第十三話 『切り札』

Last-modified: 2014-08-12 (火) 21:59:11

ゴミ溜の宇宙(うみ)で
――切り札――

 

「いい加減に投降しろ!! 戦いは望まないが戦闘は継続、このあからさまな矛盾を
解消しようという気はないのか!!」
 すでにシェットランドの頭からは強制的に拿捕する、という選択肢は消えた。腕が異様に
立つこの黒いゲイツとの差は、デュエルプラスの性能だけでは埋まらないと、そうわかったからだ。
「増槽を切り離しもしねぇでこちらの動きについてくる……。くそったれ、何でだっ!」

 

 その事実だけでもシェットランドの頭に血を上らせるには十分なのだが、撃墜狙いで行かなければ
瞬時に堕とされる程の技量の差。今は辛うじて機体の性能で攻撃を受けきっているに過ぎない。
 そして説得して投降を促すことも無理であろう事は此所まででよくわかった。
『戦場に立つ以上、人として矛盾が乗じるのは当然。それを埋めるだけの信念はある!』
 戦闘を継続しながら、彼の通信にはきっちり返事を返してくる。のは良いのだが。

 

 ――何故そんなに余裕がある!
 その返信の口調や内容が彼を苛立たせようとする性質のものであることにも、当然シェットランドは
気づいていた。
 攻撃のあとの落ち着き払った返答がますます面白くない。平常心を失ったなら負け、
十分に分かってはいるが、細かい機動が増え、実弾のライフルは細かく装甲を掠り、エネルギーの
残量表示とライフルの残弾表示のグラフは、予想を数段上回る速さで短くなっていく。

 

 ライフルを応射するも、まるでゲイツには掠りもしない。そしてさらに彼を苛立たせるのは
ゲイツが未だビームライフルを取り出す気配も見せないことである。
「悔しいが腕の差は歴然……、くそ、もうライフルの残弾が……。いずれこのままでは色々無駄に
するばかりだ、どうすりゃ……。ん?」
 レーダーが何かをとらえたと彼に報告する。程なくとらえた点には味方を示す色が付き、
それがコスモグラスパーであることを伝える注意書きが数本線を延ばし、矢尻を突き刺す。 

 
 

『大隊長、遅くなりました! お届け物であります!!』
「助かった。両方エールだな? B3、パックをよこせ! B1は俺を援護しろ!!」
 B1の攻撃の元、一瞬つやの無い灰色になったデュエルプラスは、新しいストライカーパックを
背負うと、再びダークグレイと赤の通常のカラーリングに戻る。
「本体だけではやり合えねぇ、B3は無理すんな、帰投! B1はしばらくつきあえ!!」

 

 いくら亡霊とはいえ、強力なG兵器のライフルを装備したグラスパーは嫌なものらしい。
明らかに敵の機動から余裕が無くなったのをシェットランドは見て取る。
「ち、ボルタが墜とされた、か……。B4が抜けた? ――了解だ。ならば此所で時間稼ぎ継続!」
 敵の目的はどうやらデュエルプラスの足を止めること。そしてシェットランドの仕事も同じく亡霊の
足止め。意図的に膠着状態を作り出すのであれば、現状は彼に分があった。

 

「ん? 動きが変だ。B1、いったん距離をとれ!」
 黒いゲイツは、骸骨機を見せつけるようにしてシールドを構えると、実弾のライフルを投げ出し
腰のビームライフルを掴み、同時に背中の増槽タンクがパージされる。モノアイが再度光る。
「へっ、少しはやる気になったかい……! B1。撃墜してもいい、弾の出し惜しみは無しだ!」

 
 

「さぁ、どうでる? 白の二本線。――早くあたしに撃墜されなっ!」
 シールドを左手に、サーベルを構えるとダガーLヌーボォは見得を切るようにゲイツに対峙する。
 自分の趣味とは言え、すばしこいゲイツ相手にはやはりソードストライカーはやりづらかったが
エールストライカーを装備したシエラ・ベルーガ海兵大尉のダガーLヌーボォは、エネルギー残が
満タンになると同時に、細々と飛び回るゲイツと同等の機動性を手に入れた。

 

 肩の装甲のふちに白い太細二本の線を配されたマットブラックのゲイツは、ビームライフルを
投げ捨て、銃剣の付いたハイマニューバ用のライフルを構えてから目立った動きをしていない。
「クローも変な棒もない以上、お得意の格闘戦はもう出来ない! 動かないならこっちから行くよ!」 
と言い放ってから、通信は向こうには聞こえているよな。と確認する。

 

