首脳会談編

Last-modified: 2016-11-19 (土) 00:00:56

 モビルスーツを格納した倉庫が三人の侵入者によって鮮血の色に染め上げられていた頃、
そこから遠くはない工廠の倉庫群では、プラントとオーブの首脳が会談を行っていた。

 

「しかし姫、先の戦争では御自身でモビルスーツを駆り実戦に参加されたあなたが、
『オーブの獅子』と敬われた偉大な指導者、ウズミ閣下の後継者でもあらせられる
あなたが、一体何を恐れておられるのです?」

 

 黒い長髪を風になびかせながら、長身痩躯のプラント議長ギルバート=デュランダルが
目の前の少女に向かい、その出身と経歴とを一息でまとめて見せる。

 

「大西洋連邦の圧力ですか?
『オーブがプラントに、条約違反の軍事供与を行っている』と?」

 

 倉庫の立ち並ぶ殺伐とした風景の中でも彫像の如く映える男だ。
金色の髪を肩にかからない程度に整えた小柄な体躯のオーブ代表カガリ=ユラ=アスハは、
忸怩たる思いである一言を飲み込み、白い手袋に包まれた自らの手を握りこんだ。

 

 私を姫と呼ぶな。

 

「そんな事はありません、議長。只オーブには先の戦争で発生した沢山の難民を
帰還させる責任があり、権利があると言っているのです」

 

 国家を代表する立場にある二人は新型戦艦『ミネルバ』の進水式会場へ向かいつつ、
プラントに暮らす元オーブ戦災難民の帰還問題について話し合っていた。

 

「またそして帰還を実現させるだけの手段が用意されていると彼らに伝え、
それをプラントの側にも理解して欲しいというだけなのです」

 

デュランダルの後ろには十名以上の側近が付き従っているのに対して、
オーブを代表するカガリの後を付いてくるのは護衛官が一人と女性補佐官が一人。
いくら非公式な話し合いの場だとしても、首脳会談に付いてくる人数としては一桁足りない。

 

 プラント側だけではなくオーブ側にとってもカガリの扱いが軽いという事が、
会談を続ける二人の姿を見るだけでも分かってしまう。

 
 

「なのに貴国は、わが国の提出した帰還プログラムに協力しないだけではなく、
次官級の会談にすら応じず、プラントの中でプログラムの存在を公表すらしない」

 

 カガリが指摘した事実の白々しさは本人が重々承知していた。
帰還プログラムはプラントと連合との間に停戦が成立した直後から始められていたが、
事業の対象は『地球上に残留したオーブ国籍を持つ者』に限られた。
プラントまで上がった小数の難民がその恩恵に預かることはなかったのだ。

 

「オーブには難民を迎える準備があると、プラントに留まるオーブ国籍を持つ者の殆どが
いまだ知らずに居る現状は、プラントの側にその責任があると思うのですが?」

 

 そんな責任はほとんど無い、オーブ難民に対するプラントの扱いは、
どんなに悪意の目を持って見たとしても文句のつけようが無かった。

 

 さらにオーブ側が新たな帰還プログラムをプラントに向けて打診したのはつい先日の話である。
今だ事務レベルで調整を受けるべき議案だから、いきなり話し合えというのも無理な話なのだ。

 

「私がこのプラントまでやってきて、議長とこうして話し合っているのは、
新型戦艦の性能について興味があるからでは当然なく、貴国に誠意ある態度での応対を求める為だ」

 

 政治の世界では何事も『他人の所為』にして相手側から譲歩を引き出さなければならない。

 

「今一度申し上げよう。
わがオーブ首長国連合は貴国プラントに対し、難民帰還プログラムへの全面的な協力を
求めるものである」

 

 そう言い終わったカガリをデュランダルはじっくりと見遣った。
次の言葉を黙考する表情では無い、カガリを値踏みするような目線がゆっくりと走った。

 

「……ですが姫よ、先の大戦の折大西洋連邦の侵攻をうけて発生した多くの難民、
国を焼かれた多くの同胞を脱出させ、プラントに暖かく迎え入れ、生活の基盤を持たない
者達に住む場所と職を与えたのは、他ならぬ我々なのです」

 
 

 完全な事実だ。オーブの難民を受け入れる余裕のある国は当時存在していたが、
話がコーディネーターとなると話は別だった。

 

「姫にとっては確認するまでも無いことでしょうが、当時は我々にとっても厳しい時代で、
プラントにとってもオーブ国民を只迎え入れ、養うという事は不可能だったのです」

 

