鬼ジュール_オムニバス-06

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:14:47

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【シン、整形前ミーア同棲話】

ミーアがいつものように歓楽街のバーで歌い終わってから帰って来て浴室でお風呂に入っている時の事。
髪を洗い終えて体を洗おうとスポンジにボディソープを落とそうとした時、「しゅこしゅこ」という空気が噴出す音のみでボディソープは一向に落ちて来なかった。
「えーっ」
蓋を開けて中を覗いてみるが少しも残ってなくて。
昨日の夜から少ないなぁと思っていたのだが、シンが今日新しいのにしてくれるか、詰め替え用なり補充してくれるかと思っていたのだが。
それは自分の楽観的な希望だったとがっくりと肩を落とす。
シンと暮らすようになってからシンが自分の使い勝手のいいように色々と変えていて、ボディソープ等の置き場所も先日変えたと言っていたが、何処だったか忘れてしまった。
バーで染み付いたタバコやお酒の匂いを完全に落としたいのでボディソープは必需品だ。
悩んだ末ミーアは浴室のドアを少し開けてシンを呼んだ。
まだこの時間なら起きて勉強している筈である。
しかし夜中であれば大声は出せず、控え目に呼んでもミーアの部屋の隣のシンの部屋には届きそうにない。
心底困ったミーアは意を決して髪をタオルで巻き上げ、バスタオルで体を包んでシンの部屋のドアをノックした。
「はい?」
「シンー。お風呂のボデイソープなくなってたのぉ。新しいの何処ー?」
お風呂から出ると寒いと体を震わせながら声を掛けているせいか、声まで心なしか震えている。
扉の向こうのシンもそれに気付いたのか、椅子から立ち上がる音がして、「そういえば出すの忘れてた。悪い」と、扉を開けた。

と、そこに居るのはタオルを一枚巻きつけただけのミーアの姿が当然有り。
体を震わせている為自分の体を抱き締めるようにしていたミーアの胸の谷間が深く強調されている。

夜中に男の部屋にそんな無防備というか挑発的な格好して来たら普通お誘いだとか同意だと思うぞコノヤロー。

思わずシンは顔を背けたが、分かっている。ミーアはそこら辺馬鹿みたいに無防備なのだ。
自分が狙われているとか、襲われるかもしれないとか、一切考えてないのだ。
これでよくも今まで犯られなかったよと心底思いながらシンは深呼吸を繰り返した。

「か、風邪引くだろ!大声出せよ!」
「だって、近所迷惑でしょう?」
「あーもー。俺が悪かった。直ぐ持っていくから風呂場戻ってろよ」

くるりとミーアの体を反転させて背中を押す。
その体の柔らかさや細さに眩暈すらする。
いい人ぶらずに抱き寄せたら案外抵抗されないんじゃないかと心揺さぶる声が聞こえるがそれも必死に堪えて。

