鎮魂歌_第15話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:25:09

「そんな事が……」

一連の話を聞き終えた鮫島は、困惑を隠せず唸ってしまう。
事情を身振り手振りで説明したキラに、対面して座るアリサも突然過ぎる話に驚いていた。

バニングス邸へと帰れば、もう8時を少し超えた時間。
緊急で、アリサと鮫島の2人に広間に集まってもらい、テーブルをはさんで着席。
そして、キラは今日あった事とクロノの課題について2人に話したのだった。
現在この館の住人で、リンディらアースラスタッフから次元世界について教授されているのはこの2人だけなのである。

「それで……本当にヤマトさんの記憶は戻るの?」
「……分らないんだ。クロノ君からも他に方法があるかもしれないって言われてるけど……」
「じゃあ、なんでそんな危険な目にあってまで……」
「……それも、正直分らない。今日、クルーゼさんと実際に会って、何か思い出したわけじゃない。でも」

しっかりと、キラは鮫島とアリサを見つめた。
アリサの険しい目。
鮫島の柔らかな目。
どちらも、しっかりと。

「でも、僕はクルーゼさんともう一度話をしたい。昔あの人ときっと何かあった。それを、拾わなきゃ、前に進めない気がする……」

トン、トン、トン、トンとアリサがテーブルを指で叩いてキラから目をそむけた。
納得しかねているようにしか、見えない。
対して鮫島は、困惑からいくらか脱し、いつもの紳士然とした落ち着きを取り戻しつつあった。

「分からなかったり、そう言う気がするだけだったり……」
「……ごめん」
「謝らないで!」

控え目に小さな大声で、アリサが身を乗り出した。
傍目から見れば、何とも可愛らしい仕草なのだが真正面から迫りくる位置にいるキラは少々ビックリ。

「今度は本当に本当に記憶の手掛かりが見つかったんじゃない! 魔法いじりまわしてるより、そのクルーゼって人とっ捕まえる方が確実なんだから、これでヤマトさんの記憶もきっと解決よ!」
「え、あ……はい」
「声が小さい!」
「はい!」
「よろしい。その調子で、ちゃっちゃと戦えるようになって、さっさと記憶を取り戻すように!」
「あの……納得、してくれてるの?」
「そんなわけないでしょ! でも……こうしてキチンとあたしたちに事情を話してくれて、その上で自分がこうしたいって言ってるんですから、なのはよりはマシです」
「そ、そう…なの?」
「そうです。あの娘ったら、フェイトの時もはやての時もあたしとすずかに何も言わないんだから、思いっきりカヤの外だったんですからね! そのせいで首突っ込めなくて、あたしも魔法少女になる機会逃しちゃってバーニングアリサも……」
「私も……納得はしかねますが、なのはさんやフェイトさんを見ていて、黙るしかありません。どうか、戦えるようになたっとして、戦わない道になるようにと思うばかりです。どうか、お体をお大事に」

何か炎髪灼眼になったり使い魔召喚しそうな勢いで嘆き始めるアリサを横に置いておき、鮫島が実に穏やかにキラに微笑んだ。
どこか、寂しそうなその微笑みにキラの目頭が熱くなる。

「鮫島さん……ありがとうございます……僕…本当に…あなたたちに助けられて良かった………」
「いえ、今までお力になれなかった事が心苦しいばかりです。どうか、管理局ではきっと事態が好転しますよう……」
「そんな! 僕がここまで元気になれたのは、この屋敷の皆さんのおかげです。感謝してもし足りないぐらいなのに、返せないほどの恩なのに……勝手に出ていくなんて言って……」
「ふふふ、次に会う時は、記憶が戻っているといいですなぁ。今度は、ヤマトさんの世界について話を聞かせてもらいたいものです。それが、私たちに対する大きな感謝の印になる。その時は、きっと美味しいお茶で歓迎しましょう」

