鉄《クロガネ》SEED_プロローグ_「少年と巨人」

Last-modified: 2008-02-28 (木) 20:22:24

C.E(コズミック・イラ)と呼ばれる時代……
人類は大まかに二つの陣営に別れていた。
宇宙の過酷な環境に耐えるため肉体を強化した『コーディネーター』、そして手を加えられていない純粋な人間『ナチュラル』
二つの人類は幾多の小競り合いを経て、ついに全面的な武力衝突へと発展した。
戦いは熾烈を極め、C.E71年のヤキンドゥーエ戦役を持って両者の戦力は疲弊したまま一応の講和が成立した……

その1年後、C.E72年。世界各地で正体不明の振動が感知された。
月面・南極・衛星軌道上・各ラグランジュポイント……
それらは一部の科学雑誌にて一面の乗り人々の興味を囃し立てたが、人々は時と共にその事件を記憶から消し去っていった。

物語はここから始まる

 
 

プロローグ 「少年と巨人」

 
 

「ターゲットは地下シェルターに逃げ込んだ。フェイズ2に移行しろ」

 

屋敷の包囲は完成し、奴らは袋の鼠と同じ……
部隊を指揮するヨップは現時点での己の部隊指揮にミスは無いと感じていた。
突入時に何人か負傷者を出したが、奴らを損害無しで追い込めるとは最初から思ってはいなかった。
何せ相手は前大戦を終結に導いた集団、そのトップ達なのだから……
眼下の海岸、その沖合いからダークグレーに染まった巨人、MSが水飛沫を上げて現れた。
水玉を逆さにしたような胴体と虫のような細い手足を持つこの機体は隠密作戦用に開発された『アッシュ』という。
前大戦で開発されたグーン、ゾノといった水陸両用MSの発展型とも言えるMSだ。
沖合いより現れた8体のMSは崖の上に立つ屋敷のちょうど真下、巧妙に隠された資材運搬用と見られるハッチに向かって進軍していく……

 

「全く……久々に客人を呼んだというのに、どうしてこういう日にやってくるのかね?」

 

シェルターに続くエレベーター内で隻眼の男、アンドリュー・バルドフェルドは皮肉っぽく呟いた。
本当に久々の客人だった。自分より年下だが不思議と意気投合し、今日の夕食に誘ったのだ。
この襲撃が自分達を狙ったものだとすれば、彼を此処に置いていくより逃がしたほうが生存する確立が高いだろう……

 

「生きろよ、カザハラ。君とはもっと話がしたい……」

 

エレベーター内にブザーが鳴り響く。シェルターに到着したようだ。
さて、何分持つか、それとも……

夜の森の中を男が一人、駆け抜けて行く。
土地勘のある人間で無ければ直ぐにでも迷ってしまいそうな漆黒の闇の中を男は一直線に進んでいく。

 

「中々面白いオッサンだったな……『戦争に明確な終わりのルールはない』、か。それにあの小僧……」

 

男は腕に巻いた通信機にコードを入力する。

 

「熱光学迷彩解除、プラズマジェネレーター、点火」

 

するとどうだろう、男の進む先に巨大な人影が突如として浮かび上がってきたではないか。
男はそのままその人影、蒼と金に染められた巨人の掌に飛び乗り、頭に当たる部分に開いたコクピットに滑り込んだ。

 

「武装系、各アクチュエーター良好、エンジン出力問題なし、全システムオールグリーン!!」

 

正面モニターに外界が映し出される。
大地が震えるような轟音と共に跪いていた巨人の目が輝きだし、唸りを上げて立ち上がった。

 

いくぜ、相棒!!

 
 

八体の異形の巨人たちはそれぞれ鋏のような両手を前面に構え、シェルターのハッチをロックオンしている。
後は隊長の攻撃指示があれば全ては終わる。そして自分ら兵士達の新しい世界の始まりとなる……

 

「ボイジャー1よりリーダー、攻撃準備完了。隊長、ご指示を、」
「よし、各機攻撃を……」

 

その時だった。

 

「南東上空より熱源!!」

 

東の空を見上げると、確かに見慣れ無い航空機のような青いMAが高速で接近しているのが確認できた。
報告したパイロットは予想外の事態に対し若干慌てたような声だったが、ヨップは勤めて冷静に対処した。

 

「ボイジャー1、確認しろ」
「ボイジャー1、データ照合、ライブラリに確認できず」
「リーダー了解。全機、アンノウンに対し攻撃を開始せよ」

 

