虚空、果てなく_~SEED OF DOOM~_Middleintermisson-2

Last-modified: 2008-08-06 (水) 07:23:08

          Middle Intermisson-2
              凶賊の永訣 忠臣SIDE

 

 吾輩は死を恐れぬ。
 既に一度、ステュクスとやらを渡りかけた身ゆえ。
 かつて戦場で爆風により頭を吹き飛ばされ、当にこの世にいないはずだった吾輩がまだこの世に生を
つないでいるのは、わが主の人知を超えた科学力ゆえである。
 主によってこの世に繋ぎ止められて以来、吾輩はその主の世界制服の野望のために力を尽くしてきた。
 はっきり言おう。
 わが主は天才的な頭脳の持ち主であるが、お世辞にも高貴なる人間とは言えぬ。
 裏町の溝鼠が何かの間違いで神のごとき知恵を得たような、そんな存在であろう。
 本来ならばプロイセンのユンカーの血を引く吾輩が仕えるべき主とは言えぬ。
 されど、吾輩は義を重んずる騎士でもある。
 命の恩人である主に対して忠義を尽くさずば、我が一族の旧西暦時代以来の伝統に傷がつく。
 その一念で、理不尽なる主の命に従ってきた。
 しかしそれも今日までの事。
 我らは最後の時を迎えている。
 主より我が軍団の母艦として託された飛行要塞に吾輩と主は乗っていた。
 本拠地を解決させられての当てのない逃亡である。
 しかしそれはほんの数時間の逃亡に過ぎなかった。
 追いついてきた鋼鉄の巨人どもに我が飛行要塞は撃墜されたのだ。

 

 そして今、吾輩はここにいる。
 かつて垣間見た冥界の入り口とはまた違った、見知らぬ場所に。
 主の生死は不明だ。
 これもはっきり言えば、生死自体は大して気にしておらぬ。
 吾輩が最後の最後まで主に殉じたこと、それさえ認識してもらえれば、主が生きながらえようと逝こうと
かまわぬのだが、それを確かめる術はない。  
 それだけが、心残りである。
 いや、もうひとつ心残りはある。
 吾輩が矢面に立って戦ってきた鉄の巨人。
 その中に乗って、われ等が野望を阻み続けた戦士たち。
 彼らに対する敵意と同じくらい、吾輩には羨望の念もあった。
 わが主も同様のものを手駒として吾輩に与えてはくれたが、それは自律回路にて制御さるるものである。
 吾輩も鉄の巨人を騎馬とし、戦場を駆けてみたかったものよ。
 それもいまさら詮無きこと… しかし、ここはどこなのだ。
 明るい光に照らされたこの場所が地獄とは思えぬが、天には太陽を模したような光球が中天に燦然と
輝いている。
 地球を照らす太陽とは似て異なる物である。
 されど、ここが何処であろうと、吾輩は既に一度は死したる者、懼れるものなど何もなし。

 

 

              凶賊の永訣 僭主SIDE

 

 息が苦しい。
 全身が痺れて痛みすら感じない。
 背骨に風が当たっている。
 体のあちこちに大穴が開いているのか。
 誰か、誰か助けてくれ……。

 