さて、と小さな声とともに、鮫島が立ち上がり未だブチブチ言ってるアリサに就寝を告げる。

「お譲さま、もう九時を過ぎてしまっていますので」
「そうね……それじゃヤマトさん、明日の朝にもうちょっといろいろ詰めて話を聞かせてもらうわ」
「うん。おやすみ、アリサちゃん」

ドアの向こうに消えるアリサと鮫島に、ぎこちなくキラは笑った。
今にも、泣いてしまいそうな、笑顔。

音も立てずに後ろ手できっちりドアを閉めてから、鮫島はアリサの肩に優しく手を置いた。
少女からは、ぐす、と鼻をすする音。

「鮫島……」
「はい」
「寂しいよ……」
「よく、我慢なさいました」
「うん……」

ギュッと、鮫島はアリサの手を握ってやった。

クルーゼとの接触、シュベルトクロイツの破損と様々な事を纏めた話し合いの後、
シャマルの言に従ってクロノはすぐさまリーゼ姉妹へと連絡。
リーゼロッテよりすぐさま「オッケー行く行く。じゃ、明日レティちゃん所集合ね!」との返事をもらう。
その能力ゆえ、グレアム希望辞職後もリーゼ姉妹がちょくちょく管理局の事件に力を貸す事は多い。
そういう場合、「管理局が民間の魔導師を雇う」という形を書類上作る必要があるので、
人を動かす仕事をする責任者に話を通すのが通例だ。
今回は、リンディとも親交深いレティ=ロウランにその白羽の矢が立つ。
幸い、レティのスケジュールにも空きがあったので、すんなりと面会の許可が下りてくれた。

そして、昨日から一日たった今日、クロノはレティの執務室のソファで待機中だった。
レティの部下であるマリーから、レティが遅れるのは聞いているので待たせてもらっているところである。
そろそろリーゼ姉妹の到着する時間だろうと、これまでの事とこれからの事を考えていたクロノのS2Uへと、連絡が入ってきた。
口にしていたコーヒーカップをテーブルへと置いて、カード状のS2Uを手に、思念通話の要領で回線を開いた。

『ク、クロノ! き、君のお師匠さんが!?』
『へっへっへぇ、よいではないか、よいではないか』
『あ、ちょ、ズボンは止めてください! ちょ! あ! そこは! クロノ! た、助けて! な、何とかしてくれぇ!』
『おぉ! 可愛い顔して、これはまた立派な……』
『いや! 本当、止めてくださ、あ、あ、あ、ぼ、僕にはなのはが…あ、ちょ、やめ、待って…心の準備がアーーーーッ!!』

そこで通信が途絶えた。
無事、リーゼ姉妹が本局に来た事が分かり、再びコーヒーをすすりながらクロノは、こっちにはアリアの方が来るのか、と思った。

だが、その予想は裏切られる事になる。

「待たせたわね」

執務室の扉が開く。
クロノがコーヒーカップを置いて立ち上がれば、入室してくる人物は2人。
レティと、グレアムだ。

「! グレアム提督!?」
「元提督だよ、クロノ」

柔和に微笑む老兵は隙なくスーツを着こなしており、管理局の制服姿ぐらいしか見たことのないクロノは見違えてしまう。

「ど、どうして元提督が……アリアやロッテは…?」
「ロッテは無限書庫で光の卵について情報を受け取りに、アリアはデュランダルの調整だ。2人から話は聞いたよ、クロノ。私も、君たちの力になりたくてね」
「き、恐縮です……」
「そんなに固くならんでくれ。もう私は一民間人だ。クロノ執務官、君の指示に従う側だよ?」
「そんな。しかし、なぜ提督……元提督まで?」

グレアムの目が伏せられた。
威厳ある顔立ちに、ほんの一瞬だけ陰りが見える。

「……罪滅ぼし、と言うのが適切だろうね」
「はやての事ですか」
「その通りだ。以前の私も光の卵と同じ側だったからこそ……今度は、今回こそは君たちと道を同じくしようと思う」