 デュランダルはオーブ国民をプラントにおいて軍事産業に従事させた事をあくまで正当化した、
国家の代表、国民の利益を追求する立場としてもこんな事で負い目を感じる必要などない。

 

「それを我々が不足していた軍事技術者を取り込み強制的に働かせたように語り、
だから今軍において働いている者達に仕事を止めろと言う権利は、
姫の居られるオーブにも無いと私は申しあげているのです」

 

 だから、私を姫と呼ぶな。

 

 私はアイドルではないし姫ではない、だが認めるしかない実態というものがある。
自分はオーブ国民にとっては戦場に自ら身を置いたということだけが売りの偶像に過ぎない。
祖国の五大氏族にとっては、民衆に人気があるだけの傀儡に過ぎない。
プラントにおいては、碌な政治力も繋がりも権威も無い只の小娘に過ぎない。

 

 だがカガリはそこに甘んじるわけには行かなかった。

 

「議長、その姫というのは止めて貰いたい」

 

偶像である事に、傀儡である事に、小娘である事に慣れてしまえば、向上心を磨耗させてしまえば、
ある意味ではそれが最も楽な生き方であるのは確かなのだ。

 

 だが外の誰でもなく、カガリ自身が無力な立場にに立ち尽くしたままで居る事は出来なかった。
故にカガリは一言言わねばならず、そして彼に対してもある一言を言わせなければならなかった。

 

「私は理念に殉じ国を焼いた前代表ウズミ=ナラ=アスハの娘としてではなく、
今を国で生きようとするオーブ国民の代表、カガリ=ユラ=アスハとしてここに来ている」

 
 

 カガリの一言に、デュランダルは軽く目を見開いた。芝居がかった動作で謝罪する。

 

「これはこれは、失礼いたしました、アスハ代表閣下。
……ですが閣下、今の言葉が示すところは、前代表が身を以って示された理念を、
閣下が引き継がれる事は無いという意味ですかな?」

 

 政治上の役者としての技量はデュランダルの方に一日の長があり、明らかに一枚上手である。
しかしその程度の会話はいくらカガリであろうとも事前に予習さえしておけば、
一度纏った理論武装を再現する事は流石に出来た。

 

「我等オーブの掲げる理念『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』
それは一片たりとも揺らぐ事は無い、だがそれは我々氏族のお題目ではなく、
わが国の国民が自ら体得するべき『宿題』のようなものだと、私は考えている」

 

 かつてそれはオーブのものではなくウズミのものであった。
オーブ国民がその理念を是としたのは、ウズミの卓越した指導力が不介入を貫くオーブを
経済的に発展させ続けてきたからだ。そしてその発展は、他国で起こる戦争に支えられていた。

 

 国民の多くはそれの意味する所も知らず、血塗れの土台の上にある平和を享受していた。
オーブは発展のうちに不干渉のうちに、他国で起こる多くの不平等と非道を見過ごし、
その結果自国の国土を焦土と変えた。

 

「国が国民のものであるならば、国が掲げる理念もまた国民のものであるべきだ、と。
閣下は既に立派な指導者であらせられますな」

 

 デュランダルの大げさな言動の間に、本心の響きがかすかに混じってきたのを、
カガリは感じた気がした。
ようやく青臭い小娘から一介の話し相手に昇格か、だが誉め殺しで終わらせてなるものか。

 

「私は知って貰いたいのだ、われらの理念こそが真の意味での発展と平和と安定をもたらすと。
今オーブに住まうものにも、かつてオーブ国民で有ったものにも、そしてナチュラルにも
コーディネーターにもだ」

 

 言外に『技術者として役に立つから連れ戻すのではない』というニュアンスをにじませた。

 
 

「ですが閣下、彼らの中には既に我等プラントにとってなくてはならないという立場にある
人材も数多く居ます」

 

 デュランダルはふと立ち止まり、一つの倉庫の中を指し示して見せる。
中のデスクで設計図を広げて会合していた技官たちが立ち上がり、敬礼の姿勢を取る。
そのうちの幾人かが、カガリの姿を確認して思わず驚きの表情を声を漏らした。
元オーブ国民が、いまやモビルスーツの設計にまで関わっているということだ。

 

「無論、われらが無理矢理働かせたわけでは有りませんが、相当の人数がプラントの軍事機密に
関わる部門で研究者として働いており、貴国に返還せよと言われたところで、
はいそうですかと帰還させるわけにも行かないのです」

 

 敬礼に笑顔を返すとデュランダルは再び歩き始めた。

 

「それこそ大西洋連邦から今度は我々が、貴国に対して軍事技術とそれに関わる技術者を
供与したと疑われて、批判を受けてしまいます」

 