 絶対的なテクニックについては誰に言われるまでもなく、明らかに“二本線”の方が上。
だが格闘戦を得意にする相手の武装は、すでに実弾ライフルのみ。増槽タンクを切り離してからの
経過時間を見ればそろそろ燃料も乏しくなってくるはずだが、サーベルの間合いには捉えきれない。
「えぇい、ちょろちょろと! まだ逃げ回るのかっ!!」
 腕の差を覆す材料はそろいつつあったが、それでも彼女にはまだ不安が残った。通信を使っての
煽りは沈着冷静な相手には、以外に効いたようにも見える。使えるものは何でも使って“二本線”を
墜とすのが目的。だから通信が通っていることも、今の彼女にとっては重要なファクターである。

 

 ――間合いに入ってこない以上はサーベルは意味がないか。シエラはそう思うとダガーLヌーボォ
の右手にライフルを持たせ、一端ラジオのスイッチを切る。
「銃剣がついている以上きっと間合いを詰めてくる、但しそれはこっちが撃ち合いになったと思った
後、……か。ならば乗ってやるよ、ドッグファイトは望むところだ。――さあ、おいで。お嬢ちゃん」
 オフラインの彼女の呟きが聞こえたかのように、ゲイツの機動が激しくなりそれまで散発的にしか
飛んでこなかったライフルの弾が狙いを絞って届くようになる。数発ずつ混じる曳光弾が、モニター
越し、シエラの顔を照らす。機体を翻し、シールドを掲げながらシエラは無線のスイッチを入れる。
「そうだ! もっと撃ってきな!! 命がけのゲームだ! 派手にやんなきゃ、つまんないだろ!?」

 

 “二本線”はデブリを蹴り飛ばし、スラスター全開で人間業を超えていると思える方向転換をしつつ
それでもシエラのライフルの射線を巧みにかわし、読み通りに少しずつ距離が詰まってくる。
「慣性の法則無視か! 人間なら潰れろよ! ――正面から来たらどうだい、腰抜けがっ!」
 シールドの裏のラッチにビ-ムサーベルを引っかけたままライフルを打ち込む。もちろん、
シエラに牽制のつもりなど毛頭なく、すべてかわされているのが実情なのだが慌てない。
 ――もっとおいで、カワイコちゃん。お姉さんが頭からコクピットまで綺麗に真っ二つにしてあげる。
 今の彼女には一手先を読んだ余裕があるからだ。

 

 当然コンマ数秒先を読み、更には射線をずらし、タイミングをずらしても全く当たる気配のない
ゲイツにそれでもシエラはライフルを撃ちかける。またしても左に逃げられた、と思った瞬間。
 白い二本線のゲイツはダガーLヌーボォの真正面にライフルを撃ちつつ飛び込んでくる。
「なん、っ……、うはっ! やるっ! 助かったのは偶々、か。……だが、ツキはまだ私にあるぞ!」
 ゲイツの射線はシールド直撃以外は取れず、ダガーLヌーボォに被害は出ない。ライフルを応射。
ゲイツも無理はせず、ライフルの射線をかわしつつ一瞬交錯した2機のラインはまた広がっていく。
 奇襲と言うより、明らかに陽動を狙ったゲイツの動き。だが、シエラの反応は違った。
「そう、もっと近づいておいで……。銃剣でコクピット、狙うんだろ? ふふ。そうだ。もっと、前に。さ」

 
 

「くそ、まだ前に出るか! ――180秒以上の遅延、いくら何でも……。フウ、何かあったな?」
 グラスパーにライフルのない左に執拗に回り込まれ、正面からはデュエルプラスが飛び込む
間合いをずっと計り続けている。そして技量は双方ともナチュラルのパイロットとしては高い。
 当初は、デュエルの消耗を待って離脱する予定だったのだが、エネルギーと弾薬、さらには
宙間戦闘機であってもビームライフルと機動力を持った増援さえそろってしまったことをもって
ウィルソンのプランは瓦解してしまった。

 

『ゲイツのパイロット!! 即時武装を放棄して戦闘を中止しろ! 間違いなく命は保証する!!』
 シェットランド少佐と名乗ったデュエルのパイロットは、コンタクトから一貫してこう呼び掛けて来ており、
事実、デュエルは致命傷になるような箇所への攻撃はしてきていない。
「少佐は信用しても良いのだろうがね。軍隊ってぇのは組織だ、少佐の上までは信用出来んさ。
――勧告については感謝する! だが、何度でも言うが投降はない、そして戦闘の意思もない!」

 

