運命のカケラ_13話

Last-modified: 2008-09-15 (月) 18:41:11

「真下だよ。何かあれば」
「うん。すぐ、行こ」

 

 黒々とした地上に灯る明かりは、空に上がったばかりの頃と比べて徐々に少なくなってきている。もうすぐ日付が変わろうとしていた。
 
 

 

 
『あ――は。やっぱり、隊長は強いですね。あのコンビネーション、こっそり練習してたんだけどな。もしかして僕らが隠れて訓練してるの、バレてました?』
「いいや。ヒヤヒヤしたな、今のは」
『は、あははっ! ヒヤヒヤで終わりかあ。でも、そこまで隊長を追い込めたなら満足かな……あのスーパーコーディネーターを落とした<ただのコーディネーター>の、隊長を』
「わざわざ言うな、恥ずかしい」

 

 腰に分割されたエクスカリバーがめり込んだザクファントムと、コクピットのすぐ上にビームブーメランが突き立ち、パイロットごと致命傷を負って力を失ったグフがそれぞれソードインパルスの前後で虚空を漂う。極度の集中状態で能面のような無表情になっているシンは、軽く息を吐きながらモニター越しにそれらを見やった。
 ……ヘルメットの中を漂う汗の雫が邪魔だ。
 ついでに耳元でなり続ける機体の異常警報を切り、少しだけ上がっていた息を深呼吸で押しとどめながら目を閉じて、開いた後。その目は疲れと諦めをにじませる、反クライン派に言わせるところの『負け犬の視線』に戻っていた。

 

「忘れてるかも知れないから、もう一度言っておく。暴れたいほど今の世の中に……ラクス・クラインの世界に不満があるなら自分を変えろ。それができなきゃ、誰もいないところで一人で暮らしてろ。それもできないなら――」
『わかってます。わかってますよ』

 

 ちゃんと覚えてますから、とふてくされたような声が、破裂音に続いて混じったノイズに遮られた。コクピット内がスパークでもしたらしい。目の前のグフも、遠からず周囲に漂うモノと同じ末路を辿る事になるだろう。バッテリー駆動の機体とは言っても、爆発したり燃えたりするものがMS本体にまったく積まれていないわけではないのだ。

 

「脱出しろ。もう持たないだろ」

 

 戦闘前ならともかく『命を自分から捨てた敵』になった相手にこんな言葉をかけるあたり、自分も随分と未練たらしいと言うことか。勝手に動いた口に内心驚きながらも告げた言葉に対する答えは、呆れたようなため息だった。

 

『何言ってるんですか。するわけないでしょう、隊長を誘って断られた時、出て行く後ろから撃たれる覚悟だったんですよ?』
「――そうか。なら、さよならだな」
『ええ。そこで浮いてる、あいつの分も言っときます……お別れです、隊長。お互い、今度は別の世界にでも生まれ変』

 

 最後の言葉は爆発音に遮られて届かなかった。通信が切れ、ブツ切れで無音になったコクピットのモニターの中央で、内部から弾ける風船のようにザクは膨らみ粉々になっていく。飛び散った破片がVPS装甲に弾かれる硬質な音を聞きながら、シンは全身の力を抜いて狭いコクピットの天井を見上げた。

 

――別の世界、か。

 

「そんな事考えたって意味ないだろ、バカ野郎」

 

 しばらく前に自分が言われた時とは随分と響きの違う一言をこぼして、通信周波数を調整する。

 

『――ルファ0、アルファ0!? こちらブラヴォー1! シン、ちゃんと生きてる!?』
「うぉぁ!――ああ、生きてるよ。問題ない」
『あんたねえ、ちゃんと生きてるならさっさと応答しなさい! もう、いつもいつも……』

 

 その途端酷いノイズ混じりに耳に叩きつけられた少女の声に仰け反り、苦笑した。
 続く怒りの声――最近、ますますうるさくなったというか極端に心配性になってきたように思う――を聞き流しながらゆっくりと機体を反転させ、初動だけスラスターを吹かして慣性航行で母艦へ向かう。
 いつもの事だ。ザフトから離反した者や旧連合派といった、反体制派の武装蜂起を鎮圧しただけ。ついでに、彼女と部下たちに別のエリアを任せて単騎で戦うのもいつもの事。
 そんないつものことが続く世界でも、地球圏全体を巻き込む戦争が起きるよりはマシだと信じて。戦争前とまったく顔ぶれの変わったプラント議会、ひいてはザフト司令部の命令どおりに。『ヘイワヲミダスモノタチ』を、倒すために。加えてそれが、原因などまったく考えていない『議長』の一存によって決められた殲滅作戦であったとしても。

