第五話 『立つべき足場』

Last-modified: 2014-03-06 (木) 19:45:18

ゴミ溜の宇宙(うみ)で
――立つべき足場――

 

「ターニャ。おまえは何故、被害もなく生き延びる事が出来た?」
「簡単だ、出撃命令を拒否した。――まぁ、私はおまえと違ってひねくれ者だからな。それに
フリーダムとやり合うなどとは狂気の沙汰だ。あのクルーゼさえ撃墜(おと)されたそうだぞ? 
最期の出撃、プロヴィデンスで出たにもかかわらず、だ」
 やっとの事でフジコを追い出した隊長室。人間は悪くないのだがタチアナは毒が強すぎる。
フジコとはまさに水と油。彼女が同席しながら、腹を割って話すなど出来るわけがない。
「あのクルーゼがX13で出たのに撃墜(おと)された……。X10Aのパイロットは化け物か」

 

「その後ジェネシスにジャスティスとオーブのストライクが入ったのが見えた、だから慌てて
逃げ出したのさ。アスラン・ザラ自らが、ザラ政権に終止符を打とうというのだ。余人を
千人単位で巻き込む親子げんかになぞ、巻き込まれてはかなわんのでな」
 赤い髪を揺らし、やれやれと言うジェスチャーをするとウィルソンに向き直る。
「しかし、相も変わらず物好きというか、お人好しというか……。良くもコレだけ女の子ばかり
集めたものだな。主席書記官まで追い出してロリ専ハーレムでも作る気か?」
 単に乗り込んできたわけではない。タチアナは12分室の置かれた状況は十二分に
把握しているらしい。元が諜報部隊である以上、当たり前と言えば当たり前ではある。

 

「あの状況下でゾディアック師団を放っておけるか! ……彼がそのハーレムのオーナー、
俺は掃除係だそうだ。ヤツにはハーレム建立の立地を探して地球(した)に降りて貰った」
「あっはっは……。確かに奴なら本気でやりかねん、自らの身が危ないと言うときに、笑わせる。
類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。全くもって物好きな連中だな、おまえ等は!」
 そう言えば、彼とタチアナはもともと友人だったな。そう思いながらウィルソンは話を進める。
「そのくらいでなければこんな仕事はとっくに廃業している。プラントの、いやコーディネーターの
為、自分で判断することをあえて放棄した。おまえだってそうだったはずだ!」
「だが放棄したはずのセンチメンタリズムがおまえにハーレムを作らせ、私さえも部下可愛さに
自己判断でヤキン防衛を放棄した」

 

「――。もう一度聞く。分室総長も分室総監部も既に無く、政権も崩壊。……おまえは誰の為に、
何の為に動いている。此処まで何をしに来た?」
「逆に聞こう。おまえも私も今まで何の為に命を張ってきた? 金か? 忠誠か? 信ずる
処は一体何だ? 命を削ってまでも、黙ってドブさらいをしてきたのは、それは何故だ?」
 タチアナと話すとペースが乱れる。判っているのではあるが、またしても話の軸はズレる。
「プラントの為……。それは建前だな、判っている。自分の為だ、俺のエゴを満足する為には
自己判断を基準にするのは危険にすぎたのだ。――禅問答をしに来たとでも言うつもりか?」

 

「そんな小難しい話は私には向かんさ。――おまえも私も、わたくしを滅してまで”誰か”の
理想の為にナチュラルを撃ち殺し、メビウスを叩ききってきた……。そうだな?」
 その誰か。が変わるたびに彼らの理想の中身は流動的に変わった。それは例えば
あるときはシーゲル・クラインであり、つい先日まではパトリック・ザラ。そして滅私奉公の末、
今や二人とも海賊のごときお尋ね者の扱いである。
「MSに乗る為に理屈が居る、私もおまえも面倒くさい人間だ。理想に殉ずる。これこそ我々の
目指す死に場所であったはずだろう。……ハーレムのオーナーも良いだろう。否定はしない。
だが、そういうおまえだからこそ、ここへ来た。もう一度、私と理想の旗の下に立たんか?」

