る者の方が

少ない。現在モニターの前に立つ彼はその第12分室の室長なのだが、国防事務局の組織図

では第8以降の分室の存在は、そもそもない。

 その部屋の中、金モールの付いた黒く長い制服。中年と言うには若い人物がモニターに

向かって直立不動の姿勢を取っているがそのモニターはただ黒く、何も映し出しては居ない。

「彼女らの率いる一団が、核ミサイルを軒並み墜としていると特務隊から情報が。しかも

プラントきってのアイドルとオーブ代表首長の正当継承者。本当に、良いのですね?」

 彼の所属はもちろん国防事務局。専任事務員の記章の付いた黒い服に袖を通す隊長で

ある以上、部下も当然いる。だが、事務仕事のプロである専任事務官の部下にメカマンや、

ましてパイロットが配属されているはずもない。艦船、MS等の兵器も同様である。

 

『オーブの姫はともかく、全ての混乱の元凶はラクス嬢だ。エターナルにいるのが確認された。

上がエターナル奪還をあきらめた以上撃沈も構わん。アスハの娘は予防的措置。ついでだ』

 公式の特務隊とは別に、明らかな非合法任務を担う第9分室以降の非公式部隊。

その第12分室長、デイビッド・ウイルソンは身じろぎ一つせずモニター前で直立不動で立つ。

『別働隊にはすでにムルタ・アズラエルの動向監視を命じた。今、この機に乗じてラクスと

アズラエル、双方亡き者とすることが出来れば、核が何発か通ったとてまだ立て直す策はある。

アプリリウスとザラ閣下さえ残ればな。――貴様は普通のラインと違う。命令拒否は可能だが』

 

「……命令拝領、イチサンマルフタ。我が隊配備の全ての装備の使用許可を求めます」

 船籍はおろか、生産記録さえない黒いナスカ級が三隻。配備のゲイツやジン・ハイニューバ

等の艦載機も状況も色も同じ。そして乗り込む隊員達も全員公式には事務員。

パイロットであろうが機関士であろうが正規に登録されている者は一人たりとも、居ない。

 彼の配下になるモノは全て特務隊預かりの機密扱いで、コールは特務隊の物を使う。

装備は最新鋭、人材も優秀。但し、経歴も見た目も、なにしろ全てが黒で塗りつぶされた部隊。

 

『認める。必要と思えば今ヤキンにあるものは、ジェネシスとプロヴィデンス以外は全て強制挑撥

して持って行け。――それとX10A排除の件はクルーゼが引き継いだ。手を出すな』

「使用許可を確認。現時より直ちにターゲットの排除行動を開始。以降作戦完了まで通信途絶」

 特務隊とも分室ともラインが違う、本当の議長直轄たる唯一人の男。ラウ・ル・クルーゼ。

MSの名前を聞いて、仮面で隠していなくとも腹の読めないだろうポ-カーフェイスを思い出す。

『やり方は任せるが、クルーゼに全て喰われては我ら分室組の立場が無くなる。……頼むぞ』

「了解。以上、通信終わり。――ヴァルキリア隊、全隊にコンディションレッド発令、出撃準備!」

 ザフトの慣例なら通常隊長名を冠するはずの部隊名はヴァルキリア隊。登録はアプリリウス市

の専任防衛部隊。艦船とMS以外の兵器は憲兵隊貸与品。矛盾は数え上げればキリがない。

 

 エターナルを堕とせ。命令がそうであった以上、彼らの行き先は決まっていたし、そこには

戦術と言う概念の、意味が無くなる程の各陣営の強力な部隊がひしめいていた。

 

 先ずは連合の、あり得ない程の大規模なMS、MAと戦艦30隻以上からなる大部隊を

突破しなければならず、その中にはアークエンジェル級の艦船と、異様なまでのな機動性

と過剰なまでの破壊力の火器を装備した、他のMSとは一線を画すGタイプも含まれていた。

 そこを抜けても今度はオーブのM1が量産機の範疇を明らかに超える機動性で迫り

更には無敵のストライクと援護するバスター。白の堕天使フリーダムと、赤き鬼神ジャスティス。

 後方では、航宙艦船の中でも性能的には最強の誉れ高いオーブ宇宙軍のイズモ級と、

そして今や不沈艦の名を欲しいままにするアークエンジェルがエターナルを覆い隠すように

黒いMS群の前に立ちはだかる。

 

