鉄《クロガネ》SEED_3-4

Last-modified: 2008-06-04 (水) 00:19:05

「放せ!!私は……私はまだ納得していないぞ!!」

 

力ずくで振りほどこうとするが脇に抱えられた両腕は万力で締められたかの如くピクリとも動かない。
何故この様な事態に陥ったのかまるで理解できない……最も信頼を置いていた筈の人間に裏切られるなど予想できただろうか!?

 

「何故だユウナ……何故……」

 

無情にも議場から正面ロビーへと続くエレベータまで連れ出されてしまい、閉じる扉は必死の呼びかけにも応じる事無く、無情にも彼女の叫びを遮ってゆく。
約束したのだ、あの少年と……決して二年前の悲劇は繰り返さないと。
信じてくれたのだ。もう一度チャンスをくれたのだ。それなのに……今の私は、無力だ

 

「ユウナアアアアアアアアアッ……!!」

 

せめてアイツが居れば……そう思う自分に腹が立った。

 
 

声が閉じるドアにかき消されると、議長席の壇上に腰掛けるユウナは一人溜息を付いた。
プランの第二段階……連合とプラントとの全面衝突までに此方の地盤固めを完了、は概ね完遂という事になる。
カガリ・ユラ・アスハはこの計画が完了するまで表舞台からは退場してもらう。問題はプラントへ渡ったアレックスだが、此方のほうも『ユウナ・ロマ・セイラン』としてはなんら障害にはなりはしない。
むしろ、彼の存在こそがこの計画のフィナーレを飾るに相応しい人間なのだから……

 

さらば、僕の日常――そして次に会うときは

 

アレックス・ディノ、もといアスラン・ザラはただ一人ユウナが友人と胸を張って呼べる男であった。
アスランという存在が居たからこそユウナは今此処に立っているといっても過言ではない。
彼と出会い、そして彼の心の闇を垣間見たあの日こそこの計画の原点なのだ。
大戦終結以降、オーブの政治状況は悪化の一途を辿って行った。相次ぐ不正と癒着、絡み合う利権、私利私欲のみを考える三流とすら呼べないような政治家連中……
五大氏族という船頭が消えた瞬間、彼らが閉じ込めていたそういった人間が大手を振って政治の表舞台になだれ込んできたのだ。
このような状態が続けば国土や人口の少ないオーブはいずれ大国の一部と成り果てるだろう。
ユウナにはそれが許せなかった。彼はウズミ・ナラ・アスハを尊敬していた。彼の憧れでもあった。
確かに彼は国民に自らの理論を押し付け責務を国民に負わせたまま自決してしまったかもしれない。しかし彼は確かに国民を愛し、国民に愛されていた。彼は乱世の豪傑に成ることはなかったが、紛れも無く治世の能臣であった。
そんな彼の残したオーブを見限り、捨て去る事は出来なかった。

 

(俺に流れるこの血が引き起こした事なら、俺が全てを償わなければならない)

 

「それが君の選択なら……」

 

ユウナは議場の窓に映るマスドライバーから伸びる白煙に向けて一人呟くと壇上から身軽に飛び降りる。視線の先の扉には6人の男女……

 

「やあ、待たせてしまったようだね?」
「そうでもないわよ。あの人は先に行っちゃったけど」
「では、行こうか」
「……一ついいかしら」

 

これから世界にケンかを売るのだと言うのに、何のことも無くまるで散歩にでも往くかのごとくリラックスしたその後姿にレモンはふと感じたある疑問をぶつけてみた。
それは戦争を行うものが必ず自らに問いかけるある一つの疑問……
オーブ国防軍の中央ハンガーデッキは大型艦船がまるごと納まるほどの広大さがある。
神殿の彫像のようにそこに繋留されているオーブ軍主力MS『ムラサメ』式典使用の足下には、パイロットのみならず整備員、士官、果てはオペレーターまで、軍隊という組織でほぼ揃う全ての職員がそこに整然と並んでいた。
彼らの思いは唯一つ、二年前に護れなかった物を護る為……失った悲しみを再び繰り返さない為である。

 

延べ10万を超えるその人々の視線の先に、一人の男がいた。
齢40前後だろうか。彫りの深い顔付きに戦場に居る者特有の鋭い目つき、如何様な人間がこの男を見ても、この男に軍人以外の何が務まるか判断に苦しむだろう。
それほどまでにこの男は『軍人』という存在を体現していた。

 

「この感覚、この空気……」

 

