鎮魂歌_第25話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 17:34:49

赤い魔力を揺らめかせ、蒼い翼が広がった。ザフィーラの蹴撃で中空を勢いよく落とされるが、それで急ブレーキ。
キラが先ほどまでいた高度を見上げれば、ザフィーラが追撃に降りてくる。
キラの手が跳ね上がれば、その手には無骨なライフルが赤い閃きとともに現れた。
トリガー。牽制と、誘導と本命を合計6発の連射に込めるがザフィーラの防御を突破できずに霧散。
振り下ろされる剛腕を避けながら、キラがライフルを握りなおせば、赤く輝いて即座に円筒状の柄へと変わる。握り絞めれば、先端からスラリと伸びる魔力のサーベル。
振り上げる動作でザフィーラの腕を斬りつける。魔力防壁を突破できたが、浅い。
振り下ろす動作で同じ軌道にさらにダメージを重ねようとして、ザフィーラのつま先が持つ手の甲に突きささる。

「ぐあ……」

思わず、サーベルを取りこぼす。
一瞬の隙。強い体のひねりから生まれた旋風のような蹴りを叩きつけられ、キラがさらに落とされる。
もう床にそれほど距離はない。どうにか、蒼い翼による停止を試みるがギリギリで、間に合いそうにない。

「うわぁ!」

腕で顔をかばいながら目をつむるが、ふわりとクッションにでもぶつかるような感覚。
そろりと目を開けたキラが見たのは自分を受け止める魔法陣だ。フローターフィールド。
足場として使われる魔法だが、こうして落下物を受け止める事も出来る。

「キラくん、大丈夫?」

安堵の息を吐けば、横手からはやてが声をかけてきてくれる。さらにその横には、クルーゼとアリア。
戦局をきちんと見るための、戦術的な話をしていた3人だ。受け止めてくれるだろうと予測してザフィーラもキラをここに落としたのだろう。

「ありがとう、はやてちゃん」
「どういたしまして」
「ヤマト、落とすな」

床に降り立つキラへと円筒状の柄が放られる。
ザフィーラが投げたそれを受け止めれば、ほどけるように消えた。

「すみません」
「サーベルもライフルも、フリーダムを使うようになって本当に安定した出力だからね、安心感を持ってる所がある。気をつけなさい。さ、最後に2対2を3回。まずは、はやてちゃんとザフィーラ対キラくんとクルーゼ」

アリアの忠告に頷いて、キラは背中の翼をたたんだ。クルーゼはプレシアの杖を、はやては訓練用のデバイスを取り出す。

フリーダムは基本的にキラの背にバックパックとして翼を展開するような、ほとんど飛翔の補佐としてあるようなデバイスである。さらには彼の意思一つでライフルとサーベルを具現、使用できた。
全て、フレイが最期に見た光景が元になっている。
すなわち、ZGMF-X10A、フリーダムの姿だ。
故にライフルもサーベルもMSの物を縮小しているようなデザインで、今までキラが徒手空拳のまま使用していたライフルとサーベルをより精度良く昇華してくれている。
いや、むしろ記憶を失っていたキラが無意識のままフリーダムの武装を魔法のイメージにしていたのかもしれない。
どちらにせよ、フリーダムというデバイスがキラとマッチした物であるのは間違いないのだが、そのための安定感がキラには油断や甘えになりかねないようだ。

「サーベルをデバイスに頼って形成するのも悪くないがな、空手のまま専心の一刀を作れるようにもなっておけ」

と、ザフィーラに強く言われている。

「ザフィーラさんをひきつけられますか?」
「いや、彼は盾だ。はやてくんに仕掛ければ動きを制限できる」
「フォトンランサーですね? 逐一、ゆさぶりと本命のスフィアを教えてください」
「あぁ、分った。そう言えば君はフリーダムでザフィーラを抜けるのかな?」
「速度だけなら。慣性や高度の制御、旋回が……」
「構わん。距離を見て鞭でヘルプを入れる。ザフィーラを抜いて、はやてくんに一太刀入ればいい。道を作ろう」