 彼は救いを求めていた。
 墜落し爆発した巨大航空機の残骸の中で、壊れた機械と機械の間に挟まれ、体の一部はミンチとなり
内臓のいくつかが零れ落ちている。
 そんな状態で彼は救いを求めていた。
 普通の人間ならば、極限状態では母親に救いを求めるという。
 しかし彼は母親を下等な家畜同然の人間と見下しきっていた。
 彼がその面影を思い浮かべ、救いを求めたのは一人の女性だった。
 彼は並外れた天才的な頭脳を持ちながら最悪の家庭環境と陰鬱な容貌から人に疎まれて育った。
 そんな彼に初めて優しく接してくれた一人の女性。
 しかし。
 彼女は別の男と結婚してしまった。
 しかも。
 今彼を襲っている災難。
 全身を半分磨り潰される悲惨な状況に彼を追い込んだのは、その男の作ったマシーンと、その男の
息子が作ったマシーンと、その男の弟子が作ったマシーン。
 そればかりか。
 その男の息子の母親は彼女であり、マシーンのパイロットの一人の祖母もまたしかり。
 人生の中でただ一人光り輝いている女性の息子や孫によって、彼は死の淵に瀕していたのだ
 なんと哀れな人生なのだと自嘲する。
 長じて彼は天才科学者として数多くの発明を為し、莫大な富を手に入れたがそれでも少年期・青年期
の心の荒みは癒せず、エーゲ海の孤島・バードス島で古代文明の遺産「機械獣」を手に入れた時から
世界征服の野望に取りつかれた。
 一年戦争の混乱を利してバードス島に秘密基地を建造。
 数年後、恐竜帝国の地上侵攻と妖魔帝国の復活という好機にいよいよ世界征服へと乗り出した。
 しかし。
 その彼の野望は恐竜帝国のあえない撤退により目算が狂い始めた。
 異星人バルマー帝国の襲来に乗じて侵略活動を開始したはいいが、地球圏の混乱は各勢力が保有
していた特機や精鋭人型兵器部隊の結集を生み、彼の勢力では太刀打ちできない物になってしまった。
 二人いた腹心の一人もその戦いで命を落とした。
 そんな強力な軍団がダカールでのティターンズとの決戦で姿を消した。
 それから三ヶ月、彼は待った。
 衝撃波からの地球圏防衛計画「イージス計画」の達成を。
 さすがにこの計画の邪魔をすれば、世界征服に成功したとて手に入るのは荒れ果てた廃星だからだ。
 計画成功と同時に、密かに増産した機械獣の大軍団で一気に世界を制圧する。
 その夢は、まさに計画達成寸前に鋼鉄の軍団が戻って来た事により霧散した。
 のみならず、増産した機械獣の配備により密かに用意した新本拠を突き止められるという逆効果。
 新たな力を得た「鉄の城」と「偉大なる勇者」によって新本拠「地獄城」は陥落。
 空中要塞で脱出をはかったが撃墜され、今こうして瀕死の重態になっていた。

 

 走馬灯が回り終えると、彼の内心に怒りが湧き上がっていた。
 客将でありながら、敵来襲の肝心な時に地獄城から部隊を率いて逐電した男への怒りを。
 その男が擁していた新型の妖機械獣を根こそぎ失ったがために、逃亡すらかなわずここで
物言わぬ骸になりかけているのだ。
 それとは逆に、共に空中要塞で逃げた、残る腹心の部下の安否が気づかわれた。
 彼にもまだ、一片の人間性が残っていたのだ。
 その部下は彼自らの施術で死の淵からサイボーグとして復活した元軍人。
 同じように墜落に遭っても無事な可能性もあったが、生命反応はなかった。
 最も恃みとする腹心すら心底から信じられない彼は、部下の生命を文字通り握っていたのだ。
 常に手にし、今も動けぬ自分の目の前で転がっている杖には、部下に与えた第二の生を停止
させる仕掛けが施されていた。
 そして杖には宝石が二つ埋め込んである。
 そのうちの一つは先ほどまで、空中要塞が撃墜されるまでは自然の照光反射とは別の光を
発していたが、今はもう一つの宝石同様に光を失っている。 
 増幅光の消失は生命反応の途絶えた印だ。
 出来れば使いたくなかった二つの装置は、二人の腹心が最後まで彼に殉じた事により使わず
に済んだ。
 心の底から、改めて二人の腹心の冥福を祈る一方で、裏切り者への猛烈な怒りが、彼の中
に渦巻く。
 死んでも死に切れないとはまさにこの事か。

 

 結局、彼はここでは死ななかった。
 その優秀な頭脳を惜しんだ地下勢力により回収され、巨大サイボーグに改造され、再び宿敵
たちの前に姿を現す事となる。
 宿敵たちへ復讐心のみならず、裏切り者への悪意と、部下たちへの弔意を胸に秘めて。
 そして彼はその数奇すぎる人生の最期には「地球人」として逝った。
 無論知る由はない。
 彼の最後に残った部下の生命反応が消えたのは「死んだ」からではなく「消えた」からだと言う
ことなど。 
 そう、それは死ではなくこの世界からの消滅であったのだ。

 
 

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