 連邦側の批判の矛先をこちらに向ける気か、という牽制だった。
つまり政治上の手管を使うほどには、カガリを会談の相手として認めたことになる。

 

「ああ、その辺りの事情はこちらも把握しているつもりだ。
我々としても、貴国に批判の目を向けさせる為に交渉している訳ではない」

 

 ただ、自分たちに向いた批判の原因を排除しに来ただけだ。

 

「しかしだからこそ、今貴国の軍事的に重要な分野で働く者達をより民間に近い
開かれた分野で扱って欲しいと言っているのだ」

 

 流石にプラント側の『軍人』をオーブにまで引っ張ってくる事が出来ると思うほどカガリは
愚かではなかったし、難民に職を与えてくれたプラントには感謝さえしていた。
ただ、難民の中にはオーブの巨大な軍事企業の技術者がかなり居たという事が問題なのだ。

 

「これは彼らが、プラントに留まるかオーブの帰還プログラムに応じるかをその自由意思で
選択する事が出来るようになるための措置だ」

 
 

 ようやくの事で、議論が核心に迫ってきた。カガリとしてはここでプラント側から最低限の
譲歩を得られなければ、本土に帰った後でゆっくり真綿で首を絞められるように無能をなじられ、
議会における発言力をすり減らす事になる。

 

 デュランダルが、今ははっきりとカガリの目を見据えている。

 

「閣下、先ほども言いましたが、彼らは既に我等プラントにとっても得がたい存在と
なっているのですよ」

 

 先ほどまでの大げさな動作を止め、デュランダルはカガリと並んで歩きながら
深くよく通る声で語りかけるように話し合う。

 

「先の大戦で実戦を経験され、また大西洋連邦が侵攻してくる現場に居合わせたあなたならば
……いやあなたの方がよくお分かりでしょう、いかなる理念もそれを貫き通すには、
相応の力が必要なのです」

 

 カガリは国土を焼く炎の中に消えた父を思う。己が信ずる理念に殉じた『オーブの獅子』は、
指導者として父親として、これ以上は望みようの無い人物だった。

 

 しかし今、彼女はこうして政治家としての戦場に立つことで、父親のその最後のあり方だけは
はっきりと拒絶する事ができた。

 

 父上、やはり生きることの方が戦いです。

 

「あなた方オーブがその理念を守る為に軍備を固めておられるように、我々にも守るべき
理念と国民があり、そのために力が必要なのです」

 

 このような時、父であればどう行動しただろう。相手にも自分と同じように立場があり、
それを理解しながらも自分は自国の国民の利益を最優先しなければならない。

 

「そして力とは、常に強大化する必要は無くとも常に効果的であることが求められるのです。
そしてそのためにも彼ら技術者はわれらがプラントに欠かせない存在だ」

 

 だから、彼らを手放す気は無い。

 

「オーブでもそれが分かっているからこそ、大気圏内で迎撃を行うような新型機を
開発したのではないのですかな?」

 
 

 ついにその話題に触れられた。カガリはムラサメ改が実用実験に成功した事は知っていた。
しかし交渉の話題にすることは避けたかった、なんといっても機体の操縦者が自分の弟なのだ。

 

 考える時間が欲しい、そう思ったカガリは背後に控える護衛官を呼びつけこう命じた。

 

「それに関しては、多分に技術的な問題になるので私には答えかねる部分が多い、
よってこのアレックスに説明してもらおうと思う」

 

 護衛官は名指しを受けて一瞬躊躇いを見せたが、カガリの強い目線を受けて議長に近づいた。

 

「は、それでは機密に触れない範囲内ではございますが、僭越ながら説明させていただきます」

 

 護衛官を目にしたデュランダルはどこか思うところがあるのか、深い色のサングラスを掛けた
年若い護衛官を見つめたが、直に表情を軟化させると握手を求めた。

 

「アレックス君といったかね、私は門外漢だからどうかお手柔らかに頼むよ」
「は、気をつけます」

 

 護衛官アレックス=ディノは緊張した面持ちで握手に応じた。

 

 硬い口調で説明を開始したアレックスから離れて、カガリは一人で考えを固め始めた。
いくつもの情報が頭を巡っては纏まらないままに霧散する。

 

 その時女性補佐官がカガリの前に回りこみ、飲み物の入ったパックを手渡してきた。
今回の会談に際してオーブからプラントまで遥々付いて来たカガリ専属の補佐官は、
藤色の衣装に長髪が映える絶世の美女で、名をシズル=ヴィオーラというナチュラルだ。

