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運命のカケラ_12話

Last-modified: 2008-10-13 (月) 12:27:25

「…………ハァ?」
「ユーノ・スクライア。管理局とスクライア一族との契約に従って、アースラの今回の任務……ロストロギア捜索に協力します、というわけで。ま、今後ともよろしく」

 

 
 
――マスター。現在の社会情勢を考えれば自衛能力は必須だ。魔力供給量は十分だ、デバイスとしての当機の使用を提案する。
――なんじゃ、まーたその話かいの? わしゃ魔法だの何だの、そんなもんいらんわ。ここでこうやって畑を耕しておれば……ほれ、シン。このタマネギ、束ねて吊るしとけ。

 

 そう言って笑っていた何代目かの主は、領主の軍隊が自分の土地を通過する事を拒んで殺された。シンには一切の手出しを禁じたまま。システムに自我を封じられ、愚直に命令に従うことしか出来ぬまま魔力供給を絶たれて消えていく投影実体が最後に目にしたのは、血の海に沈む主の虚ろな表情と騎馬に踏み荒らされる畑だった。
 抑制された自我が感じたのは――怒り。戦いを放棄していた主が戦おうとする者によって殺されるという理不尽に対する怒り。守れなかった自分に対する――戦う以外に何もできず、戦いを禁じられた途端役立たずになった機能の至らなさへの怒り。
 その怒りは意識に浮かび上がる前にシステムに捕らえられ、『今まで』と同じように精神の奥底に押し込まれ固められる。
 厚い氷に閉じ込められた炎に、少しだけ熱が加わった。

 

 
 
 
 深夜の高速道路。派手に飾りつけ、『走ること』など思考の彼方に追いやったような奇怪な形状に至ったバイクや自動車を道幅いっぱいに蛇行運転させる一団がいた。
 周囲の状況など関係ないとばかりに奇声を上げ、その奇声を遥かに越える騒音を立てながら走っていた彼らのうち一人――二人乗りしているバイクの後席側――が、ふと何かに気づいて運転している側の肩を叩く。 

 

「ん? どうした?」
「なあ。アレ……」

 

 指先が示す方向は、道路の前方。一定間隔で設置された照明と照明の隙間の暗闇に、何か細いものが突き出している。妙な『ゆらぎ』を感じて、意識をソレに集中した。

 

「……?」

 

 段々と近づくソレに目を凝らす。やがてバイクのライトに照らされ浮かび上がったのは、何故か高速道路のど真ん中に突っ立っている、くたびれたスーツ姿の男性の背中だった。得体の知れないものでもなんでもないただの人間だと分かり、運転側の男は息を吐いた。無意識に息を詰めていた事を振り払うように大声で叫ぶ。

 

「おらオッサン、何突っ立ってんだ! 轢いちまうぞ!」
「違うって! アレ! オッサンの後ろ! アレ見ろ!!」
「ぁ?……なんだ、アレ?」

 

 バイクを運転している男もその後席の男も『アレ』としか表現できないのは、別に彼らの言語能力が特別貧弱だからという訳でもない。『ソレ』を正しく表現できるのは、『ソレ』が何であるかを知っている者だけだろう。
 闇の中に立つスーツ姿の男性。そう、闇の中だ。先ほどまで彼を照らしていたバイクのライトも、道路照明の光も、男性を包む黒い何かを照らすだけで男性まで届かない。
 ドライアイスの煙のようにうねる『ソレ』。縮まる距離。速度を緩める事を忘れたように、集団の先頭にいた二人乗りのバイクが黒く蠢くその中に突っ込む。後に続く集団のバイクも、自動車も。まるでレミングの集団の如く、止まる様子も見せずに突っ込んでいく。
 男性は動かない。今また、真正面の方向にバイクがそれなりの速度で突っ込んだと言うのにまったく動く様子もなく、まして『ソレ』の中を進んできているはずのバイクや自動車にぶつかる様子もなく、ただただ立っている。
 ――数秒後。深夜の高速道路は、まるで初めから『そうであるべきだった』かのように静まり返っていた。

 

