鉄《クロガネ》SEED_Another side_2

Last-modified: 2008-02-28 (木) 21:02:45

轟音、爆音、火薬と何かが焼け焦げる臭い……

これは『あの時』の記憶……

 

「手を離さないで!!」

 

そう私に言いながら、『お母さん』は私の腕を掴んで走り続ける。その言葉は前を走るお母さん自身にも向けられているのかもしれない。

 
 

……『お母さん』?俺には母親など存在しない……

 
 

「『――』、『――』、もう少しだ!!」

 

俺と母親の前を走るお父さんは私と『お兄ちゃん』を叱咤し続ける。
私達は『お父さん』の仕事上、最後の非難船にのる手はずになっていた。
何のお仕事をしているのか私達に兄妹にはお話してくれなかったけど、お父さんは「人々の発展の為のお仕事をしている」らしい。

 
 

……無論俺には父親すら居ない。

 
 

麓の避難船が見えてきた…… 私は気を許してしまったのか大事にしていた携帯電話を落としてしまう。

 

「俺が取ってくる!!」

 

だめ、お兄ちゃん!!行っちゃ駄目

 

……「――」と呼ばれる少年はそのまま斜面を滑り降り、木の根に挟まった携帯を拾おうとする……が

 

閃光……そして暗闇

 
 

この映像が俺に何の関係が有るのかは判らんが、それ以降イメージは全く浮んでこない…… 嵐のようなイメージだった。
俺は男と女の愛情の末に出来た存在ではない。
無論、遺伝学上の父と母は存在するが、そのどちらも、生まれてきた俺を抱き上げたことも、顔を見たこともないのだろう。
認識番号00451716、失敗作、クズ、出来損ない、それが産まれた時の名前

 

俺を生んだのは何万もの擬似子宮シリンダーの一つとある男の『人類の理想』という名の狂気……

 

意識が止みに沈んでゆく。どうやら夢の終わりのようだ。

 

俺の名はカナード、カナード・パルス

 

『人類の夢』の失敗作……

 

そう、今は……まだ

 
 

鉄《クロガネ》SEED another side 2

 
 

薄暗い部屋の中には、大量のモニター、デスク、そして巨大な水槽が幾つも並んでいる。
その様子はどこかの悪の秘密結社の研究所の様だ
この部屋の主の立場上…… あながち冗談とも言い切れないのだが。

 

巨大な水槽の一つに付属しているモニターのランプが処置中の赤から完了のグリーンへ、
同時に水槽を満たす液体が抜かれ、中に居る少年が目を覚ました。

 

「お疲れ様。気分はどう?」

 

この部屋の主、レモン・ブロウニングはデスクから少年に向き直り、椅子に座ったままタオルを投げ渡す。
水槽から出た少年は黙ったままタオルを受け取るとそのまま体を拭いた。

 

「最悪な気分だ」
「どうして?」

 

足を組み指先でペンを弄りながら妖艶な微笑を湛えた科学者は少年に尋ねる。

 

「夢を見た」
「どんな?」
「覚えてない。だが胸糞の悪くなる夢だった」
「そう」

 

少年、カナードの言葉に軽く相槌を打つとデスクに向き直りキーボードを打ち始める。
覚えていないという少年の答えに興味を失ったのか淡々と作業をこなす
何か意味があるのかと聞きたかったが、この女が簡単に真実を話すとは思えない。
語る事実に嘘はないが、こちらの追求をのらりくらりとかわしてのける。
それがカナードの、この優秀で享楽的な科学者の評価である。

 

「それで……」
「なぁに?」

 

レモンは今度はカナードを振り返らずに応じる。

 

「キラ・ヤマトはどうなった?」

 

キラ・ヤマト、カナードが倒すべき目標。
幾千、幾万もの同胞の中、唯一完成品として生まれたスーパーコーディネーター。
その頂点にしてカナードが求める、ヒトが持ちうる最強の資質、『SEED』を持つものである。
彼を倒すために、カナードは彼女に接触し力を求めた。
全ては「完成品」にして「最高傑作」を倒すため、半端者の自分が、決して失敗作ではない事を知らしめるために……

 

「ジョシュア君の報告だとキラヤマト御一行はオーブを目指しているわ」
「あいつか……」

 

カナードは現在の自分の代わりに任務を続ける男を思い浮かべた。
年の頃はカナードより一つ上の19、それなのに何かを達観したかのような雰囲気を持つ不思議な青年だ。
レモンによれば、彼らは自分とはまた違った形での協力者らしい。

 

「オーブか…… 決着を着けるには相応しい場所だな……」
「まだ彼には手を出してはダメよ?」
「知ったことか……」

 

タオルを肩にかけたままの格好でカナードは部屋を出ようとする。
が、敢えてレモンはそれを止めようとはしない。
彼に説得は無意味、しかし

 

「ヴィンデルの命令。前回あなたが勝手に彼と戦ったから、あの人カンカンよ?
 それに、スーパー・フリーダムの改修がまだ終わってないわ、足も無いのにどこへ出るつもり?」

 

カナードは扉の前で立ち止まる。だがその顔は獲物を目の前で奪われた獣のそれに似ている。
理解はしつつも納得は出来ない、そんな顔だ。

 

「お前達の軍門に下ったわけじゃない、俺は俺の好きなようにやる」
「それはダメよ、協力関係にあるんだからこちらの要望も聞いて欲しいわね。
 貴方のその『力』付加する技術もあの機体も、全て『私達』の技術で作られているのよ?」

 

自分を真っ向から見据えるレモンの顔は少なからず余裕まで残している…… カナードは一応己の敗北を認めた。
引き返して乱雑な動作で椅子に座る。此処に足止めされると判った以上とりあえず今できることは一つしかない。

 

「……服をくれ」
「いい子にしたらね」
「…………」

 

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