ヨップの指示は瞬時にして的確だった。
すぐさま八機のアッシュは両手のビームガンや背部に背負ったミサイルポットで青いMAを攻撃する。
激しい攻撃に晒されたMAはみるみる高度を下げアッシュ部隊の頭上を越し、水面に激突して盛大な水柱を上げた。

 

「ボイジャー5、アンノウンの撃墜を確認」
「何だか知らないが、俺たちの邪魔は……」

 

その瞬間、水柱から上がる湯気の中から現れた『何か』によって墜落地点に一番近かったアッシュの上半身はかき消された。
一瞬、時が停止したかのように固まるMS達……そして爆発。

 

「ボ、ボイジャー7、ダウン!!」
「アポーンッ!!くそ、何なんだ一体。くそったれっ、攻撃開始だ、撃ちまくれ!!」

 

残りのアッシュは全火力を持って煙の立ち上る地点に向かって撃ち続けた。しかし、

 

『ファイナルビィィィムッ!!』

 

エコーの掛かった何者かの声と共に煙が吹き飛ばされると同時に凄まじい熱戦が部隊を襲い、
たちまち正面にいた三機のアッシュが光に飲み込まれる

 

「ボイジャー2、ボイジャー5、ボイジャー8、ロスト!!」
「何なんだよ!!アレは!!」

 

其処に立っているのは、MSを祐に超える全長の機動兵器……その高さ約三倍から四倍程。
金色と青に染められた、まるで太古の神話に出てくる勇者の如き姿である。

 

『ブゥゥゥストナッコォ!!』

 

巨人は右腕を溜め込むような動作の後その右腕を『発射』した。

 

「うわ…」

 

パイロットは叫び声を上げる暇も無く乗機の胴体を粉砕された。ゆっくりと崩れ落ち、爆発
MS隊の指揮官、ボイジャー1には、もう何が何だか理解できなくなってしまった。
つい先程まで作戦は成功間近だったはずだ…… それなのに、

 

「お前は……お前は一体……」

 

うわ言の様にボイジャー1、バーグ曹長はモニターに映る巨人に向かって手を伸ばした。
が、巨人は答えるはずも無く、胸部にあるクリスタル状のカバーを展開する。
内部にはエネルギー収束用と見られるレンズが敷き詰められていた。

 

「お前は一体……何なのだ!!」

 

『ファイナルビィィィムッ!!』

 

アッシュは為す術も無く青い光に飲み込まれていった。

 

「副長!!クソっこうなればっ」

 

残った二機のアッシュは目標を巨人からシェルターへと攻撃目標を変えたようだ。
アッシュの特徴でも有る跳脚力を利用して射程外へ一気に離脱しようとするが……

 

『させるかよっ!!』

 

巨人は肩に当たる部分にあるブースターを駆使しながら一気に肉薄する。

 

「アッシュの6倍以上の質量を持ちながら同等かそれ以上の機動性を併せ持っているとでも言うのか!!
 馬鹿げている!!」

 

その間にも巨人はアッシュとの距離を見る見る縮めていき、左の拳を振り上げた。

 

「おのれぇぇぇ!!」

 

自機の胴体ほども有る拳がモニターいっぱいに写し出され、貫かれた。

 

「ボイジャー4、ダウン」
「作戦失敗、負傷者を回収後、全隊撤退しろ……」
「こちらボイジャー6、…… 撤退までの時間は稼いでみせます」
「ディートリッヒ…… すまん」

 

ヨップは自らの部隊の作戦失敗を理解した。
何故?やどうして?など考えなかった。唯、作戦が失敗した。ということだけが彼の全てだった。
そして失敗者に許されるのは……

 

死を選ぶ事のみであった

 
 

シェルターを出た少年たちが見たのは、崩れゆくMSとそこら中に横たわる残骸。
そして、朝焼けに照らされ金色に光る、モビルスーツをゆうに超える背丈の巨人……
この巨人との出会いが、少年の運命を大きく変えていくことなるのであった

 

「これは一体……」

 

子供たちを押しとどめるようにシェルターから出てきたマリュー・ラミアスはその光景に当惑を隠せないでいた。
浜辺や沖に転々と横たわる残骸は、先程襲撃してきた部隊のものであろう。
だが、それを完膚なきまでに破壊しつくしたこの巨人は一体……

 

「さぁ、僕にもわからんね。少なくともMSではないって事は確かみたいだが……」

 