 
 
「――と、言うわけなのよ!」

 

 朝と昼の中間の休み時間。八重歯をギラつかせながら顔を近づけるアリサに、なのはは何とも言えない表情でひきつった笑いの形に固まった頬をぴくつかせた。
 横ではすずかがまあ、と口に手を当てるいつものポーズで目を見開いている。運動能力がやけに高かったりたまに妙なハイテンションだったりと『おしとやかなお嬢様』という言葉から連想されるパターンから微妙に外れているすずかは、今回も単純にアリサの勢いと顔の造形の崩れっぷりに驚いた、というだけで怪奇談話についてはまったく恐怖を感じていない様子だった。
 もう何度目かのごまかし笑いで調子を合わせながらも、なのはの意識は別の方向に向いていた。

 

『――どう思う?』

『何とも言えないな……てかな、その話だけで何かわかったらおかしいぞ?』
『あ、やっぱりそっか』

 

 にははーと笑うなのはの『声』にため息をついて、シンはパソコンデスクに前足をついた姿勢でケーブルを咥えなおした。いわゆるUSB延長ケーブルと呼ばれる類のソレは、当然の如く家族の共用パソコンへとつながっている。
 信号のデータを取るために家族の目を盗んで何度も分析を繰り返した結果、入出力の解析自体はほとんど終わった。後は実地検証だけだ。
 地味に緊張しつつ周囲の物音にも気を張り巡らせる。こんなところをひょっこり店から帰ってきた桃子にでも見られた日には、あらあらシンちゃんまた可愛い以下略でどうなるかわかったものではない。

 

『ま、とにかく。気にはなるよな。高速道路か』

 

 例えジュエルシードが発動さえすれば波紋が起きるとはいえ、状況によってはシンのセンサーは当てにはならない。前回のジュエルシードの発動によってそれが証明されてしまった。なら、残るはなのはの勘と地道な調査しかない。コンピュータへのアクセスもその一環だ。
 一日中張り付いていられたならすぐに終わったのだが、家中の人間がやたらと敏感というか目ざといこの家ではそれもままならず。結果的にだいぶ時間がかかってしまった。
 意識を沈み込ませて、この世界のコンピュータへのアクセスを開始する。枝のように広がる『自分の一部』がケーブルを通り、自分とは異質な『もの』に触れ――すい、と繋がった。

 

――入力開始。
――端末からの応答を検知。検証開始。
――クリア。入力と応答との一致を確認。

 

『よし!』
『はぇ?』

 

 最初の一歩、理解することさえできれば後は造作もない。圧倒的な演算能力に任せて入力と実際のデータの照合を行い、パターンを解析するだけだ。通信、OSの内部処理、ついでに各種アプリケーションに使われている言語まで。とにかく取り込める限りの言語体型を解析していく。知識のなさは情報収集と力押しでカバーすればいい。

 

『やーっと終わった……なのは、この世界のコンピュータを解析できた。表計算だろうがハッキングだろうがばっちりだぞ』

 

『表計算?』

 

 脳裏にメガネをかけ学者帽を被ったシンが黒板に凄まじい勢いで表を書いていく映像が浮かぶ。

 

――ちょっと違うよね。

 

 次に思い浮かんだのは何故か空間ディスプレイを前に、シンの口からコードが伸びたマウスを操作する自分自身の姿。……もっと違う気がする。というか何故口。
 鳴り響くチャイムのせいかそんなアホな光景を思い描きながらも、なのはの手は次の授業の用意をしている。日常的な魔力負荷に加え、なるべく並列で思考や行動をしてみる、というのも一度にいくつもの魔法を使う為の訓練のうちだ。

 

『って言うより、ネットに直接『俺が』繋がる。センサーに引っかからないから、せめて噂でもなんでも情報集めないとな』
『そ、だね……でも、なんでだろ』
『俺が聞きたいっての。プローブは出してるけど、望み薄だ』

 