ミーアは馬鹿なんだ。
ミーアは馬鹿なんだ。

頭の中で呪文のように繰り返しながら代わりのボディソープを取りに行った。

次になくなりそうなのがシャンプーだから、それもなくなった時わざとそのままにしておこうかな・・・・。

と、それでもしっとりと汗を滲ませたミーアの胸の谷間を思い出しながら不純な事を考えてしまうから。
今日の勉強はもう無理だろうなと、悶々と考えてしまうのだった。

<終>

「んーっ」

勉強するのも疲れて伸びをしたシンは、水でも飲んで今日は寝ようかなと部屋を出て台所に向かおうとした所、いつもならミーアの部屋から鼻歌(それもラクス・クライン限定)が聴こえて来る筈なのに聴こえて来ない。
早くに寝たのかなと思いながら居間を横切ろうとした所、ソファの上で眠るミーアを発見した。
これなら確かに鼻歌は聴こえて来ない筈である。
「ミーア。風邪引くぞ」
「むー」
唸り声の返事に、少しは意識があるのかとシンはそのまま冷蔵庫から残り少ないミネラルウォーターを取り出した。
コップを出さなくてもそのまま全部飲んでしまえるので直接口をつけて飲み干して。
容器をぐちゃりと握り潰してリサイクルBOX(後日指定の場所に持って行く)に投げ入れる。
それから戻る時もリビングを通るのでソファに目を遣ると先程と少し体勢が変わったが相変わらず眠っているミーアがまだいた。
「風邪引くって言ってるだろ」
「んー」
「起きろよ」
「うー」
手で肩を揺さぶっても起きはしない。
もう夜の2時近くなので眠たいのは分かるのだが、歌手の癖に風邪引いたらどうするつもりなのか。
起きなきゃ胸触るぞ。
と、心の中では幾らでも思えるのだが、実際にはそんな事をする度胸は欠片もなくて。
不埒な自分の考えに一人勝手に頬を染める。
「シンー」
「な、何!?」
まさか自分の妄想に勘付いたのだろかと僅かに声をひっくり返す。
しかしミーアはシンの妄想に気付いた訳ではなく両手をシンに向けて伸ばした。
「だっこ」
「無理」
「おんぶ」
「それなら・・・」
ミーアの方が身長が高いというのに、抱っこなんて出来る筈が無い。というか出来てもさせるなとぶつぶつ呟きながらシンはミーアに背を向けて膝を立てて座った。
「自分で乗れよ」
「あい」
まずミーアの手がシンの首に巻きついて、次に弾力のある胸が潰れる感触が背中に伝わり、気持ちいいと思った瞬間、力の抜け切った体重が掛かり、頬にミーアの吐息が触れた。

大して重くないけど。

酒を飲んだ訳ではないらしいから只眠いのかとその呼気で感じ取ると、「ふっ」と小さく掛け声出して立ち上がる。
「しゅっぱーつ」
「ちょっ・・そっち台所」
「喉渇いたもん」
指で差し体重を掛ける方向がシンの進行方向とは違って思わず首が絞まる。
仕方なくミーアを背負ったまま台所に向かうと、ミーアが冷蔵庫を開けた。
「おみずがなーい」
「あ、飲み終わった。そっちのジューズでいいだろ」
「えー。じゃあいらない」
「なんだよ。飲まなくて平気なのか?」
「うん。ねる」

何なんだとシンは溜息を吐いてずり落ちそうな体をもう一度抱え直す。
改めてぶつかる胸の衝撃にどきどきしながらミーアの部屋に入ると甘い、女の子の匂いがした。
ミーアの部屋には殆ど入る事がないのだが、相変わらずピンク色の物が多い部屋である。
本人が着ている服は地味な色が多いのはコンプレックスもあるのだろうが、部屋をピンクにする位なら服だってピンク色を着ればいいのにと思う。
ピンク色のベッドカバーを捲り上げてミーアの体を下ろそうと一度腰掛けるが、ミーアが降りてくれない。
「ちょ、ミーア?」
そこで耳に触れるのは静かな寝息で。

まさか寝てるとか!?

体をずらして顔を覗き込むと、幸せそうに寝ているミーア顔が有り、叩き起こそうかという気は一気にうせてしまう。
仕方なく手を解いて体を離すと横たわらせて布団を掛ける。
目にかかった髪を横に流してやって「おやすみ」と、言うとミーアが目を閉じたままシンの手を取った。
「わり、起きた?」
「一緒、寝ようか?」
「は?」
「一緒、寝よう?」
「あのなぁ、何言ってるのかわかってるのか?」
「シン温かいもん」
ほらほらと引き擦り込まれて、真正面から擦り寄られると段々イケナイ気分になって来るのだが、相変わらずミーアは何も考えていなくて、シンは意気地が無かった。
それでも寝難いからミーアの体に片手だけ回すと、まるで秘密の話でもするかのようにミーアがひそひそと小声で話し出した。
「子守唄、歌って」
「知らない」
「何でもいいよ。歌って」
「歌下手だからやだ」
「聴いた事無いもん」
もう随分と眠い癖にシンの胸に擦り寄りながらおねだりするミーアの姿に脳みそまで沸騰しそうになる。
どうにでもなれと「本当に下手だからな」と、歌い聴かせると、再びミーアから寝息が聞こえてきた。
寝ている時はミーアよりも低い身長を誤魔化せるから自分の方が年下だという事も無視出来ていいかもしれないと、ちょっと嬉しくなる。
徐にミーアの額が見えるように髪を掻き分けるとつるんっとしたそこに口付ける。
してみると異様に恥ずかしかったのだが。
ミーアだって歌で稼いでるんだし、自分の子守唄の駄賃位は貰っていいよな、と心の中で必死に言い訳した。