 

「――戦ってやるさ。それが敵だってんならな」

 

 シン・アスカはまた、『役目』を果たした。

 

 
 
 
「……ん」

 

 暗闇の中ベッドの上でごろり、と寝返りを打ち、仰向けになったなのはは小さく息を漏らした。顔を横に向けた先の時計は、午前3時を示している。
 今は夏とまではいかずしばらく前に冬を過ぎた、ちょうど良い季節だ。別に暑かったり寒かったりして眠れないわけではない、のだが。

 

「――なのは? 眠れないのか?」

 

 かちゃりとドアの開く音に目を向ける。背伸びしたところでドアノブに届きもしないだろうサイズに戻っている今の身体でどうやって扉を開けたのか、シンが部屋に入ってきたところだった。後ろ足でドアを静かに押して閉じ、まるで猫のようにフローリングを無音で歩いて近寄ってくる。

 

「シン君は?」
「俺は『寝る』必要はないんだよ、データの整理だけで。前言ったろ」
「うん、知ってる」
「……なら聞くなよ」

 

 あきれたように言うシンに小さく笑い返し、起き上がって枕を抱き寄せる。そのままなのはが寝なおすと思っていたのだろう、ベッドの脇に身体を落ち着け、空間ウィンドウを開いたシンがその格好のままで意外そうになのはを見上げると、すぐにその視線はとがめるようなものに変化した。

 

「眠れなくても寝ろ」
「うー。だけど、さ」

 

 シンの言うことはごくごく正しい、だが。居心地悪さを示すように、なのはは枕を抱いたまま身体を前後に揺らした。決まり悪げに視線を落としながら思い出すのは、つい2時間半程前の事だ。そして思い出すことでますます眠れなくなる。

 

「――シン、君。あれ……ううん、あのヒトって、どうにかならないのかな」
「あれは人間じゃないし、どうにかって言ったってどうしたいのかわからないぞ?」
「む」

 

 シンの言葉はこのパターンが多い。わかっている癖に言わせるのは性格が悪いのではないかと思いつつ、なのはは唸って枕を口元に押し付けた。
 言いたい事を言った黒い狼モドキのほうは、何食わぬ顔でまたなにやら作業を始めているのが憎たらしい。シンは何かにつけてなのはを子ども扱いする。実際なのははまだ子供だが、それでも折に触れてあからさにそう扱われると腹も立つものだ。
 たまに動く尖った耳をにらむようにしながら皮肉や曲解が入る余地のないよう、なのははもう一度噛み砕いた言葉を紡いだ。

 

「――あのヒトを、止めたいの」
「止、め、る――か」

 

 ふん、と鼻から息を吐いてシンは空間ディスプレイに向けていた視線を上げた。2秒ほどの沈黙。

 

「そりゃ俺も『止めよう』とは思ってるさ。だけどな、なのは」

 

 腹ばいの格好から首をぐるりとなのはの方へ向け、ぽんと前足で床を叩く。そのジェスチャーに合わせて、シンの前にあった空間ディスプレイがなのはの目の前まで跳ね上がった。

 

「ジュエルシードを核にした思念体をどうやって『穏便に』止めるつもりなんだ?」

 

 一瞬ノイズが走り、ゆらいだ空間ディスプレイが映し出したのは、2時間半前の出来事。なのはの言う「あのヒト」の映像だった。
 

 

 
「――!」

 

 眉間に皺を寄せて制御数値を捉えようとしていたなのはが顔を上げた瞬間、シンとなのはの足元にあった魔法陣が消滅した。足場を失った身体はあっという間に重力に従って落下を始める。まさに紐なしのバンジージャンプの如く、頭を先頭にして加速を続ける身体が空気を押しのける音を聞きながらなのはは叫んだ。