先頭に立つバルドフェルドが呟いた直後、巨人は彼へと視線を向けた。
突然の動作にさしもの『砂漠の虎』といえど、驚きのあまり半歩後ずさる。
しかし、其処から聞こえてきたのは、彼の聞き覚えのある声であった。

 

『アンドリュー!! 無事だったみたいだな!!』

 

「カザハラ!! そいつに乗っているのは君か!?」

 

『おう、グルンガストってんだ』

 

金色の巨人はご丁寧に片手を挙げて挨拶をする

 

『とりあえず話はコイツから降りてからだ。どっかに広いスペースか何かはあるか?』

 

あまりに緊張感の無い声にバルドフェルドは思わず苦笑を漏らす

 

「南の先200メートルに入り江がある。其処ならそのデカブツでも優に入れる」

 

『おう、助かるぜ!!』

 

地響きを立てながら巨人はしっかりとした足取りで海岸に沿って歩いてゆく……
その光景にシェルターに避難していた子供たちははしゃぎながら海岸沿いに巨人を追いかけてゆく……
最後尾に立っていた少年、キラ・ヤマトはその光景を微笑ましく見守っていた。

 

「……あんな物が世界に存在するなんて……」
「ラクス?」

 

震えた様に小さく呟くその声にキラは傍らに立つ少女を見つめた。

 

「キラは恐ろしくないのですか!? あの様な兵器が、まだこの世界に存在するなんて!!」

 

では、あのシェルターに眠っていたアレは胴説明するのか?キラは当惑と違和感を覚えたが、あえてそれを胸のうちに隠した。

 

「あの人は僕たちを助けてくれたんだ。もし僕たちを殺すつもりなら、シェルターの中にいる時点でやられちゃってる」

 

恐怖に顔を染めたラクスをなだめるようにキラは笑みを返した。

 

「まずは話を聞いて見ようよ。ね?」

 
 

「……異星人の侵略、上層部の売国行為、天才科学者の反乱、おまけに正体不明の怪物と来たものだ。
 全く、『君の居た世界』というのはトンでもない所だな?」

 

バルドフェルドは腹一杯と言わんばかりに嘆息しつつコーヒーを啜る。屋敷に戻った一行はイルムの話を聞くべく広間に集まっていた。
キラの母、カリダと子供たちは屋敷の外に出ている。
ここに居るのはかつて「三隻同盟」と呼ばれた者たち、その主脳とも呼べるメンバーである。

 

「おい、まさか俺の話をハナっから……」
「信用するさ…… 目の前で「あんな物」がご丁寧に挨拶して来るんだ。
 誰だって自分の置かれている状況を否定したくなる。
 だからそんな突拍子の無い話をされると、逆にそれが信じるに値する話に変化してしまうのさ」

 

イルムはバルドフェルドの回答に目を丸くすると、カップに注がれたコーヒーを乱暴に飲み干し、全く、と呟くと背もたれに体を預けた。

 

「俺からしてみりゃ、こっちの世界の方も大分逝かれてるぜ。
 戦略的なファクターが少ねぇ癖に殲滅戦までするんかってんだ。宗教がらみって訳でも有るまいに」
「宗教。か、君たちの世界に神は存在するのかい?」
「宇宙人の存在を肯定することは、神の存在を否定することだ。って言葉、知ってるか?」

 

イルムは面倒くさげに手を振る。なるほど、とバルドフェルドは苦笑しつつカップに口を付ける。

 

「こっちも似たような物だ。隕石に埋め込まれた地球外生物の化石が発見されて以来、世界は神の存在を否定した。
 皮肉にもその代わり、人間は更に傲慢になったがね……」
「上に居座るものが居なくなってはっちゃけやがったか」
「そういうことだ。そしてこの世界の人間は二種類。コーディネーターとナチュラル。
 二つの人類は互いの存在より自らが優れていると背比べを始めたのさ。当にどんぐりの背比べだよ」
「難儀なこった……」

 

呆れた様な表情を繕いつつ、内心で得た情報を事細かに整理してゆく。

 

(転移反応をトレースして追跡したものの、『奴ら』がこんな混乱した世界に転移してるとはな……足取りを探すのにも一苦労だな)

 

イルム心の中で舌打ちをする。

 

「……お待ちなさい」

 

先程から沈黙を保っていた少女、確かラクス・クラインとかいう名だったか、が立ち上がる。

 

「先程から貴方のお話を聞いていましたが、争いが争いを加速させるだけだという結論には達することが出来なかったのですか?
 聞けば、ビアン・ゾルダーク博士という方も、地球圏の為と言いつつも結局戦乱を拡大させただけではありませんか?」

