第10話 そして世界は暗転する

Last-modified: 2018-12-02 (日) 20:06:49

第10話 そして世界は暗転する

 

しゅこーっ、ぱーっ
しゅこーっ、ぱーっ
しゅこーっ、ぱーっ

 

 呼吸音が聞こえる。うるさい、寝苦しい、気分が悪い。
頭が重い、安定しない、寝苦しい。でも眠い、起きられない。

 

ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
電子音も聞こえる。目覚ましではない、聞いたこともない音。
不快だ、いい感じがしない、夢?悪い夢でも見たのかな。
胸に感じる固い感じ。本、そうだ日記帳だ。大好きなあの人に届ける日記。
そう、地球で待ってるあの人に、トオルに届ける-

 

「・・・あ。」
瞳を開ける。今、やっと目が覚めた、というより、起きられた。
ずいぶん長いこと寝ちゃったなぁ、机の上で。
今何時だろう、その疑問の答えが何故か目の前にあった。

 

”0079、1/6 AM 9:00:37”

 

あちゃーもう9時か、寝坊しちゃった、っていうかちゃんとベッドで寝たかった。
でも、この目の前の液晶、何?
目を走らせる。時計の下にはこんなメッセージがある。

 

”SLEEP AND AIRTIGHT MODE”

 

睡眠と気密モード?意味が分からない。
それよりこの文字を見ているとどうも周囲との焦点が合わない。
とにかく起きよう。頭を持ち上げる、重い。なんで?
そして起きても一緒についてくる液晶の文字、ええ?何これ。
顔を手に当てる、固い。私の顔じゃない、続けて耳や頭、アゴに手をやる、やっぱり固い。
これは・・・ヘルメット?私なんでそんなの被ってるの?

 

 アゴに手をやり、脱ごうとする。と、その時、目の前が真っ赤に染まり、警報が鳴り響く。
”ALERT!POISON GAS NOT TAKE OFF”
液晶が大写しで警告を発する。 
「毒ガス・・・?」
意味が分からない、立ち上がり周囲を見渡す。左手にはうつぶせに倒れてる人間、
知った服、知った体格、よく知る横顔。

 

「パパッ!」
父が倒れていた。セリカの脇で、寝間着のままで、微動だにせずに。
父に飛びつき、抱き抱えようとする。固い、冷たい、生気がカケラもない。
まさか、死んでる?そんな、なんで!

 

・・・気密・・・毒ガス・・・警告・・・ヘルメット・・・睡眠モード

 

様々な単語がセリカの中でぐるぐる巡る、脱げないヘルメット、死んでいるパパ、
液晶が示す不吉なメッセージ。
「どうして、一体何が・・・」
呆然と立ち上がり、そしてやる事を見つける。叫びながら階段に駆ける。
「ママーーーーッ!パパが、うわっぷっ!」
勢いあまって階段の上の壁に激突する。体勢を立て直そうにも、足が地につかない。
バランスを失い、尻もちをつくかと思ったけどそうでもない、まるで水中のようにふわりと
階段に着席するセリカ。
「Gコンが・・・狂ってる?」
まるで無調整の月面のように、弱い重力に翻弄される。また分からない事柄が増えてしまった。
いや、それより今はママだ。よろめきながら下に降り、母を探す。
「ママ、ママ、どこーっ!?」
寝室、居間、廊下、キッチン、どこにもいない。玄関から外に出ようとして、ふともう一度振り返り
キッチンを見る。
床に人が倒れている、ポニーテールの女性。右手には調理用のお玉を握りしめて。
セリカが青ざめる、普段は元気の塊のようなその人が、キッチンの下で動かない。
「ママーーーーーッ!!」
駆け寄る、重力が弱いのでむしろ飛ぶ。テーブルやイスに接触し、それらを蹴散らしながら母に取り付く。
そしてその瞬間、絶望がセリカを苛む。固い、冷たい、生気が無い。
それは母ではなく、すでにただの物体でしかなかった。

 