 

 隊長室前。ウィルソンに追い出された赤い制服のフジコは、ただ黙って部屋の前に立つ。
「先輩、あの方はどなたなわけですか? ぶっちゃけキャップと親しげに話されてる様なので
もしかしたら先輩、なにげにピンチだったりします?」
 一体何をどう考えると自分がピンチになるのか、良くわからないフジコではある。
一括して黙らせようかとも思ったが、一応説明の義務はあるだろうと考え直す。なにしろ
自分が面倒を見る。その条件をクリアした少女であれば、知る全てを教える義務も発生する。

 

「……あの方は13分室のパルメラ分室長。キャップと同じく“黒い部隊を率いる室長”よ。
MSも格闘技も凄腕。キャップとは黄道同盟以来の、古いつきあいなのだと。そう聞いているわ」
 彼女のとなり、頼みもしないのに一緒に腕を後ろに組んで休めの姿勢で立つ、まさに天心欄間
と行った風情の少女はレベッカ。緑の詰め襟。肩章も胸元の飾りも、あろう事かパイロット章
さえ服に付いていない彼女ではあるが、操縦センスと戦略眼、そして意外にも統率力があった。

 

「やはりピンチ、ですか……。しかし先輩の方が数倍若くて清楚なわけです。敵はかなりの美人、
ですがキャップはケバイのは多分好みじゃないと思うわけです。そこでこの際、清楚の部分を
削ってでもキャップと既成事実を作る事を進言します。若さのアドバンテージだけは残ります」
 知らぬとは言え勘違いをしている。私は少なくとも清楚とは言えない。とフジコは思う。

 

「あのねぇ、何をどう考えればそう言う勘違いを……」
 そしてレベッカは、普通に雑談など出来ないはずのフジコと“話せる”数少ない人物でもある。
「更に悪いことには我が分室の男はキャップのみ。むさい親父に見えますが中身は切れ切れ、
それでいて実は優しいわけです。そしてほぼ全員からみて命の恩人なわけです。つまり……」
 金髪おかっぱ頭の少女は、人差し指をフジコに向けると、まだ幼さの残る丸い顔で振り返る。
「惚れちゃったわけです、大多数が。こちらは数が来ます、結果。現状挟撃されている状態です」
 いい加減に……! と口に出しかけて止まる。そもそも本当に勘違いなのだろうか。確かに
ウィルソンと男女の関係があるか、と言われればそれは間違い無く否。ではある。しかし……。
何某(なにがし)かの想いを持っていないと本当に言い切れるのだろうか。

 

「でも、大丈夫。私は先輩の味方です! 男よりも先輩を追いかけることに決めましたから!」
「はぁ? 何がどう大丈夫……。あのね。それだとやっぱり私が、多少困る気がするのだけれど」
「多少ならば私は乗り越えて見せます。愛のカタチは肉体関係のみにあらず、なわけです」
 だが、多少ふざけた文脈とは言え、これは流石に堅物フジコには通じなかった。
「どういうわけよ!? 私にはわけがわからないわ!!」

 

 だが、素直にしょげる姿に今度は声をかけずにいられなくなる。フジコ個人としてはあまりない
感情ではある。が、それはまたフジコの他人への堅いガードを簡単にかいくぐり、心の中にまで
入り込んで、フジコとの強固な関係をこの少女が築いた証左でもある。
「おほん……。素直に言うことを聞く、と受け取っておく。――それで良いわね? レベッカ」
「うぅ。はいです。……ふざけすぎました」
「返事が成っていないっ。やり直しっ!」
「コピーっ! 全身全霊をかけて先輩の教えを請い、教練を受ける所存でありますですうっ!」
 ――宜しい。黙って立っていろ、これも任務、訓練だ。そう言うと後はフジコは何も言わずに
多少引き締まった顔のレベッカを隣に、会談の終了まで。両の腕を後ろに回し、ただ立つ。
「――恩人、か。…………想いが募れば恋愛感情にも転化する、そう言うモノ。なのだろうか?」