 

「お疲れやす、代表。中々堂に入った話し合いでしたなあ」

 

 シズルはやや特殊な訛りの混じる声で代表を労った。
一旦休憩を入れるタイミングとしては適切だったようだ。カガリだけではなく議長の方も、
側近に手渡されたパックから水分を摂りつつアレックスの話を聞いている。

 

「ああ、それ程疲れたわけではない……まだまだいけるさ。
ただ喉は大分渇いていたな、プラントは湿度が低いのか。有り難う、シズルさん」

 

 シズルは恐らくオーブ国民で唯一カガリが『さん』付けする相手だった。
知識が豊富で頭の回転も速いという才色を兼ね備えた聡明な美女で、
カガリが彼女に質問を放って有用な答えが返ってこなかった試しが無い。

 

 体術の心得もあるらしく護衛官も兼任しているため、女性という事もあり一緒に行動する時間は
アレックスよりも長く、公私に渡って何かとストレスの多いカガリの相談に乗っている。

 

 名実共にカガリの右腕であるが、その底知れない能力は役者の違いを感じさせ、
カガリは自分の部下でありながら一度も呼び捨てにした事が無い。

 

 カガリはシズルにこれからの会談について相談したかったが、せいぜい小声で
そういったやり取りを交わすに留めた。

 

 一国の首長ともあろうものが、自分の専門分野であることにまで部下と相談しなければならない
というところが人前に晒されれば、カガリの権威に関わるのだ。

 

「頑張りおし、代表閣下。
うちらが閣下をサポートしますさかい、代表は自信を以って話し合いに集中しておくれやす」

 

 不思議な響きのする訛りでそう囁かれると心が落ち着く、カガリはパックの清涼飲料を一口
飲むと、それがオーブ国産のお茶であることに気が付いた。
シズルの慎ましやかな気遣いを感じて頭の回転が早まったのか、考えが纏まって行く。

 

 少し離れたところでは、アレックス=ディノが相変わらず冷静な口調で議長に向かい、
つい先日オーブ国内で成功した超高高度迎撃試験について主観を交えず説明していた。

 

 曰く、試験に用いられた機体は新型機体ではなく、量産期を利用した只のカスタム機に過ぎない。
 曰く、改造に必要とした資源は物理的にも人的にも新型機を作る場合の十分の一以下だ。
 曰く、運用には高度な支援と大量の掩護を必要とし、個人の独断で迎撃が行われたり
オーブの軍本部に秘密で高高度迎撃を行う事は不可能である。

 

「ふむ、つまり可能な限り小さい出力の兵器を高高度で運用できるようにして、
射程の短い武器でも迎撃が可能な距離まで近づくことに目的を置いたと」
「はい、簡単に言えばそういうことになります」

 
 

かなり技術的に専門性の高い話題にも、デュランダルは難なく付いていった。

 

「では例えば、突入しようとする機体に敵と味方が混じっているような場合、突入する
味方に危険は無いのかね? つまり、本来危険ではない構造体を攻撃してしまう可能性は?」
「はい、議長。それを防ぐために機体には高性能な観測機器が増設されております」

 

 オーブの行った実験に不備探すべくデュランダルは質問を連ねる。

 

「先日行われた訓練においては考えられる限り最大限の偽装を施しながら、
それを見分けて必要な標的のみを攻撃する事が可能だったという情報が入っております」

 

 アレックスもまた、あら探しに警戒して支障の無い様に言葉を選んだ。

 

「攻撃が許される状況において、誤射が起きる可能性は限りなくゼロ近いと言えます」

 

 自分が把握する情報はここまでです、と告げてアレックスは説明を終えた。
デュランダルがカガリに向き合い、無言で話し合いの再開を告げる。

 

「成る程興味深い話だった。アレックス君どうもありがとう。
――――閣下、貴国は技術というものに関して、そのあるべき姿をよくご存知だ」
「ええ議長。我が国は軍事力なるものを破壊力を指すものだとは考えておりませんから」

 

 カガリはかつての大戦で使用されたような、大量破壊兵器を暗に批判している。
核ミサイル、サイクロプスそして特にジェネシス、あれを壊すのには本当に苦労した。
危うく自分は核爆発に巻き込まれるところだった程だったが、そんな事は議長に関係ない。

 

「ですが、より大きな力を持ちたいと思った事は無いのですかな?
敵が攻めて来る事を諦めるほどの、強大な力があれば、と考えた事は?」

 
 

 カガリは思う。

 