「嫌・・・なんで、どうして」
しばし呆然とする、寝起きにいきなりの事態に頭も気持ちも付いてこない。
人を呼ばなきゃ、それをまず思い付き、玄関に飛ぶ。ノブを回しドアを開ける。
外に飛び出すセリカ、その目に映ったのは日常に無い光景、変わり果てたアイランド・イフィッシュの姿。

 

 無数の破片が浮かんでいる、あちこちから黒煙が上がっている、そこかしこに人が倒れている。
にもかかわらず喧噪もない、サイレンも聞こえない、というより人の気配がまったくしない。
人類の、いや生物の存在を消された無人の都市、そんな中にセリカ一人が存在している、
まるでおとぎ話のウラシマのように。

 

「・・・どうして。」
その場にへたりこむセリカ。私が寝てる間にいったい何があったというの?
世界は一夜にして群青から暗黒に姿を変えてしまった。何も考えられず、地面を見て固まる。
と、その時セリカは、また不思議な文字を目にする、バイザーに映った今日の日付。
”0079、1/6”
1月6日・・・?私が寝たのは2日の夜だったハズ・・・
まさにウラシマだ、私は4日も寝てて、その間に世界が変わってしまったのか。そんな・・・

 

 家に戻る、入ったら母が「ドッキリでしたー」とかプラカードを掲げて迎えてくれないだろうか。
むろんそんなことは起きなかった。相変わらず倒れてる母を抱きかかえ、居間に連れて行き、横たえる。
救急車を呼ぼうと電話をかけるが無駄だった。、分かっていた、そもそも社会が機能していないことを。
父を回収すべく2階に戻る。聡明な父が事情を説明してくれないか、そんな期待もやはり無駄だった。
父を抱え、運ぼうとする。その時、セリカは日常との接点を見つける、日記帳。
「トオル・・・助けて、みんなおかしくなっちゃったよ・・・」

 

 二人を居間に寝かせ、日記帳を抱えて泣くセリカ。
ひとしきり泣いた後、ようやく心が落ち着き、状況を把握しようとする。
ふと部屋の隅に眼をやる、緊急連絡用のモニターに映像が映っている。
どこかのTVスタジオ、しかも無人だった。いや、よく見ると人はいる、正確には倒れている。
画面下のテロップが今の状況を如実に示していた。

 

”ジオン軍、サイド2を占拠。アイランド・イフィッシュに毒ガス兵器使用かー”

 

音のない、動きのないその画面が、事態の深刻さを物語っていた。
おそらくはアイランド・イフィッシュ最後の放送。彼らはマスコミとして最後まで仕事をしたのだろう。

 

 考えを整理する。まずジオン軍が攻めてきて、何らかの理由でこのコロニーに毒ガスを撒いたんだ。
家の中まで充満してるということは、おそらくコロニーの空調施設にまで流し込んだのだろう。
勘のいい父はたぶんそれにいち早く気付いたんだ、そして寝ている私に気密ヘルメット・・・
各家に一着ずつ支給されている、ノーマルスーツと呼ばれる宇宙服のヘルメットを被せてくれたのだ。

 

 以前は人数分だけ支給されていたノーマルスーツ、コロニーの安全性が高まるにつれ、
その必要性が薄れていったことが、パパとママを死なせ、セリカ一人を助ける結果になってしまった。
足元にパパが倒れていたことを見ても、私一人を助けるのがギリギリだっんだろう。
私が目覚めたとき、ガスが薄まるのを期待してスリープモードにしてくれたから
私は目が覚めなかったんだ、きっと。

 

「でも、どうして・・・」
ジオン軍が連邦寄りのサイド2を占拠する、それは分かる。
でもなぜこのコロニーの人間を毒ガスで皆殺しにする必要があったの?
ふだんの放送を聞く限りジオンにも主張はあり、正義があり、倫理もあった。
そんな単語からあまりにもかけ離れたこの行為。女、子供、老人、赤子まで手にかける非道。

 