「スタートは後ろにおるけど、ころ合い見てあたしも前に出る」
「ヤマトは私が抑えましょう」
「クロスレンジ苦手なクルーゼさんにザフィーラ当てれば楽やねんけどなぁ」
「ヤマトの各距離での安定した戦力は、無視できません」
「キラくんを放してくれれば、アルフさんでようけ痛い目みてるからね、フォトンランサーは何とか捌いてみせるよ」

「よーし、じゃそろそろ始めるよ」

審判役のアリアの声とともに、トレーニング場の上空へと4人が一斉に飛び上がる。
なんだかんだで、キラとクルーゼも噛みあえているようだ。

キラ、クルーゼが目覚めて、幾日。
2人とも、とても死にかけていたとは思えぬ活力で訓練をするわけだが、まだ体が重い。
そして、それははやてもだ。

『あたしも前に出る! もう、じっとしてられへん! おとりでも何でもやる! 覚悟はええか! あたしは出来とる!!』

と、キラとクルーゼが意識不明になった時点で爆発。
以降、シュベルトクロイツの修復を待たずに訓練用デバイスでそれはもうモリモリ自分を苛めぬいている。
キラが目覚めたとの報を受けたのも訓練中だ。これでもかというほど、精力的に次の戦いに備えている。
やはりクロノが前線に立たせるのを止めたには止めたが、最終的にはやての参戦を認めていた。
とても悪く言えば「はやてをエサにする」つもりだ。
だが、それもはやてとしては望むところ。一刻も早く、シグナムとヴィータを取り戻す気満々。そして元凶、トライアを泣かせるつもりである。
プランとしてはやてを一度家に帰す。
現状では、ザフィーラ、リーゼ姉妹といった堅牢な陣営を先に地球に降ろして警戒態勢を敷いてから、はやてを帰してトライア一行に構えるつもりだ。

「あ、なのは!」
「へ? わぷ!」
「あ、ゴメン」

考え事に沈んでいたなのはがぶつかったのは、ロッテだ。
フェイトの声もむなしく、ロッテを激突してしまうなのは。
アースラの曲がり角。広く造られた通路なのにぶつかるなど、運動神経皆無なのを差し引いてなのはの様子がいつもと違っているのが良く分かる。

「す、すみません……ちょっと考えごとしてて…」
「お、なになに、お姉さんに聞かせてみなさいな。恋の悩みかにゃ~?」
「あ、いえ……その」

小指などを立てて、尻尾をふりふりしながらにじり寄るロッテに、なのはが後ずさる。
「ユーノ? ユーノなんだろ? それともクロノか……ま、まさかフェイトと?!」と言わんばかりでなのはの反応を待つロッテの顔は、好色そのものだ。
少しだけ、考えてなのはが唇を開いた。

「あの……アリサちゃんの事なんですけど……」
「アリサ? なんだ、なのはの事じゃないのか」
「えぇ?! わ、わたしは、そ、そんな……まだ…」

二つくくりをせわしなく動かして、顔を真っ赤にしながら首を横に振るなのはに、「あーもーいじりてぇなー可愛いーなこのやろー」と言わんばかりにロッテが猫の本性も隠さずに淫靡に笑んでしまう。
フェイトも横で、くすくすと微笑んだ。
とは言え、今回はロッテとしても楽しむ時間があるわけではないので、手早くなのはの話を聞く事にする。

「そんで、アリサがどうしたの?」
「あ、えっと……アリサちゃん、まだ記憶の戻ったキラさんと会ってないから、寂しそうなんです」
「それで、艦長に何とかならないかって尋ねようと思ってるんですけど……」
「あー、ちょっとダメだわね、そりゃ」

