シンたち3人は、一人を加えてリビングに戻っていた。議長がとびっきりの紅茶を淹れてくれる。
あまりの張り切りようにレイは情けなさそうだった。
「あら美味しい、見事ねギルバート」
「お褒めに預かり光栄です」
我が魔導書に文句をつけようにも、議長の手前言い出せない。
「とりあえずさ、断章集めってどうすればいいんだ?」
「アザトース反応や怪異を追いかけて、私と一緒に行動してくれればどうにかするわ」
「ふーん」
どうにも要領を得ない。これだけ好き勝手振舞えるなら、自分ひとりで行動できそうなものだけど。
「せっかく形を保てるんだから、この世界を愉しまないと損よね。手伝ってねシン」
「いやだ」
「お兄様、お願い」
「まあ仕方ないかな」
なんだよレイ、どうして議長に向けてた視線を俺に変更するんだよ。
「ねえギルバート、戸籍とか身分照明とか、シンの住んでいる場所へのフリーパスとか、
お金とか、もろもろ用意して欲しいのだけれど」
「わかりました」
ぎちょう、それでいいんですか。
結局、夕食までご馳走になってしまった。議長は料理まで美味しかった。
元々俺を招いた時点で作るつもりだったらしい。久しぶりにレイと一緒の食事で喜んでいた。
血は繋がっていなくても、素晴らしい親子であることは見て取れた。今は亡き、家族との団欒を
思い出し少しホームシックになったのは内緒だ。
「さて、形も保てるし、おなかも一杯だし、今日のところは帰るわ」
「ギル、先に言っておきますが、外出ならともかく外泊は寮の規則に引っかかってしまう」
「むう、残念だね」
「帰るって何処に?」
「決まってるでしょシンの部屋よ」
「……男子寮なんだけど」
「気づかれないから問題ないわ」
「俺はシンのところではなく、この家に寝泊りすべきだと思う。歩く怪異がアカデミーにあるだけで
歪みを引き寄せる可能性がある。この家ならば一種の結界となりプラントへの影響は少ない。
「素晴らしい提案だレイ。いかがでしょうネクロノミコンの精霊よ。この家にホームステイする
というのは」
「嬉しいけど、契約なの。シンがまた夜が怖くて震えていたら、可愛そうでしょう」
「ぶっ、ちょ、だまれこの」
「あら酷い、隠すの? 昨日の夜はあんなに強く私を抱きしめてくれたのに、ベッドで一晩中
私の体が砕けそうになるほどしがみついていたのよ」
「シン、お前という奴は───知り合って一日もたたないうちにそんな行為に及ぶとはな、
しかも栄えあるアカデミーの男子寮で………見損なったぞ」
「規律をこうも容易く破るとは、なんらかの罰則が必要になるかもしれないね」
「誤解です! 事実無根です!」
食後の一時は騒がしく過ぎていくのであった。
「それではお世話になりました」
「何かあったらすぐに知らせてくれたまえ、出来る限りの援助を約束しよう」
「ギル、またシンと来ることになると思う」
「身体に気をつけるのだよ、レイ」
「さよならギルバート、またね」
「またお会いできる日を楽しみにしています」
三者三様の別れを述べ、アカデミーへの帰路についた。
住宅街を歩きながら、シンは余りにも浮いた彼女の服が気になりだした。
「……お前その格好何とかしてくれ」
「なあに? センスあるでしょ」
「俺達は何者に見えるかなあレイ」
「15歳になるかならないか不明な少女に、いかがわしい服を着せて住宅街を二人がかりで
連れ回している」
「という訳で、その寝巻きみたいな服をなんとかしてくれ」
「欲情した?」
「俺は年下は対象外なんだよ。妹がいたんだ」
「もう手間がかかるわねえ。そうね貴方達が卒業したらもらえる軍服、あれならどう?
あれなら及第点ね」
「ザフトレッドの女性軍服か、じゃあそれにしてくれ」
「分かったわ」
分かったというが早いか、彼女の服が解けて───解けて!?
「この馬鹿! 道の真ん中で脱ぐ奴があるか!」
「シンは本当に可愛いわね、恥辱プレイがお好みなのかしら」
とりあえず背を向ける。この喋る本の暴走をなんとかしてほしい。本当に。
「いいわよ」
振り向くと、そこにいたのは裸の、ではなくて、立派にザフトレッドを着こなした少女だった。
スカートではなくズボンなのでパイロットバージョンのようだ。帽子だけは以前のまま、
これだけは譲れないご様子。
……なぜだろう、モビルスーツに乗りたいと我が儘を言うネクロノミコンを容易に想像
できてしまった。そんな日が来ないことを切に願おう。
「せっかくこの格好になったのだから、貴方達の軍事兵器を操ってみたいわね」
「もうかよ!!!」
拝啓、お父様、お母様、マユ。お兄ちゃんはこれから大変そうです。
漫才を繰り広げながら、シンたち一行はようやくアカデミーまで戻ってきた。
「はあ、今日はもう寝るよ、流石に疲れた。レイはどうする?」
「俺は彼女と話したいことがある。先に休んでくれ」
「……人に迷惑かけないようにしっかり監視しといてくれよ、それじゃあまた明日」
「おやすみシン。また明日からよろしくね」
シンは無言で去っていった。返事する気力も尽きていたようだ。
「本当に可愛いわね、それでレイ・ザ・バレル、私に話って?」
「談話室に移動しよう」
などという会話を背中越しに聞き、後ろ髪を引かれる思いであったが、それでもシンは睡眠を
選択した。もう寝むりたい。精神的疲労が激しすぎた。
久しぶりに安眠した、あくる朝───ルームメイトの悲鳴で目を覚ましたシンは、部屋中が
粘着質の正体不明の液体、黄色いゼリーを存分に塗りたくられた、悪夢のような光景を
目の当たりにするのであった。
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