 

「シン君!」
「わかってる」

 

 すぐ横で同じようにまっさかさまに落下しながら鞍や手綱を構成したシンに、泳ぐように身体を寄せ鐙を踏みしめてまたがる。シルエットの制御に失敗して嫌というほど落ちた結果か前フリなしでの落下でも慌てなくなったというのは、なんだか悲しいが。

 

「~~っ!」

 

 そんな場合ではないと首を振り、手綱に体重をかけて鐙を踏みなおす。もしアリサに聞いた話が本当にあったことだとすれば、昨日か一昨日の時点で既に、それも何人もの犠牲が出ている事になるのだ。
 そんな内面の再構築に忙しい上にシンとの『接続』がどんな意味を持つのかもよくわかっていないなのはは、落下から滑空に移ったシンがこっそりため息をついていた事に気づかなかった。

 

「また……いや。ま、いいか。フォースシルエット、こっちに引っ張るぞ」
「うん」
[Force Silhouette,Ready]

 

 なのはが頷くなり、その背にあったフォースシルエットが光の粒子に分解されてシンの体側面へ一瞬で構築しなおされた。再構築が安定するなり翼のフラップが伸び、分割された推進器が複雑に動いてシンは高速道路上に滑るように着地した、というよりも低空飛行を始めた。
 適当なポジションを探すように細かく動いていた推進器が落ち着くと、徐々に推進音が甲高くなり始める。普段は無色であるシルエットの排気は、出力が上がるに従って青白い光の粒子が混じりだしていた。

 

「見える?」
「ああ……!」

 

 息を呑んだシンにならって遥か前方へと視線を向ける。大きなカーブを描き、黄色がかった照明にぽつぽつと照らされる高架型の高速道路の向こうで、いくつものテールランプの光がゆらゆらと揺らいで――

 

「あ」

 

 ざわ、と背筋を走った感覚になのはは思わず声を漏らす。お椀を伏せたような形をした『力』に集団がいる辺りが包まれた瞬間、少なく見積もっても20はいたテールランプが全て消えた、というよりは見えなくなったのだ。
 何が起きたのかは知らないが、理解できる。それを見た瞬間に走った不安感を煽る波動は、もう何度も覚えがあるものだ。その時の記憶に照らせば、何が起こっているかは容易に想像がついた。

 

「結界に取り込まれた、か」
「シン君! 急がないと」
「もう急いでる」
「……シン、君?」

 

 実際フォースシルエットはかなりの速度を発揮しており、結界が張られた場所はぐんぐん近づいてくる。シンと自分のやりたい事は同じだ。人を、世界を壊させないためにジュエルシードを抑える。それだけだ。何もおかしなところはないのに、どこか違和感を感じたなのははかすれた声でシンに呼びかけた。
 心臓を掴まれ、絞られているような妙な不安感。何からその感覚が来ているのかもわからない。だがその不安感を自覚した途端、目の前で後頭部を見せているシンと自分がさっきまで魔法を習っていたシンが別の存在のように見える。さっきまで何の不安も感じなかった高速道路の路面に、自分が今にも振り落とされ叩きつけられるイメージがこびりついて離れてくれない。
 何も根拠がない上に邪魔にしか思えない感覚を追い出したくて、なのはは無意識にバリアジャケットの胸元を握った。

 

「――ストを……なのは?」
「ひぅ! な、何?」
「ブラストシルエットであそこにケルベロスを撃ち込め。結界をぶち抜く」
「あ、ぁあ――うん」
「どうした? ……大丈夫か?」
「え、うん、大丈夫! ブラストシルエット、ロード!!」
[Blast Silhouette,Ready]

 

 ここ数秒の記憶を振り払うようにぶるぶると頭を振り、なのははことさらに力を入れた声でブラストシルエットを呼び出した。
 二つの大型砲を振り上げ、適当な空中に狙いをつける。高速道路をぶち抜くわけにはいかないので仰角は必須だ。

 

「解析データ、入力完了。行くよ!」
[Kerberos]

 