腕を組んで、ロッテが口元をへの字に結んだ。
なのはとフェイトも「ですよねぇ」と息をつく。
現状、本局とアースラにいるリンディ指揮下の全員が臨戦態勢であるようなものだ。誰かがいない、などという穴を作りたくない。
そもそもキラがどうとか言う前に、アリサが危ない。
なのはとフェイトはバディを組んで学校へと足を運んでいるが、「大人数すぎる子供たちに、なのはとフェイトを目標としたとしても、邪魔が多い」というリンディのある意味冷たい見解でOKが出ている。
個人的にキラとアリサを会わせる時間を作るとなると、正直頷けまい。
さらに言えば、人材に関してリンディはシビアすぎるほどシビアだ。
現場でなのはとフェイトをかなり自由にう動かせてくれたりする半面、縛る時は小学生には納得できないほど厳しい。

「じゃ、アリサをここに連れてくればいいじゃん」
「えぇ?! アースラってそんな事してもいいんですか?!」
「いや、ダメ」
「……え?」
「へっへっへ、リンディちゃんに言ったら、ダメって言うの目に見えてるからさ、内緒で連れてこようぜ?」
「え…でも…」

真面目な、なのはとフェイトである。例えば先生に隠れて悪い事をするかのような錯覚に顔が曇る。
そんな2人に対して、不良猫はいたずらを企む瞳である。

「ちょっとだけアリサを喜ばしてあげるだけだって。たとえバレても、あたしの責任にするからさ」
「は、はぁ……」
「明日、キラやはやてが訓練終えてアースラに降りてくるんだからさ、アリサの都合聞いて会わせてやろうぜ」
「い、いいのかなぁ……」
「いいのいいの。リンディちゃんなら見つかっても許してくれるって。あ、クロノには見つからないようにしないとね~」

すっかり、ノリ気なロッテになのはも「少しだけならば」という気になってくる。
例えば学校などであれば、こんな「悪い事」をなのはきっと駄目な事は駄目だと毅然としていただろう。
だがキラとアリサという異世界に生まれた者同士ついて、感傷的になってしまう。
自分とユーノの出会いも、とても特別なものだからだ。

「じゃ、まずはアリサの時間を聞いてからだね。明日が一番、やりやすいんだけどなぁ~」
「明日、ですか? 明日って確かザフィーラさんたちがまず降りてくるんじゃ……」
「うん、だから、都合が良い」
「? あの、実際にはどうするんですか?」
「んっふっふっふ~」

にゃ~、とロッテが笑顔。今度はフェイトがちょっぴり後ろに退いてしまう。

「騙す」

ようやく、モビルスーツなる機動兵器の資料が送られてきたリンディたちアースラ乗務員たちは、食い入るようにそれに見入っていた。

「凄いなぁ……」

仕事柄、速読には慣れたエイミィはもうモビルスーツの成り立ちや普及の過程といった「歴史」を読み終えて嘆息。
クロノも読了し、もうモビルスーツのバリエーションや、実際に配備された量産型のスペックに目を通そうとしているところだ。
アルフも黙々と読み進めている。
そこへ、なのはとフェイトがやってきた。複雑な表情。
ここにいるみんなを騙して、アリサ密航計画を練っているのだから優しい2人の表情は晴れやかなはずがないのだった。

「お帰り、2人とも」
「ただいな」
「ただいま。あれ、それは……?」
「モビルスーツって言う、兵器のカタログかな?」

リンディを通り過ぎる時になど、ひやひやしてしまう。無事、エイミィの隣に供えてあるコンソールへとたどり着けば、アルフと一緒に3人でディスプレイへと目をやる。
アルフはまた一から資料を読む事になるが、親友同士で共に読むのだ。苦にはならない。

「あーだ」
「こーだ」

しばし、なのはフェイトアルフとで、あーだこーだ言いながらコズミック・イラにおけるモビルスーツの「歴史」のお勉強。
その横では、もうすでにエイミィとクロノが個々のモビルスーツにまで突っ込んだ話をしている。

「これか」
「うん、ZGMF-X88Sガイア。本来は陸専用だったみたいだね」
「リンカーコアで作ったこれはひとまず失敗していたわけだが……」
「こっちだね」

クロノの独白のような呟きにエイミィがキーを操作すれば、ディスプレイにはいくらかリストアップされたモビルスーツとモビルアーマーの名。
50メートルを基準にして挙げられた、あの卵から生まれ得る兵器たちだ。