 ――グラスパーが鬱陶しい。デュエルに付き合うだけでもかなりの労力だったのだが、増援の
コスモグラスパーが到着して以来、ウィルソンの仕事量は激増した。基本戦術はメビウスと変わらず
一撃離脱。但しエールストライカー装備、しかもMSと言う重荷が無い以上、凄まじい加速で
彼の目を振り切り、デュエルと違ってライフルは過たず機体の中心を狙ってくる。
気を抜けば撃墜される。
 デブリの中なのにもかかわらず、確実に障害物をくぐり抜けてヒットアンドアウェイ、逃げる時は
ライフルの無いゲイツの左、を実戦し続けている。

 

「フゥのこともある、いつまでここに居るわけにもいかんしな。……仕方が無い!」
 元々足止めだけの予定だった以上、ウィルソンは敵機の撃墜は考えていなかったが、
グラスパーがデュエルの援軍に到着し、フジコもまだ合流できない。状況は変わった。 

 

「ファイナルセ-フティ解除が遅れては意味が無い……。やるしか無いか。コンマウン秒の操縦は
したく無いんだが。――少佐、悪いが用事が出来たので先を急ぐ。これで失礼する!」
 いきなりゲイツはスラスター全開、グラスパー正面へと突っ込む。正対したグラスパーからの
ライフルと主砲の連射を紙一重でかわす。
 交錯する瞬間、チキンレースを先に降りたのはゲイツ。軌道を変え、超高速ですれ違う瞬間、
目視さえ不可能な速度域でエクステンショナルアレスタをストライカーパックに正確に打ち込んだ。

 

 ほんの一瞬の後、伸びきって過負荷のかかったエクステンショナルアレスタはワイヤを切り離すが
まるで間に合わず、ゲイツからは部品がこぼれ、火花が散る。ゲイツはその衝撃までをも利用して
進行方向を強引に転換、ウィルソンはシートベルトにつり下がり、色を失い灰色になった視界は狭る。
 一方のグラスパーもパックに無理な負荷がかかった事を関知、こちらは機体を損傷する事無く
パージする事には成功したが、機体は明後日の方向へと向きを変えた。エールを失っては方向制御
も出力が足りず、逆噴射も空しく戦艦の残骸へと吸い込まれ、間があって巨大な爆発が起こる。

 

 ブラックアウトを辛うじて免れたウィルソンは、爆発の範囲にデュエルプラスが居たことのみを
確認すると機体を翻し、フジコの位置が最後に確認された座標へとゲイツの機体を向ける。
 爆炎の中からデュエルプラスが逃れ出た時には、既にゲイツの姿は無い。
『――B1! くっそお、ひん曲がってぶっ飛ぶ角度まで計算尽くだってのか……。こんな強引な
目眩ましは聞いたこともねぇ! ――亡霊め。逃げられると思ったら大間違い、だぞ……!』

 
 

「……逃がしてはくれない、か」
 あの新型ダガーと対峙してきて、フジコにはわかっていたことではある。
 パイロットもナチュラルにしては異様に腕が立つ。しかし、エールに換装してからというもの、
動きがおかしい。あのパイロットにしては隙が大きすぎる。何かしら誘っているようにさえ見える。
「エールに慣れていない? しかし……」
 さっき飛び込んだ時も、ライフルの射線はきっちり読まれてシールドで受けた上に、素早く角度を
合わせてライフルを応射してきている。これはさっきまでのソードなら出来ない機動なのだ。
 たった一機の敵が何を考えているのか見えないだけで、フジコは次の手を打ちあぐねる。
ここまでなかった経験だ。

 

 無線からはまた、いかにも戦闘そのものを楽しんでいるかのような女性の声が聞こえる。
『ふらふらと何をしている、まだ弾はあるんだろうにさ! またこっちから行こうか? お嬢ちゃん!』
 ――まだ足りないだろう? もっと楽しもうじゃないか!! あはは……! 異常者か、攪乱を
狙っておかしいふりをしているだけなのか。
 隙は大きいように見える。だが見逃がしてはくれない、と言うのが事実。既にウィルソンとの
合流予定時間は大幅に過ぎている。
「ならば、……やるだけだ!」
 決着を付けるべく、ゲイツは岩塊を蹴り飛ばすと、一気にダガーLヌーボォに向け加速する。。

 