 所属部隊も名前も知れない、黒い機体群。唯一視認出来る白で描かれた骸骨旗の

パーソナルマークを付けた隊長機と思しき機体から、敵味方双方がヤキンの亡霊と呼んだ

彼の腕を持ってしても、連合とクライン派の二面攻撃を完全に躱すことなど不可能だった。

「やってくれるな! X10A、そして09はアスラン・ザラか……。この俺がエターナルにとりつく

事さえ出来んとは。――作戦続行は不可能だ! 全機戻れ、体制を建て直すっ!」 

 作戦遂行は現戦力では不可能。その決断を下さねばならない事実が腹立たしかった。

 

 黒いゲイツは母艦へと帰投するが、そのMSデッキは気密が破れ、焼け焦げ、無人である。

「……。生きているものは返事をしろ!! ――くそったれ、いくら何でもやられすぎだ!」

 進撃に気を取られすぎた。見るも無惨な姿になったナスカ級。途中の廊下では生きている

隊員とはすれ違わなかった。ただ所帯無く宙に浮かぶスペーススーツがあるばかりである。

 

 ブリッジに上がった瞬間、ウィルソンが着た黒いパイロットスーツのバイザーが低酸素を検知

して自動で閉じた。第2次ヤキンデゥーエ攻防戦。ヴァルキリア隊と名乗る部隊の、その旗艦。

ナスカ級ブリュンヒルデのブリッジ。

 隊長でありパイロットでもある彼がそこで見たのは、出撃した時とはまるで違う光景。見慣れぬ

景色。とりあえず多少ゆがんだ艦長席に収まると半ば機械的に動く制御系のチェックを始める。

 

 右側のオペレーター席がそこにいたはずの人間ごとごっそり無くなり、ブリッジにあったはずの

空気と共にクルーも吸い出してしまったようだ。戦闘時にスペーススーツを着ない主義の艦長は勿論、

冷静で、それで居て人当たりの良い副長、目視のみでぴたりと桟橋に寄せた航海長。

――わずかにスーツを4つ、視界の隅に見つけ、取り敢えず無線に大声で怒鳴ることにする。

「寝てるならとっとと起きて残ったシートに着け。――応急コンシールの準備をしろ。いつまで

ブリッジに大穴開けておくつもりだ! ダメコンデータも早くあげろ! 操艦はオレがやる、

廻せ! 旗艦ブリッジの、――? な……。状況確認! なんだ。コレは、どういう事だ!」

 

「最高評議会より全周波で停戦調停の申し入れです。無線は評議会、カナーバ議員の模様」

「特務隊の秘匿回線です! ――っ! ザラ閣下が……、指揮所内で射殺されたと!」

 戦争が終わるだけならばいい。黙って事務屋になればいい話だ。但しパトリック・ザラが

失脚した、となれば話は変わる。それは、もうプラントには戻れないことを意味するのだ。

 プラントの暗部を知り尽くしたウィルソン達は戻ると同時に捕縛されるのはほぼ間違い無い。

そしてただ拘束されるだけには終わらないことは容易に想像が付く。おそらく裁判の場に立つ事

さえ適わずに、そのまま闇に葬り去られる。と言うのは想像に難くない。

 

 自分は良い、とウイルソンは唇を噛む。秘密のエリート部隊ではあるのだが、他の部隊と

同様、優秀であれば年端もいかない少年少女でも動員されるのがザフトである。彼の部下

にも当然たくさんの少年少女達が配置されているし、当たり前だが彼らの全員が政治の闇に

関わっている訳では決してない。彼らの大部分は謀殺される謂われなど、有る訳がない。

「反応があるハッチ、バルブは自動を解除! 安全確認は要らん、大至急全部閉めろ! 

