鎮魂歌_第14話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:24:35

「さて、申し開きはあるかしら?」

アースラのブリッジでの事。
うつむくキラへと厳しい顔で言及するのはリンディだった。
リンディの隣では、腕を固定したクロノがやはり鋭い目つきだ。

「いえ……」
「あなたは本当に軽率に動いたわ。今回、なのはさんたちが向ったのが戦場であるのはスクリーンでよくわかっていたでしょう?」
「……はい」

そう、いかにクルーゼと知己であったとして、あんな場所へとずぶの素人が飛び込んでいいはずがない。
管理局からすれば厳罰ものの暴挙だ。
偶然にも飛行を目的とした魔力運営を考えていなければ、キラは死んでいたかもしれないし、その救助に手間をかければ重要参考人であるリリィに有利な展開になったかもしれない。
さらに言えば、クルーゼから一度攻撃を受けている。なのはが横にいなければ、これも殺されていたかもしれない。

「記憶の手掛かりが欲しいのは分かります。しかし、今度あのような行動に出るのならば私たち管理局としてもそれなりの措置をさせてもらいます。いいですね?」
「……もう一度だけ…もう一度だけ、あの人と話をさせてもらえないでしょうか?」
「それは約束できません。現状、ラウ=ル=クルーゼと友好的な関係が築けるとは思えない以上、あなたも話ができるというのは甘い考えです」
「でも、やっと手掛かりが……」
「それは分かりますが、しかし記憶と命のどちらが大事かと言えば、あなたも分るでしょう?」
「………」
「納得できないようね。でも、素人同然のあなたをあんな危険な場所へと行かせるのはできないわ。今回生きて帰ってこれたのだって、ただ運が良かっただけなのよ? それほど危険じゃなかったという認識は、改めてちょうだい」
「なのはちゃんは……構わないんですか」
「あの子は、実績も経験もあるわ。弱いあなたとは、違うのよ」

ぎゅっと、キラの手が強く握りしめられる。
悔しさが募る。
どうにか、間違いなく自分を知っている人間に会えたのにこれが敵意一色の人物だ。
けんもほろろに無視されても、ここは退きたくない。しがみついてでも、クルーゼから自分を教えてもらいたいのだ。
わらにもすがりたい思いだったキラが初めて掴んだわらである。離したくない。

「記憶を戻す方法は他にもあるはずよ。ラウ=ル=クルーゼについては、諦めてもらいます。いいですね?」
「………はい」

あくまでリンディの目を見ようとせずにキラは呻くように返事。
その様子にリンディはため息を一つつくが、今回は厳重注意で済ませるつもりなのでここまでとした。

「それでは、もう少ししたら来た時と同じ公園へと転送しますから、なのはさんの所へ」

そうして俯いたまま、キラはブリッジから出て行った。
何とも寂しそうな背中である。

いくらかの静けさがブリッジに流れたが、それもすぐにリンディが破る。

「さ、それじゃあクロノ、ヤマト君を追いかけて」
「……は?」

仕事人のクロノからすれば、母のキラへの態度は甘すぎると考えていた所である。
厳しい顔をしていたリンディだが、それが一転、嬉しそうな表情だ。

「だから、ヤマト君追いかけて適当な課題を出してきてちょうだい。その課題をクリアすればラウ=ル=クルーゼをチャッキした現場に立ち会わせるのよ」
「いや、ですが艦長、あんな素人が現場に出てくると困るんですが」
「だから、クロノもきっちり課題を出してね」
「だから、クリアしたら現場って……どれだけ厳しい課題になるんですか。そんなの無理に決まってるでしょう」
「無理なら無理で構わないわよ。少なくとも、今のヤマト君なら熱心に課題に取り組むわ。それでクリアできなくとも、これからの成長の大きなバネになるわ」
「………あ!」

