鬼ジュール_オムニバス-03

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:15:06

+同棲を始めた二人+

シンは自室で呆然としていた。
…部屋が片付いている。
いや、それは有難いのだが、あるべき物がなくなっていた。
「ミーア!」
「何?」
洗濯篭を持ちベランダに向かうミーアを呼び止める。
「俺の下着捨てた!?部屋にあったの!」
「そんな酷い事しないよ。洗ったんだよ」
洗濯篭を指差すミーアにシンは慌てて篭の中を覗く。
「ミーアの服もあるんだけど!?」
「当然でしょ。別々に洗ってたら勿体ないもん」

時間も、お金も。

「俺のはいいから!自分で洗うから!」
「だからそれだと勿体ないよ」
「それでも!」
顔を真っ赤にしてシンは主張する。
ミーアがどんな心境で自分の下着を触ったのかと考えると想像するだけで憤死しそうだ。
「…なんだか父親の下着と一緒に洗濯されるのを嫌がる女子高生みたい」
「ばっ…!違うよ!ミーアが嫌だろ!?他人の男の下着触るのなんて!」
「気にしないよ?シンのだったら」
ミーアはきっと此処で言葉を終わらせれば良かったのだ。
シンも胸を高鳴らせたのに。

「シンは弟みたいなものだもん」

この一言にシンは頬を膨らませ、篭から自分の下着を奪うと自失に篭り不手腐れて夕食まで出て来なかった。

夕食中シンはずっとむっとしたままだった。
「美味しい?」
「別に」
いつもなら「マズイ」と呆れて「手伝うから一人で作るのやめろよな」と言ってくれるのに。
まだまだ不機嫌なようである。
夕食後、風呂から出たシンにミーアは笑顔で手招きした。
「耳掃除してあげようか?爪も切ってあげる。それともアイス食べる?」
反射的に「いらない」と言おうとして、日頃はどれもやってくれない事を思うと無言でミーアの手を取り、ソファに座らせると膝の上に頭を乗せる。
「あ、まだ髪濡れてる!乾かさないと!」
「いいよ!」
「駄目だよ。風邪引いちゃう」
「いいって言ってるだろ!」
「…あたしのズボンが濡れたら二人で風邪引いちゃうかもよ?」
「…」
「あたしが乾かしてあげるから、ね?」

ミーアの手の心地良さを知っているシンは暫し考えた様子を見せ、不手腐れた顔のまま体を起こした。
ミーアは困ったように笑い、シンの髪を掻き混ぜるように撫でて新しいタオルを持って来ようと立ち上がる。
シンの機嫌が直るまでまだまだ掛かりそうだが、後少し、のようである。

髪を乾かして貰った後、シンはかなり「機嫌を直してもいいかな?」と、心動かされていた。
ミーアがラクス・クラインの歌を唄いながら丁寧に髪を拭いてくれて。
いつも髪を拭き終わったらこめかみに口付けてくれる。
恥ずかしいと言っても子供扱いされているのか結局やめてくれない。

「あれ?シンってば身長伸びてるかも?」
「…」

成長期前のシンの身長はミーアよりも低く、ミーアはこめかみに口付け易かったのだが。
その位置が少し高くなったような気がする。

「あたしなんてすぐに抜かされちゃうかな?」
「…抜くに決まってるだろ…!」

そうしたら自分の方がミーアを見下ろして、髪を拭いてやって、終わったらこめかみにキ、キ、キスしてやる………!

その日が近いかも!と、思うとシンは一人こっそり胸を高鳴らせ、ミーアに気付かれないように笑みを堪えていた。

後少し!である。

耳掃除も爪切りも終わり、もう殆どシンの機嫌は直っていた。
ただ一つ、ミーアに男と認識されてない事だけは気になっていたのだが。
「アイス」
「はぁい」

ミーアが持って来たアイスはストロベリー。

「チョコがいい」
「もう蓋開けちゃったよ」
「チョコ」
「…はいはい」
ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向くので折れてチョコアイスを持って来る。
ミーアがスプーンでアイスを掬い、シンが食べる。
餌付けしてるみたいと笑いながら何度か食べさせてると、アイスが溶けてスプーンを伝い、指が濡れた。
「やだ」「あ」
ミーアが慌てて指から落ちそうなアイスを阻止しようと舌を伸ばし、シンもまた思わず指を舐めようとして。

二人の舌が触れた。

ミーアはすぐに顔を上げ、照れ隠しに笑う。
「駄目だよ、シン」
「俺のアイスだろ」
「そうだけど」
ミーアがごまかそうとしているのが手に取るように分かる。

無かった事にしたいようで。

やっぱり「男」として見てくれてない。
シンは唐突にミーアからアイスとスプーンを取り上げ、テーブルに置くと彼女に詰め寄った。

「馬鹿にするなよ」
「!?」

自分も男なんだと、ミーアに意識して欲しかった。

何故?

