「まさに蜘蛛の巣そのものだ、……そういやさっき敵の戦力を予想してなかったっけ」
「車じゃ言わなかったわね、敵はアトラック=ナチャ、アトラナートとも呼ばれる、ヴーアミタドレス山の地底に広がる深淵に巣を張る蜘蛛の神よ」
「蜘蛛っぽいけど、人間の形だぞ」
「本物じゃないわ。あれは、魔導書の記述から生み出されたモノ」
言い淀んだが、観念したように続きを吐く。
「私と同じ存在よ……」
「そうか、相手も魔術師と魔導書の精霊ってことか」
「そう、そうなのよ! 操ってる奴に気をつけてね、きっと死んだふりしたり、被害者の振りをしてるから」
我が意を得たりと、早口になるSDネクロノミコン、なんだか嬉しそう。
ちなみにシンは見事に勘違いをしている。これから戦う敵は自身の従者の頁から発生したモンスターである。
つまり元凶はシンの眼前にいる。
宇宙港を占拠したのが自分の一部と知れると、怒りの矛先が向いてきそうなので少女は誤魔化したのだ。
あとは気づかれないように頁を確保するだけである。
「と、とにかく敵を完膚なきまでに叩き潰すのよ!」
「分かった」
シン達は定期的に報告を済ませながら、ハイネの誘導に従い怪奇指数の高い領域に足を進める。
周りは蜘蛛の巣だらけだったが、途中に警備員や警官隊が撃ったとおぼしき薬莢や、弾痕も遺されている。死体が見つからないことにほっとしながらも、シンは歩くペースを速めた。
粘りつく空気と時間の中、慎重に探索を重ねていたところ、入出管理のフロアで異変を感じ取った。
相変わらずの蜘蛛の糸だらけだったが、人のうめき声が聞こえてきたのだ。
「こちらシン、人の声を確認しました。近づいてみます」
「こちらハイネ、オマエの位置は確認できてる、そのまま進んでいい。いいか人間をみても、すぐに触ったり救助しようなんて思うなよ。
この業界、被害者が化け物にされてるケースなんて山ほどあるんだからな。ミイラとりがミイラにならないように気をつけろよ」
「わ、分かりました」
先輩の指摘ももっともだと気を引き締め、進軍する。幾多の魔導書に記されていた、凄惨かつグロテスクな挿絵や情景が脳裏をよぎる。被害者が人間の形をしていることを願いならシンは歩みを進めた。
声の出所に近づき、蜘蛛の糸を掻き分ける。無論サブマシンガンはいつでも撃てるようにセーフティに指をかけておく。ロイガーで糸を切り分けながら、ようやく声の主を探し当てた。其処には、
「こ、これはすごい……」
「助平」
妙齢の女性、服装から推測するに入出管理担当の職員であろう人間が、蜘蛛の糸に捕らえられていた。
表現に憚られるが、その女性は局部を完全に露出したまま息も絶え絶えに喘いでいた。
「どうした! 何があった後輩!」
「ナニと言われても、ナンと言いましょうか、あの、その、任せた!」
主に軽蔑の視線を存分に叩きつけてから、被害者の検分を済ませ、報告する。
「蜘蛛の巣に絡まった、精気を収奪された女性を発見したわ。
健康状態は……今すぐどうこうじゃないわね、ただし放置しておくと衰弱死の危険性がある」
「精気? あぁ、そういうコトね、了解。病院と救急車の手はずを整えておく。
……精神科通いがまた増えるな。」
「そうならないように急ぐわ」
「ところで、君のマスターはこんな状況下で興奮できるとは、随分と余裕なんだな」
「スゴイわよね。この生死を分ける境界で、外法の理が渦巻くこの異界で、下半身に回す煩悩があるんだもの」
「まったく、ザフトも安泰だな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
シンはレベルが上がった。シンはラッキースケベのスキルを手に入れた。シンは顰蹙をかった。
「まあ冗談はともかく、敵は蜘蛛の糸で捕らえてから、貞操を奪っちまうってことだな。
敵の情報は最大限に生かせよ。後輩」
「シン・アスカ、了解しました探索に戻ります」