 
 トリガーと同時、ケルベロス内で練り上げられた魔力が解放されてほとばしる。顔のすぐ近くで発される光の圧力に、なのはは目を細めた。白っぽい中心と赤色をした周囲の2層に分かれた極太の魔力流は高速で飛行しているシンとなのはを置き去りにするスピードで直進し、何もない空中で激しく『何か』に激突した。
 ビニールの天幕に放水を仕掛けたように魔力が飛び散り、薄い透明の膜のようなそれ――結界の境界面は魔力流に押され、徐々に歪んでいく。システムから流れてくる砲身温度がどんどん上昇していくのを意識の端で眺めつつ、なのはは反動に負けまいと2つの砲身を支え続けた。

 

「……っ」

 

 2度目の熱量警報がなのはの脳裏に閃いた時、限界まで歪んだ状態で耐えていた結界の表面がぐい、と押し込まれた。
 最後の均衡が破れれば後は一瞬だ。ばりばりと圧力に負けた膜は押し破られ、その破れ目の内側にまでケルベロスの魔力流とは突入していく。細くなり散っていく粒子を押しのけながら、シンとなのはも境界面に突っ込んだ。

 

「――確認した。ターゲット、輪郭表示するぞ」
「……あれだね!」
[Defiant]

 

 通常空間から隔絶された結界の中、奥に立ち込める黒い霧。火に誘われる虫のようにふらふらと直進を続けるバイクや自動車達がケルベロスの余波に煽られ転がったりスピンしたりながら後方に流れていくのに若干の罪悪感は覚えるが、何が起きているかわからない霧の中に突っ込ませるよりはずっといいはずだ。少なくともあのくらいならば死にはしない。
 霧の向こうに立つ存在の『力』を黄色く示す網膜投影情報をにらみ、なのははケルベロス発射後の熱を白く噴出す砲身、その上部カバーを開き白く細い棒――デフィアントを掴んだ。
 左手を前に突き出し、右手に握ってデフィアントを大きく振りかぶる。どうせ筋力で投げるわけではないが、意思に基づく力である魔法にはイメージも重要だ。
 振動音と共にデフィアントの先端に桜色の光が灯る。球形の一部をつまんで引っ張ったようなトゲを形成した光の切っ先を持ち、手に持って振り回すには若干短いその姿はまさに投槍、ジャベリンの形をとっていた。

 

「いっけぇーっ!」

 

 目標への着弾、ただそれだけの意思を込めて投げ放たれたデフィアントは弾丸もかくやと言う速度で空気を切り裂いた。先端の光が立ち込める黒い霧を吹き散らし、黒が立ち込める領域に一筋の裂け目を引いていく。
 飛翔するデフィアントは狙い違わず黒い霧の奥にいる『何か』に命中し、それが持っていたであろう魔力の障壁と干渉して激しい火花を散らした。
 切り裂かれた黒い霧の先、デフィアントの突き立った障壁の主が露になり――路面に足をつき、ブレーキをかけるシンの上でそれをはっきりと認識したなのはは、目を見開いた。

 

「――本当、ってこと?」
「ち」

 

 曲がった背中、ぼさぼさになった頭髪、ひび割れた眼鏡。何かの災難にあった直後のようにぼろぼろになったスーツ。アリサが言っていたような『男性の幽霊』そのままの姿をした何かが、虚ろな視線をあさっての方へ向けていた。
 分析する、と早口で告げたシンの言葉になのはははっと我を取り戻した。ブラストシルエットはそのままに腰の後ろに収納していたレイジングハートを引き出し、両手に構える。
 しかし。

 

――人、だよね。どう見ても。

 

 その外見がどうにもなのはの意識を鈍らせる。意識の片隅でちりちりと回転しているのはシンが『あれ』を解析しているプロセスだろう。忘れがちだがシンは今なのはが手にしているレイジングハートの一部であり、なのはとシンの精神は互いにつながっているのだ。

 

――あれ?じゃあ……

 

「かわすぞ」
「へ? ひゃっ!」

 