 今もシンの制御で探査球――プローブを動かしてはいるが、その数はそれほど多くない、
むしろ密度で言えばまばらでしかない。そもそも魔力は非常に不安定で制御元から離れるとたやすく散ってしまう為、魔力消耗的にも制御負荷的にも、広範囲をまともに探査するには割が合わなさすぎる手段だとシンは言っていた。
 なのはにとっても、夜毎続けている魔法の訓練で最も苦戦するのが「継続して魔力の出力を一定に保ち、制御し続ける事」だ。
 瞬間的に出力を全開にしたり、継続的に放出し続けるにせよ出力に波があっても良いのならばデバイスの制御補助なしでもそれほど難しい、と言う訳ではない。特に瞬間出力などは単に気合を入れるだけなのだから。
 だがそれでは自分一人で魔法を走らせた時、防壁の強度を一定に保つことができない――時間の経過と共に薄くなったり厚くなったりするようでは危なくて攻撃を防ぐのに使えたものではない――し、放つ度に魔力弾の威力が変化するようではやはり話にならない。
 まずは確実性。まるで昔、その事で痛い目でも見たかのようにやたらと重みのある言葉でそう言ったシンに従い、ある程度魔法を理解してきたなのはの訓練は魔力制御に重点が置かれていた。

 

『なのはがまた気づいてくれればいいんだが……いや、悪い。またなのはに頼る事になっちまうな』
『んーん、何かするってわけじゃないもん。それにね』

 

 教室に教師が入ってくる。日直の号令に従って起立、礼。流石に教科書を取り出したり、この辺りはいちいち思考せずとも習慣として身体に染み付いている。

 

『私が何かできるなら、何とかしたいもん』
『……そう、だな』

 

 応えるのはどこか不満を残した了解の『声』。まるで今朝見た夢のようだ、と教師の声に従って教科書をめくりながら、なのははぼんやり考えていた。
 

 

「くそったれめ」

 

 海に向かって吹く風に背を任せながら、シンは高町家の屋根の上で毒づいた。獣の形を保つ薄い外殻の中で『熱』は日を追うごとに高まり続け、油断しているとリンクを伝ってなのはにまで心理の波が漏れそうになる。
 性能だけで言えば比較にならないレベルを発揮できるにも関わらず、独立型――インデペンデントデバイスの生産数がごくわずかに留まった大きな理由の一つである『精神を持つが故の極端な不安定さ』が、元々それを抑えるために追加されていたインテリジェントシステム内にエラーを内包したことで表出していた。
 身体を突き動かす感情と、身体に命じる知性。大きく二つに分裂した行動基準はひっきりなしに衝突し、それぞれが認識するストレスに加えて、通常ありえない二つの基準が衝突しているという状況自体が強烈なストレスの原因になっている。
 遠からず破綻するのが目に見えているのに、どうにもできない。今の主、つまりなのはではエラーを修復してもらう事も改造を重ねてすり合わせる事も期待できない。とは言ってもシンを発掘した連中の技術レベルから考えれば、名匠が奇跡をもってデバイスを作り出していた時代の産物である『レイジングハート』を弄れるような職人は、もはや存在しないのだろうが。
 頼りたくないが頼らねば立ち行かない。
 主を戦わせたくないが主は戦うことを望む。

 

「俺がこんな事で悩むなんて、思わなかったよ……なあ、レイ」

 

 何も考えず、世界のためと神の言葉を伝えるように繰り返す指導者に従い。ただただ敵を、MSだろうが生身だろうが根こそぎ殺すことこそが自分の背負った役目だったあの頃。むしろあの時代の自分こそが今の『戦う道具』である自分に最も近かったのかも知れないが。
 隣にいた赤い髪の少女が何度となく差し伸べてくれた平穏への誘いの手も拒絶し、ひたすら戦い続け、彼女とも道を違えて――こうなったのだから、笑いものだ。同じように何も考えずにいられれば良い所を、考えないわけにはいかないのがなんとも歯痒い。
 記憶に残る親友なら、こういう時にも冷静で的確な判断が出来たのだろうか。いや、何気にとろ火のような変な熱さを持っていた彼だ。もっと別な事を、そうあれだ、何だったか。

 