 

「プラントに戻れと言うのか? 出奔してきたおまえが」
「そうではない。……おまえが救奪隊、いや黄道同盟に参加したときの。その時の理想はまだ
胸にあるか? 誰かの理想ではなく、おまえ自身の青臭い理想。それはまだ持っているか?」
 勿論、ウィルソンが黄道同盟の門を叩いた理由はその青臭い理想の為だった。
そしていささか逆説的ではあるものの、自ら判断するのをやめたのもまたその為だ。
 彼のみが断を下すのであれば、結果的に人死にが増える。それは彼の望む処では無い。

 

「それは……。持っていればこそ、いまだこの服を着ている。――おまえもそうだろうが!」
 彼が望んだのは、必要以上の死者などナチュラル、コーディネーターの別無く、そんなものが
増えない世界。裏の社会に首までどっぷり使った彼やタチアナが掲げるには確かに青臭い理想
ではあるだろう。
「あぁ、そうだ。だからこそ私だって13分室も引き受けた。……そして、だからこそ此処に来た」
 言葉を途中で切るとポケットからコンパクトの様なものを取り出し、掌の上、蓋を開ける。
「ポータ・ホロ? ……何を」

 

 タチアナの掌の上、丸く立ち上がる光の筒。その真ん中、凛と立つ桃色の髪の少女。
《……。願う未来の違いから、わたくし達はザラ議長と敵対する者となってしまいましたが、
わたくしはあなた方との戦闘を望みません》
 瞳に意志の力をみなぎらせ、大真面目に建前を語るその姿。通信を送信側がキャプチャ
したらしいその画像。当然、ウィルソンはライブでもビデオでも。見て、聞いた事があった。
「ラクス……、ラクス・クライン。だと?」
《――そして皆さんも、もう一度。わたくし達が、本当に戦わなければならぬものは何なのか。
考えてみて下さい》 

 

「どうだ? 大真面目に理想を語る大馬鹿モノだ。どう見ても明らかに我々より馬鹿だ」
 パチン。蓋を閉めて向き直るタチアナ。 
「彼女がおまえの言う理想の旗だと言うのか?」
「いかんせん、父親から教わったのは理想と建前論だけの様でな。語る理想はあるが力がない。
殺し屋もスパイも、彼女の生活には基本的に関係がなかった。……ここまでは、な」
 政治家を父に持つただのお嬢さん。そしてアイドル。それがこれまでのラクス・クライン。
「美しき理想のまちを作る為には、ゴミで溢れたまちを清掃する本職の掃除屋が必要だ」
 彼女の父、穏健派で知られるシーゲル・クラインとて、そう言う意味では決して高潔であった
わけではない。分室も特務隊も彼が議長であったときには既に存在し、活動してきたのだ。

 

「マルキオ導師はともかく、砂漠の虎とフリーダムのパイロットがラクスに付いた。私の他、
分室組の生き残りの大部分と諜報隊の親クライン勢力、そして技術開発局と工廠の一部も
機材込みで抱き込んだ。今や全員、第2次ヤキン攻防戦の最中にMIAだ。私も含めてな。
――既に我が隊を含めた諜報関連部署は動いている」
 タチアナはコンパクトをウィルソンに放る。――オレに、何をさせたい……? コンパクトを
捕まえたウィルソンは、うなる様に低い声でタチアナを見据える。
「行動するなら、先ずは情報を握らねばな。情報の集積地、“ターミナル”。我らは仮にそう呼んで
いる。だが情報のみで現実に影響を与えるにも限界がある。力押しもその内必要になるだろう」
「……ターミナル、か。しかし、我々は一度は彼女を襲って……」
「無理強いはしないさ。ハーレムのオーナーというのは、悪くない選択肢だと私も思うがね」

 