 唐突にシンが告げるなりフォースシルエットが吼え、なのはは急激な横Gに悲鳴を上げた。首が持っていかれそうな水平回転に合わせるように前方から突き出され、わずかに反れて横を通り過ぎていくのは、今まで無秩序に漂っているだけだった黒い靄。
 ごんごんと景気よく路面に突き立つ靄の切っ先をシンは上に乗っているなのはの分まで余裕を持ってかわし、潜り、飛び退る。ある程度距離をとるとそれ以上は追撃する気がないのかできないのか、霧が伸びてくる事はなかった。
 その間も反撃をしようともせず、おどおどとシンの動きに合わせているだけだったなのはは、ため息と共に振り返ったシンの視線にびくりと首をすくめた。
 まるで間違いをした後、いつ怒られるかとびくびくしている時のようなその態度にもう一度ため息をつき、シンは正面に顔を戻して静かに口を開く。

 

「解析したけど、あれは人間じゃない。構成要素は全部ジュエルシード由来の魔力だ」
「え、でも」
「人間じゃあ、ない」

 

 そう言ったきり、もう説明する必要はないと言う様にシンは牙からヴァジュラの光を伸ばし、シンの言うところの『ただの暴走体』、サラリーマン風の男性に向かって身を低くして構えた。
 攻撃がこない事を幸いに、なのはは目を閉じて大きく深呼吸した。肺の中の空気をすっかり交換し、目を開ける。
 未だゆらゆらと漂い続ける黒い霧と、自分たちの間の路面に刻まれた大きな穴。人間の身体など同じ力が加われば軽がると引き裂かれるだろう。
 後ろを振り返る。
 道の左右端に押しのけられた格好で飾り立てられた自動車やバイク、ついでにその主達が散らばって――これしか言い様がない――いる。全員が今も結界の中に取り込まれ、そしてあの黒い霧の中にいたのならどうなっていたのか。そう、ついさっきも考えたように『何があるかわからない』のだ。
 自分は何を考えてシンと契約した?そうだ、理不尽な災厄が好き勝手に暴れまわる事を放っておけないからだ。なら――自分は何をするべきだ?

 

「……――っ! ファイアフライ!」
[Firefly]

 

 意識とは裏腹に力の入らない手を強引に振りぬき、叫んだなのはの肩上から左右8発の光弾が放たれる。接触起爆式の光弾は不規則に揺れながら霧の塊を包囲するように一旦その筒状の軌道を広げ、直後急角度で収束した。
 浅く霧の中に潜り込んだ光弾はそれぞれ弾け、黒の向こう側で桜色の光がちらちらと映る。だが、それだけだ。霧の塊は内圧に膨らみ、ひるんだように身をよじったもののそれ以上の反応を見せない。

 

「シン君……」
「効いてないってことはない、が。面倒だな」

 

 脳裏に送られてきた、シンによる分析結果。短い時間でいつサンプリングしたのか一部分の拡大映像までついているそれによると接触した部分は全て一様な微小構成体の集合、つまりは群体らしい。
 総量は減っている、それもきっちりファイアフライの直撃した分だけ。だがそのもともとの総量が巨大な霧は、多少吹き飛ばされた所でほとんど影響はない。しかも人間の手足や頭、胴体のように別段機能がわかれているわけではないのだ。
 次の手を打ちかねて様子を見る二人の前で、黒い霧がもぞもぞと動き出した。広がっていた『カラダ』をまとめ、どんどん小さく、高密度に凝集していく。

 

「……何?」

 

 直径数メートルの目玉のようになった黒い霧の塊に、ますます困惑するなのはと無反応のまま警戒を続けるシンの前で目玉モドキはぶるり、と震え。

 

『――ニ、クイ』
「え?」
「何!?」

 

 かすかに聞こえた『声』にきょとんとしたなのはの視線と同じ方向、つまりは高速道路の先へと霧の残滓を引きずりながら爆発的に空中を駆け出した。
 一瞬呆気に取られたシンは舌打ちしてすぐにフォースシルエットの推進器を起動させ、光の粒子を撒き散らして後を追う。
 慌てて手綱を強く握ったなのははふと視線を横にずらす。防音板のないこのあたりは、まばらな街の明かりがよく見えていた。当然結界の中なので、家々に明かりはついていても人の気配はまったくないのだが。

 

――別の街、少しだけずれた所にある別の世界、か。

 

 視線を下にずらす。ここ数日の間にすっかり見慣れてしまった黒い背中は、ニセモノの世界にやけに馴染んで見えた。