艦内点景◆炎のX好き氏 17

Last-modified: 2016-03-05 (土) 11:58:38

艦内点景17
 
 
艦内点景(相談編)

テクス医師の医務室に、アスラン・ザラが訪れた。
「相談があるのだが…」
「艦長…いや、今は司令官殿か。呼んでくれれば、こっちから出向いたのに」
テクスは表情を変えず、一瞬だけ、視線を上に向ける。
「執務室では…ちょっと」
アスランは消耗しきっていた。
「メイリンとか?ほどほどにしとけよ」
テクスはポーカーフェイスを保つため、冗談めかして言う。
「そういう訳じゃ…いや、それだけじゃないんですよ」
アスランはそう言って、虚ろに笑う。
「絶えず誰かに監視されてる様で、気が休まらないんだ」
そう言う間にもハラリ、ハラリ、とアスランの髪の毛が散っていく。
テクスは敢えて、それからは目を逸らす。
「多分、ストレスからくる強迫症だな。
司令官になったし、ガロードがメサイヤにG-ファルコンで突敢したり…ウイッツにも殴られたんだって?
ストレスも溜まるさ」
「そう…でしょうか?本当に誰かが見ているとか…」
「強迫症の患者は皆、そう言うんだ」
また、テクスは一瞬だけ、視線を上げる。
「…そうでしょうか」
アスランはうつむき、不安げな声を出す。
「そうさ。今日は薬を出そう。今夜くらいグッスリ寝るんだな。
明日以降は、無精しないで、時間を作ってでも、リラックスする事だ」
「…分かりました」
テクスから、薬をもらったアスランは、入室時より肩を落として、医務室を出て行った。
扉が閉まる。
しれを確認して、テクスは上を見る。
今度は視線だけで無く、顔ごとだ。
さっきアスランが入ってくるのと同時に、医務室の天井にヘバリ付いていたメイリンが、羽毛の様にフワリと着地する。
見たところ、手足に吸盤やマグネットの類はついて無い。
どうやって天井に張り付いていたのか?コーディネィターはヤモリの遺伝子を組み込んであるのか?突然変異した、怪しい蜘蛛でも喰ったのか?
『いや、この娘の事だから、恋する乙女の底力。だな…』と、テクスは思う。
メイリンはペコリと可愛いらしく会釈。
「ん…まぁ…ほどほどに、な」と言うテクスに、メイリンは世界中の幸せはここだ、といった見事な笑顔を向ける。
照れてるのか、頬が少し赤い(何故照れる!?)
そして、小さな箒と塵取りで、床に散ったアスランの抜け毛を掃き清める。
「コーヒーでもどうかな?」と、言うテクスに、
「ありがとうございます。でも、急ぎますから」メイリンは、もう一度、丁寧に会釈をすると、春風の様に爽やかに、医務室を出て、アスランの後を追った。
『医者には治せない類の病だな』とテクスは思う。
自分には、どうにも出来ない事だ、と再確認して『頑張れ。アスラン。メイリン』
テクス医師は無責任に徹する事に決める。
『暖かく見守ること"だけ"は、するからな』
そして、何事も無かったかの様に、日常業務に戻った。

(おわり)
 

艦内点景(漁業編2)

ステラは戦っていた。
再びガイアで、遠洋漁業に出たステラ。
深海の暗闇の中、光増感されたモニタディスプレィに、『そいつ』の巨体が浮かび上がる。
強敵だ。
ステラの鋭い視力は、無数の歴戦の傷跡を、そいつの全身に見て取った。
中には先に戦った、ダイオウイカの吸盤痕と思しき物もある。
少なくとも、ステラが苦戦した、ダイオウイカと戦って生き延びた猛者なのだ。
しかし、ステラもバカでは無い、今回はインパルスのMS用コンバットナイフを用意してある。
だが、先制攻撃は『そいつ』の方が早かった。
突然、ソナー用モニタが真っ白になった。
そいつの放つ、強力な超音波だ。
ガイアの構造材の一部が共振する。
コクピットが不快に揺さぶられる。
共振の影響で、ガイアの駆動系が数瞬間、誤作動を起こす。
「うえぃ!」
光学モニタに『そいつ』の鋭い牙の並んだ、大きく開いた顎(あぎと)が、突進して来るのが見えた…。

———「へえ、クジラとイルカって同じなんだ」
「正確に言うと、クジラは『ヒゲクジラ』と『ハクジラ』に分けられ、
マッコウクジラ、イルカ、シャチ、等がハクジラ亜目で、生物学的には大きさ以外、区別は無い」
オーブ本土、キッド相手にテクス医師が、得意の雑学を披露している。
「ハクジラ亜目はれっきとした、肉食補乳類だ。
シャチがだけが強暴で、クジラとイルカが優しい、と言うのは人間の根拠無き、偏見だ」
「はぁ〜、昔の人間って、頭悪かったんだね」と言うキッド。
「AWだって、生物学的根拠無しにアースノイドだ、スペースノイドだ、ニュータイプだと争い。ここもまた、ナチュラルだ、コーディネイターだと、争う。後世の人間から観たら、決して賢くは思われないぞ。
仮に昔の人間が、我々の事を観たら、自分らの方が、よほどマシだと思うかもしれん」と、テクスがたしなめる。
「む〜…」
「結局、人間はどこまでも、人間なのだろうな」
テクスが、生物学的根拠無しに、雰囲気だけで、話をまとめた。

———「うぇい。こいつ、いい奴。戦って判った」
ステラのガイアが、隣に浮上している『マッコウクジラ』の肩(?)を叩く。
クジラもそれに答え、嬉しそうに潮を吹く。
『長いこと、上がって来ないから、心配してたんだぞ』と、言える雰囲気じゃないな…。
クジラの吹いた海水の降り注ぐヤタガラス上部デッキで、ずぶ濡れになりながら、シンは思う。
背景は、赤く大きな夕日。
ガイアとクジラが、少年マンガの主役だったら、河原に並んで力尽きて倒れ込み、
『なかなかやるな』『お前こそ』等と、会話を交わすことだろう。
やがてクジラは、お約束通りに、夕日の彼方に帰って行った。
ステラは、いつまでも手を振って、クジラを見送っていた。

———今回の漁獲高…ゼロ。
ただ、熱い友情が生まれた…。

(おわり)