これ以上エアと燃料を宇宙(そら)に垂れ流すな! 生き残ったのは自分だけと思え!」

 何とか混乱に乗じて潜り込めれば……。とも思っていたが、状況から母港のヤキンも既に

墜ちた。ならば先ずは逃げの一手だが、船は動くのか。艦長席から機関室をコールする。

 

「……自分含め3名です。――アイアイサー! 大至急エンジンの再始動準備に入ります」

 機関長を呼び出した彼のヘルメットには少女の甲高い声が響く。たった3名、しかも見習いを

卒業したばかりの機関助手が中破したメインエンジンの息を吹き返す事が出来るものなのか。

 

「フゥ、生きているか? ――よかった。何機残ってる!?」

 熟考している暇など無い。矢継ぎ早に赤い服を着る副官を呼び出す。彼女もまた、若い。

『5機ですが、実質稼働可能は自分とジェイミー、パメラの3機のみと考えて下さい』

「おまえは見える範囲で良い、救難信号の出ている機体を回収。ジェイとパムはワイヤーでも

ケーブルでも良い、ゲルヒルデ、オルトリンデ両艦をブリュンヒルデにつなげ。黒い船を人目に

さらす訳には行かん。他の艦も出来る限り拾え! 周囲で稼働可能なMSが居るなら

特務隊権限を口実にして手伝わせろ。各員とも作業は90分以内だ! わかったな!?」

 配置情報通りならばこの空域には学徒出陣兵がかなり多い。但し人命救助を最優先に

出来る程、自らに余力がないのもまた事実である。

 

「エンジンが、回った。か。出力は? ――訳のわからんものを動かして爆走したらどうする!

冷却が効かんはずだ、オーバーロードに気を、――あぁ、わかったから20%確保。良いな!」

『フジコ・セリアから室長(キャップ)。――らしくもない命令ですね。なんの意味が?』

「この空域の主力はゾディアック師団だったはずだ。捨てて良い命など……、一つもないっ!」

 ゾディアック師団。ヴィルゴやキャンサー等の12星座の名前を冠され優先的にゲイツを配備

された精鋭部隊。と言えば聞こえは良いがアカデミーの中でもMS適正のある者を半ば強引に

挑撥した学徒出陣部隊である。選考基準はMSを動かせるか否か。きっとそんな所だろう。

 通常MSパイロットには一般の隊長教育に準じた教育が成される。それだけ強力でかつ

自らも危険であるからだ。彼らにはそのような教育は勿論施されている訳もない。

 

 大戦前は所属のない部隊の長だった彼。連合やブルーコスモスに拉致監禁された

黄道同盟構成員やコーディネーターを救出、奪還する秘密強襲部隊。その隊長。

 軍服を着て任務に就くことは勿論無かった。傍目には裕福なナチュラルを襲う強盗団である。

 そしてターゲットとして”救奪”を指定された人物はほぼ毎回、容姿端麗で優秀な人物、年端も

いかぬ者が含まれる事も多々あった。それを殺さずにわざわざ監禁するには勿論意味がある。

救奪した者達の、その時の姿。それを思い出すだけで、今でも身の毛のよだつ思いの彼である。

 

 最低限、人間のモラルとしての戦争条約はあるし、もはや停戦もなされた。だからと言って

連合やブルーコスモスに対しての不信は拭い様が無く、戦場で若者が捕虜になる事は、

だから彼の中では死と同義なのである。

 出来る事ならば回収に尽力したいが、それを第一義に掲げるにはあまりにも人員も装備も

不足しているのであった。

 

「ザフト兵を連合の捕虜に取られる訳には行かん。それに燃料と食料、武器弾薬、エア、部品。

絶対に必要になる。出来る限りかき集めろ。――それとデッキは無人だ、全機帰投時は注意!」

 彼女、フジコは優秀ではあるがメンタルに波があるとして、本来はオフィサーとしての任官を

求められ事務局入り。12分室に”左遷”されて初めて赤い服に袖を通し、パイロットになった。

 彼女が不安定な理由。それは過去、ウィルソンが”救奪”した内の一人であることと無関係で

あるはずもない。コーディネーターは頑健な身体がウリの一つ、”何をされても”そう簡単には

死なない、逆に言えば死ねないのだ。そして救奪時、まさに死ねない状態であった彼女である。

 その彼女を副官として重用しているのは人材の活用か、センチメンタリズムか。

 但しこんな時の彼の複雑な思いは、言葉は無くともフジコには間違い無く伝わった。

『イエスサー! 燃料範囲内で回収に全力を尽くします、キャップ』

 