穏やかな表情で、しかし猛々しいまでの気配を備えてグレアムは笑う。
老いたと言え、まだその強さはっきりとクロノに感じられる。
持久力といった面ではクロノに分があったとして、瞬発力では到底この老練なつわものにかなうまい。
提督と言う責任がなくなった今、グレアムも戦場に出るつもりかもしれない。自然と、クロノの喉が鳴った。グレアムに圧倒されているのだと、それで気づく。

「グレアム元提督、まさか戦闘にまで首突っ込むつもりじゃありませんわよね?」

そんなグレアムへと、この執務室の主はデスクの向こうで訝しげな表情だ。

「年寄りの冷や水だと思うかな?」
「ええ」

レティがきっぱりと断言。メガネの向こうの眼光は鋭すぎる。

「ロッテとアリアがいるんですから、老人は後ろにいるのが一番です」
「ははは、当面はそうさせてもらうよ。まずは、はやて君のシュベルトクロイツを直す手伝いだ」
「はやても喜びます」
「どうかしら?」

クロノの言葉に、レティの冷えた声が割って入ってくる。
一瞬、クロノの脳裏に浮かんだのは泣きじゃくるはやての姿。今のはやてに何かを喜べるほど心にゆとりがあるかと問われれば、否だろう。

「さっき、正式に本局での待機命令を出したわ。一応、期間としてはシュベルトクロイツ修理完了までにしたけど、あの様子じゃシュベルトクロイツがあっても現場に出るの無理よ」
「………」

黙るしかなかった。
ザフィーラ、なのは、アルフと同じく、クロノははやての痛ましい姿を目の当たりにしているのだ。
またシグナムとヴィータから攻撃を仕掛けられる現場へと、戻れるようには見えない。

「なに」

しかし、

「あのロストロギアさえ扱いこなしたはやて君だ。きっと、また現場に復帰するだろう。その時のために、老人が今頑張らなければな」

ただ1人、グレアムだけは静かで暖かだった。

「さてクロノ、アリアとはここで合流だったろうが、今はマリー君のところだ。行って来なさい」
「そのようですね。それでは、失礼します」
「あ、待ちなさい」

引き止めたレティから、クロノは2つの物を手渡される。
一つは、双剣をかたどったペンダント。
もう一つは、この本局の簡易IDだ。

「こっちはロッテに渡しておいて」
「これは……デバイスですか?」
「そう、レヴァンティンよ」
「! レティ提督も持っていたんですか?」
「昔の愛用品だけど、もう使ってないから引っ張り出してきたわ。
状況が状況だけに、ロッテあたりに使ってもらってちょうだい。こっちの簡易IDは、キラ=ヤマト君に」
「ええ、渡しておきます」

一礼して、クロノが退室していく。
ちなみに、アリアとはすぐに会えたクロノであるが、なぜかロッテの合流はとても遅かったという。

車のドアが開いた。
運転席の鮫島は、並ぶキラとアリサを感慨深げに瞳を細めて眺めていた。

出発の日。
本局へ、キラは行く。
もともと荷物などないのだから、身軽な装いだ。
だが、心は重い。
もっと、この屋敷にいたいと思う。

一歩、キラが車に近づく。
そして、アリサに振りかえった。

「あの…アリサちゃん、今までありが 「違うでしょ!」

腰に手をあてて、アリサが大きな声。
一瞬、たじろいでからキラは恐る恐る口を開く。

「えっと……さような 「もっと違います!!」

おどおどと、うろたえるキラに、アリサは一睨み。
すくみあがるキラが鮫島を見ても、優しく微笑むだけだった。

「えっと……」

俯くキラ。
数秒、どうすればいいか、考えた。本気で。
だから、それを閃いた時、キラの表情はほころんだものだった。

「いってきます!」

アリサが、笑った。

「いってらっしゃい!」