ミーアは軽くパニックになっていた。

…もしかして、男の子に迫られてる?

いやまさか、とすぐにその考えを否定した。
今まで誰にも女扱いされた事がないのに。
いつも自分一人浮かれて、思い上がって勘違いしてばかりで。

それも目の前のシンはコーディネイターの中でも可愛い部類に入る。
これだけ可愛ければ女の子だって集まるだろう。
何も自分のような冴えない女の子に気を掛けなくともよさそうなものだが。

いや、こう考えるのも思い上がりだ。

…しかし、少なからず不機嫌なシンが自分を睨んでいて。

まさか、もしかして。
まさか、もしかして。
~~~全然分からない!

…いや、期待するのは良くない。
期待して良い事なんてなかったから。

「…ごめんね。アイス勝手に食べちゃって」

取り敢えず前の会話からシンの怒っている理由を推測するが益々シンの表情が険しくなる。

何で怒るの!?

「…アイス、溶けちゃうよ?」「ミーア…」
シンの声が甘く響いた。

こんなシンの声聞いた事ない!

ミーアは胸の奥がずきん、と痛んで。
「ごめんね!」
何を謝っているのかも分からず、逃げるように自室に駆け込んだ。

顔が、胸が…熱い!

何がごめんねなんだろう?
何でミーアが逃げるんだ?

ミーアが逃げた事こそシンを「男」だと認識した結果だというのに、シンには訳がわからなかった。

「なんだよ!」

テーブルの上のアイスに手を伸ばして自分でスプーンを取る。
あと少しで食べ終わる量で、スプーンを思い切りアイスに突き刺したが、食べる気は失せていた。

さっきまで美味しいと思ってたのに。

『餌付けしてるみたい』

そう笑ってくれたのがちょっと嫌だったのに、楽しかった。
ミーアはいつでも楽しそうに笑ってくれて。
気遣ってくれて、優しい。

見回すと、一気に静かになった部屋。

さっきまで目の前に居た人が居なくなるのは淋しい。
嫌な事を思い出すから。
ミーアと一緒にいるようになってから開く回数の減ったマユの携帯を思い出す。
一瞬離れただけで居なくなった、家族。

あの時みたいで、嫌だ。

淋しいのは、嫌だ。

「ミーア……!」

立ち上がり、ミーアの部屋に向かう。

アイスを持ったまま。

今気付いた。
ミーアが今までずっと自分が淋しい思いをしないように一緒に居てくれたという事に。

……今、気付いた。

「ミーア、入るぞ!」
「へぇ!?え?ど、どうしたの!?」
部屋の扉にもたれ掛り、高鳴る胸を押さえていたミーアは突然扉が外側に開けられた事でバランスを崩した。
扉を開けたと同時にミーアが倒れこんで来て、シンは咄嗟に脇の下に腕を差し入れ、体を支えた事で尻餅は着かずに済んだのだが。
直ぐ近くにシンの顔があるのでミーアは慌てて離れた。
「ありがとう」と、小さく呟いたのだが、その声はシンには届かなかったのか、気にした風も無く部屋に入ると後ろ手に扉を閉める。

「・・・何か、あったの?」
「・・・・・アイス」
「・・・・・・・うん?」
「食べさせて」
「・・・・・・・・う、うん?向こうに行く?」
「此処でいい」

ミーアの腕を取り、二人でベッドに腰掛ける。
ミーアがシンの手からアイスを取ろうとすると、シンはそれを嫌がった。
「シン?」
シンは無言でスプーンでアイスを掬い、ミーアの前に差し出す。
「え?」
食べろということなのだろうかとミーアはアイスを食べようと口を開けると、シンは差し出した手を翻して自分の口の中に運んだ。

「何~~~~~~!?」
「あげない」
「はい~~~~~!?」

何なのだろうと呆然としているミーアの目の前でシンは一人でパクパクアイスを食べ、食べ終わると部屋を出て行った。
食べさせて欲しかったんじゃないのかとぐるぐると悩んでいると、再びシンは部屋に入ってくる。

手には新しいアイスを持っていた。
味は、ストロベリー。
さっきミーアが一度開けたアイスだろう。