「こっちがまだ片付いていない」
「どれもリストアップしたのは連合のモビルアーマーばっかりだね」

とりあえず全高を考慮して抜き出したのだが、ザムザザーといった防御面に特化した物が多い。
ただ一つ、火力に重点を置いた名前に、クロノは嫌な予感が拭えない。

「デストロイ……」
「こっちも変形するタイプだね。うわ、戦闘データひどいなこれ……」
「……」

デストロイ。
表示される情報にエイミィが顔をしかめてクロノが黙り込む。街さえ焼き払う悪魔のような兵器である。
武装スペックなど馬鹿げた威力を詰めるだけ詰め込み、おまけに鉄壁。まさにその名に相応しいモビルスーツだ。
さらに驚くことがあった。
コズミック・イラでは非公式だがロールアウトされて最初に撃墜された機体は、キラにやられている。

「50メ-トルを基準に考えたら他にもあるけど?」
「……いや、これだ」
「別に卵が50メートルあるからって、大きなモビルスーツとは限らないんじゃ……勘?」
「ガイアのパイロットと、最初にロールアウトされたデストロイのパイロットが同じなんだ」
「あ、本当だ。ステラ=ルーシェ。こんな物に女の子乗せるなんて……」

良く気づいたねー、とばかりにコンソールを操作すれば画面に映るのは一人の女の子の写真。
連合軍の特殊部隊に所属していた女性戦闘員だ。
アースラで撮影したリリィ=クアール=ナノーファーの写真と重ねてみると、仮面からはみ出ている髪の質や体付きが一致している。

「間違いないね、これ同一人物だ。変身魔法じゃなくて、単純に顔隠してただけだったかぁ」
「こう言う原始的な方が、逆に分かりづらいさ」
「じゃあトライア=ン=グールハートの方もいろいろ重ねていけば……」
「当てがあるのか?」
「とりあえずファントムペインの人たちから」
「時間がかかりすぎるだろう。ステラ=ルーシェについて言えば、運が良かったし僕の勘が上手く働いただけだ」
「無理かな?」
「そもそも時代が合うかどうかも分からない。光の卵は、リンカーコアをストックできる。それを引っ張り出した事を考えれば、照合して正体を割るのは難しいな」

そっかぁ、とクロノの意見に素直に頷くエイミィだが、さらに考え込む風にじっとデストロイを見つめ続ける。
クロノも、ほとんど直観だが、確信じみた思いでデストロイのデータを頭に叩き込む。
デストロイであるようにしか思えなかった。思い込みがぬかるみになる事もあるが、実戦経験の勘がどうしてもデストロイだと告げるのだ。
とは言え、他のモビルアーマーの類が防御面に特化している事を考えれば、「はやてを殺す」という目的を持っているトライアたちの事だ、攻撃に傾向した物を持ってきておかしくない。
そして、攻撃に傾向している物と言えばこのデストロイだった。

