紅い十字架_00話

Last-modified: 2008-08-23 (土) 17:56:27

C.E.74。一つの秩序が砕かれて、別の秩序が生まれた。
 運命に我が身を委ねる恒久的な平和か。
 自由という無限の広がりを持つ未来か。
 どちらにも綻びはあった。
 それでも、自由が勝った。
 だから知りえない。
運命に沿って歩むことを提唱した男の遺したプランが、

 

 まだ生きていることなど。

 

 誰も、知らない……

 

 ――……血が欲しかった。
「……」
 ――……肉が欲しかった。
「……――」
 ‘それ’は、空虚な眼差しで宇宙を見上げていた。

 

―C.E.74 某日―

 

 護れなかった。
何も救えはしなかった。
自分に与えられた力―守護者としての意義。
創造者の世界の象徴になるべく生み出されたというのに。
こうして不毛の土地にたった一人の同胞と共に横たわる自分の、何と惨めなことか。
色を失った身体を見下ろす。
手足をもがれた姿を嘲笑う。
言葉なく眠る同胞を哀れむ。
可哀想に。彼、あるいは彼女も、何もできなかった哀れな犠牲者だ。
私の力では同胞一人、死地から拾い上げることができないのか。
……いや、それも道理だろう。
私は、己の乗り手すら助けることが出来なかったのだから。
傷付き、倒れたあの人。
いつも何かに怒りをぶつけていた彼は、今頃どうしているのだろう。
その‘負’がもたらした結果は、正しいものではなかったとしても、せめて生きていてくれたらうれしい。
けれど、生きるということは彼にとって幸せなのだろうか。
彼の周りには色んな人がいたけれど、誰一人、彼を救ってはくれないだろう。
言葉という、私には決して無い意思伝達の手段を持ちながら、斬り合うしか出来なかった彼らに、私は何の期待も抱けない。
なら、誰が彼を救済する?
誰が彼を理解する?
理解を求めながらも互いにすれ違う者達にそれが出来るか?
答えは否だ。
だからこそ……

 

『……私ガ往カナクテハ……』

 

<ZGMF-X42S・DESTINY凍結---完了
 ZGMF-00VL・DESTINY起動---承認
 DESTINY、起動を確認
 以後の判断をユニゾンデバイス・イグレーヌに譲渡
 インテリジェントデバイス・カリバーンを補佐とし、
 ZAFT及びメサイアは一切干渉しないものとする>

 

―譲渡を確認。感謝します。
 ZGMF‐X42S構成外殻及び武装の分解・圧縮を開始。
 MX2351---完了。
 RQM60F---完了。
 MA-BAR73/S---完了。
 MMI-714---完了。
 M2000GX---完了。
 MMI-X340---完了。
 ZGMF‐X42S---完了。
 ZGMF‐X42Sより機動鎧生成---完了。
 基本形態としてIMPULSE・FORMを選択---採用。
 ZGMF‐00VL。これより擬装人体とともに時空転移を行います。―

 

 その日、月面は紅い光で満たされた。
その色は鮮血のようにも炎のようにも見えたという。
地球からも観測出来た光の奔流はやがて翼の形を成して広がっていった。
両翼が伸び切った瞬間、自重に負けたかのようにたわんで弾けた光。
千切れて粒子となったそれの行く先は、誰も知らない。

 

 その中心にいた者以外は。

 

 

―第97管理外世界 某日―

 