 ライフルを連射しながら全力で距離を縮めるフジコに対して、ダガーLは弾道をかわして見せた。
但し、応射することは無く、ライフルを放り出すと次の瞬間にはビームサーベルを右手に持つ。
コロイド粒子に包まれた光の刃が伸びる。シールドも投げ捨てる。
「――ビームサーベルっ!? どこから出した!?」
『これを待ってた、お嬢ちゃん! ――さぁ、最終ラウンドの始まりだっ!!』
 距離が無くなったためラジオはクリアに入る。
「黙れ! 戦闘依存の異常者がっ!!」

 

 ダガーLヌーボォはフジコの印象を裏切る機敏な動きで、至近距離からの射撃をかわす。
フジコは、だが残弾のある限り超至近距離になってもライフルを撃ち続け、弾切れと同時に
エクステンショナルアレスタを発射。だがその距離はダガーLのサーベルの間合いでもある。
「何度も同じ手を喰うかいっ!」
 あっさり切り払われて、返す刀で右腕も切り落されるゲイツ。だが。
「かかったな!」
 フジコはゲイツの右腕を失ったことなど意に介さず前進、左手に持った突撃銃を突き出す。
『お見通し! 予想通りだっ! 撃墜(とった)ぞ二本線!!』

 

 ずっとその瞬間を待っていたダガーLヌーボォは、銃剣の付いたバレルを下から両断すると
返す刀でそのまま振り下ろす。ゲイツは袈裟懸けに両断されたかに見えた。
「そっちこそ、――ぐっうぅ、あぐっぁああ! ……分かり易すぎだっ!!」
 ほんの少しだけ軸をずらして、両断を免れたゲイツが、火花を散らしながら止まること無く、
更に前進。左手がダガーのコクピットハッチに触れ、その指先がそのままめり込んでいく。
 ストライカーパックが内部からの圧力に耐えきれずに外れ、背中に左腕が突き抜けたところで
漸くゲイツは止まる。そして歪んで部品の舞う、そのコクピット内。バイザー全面がひび割れ、
左足を部品に挟まれたフジコもまた、動かなくなった。

 
 

パイロットシートごと巨大な“手”に押し出されたシエラは、宇宙空間が目視で見えるにいたって
何が起こったのか漸く理解した。
「こんな、ふざげが……。ぐはっ、ごふ、ごほ……」
 咳き込むたびにバイザー内側には赤いものが付着し、既に息を吸うことさえ自由には
ならないことに気付く。唯一自由になる目を動かすと、上半身がアルミホイルのように潰れていた。
「D、の、ごふ、プ、プライド。……少佐、相打ちなら、オーケイ、……ですか? 私は、少佐の……」
 シートは異常を検知してベルトを解放、シエラを切り離す。本体とパックの狭間に座った形のまま
一時(いっとき)浮いていたシエラは、そのまま身動きもせずに“ゴミ溜め”へと流れていった。

 
 

 虚空に光った点は瞬く間に大きな黒い人型になり、二機のMSがもつれて絡んだ空域へと
到着すると同時にハッチが開き、黒いパイロットスーツが火花を散らすゲイツへ飛び移る。
「くそ、歪んでやがる。……フゥ、返事をしろ!」
 リモートで自分のゲイツを動かし、指先のレーザートーチで装甲を焼き切る。
「なんてことだ……! 未だ息が、ある? ……まってろ! 今、そこから出してやるからな!」
 ウィルソンはフジコの左の太ももから下を挟み込むコクピットを更に切り取り、引きはがして
救出すると、今度は足とヘルメットをエア漏れ用の応急テープでぐるぐる巻きにしていく。

 
 

『亡霊、投降しろ。……応急処置なら当方の方が条件が良いはずだ、と言わせて貰うぞ。
――名乗ってもらおうか。相手が亡霊ではいい加減、コミュニケーションが取りづらいんでな!』
 いつの間にか、赤いバックに骸骨旗を書かれたゲイツにライフルを突きつけ
デュエルプラスがいた。そしてその胸の部分には連合のパイロットスーツがウィルソンに
向けてアサルトライフルを構える。
「海兵隊のシェットランド少佐、でしたね。……お気づかい、痛み入ります。――公式には
存在しない特殊部隊、その隊長。ディビット・ウィルソンと言います」
 赤いパイロットスーツを腕一本で抱えると、言葉とは裏腹に巨大な銃のようにも見えるものを
腰から取り出し、シェットランドに対峙するように構える。
『なんのつもりだ? ……リモコン? 無駄だ、ゲイツが動く前にはライフルで吹き飛ばす!』

 

「リモコンはあたりです、少佐。ただ、MSでは無く。……アレ。ですが」
 ウィルソンは頭だけ少し振り返る。彼の後ろには機動要塞のような風格さえ醸し出す
“ヴァルハラ”。いつの間にか無数のライトを明滅させ、まさに臨戦態勢の風情だ。
『デイビット! 何をするつもりだ。リモコンをこちらに渡せ……。こんな事では事後のお前の
処遇が悪くなるばかりだぞ!』