――気にするな。俺は気にしない。

 

「――って、いやいやいや違うだろ。何考えてんだ俺」

 

 恐ろしく投げっぱなしな言葉が蘇ったのを気のせいと言う事にして、シンはまた一つ、目の前に垂直に展開した魔法陣からほとんど無色透明のシャボン玉のような新しいプローブを放出した。
 見た目に反して結構な速度で飛んでいくのは、時間を無駄にしないためだ。本体から離れたソレは自身の機能と形状の維持に、またその二つほどではないにせよ推進にも、全てを最初に与えられた魔力でまかなう事になる。そして元を辿れば本体だろうがシルエットだろうが分化した何かだろうが――なのはに行き着く。年端もいかない子供に、行き着くのだ。
 補給も情報も全て自前。当たり前といえば当たり前だが、それが全て主への負担になるとわかっているからまた嫌になる。

 

「気にしたってどうにもならないけど……でも、さ。気にするだろ、やっぱり」

 

 そうして呟くたび、半端に溶けた氷の中でまた増える『熱』は、何に対してのものだったのか。感情を殺されて過ごしてきた長すぎる年月は、その期間より更に長くあり続けていたはずの記憶すらわからなくしてしまっていた。
 

 

 
「うーん、んまんまっ」

 

 昼休み。いつも通り屋上のベンチに陣取り、なのはとアリサ、すずかの三人は各々の昼食を口にしていた。
 言葉どおり実に美味しそうにサンドイッチをほおばるアリサと、食べ方自体は楚々としていながらいつの間にかなのはの物に比べて一回りは大きめの弁当箱を空にしているすずか。今までは一人だけでお嬢様コンビの健啖ぶりに驚いていたなのはだが、ここ数日はそのなのは自身もよく食べるようになってきていた。
 原因にはすぐに思い当たる。魔法だ。
 魔法を使う事による疲労、加えてその訓練場所を探しながらシンの散歩と称してかなり歩いている。運動音痴故に動きたがらなかった今までの生活と比べれば消費カロリーは段違いと言うことだろう。

 

――魔法、かぁ。

 

「あらなのは、あんたも意外と食べるように……って」
「…………」

 

 シンと出会ってからほとんど常に頭の片隅に陣取っているその言葉は、ソレを手に入れた当初とは比べ物にならない程の重さを持っていた。
 ビルの上から見た、救急車に運び込まれる怪我人。傾いたビル、ひび割れた道路。水道管が割れたらしく、舗装の割れ目から凄まじい高さの水柱が立ち上っていた。
 それを引き起こしたのは魔法という力。
 そして、同種の力を使って被害を防ぐことが出来たはずなのは、あの場ではなのはだけだった。
 死人は出てない、とシンは言ったが、なのはにとっては被害の大きさという程度が問題なのではない。被害を出してしまった、なのは自身の言葉で表すなら『たくさんの人に迷惑をかけてしまった』事こそが問題なのだ。
 そんな事はしてはいけない。あってはいけない。何故ならそんな『悪い子』は――

 

「こーら!」
「へ!?」

 

 そうして内側に埋没していたなのはの視界を、突然アリサの不機嫌顔が占拠した。

 

「ねーえ、なぁのぉはぁ。あんたさ、最近いっつも変じゃない?」
「う? え、そうかな?」

 

 取り繕った笑いは、アリサの表情にも眼光にも欠片ほどの影響もなかったらしい。むしろその笑いを前にして歪んでいた眉はさらに吊り上がり、なのはを貫く眼光は苛つきから明確な怒りへと色を変えた。

 

「見りゃわかるのよ。まったくいつ見てもオドオドソワソワ、何か心配ごとあるんだったらちゃんと私たちにも言いなさい! 見てるこっちがイライラするわよ! レモンの香りでリフレッシュでもさせてあげましょうかホラホラホラホラホラ」
「あ、ゃ、リフレッシュってこれ全然違、ちょっ、アリサちゃふがっ」

 