 救出回収に懸念はある。”黒い部隊”と接触したが最後、プラントに戻る事さえ難しくなるのだ。

だが、ナチュラルの玩具にされたり、ミイラになって未来永劫宇宙(そら)に漂うよりはマシだ。

「前方のデブリ帯まで何日かかるか? ――ならばたった今から出力15パーで計算しろ!

コンシールの用意はまだか!? ――当たりまえだ、初めから5人しか居ないだろっ!!」

 そして残ったクルーもまた彼の懸念材料である。確認出来た限り、狙いすました様に

ベテラン、熟練と言った言葉とは全く無縁の、しかも少女ばかりが残された。

「戦闘が完全に止まったか……? 今ならいける。――出せるパワー最大で現宙域を離脱する」

 

「最終報告。分室はキャップを除き、生存はセリア以下23名のみ、内パイロット5、重軽傷者13」

 数時間後、夜逃げの様に僚艦の他数隻分の残骸を背負って敗走を始めたブリュンヒルデの

サブブリッジで敬礼に囲まれた彼は、更に頭を抱えることとなった。

「サジタリゥス大隊アプト隊、隊長は死亡、生存12名です!」

「ヴィルゴ大隊キーマ隊です。隊長は行方不明、あ、いえMIA。生存6。うち負傷4です」

「レオ大隊デイトナ隊、マルコム隊併せて9名です。隊長は二方とも、……殉職なされました」

 救出した者を含め生存者は107名。全員が17歳以下の少女のみ。あろう事か少年の姿さえ

そこにはなかったからだ。オトナの男性は彼の他にもう一人いるのだがパイロットでは勿論

無いし、頼むべき仕事も既に決めていた。

「使えるのはこの船のみだ。先ずはメカニック総出でブリュンヒルデのブリッジ修復にかかれ」

「良い趣味してるな、キャップ。……だが、ハーレム作るにゃ女の子が若すぎやしないか?」

 

 黒い服、そして戦闘が関係無い専任事務員であることを示す胸の記章。唯一無二の

生き残ったベテラン男性。勿論、12分室所属である以上戦闘が全く埒外な訳ではない。

現にブリュンヒルデではCIC統括で更に砲術長でもあるのだが、本職は別にある。

「で? オーブに繋げばいいのか? あそこならマァ氏のラインを使って以外と簡単に……」

「あのイズモ級はアスハ家のクサナギだった。オーブは駄目だ、クライン派と繋がってやがる」

 100人からの女の子か。キャップが好かない方法ならいくらでも送り込めるんだが……。

おいセリア、2番ランチは出せるな? そう言いながら、彼の身体はブリッジの出口に向かう。

 

「ハーレムを作れば良いんだろ? マハラジャは俺でさ。キャップは掃除係で雇ってやるから

有り難く思え。――回線7番は俺用に開けておいてくれ。――ん? 俺のラッキーナンバーだ」

「先ずは月経由で下に降りてくれ。連絡は定時に拘る必要はない。回線は確保しよう。――

条件面での交渉の余地は残して貰うぞ、ご主人サマ。俺は住み込みはイヤだ。……頼んだ」

 住み込みは家賃が浮いてお得だぜ? 黒い服の男はそれだけ言うと、振り返りもせず右手を

ヒラヒラさせ、そのままエレベーターへと消えた。

 

 事実上の停戦から2週間の後。虚空に連合ではまだ珍しい完全MS対応型のアガメムノン

級の新造艦カエサルと、その2倍以上の体躯を誇るいかにも貨物船から改修しましたと

言わんばかりの武装輸送艦マテウスが浮かぶ。

「艦長。シェットランド少佐、帰投報告。……ジン2機を撃墜、ジンハイマニューバ1機を拿捕。

都合パイロット一名を現在拘束中。――そろそろどこかに上陸しようぜぇ、艦長。女成分が

たりねぇよ。この船にゃよぉ」

「毎度のことだが貴様の腕だ。撃墜を少なくはできんのか? 自分達の目的は殲滅戦でも

ゲリラ狩りでもない。――自分も女のつもりで30余年生きてきた。何がどう足りんか、少佐」

 厳しい調子の女性の声が飛ぶ。パイロットスーツの少佐は大げさに首をすくめてみせる。

 