被害者から離れ、再び犯人探しに戻ったシン達は、その後も被害者を発見しながら宇宙港を制圧し、ついにソレと遭遇した。
「……いた」
悠然と佇む人影がある、一見して水着姿の美女であるが、自ら光りを放つ瞳などコーディネイターでもありえない。 何よりも漂う妖気が異形の存在であると教えてくれる。
自分の巣に迷い込んだシン達を獲物と捕らえたのか、敵対者と捕らえたのか定かではないが、こちらを見据えたまま動きは無い。
「とにかくダメージを与えればいいんだな」
「そうよ、後はこちらで処理するわ。勝つ事だけ考えて」
「分かった、やるぞ」
左手のサブマシンガンをセーフティーを外しながら敵に向ける。相手の中心、腹部を狙って引き金を絞った。
しかし50口径のモンスターブリッドが風穴を開ける寸前に、人影は揺らぎバネ仕掛けのように跳躍、あっという間にシンの真横に来ていた。
「っ!」
横に転がり、蹴りを回避する。
「迅い、だけど」
「ナイトゴーントよりは遅いわね」
従者の言葉どおり、普段の訓練相手よりも僅かに遅い。しかもナイトゴーントは空を飛ぶ。
この戦闘力なら十二分に押し切れる。そんな楽観論が形を成す前にシンの左腕に糸が絡みついた。
「投網か、こんなのっ!」
剣閃が奔り、巻きついた糸が両断される。ロイガーの切れ味は糸の強度を容易く凌駕するのだ。
体勢のくずれた相手に今度こそサブマシンガンのフルオート射撃を撃ち込んだ。
ドドドドドドドとアサルトライフルと聞き間違うような騒音が発生し、敵の腹部がズタズタどころか着弾部分を綺麗に抉りとるように吹き飛ばす。はっきり言ってサブマシンガンの威力ではない。
弾装が空になると同時に、腹部がなくなって支えを失った上半身と下半身がどさりと床に転がった。
「オーバーキルだよ、これ」
「大うつけ! さっさと止めを刺す!」
安堵したシンの油断をついて、蜘蛛女の無くなった腹部に頁が乱舞、寄り集まって再生をはたす。
「しまった!」
弾が敵の体内に残れば再生を阻害できたが、強力すぎたことが仇となってしまった。
弾装を交換し再照準する前に、敵は地を這うように隣のフロアに逃げ込んでしまった。
「追いかけて! ダメージは与えてるわ、回復される前に片付ける。走って!」
落ち込む暇などないようで、全力で隣のフロアに駆け込む。
其処は被害者も巣の量も先ほどのフロアの倍近くあり、足下まで糸が張り巡らされていた。
急ぎながらも慎重に巣を躱わし、追跡する。
素早い追撃が功を奏したか、ほどなく敵は見つかった。ただし被害者に隠れるように待ち受けていた。
「くそっ、人間を盾にして」
使えなくなったサブマシンガンをすぐに破棄すると、空いた手にツァールを招喚する。
動きの鈍った獲物に呵責のない攻撃が加えられるが、ロイガーとツァールの二刀流で対抗する。
相手を絡め取るべく糸を出し続ける敵と、縦横無尽に剣を振るい、前進しようとするシン。
糸と剣、二人の間でしばしの拮抗状態が生まれたが、先に折れたのはやはり短気なシンの方だった。
横っ飛びで一瞬の間隙を作り出すと、二剣を組み合わせ十字剣と為す。
そして槍を回転させる要領で、十字剣を扇風機のように回しながら敵に突っ込んでいく。
「吹き荒め、鋼鉄の風!」
その姿はまるで、ソリッドな鎧を身に纏う、勇者とまで呼ばれた裏切り者のよう。
魔力を孕む竜巻のような風が、放射状に押し寄せる糸の悉くを弾き散らす。
「もらった!」
盾とされた人に当てないために、ゼロ距離まで接敵してからの袈裟切り。
しかし敵も然る者、紙一重で斬撃を躱わす、シン渾身の一撃は薄皮一枚切り裂くに留まった。
パラリと蜘蛛女のレオタードがはだけ、豊かな双丘がポロリとまろびでる。決してわざとではない。
「助平」
冷たい罵声が飛んでくるが、断じてわざとではない。わざとではないのだが、シンのラッキースケベはレベルがあがった。
予想を超えるシンの戦闘力に恐れをなしたのか、悔しそうな顔を浮かべ、アトラック=ナチャの精霊は踵を返して最後のフロア、宇宙船の発着場へ消えていった。