「あ、駄目だよ。アイスばっかりそんなに食べちゃ」
「これはミーアの」
シンは再びベッドに腰掛けるとアイスを掬い上げ、ミーアの前に差し出した。
「・・・食べて、いいの?」
「疑うのかよ」
「だって、さっき!」
「早く食べなきゃ溶けるだろ」
早く、と、スプーンを上下に揺らして急かすと、ミーアはまたシンに騙されるのではないだろうかと警戒しながらおずおずと口を開け、スプーンを咥えた。

「美味い?」
「うん♪」
にっこり笑ってくれた事にシンは心なしか安堵する。
やっぱりミーアは笑っていた方がいい。
食べ終えたのか、ミーアが再び口を開ける。
「まだ食べるのか?」
「シンが食べさせてくれるのなら食べる」
「じゃあもうお終い」
「え――――――――――――――――」
ミーアは不満の声を上げているのに、笑っている。
シンはそれが嬉しくてもったいぶった様に「仕方ないな」と、顔はつんとしながらアイスの乗ったスプーンを差し出す。
ミーアがそれを食べて一口毎に「食べさせて♪」と、おねだりする。
逆におねだりしないとミーアに意地悪い視線を向けながらアイスの蓋を閉じようとして、「食べさせて♪」と、言わせる。
一通り食べさせたところでシンが徐に口を開いた。

「俺も食べたい」
「?いいよ。遠慮しなくても」

それとも食べさせて欲しいのかな?と、ミーアがシンの手からアイスの容器を受け取ろうとしたその時。
シンが伸ばしてきたミーアの右手を掴んだ。

「シン?」
「俺、ストロベリーよりチョコの方が好きなんだ」
「う・・・・ん?」
シンはミーアの右手と自分の左手の指を絡め、握り込んでミーアの人差し指を舐めた。

さっき、ミーアの指に垂れたチョコアイスの味がする。

「あっ・・ゃだっ。・・・汚いよ」
「さっきミーアだって自分で舐めてただろ」
「それはだって、自分の手だもん」
「俺もミーアの手ならいいよ」

さらりと大胆な事を言い、シンの舌がまるでミーアの手こそがアイスであるかのように掬い、舐める。
ミーアの背がぞくぞくと震え、シンと繋がったままの右手を握りこんで小刻みに体を左右に振りながら伸び上がる。
眉間に皺が寄り、洩れそうな声を我慢して左手で口を押さえる。

「・・・どうした?」
「ううん!?う、うん!何でも無いよ!」
「変なの」
「だよね!・・・・あ・・・あたしが・・・変なんだよね・・・・」

そう。変に意識する自分が変なのだとミーアは苦笑し、照れ隠しに笑う。
「・・・もうアイスの味しないでしょう?」
「晩飯のたまねぎの味がする」
「でしょ?はい。もうお終い」
「・・・ミーアも食べる?」
「?・・・・う、うん」
シンはミーアの手を放すと容器からアイスを掬い、自分の指先に置いた。
その指をミーアの前に差し出す。

「はい」
「・・・・え?」
「早くしないと溶けるだろ」
「だって・・・」
「ミーアは俺の手が汚いと思ってるのかよ」

さっきアイス持って来る前に洗ったぞ。

シンの不機嫌な主張に戸惑いながら「ううん!そんな事無いよ!」と、慌ててシンの指を咥えた。

ぱくりっ。

唇でシンの指を咥え、歯を当てないようにして口内で真の指を、アイスを舐める。

「くすぐったい。もう食べ終わっただろ?」

少し強引に自分の指を引き抜くと、ミーアの唾液がシンの指を伝うのでシンは躊躇も無くそれを舐め上げ、再びアイスを指の上に置く。
その一連の流れを見ていたミーアは、シンの大胆さに頭の中が真っ白になり、目の奥が熱くなり、耳鳴りがしそうになる。
今少しでも肩を押されたら倒れてしまいそうだ。

だって、なんだか、凄く、シンの顔がやらしく見える。

「・・・・・・・指から食べなきゃ、駄目?」
「駄目」

ほら、早く!

急かされるままにシンの指を咥え、舐める。
「・・猫みたい」

少し怯え、警戒しながら舐める所が。

シンが無邪気に笑うとミーアの口から指を引き抜き、そのまま自分の口に咥える。