『じっとしていてはダメですよ、動きなさい、』
「え・・・?」
声が聞こえた、気がした。知ってる声、でも、聞こえるはずのない声。
声の主を見る、さっき二階から運んできた、私の命の恩人、私の父。
「パパ?」
生きている?いやそんなはずはない。抱きかかえた体は紛れもなく死体だった。だったらこの声は?
『グズグズしないで、他に生きてる人を探すなり、脱出するなりするんだよ!』
「・・・ママっ!」
今度は母の声、聞こえるというより、頭に直接響くような声。
今日までセリカに備わっていた特殊な”心を読む能力”を何倍にも増幅したような心の声、魂の声。
その声を聴くために心を集中する、いつもやってる彼女の能力を開放し、父と母の『気配』を探す。

 

二人はセリカの目の前にいた。うっすらとした白い影として。それが精神なのか、幽体なのか
それは分からない。ただ、二人の魂は確かにそこにあった、それをセリカが感じ取ることができたから。

 

『さぁ、急ぎなさい、ここに留まっていては危険です』
『ジオンの連中に見つかるんじゃないよ!』
こくり、と頷いて立ち上がり、外に向かう。二人の気配もセリカに続いてくる、体を離れて。
ドアを開け外に出る。相変わらずの無人都市、意を決し、その能力を改めて開放する。

 

-誰か、誰か生きてる人はいませんか?-

 

心の中でそう呼びかける、虚空に向かって。次の瞬間、セリカのヘルメットの中で、
金属をこすり合わせたような、何かがハジけたような音がする。その音に続いて、声。
『苦しい、嫌だ死にたくない・・・』
『あんた、あんた、助けてよぅ・・・』
『リュータ、リューマ、しっかりして・・・ゴホゴホッ』
『ジオンだ、ジオンが攻めてきた、止めてくれ俺は民間人だっ』
『なんで、どうしてこんな目に・・・』

 

「ひっ!」
次々と頭に飛び込んでくる、悲鳴、怒号、絶叫。そしてセリカにまとわりつく魂の気配。
死人たちの、死ぬ直前の魂の叫び。この世界はそんな叫びで溢れている。
その魂が、生者であるセリカとコンタクトを取ることにより、自我を復活させる、父と母のように。
『アンタ、生きてるのか!』
『ヘルメット被ったんで助かったんだね、運がいいよ』
『あれ?あなたその髪・・・こないだのテレビの娘?』
『そうだよ、確か地球人と恋仲の。』
『ジオンがやったんだ、あいつらに仕返ししてくれよ!』

 

言葉の洪水に、脳がパンクしそうになる。頭を抱えて拒絶しようとするセリカ、そこに割って入る声。
『うるせえぞお前ら!いっぺんにしゃべるんじゃねぇよ!』
その一喝で静かになる空間、セリカが頭を上げると、その魂が親指を立てて笑った気がした、知ってる魂。
「・・・スティーブ。」
かつて倉庫でトオルと立ち回った男、私のファンクラブとか結成してた一人。彼もまた・・・
『セリカ!無事だったのね』
友人のエミーだ。最近できた気さくな友人、彼女ももう生きてはいないのか。
『さっさと彼氏のところに逃げなよ』
同じく友人のショーンが、セリカに次の行動の指針を示す。

 

立ち上がり、周りを見回すセリカ。その周囲にはアイランド・イフィッシュの人たちの魂が、続々と詰めかけてきていた。
近しいものはそのシルエットがうっすらと、そうでない者は光の玉のような形で、いつのまにか
セリカは蛍のような人魂に囲まれ、その中心で金緑色の髪を揺らして佇んでいた。
まるで廃都に立つ妖精のように。

 

『さぁ、行きなさい。今のお前なら周囲の把握も出来るはずだよ。』
父の幻影がセリカの肩に手を置き、促す。周りの魂も皆、応援してるように見える。
うん、とうなずき、駆け出す。宇宙港に向かって。まずはここから脱出すること、最終目標は
あの人のところまで行くこと。

幾多の魂の声援を受け、少女は駆け出す。絶望の道を。

 
 

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