第十三話 叫ぶ宇宙

Last-modified: 2017-08-22 (火) 09:39:46

―繰り返す。こちらア・バオア・クー司令部、すでに我に指揮能力なし、
 残存の艦艇は直ちに戦闘を中止し、各個の判断で行動すべし―

 

敵も味方も固まっていた。通常回線から聞こえるその通信が意味するところを、信じられないがゆえに。

 

停戦命令。このア・バオア・クーでの戦争終結を示唆する、そしてこのジオン独立戦争そのものの
終結を意味する宣言。この戦場はジオンにとって、総力を結集した最終防衛線であったことは
連邦、ジオン共によく理解している。そこが墜ちた、つまり向かう先は、終戦―

 

このEフィールドにおいて、その事実に対する受け止め方は、連邦、ジオンで全く違っていた。
ジオン兵にとって、敗戦の足音はここ最近、日々大きくなっていた。その時がついに
来てしまったのか。覚悟はしていたが、やはり無念ではある。
が、これで戦争は終わる。どうにかこうにか自分たちは生き延びたのだ、との安堵感もある。

 

対する連邦軍は違っていた。自分たちは戦争に勝っていない、このEフィールドにおいて。
戦闘艦4隻を含む多数の仲間が散っていった、その敵を討つために武器弾薬を補充してきたのに
自分たちの知らないところで勝手に戦争が終わってしまっていたのだ。
ましてやこのEフィールドに投入された新兵たちは、その誰もがこの戦争で肉親や友人を亡くしてきた。
全てジオンの都合だ。コロニーを落としたのも、地球に侵略して略奪されたのも、今さっきまでこの戦場で
多くの仲間を焼き尽くされたのも、すべてジオンの独立したいというワガママのもとに実行された非道、
この上戦争終結までジオンによって決めつけられてしまうのか・・・誰もがやるせない思いにとらわれていた。

 

それはジャックも同じだった。故郷を滅ぼされ、居場所を消され、兄貴を、エディさんを、指令を殺され
はじめての部下3人をソーラレイで焼かれ、ついさっき、もう一人の部下もいなくなった。
それで都合が悪くなったら降伏か!どこまでジオンのワガママで俺たちを踏みにじれば気が済むんだ!
合流したビルからマシンガンを受け取ると、ジャックは憎しみに満ちた目で、赤いモビルアーマーを睨む。

 
 

―敵を褒めるんだよ―
はっと我に返る、尊敬している兄貴からの言葉を思い出し、その言葉を心に染み渡らせるジャック。

 

ヅダは実弾を携行していない状態で、ボール部隊に果敢に向かってきた。
基地攻略でのザクレロは勇敢だった、艦隊に身ひとつで特攻し戦果を挙げた。
ソロモンの銀のゲルググは、己の部隊を鍛え上げ、それが全滅した時に悲痛な叫びをあげた。
そして目の前の赤いモビルアーマー。火力はすさまじく、ビーム攪乱膜もある。
しかし冷静に考えれば、一度連邦部隊が撤収した時点で、実弾兵器にさらされることくらい理解しているはずだ。
それでもアイツは逃げない、オッゴを修理し、彼らをかばうべくこの戦場に中心に居座っている。

 

彼の心から、敵愾心がすっと消えるのが理解できた。停戦命令が出た以上、戦いは終わったのだ。

 

「くっくっく・・・」
「へへへへへ、へっ、へへへっ!」
通信から聞こえる笑い声にジャックはそのとき気付いた、下卑た、憎しみに満ちた笑い声。
それは連邦軍兵士の憎悪を音にした、つい先ほどまでジャック自身も心に湧き上がっていた感情の音。
それは一人や二人ではなかった、対峙する連邦軍のジムから、ボールから、その全てから敵に向かって
刺すような殺気が向けられていた。
「おい、ビル・・・」
部下を制しようとしたその瞬間、ビルのジムは機動をかけ、飛ぶ。敵の鼻先にいるオッゴの目前に。
ジャックは理解した、彼は赤く燃えさかる憎悪にとらわれている、恋人を殺された悲しみが
行き場を失ったことが、彼を狂気に駆り立てる。ビームガンを抜き、目の前のオッゴに向ける。

 

「ノーサイド、ってか!?」
ラグビーの試合終了を意味する用語。ホイッスルが鳴ったら、その時点でサイド(陣営)は無くなる。
共に同じフィールドで戦った相手をたたえる時を迎える。
しかしこれはスポーツではない、戦争だ、ましてや連邦兵にとって、これは復讐戦、敵討ちなのだ。

 

「レフェリーは、ここにゃいねぇよおぉっ!!!」
口上を述べたのは、ビルの最後の良心だったのかも知れない。最初に銃を向けたのだからさっさと逃げるか
反撃でもすれば、自分が無抵抗の相手を殺すことは無い、だが彼の希望は叶わなかった。
無抵抗の相手に引き金を引き、それがオッゴに直撃し爆発、ひとりの少年兵が終戦後に命を落とした。

 
 

