紅い死霊秘法_12

Last-modified: 2013-12-22 (日) 20:30:35

シン・アスカは憑かれている、そして疲れている。

彼は連日続く二重生活にまいりきっていた。



「食欲が、沸かない」

昼食のトレイを前にしてシンはスプーンを置いた。

ルナマリアを含め、友人達が気の毒そうに見つめてくる。

見るからにやつれているシンが食事を拒否する様は、心配するなという方がおかしい。



「食べるのも軍人の務めよ、そのうち倒れるんだから。まあ倒れてないのが不思議なんだけど、それはそれとして、食べないなら私がもらうわよ」

ひょいひょいとシンのトレイから自分のトレイに食料を移動させるルナマリア。

そんな姉の姿を、メイリンが化け物と遭遇したような視線で見ている。

「あれメイリン、プリン欲しかった?」

「要らない、欲しいけど要らない」

「いっぱい食べなきゃ駄目よメイリン、パイロットは体が資本なんだから」

喋りながらも一般人の1.3倍のペースで平らげるルナマリア・ホーク、やはりこの女只者ではない。



シンは健啖なルナマリアを羨ましそうに、他人から見るとうらめしそうに見詰めながら、落ち込む。

食べ物、特に魚介類が苦手になってしまった。今なら好物だったたこ焼きを口に入れた瞬間に吐く自信がある。

それ以外でも幻覚を見たり、寝れば必ず悪夢と、精神状態は最悪。

その内、自分の顔がインスマウス顔になるのではないかとビクビクしているぐらいだ。

ここ数日で眼窩が落ち窪んできたため、暗闇でシンを見ると悲鳴をあげたくなると専らの噂だが、食欲がさっぱり戻ってこないので仕方がない。



賦活魔術のせいか、中途半端に元気なため活動に支障はない。だが望めるのなら、まともな体でイカレた世界のことなど考えないでゆっくりと眠りたい。

だからといって賦活魔術を解けば、心臓が止まったり倒れるような気がするのは何故だろう?

長期療養などしては回りに置いて行かれてしまう。シン・アスカの目下の願いは、二重生活を維持しつつ健康体でいることなのだが、解決の糸口は見当もつかなかった。



そんな悩めるシンを遠めから見守る金髪と紅髪の二人組みがあった。

「失敗したかしら?」

口元に人差し指を当てて小首を傾げる紅い精霊。

「シンの体重を元に戻してくれ」

沈痛な面持ちで懇願する、赤服候補筆頭。



「書の内容に動じなければ、良く食べてすぐに治る。はずなのだけど」

「適正がなかったのだろう、シンは日向を歩ける男だ」

「そうだとしても、私と巡りあう時点で足を踏み外してるわ。魔術師と書の契約は必然。

素質は絶対にある、はず?」

「今からでも解約してやったらどうだ、本人が必要としたとき改めて再契約すれば良い。

勘だが、今の君は単独で行動できる」

「せっかくの縁を大事にしたいのよ。人の絆は大事よ」

「苦しめている本人が言う事ではないな。それと君に友情は似合わない」



きょとんとレイを見つめた後に、自分の言った言葉を反芻する紅の少女。

「そうね、今のセリフは私らしくないわ。やっぱりおかしいみたい、今の私は」

「……とにかく、早く対応策を練らなければシンは突然死するな」

「そうね、どうしましょう?」

二人の悩みは未だ解決をみない。



「話は変わるが、君は何故こんなところで堂々としていられる?」

「特務って説明したらみんな納得してくれるわ。

正体を探ることは軍機に抵触する、ちゃんと軍人になりたいでしょ、って説得するの」

「赤服を着るという事はアカデミー卒業者、上位10名の証だ。卒業者名簿に存在しない以上、疑念を持つなという方が無理だ」

「そこはそれ、私が真心を込めて説得すればみんな解決したわ」

暗に洗脳して回っていると告白する、自信あふれる人型迷惑発生本。



レイは瞑目した。

友人はこんな傍若無人な存在に憑かれているのだ、その心労は想像を絶した。





考え込むレイを尻目に、ぽんと手を叩いて、たった今思いついた名案を披露する名無し少女。

「良いコトを思いついたわ。ベタだけど、シンのトラウマをつついてやる気を出させましょう」

自分で自分の企みにうっとりしている。

レイは焦った、ここで止めなければ惨劇は免れない!



「全力で却下だ。シンは軍人になる、殺人マシーンや復讐鬼にされては困る」

「いいじゃない。どうせ魔術師なんて、野心家か復讐鬼か書に振り回されてるか、脳みその筋が違っちゃってるものなんだから。

そうでしょう、レイ・ザ・バレル?」

見透かすように、嘲笑うように少女は言う。少女は気づいているのだ。



「俺はただ、人並みに生きたいだけだ。分別は忘れていない。だからこそ魔術書も持っていない」

「いつまでもつのかしら? 人並みに生きたい貴方が、人並みに死ねるように祈ってあげるわ」

「祈るか…………誰に祈る? 何に祈る? 俺たち外れた者が祈れる対象などいるものか」

「それは、そうね…………どこかで我が子をほったらかして戦ってる、最も新しく、古い神様にでも祈りましょうか」

寂しそうに語る少女にレイは違和感を覚えた。

ついでにいじる標的が、シンから自分に移ったことにホッとした。



「俺は眉唾だと考えているがな」

「あら、人間がアレを否定してはいけないわ。

アレはちっぽけな人の願いによって産み落とされた奇跡。

未来永劫、過去永劫戦い続ける、無力にして無敵なるかみさまだから」

「本当に万能の存在なら、世界はもっとまともだろう」

「だから無力だって言ってるじゃない。世界というのは元々救いなんてないの。

だって本当の神様はとっくに狂っているんだもの。その神様が御創りになった宇宙は、最初から狂っている。

でも貴方達人間はここにいる。それはすごい奇跡なのよ」



饒舌に語る少女に、レイの違和感はますます増大していく。

魔術書というものは本来あちら側の存在について綴ったもの、つまるところ精霊とて人を狂わせるものに違いはない。

だが、眼前の少女から漏れる人間賛美とも取れる発言は、精霊らしいのだろうか?。

この少女は唯の、伝え聞くような当たり前の精霊なのだろうか?

レイの疑念は払拭されることはなかった。







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