赤い翼のデモンベイン09

Last-modified: 2013-12-22 (日) 20:10:08

 戦いが始まった。

 否、それはただの処刑だった。

 デモンベインの宇宙における推進機能はシャンタクと、両足にある時空歪曲を利用した反発のみだった。

 動かすだけで精一杯の状況では、機敏に動くことなどできず、竜の翼も召喚できない。

 効きもしないバルカンを放つのが精々だ。

 微かにクリティオス、ティマイオスを起動しながら前進し、魔力を込めた両腕で殴りつけるのが限界。

 いや、敵の前で静止する愚を犯し、全ての魔力を右腕に注いだなら、必滅の呪を打ち込めるかもしれない。

 だが、その一撃とて心臓がない以上、決定打となるか疑わしい。

 今のデモンベインにできるのは鈍い体を全霊で動かし、拳を振るうことだけだった。



 対してストライクフリーダムは、その機動性と敵に対して半分以下の体躯を生かしながら、デモンベインを嬲り始めた。

 フェイズシフトを纏った拳で、ラケルタビームサーベルで、連結ライフルで、ヒトガタの巨人をただの鉄塊に、人の希望を磨り潰すように、ひょいひょいとかわしながら、魔を断つ剣を弄っていた。



 傍目には子供に好きなように殴られる大人だ。

 その姿は無様なこと、この上ない。



 アスランは四肢を粉砕されたジャスティスの中で泣いていた。

 あまりの不甲斐無さに、バイザーを上げ、声を出して泣いていた。

「なんて、なんてバカヤロウだ俺は」

 そうだ、あの陽電子砲が効かなかった時に絶望していなければ。

 あの巨人と、魔を断つ剣と戦えたのに。

 今は何も出来ない亀だ。役立たずのバカだ。



「貴様等! 何を呆けている!

 落ち込んでる暇があったら弾除けにでもならんか。

 このキョシヌケどもー!」

 デュエルだ。ラクスを送り届け、再び絶望の戦場へ帰ってきたイザークだ。

 その背後には、同じく戦闘初期に損傷し、母艦で修復してイザークに従う、

 ゲイツが2機、ストライクダガーが2機、両手に盾を携えて飛んでいた。



「イザーク、お前戻ってきたのか」

「寝言は後にしろ、これよりあのデモンベインとかいう機体を援護する。

 全ての命のいらん奴は、俺たちの弾除けになれ!」

 その通信はバッテリーの切れていないモビルスーツに伝わり、かすかな希望の灯をともした。



「イザーク……

 俺のリフターを使え、元々フリーダムのグゥル代わりのものだ、盾にでも移動ユニットでも好きにしろ」

「それは、ストライクのパイロットにくれてやれ。

 奴の持つ砲が、今この中で一番強力な攻撃だ、奴と俺で特攻する」

「ストライク……キラ?」

 そこには、右腕を肩からもぎ取られ、右足を吹き飛ばされたストライクがよたよたと近づいていた。イザークの手配でフォビドゥンのバッテリーを移し変えたのだ。

「往ってくるよ、アスラン。僕に力を貸して」

「キラ……。

 分かった、俺たちの分まで頼む」



「ZAFTへ、いや全てのパイロットへ、今からデモンベインを支援する。

 デュエルとストライクの突入を命をかけて援護しろ!