ミーアの食べ残しを残さず食べるみたいな動作が当然だと思っているシンの行動に、ミーアの方がどきどきする。

「・・・シンは犬みたい」

とことん無邪気な所が。
きっと、今の行動とかも無意識なんだろうし。

ミーアとしてはちょっとした反撃のつもりで言ったのだが、シンにとっては自分が犬みたいだと評されても気にしないのか「そうか?」と、気軽に返す。

絶対自分一人でどきどきしてるんだろうな。
間接キスかもとか思ってるのあたしだけなんだろうな。
なんだか恋人同士でもしなさそうな事しているような気がするんだけど、シンは何とも思ってないんだろうな。

と、ミーアは笑顔の奥で胸の高鳴りを押さえ、一人盛り上がっている感情を鎮めようと必死になる。

しかし、シンもシンでドキドキしていた。

ミーアの舌の感触がくすぐったくて、気持ちよくて。
遠慮がちな瞳が見上げてくるのも、舐める時に少し歯が当たった事に申し訳なさそうに顔を顰めてしまうのも、いつもが雰囲気が違って緊張する。
さっき舐めた唾液の味がストロベリーアイス味だったのもなんだかくすぐったくて。
胸の奥から腰骨、尾てい骨の辺りがうずうずする。

最後はほぼ液状になったアイスも全て食べ終わると、シンは容器をゴミ箱の中に入れた。
スプーンは机の上に置いて。
ミーアを振り返ると瞳を潤ませたミーアが恥ずかしそうに笑い、突然シンの腰に抱きついた。

「何!?」

叫びながら勢いでそのまま二人でベッドに倒れこむ。

「シンのえっち―――――――――――――!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「・・・・・どきどきしたのあたしだけだよねぇ」

はぁぁぁぁぁぁぁ。

深く息を吐きながらミーアが誤魔化すように笑う。

シンはミーアの腕の中で体の位置を楽にする為身を捩ると、ミーアはシンを抱き締めていた手を放して寝返りを打ってシンに背を向けた。
「ミーア?」
「・・・・駄目だね。シンが優しいから、あたし勘違いしちゃうな」
「何を勘違いするって言うんだよ?」
「笑わないでよ?」
「あぁ」
「・・・・・・・・ちょっと、お姫様みたいな気分だったの」
「お姫様ぁ?」
何で突然そんな突飛な発想に辿り着くのかとシンが声を上げると、ミーアはシンに背を向けたままベッドのシーツに潜り込む。
なにやら失礼な事を言ったようである。
シンも反射的に言ってしまった後で少し悪かったかなとベッドの上に乗り上げ、ミーアの体を揺する。
「悪かったよ。で?」
「幸せだったの!それだけ!」
「・・・・はぁ・・・・ぁあ?」
シンにしてみれば全く持って理解不可能である。
しかし、女の子として、コーディネイターとしてコンプレックスを多大に持っているミーアとしては男の子にこんな風に接触して貰える日が来るなんて思ってもみなかったのだ。
夢見心地になれて。
勘違いして。
少し、自分が可愛い女の子になれた気がして。

そして、本当は違うのだという事に気付いて、泣きたくなる。

「・・・・あのさぁ」
「何?」
「さっき俺の事えっちって言ったけど・・・・それってミーアも一緒って事?」
「・・・・・・・」
「なぁ?」
「・・・・・」
「なぁ?聞いてるだろ?」

なんて恥ずかしい事を聞いてくるのだと、ミーアは逃げ出したくなるのだが、シンが背後にいて、体を揺らしてくるのでそんな事も出来ない。
悔しいので「がばり!」と、起き上がり、シンの鼻を摘んで軽く左右に振る。
「そうだよ!シンが格好いいからどきどきしたんだよ!」
何でこんな事言わなくちゃならないんだろうとミーアは言葉を終えると再びシーツの中に潜り込む。

「・・・あのさぁ・・・・」
「・・・・何?」
「今日、一緒に寝ていい?」
「怒るよ」
「怒るなよ」

勝手に色々言って来て、勝手に完結させて、勝手に泣きそうになって。
俺の気持ちなんて全然完全無視ジャン。