 朦朧とする意識。
何時倒れても不思議じゃないと相方は警笛を鳴らしている。
「……ウルサイデス」
所々、ずれて響く声。
まだ適合が不完全なのだと私は判断した。
それとも魔力の急激な消費の所為だろうか。
目標の追跡の為に時空転移までやったわけだが、幾ら自分が‘そのように’造られていたとはいえ、
無理があった。この身一つでの時空転移魔法行使など、まだ知識不足な私からすれば身に余る行いだ。
情報収集と衣類の確保も早急に必要だった。
本来、魔法には身を護る衣装を編む初歩的(だと思われる)な魔法があるらしいが、どういうわけか私は主が纏うべき機動鎧しか作り出すことが出来ない。
今はそれを仕方なく着込んでいるわけだが。
……今、気付いた。
この鎧はこの世界ではどう考えても目立つ。
足りていない私の知識でも、それを理解することは出来た。
が、裸体でうろつくわけにもいかない。
知識によると、それは俗に言う‘変態’というものらしい。
よく分からないが、兎に角あまり正常でないことのようだ。
今後、出会うべき主の世間体にも関わってくるだろう。
ただでさえ理解されない彼に、これ以上の重荷を背負わせるわけにはいかなかった。
「ドウスルベキナノデショウカ」
私は相方に問いかけてみる。
すると相方は、私の予想だにしない方策を打ち出した。
「ナルホド……シカシソレデハ戦闘ニナリマス。
……私達ノ能力ガアレバ問題デハナイ、ト。
シカシナガラ、ソレデハ犠牲ガ出マス。
……アナタヲ使エバ問題ナイト言ウノデスカ……」
私は相方の‘姿’を思い返す。
どう考えても、使用すれば死人が出る。
私が言えたことではないが、手加減など出来るはずもない代物だ。
元来、そう在れとされた仕様とはいえ、このような場合は不便で仕方なかった。
「……了解。
状況ヲ整理シマショウ。
課題ハ三ツ。
早期ノ適合ノ為の十分ナ休息。
主ヲ早急ニ発見スルコト。
最後ニ、衣類ノ確保。
以上ヲ急務トシテ、活動ヲ開始シマス」
目的を定めれば後は簡単だ。
さすがに相方の案はそのまま取り入れるわけにはいかず、私は我流でいくことにした。
大丈夫。頼めば話しは通じるはずだ。
私の知識が訴えかけてくる。
人は生まれながらにして善き存在であると。
だから、大丈夫だ。
唯一、心配なのは時刻。
果たしてこの時間帯に、目的の場所には人がいるものだろうか。
いなかった場合、どうするべきなのだろう。
……いや、悩んではいけない。
行動するのだ。
全てはそれからでも遅くない。
私は決意を胸に、夜も深い街へ繰り出した。

 



 

 僕は誰なんだろう。
何も無い僕がそんなことを考えること自体が間違いなのかもしれないけれど。
それでも僕はきっと‘誰か’だったはずだから。
何度も繰り返す自問自答。
僕が起きてから三日。
それだけ経っても、この不毛な行いを止められなかった。
あるいは慰めなのかもしれない。
こうして考えている間だけ、僕は自分が生きているんだと信じられる。
考えることしか、僕には出来ないから。
身体が水を求めれば脚が動いて水のある場所まで歩いていく。
お腹が空けば食べ物を探しに歩いていく。
勿体無い。これはまだ食べられるのに。
……自分に言い聞かせて、それらを口に放り込む毎日だった。

 

 こんなのは間違っていると泣き叫ぶ自分。
 何が間違っているのか分からない僕。

 

何かをしている間、ずっと僕はバラバラなんだ。
何時だってそれを止めようとする自分がいるから。
でも、考え込んでいるとその声が消える。
止めろとか駄目だとか、そんなうるさい声が消えるんだ。
何も聞こえない。
何も感じない。
ただ僕は思考する。
それしか、‘僕だけのもの’がないから。

 

 今日も、僕だけの夜が始まる。
そうしてまた思い知るのだ。

 

「僕は無力だ」と。

 

 第97管理外世界、『地球』。
ある日を境にして、とある街では大勢の身元不明者が発見されることになった。
彼らの共通点は二つ。
自分に纏わる全ての記憶を失っていること。
そして、うわ言の様に唱え続けられる言葉。

 

『僕は無力だ』

 

夜な夜な始まる自分無き者達の集会。
虹色の淡い霧に包まれて消えていく彼らは、何時しか街の人間からは忘れられていった。
それが何も、不思議なことではないように振舞われながら。
実体の無さは幽霊のよう。
しかし彼らは実在する。
 消えた者達とただ一人消えなかった少年。

 

 紅い双眸と無数のガラス球が向き合う時、
 不屈の心を持つ少女と運命の担い手の物語が交差する。

 

―SEED―

 

 それは、誰もが持つ可能性。
 運命の切り札はそこにある。