「もしこれが出てくる事考えれば、もうなのはちゃんとフェイトちゃん、学校行かせるの止めた方がいいんじゃないかな?」
「……確かにな」
「えぇ?!」

なのはから、声が上がった。
ストライク、フリーダムといったキラの搭乗機について一緒に眺めていたアルフもびっくりしている。

「確かに今更ですまないが……こんなデータを見せられてはな」
「えぇっと、明日、じゃあ、明日まで学校に行かせて欲しいな~……って……ダメ、かなぁ?」
「うっ!」

大きな瞳を潤ませて、なのはがクロノを見上げてくわ、その後ろで悲しそうにフェイトが見つめてくるわで、そんなダブル小学生の表情と言ったら、クロノはもう辛抱たまらん。

「……艦長」
「んー……ザフィーラたちを地球に降ろす事だし、明日までならいいでしょう」

キャプテンシートに座り、自分なりに考えを纏めていたリンディがにっこり。
なのはとフェイト両方が、ホッとする。

「あ、ありがとうございます」
「何か約束でもあるのかしら?」
「あ、はい……ちょっと友達と」

などとリンディへと返すなのはだが、心拍が跳ね上がり嘘を付いている事に綱渡りでもしている気分になってしまう。

「そう」
「艦長、じゃあザフィーラたちを降ろす時間はどうするんです?」
「そうね、学校が終わったくらいの時間にしましょうか」

ひとまずそれで、全員が頷いた。

「まだ仮定だけど、デストロイが出てきた時、いっぺんに集まるんじゃなくて、時間差つけた方がいいかな」
「……これだけの巨大だ、近づくと逆にこっちが有利になるんだから、ガード役がいるだろう」
「あ、シグナムとヴィータ……」
「恐らくそうだろう、としか言えないが……」
「じゃあやっぱり、纏まった人数は要るかな。一網打尽にならないように、気をつけないと……」

戦術的な話をするクロノとエイミィの会話を耳にしながら、しかしなのはとフェイトはまだアリサをアースラに連れてくる事についてドキドキしてた。

「よぅし、みんな集まったね」

場面変わって、会議室の一つを借りて本局メンバーがそろっている所へとロッテが前に立つ。

「じゃ、明日からみんなアースラに降りてもらうけど、ザフィーラ、シャマル、アリアはさらにそのままさらに地球に行ってもらうね」
「特に変更する点は?」
「そうそう、時間だけね、なのはたちの学校が終わるぐらいになるってさっきエイミィから来たのよ。ちょっとした用心でね、とりあえず一時的でも地球に多めに戦闘員がいる状態を作っておく事にした」
「場所ははやてちゃんの家で、変りなしですよね?」
「うん、とにかく結果や探知領域増やしまくって、トライアたちが来ても即座に対応できるようにする。もうはやてん家から半径何キロも魔法的な要塞にしようぜ」
「あ、あはは、お手柔らかに……」

想像上で、自分の家が物々しくなってしまったはやてが苦笑。
キラも、同じような想像をしたようだ。笑っている。

「あ、それと」
「お邪魔するよ」

唐突だが、緩やかな声。
グレアムだ。

「父様、どうしたんです?」
「やぁ、ロッテ、なに、やっと修理ができたからね」

優しい足取りのままグレアムがはやてへと歩み寄れば、その手に握らせるのは十字の首飾り。

「シュベルトクロイツ!」
「すまないね、流石に特別なデバイスだ。時間がかかってしまった」
「そ、そんな事ないです! ありがとうございました!!」
「うん、辛い現状かもしれんが、君なら大丈夫だと、信じているよ」
「はい!」
「すまないね、途中で止めてしまって、続けてくれ、ロッテ」
「あ、いえ、もう終わったみたいなものですから」

そのまま、空気は会議終了といったものになるが、誰も退室せずに話し合いの場となってしまう。
キラの前に、グレアムが座った。

「君が、キラくんか」
「はい。はじめまして……はやてちゃんから、話は聞いてます」
「私もだ」

柔和な微笑み。多分、今までキラが出会った誰よりも裡に積み重ねた物を感じる。
圧倒されるが、この老人の雰囲気が嫌ではなかった。

「帰れない事については、申し訳ないと思う」
「いえ……大丈夫です。吹っ切れました」
「嘘は、要らないよ?」
「…………未練が、あります」
「……」
「守りたいと、思う人が……一緒にいたいと思う人が……たくさん……いるんです」
「……」
「割り切れません……でも、今は、出来る事を……」
「……」
「落ち込むのは、その後にします」
「…そうか」

自分の強がりも何もかもが、この老人の前では幼い張りぼてのように思える。
しかし自分を、晒しても構わないと思えてしまうほどの老練。まるで寄り添って安心できる樹のようだ。
ポンと、肩に手を置かれた。
老いた手だ。しかし、大きかった。