 もっと強力な武力をオーブが行使できれば、国土を焼かれるような無様は無かった。
しかしあの武力侵攻があったからこそ、カガリは言い返す。

 

「いいえ、議長。私は、強すぎる力が争いを呼んだと考えているのです」

 

 そんなカガリを、デュランダルはなぜか羨むような目で見つめた。
或いはオーブの国力の小ささを得がたいものと考えているのかもしれない、
大きくなりすぎたプラントは、守るにも巨大な武力が必要なのだと。

 

 そしてデュランダルは言葉を返した。

 

「いいえ、姫。争いがあるからこそ、力が必要なのですよ」

 

 その直後、ガラス張りの天を震わすような音が響いた。
異常を察した側近たちの動きがあわただしくなり、幾人かが無線機で情報を得ようとするが
連絡は必要が無かった、その場の全員がそれを自分自身で目にすることが出来たからだ。

 

 ハンガーの一つを閉ざす巨大な扉が内側からの衝撃によって拉げ、巨大な手指が覗く。
閉ざされたシャッターを無理矢理開いたその巨人が、ハンガーの内部から身を乗り出した。

 

 ガイア、そしてカオス。侵入者によって奪われた新型機が始めての実戦を経験するため、
本来の友軍に向けて牙を向ける姿がそこにあった。

 
 

 その姿を見たある二人――アレックスとカガリは、現れたモビルスーツの頭部に
良く見知った意匠を発見し、異口同音に呟いた。

 

『あれは……ガンダム』

 
 

「あれは……ガンダム」

 

 呆然と呟いたカガリの視線の向こうで、その巨大な影はゆっくりと姿を現しつつあった。
人間のサイズの十倍もある機械の手が、鋼鉄製のゲートを捻じ曲げながら開けてゆく。

 

 背後に巨大なポッド状の機動兵装を背負った人型兵器は、背後に狼狗を模した
モビルアーマーを従えて現れた。頭部のレーダー群を動かして周囲の敵機を走査する。
全身灰色の装甲に一点、マニュピレイターに装備された盾のみにヴァリアブルフェイズシフト
を起動させた、不意の攻撃に備えるようにコックピットを盾で覆う。

 

「アスハ代表!! 議長もこちらへ!!」

 

 自らの職務を最初に思い出したのはシズル=ヴィオーラであった。
カガリの肩を抱くようにハンガーへ走りながら、明瞭な声を響かせてデュランダル側の側近を促す。
自失の状態から回復した側近たちもより安全な位置を求めて、デュランダルを避難させる。
使命を全うした事が、側近たち自身の命を救った。

 

「あれはカオスとガイアではないか!! 何故こんなところに出ている、誰が乗っているのだ。
アビスはどうした!!」

 

 そう叫ぶ議長をよそに、ゲート際に立っていたガイアは議長たちにの方へ迫りつつ
棒状の物体を投擲した。赤く光る軌跡を残してビームサーベルが飛び、解放されていた
ハンガーのゲートから出てきつつあった爆装状態のジンに突き刺さる。

 

『危ない!!』

 

 複数の護衛官がそう叫び、盾となって爆風と飛散したジンの破片から彼らの代表を守った。

 

「有り難う、アレックス、シズルさん。議長!! あの機体は一体なんだ!!」
「今情報を集めています!! ええい、私は大丈夫だ。代表をシャッターまで案内しろ!!
ミネルバにも応援を頼め、下手をすればあの機体に我々が全滅させられるぞ」

 

 爆音を浴びて鼓膜の奧に疼痛を感じながら、カガリとデュランダルは言葉を交わした。
側近の一人がオーブの三人を先導して非常用シャッターまでの道を案内する。

 
 

 工作のためにアーモリー・ワンに潜伏していたスティング達は、思うように情報を得られる
状態になかったために、国家の要人が自分たちのすぐ近くに居る事など知りもしなかった。

 

「ステラ、このまま"向こう側"まで突っ切りながら、ハンガーを潰して行く。
外壁を突き破らないといけないから、どこかで爆発物かビームライフルを奪い取れ!!」

 

 カオスの操縦席に収まるスティングは二本目のサーベルを投げさせつつそう叫んだ。
テスト用の低出力サーベルはジンが構える機銃の弾倉に上手く命中し、誘爆を起こす。

 

「モビルスーツを狙うんじゃない、ハンガーを崩せ、動かせなくすれば良いんだ」
「うん、私は右側をやる」

 

 ステラはガイアにモビルアーマー形態を取らせたまま、突撃した。
ガイアは四本の足で以って最大の機動力を発揮し、跳躍、ハンガーの屋根に飛び乗った。
高い視点から周囲を索敵、今しもハンガーから出てきつつあったゲイツを発見、再度跳躍。