 ぐりぐりと鼻先にレモンの輪切りを押し付けられ、なのはは弁当箱と箸でふさがったままの両手をばたつかせた。鼻の穴いっぱいに爽やかな香りが広がるが、たっぷりの汁気を含んだ接触感は爽やかとはいかない。というよりも、汁が制服に垂れたら染みになるんじゃないかと気が気ではない。高町家はどちらかというと余裕のある家庭とはいえ、クリーニングに出してしまったから代えの制服を購入、というわけにはいかないのだ。
 なのはを相手に一方的に有利な状態で攻防を続けていたアリサの腕を、いつの間にか座ったまま腰をずらして近づいていたすずかがそっと抑えた。

 

「アリサちゃん。なのはちゃんも本当に困ってるみたいだし、ね?」
「でもねぇすずか! アンタも気にしてたじゃないの!」
「そうだけど……そうだけど、そんな無理矢理は良くないよ」

 

 無理矢理、という言葉に動きを止めたアリサをなのははそっと見上げ、心配顔と困り顔の混じった表情を浮かべるすずかへ振り向いて苦笑した。ごまかしているのは心苦しいが、確かにすずかの言ったとおり何を言っていいのかも、どんな表情をすればいいかもわからないのだ。

 

「う、ぬー……だけどさぁ」
「へ、へ……へぷしっ! うぅ」

 

 ようやくレモンの香りから解放された鼻をティッシュで拭き、余りのレモンくささにくしゃみをする。しかし思い切り吸い込んだ空気もやはりレモンの香りだったので大して変わらない。高濃度のレモン果汁が衝撃で飛び散って粒子となり、涙腺を刺激して涙まで出てきた。
 けひゅ、と半端なくしゃみをもう一度して、なのはは弁当箱を置いて二人に向かって手を合わせた。

 

「その、えと、二人ともゴメン。色々あって……言えないんだ。あ、でも本当に困ったらちゃんと言うから!」
「うん、わかった。でもなのはちゃん、無理はしないでね」
「……ふん、仕方ないわね」

 

 にっこり笑ってなのはの両手を取るすずかと拗ねたようにそっぽを向くアリサに、なのははもう一度ゴメン、と呟いた。
 

 

「…………」

 

 以前と同じ事務所、同じ机。眉間に皺を寄せたクロノ・ハラオウンと、期待と疑惑の混じった目をした管理局員達が注目する中、ユーノ・スクライアは紙の城壁から一束の資料を抜き出した。そして懐からおもむろに取り出した銀色のカード、簡易型のストレージデバイスを資料の束に突っ込む。小さな発光が起きたきり1秒、2秒、3秒ほどの沈黙。

 

「――で、こうなるわけです」

 

 どこかもったいぶった動作でユーノがカードを引き抜くと、そこから空間ディスプレイが投影されて大量のデータが平面上を流れ落ちた。船名、所有団体名、時間、地域その他。そのデータは間違いなく城壁の中身――次元航行船の発着記録だ。
 管理局が用いる魔法は、伝統的に直接物理干渉――要は『目に見える』ものを重視する傾向がある。というよりは魔法を使える人員が管理局全体としては少数に留まっている為に素質のあるものは戦闘要員に回され、情報処理に魔法を使うような発想が通りにくかった為に理論的にも実践的にもそちらに偏ってしまった、という事だが。
 とにかく管理局の内部からは絶対に出てこないであろう魔法とその効果を前にして、事務所内のあちこちから感嘆の声が上がった。

 

『おおおお……!』

 

 年齢層性別ごちゃまぜの歓声の中心で、ユーノは、ただ一人腕を組んだまま沈黙していたクロノのほうへと何の感情も浮かんでいない、当然のような顔を向けた。

 

「で、ハラオウン執務官。この魔法の使用許可を求めたいんですけど、どうですか?」

 

 その言葉につられるように、事務所内の目が一斉にクロノへ集中する。そう、この事務所内で最も階級が高いのは誰でもない、クロノ・ハラオウンなのだ。ユーノが許可を求めるのは自然なことと言える。
 集中した視線に気圧される事もなく、クロノは眉を歪めたままで軽いため息をついた。
 部外者に思い切り頼る事になるのは面白くない。だが、目の前で見せられれば認めるしかない。少なくとも何度申請しても通らない増員要求などより、この魔法ひとつの効果のほうが余程望みが持てる。