 

「やれやれ、少佐は何処までもいい人だ……。最終目標は既に自動追尾状態。トリガーを
引くまでも無く俺が手を離したら動き出す。目標は、……言わなくても良いですよね?」 
 あえてグリップのトリガーからウィルソンは指を離す。
「加速が始まるまでは鈍い、あの大きさですからね。しかし動いてしまえば。……ナスカ級換算で
5隻分の推力、ベクトルを合わせて噴けば最終的な速度は……。但し」
 リモコンにほんの簡単にコマンドを打ち込む。
「少佐に免じて動くまで3分、猶予を差し上げます。無線は届かないがMSならぎりぎり届く。
本来はそんなこと、する気は無かったんですが。どうやら私の流儀では少佐を殺す理由が、無い」 

 
 

「もし、少佐と後にお会いすることがあれば。そのときご恩は必ず……」
 ウィルソンがリモコンを放り投げると、ヴァルハラのランプの明滅が激しくなりゆっくりと
向きを変え始める。のみならず各砲塔が旋回し、ミサイル発射管のふたも開いて行く。
『余計なお世話だ!』
 ライフルの銃口を下げてリモコンを受け取ったシェットランド少佐は、一瞬の逡巡の後
コクピットへと消え、デュエルプラスもすぐに視界から消える。

 

「……。さて、帰るか。……これからで間に合うもんだろうかね」
『安心してください! 間に合います、減速します、止めます! たった今からプラン変更です!!』
 独り言だったはずのウィルソンの言葉に、絶叫に近い少女の声で返答が帰る。
「ベッキー……? 出てきちまったのか。やれやれ、全く。――何があった?」
 濡れたようにつややかな黒で塗られたゲイツが静かに滑り込んでくる。
『お二人ともお戻りが遅かったので。――? それって、まさか先輩。ですか!?』

 

 コクピットから飛び出そうとするレベッカを手で制すると、横抱きにしたパイロットスーツを
抱えつつ自分の機体のコクピットハッチをくぐるウィルソン。
『キャップ、その。……先輩はご無事、なんですよね?』
 死んでは居ないが状況はかなり悪い。人を殺すのを生業にしてきたウィルソンだから、
人の生き死にに関して状況はよく判る。言葉に詰まる。
「…………」

 

 黒衣を纏った死に神が鎌を持ってフジコのそばに佇んでいる気さえする。だが生きては居る。
生きてさえ居れば……。
『キャップ、まさか!?』
「アホ抜かせ! フゥは間違いなく生きてる。――出迎えご苦労。帰るぞ、ベッキー!」
『いえっさー、です!』

 
 

 マットブラックとグロスブラックの2機のMSが絡まった2機のMSから離れていく。頭上を
巨大な移動要塞が識別灯や管制灯、回転灯等ありったけの灯火を明滅させ、何も無い
虚空をサーチライトで切り裂きながらゆっくりと移動していく。
 背後に引いた噴射炎とスピードはまるで比例していないが、比例して見える頃には
もう無傷で止まることさえ叶わない。 
「ここ何年かで一番落ち着いて、楽しかったかも知れんな……。さよなら、俺のハーレム」 

 

『キャップ、その。先輩のこともあるのでしょうが、速度ってあげられますか? 現状30秒の
マイナスなわけです。……私が先行してリュンディ、待たせます。それとすぐ補給も呼びます』
 作戦時間を示すメーターの上に赤いパイロットスーツの腕が流れている。ウィルソンは
そっと腕をどかす。
「ったく。そういう事は早く言え! ……確かに-28、俺の確認ミスだ。済まない。燃料は持つ。
遅れはこちらだけで取り戻せるな? ――よし、急ごう」

 

 2機のゲイツは噴射炎を大きく伸ばすとすぐに機体もスラスター光も見えなくなる。後には
2機分のかつてMSだったものの残骸のみが残され、絡み合ったまま火を吹き始めた。

 
 

予告
201特務艦隊に襲いかかる無人の機動要塞ヴァルハラ。
シェットランドの緊急伝を見て尚、艦長は正面突破を目指す。
自らからの信じるものをあくまで信奉し、大願を成就させんが為
大型戦艦カエサルは咆哮を上げる……。

 

 ゴミ溜の宇宙(うみ)で
 次回十四話 『正直者は馬鹿を見る』

 
 

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