鎮魂歌_プロローグ

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:15:36

蒼穹がくすむ。
大地に茂る青い森が色あせていく。
太陽の光は鈍くなり、澄んだ空気が重くなる。

(……封鎖領域?)

空に立つのは赤い少女は思う。閉じ込められた、と。
まるで人形に着用されるような洋服に身を包み、その手には容姿に似合わぬ無骨なハンマー。釣り目が
ちな青く大きな瞳が、己を中心に周囲を見渡す。まるで世界が生気を失ったかのようなその現象を、彼
女はよく知る。なにせ彼女も使用できるのだ。空間を切り抜く効果を持つ結界の類だろう。その証明に
、彼女が思念での仲間への通話を試みるも、まるで届く気配がない。

「おい! どこのどいつだ! 姿を見せろ!」

赤い少女は叫ぶ。
その名をヴィータという。
ある任務で管理外の次元世界へと足を運ぶ最中の事であった。位置的にいくつかの世界を渡って目的
地へと赴く手段が最速であった彼女は、現地で仲間たちと落ち合う算段であったが、転移魔法に適した
ポイントへとたどり着く直前、閉じ込められてしまう。こんな事をするのだ。結界の使用者の目的は話し
合い等々の穏やかなものとは考えられない。現に彼女自身、結果を用いてやった事や結果に閉じ込め
られてやられた事と言えば、襲撃くらいだろうか。

(襲撃される理由は……………腐るほどあるか)

全周囲へと気を配ったままため息をつく。悪名高かったロスト・ロギアの一部たる彼女だ。復讐される覚
えは数えきれないほどあるだろう。周囲や職場の人間はかなり理解ある者たちだったから、少なくとも
露骨すぎる様な嫌悪の態度は受けなかった。しかし、報復されてもおかしくもなんともないのだ。
苦い表情だったヴィータが、人影を捉えた。
森から彼女の高度まで上昇してくるのは、銀の甲冑だった。いわゆるプレートメイルという全身鎧で姿
をほぼ完璧に隠し、その表情どころか男か女かさえ分からない。呼吸に応じたり微細な動きにあわせて
、プレート同士がこすれキィキィと音が鳴る。とりあえず傀儡人形ではあるまい。そしてそんな銀甲冑の
戦士を護るように、2枚の丸い盾が静かに浮遊していた。スフィアのように魔力で形成されているので
はない。デバイスの類だろう。

「やいコラ! あたしに一体何の用だ!」

ふと、桃色の魔力の光が脳裏に浮かぶ。あの二つくくりの女の子が最初に自分と対峙した時もこんな心
境だったのだろう。

「闇の書……壊す…」

奇妙にねじくれた声。魔力で変声でもしているのだろう、やはり男とも女とも判別がつかない。

「…もう闇の書はねーよ。もし、あたしが襲った事のある誰かだったら…その、悪かった。謝る」

視線を、ふいにそらす。自分でも気分の良い事をしていたわけではない。しかしかつて辻斬りまがいの事
をしたのは事実だ。バツ悪そうな、後悔が滲むその声色は間違いなく銀の甲冑へと届く。ちらりと、ヴィー
タは視線を銀の甲冑へと戻し、

「―――!!!」

慌てて空を蹴ってその場を飛びのいた。
直前までヴィータの顔面があった空間を振り抜いたのは、鉄拳だ。

「てめぇ! ……待てよ! ちゃんと反省してんだ! あたしも、シグナムも、ザフィーラも、シャマルも! 
だから、話だけでも……」

聞く耳持たない、と態度で言うように銀の甲冑はさらに空を踏みこんでヴィータへと襲い掛かってきた。
一寸だけ遅れて、甲冑を取り巻く2枚の盾も従うようについてくる。

「く……話ぐらい聞いてもいいだろ!!」

叫ぶヴィータに、銀の甲冑は問答無用だった。そもそも意思疎通のつもりはないらしい。
後退するようなヴィータに対して、銀の甲冑は前進だ。ワンテンポ早く甲冑がヴィータに追い付き、さらに
その鈍く光る腕を振るう。華奢なヴィータならば当たれば圧し折れてしまいそうな拳速。ヴィータは頭一つ
分高度を落として鉄拳をやりすごし、

「ちょっと響くけど我慢しろ!」

伸びきった腕を相棒の鉄槌で叩、こうとしたのを阻まれた。
耳に痛い金属の噛み合う音は、ヴィータのグラーフアイゼンと、浮遊していた盾の衝突音だ。

(オートで攻撃を防ぐのか……なら)

盾が移動すれば、それに隠れていた甲冑の拳がまたヴィータへ振るわれる。ゲンコツのように脳天へと
落ちるそれに、ヴィータはグラーフアイゼンを掲げてどうにか防御に間に合った。同時に、防御の魔法陣
を展開。赤い三角が組み合わさったそれは、重い音を立てて銀の甲冑が放つ鉄拳を阻んでくれた。
ヴィータはその魔法陣を隔てて鉄の拳を蹴る。反動で眼下の森めがけて高度が落ちる中、まるで手品の
ようにとりだすのは4つの鉄球。

「行け!」
『シュワルベフリーゲン』

高らかに詠うグラーフアイゼンを一振りし、その4つの鉄球を叩けば真紅の尾を引き銀の甲冑へと飛んで
行った。2つは左右から銀の甲冑を襲い、それを阻むために盾が2つ動く。もう1つは銀の甲冑へと直撃
するコースを走る鉄球と、同じコースをたどるがやや遅い鉄球。
盾が動いてしまった甲冑は、即座に位置をズラして直撃コースの鉄球を避けるが、後を追っていたもう1
球がゆるくカーブ。ホーミンングの要領で、甲冑へと突っ込んでいく。

「きゃっ!」

奇妙な悲鳴。とっさの悲鳴。そして爆音。着弾した鉄球は煙を上げて爆発してその視覚を大きく奪う。

「グラーフアイゼン! ラケーテフォルム!」

赤い雷電をほとばしらせて、グラーフアイゼンがカートリッジを噛む。瞬間、その姿が鋭い先端と噴出口
へと変貌した。出力と威力を誇るラケーテフォルムを構えて、ヴィータは赤いベルカの魔法陣を踏んだ。
グラーフアイゼンから吐き出される魔力の噴射による加速を得て、赤が煙から這い出す銀へと駆けた。
盾よりも早く甲冑へとたどり着き、かなりの手加減でその凶悪な先端を甲冑へと、叩きつける!

(気絶させる程度で……)「悪ぃ!」
『launch』
「なにぃッ!?」

鋭い牙が銀の甲冑へと届きそうなその時だ。銀色が弾け飛ぶ。
甲冑を構成するプレート全てが解き放たれ、突っ込んでくるヴィータへと降り注ぐ。
それはいい。その程度で突撃力が削がれるほど紅の鉄騎はヤワではない。問題は甲冑の中にいたであ
ろう人間が甲冑の四散とともに高速で飛び出した事だ。
結果、ヴィータの一振りは空振りに終わる。まるで前のめりになるように、振り切ったハンマーに引かれて
宙で回った。態勢の整わない中、目だけで甲冑の中身を追おうとして、

「―――!!」

ヴィータは見る。
赤い、紅い、灼熱の極大閃光が狙いすましたかのように彼女へと疾るのを。
込められた魔力量は規格外だ。まともに食らえば命があるかどうか怪しい。

(逃げ……無理……やべぇ! はや……)

実際に狙いすましたのだろう。ベルカの騎士に1対1での負けはない。
ならば―――

とっさに荒い防御陣を展開するも、それを嘲笑うかのように赫炎はヴィータを飲み込んだ。