 

「……わかった。許可しよう」
 

 

「ふぅ」

 

 足も伸ばせない事務所から外に出てしばらく歩いた場所にある、休憩スペース。巨大な時空航行船である『本局』とは違い、地面の上に作られた建造物の証である広い窓とその向こうの空は、今は暗い闇とかすかな星明りに染まっていた。
 明かりもつけずにサーバーから茶を注ぐ。元々黒っぽい液体は暗い中だとまるで泥か墨のように真っ黒で、立ち上る香りがなければ飲み物とは思えない外見をしていた。

 

「どうしたんだい、クロノ・ハラオウン。指揮官が席外していいの?」
「……君か」

 

 またも気づかないうちに出現した金髪の少年に、クロノはもう何度目かもわからないため息をついた。少し前のように顔を見るだけで苛つく、とはならなかったのは今回の『魔法』のせいだろうか。それとも事務所とは違い、管理局員として姿勢の規範を見せるべき部下が一人もいない休憩室だったからかだろうか。
 クロノは、もしかしたらユーノに見せるのは初めてかも知れない、幾分険の取れた声と顔つきでカップを掲げて見せた。

 

「人間なんだから休憩もするさ。君もどうだい?」
「――本当にどうしたんだい? 頭でも打った?」

 

 真剣に驚いたらしい、丸く見開かれたエメラルド色の目を見てクロノは笑った。嘲笑でも苦笑でもなく、純粋にユーノの見せた、その顔が面白いと思ったのだ。

 

「あははははっ。僕だってきちんと実力と姿勢を見せた相手ならそれなりの対応をするさ……本当のところを言うと、意外だったよ。君が魔法を組んでまで協力してくれるとは思わなかった」
「そう、かな?」

 

 意外と言われたユーノのほうはそれ自体を意外に思ったらしい。きょとんとした顔から理解しながらも疑問、と言う表情に変わって首を傾げながら、クロノが新しいカップを取り出して茶を注ぐのを目で追っていた。

 

「管理局は好きじゃないけど、今回のことは僕らにも責任があるからね。協力するのは当然だと、思うんだけど」
「責任? 君たちに?」
「そう、責任」

 

 クロノの声に頷いて、ユーノはクロノが差し出したカップを受け取る。苦味は得意ではないのか、カウンターの隅から砂糖の入った小瓶を引き寄せて蓋を開けた。

 

「あんな連中から発掘品を守れなかったからね。それがそもそもの原因だし」

 

 言外に自分たちなら上手くジュエルシードも扱ってみせる、と言いながらユーノは砂糖を茶に落とした。白い砂糖は黒い淵に飲み込まれ、そのまま自らの色を殺されて溶けていく。

 

「『本局』に近くないと管理局は元々望み薄だしねえ……増員要請、通ってないんでしょ?」
「よく知ってるな」
「書類、盗み見した」

 

 しれっと言いながら肩をすくめるユーノが言うとおり、次元崩壊級の遺物の捜索だと言うのに上層部の腰は重い。ドック入りしていたアースラ単艦を『整備が終わったら行って来い』とでも言わんばかりに割り当てただけで、繰り返しクロノが提出する危険性のレポートと増員要請はひたすら却下されている状態だ。
 人手不足で管理領域の端までは手が回らない、と言うだけでそんな状況ならば――もっと小さな事件は、どれだけ無視されているのだろうか。
 それでも。それでもクロノ・ハラオウンにとって、管理局とは次元世界をロストロギアや犯罪者の脅威から守る組織である。広く世界をまたいで組織された管理局の力なくば、どうやって同じように次元を股にかける犯罪者達から身を守る力のない人々を守れるというのか。それが管理局員としての正しい姿勢であり、クロノ・ハラオウンの執務官としての姿勢でもあった。

 