それを合図に、連邦軍が一斉に攻撃を開始する。ボールがオッゴを打ち抜き、ビグ・ラングに弾丸が集中する。
「ああっ!待ってくれ、停船命令だ、撃つなーっ!」
敵兵の声が通常回線から響く、その発信源はすぐに分かった。目の前の赤いモビルアーマー。
「何が停戦だ!さんざん俺たちの仲間を、焼き殺しておいてーーっ!!」
憎しみと悲しみに満ちた返信が返ってくる、もう理性は働かなかった。ただ殺戮の意思だけが連邦軍を支配する。

 

ジャックは皆を止められなかった、元々そんな権限もない、しかも戦端を開いたのは自分の部下、言い訳は効かない
開始された戦闘の責任をとる必要ができてしまった。機動をかけ、悲しい戦闘に突入する。
「どうしてだーーーーっ!」
モビルアーマーのパイロット、オリバー・マイの絶叫が通信に響く。ビグ・ラングは再び砲門を開き、
ランチャーを連射する、そのひとつがまっすぐビルのジムに向かっていく。
ビルは動けなかった。自分がしでかしてしまった事への後悔と、自分が打ち抜いたオッゴのパイロットの悲鳴が
通常回線からはっきりと聞こえていたから。あれは・・・子供の声だった。その行為に対する罰が、
ランチャーの弾丸に姿を変え、ビルのジムを爆発に包んだ。

 

「バカ野郎・・・っ!」
ビルの無抵抗な死を見てジャックは悟った、彼が似合わないことをして後悔していたことを。
それが恋人サーラが望んだ復讐ではなかったことを。
「あの世で、幸せに・・・なりやがれっ!」
涙を振り払いジャックのジムが飛ぶ。初めてできた5人の部下はすべていなくなってしまった。
もう何もない、あるのは後始末だけ。この戦場を支配してきたあのモビルアーマー、あれさえ破壊すれば
連邦兵の復讐心も和らぐかもしれない、もう他に方法は考えられなかった。

 

戦場は、地獄と化していた。

 

停船命令が出た時点から、すべての機体の通信はすべて開かれる。敵味方の報告や指示を聞き逃さないために。
だが戦闘継続中に開かれた通常回線からは、敵味方の絶叫が、悲鳴が、断末魔が、泣き叫ぶ声が
否応なしに飛び込んでくる、ほぼ全て少年の声で。

 
 

「助けて、死にたくないー・・・」ブッ
「お母さん、お父さーーーんっ!」
「墜ちろ、墜ちろ、おちろおぉぉぉっ!」
「嫌あぁぁぁぁぁっ!いやあぁぁぁぁぁぁぁぁー」ブツン
「ははは・・・あははははははは」ザッ、ザー・・・
「なんでだよ、もう終わったじゃないか、もう嫌だ、いやだイヤダ嫌だいやだ・・・」
「死ね!死ね死ね死ねえーーっ!」ブツン!

 

幼い少年たちの、狂気に満ちた声が響く戦場、それが尚更狂気を呼ぶ。彼らは死を目と耳で感じながら
泣き叫び、生存のための戦いに身を投じていた。理性も戦術もフォーメーションもない、
味方同士激突して四散する機体すらあったのだ。

 

ジャックはそんな中、赤いモビルアーマーに狙いを定めていた。向かってくるオッゴをいなし、銃撃をかわし
下を取るべく機動をかけていた。あの機体は下部がオッゴの収納庫であることを知っている、
そこがおそらく奴の弱点だろう。簡単にはいかないが、そこに辿り着ければ・・・
だが、それは彼以外のジムが先に実行する。バズーカを構え、モビルアーマーの腹を狙う。

 

「スカートの下!」
他とは違う、平静さを保った女性の声が通信に入る。その瞬間、ジムは銃撃を食らい爆発する。
「大尉、大佐!」
戦場外から2機のモビルスーツが突入してくる、青い機体ヅダと銀色のゲルググ!
「世話を焼くのは慣れていても、焼かれるのは慣れていないか。」
女性の声を発するヅダはモビルアーマーの横で止まり、ゲルググはそのままオッゴの前まで飛び出す。
「待たせたな、ヒヨッコ共!」
そう言うとビームライフルを2連発する、その先にいた2機のボールが爆散する。
「友軍の脱出まで、このEフィールドを維持する!」

 
 

ジャックは反射的にゲルググに突進していた。あの声、間違いない。ソロモンで戦ったあの指揮官!
速度を止めずにゲルググに向かい、シャークペイントの盾を叩きつける。
「貴様!この盾はソロモンの・・・」
「連邦軍、ジャック・フィリップス少尉だ!」
「ヘルベルト・フォン・カスペン大佐である!」
戦場では珍しい口上を述べ、2機のモビルスーツの戦いが始まった。盾を起点としたアンバックから
縦横無尽に動くジャックのジムと、ビーム長刀を自在に振り回し応戦するカスペンのゲルググ。
何度も打ち合い、離れ、そしてまた接近。モビルスーツ戦の集大成のような激しい機動戦と
その前の二人の名乗りは、戦場での決闘をイメージさせた。

 

戦場から悲鳴が消えていた。二人の堂々とした戦いぶりに感化され、冷静さを取り戻し
少年から戦士に戻っていく両陣営のパイロット達。

 

それと入れ替わるように、戦場に似つかわしくない「歌」が、通常回線から流れ始めていた。

 

―夢放つ遠き空に、君の春は散った。最果てのこの地に、響き渡った―

 
 

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