「フゥ、わざわざ来たのか。ご苦労だな、……。ゴルゴーン隊の件だろ? なんだ?」
「メデゥーサ、ステンノゥ、エウリュアレの都合三隻、27分程前に全艦こちらのレンジから
アウト。恐らくアウト直前の進行方位は偽装、以降の進路は不明。以上です」
 ヴァルハラの重力エリア。小さいとは言いながら巡洋艦三隻、それを余裕を持って
収容する浮きドックである。総員で100名に満たない12分室全員を収容してもお釣りが
来る程度の大きさはあった。

 

「そうか。まぁ、そうだろうな。――タチアナが置いていったコンテナ。中身の確認状況は?」
「伝票通り、ほぼエアーと水、食料と。あとは燃料、推進剤の類でした」
 3交代で12時間ずつ休憩する彼らにとって重力エリアの、わけても太陽灯で照らされた
公園は、貴重なリフレッシュ空間である。その木の下にしつらえられたベンチにだらしなく座る
黒い服と、その後方。気を付けで控える赤い服。
「伝票通り、な……。ならば2年以上此処に籠もっていられるか。あまり嬉しくはならんな」

 

「ジェネレータの交換用電池と予備の発電パネルもありました。どうしてこちらの状況を……」
「ミラージュコロイドを張れるエターナルタイプさえ持ってる連中だ、調べ様はいくらでもある。
実際にやる気なら、ゴルゴーン隊の確認も出来んままに3分で一掃されていたぞ?」
「こちらに発見”させた”のはわざと、と言う事ですね?」
 フジコの生真面目な横顔に、多分な。と相槌をうちながらウィルソンは考える。
 『ターミナル』は12分室がどう動くのを望んでいるのか。籠城か、それとも……。

 

「僭越ながら……。その、パルメラ分室長は何を?」
「当面は機密事項だ。いいな。――プラントを見限ってクライン派に来い、とさ。どう思う?」
 どう、と言われましても……。と口ごもるフジコ。当然のリアクションではある。
「良く解らないのですが……。キャップが偶に言われる、理想に殉ずる。と言う事ですか?」
「その辺がオレにも今ひとつピンと来ない。……それにどうあろうと隠遁生活は変わらん。
クライン派もどこかに隠れているのは一緒だからな。現状の生活は変わりゃあせんのだ」

 

 ウィルソンが居る為、他の者は遠慮して、現状二人しか居ない公園内に電子音が鳴り響く。
「セリアだ。――レベッカ!? 重力エリアに無線は、――え、……内容は? ――了解した。
至急キャップに伝える。パメラをブリッジに呼んで。――分かった、私もすぐに戻る」
「あに? ブリュンヒルデのブリッジ、ベッキーが仕切ってるのか……? 人間ってーのは
やればなんでも出来るモンなんだな……。緊急事態の様だがサイレンが鳴らんなぁ? フゥ」
 ベンチの背もたれに身体を投げ出す上官の前に回り込んで、フジコは直立不動で敬礼する。
「回線7に入電、《本日快晴、凪。我、ハーレム建立の地を目指し現在順調に航海中》。以上」

 

 まぁ、慌ててブリッジに戻ることもないさ。何が変わる訳じゃない、ただの状況報告だ。
そう言いながらウィルソンは投げ出した身体を起こして伸びをする。
「この状況下でも、もう地上(した)には降りたらしいな。しかもいきなり大西洋連邦に潜り込む
とは、さすが本職の諜報屋は違うなぁ。俺は本職は暗殺だからな、細かい仕事は苦手だ」
「え……? あ、あの、文面の何処にそんな情報が含まれていたんですか?」
 ウィルソンはそれには答えず、ふと真面目な顔になる。
「しかしマークされたってのが気になるな。連合か、特務隊か。振り切れればいいのだが……
ハーレムの掃除係と、理想のまちの掃除屋。――なぁ、フゥ。俺はどっちが向いてると思う?」

 