「本気で撃ってくるんだぜ? 腕や頭が無くとも、だ。気を抜けば堕とされるのはコッチだ」

「確かに貴官に墜ちてもらっては困る。但し、艦長の言もまた本当だ。必要以上の人死には

必要とはしていない。貴官なら出来ると私はそう踏んだ。その事は一応、覚えておいてくれ給え。

男女比率が多少偏ってはいるが戦艦は何処もこんなものだ。――捕虜は後送、MSはドッグへ」

 エレベーターの扉が開いたことにブリッジ要員は殆ど気づかなかった。大佐の階級章に

参謀を二人引き連れた、階級章の重みを鑑みればいささか若い高級士官がその前に立つ。

 

 艦長以下、シェットランドまで含めた全員が姿勢を正して敬礼したのに対し、わざわざ

気をつけの姿勢を取り直して返礼してみせる男。後ろの参謀2名もそれに倣(なら)う。

「――司令、月軌道艦隊本部から何か?」

「ドレイク級2隻も艤装(ぎそう)完了だそうだ。漸く我が艦隊もまともな編成になる。それと少佐、

次期型ダガーの量産試作機5機とX102のストライカーパック装備用改修型を手に入れた。

艦船と一緒に回送されてくる。乗機の割り振りはMS隊統括たる貴官の専決事項だ。頼む」

 

「デュエルねぇ。ストライク程荒っぽくは無いそうですが、それでもG兵器。俺で行けますかね?」

 フェデラー・ド・ラ・ル-ス大佐。連合軍の中では少数派で迫害さえ受ける反ブルーコスモスを

掲げる者達の旗頭。地下に潜っての活動が多い反ブルーコスモス勢にあって、唯一目立つ

言動をとり、それに見合った功績も挙げ、大佐ながら准将相当官として宇宙艦隊を任される男。

 彼の率いる第201独立機動艦隊の主な任務はアークエンジェル、並びにその運用に手を

貸した者達の捜査、追跡。勿論そこに手を抜くつもりなど毛頭無いが、だからといって諜報部

でさえ全く痕跡を見つけられない船をどう追跡せよと言うのか。

 要は体の良い左遷ではあるのだが、実際はどうであろうと反主流派が持ち得ない最新鋭の

装備は彼の手元にある。自分のターンが来たのだ。ラ・ルース大佐はそう思える男だった。

「貴官が使えんなら後は誰も乗れぬよ。せいぜい準備をしておく事だ。――艦長、例の件は?」」

 

「司令が仰った通り、ドミニオン撃沈位置付近で黒いナスカ級と骸骨旗のゲイツを視認した者が

出ました。聞き取り調査の為、メビウス2機と舟艇一隻、人員8名が現在作戦行動中であります」

 アークエンジェルとはやり合いたくねぇなぁ、と呟くシェットランドの声が聞こえたのかどうか。

「大天使サマが駄目ならヤキンの亡霊だ。奴らはプラント、連合の暗部を知り尽くしている。

上手くすればブルーコスモスを潰した上で、プラントに非戦条約を突きつける事が出来る」

 

「ヤキンの亡霊……。あれらのせいで連合はとてつもない代償を支払った。ヤキンに強行偵察

さえ出来ず、結果ジェネシスを易々作らせ、月基地まで……。少佐、借りは返す。そうだな?」

 そう、彼の行動は連合自体の利益には矛盾しないのだ。彼を封じ込めようとした勢力は

歯がみしていることだろう。自信満々で笑みを浮かべる彼を、止める大義名分が今は無い。

 