どうも、話がかみ合わないと思ったクロノが、一つ思いつく。

「艦長、まさかキラ=ヤマトをスカウトするつもりじゃ……」
「正解。なのはさんやフェイトさんとは、また違った才能があるわ、あの子。鍛えるなら今ね。しかもラウ=ル=クルーゼに会うという目的があるんだからこれは伸びるわよ」

嬉しそうなリンディに対して、クロノはどんどん脱力していく。

例えば記憶が戻ったとして、魔法についてもうここまで足を突っ込んでいるキラは少なからずこれからの人生管理局と接触せざるを得ない。
その時、強い魔法使いであればある程待遇が良くなるのは事件を起こしているヴォルケンリッターやフェイトを見ても明らかだ。
記憶が戻らなかったとしても、故郷の分らないキラは管理局にすがるしかない。この時も、強い魔法使いであった方がやはり有利だ。

過去を失った不安を埋めようとする熱心さや情熱は、クルーゼを餌にして鍛練という方向性を与えれば、伸びる。
見る限り、キラの魔法の才覚は目を見張るものがあるのだから間違いない。
リンディの言うとおり、鍛えるならば今だ。

「……分かりました」

エイミィがクスクス笑っているのに睨みを利かせてから、クロノはキラの後を追った。

アースラに備えられた会議室にいた面々は、ブリッジに呼び出されたクロノとキラを除いた全員である。先ほどの出撃は見合わせたが、今回の事で帰ってきたフェイトもその場にいた。
丁度、シャマルが全員の前に立ち、今回起こっている襲撃の正体を説明し終えたところである。

光の卵。

闇の書殲滅のためだけに生まれたロストロギアの全貌に、場の空気は重くなる一方であった。
特に、はやては未だに魂抜けたように覇気も気力もない。

「……じゃあ、シグナムさんとヴィータちゃんは、助けられるんですね」

強く激しい思いを込めて、静かになのはが沈黙を割った。
頷くシャマルも、強い意思秘めた瞳だ。

「できるはずよ。リンカーコアさえ、摘出できれば、きっと」
「この場でリンカーコアに干渉できるのは、シャマルとザフィーラだけかい?」
「……いえ」

アルフの視線に、シャマルの表情が陰る。
シャマルが見つめるのは、自失寸前のはやてだ。
つまりはこのチームでリンカーコアを摘出するとなればシャマル、ザフィーラ、はやての3名である。
戦闘である事を考えれば、シャマルには荷が重い。
そして、愛する騎士たちから掛け値なしの殺気を突きつけられたはやても、戦えるかどうか、分らない。
適任と言えば傷ついたザフィーラぐらいなものだった。

「……います。ここにはいないけど」
「そうね、いるわね、2人」

フェイトの呟きに、シャマルも頷く。
もう引退した使い魔たちだ。その実力も折り紙つきだろう。コネもクロノがいるから連絡がつく。

「あの2人から、リンカーコアを……」

呟いて、アルフはぞっとしてしまう。
間違いなくこのメンツで考えた時に1対1でリンカーコアなぞ望めない。
ザフィーラであれ1対1ではヴィータのリンカーコアに干渉する隙がなかったのだ。
だが、可能性は間違いなくある。
フェイトももうそろそろ現場に出て構わない体調に戻るだろうし、リーゼ姉妹についてもこちらに助力してくれる率の方が大きいだろう。
そして、はやてのシュベルトクロイツが壊れてしまった事も、冷たく考えればプラスに働く。
デバイスのないはやてには、現場はきつい。これで今回のような飛び入りはしたくても出来ないはずだ。

まだまだ不安要素が多い中で、なのはやアルフたちには光が見えてきた気分であった。
その頃合い、クロノが入ってくる。

「なのは、そろそろ君を転送するから来てくれ」
「はーい」
「そこまで送ろう。キラ=ヤマトも待ってる」
「あ、わたしはいいから、クロノ君はシャマルさんたちと話をして欲しいの」
「光の卵についてだろう? 僕はもう知っている」
「そうじゃなくて、あの、いろいろとクロノ君の人脈についてといいますか……」
「? まぁ、構わないが……」