 

怒りと恐れに染まったラクスの瞳は真っ直ぐイルムに向けられている。
全面戦争を瀬戸際で終結させた組織の頭だけあって、なるほど唯の神輿ではないらしい……
イルムはその視線に動じる事無くその透き通るような瞳を見つめ返した。部屋の中が張り詰めたような雰囲気になる。

 

「人類という種を存続させる力を育て上げる為に自分達の命まで賭けて地球圏に戦いを挑んだ男だ……
 自分の愚かさは良く理解していたんだろうな。
 あの男自身が天下を取るか、俺達の様な存在が出来上がるか、どちらに転んでも結果的に自らの本懐は遂げられるって訳だ」
「ですが!! その争いで亡くなった人々は、無駄な血を流してしまったことになるではありませんか」
「お嬢さん…… 何事も無血で事が進むのなら今頃世界は平和になってるぜ。
 現にあんた達だって戦争を終結させる為に軍隊のど真ん中に殴り込みを掛けただろう?
 ご大層な御頭目を掲げたところでやっている事はテロリストとさして変わりが無い。」
「……私達がテロリストだと?」
「最終的に戦争は一旦終結したんだろう。
 だが、其処までに至るまでにどれだけの血を流し、流させた?
 結局あんた達もビアン博士とさして変わらない」

 

イルムの冷徹なまでに鋭い指摘は少女の心に深く突き刺さる。
そう、確かに自分達は戦争を終結させ、滅びへの道を止めた。
其処までにどれほどの命が消えた? 何百? 何千? いや……

 

「わ、わたくしは……っ!!」

 

ラクスは突然立ち上がると、駆け出して部屋を飛び出した。
バルドフェルドは溜息を吐き、コーヒーを啜る。各々緊張が切れようにだらしない姿勢になる

 

「全く…… 冷や冷やしたわよ。あの子に面と向かってあんな事言うんですもの」
「しかし、何時かは理解しなければいけない事だ。
 今の時期が一番だったようだな……
 すまない、知り合って早々汚れ役を押し付けてしまった。」
「俺の方が勝手に言っちまったことだ。気にするなよ」

 

バルドフェルドは苦笑しつつ空になったカップにコーヒーを注ぐ。

 

「あの……」

 

先程から無言を貫いていたキラが突然口を開いた。内に秘める戸惑いと疑問のせいか居心地の悪そうにカップを弄り回す。

 

「何故…… その人はそうまでして地球を護ろうとしたんでしょうか?」

 

何故かキラはこの胸のうちに浮かび上がった問いを問いかけずにはいられなかった。
何故その男は自らの命を犠牲にしてまで護ろうとしたのか? そこにキラ自身の探す答えがあるかのように……
イルムはしばし考えるように…… そしてさも当たり前なようにその「当たり前な答え」を口にした。

 

「そりゃ、誰だって一つや二つ位守りたい物があるだろうよ?
 あの男場合、一番身近にそれが出来る方法があったからそうしたってだけだろうな」

 

キラはその答えに言葉を失った。
至極単純な答えだった。しかし、その答えが全てを物語っている。そうだ、何故こんな事に気がつかなかったのか?
自らが初めてMSに乗ったときも、初めて敵のMSに立ち向った時も、
全てはあの時あの場所にいた皆を護りたかったからでは無かったのか?

 

「……ははっ」

 

いつの間にか俯き肩を震わせている自分がいた……
そうだった、いつの間にか世界が如何だとか、人々の幸せだとか小難しいことに走りすぎていた。
答えは元より最初に存在していたのだ……

 

「キラ君?」

 

マリュー・ラミアスが心配そうな顔で肩に触れるがキラは心配ないです、と顔を上げる何故か少しだけ吹っ切れたような顔をしていた。
その顔にバルドフェルドはうれしそうに口元を吊り上げる。

 

やれやれ、本当に面白い男だ

 

「それで、これからどうするんだね?」
「とりあえず、情報を集める。話はそれからだ」

 

この世界に転移していることは確かだが、如何せん世界は広い……一個中隊以上の規模とはいえそんな輩はゴロゴロしている

 

「ま、気長にやるさ」

 

宇宙には『本隊』がいる。向こうの方が先に発見する確立が高いだろう。
こっちに降下してくる事も考慮して集めることにしようか……
それを聞いたバルドフェルドは不敵な笑みを浮かべる。
いつの間にか左手をキラの頭に乗せている……
その意図を知ってか知らずか乗せられた方の少年はきょとんとしている。
対するイルムは目頭に指を当てている