ミーアは気付いていないのだ。
いや、気付いてくれないのだ。
自分がミーアの事大事にしてるなんて。全然。
自分の容姿やら能力とかに自信がないから。

シンにしてみればミーアの馬鹿みたいにお人好しな所は遺伝子なんかじゃどうにもならない貴重な物で。
警戒心は無いわ、底なしに人は好いわ、無条件で簡単に人は信用するわ。
でも、だからこそシンはミーアが居てくれて良かったと思っている。
ミーアが自分に手を伸ばしてくれたからこそ、自分は笑えるようになって来ているのだから。

自分だって、少し位はお返ししたい。

「お姫様気分ってのがどんなのか分かんないけど・・・・もう終わったみたいに思わなくてもいいだろ」
「・・・・・・」
「あー。・・・うん。俺頑張るから。もっと一杯ミーアにお姫様気分味あわせてやるから」
「・・・・・・・」

ミーアは思う。
シンの言葉に嘘があるとは思えないが、それは「同情」というもので、直ぐに自分から離れてしまうのだと。
直ぐに自分の駄目さ加減に愛想を尽かして、呆れて去って行くのだと、思う。
今までがそうだったから。

でも、今は。
今だけはその言葉に嘘が無いなら。

「一緒に居るから」
「・・・・・うん、一緒に寝よう」
寝返りを打って、シンを見上げ、迎え入れるように両手を広げるミーアの頬には幾筋もの涙が流れていて。
シンは流石に言葉を失くす。

いつから泣いていたんだろう?

「ば・・・・馬鹿ミーア!!」
「何よぉ!?お姫様気分味あわせてくれるんじゃないの!?」
「~~~馬鹿馬鹿馬鹿ミーア!!!!」
「そんなに溜めてから叫ばなくてもいいでしょう!?」
「馬鹿だから馬鹿って言ってるんだろ!」
シンは体をずらしてベッドのシーツを捲り上げると直ぐにミーアの隣に横になって背後からミーアの体を抱き締めた。

肩口に顔を押し付けて、鼻先を艶やかな黒髪に埋めて。

「泣きたい時には声出して泣けばいいだろ!?」

何で泣いてるのかよく分かんないけど!

「ミーアの事えっちって言って泣いてるなら謝るから。俺の方がえっちだって主張するから」
「・・・しなくていいよぉ」
「俺が王子としてのキャパが足りないなら・・・・・・それなりに努力するから!」
「シンは格好いいから大丈夫」
「ミーアが眠ったらちゃんと自分の部屋帰るから」

シンの言葉にミーアは涙を流しながら笑みを零し、シンの腕の中で寝返りを打つとシンの背に手を回す。
涙を吸い取って貰うように顔を胸に押し付ける。

「いいよ。朝まで一緒に居て」

一緒に起きて、一緒に朝食を作って、一緒に食べて。

「シンの下着ちゃんと洗い直さなきゃ。部屋で干してないでしょ?」
「う・・・・・。いいよ。自分で洗うから」

図星を指されて言葉を詰まらせるシンにミーアはくすくすと笑うと、その息がシンの薄いパジャマを通して胸をくすぐる。

・ちょっと、やばい。

意識すれば、ミーアの柔らかな胸が臍辺りに当たっているし。

・・・・かなり、やばい。

「おやすみ、シン」
「あ、あぁ・・・・」

抱き締めてくれる小さな背をシンは撫でながら、大きく、静かに深呼吸する。

ミーアは気付いていないのだ。
幾ら外見にコンプレックスがあろうが、その言動のどれもが男心を揺さぶっている事に。
ミーアの性格を知れば誰だってミーアを好きになるに決まってる。
ミーアは、魅力的で、可愛い。
その事にシンが多大に焦りを感じているということにも。

シン自身もまた、それがミーアに対する恋心なのだという事に気付かず、単なる「独占欲」で片付けているようだが。

とりあえず、自分から一緒に寝ようと言ったくせに、腕の中の柔らかな体を意識して眠れそうに無いと危機感を覚えるシンが眠れるまであと少し、時間が掛かるようである。

<終>

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