 

「遅いのに、出てくるな!!」

 

 ガイアの重量を受けて崩壊するハンガーを後ろに、ライフルを構えたゲイツに踊りかかる。

 

 数十トンの機体を跳躍させる脚部関節の出力はねじ伏せたゲイツの手足を軽々と踏み潰す、
ステラは無力化したゲイツのパイロットは無視して次の標的に向かって加速する。

 

 警報が工廠中に鳴り響くまでの僅かな間に火薬庫を含む数棟のハンガーが崩落し、
十機以上のモビルスーツがパイロットを乗せないまま瓦礫の下敷きになった。

 
 

 撃墜より無力化を試みたが、それでも機体に潜り込むことに成功したパイロットが次々と
起動に成功し、より破壊に手間取る事になった。

 

「くそ、ライフルが欲しいぜ」

 

 何か欲しいときにはいつも無いものねだりだ。スティングはつい先刻アウルと交わした
会話を思い出した。

 

「走馬灯にはまだ早いっての!!」

 

 スティングはカオスが背負う巨大な機動兵装ポッドになけなしの電力を分けると、
両方とも前方に向かって放出した。複眼的思考。カオス本体はジンから奪った突撃機銃を
構えて疾走。

 

「迷った奴から、落ちて行くんだよ!!」

 

 ハンガーの影からビームライフルを斉射するゲイツに向かって機銃で牽制を加えつつ、
更に敵側の背後からポッドに射撃を加えさせる。照準は腕と頭。機銃の弾幕に動きを
止められていたゲイツは反応も出来ずに喰らい、メインカメラを焼かれた。

 

「貰った!! 使わせてもらうぜ」

 

 推進力をほぼ使い果たしたポッドを背面のハードポイントに回収して、ジンの重突撃機銃を
全開で射撃しつつ接近する。コックピットに当たったかは定かではない、挌坐したゲイツから
ビームライフルをもぎ取りバッテリーを補給する。

 

「結構使ってやがる。――撃たせずに取るしかないか」

 

 そう独白するとライフルに一発分だけの電力を残し、次のゲイツに向き合った。再び
機銃による牽制から今度は強引に接近する。ビームライフルを放つゲイツ。

 

「無駄遣いするんじゃねえ、それは俺の非常食だ!! ――保ってくれよ!!」

 

 集中、思考分割。右腕の機銃を手放すと同時に盾で着弾地点を防御しつつ、左手に構えた
ビームライフルを一撃した。高速の荷電粒子を受けた巡航機動防盾がビームコーティングと
VPSの性能を発揮し、自身をを犠牲にしてカオス本体の損傷を防いだ。

 

 賭けに成功したスティングがほくそ笑みながら、撃破したゲイツのライフルを拾う。
VPSで消費した分よりかなり多目の電力を補給できた。此の分なら十分逃げ切れる。

 

「お前たちは俺の餌だ……幾らでも来い!!」

 

 自分自身を叱咤するために、スティングは普段叩かない大口でアウルの分も見得を切った。

 
 

 シェルターまでの道のりを走りながら、アレックスは暴走するモビルスーツの動きを
観察していた。轟音が響き粉塵が舞い上がると、ハンガーの屋根の上に時折獣の如き
シルエットが見える。

 

「こちらに……近づいているのか?」

 

 心なしか崩落音が近づいてきた様に感じる。モビルスーツがプラントの大地を蹴る
振動と共に、重突撃機銃弾と高熱の荷電粒子ビームが空を裂く音が聞こえてくる。

 

 かつての戦場で親しんだその大音響に、アレックスは精神の深い部分が刺激されるのを
感じた。意識の奥底で沸騰しそうになる物を堪える。

 

「アスハ代表、早くこちらへ!!」

 

 案内役の制服組が走りながらカガリを先導した。アレックスとシズルがその左右を固めて
不測の事態に備えつつ駆ける。

 

「一体あのモビルスーツはなんなのだ? 地球連合の攻撃か?」
「自分には分かりません、アスハ代表はとにかくシェルターへ避難して下さい」

 

 砂時計型をのプラントは、両端にある大地の中央へ行くほど地盤が厚く丈夫に出来ている。
通常は大地の真ん中――上下大地を繋ぐシャフトの有る辺り、住宅地の近くに緊急用の
シェルターが備えられている。

 

「シェルターの規格は如何なんだ。あのモビルスーツの攻撃で崩壊しないんだろうな」
「AJ規格ですから、考えられる限りで安全です」

 