「我らの立場はご理解頂けただろうか。ジョーダン隊長」
「アークエンジェルの追撃が任務の第一、と言う部分は分かりました」
 カエサルの応接室。小さなテーブルを挟んだソファでザフトの白い制服と対峙するのは
薄い笑みを貼り付けたまま、表情というモノを消し去ったラ・ルース大佐。
「だが、基本的に齟齬がある事は否めない。……隊長、我らは出来る事ならば亡霊を生け捕り
にしたい。だが彼らはプラントの闇の中を生きてきた連中。憶測だが、そちらには都合が悪い」
「確かに。我々の命令はかの部隊の全面排除。司令のお考えと、そこは食い違いますね」
 こちらも引き締まった顔をぴくりともせずにジョーダンが答える。お互い鉄面皮同士。
表情では腹の中など読めよう筈がない

 

「誤解を恐れずに言うならば、亡霊の位置情報の提供のみで自らは手を下さずに事をなそうと
我らからは見える。と。――いや、直接言いましょう。デブリ帯とて無限に広がっているのでは
ない。2週間もあれば位置の絞り込みは自前で出来る。……隊長と組むメリットが見えない」
 我らは亡霊から得られる情報を捨てる。その見返りを求めるのは自然でしょう? やはり
彼の顔にはそう言いながらも薄い笑い以外の表情はない。
「だが、ご承知の通り、NJCの技術も漏洩しジェネシスもない。戦犯たるラウ・ル・クルーゼも
ザラ元議長も死亡を確認しています。我らプラントには既に司令にお渡しする様なモノなど……」
「ラクス・クライン。彼女が何処で何をして居るのか。……特務隊なら掴んでいましょう?」

 

「残念ですがそれも分かりません……こちらも出来る限りの手を尽くして探している最中です。
知らぬモノはお教えのしようがない」
 だがジョーダンの言は無視される。
「アークエンジェルも恐らくは行動を共にしているはず。初期目的が漸く達成出来る訳です」
「アークエンジェルではなく、ラクス嬢が目当てですか。――こちらも遠慮無く伺います。司令は
反ブルーコスモスの筆頭なのだと聞いておりますが。……何が狙いです。貴官の真の目的は」  
それまで微動だにしなかったラ・ルース大佐が足を組むと顔から笑みが消える。
「ブルーコスモス勢力を一掃し、地球圏に平和を。プラント暫定政権とベクトルは同じ筈ですが」
「……不平等条約については触れない。そう言うスタンスであると、そう仰るのですね?」

 

「平等か、不平等か。……決めるのは誰です? 搾取される側が納得するのであれば
それは必要経費だ。プラントは宇宙(そら)に安住の地を手に入れ、連合は資源、製品の
安定供給を受ける。プラント成立の経緯を見ても現状、それ以上の決着はないでしょう」
 それを受けてジョーダンの表情が、いささか険のあるモノに変わる。
「あなたは、ラクス嬢を何に使うおつもりか……!」
「手を尽くして探していると仰いましたな、それは何の為です? ……穏健派で知られた
かのクラインの娘です。期を見てプロパガンダに使う。プラントとて考える事は同じでしょう」

 

「ともかく。無い情報を引き渡せと言われてもお教えのしようがない。――今後決まる予定の
暫定の着かない最高評議会、その議長。優先的に秘密会談が出来る様に手を回しましょう。
連合政府がブルーコスモスが関与しないモノとなるならば、プラントとしては素直に歓迎せざるを
得ません。……この会談。落としどころを私はその辺だと見積もりますが?」
 ラ・ルースは足を組み替えて腕を組むと再び薄笑いを浮かべる。
「ふむ……。当面はそれで良しとしましょう、索敵のご協力を願うのは当然として、亡霊の
データも引き渡しを。――ラクス嬢の件は成功報酬と考えておきましょう。宜しいか?」

 

