第十四話 

Last-modified: 2014-03-14 (金) 12:54:02

アークエンジェル・カタパルトデッキ。ランチに乗る避難民でごった返す中、キラは友人を待っていた。
と、彼の肩が叩かれた。
「よ、キラ。」
「あ、ハルト…ってどうしたのその格好!?」
ハルトは私服ではなく、軍の制服のままであった。
「お前のその反応も二回目だな…。」
ハルトは笑いながら続ける。
「俺、残る事にした。」
その言葉に、キラは驚愕する。まさか決まり事に縛られるのが嫌いなハルトが残るなんて、予想もつかなかったのだ。
「…じゃあ何でここに?」
「…あ、忘れてた。お前にはこれ渡しに来たんだった。ほい、除隊許可証。」
一枚の紙を渡される。
「志願兵全員に渡されたんだが、俺は即破り捨てた…後他の奴らも。」
「え…?」
ハルトの言う事が信じられなかった。フレイまで残るとは思いもしなかったのだ。

 

キラは先程からこれでいいのか、という焦燥を感じていた。それがハルトの話でさらに強さを増した。
なにもかも放り出して自分は平穏な生活に戻る。果たしてそれでよいのだろうか。
アークエンジェルは地球に降りる。ストライクはハルトが動かせるだろう。
これ以上アスランとも戦わずに済む。だが本当にそれでよいのだろうか。
「…僕は、残るべきなのかな…」
助言を求めてハルトに尋ねる。だが、
「…それは俺が決めれる事じゃないだろ。」
そう返される。
(…僕は…どうすれば…)
再び思考の迷宮に迷い込もうとした時、
「あー」
子供特有の高い声が響き、二人は振り向く。
避難民のマスコット的存在だった――前回キラがぶつかった女の子がキラに向かって飛び出してきた。

 

不器用に浮き上がった体を受け止め、キラは彼女を自分の前に下ろした。女の子は頬を赤くしてにっこり笑う。
「おにいちゃん、これっ」
舌足らずな口調で言いながら、折り紙の花を差し出した。キラの目が輝く。
「…ぼくに?」
「うん、いままでまもってくれて、ありがと」
キラは思い出した。彼女とぶつかった時に成り行きで自分がモビルスーツのパイロットだと言った事。
そして彼女にこれからこの艦を守りに行くと言った事を。
彼女の汗ばんだ手からその花を受け取った。
バイバイと手を振りながら母親に手を引かれてランチに乗り込んでいく彼女を見て、キラはなんだか鼻の奥がつんとしてなにも言えなくなった。
「…よかったな。」
全て見ていたハルトが呟く。
「…ただ、あの子のいる場所が戦争に巻き込まれないって保証もないんだよな…」
ハルトは何の気なしにそう言ったのかもしれない。だが、キラはそれを聞いて、はっとなった。

 

「…ハルト、僕、決めた。」
右手の除隊許可証をくしゃくしゃに丸め、投げ捨てる。
「僕も残る。」
兵士として、力がある者として出来ることをする。そして彼女達が安心して暮らせる世界にする。それがキラの答えだった。
艦内に警報が鳴り響いた。

 

「すいません、遅れました!」
パイロットスーツに着替えたハルト達は、格納庫に到着した。彼らを見てムウとマードックは唖然とする。
「ストライクで待機します。まだ第一戦闘配備ですよね。」
そう言ってキラはコクピットへ漂っていった。ハルトは既にOSの立ち上げを開始している。
「…いや、坊主二号と嬢ちゃんが残るのは知ってたけどよ…」
ムウが低く呟いた。
「若い頃から、戦争とかに浮かされちまうと、あとの人生きついぜ…」

 

ハルトはアドヴァンスのコクピット内で依然待機中だった。
<ねえ、なんで出ちゃいけないの!? 他の艦がやられてるのに!>
「今俺達が出ると色々プランが狂うんだろ!」
実を言うと彼もフレイと同じく速く出撃したかった。
<デュエル、バスター、先陣隊列を突破!>
<メネラオスが交戦中>
チャンドラとトノムラの声が聞こえる。
<フラガ大尉!>
<ああ、分かっている。>
キラがムウに呼び掛け、ムウが艦橋へ呼びかける。
その後も何か続いていたようだが、ハルトは目を瞑って気持ちを落ち着かせていたのであまり聞こえなかった。
<分かった!ただしフェイズスリーまでに戻れ。>
ナタルの冷徹な声に反応し、一瞬びくっとする。やはりこの人だけはどうも苦手だ。

 

カタパルトハッチが開くと、視界一面が青い地球で覆い尽くされた。
<…こんな状況で出るなんて、俺だって始めてだぜ。>
いつもよりも硬めのムウの声が聞こえた。まずゼロが、次にストライクが発進する。ついにアドヴァンスの番が来た。
「ハルト・カンザキ、行きます!」

 