 

「おいおい、冗談だろ?」
「何を言っている? 一人で見知らぬ土地を歩かせるわけにはいかないさ。
 心配するな、こう見えてもキラはそれなりに腕も立つ。
 それに一人より二人のほうが何事もやりやすいというものだ」
「え……ええっ!?」

 

キラは突然の事に驚きを隠せない。と、バルドフェルドは打って変わって穏やかな笑みでキラを見る

 

「お前はこんな僻地で隠居をするのには早すぎる。お前はまだ若い……
 この世界や今起きている現実はきっとお前を強くしてくれる。
 なに、カリダさんやラミアス君、ラクスの事は心配するな。
 キラ、世界を見て来い!! それが世界を救った俺やお前の責任でもあるんだ」
「バルドフェルドさん……」
「キラ君、行ってらっしゃい。あなたにはまだ無限の可能性があるのよ。
 こんなところで時間の無駄をしちゃダメ…… ムウも生きていたら、きっとそう言うわ」

 

ラミアスは壁際に置かれた写真立てを懐かしそうに見つめる……

 

「坊主、お前はどうなんだ?」
「……連れて行ってください!!お願いします!!」

 

しばしの沈黙の後、キラは頭を下げる。その顔にイルムは豪快な笑みを浮かべながら勢い良く立ち上がった。

 

「よし!! そうと決まれば善は急げだ!! 坊主、男に二言は無いな!?」
「は、はい…… あ、それと」

 

気が付いた様にバルドフェルドに振り返る。

 

「僕が行く前に、地下のシェルターにあった『あの機体……」
「ああ…… 『フリーダム』だな」

 

バルドフェルドは真剣な面持ちで頷く。
『フリーダム』…… かつてのヤキンデューエ戦役において伝説となった白いMS。
彼は二年前この機体を駆り、『あの男』との戦いで失われた…… はずであった。
先程の襲撃時に逃げ込んだ地下の奥にあったのは、紛れも無くこの機体だった。

 

「あれは、ヤキンに漂っていたお前の機体を極秘に回収、修復を行なったものだ。
 ラクスは来るべき新たな戦乱の為に必要な物だと…… そして俺もラミアス君もそれに賛成してな」
「ごめんなさい、こんな物を隠しているなんてあなたには黙っておいた方が良かったから……」

 

ラミアスはすまなそうに頭をさげる。

 

「処分、お願いします。あの機体はもう、必要ありません」
「わかった。Nジャマーキャンセラーと核分裂炉は封印しておく」
「お願いします。じゃあ……」

 

それだけ言うとキラは部屋を出て行った。

 

「全ては俺たちの責任さ…… 彼には戦場には出て欲しくないといいながら、こうして彼の為の兵器を作り出しているんだからな」
「……護るべきものを持った人間は、そうでない人間の何倍もの力を発揮する」
イルムは静かに呟いた
「誰の言葉だい?」
「さぁ、誰だったか…… じゃ、またコーヒーご馳走になるわ!!」
「ああ、いつでも待っているよ」

 

イルムは手を振るとそのまま部屋を後にした。

 

「……本当に良かったの?」

 

テーブルに座ったままマリューが問いかける

 

「彼のことかい?それともキラのこと?」
「……ラクスさん」

 

ああ、と言いつつ再びコーヒーを啜る。

 

「これも彼女の為だ…… 彼女は勝ちすぎてしまった。荷が背負いきれぬほどに」

 

ラクス・クラインは二年前、一世一代の大博打に大勝利してしまった。
それは敗北から得る虚しさを理解したことが無いということである。そして勝者は更なる勝利を望む……
彼女自身が何処かで戦乱を望んでいるならば、最も近くにいる勝利をもたらすことの出来る存在……
すなわちキラと『フリーダム』を離さなければならない。

 

「僕の考えが間違っていればいいんだけどね……」

 

バルドフェルドは溜息を吐きながら、カップに映る自分を覗き込んだ……
全く、自分の人生設計にこんなプランは入っていなかったのだが……
轟音が鳴り響き、窓ガラスがびりびりと震え始める。
どうやら旅立ちの時が来た様だ。偽装を施された巨大な飛行機が海に向かって飛び立ち始めた。
その光景を見つめながらかつての砂漠の虎はその隻眼をゆっくりと閉じる

 

「アイシャ、僕たちの息子が行くぞ…… 願わくば」

 

……願わくば彼等の行く末に光明あれ

 

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