空間を直に感じ取るように、目を閉じ静かにそう呟く。
そう、この男は当に軍人であった。
戦争を知り尽くした故に戦争を求める男……

 

男の名は  ヴィンデル・マウザー。

 
 
 

鉄SEED 地球編 「戦う意味」

 
 
 

「周辺に艦影なし。どうやら此方側には艦隊は展開されていないようですね……」
「此処一帯がどうであれ連合の艦隊が包囲を始めているのは事実よ。索敵を怠らないで」

 

測量主の報告をそう返すとタリアは艦長席のアームレストに肘を立て拳に顎を乗せる。
そう、ユニウスに現れた敵は此方のレーダーの範囲内から突然現れたのだ。奴らが持っていた技術は連合が作り上げた物かもしれないのだ。そのことを加味すれば、慎重すぎて悪いことはない。
カーペンタリアまでたどり着ければ……

 

「それにしても、よく何事も無く帰してくれましたね。自分はてっきり連合に売られるかと思ってましたよ」

 

タリアを現実に引き戻したのは副長であるアーサーの一言であった。

 

「多分何事も無かったわけじゃないでしょうね。恐らくアスハ代表のお陰よ」

 

そう、地球側の動きに対し真っ先にミネルバを国外に退出させたのは、ほかならぬカガリ・ユラ・アスハその人であった。彼女の尽力が無ければ今頃ミネルバは地球連合への手土産としてオーブに拿捕されていたかもしれない。
恐らく連合は宇宙の敵を叩く前に、自らの地盤を磐石な物にするだろう。その対象にオーブが入っていないわけが無い。
コーディネイターを積極的に取り入れて作り上げた技術、海底に存在する豊富な資源、そしてマスドライバーのおまけ付きだ。連合が放って置くわけがないのだ。
カガリはその100%起きるであろうそのもしもの時の為のカードを、みすみす投げ打ってまで筋を通したのだ。

 

――議会は何とか収めて見せよう。地球を救った英雄に対してのこのような扱いを許してくれ――

 

一軍人に過ぎない自分に対し深々と頭を下げるオーブの代表。一政治家としては不適格なのかもしれない……しかしタリア・グラディスという一人の女性としては、この自身の三分の二程度の人生しか歩んでいないこあの少女に深い感慨を受けたのは紛れも無い事実だ。
頬杖を付いたまま、眼前に広がる海原と空に思いを馳せる。
若さ故の純粋な思い……悪くないものだとタリアは思う。

 

「全く、どこぞの『狸』とは大違いね」

 
 

「……クシュッ!!」
「風邪、か?」
「……誰かが噂しているのさ、概ねあまり良い物ではないだろうがね」

 

そう悪戯っぽく囁くと、指揮官の証である白いコートを着たギリアムは小さく笑みを返す。

 

「あまり自意識過剰になるなよ、ヒールも度が過ぎると食傷気味になるものだ」
「……経験者は語る、かい」
「偽悪者は特にな、」

 

そんなたわいの無いやり取りの中でも、デュランダルは送られてくる膨大な数の報告に逐一反応し、それに対する対応を送る。
かなりの量だが、これでも自分に掛かる負担はかなり減った方だ。デュランダルは一息付くとふと後ろに立つ男の事を思い返す。
教導隊、その中心である四人は今のデュランダルにとって懐刀とも呼ぶべき存在である。

 

彼らが居るのは小劇場がすっぽり収まる程の広さを誇る中央司令室、複数の階層から構成されるこの部屋の最上段の席である。
最下層ではオペレーター達が忙しなく動き、月軌道に集結しつつある連合艦隊の動向を監視し続けている。最早衝突は避けられないという事だ。
モニターに表示されるプラントの本土と呼べるコロニー群と月軌道との丁度中間ほどにある巨大な赤い円が連合の艦隊、それらとプラントの中間に幾重に張られた弧状の線が防衛ラインである。

 

「やはり『見せ札』、なのかな?」

 

手元のコンソールに報告されるデータの中には在るべき物が存在しない。デュランダルは訝しげに呟く。
それは通常の戦闘行為においてあるはずの無い、否、在ってはならないなのだが、事相手が『連合』ならばそれを使用してもおかしくはない兵器……

 

「ゼンガー達はそう判断したようです。どこかに『切り札』が必ず居ると……」

 

連合の艦隊は一向に動かぬまま数時間が経過している。まるで嵐の前の静けさだとデュランダルは感じていた。

 
 