「追いかけないと!」
「止まりなさい、息が切れてるわ。気も乱れている。魔術師なら如何なるときも冷静で在りなさい」
渋々立ち止まり、深呼吸する。指摘されたとおり興奮して気づいていなかったが、ロイガー、ツァールの連続行使は体力、魔力を削っていた。
シンは高ぶった自身を落ち着かせながら、先ほどまでの戦いを振り返った。
我ながら巧く戦えたと安心する主だったが、ちっこい従者の顔は苦虫を噛み潰したかのようだった。
「なんだよ、なんか悪かったか?」
「戦闘のことじゃないわ、猛烈に嫌なデジャビュを覚えたのよ。念のために釘を刺しておくのだけど。
もしも捕まって姦られたりしたら、初体験が虫姦の少年がいたとか、魔導書をオナニーアイテムにしていたとか言いふらすからね」
「ちょっおま」
「万が一、万が一にでも、私に汚い体液を振り掛けようものなら、貧相なモノを八つ裂きにしてルルイエにばら撒いてあげるわ」
「ひ、貧相っていうわぁ!」
シンは抗議の最中に突如として引き摺られていった。見ればシンの足には幾重にも極太の糸が絡まっており、それがシンを捕らえていたのだ。
SDネクロノミコンは滞空していため難を逃れたが、主を攫われてはどうしようもない。解呪しようにもシンは既に発着場へ消えうせていた。
数秒で少女は何が起こったかを見抜いた。敵は集団戦を想定してあらかじめ罠を用意しておいたのだ。
このフロアに入ったときに跨いだ糸がそれだろう。あとは油断したときに思いっきり引っ張って大量収穫という寸法だ。例えるなら地引網。
「なんて………お約束な男」
ため息が零れる。ますますデジャビュが酷くなる。多分待ち受けている光景は、アレがナニして噴き出すことになるのだろう。
無論そんなものを付き合う気は毛頭無いので、周辺の被害者の衣服を切り裂いて、加工して、糸で裁縫して、即席の傘を造る。これで汚い雨は防げることだろう。
さっさと主を助けに行こうなどとは露ほども思わない。まずは安全を確保してからだ。
「後輩! 応答しろ! シン! 何があった」
傘を造っている間、落ちた無線機ががなりたてていたが、SDネクロノミコンは完全に無視していた。
傘を作り終わったのでようやく応答する
「あ、ハイネ? 偉大なるマイマスターは敵に捕まったわよ。だけど慌てなくていいわ、交戦して分かったけど中の下くらいの相手。次で勝てるわ。犠牲はシンの童貞だけよ」
「信じて、いいんだな」
「任せなさいな」
「………分かった。オレたちはまだ突入しない。頼んだぞ」
「次の報告は勝利の報告になるから、後始末の準備して置いてね」
無線機を放置して主へ追いつくべく移動する、が、身体の小ささもあり速度は遅かった。
焦らずとも相手の特性からして即殺されることもない。もしかするとマギウススタイルのシンが返り討ちにしているかもしれないし、まあゆっくり行きましょう。とフワフワ飛んでいく元凶さんでした。
その頃、あっさり捕まったシン・アスカは、目の前で風俗店かと見間違う光景を見せ付けられ、とっても元気だった。訂正、シンの一部はとても元気だった。
シンの前で繰り広げられる現場のタイトルは、シンプルに『蜘蛛女のお食事』と命名した。
ヴィーノが居たら喜びそうな光景、カメラが無いのが大変惜しい。ではなくて反撃しないとまずい。
ロイガーとツァールを出そうにも魔力が集まらない。原因は目覚めた直後に喰らったディープキスだ。
目蓋を空けた瞬間に腔内を蹂躙した舌と、迸しった牝の匂い、おっぱいの重さ、飲まれる唾液。
精気を吸われ、弱りきったところで襲われてしまうものと緊張したものの、敵は違う獲物にのしかかって行った。
ほっとしたのもつかの間。敵と被害者の痴態に激しく興奮してしまうのは、少年として仕方ないと言いましょうか、
もしかして僕はメインディッシュ扱いで、美味しくなるまで焦らされているのでしょうか?