 デュエルプラスの足下、会談終了の報を聞いたシェットランドは所在無く立っていた。
すぐ隣にたたずむ一つ目の灯りを消して、全身をつやのない灰色に変え、たたずむ巨人。
来たとき同様、その機体の”護衛”の任務が伝えられたからだ。
「NJC搭載の最新鋭機ねぇ。……議長直轄のエリート、か。オレには一番縁遠い世界だな」
 ザッ。敬礼の衣擦れとスペーススーツの踵を合わせた音の波が徐々に近づく。
キャットウォークを流れながら鷹揚に敬礼を返す白い服は、無造作に柵を乗り越えると
自らの機体ではなく、シェットランドの前へと降りてきて床に足を付ける。

 

「デュエルのパイロットは貴官か?」
「――? はっ、失礼を。お声がけ頂き光栄です、地球軍海兵隊少佐、シェットランドであります」
 帽子を被っていないのに表情の読めない白い服の男、ジョーダン。我が司令殿と同じ
タイプの人間か、気に喰わない事だ。直立不動で敬礼をしながら思う。
「ナチュラル用OSで良くやる。良いパイロットというのはナチュラルもコーディネーターも関係無く
居るものだな。……ただ、足下のバランスに気を配る事だ。無重力下の空間機動では反作用を
利用した姿勢制御を意識した方が良い。詳しい訳ではないがオートではそこまで面倒を見ては
くれんのだろう? プログラムの方向性なのだろうが、今のままでは貴官の腕が勿体ない」
 ――ありがとうございます! シェットランドはそう言うだけで精一杯だった。 

 
 

「……帰投報告、以上」
「ご苦労だった少佐。――特務隊に褒められるとは、貴様の腕も大したモノなのだろうな」
 約一時間の後、カエサルのブリッジ。風景はいつもと変わらずパイロットスーツのシェットランド
と艦長席に座って報告を受ける艦長。
「おかしな事は言ってなかったよな、俺? MSと違って話すのはアドリブ効かねんだよなぁ」
「少佐ならむしろ一発、笑いを取りに行くかと思っていた。意外にまともな受け答えで安心した」

 

「当たり前だ、なんだと思ってんだ! ――なぁ、艦長。それにしてもアイツ、何しに来たんだ?」
 艦長はそれには答えず、自分が目を通していた分厚い報告書をシェットランドに突き出す。
「……無理だから。今、全部読むなんてーのは。だいたい何で紙なんだよ?」
「簡単な事だ。データベースに登録出来ん以上は紙にするよりほか無かろう。――亡霊狩りに
協力してくれ、と言う事らしい。……後ほどざっと目を通してくれれば良いし、サインもいらん」

 

「そして司令はそれを受けた、と? ……ま。あのお人が、只で引き受けるわきゃあ無いわな」
 ――良くわかっているな。艦長はそう言いながら報告書を自分の膝の上に置く。
「成功報酬はラクス・クラインの消息情報だ。当然の如く先方は渋っている様だがな」
「アークエンジェルと一緒にいる可能性が高いと踏んだか? ……うーん。ちょっと理由が
安っぽいんじゃねーの? 司令の性格から行けばさ」

 

 艦長は背もたれに身体を預けると席ごとシェットランドに向き直る。
「確かに。……但し、クラインの娘を望んだのは別に恫喝でも牽制でも何でもない、司令自身の
意志だろう。自分の推測ではあるが、あの人のことだ。まず間違いあるまい」
「プラント議会穏健派クラインの娘。プラントの歌姫。そして三隻同盟の盟主。……司令は何に
使う気だ? 使い方間違えば、今度こそ全面的に対コーディネーターとの殲滅戦になるぞ?」 
 世界の平和。司令の望みもそうあって欲しいものだ。艦長はそう言うと椅子を正面に戻した。

 
 

予告

 201艦隊はデブリ帯の中、近場の目標を定めて強行偵察を企てる。
 被害の出る事までをも見越したラ・ルース大佐の強硬な作戦は
 果たして彼の期待する戦果を挙げるのか。
 そしてデブリの中、それに気づいたウィルソンの対抗策とは。

 ゴミ溜の宇宙(うみ)で
 次回第六話 『選べないモノ』

 
 

【第四話 『敵と味方』】 【戻】 【第六話 『選べないモノ』】