ミネルバはオーブの領海を越えた。
連合の包囲網は恐らく直ぐそこに存在している。オペレーターが異変を素早く察知できたのはむしろ当たり前だったのかもしれない。

 

「レーダーに反応!!海中です!!」
「コンディションレッドに移行!!対艦、対MS戦闘用意!!」

 

タリアの一言で艦内の雰囲気は警戒態勢から戦闘態勢に瞬時にシフトする。
整備班は艦載機の最終チェックを、ダメコン要因は所定の位置へ、其々が生き残るため最善を尽くすべく動き始める。
既に愛機のシートに納まっているシンはコクピット内からの起動シークエンスを着々と進めていく。今回の戦闘も『フォース』だ。

 

「ホントは『ソード』なんだけどな……」

 

敵の狙いが『ミネルバ』ならば、待ち伏せていた相手は例の強奪部隊という可能性も少なくない。その時空戦主体のフォースで何処まで戦えるのか?
シンは紅紫に染まったMSを思い起こすと軽く頭を振る。今はそんな事を推測する時ではないのだ。

 

「シン?」
「なんですか、艦長がこんな時に?」

 

訝しがるシン、だがタリアはそんなシンの疑問に答える事無く話を進める。

 

「今回の戦闘、指揮はレイではなく、ユウキに任せます、彼のお手並み、見せてもらうわ」
「はぁ!!」
「そ、そんな急に言われても」

 

ルナマリアも驚いたように通信に割り込みをかける、が、タリアはそれに動じた様子も無く続ける。

 

「ユウ、と呼んでいいかしら?」

 

通信用モニターにもう一人新たな顔が加わった。当のユウキ・ジェグナンである。

 

「艦長のご自由で結構です」

 

ユウは無表情で応える。まるでレイみたいな奴だ。

 

「あなたにMS部隊の指揮を任せるわ。よろしくて?」
「了解、基より臨時での部隊指揮の権限も上から受けています。艦長がそういうならば部隊の指揮を預からせていただきます」
「任せるわ」

 

それだけ言うと双方の画像が途切れる。話はお仕舞いということだ。

 

「全く、無茶苦茶すぎよ、うちの艦長」

 

ルナマリアが呆れ気味に呟きを全くだとを返す。

 

「レイは?」
「気にするな。俺は気にしていない」

 

当の本人はまるで意に介さぬ様だ。

 

「そうじゃなくてさ、あんな得体の知れない奴に指揮権渡していいのかよ?」
「有能ならば問題はない、そうでなければ死ぬだけだ。艦長も理解しているだろう」

 

そうこう言っているうちに機体はリニアカタパルトに接続されていた。シンは慌てて操縦桿を握りなおすと気合を入れなおしてカタパルトの先の水平線を見つめる。

 

「こんなトコで死ねるかよ……シン・アスカ、インパルス出ます!!」

 
 

「おっ、来た来た、例の試作艦の」

 

一方の海中、海底を這いずる巨大な鯨のような影……ステルス潜水母艦『ディーヴァー』から射出された四つの黒い何かが光の届かない場所から上へ上へと上昇してゆく。
その一つ、マゼンダに染められたアシュセイバーのコクピットでネオは不敵な笑みを作る。
前回は引き分けに持ち込まれたが、今回はそうは行かない。『作られた存在』であるネオも彼の部下にとっても敗北は死と同意なのだ。

 

「三人とも、機体の具合はどうだ?」
「オーケーだ」
「問題ないしっよ」
「大丈夫……」

 

三者三様の答えだが概ね良好ということらしい。まぁ何とかなるだろう、ならなければ死ぬだけだ。
一度死んだ身、二度目が怖い訳が無い。

 

「さて三人とも、戦争しに行くぞ!!」

 

スロットルを全開にし一気に海上へ、
正気をポケットにしまいこめ!!
アドレナリンを体から湧き上がらせろ!!
敵を焼き尽くせ、そのための機体、そのための体、そのための命!!
一度体を失っても、戦いの不毛さを理解していても、この高揚感を味わってしまったら止めることなどできはしない。
望む望まざるに関わらず、『ネオ・ノアローク』は生粋の戦士なのだ。そういう風に「出来ている」のだ。
水しぶきを上げ海面へと飛び出す鋼鉄の巨人。
その眼前には特異な船体を持つ灰色の戦艦、そしてこちらに向かってくる四機のMS。

 