目を開いても天国、いや地獄。目を瞑っても痴態が気になって地獄。まさに拷問タイム。
そんな短いような長いような時間が過ぎ去り、姦られていたモブっぽいおっさんは力尽きた、
苦しそうでちょっぴり満足げ顔だった。
そして奴は来た。今度はキスで済ます気はないらしく、ベルトを優雅に外すとズボンをいやらしく、ゆったりと降ろしていく。股間のナニはもうはちきれんばかりです。
外気に晒された息子さんはヒクヒクと喜んでおりまして、父親としては情けないことこの上ない。
奴はわざわざレオタードの胸元をはだけさせ、乳房を自分で鷲掴みにして、魅せつける。
その扇情的な零距離ストリップでシンの性器は触らなくても発射しそう。しかも追加攻撃が来た。
フゥーーーとシンの繊細な部分に息を吹きかけたりなんかしちゃってくれた。
「はぅあ!」
ヤバイ出そうです。でもシン・アスカは男の子、頑張れ僕。脂汗がこめかみを流れていく。逝きそう。
アトラック=ナチャはシンの反応が大変お気に召したらしく、にこやかに微笑んでから、不意打ちでぱっくりとナニを咥え込んだ。
「ひぐっ!?」
15歳の成人前、女性経験なしの少年は瞬時に陥落間際となる。敵はあまりにも強大で、シンの理性はあっさりと白旗を掲げ始めた。被害者達が片っ端から精気を吸い取られていた理由が良くわかる。
これに耐え切れる男などいるものか。恥も外聞も未来も使命も命の危険も何処かへ消えてゆき、滾る情欲の全てを、熱い精の全てを吐き出した。
───いや吐き出すはずだった。その寸前、従者の遠い呼び声がなければ。
「マユちゃんが見てる!」
シンは幻視した。天国の果てから、最愛の妹が死んだ魚の目をして落伍者を見下すのを。
「うわあぁぁぁぁ!!!」
肉欲を粉砕する、お兄ちゃんとして譲れないプライドが息を吹き返し、妖女を押し飛ばした。
すぐさま距離を取るとズボンをあげる。なおシンの愚息はまだまだ元気です。
「御愉しみ中に悪かったわね、お兄様」
「頼むから後にしてくれ。それと内緒にしてください」
「高いわよ」
敵のアトラック=ナチャに関する精霊は食事を邪魔された怒りを顕にすると、本気になった。
似つかわしくない野太い唸り声を放つと、めりめりと美女の姿が割れ、内側から、どう見ても蜘蛛です本当にありがとうございました。と主張する化け物が姿を現した。
シンの一部のステータスが一気に下降し、代わりに怒りと哀しみと情けなさとが込み上げて来る。
別に出しちゃったワケじゃないけど、自分の女性初体験がこんな、こんな……。
形容しがたいファンキンガッツに支配されたシンには、もはや武器を持ち出す思考さえなく、そのマグマの如く湧き上がる衝動のままに、化け物蜘蛛に殴りかかった。
敵も全力全開とばかりに今までよりも大量かつ密度の高い糸を繰り出してくるが、風より迅く動くシンには無力。残像を起こしながら糸をパッシングスルーして敵の眼前に躍り出る。そして、
「ふっはっくらえ! ふっはっくらえ! ふっはっくらえ! ふっはっくらえ!」
神速の通常攻撃三連弾が四度打ち込まれた。一度目はガードされ、二度目でガードが崩れ、三度目は直撃し、四度目でダウンした。その機を逃さずシンは前方へ一歩距離を詰め、
「いくぞ、妖蜘蛛衝追撃!」
説明しよう。妖蜘蛛衝追撃とはシン・アスカが今考え出した我流奥義である。永遠のお兄ちゃんであるシン・アスカのみが扱い得る巨大蜘蛛を投げ飛ばす必殺技であり、何故か発動中は爪が光るのだ。
消費TPが40なので乱発は大変危険である。
ドタンバタンとブン投げられ、ぐったりする巨大蜘蛛。それでも怒り収まらぬシンは、さらにロイガーとツァールを招喚して滅茶苦茶に切り刻み始めた。
「よくもよくもよくもよくもよくもぉー!」
容赦など微塵も無い。MSN-04の二刀流連続攻撃の如き猛攻撃を行い、蜘蛛を挽肉に変えていく。
「なるほどねぇ、怒った状態が一番強い……もっともっと罵倒した方が訓練にいいのかしら?」
「勝ったな」「ああ」と一人芝居をしつつ、のほほんと観戦モードに入ったSDネクロノミコン。
切り刻まれ、踏み潰され、叩き潰され、三次元から二次元に変わり果てていくアトラック=ナチャ。
その情景を満足げに眺めながら、少女は脳裏に新たな訓練メニューを組み立てはじめた。
全ては計画のために。そう当面の愉しみとして考え始めた計画、その恐るべき暇つぶしの名前は『目指せアデプトクラス・アスカ育成計画』という。
飛び散る血飛沫を傘で防御しながら、その計画がまた一歩完成に近づいたのを喜ぶのであった。
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