 シェルターの強度を問うアレックスの声に、切羽詰った印象の返答があった。

 

 AJ規格――After Junius規格。中に入れば核の直撃で無い限り耐えられるということだ。

 
 

 カガリ達四人はプラントの中央を目指し、彼らは知らない事だが二体のモビルスーツは
そこを突破して反対側へ行こうとしている。人間は全力で走りモビルスーツは戦闘を行いながら
の移動であるとはいえ、コンパスの違いから追いつかれるのは必然の結果であった。

 

 間近でモビルスーツ同士の戦闘音が響き、振動がカガリ達の体を揺らした。
案内役はカガリ達を手で制止し、建物の影から様子を伺う。アレックスもそれに倣った。

 

「まずいな……ここを迂回するルートは無いのか?」
「相当大回りになりますが、地下を回り込むルートがあります」

 

 広いスペースで、戦闘を行うカオス、ガイアと複数のゲイツの姿があった。距離は直線にして
約150メートル。モビルスーツ戦闘の尺度で行けば眼と鼻の先である。

 

 そしてアレックスたちの前には、モビルスーツトレーラーが離合できるだけの幅が有る道路が
横たわっていて遮蔽物になりそうな物は殆ど無く、脆弱な人体をモビルスーツに晒す事になる。

 

「地下で崩落に巻き込まれては危険すぎる。ここを突破するしかないか」

 

 だが、どうやって? 道路の幅は約50メートル。戦闘によって足場が悪くなっている事を
鑑みても走破に7、8秒は見なくてはならない。長いと考えるか短いと考えるか。

 

「いざとなれば俺が囮になる。君はアスハ代表とシズルさんを避難させる事を優先させてくれ」

 

 一人がわざと目立つような行動を取り、反対側を走らせれば十分な時間だとアレックスは
考えた。

 

「は、しかし……見てください!! 味方の応援です!!」

 

 高度な連係をとるカオスとガイアにゲイツの部隊が押され気味だったところに、二体の
ザクが参戦した。白と赤の機体がいまだにフェイズシフトを張らない二機に接近戦を挑む。

 

 カオスがビームライフルを斉射、白いザクは見た目にそぐわない軽快な動作で射線を回避。
シールドの内部からビームの刃を持つ斧を取り出し、カオスと打ち合った。

 
 

「よし、あの二体が引き付けられている内に道を渡るぞ。代表!! シズルさん!!」
「分かった」
「承知しましたわ。三つ数えていきましょ」

 

 カオスとガイアの両機がザクのコンビに向かい合った瞬間を狙って四人は走り始めた。
ここまでの人生で最も集中して走る短距離走だ。

 

 映画やアニメであれば最後尾の誰かが転んで助け起こされるシーンでは有るが、
立ち止まった途端にCIWSで薙ぎ払われるかも知れないこの状況では、
そんな"お約束"に殉じる覚悟の有るものは居なかった。

 

 案内役の男を戦闘に、シズルとカガリが並走しアレックスが最後に続く。
集中を乱さないために、余計な口を叩く物は居なかった。

 

 しかしここで一つだけ彼らの誤算があった。彼らに背を向けるカオスとガイアは確かに
攻撃しては来ない、だがその二機を狙うザクが攻撃を行う事は責められないだろう。

 

 白いザクが間合いを取るために戦斧を投げつける。ガイアは狼狗の形を取ったまま
四肢で跳ねて回避する。

 

「まずい!!」

 

 標的を逸れた巨大な戦斧は緩やかな弧を描いてハンガー――今しも四人がその影に
駆け込もうとしていた――の外壁を突き破った。

 

 火の入っているビームアックスは数千度から一万度を越すプラズマを斥力、引力場で
ビームとして固定し、刃としている。大質量の戦斧はハンガーの中に飛び込み、
内部の構造体を破壊し、熔解させ、沸騰させた。

 

 爆発。

 
 

「カガリ!!」

 

 アレックスは全身のバネを活かして地を蹴りつけると、カガリとシズルの二人に
覆いかぶさる形で地面に押し倒した。地に伏せた三人の頭上を爆風と飛散物が
通過する。

 

 アレックスは、背中に灼熱を感じた。

 

「アス……アレックス!! 背中が!!」
「俺は良い、かすり傷だ。それより早くシェルターに……」

 

 何かの部品が高速で飛来し、アレックスの背中の肉を削っていた。心臓が一つ脈を打つ
毎に血液が流れ出し――動脈が傷付いている――ズボンまでをも赤く濡らした。

 