「また会ったな子猫ちゃん達、もう少しお相手をしてもらおうか!!」

 
 

来た。
遠方から向かってくる四機の機影に対しユウは目を細める。
レーダーをチェック。反応が鈍い、恐らく奴らのジャミングだろう。これでは全体の動きをカバーしづらくなる……
小さく舌打ちをすると、別枠のサブモニターに視界を映す。

 

「ルナマリア、配置に付いたか?」
「とっくに。今ミネルバとのセンサーリンクの真っ最中……OK、終わった」

 

よし、と一息。これでミネルバに対する防御火力はひとまず安心だ。
敵の戦力は未だ不明瞭、もし「奴ら」の本隊であれば自分はともかくザフトの装備、錬度でまともに戦える相手では無いだろう……
ユウは自分が珍しく緊張していることに気が付いた。

 

「よし、各員!!目的はあくまでミネルバの現海域離脱だ。深追いはするなよ。ルナマリアはミネルバの防衛、シン、お前は敵をミネルバから出来るだけ遠ざけろ」
「それって囮になれって事かよ!!」

 

すかさずシンが食って掛かるがそれは既にユウの予測範囲だ

 

「お前のポジションは前衛だろう?遠慮は要らん、好きに暴れて来い。レイ、シンの直衛に付いてやれ」
「了解」
「……ったく、一言余計なんだよ」

 

シンがぼそりと呟く。

 

「いや、どうやらアタリだったらしいな」
「レイ?」

 

モニターに映るレイの表情はどこか笑みが浮んでいる。

 

「個々の機体特性、パイロットの性格、それを見越したフォーメーションを短時間で組み上げる。臨時の指揮官にしとくのは勿体ないくらいだ」

 

レイがここまで他人を評価するのは珍しい事だ。もしかすれば初めてかもしれない……
そんなレイのユウに対する評価が頼もしくもあり、そして若干の嫉妬もある。

 

「無駄口は後だ、来るぞ!!」

 

先頭を飛ぶのはマゼンダのMS、奴は……

 

「あの時の!!」

 

インパルスは斬艦刀を抜き放つと、その勢いのままマゼンダのMSに切りかかる。
高速で放たれた斬撃を抜き放ったビームソードで受け流すと、ネオは他の三機に通信を送る。目的はあくまでデータの収集、余計な戦闘を重ねるより根元を叩いた方がやりやすい……

 

「ここは俺とスティングで引き受ける。アウルとステラは母艦にまとわり付く機体を狙え!!」
「「「了解!!」」」

 

ガイアとアビスは自分たちを無視して一直線にミネルバへ向かっていく。

 

「!?、あいつ等っ!!」
「おおっと、君の相手はこの俺が」

 

シンはインパルスを反転させようとしたが眼前の赤紫色のMSが行く手を阻む。シンは追い払うようにインパルスの斬艦刀を振るうが敵はその軌跡を読むかのごとく回り込み、カウンターを取ろうとする。

 

「くそっ、しつこいんだよ、こいつ!!」

 

上段から真下に振り下ろすも又もや切っ先ギリギリを回避しビームマシンガンを此方に向ける。シンは本能で射線から逃れると再び距離を詰める。狙うは胴体、一気にブーストを吹かし回避する間を与えずに突っ込んでゆく。

 

「シン、回避しろ!!」

 

切っ先が敵に触れるか否かの刹那、レイの叫びと自身の本能が同時にインパルスを右へとスライドさせた。
その瞬間、先程までインパルスが存在していた場所に幾筋もの閃光が走る。

 

「ほぉ、よく避けたな、直撃コースだと踏んだんだが……」

 

何時の間にやらマゼンダのMS、アシュセイバーの周囲には幾多の機動砲台がそれを護るかのごとく漂っている。

 

「ば、馬鹿な……地球の重力圏でドラグーンだと!?」

 

余りに目を疑う光景にレイも思わず驚愕の呻きを漏らす。
まるで重力を感じさせないような動きを取りながら、アシュセイバーの機動砲台は徐々にその取り囲む半径を広げてゆく……

 

「……このアシュセイバーの『ソード・ブレイカー』に何処まで耐えられるかな!?」

 

ネオはマスク越しに獰猛な笑みを浮かべる、どうやら敵は中々やるらしい……ならば此方も然るべき力を出さねばならないということだ。

 

「さぁ、行って見ようかぁ!!」

 

マゼンダの巨人はその気迫に応えるかのごとく両目を欄と輝かせた。

 
 

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