 我に続け!」

 再びアスランの号令が入り、大破したモビルスーツたちが集まってくる。

 最後の、人類の最後の抵抗は未だ終わらず、無謀と蛮勇を胸に、

 今一度の奇蹟を起こさんと、仲間を盾にしながらの再攻撃が始まった。





 ストライクフリーダム本体は、デモンベインをいたぶることに集中している。

 もはや雑魚は移動砲台で十分だと、完全に無視していた。

 その油断に全てをかけ、パイロット達は槍の穂先のように突撃していった。

 全てはストライクとデュエルを届かせるため、核を防ぐ相手に、

 如何ほどの戦力になりえるかなどと考える者は誰も居ない。

 ただ何かせずにはいられない、ただ屈するだけなど人間ではない。

 勝てるはずの無い相手に向かって、ただ無心に盾となって突き進む残骸たちは、愚かしくも美しいものだった。



 危険認識を改めたのか、その突撃を嘲笑うように、もはやなるべく殺さないなどという行動を取らず、移動砲台は容赦なくコクピットを狙い始めた。



 槍の中心でイザークは怒りを抑え、平静を保っていた。

 倒せない。そのことはよく分かっていた。

 だが倒す。必ず倒す。

 コーディネイターらしくもない精神論だが、兵士として、人間として引くわけにはいかない。自分達が敗北すれば世界がアレに飲み込まれると分かっていた。

 プラントには同胞が居る、母が居る。それで命を賭けるには十分だ。

 次々と脱落していく仲間達の残骸を掻き分け、イザークは一撃を与えるべく、意識を氷のように研ぎ澄ませた。そこへ、

「デュエルのパイロット、初撃は僕が撃つ。

 この砲は拡散することもできる。

 目くらましにするから、その隙に装甲の隙間からコクピットを狙ってくれ。

 それと、僕は君を憎む理由がある、後で殴ってやるから生き延びてくれ」

「分かった。

 それとな、俺も貴様が憎い。

 戦争なのは分かっている、だが、貴様は大勢のZAFT軍人を、俺の友を討った、見当違いかもしれんが、俺も貴様を殴りたい。

 だから、貴様も生きろ」

 互いに激励をかけると、近づく標的を前に二人は集中した。



 近づく、近づく、近づく。

 砲の射程内に入っても、デュエルが一息で接近できるまで。

 命を代償にして近づいていく。

 来た───

 ストライクはリフターをストライクフリーダムへで突撃させると、離脱。

「Dig Me No Grave!」



 緑色の光線が幾重にも別れ、リフターを回避した敵機を追尾する。

 胴体部分を光の盾で守るストライクフリーダム、

 されど狙いは最初から装甲の薄い頭部。

 枝分かれした光は頭部のデュアルアイに収束し、一瞬敵の視界を融かす。

 そこへ、

「フリィィィダムゥーーーー」 

 デュエルが吶喊する。

 たまらず、熱源反応へ予測射撃を行う敵機。

 デュエルはシールドを構えた左腕ごと吹っ飛ばされながらも、ビームサーベルを逆手に振り下ろし。

 首の装甲の隙間からコクピットへ、サーベルを突き通した。



 だが、止まらない。やはり止まらない。

 敵を殺しきれない、反撃の腰部キャノンで股間部から下を消し飛ばされる。

 やはり駄目だった、そうイザークの予測どおりに。



 そのままサーベルを捨てると、あろう事かストライクフリーダムを羽交い絞めにする。

 敵の移動砲台は全て射出後だったため、背をとることが出来た。

 ストライクフリーダムは、密着した敵を倒す行動プログラムは学習していない。

”キラ・ヒビキ”は自機を傷つける反撃行動を行えず、一時的なパニックを起こす。



「今だ、やれデモンベイン!」

 イザークはデモンベインの兵装など知らない。

 それでも、この理不尽を仕留められるのは、同じく理不尽しかいないと確信していた。

 自己犠牲なんて言葉はニコルが一番似合うのに、俺に回ってくるとは分からんものだ。

 イザークは微笑った。



 ベルデュラボーの躊躇った時間は刹那。

 全身へ送っていた魔力を両足に集中し、

「断鎖術式壱号、弐号開放」

「イエス、マスター、ティマイオス、クリティアス完全開放」



 両足の空間が歪み、元に戻る瞬間、宇宙を蹴り、瀑布の如く突撃するデモンベイン。

 みるみる接近するストライクフリーダム。



 渾身の一撃を打ち込む寸前、魔力をカット、近接粉砕呪法を停止。

 ただの回し蹴りを打ち込み、デュエルを弾き、

 ひるんだストライクフリーダムの頭部を左手で鷲掴みにする。



 全ての魔力を、体力を、命を右手に送り込む。

 ヒラニプラ・システム起動、ナアカルコード承認、第一近接昇華呪法起動。

 嵐の如く放たれる反撃に微塵も注意を払わず、右手を敵の胸部に押し付け───

「レムリアインパクト───」

 閃光が宇宙を満たす。

 核とは違う、魔力の篭った一撃はあらゆる呪式を昇華する。

 神をも滅ぼす、デモンベインの必滅の呪。



 その一撃を放ち、全精力を使い果たしたのか、ベルデュラボーは意識を失った。

 付き従う精霊も主の魔力なくして現界できず、本に戻った。

 邪神が消えうせていることを願いながら……





続く、



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