 被害を受けたのはアレックスだけではなかった。爆風をまともに受けた案内役の男は、
制服を朱に染めて倒れている。シズルが近寄って脈を確認した。まだ息が有る。

 

「アレックスはんはウチに任しとき、代表は早う建物の影へ!!」

 

 アレックスを支えようとするカガリからけが人を奪い取るように受け取ると、
シズルはカガリに向かって叫んだ。普段ははんなりとした雰囲気の声が、今は
強い口調でカガリに届き彼女の守るべき代表を走らせた。

 

 右肩にアレックス、左に意識を失った男を抱え、意外な膂力で確りとした足取りを
保ったままカガリの待つ路地へと入った。

 

「ああ、アレックス!! 大丈夫か?」

 

 そんなに切羽詰った表情をされちゃあ、苦しいなんて言えなくなるだろ、そう思いながら
アレックスは「大丈夫だ、心配するな」と答えた。額には脂汗が浮いている。

 
 

 シズルはアレックスを放って置いて案内役の男の側にひざを付いた。介抱するためではなく、
シェルターまでの道を聞く為である。

 

「この……通りを、ま……直ぐです……右側に――」

 

 男は人生の最後にその職責を全うした。気管に入る血泡を吐き出す異様な音を交えて
たったそれだけを口にすると、大きく息を吐いて息絶える。

 

 シズルは男の手を胸の上で重ねると、血まみれの顔に手を遣りまぶたを閉ざした。
ふと、男の胸――名札に視線を送る。

 

「キール=マクグリーンはんか……一生覚えときますさかい」

 

 キール青年の遺体を少しでも安全だと思われるところに動かすと、シズルの整った鼻梁を
刺激臭が突いた。シズルが眉をひそめる。

 

「代表、ガスが発生しましたさかい、早よ逃げんと危険どす」

 

 シズルはアレックスの手を握るカガリに避難を促した。

 

 通常コロニーの中で使用される材料は非常時にも人体の害が無い様に選ばれているが、
軍用の物は実用上の問題からそうも言っていられない事が有る。特にモビルスーツに使われる
推進剤の中には、不完全燃焼を起こすと危険な種類もあった。

 

「だが……アレックスが」

 

 カガリは青い顔をして震えるアレックスの手を離せないでいた。

 

「カガリ、良いんだ。おれはこの怪我で走れない。シズルさんと一緒に行け」
「馬鹿!! お前を置いて――――!!」

 
 

 カガリの戯言を乾いた破裂音が中断した。平手打ちを終えた姿勢のアレックスが
頬を叩かれたカガリを睨み、怒鳴りつける。

 

「ふざけるな!! 俺やシズルさんがここまで付いて来た理由を何だと思っている!!
俺は君を心中させる為に此処に居るんじゃあ……無い」

 

 カガリを打ち付ける事にすら難儀するアレックスの言葉を、唖然として聴いた。

 

「……シズル……」

 

 カガリが縋る様な目線をシズルに向けて息を呑む。見た事もないような冷徹な表情の
シズルが、カガリに強い視線を返した。

 

「せやな……この場になると、ウチらの命よりも代表の命の方が、何倍も重要どす」

 

 シズルは聞く者全ての心が凍りつくような声音で、比べる事の出来ない物を比べた。
その声が、視線が、言葉が、カガリの心を射抜く。

 

 アレックスはいざとなれば、シズルがカガリを気絶させてでもシェルターに避難
させる事を考えていた。そしてシズルはそれが出来る女だという事も知っていた。

 
 

「ウチらの事に拘って、代表にこんなところで死んで貰うわけには、いかへんのどす」
「シズル!!」

 

 身を貫く恐怖にカガリの全身が震えた。心身に襲い来るであろう衝撃に身を構える。
たとえ当身を食らおうが梃子でも動かないつもりであった。

 

 ふと、シズルの気配が柔らかくなった。アレックスに移した視線はより悲壮な覚悟に
満ちていた。

 

「せやから、アレックスはんには死んでも動いてもらわなあきまへん」

 

 そして視線をアレックスから更に動かした。

 

「あと少しだけは死んでも働いて、ウチらのシェルターを動かしてもらわな、あきまへんな」
「……え?」

 

 シズルの視線をカガリとアレックスは追った。瓦礫、人が何とか通れるかといういうスペース。

 

 その向こうに、ハンガーの残骸に埋もれて挌坐したモビルスーツ"ザク"の姿があった。

 

 コックピットハッチが、誰かを待ち望むように開いている。

 

「モビルスーツの操縦、出来ましたやろ? アレックスはん」

 
 

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