カタパルトがアドヴァンスを虚空に放り出す。方向転換しようとしたが、フットペダルが重い。
「重力のせいか…!」
操縦系統を微調整し、フットペダルを踏み込む。
辺りを見渡すと、ゼロがバスターを押さえ、いつもとは見た目が違うデュエルがストライクに切りかかっている。
「…フレイ、ブリッツの相手を頼む。俺はイージスを抑える!…ミラージュコロイドの対処方、覚えてるな?」
<消えたら弾幕を張れ、でしょ?>
この対処方は前回のアークエンジェルのやり方を参考にしたものだ。
ブリッツの相手をフレイに任せ、ハルトは一番目立つ色のイージスに目標を定め、向かっていった

 

「ええいっ!」
デュエルのビームサーベルをキラはシールドで受け、力一杯押し返す。
跳ね飛ばされながらデュエルはライフルを撃ち、ストライクも退きながら撃つ。
突っ込んで来るデュエルにストライクもまた向かって行く。

 

シールドでデュエルのライフルを払いのけ、回し蹴りの要領で地表に向かい蹴り飛ばす。
デュエルが大きく後方にとばされた隙にキラは離脱しようとする。
逃がすまいとデュエルがライフルを構えた。その時――

 

応射しようとしたキラの視界を遮るものがあった。メネラオスから射出されたシャトルだ。
デュエルがそれにライフルを向ける
――いままでまもってくれて…
少女の声が聞こえた気がした。

 

「やめろおぉぉぉ!」
キラの中で、何かがはじけた。
咄嗟に右手に持っていたライフルをデュエルのライフルに向かい投げつける。
不意をつかれたデュエルはライフルを取り落とす。
「はああああ!」
そのままサーベルを抜き、デュエルに突撃する。そして、肩のレールガン「シヴァ」を切り落とす。
「これでっ!」
最後にもう一度蹴りをかます。デュエルは重力に引かれ、落下していった。
「はあ…はあ…」
今度こそ、守り切れた――キラはその安堵感に浸る。そしてアークエンジェルに戻ろうとしたが、
「なっ…コントロールできない!?」
ストライクもまた、重力からは逃れる事ができなかった。

 

時は前後する。
「おりゃああ!」
隙をついてアドヴァンスのビームサーベルがイージスの右腕を切り落とす。
突然攻撃を喰らったイージスはとっさに態勢をたて直せず、アドヴァンスの二振り目を左足に喰らう。
下がったイージスはモビルアーマー形態に変形し、エネルギー砲「スキュラ」を放つ。
「このっ…!」
ハルトはスキュラをかわし、砲口にワイヤーシューターを放つ。銛は砲口に突き刺さり、スキュラを発射不能にする。
「! あのガモフ…メネラオスと差し違える気か!?」
視点を変えると、ガモフが一斉射撃をしながらメネラオスに向かって突き進んでいる。
(メネラオスには…フレイの父親がいる!)
避難民として地球に帰る人の中には、未だに意識不明のフレイの父親がいる。メネラオスをやらせるわけにはいかない。
イージスに蹴りをかました後、ガモフに向かう。途中、ガンバレルを展開して攻撃を加えたゼロとすれ違う。
「後は俺が!」
<おう、頼んだ!>
まずガモフの推進部へ向かう。そしてビームガンを叩き込み、機関部を沈黙させる。
次に艦橋の方へ向かう。途中の迎撃を防ぎ、艦橋が見える位置に辿り着く。
「消えろ!」
ビームサーベルを抜き取り、艦橋を切り払う。恐怖に歪んだザフト兵の顔が見えた気がしたが、ハルトにはどうでもいい。
最後に先程沈黙させた推進部の近く、動力源があるであろう場所へ向かう。
「そこかあぁぁ!」
ビームサーベルを突き刺し、そのまま艦と平行に動く。ビームの刃が装甲を切り裂く。
動力源が破壊されたらしい。アドヴァンスが離脱した後、ガモフが爆散する。
メネラオスは損傷こそしているが、無事だ。避難民のものらしきシャトルが射出された。

 

「もうじき時間か…」
そろそろ降下シークエンスがフェイズスリーに移行する時間だ。見るとゼロとフレイのジンはすでに帰投している。
アドヴァンスを帰還させようとしたその時

 

「ぐっ…何だ!?」
機体に振動が走る。モニターで確認すると、イージスが残ったクローでアドヴァンスを捕まえている。
「…このままザフトの勢力圏に引きずり込む気か!?」
イージスもGAT-Xシリーズである以上、大気圏突入も可能だろう。もし勢力圏に引きずり込まれたら、完全に詰みだ。
「それだけはお断りだっ!」
ワイヤーシューターの銛をつかみ、イージスに突き刺す。そして電流を流す。
「ぐっ…」
覚悟はしていたし、電流も弱めにしたが、それでも感電するというのは辛い。ハルトは歯を食いしばって耐えた。
イージスの拘束が緩んだ。その隙に振りほどき、イージスを殴り飛ばす。
(くそ…意識が…)
何とか少しでもアークエンジェルに近付けようとするが、先程のダメージのせいか意識が遠のいて来た。
アークエンジェルが移動してストライクを救出するのが見える。だがアドヴァンスとアークエンジェルの間はかなり離れている。
救出は困難だろう。
(まだ…死ねるか…やる…事が…ある…の…に…)
そんな事を考えながら、ハルトは意識を失った。

 
 

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