「調査チームから電文! 黒いナスカ級の敗走コースを確定とのこと。計算終了後直ちに

メインスクリーンに出します」

 速かったな、もう来たか。部下から見ればのんびりして見えるだろうなと思うラ・ルース自身、

実は一番余裕がない事を自覚している。とにかく急がなければならないのだ。

 せっかくブルーコスモスの盟主があの様なかたちで死んだのだ。再編にはある程度の

時間がかかるだろう。ムルタ・アズラエル自身、最期こそ功を焦ったが決して無能な男では

なかったし、組織の維持には必要な人材でもあった。そのアズラエルの次を決めるとなれば、

ただ事ではすまないことは考えるまでもない。

 組織が無くなった訳では勿論ないのだ。余分な時間などあろう筈がない。

 

 だからこそ今、『大天使』をダシに功績と情報。両方が手に入る筈の『ヤキンの亡霊』を手中に

しなければならない。ブルーコスモス一党を軍閥、軍属から追い出す最高のタイミングである。

 強力な装備、思いをを同じくする優秀な部下。そして情報。更には事を起こす大義名分。

駒は全てそろった。あとは……。

「解析終了。――コース出します!」

 

「デブリ帯に、向かった。だと? アプリリウスとは真逆だぞ。データは大丈夫なのだろうな?」

「確度82%との情報です。こちらの解析でも80%越えは確定、現在再計算中。3分お待ちを!」

 願ってもないチャンスだ。プラント本国に向かわないなら、それは暫定政権に見捨てられた

ことに他ならない。調査に依れば撃破された艦船やMSも大量に引きずっていったらしい。

物資を確保したのだと見るならば、これは長期に渡って寄港出来ない理由がある。と言う事だ。

 もしも『亡霊の確保』が出来たなら。大西洋連邦、いや連合政府全体さえひっくり返すことが

出来るかもしれない。

 プラントから追っ手がかかるかも知れないが、それより先に見つけて確保すれば済む話だ。

 

「司令。目標の予測コースを、直ちに艦隊全艦で追跡することを進言します!」

 参謀の一人から声が飛ぶ。

「宜しい。進言を承諾、調査チームからのデータを精査、至急プランの作成に入れ。――艦長、

全艦緊急発進。転進左5、上下角プラス15。加速60! ……増援は追いつけるな?」

 ドレイク級2隻は5時間遅れで合流出来ますがマテウスの加速が追いつけません、艦隊全艦

で追うなら40に。と艦長が即答する。既にラ・ルースの後ろに控えていた参謀二人の姿は無い。

 

「良いだろう、事は急を要する。細かい所は艦長に一任。……やってくれ」

「全艦警戒態勢に移行、発進よぉい! 当艦を基準に、取り舵4、上下角プラ13、当艦隊は

デブリ帯の縁を目指す! 詳細目標は発進後に確定するので増援艦隊にも通達のこと!

メインエンジン臨界へ、全MS、MAは準待機体制。発進は300秒後。カウントダウン開始!」

「ラジャー。カエサル、オールステーションリンケージスタート。――調査チーム帰還完了を確認」

「こちらシェットランド。全パイロットはアラートに集合、MS、MAは全機、準備待機に入る!」

 シェットランドは艦長に敬礼を送り、マイクに呼びかけながらエレベーターへ流れていく。

『こちらマテウス、機関オールグリーン。発進後、最大加速で続く。補給中断、動力パイプ収容』  

 

 艦長、増援と合流するまで艦隊を任せる。そう言うとラ・ルースは入ってきたときと同じように

気配を感じさせずにブリッジを出ていった。

「オールステーションリンクコンプリート、――ラジャー。マテウスも機関良好とのこと。いけます」

「宜しい。……第201特務機動艦隊。――全艦、発進!」

 

予告

 

 自分達に手を出すな。――警告をかねてウィルソンは自分達を追ってきた201艦隊に

 対して小競り合いを起こすが、ようやく艦隊の概要を整えたラ・ルースはあえてその徴発に

 乗り、正面から黒い部隊へとぶつかる事を選択する。果たして戦力的には圧倒的に

 不利なウィルソン達。彼らに生き残る道はあるのか。

 

ゴミ溜の宇宙(うみ)で

 

 次回第二話 『寄せ集め』

 

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