「そういうことは僕らの責任だと思うんだが……君たちの責任って考え方はわからないな」
「わかんなくていいんじゃない? っていうかわかったら多分、君の立場からしてまずいでしょ」

 

 いつもと同じおちょくるような言葉だが、今は怒りも湧いてこない。
 実を言うと、わからなくはない。責任責任と言っても事実手が回っていないのだから、当人からしてみればそんなもの、という感覚なのだろうと言う事は。
 だから、頼りたくはない。
 だが、頼らなければ『守る』事すらできはしない。
 だから、クロノは。

 

「……ま、その通りだ。気に入らないけど頼らせてもらうよ、ユーノ・スクライア」
「気に入らないのはこっちも同じだから安心してよ、クロノ・ハラオウン執務官」

 

 態度も言動も、ついでに能力まで生意気な隣の少年に、期待交じりの悪態を吐いた。
 

 

「――ひゃあああっ! っうぎゅ」

 

 空中をまっ逆さまに落下した声が、無理矢理引き上げられて潰れた声に変化した。

 

「ったく。無駄話してるからだ」

 

 ため息を吐きながら、シンはなのはの片足を固定したバインドを引き上げた。スカートが半ばまでめくれたバリアジャケットにフォースシルエットを背負ったなのはの身体が逆さ吊りのままゆっくり上昇し、やがて血色の魔法陣で作られた直径4mほどの足場の上に下ろされた。
 ゆっくり回転する円と直線、記号が透ける眼下には、闇の中にぽつぽつと浮かぶ街の明かり。高度数百mに固定された足場を基点にして、シンとなのはは夜空に紛れてフォースシルエットの調整と制御訓練を行っていた。
 浮遊こそすぐに体得したものの、推進のイメージと姿勢制御のイメージが別々に必要とされる飛行に加えて、更に異質なフォースシルエットの直接制御は流石のなのはも苦戦気味である。

 

「姿勢のイメージじゃないぞ、推力の直接制御だって事忘れるなよ」
「わかってるけど……難しいよー」

 

 さりげなくシンのふさふさした尻尾を弄りながら心底疲れたようにへたり込んでいるなのはの言葉は、ある意味当然だ。
 歩く、と考えて足が自然に動作するのが浮遊と飛行なら、歩くために全身の筋肉や骨格の角度や出力を直接操作するのがフォースシルエットの直接操作だ。当然要求される思考の質も違えば量も相当の差がある。もちろんフォースシルエットの機能には思考イメージを元にして動作する、いわば制御OSが備わっている。なら何故こんな訓練をするのかというと。

 

「通常モードはもう大分覚えてきてるからな。だけど、直接制御モードならもっと複雑な飛行ができるし……制御系の機能不全だって、ないとは言い切れないだろ。俺が生きてた頃の仲間だって機体の故障で墜落したこと、あるんだぞ」

 

 MSインパルスのパイロットとしての、事実上初の実戦での出来事だ。コロニー内で逃走を計った相手を追いかけようとしてエンジンの不調で脱落したのは、忘れもしない赤いパーソナルカラーに染められたザクだった。

 

「へえ……墜落はやだな。シン君って飛行機に乗ってた人、なの?」
「……まあ、そんなところだ」

 

 シンの尖った耳がぱたぱたと上下に動く。嘘は言っていない。実際『飛行機』状態で戦闘行動をしたこともなくはない。多くもないが。

 

「ふうん? あ、それでさシン君。さっきの続きなんだけど、アリサちゃんが言ってた高速道路って」
「ああ」

 

 訓練をしていても実戦の可能性が気になるのは、実戦を始めた、戦いを始めた人間によくある事だ。なのはの態度もそういう事だろうと軽く流して、シンは頷いて下を向いた。
 視線の先にある魔法陣、を通した遥か下方の地上。一定の流れに沿うようにぽつぽつと灯る光は、海鳴市を走る高速道路の照明だ。

 

「真下だよ。何かあれば」
「うん。すぐ、行こ」

 

 黒々とした地上に灯る明かりは、空に上がったばかりの頃と比べて徐々に少なくなってきている。もうすぐ日付が変わろうとしていた。