「強いんだな、君は」
「……まだ、弱いです」
「そうか……もし管理局に務める事になったら、いろいろと教えよう」
「……はい」

冗談だったのだろうか。
笑えなかった。でも、励まされた。
眼が、キラに語ってくるのだ。憐れんでいるような眼に見えるグレアムの瞳に、キラを叱咤する心が見える。

「応援を、しているよ」
「ありがとう、ございます……」

一粒だけ、涙が零れた。

「クルーゼさんの仮面、ヒーローみたいやね」
「……?」

その横では、はやての明るい声。
クルーゼの方は、要領を得ていない口元だ。

「ほら、最初にやられそうやったフェイトちゃん助けたりとか、正義の味方のする事やし」
「それほど、格好の良いものではないのだがね」

はやてとしては、悪気がある様子は皆無だ。
クルーゼが、対応に困っているのを読み取って、キラがグレアムと顔をあわせて苦笑した。
はやての目元へと、クルーゼの指が軽く沿う。

「私では役者不足だ……君が、なるといい」

バリアジャケットのように、魔力で編まれたクルーゼと同じ仮面。
それがはやてのサイズ合わせて白い揺らめきとともに現れる。
シャマルが少し吹き出した。

「困っている人を、後手に回らず迅速に助け出す……まずは、守護騎士の2人だな」
「……はい」

皮肉っぽいクルーゼの声。しかし、はやては毅然と答えるのだ。
仮面に隠れたはやての眼は、きっと凛々しいものだろう。

「クルーゼ……」

そんな間に、ロッテが入る。厳しい顔つきだ。睨むように、はやてとクルーゼを見渡し。

「あたしにもその仮面頂戴」

「艦長、お茶です」
「ありがとう、エイミィ」

夜の番を除いて、とうに皆寝静まっている時間帯。
もう3、4人ほどしか人のいないアースラのブリッジでは、お決まりのやり取りでエイミィからリンディがお茶を受け取る。
そして、砂糖とミルクをこれでもかと言うほど投入。一口すすってほっと溜息。

「あ、デストロイ……」

キャプテンシートのコンソールでリンディが目を通していたのは、あの凶悪すぎるモビルスーツについてだ。
あの後、ひと通り50メートル級の卵の中身について推測や対処やらを話あったが、決定的な結論が出るはずはなかった。
ただクロノは確信めいてデストロイだと思い、エイミィもその考えに賛同している。
そしてリンディも、独自にデストロイだろう、と推測していたのだ。

「エイミィは、あの卵の中身をこれだと思う?」
「……はい」

しっかりと、頷いた。確実だ、と言わんばかりの目の光。
リンディも同じ瞳の色だった。

「何故?」
「これならアースラを落とせます」

声量が落ちた。流石に、爆弾発言だと自覚している。他のスタッフが度肝を抜きかねない。
だが、リンディの態度は崩れなかった。エイミィと、同じ事を考えていたからだ。

「……デストロイを構成するのは、生体のリンカーコアよ?」
「……召喚魔法なら、空気も呼べます。封鎖領域内なら、空気も逃げません」

リンカーコアは、周囲の大気中に存在する魔力素を取り込んで術者の魔力とする。
アースラのように魔力を生み出すエンジンなどを積んでいなければ、リンカーコアは大気があってこそ意味がある。
よって、生体から奪ったリンカーコアである。宇宙では魔力を生み出せまい。

という前提であるからこそ、奇襲の意味がある。

エイミィの言うプランを使えば、どうにかデストロイを宇宙で使う事が出来るだろう。
その時は、トライア、シグナム、ヴィータでデストロイをガードすればいい。距離を取って、デストロイで砲撃を繰り返せば、おそらく1時間以内にアースラは落ちる。
とは言え、もしもデストロイがアースラに攻撃してくる状況が出来ると言うのならば、つまりそれはこちらからもクロノたちを出撃させる事が出来る環境という事のはずだ。
アースラを狙われたとしても、耐える目はある。

「艦長も同じ事を考えていたとなると……みんなにもこの可能性を話した方が良いでしょうか?」
「……まだ、可能性と言うだけだわ」

コツリと、リンディがコンソールの端を指で叩いた。考えごとを纏めるクセだろうか。
デストロイを見つめるリンディの眼は、怖いほど鋭かった。