それから、元気になのはは「さようなら」の声を残して、会議室から抜けて行った。

アースラに来た時と同じ転送機器へとたどり着くと、もうすでにキラが立っていた。
そして様子は、明らかに今までとは違っていた。

「ヤマトさん、何かあったんですか?」

てっきり、リンディに絞られて気落ちしているとばかり思っていたなのはとしてはキラのたたずまいは予想していたものとまるで違う。
一言で表すならば、「嬉しそう」というのが適当か。だか「嬉しそう」というのも微妙に違う。

「うん……」

活力と希望に漲り、さらに不安と恐怖も混じったような瞳がしっかりなのはを見据えてきた。
覚悟した、と言うのが一目でなのはに分かる。

「僕も戦えるようになる」

『戦えるようになる事』

それが、クロノの出す課題だった。
たったの一言だが、勿論これを審査するのがクロノであるのだから生半可な戦闘では失格の印は確実だろう。
クロノと言う人物自体をそう知らないキラからすれば、どのくらい戦えるようになれば現場でクルーゼとの接触させてくれるのか分かるはずがない。
ただ、年下の執務官がいくつも修羅場をくぐりぬけてここに立っているのを肌で感じるキラは、楽観してすぐに現場に出してもらえるとは思えなかった。
それでも、その課題をキラは受けた。
正直、どうすれば戦えるようになるのか、よく分らないが覚悟を以て受けた。

『やるからには、相応の覚悟をしてもらう。とりあえず、まずは環境も訓練に向いた場所にしたい。本局の方で生活してもらうのが適当だ。アリサ=バニングスに事情を説明して、すぐにこちらに来てもらう事になる』

そして、その覚悟が次のクロノの言葉で揺らいだのだった。
あの、居心地のいい場所から離れる。
アリサと、鮫島と、樹理と、真由良と、朝木と、離れる。

『止めるなら止めるで構わない。記憶もラウ=ル=クルーゼと接触するだけが道じゃないはずだからな』

迷いが強かった。
自分を受け入れてくれるアリサたちと一緒なのは、涙が出るほどの感謝と楽しさがある。
その迷いを傾けたのは、ラウ=ル=クルーゼという名前。

もう一度会わなければならないような、気がしてならなかった。
記憶のためかどうかと言われれば、そうだろう。
だがそれ以上に、ラウ=ル=クルーゼと言う人間に対してキラは心の奥底に重い繋がりを感じるのだ。
間違いなく、自分はラウ=ル=クルーゼと強い関係があった。
そんな直感じみた観念。
そして、もう一度会うためには、力が要る。
これはクロノの課題うんぬんの話ではなく、ラウ=ル=クルーゼと対峙するには力も必要だと本能が警告を鳴らすのだ。
一度、フォトンランサーで攻撃された事以上に、失った記憶がラウ=ル=クルーゼに怯えのようなものを感じている。

それでも、会う。

キラはまるで壊してしまった超えるべき壁が、再び前に現れた気がするのだ。
今度は、超える。壊さずに。

覚悟は、できた。

『……わかった。こちらも準備させてもらうから、そちらも準備が終わったらなのはを通して連絡してくれ』

ギュッと、思いを握りしめる様に拳に強く力を込めてキラは「これから」の不安を押しのける。

「ど、どうしてですか……?」
「あのラウ=ル=クルーゼって人に、もう一度会いたいんだ。そのために、きっと強くなきゃ、ダメなんだ」
「記憶のためにですか?」
「……うん。それに、自分のため」
「?」

「自分のため」と「記憶のため」の違いがなのはに分らなかったのだろう。クエルチョンマークを頭に浮かべるなのはに、キラは少し苦笑した。正直、自分でもわからないのだから苦笑するしかない。
エイミィの警告が入り、それからすぐに2人は転送魔法陣の光に包まれる。
帰ってきた2人を迎えた公園は、もう月が高くに昇っていた。