<終>

「ふぅん。この人が・・・」
「何見てるの?」
「うわぁ!」

熱心に端末を見ていたという覚えもないが、突然背後から聞こえた声にシンは大きな声で反応した。
「び、びっくりした・・・」
「俺の方が驚いたよ。何だよ、ノック位しろよ」
声の主は当然ルームシェアの相手であるミーアだ。
元々部屋には家具まで用意されていたのだから(前の同居人が残していった物らしいが)ルームシェアというよりも居候のような感があるのだが、光熱費等は折半なのでそんな事も無く。
だったら自分のプライバシーは守られて当然である筈なのに、どうして無断で入ってくるのか。
「したよぉ。でも反応無いんだもん」
「だからって勝手に入ってくるなよ。俺だって・・・・中見られたくない時だってあるんだからな!」
「・・・・えっちなサイトを見るとか?」
「煩い」
「それ位気にしないよ?見慣れてるし」
「気にしろ!気にする!違う!」
男ってのは繊細なんだと心の中で叫んでシンは憮然としながらも端末をミーアに見せる。
そこに映し出されていたのはザフトの赤服メンバー。
どうやら先日のヤキン・ドゥーエ戦の様子を報告したザフト公認のサイトのようだった。
「あ、アスランだ」
「知り合い?」
「まっさかぁ!有名人なんだよ、アスラン・ザラって。でも知り合いだったらいいなぁ♪」
シンの肩に手を置いてモニターを覗き込むミーアの手の温かさにどきどきするのだが(実はちょっと胸も当たってる)、他の男の名前に声を高くするのは何だか嫌だ。
毎度毎度思う事だが、ミーアは心底ミーハーだ。
一緒に買い物している時に、ちょっとでも格好いい男がいると、直ぐ腕にしがみついてきて「あそこの男の人格好良くない?業界(水商売)の人かなぁ?」と、耳元に囁いて来るのだ。

胸当たってるんだよ!
そんなに体くっつけて来たら胸当たるんだよ!
耳元で囁いたらくすぐったいんだぞ!
誘ってるのかチクショー!

しかし、囁かれる言葉は他の男への賛辞なのだから何かの拷問か何かなのかと思う。
おまけにミーアのミーハーは街中だけに限らず、ニュースを見ようとキャスターの男が格好良ければ「格好いいよね」と言って来るし、ドラマの俳優など言わずもがなだ。
毎日毎日他の男の賛辞ばかり聞かされていては正直嫌気が差す物なのだが、今までそれに対して「そうか?」や「そうかもな」としか返していない自分はよく耐えていると思う。
今日はもうそんな事は無いかと思っていたのに不意打ちで来られて正直気分はよくない。

「あ、この隣のイザークって人も綺麗ー♪ハイネって人も格好いいなぁ♪」
「あー、はいはい」
「?どうしたの?」
「ドウモシナイヨ」
「でもやっぱり一番はアスランかなっ♪だってラクス様の婚約者だもん♪」
「アッソ」
「やっぱりどうしたの?」

どうして気付かないんだよ。
別にっ。俺はミーアの彼氏でも何でもないけどっ。
それでも少しはこう・・・・っなぁ!?

心の中では色々と葛藤があるのだが、口では「何でもない」と諦めて溢す。
「自分はミーアの彼氏じゃない」というのがシンにとっては大きなネックで。
だからといってシン自身はミーアが好きなのかと言われるとそれもまたよく分からない。ただ、他の男を見たりだとか、他の男を誉めるとかされると腹が立つ。非常に。
腹立たしげにシンはアスランの画像を睨み付けた。

ま、婚約者いるならどうでもいいけど。

「本当にラクス・クラインが関わってたら何でも特別なんだな」
「えー。そんなの関係なしにアスランは格好いいよ?勿論、ラクス様の婚約者って時点で贔屓目なのは確かかなぁ?」

だから、特別だろ。

相変わらず間の抜けた事を言うんだなと思うが、それを言った所で気にもせずからからと笑うだけなのでシンは諦めて端末を閉じた。

「あ。他のアスランの画像あったら見せて貰おうかと思ったのに」
「もう俺は寝るの。見たきゃ自分で調べればいいだろ」
「じゃあ一緒に寝る」
「はぁ?」
「実は枕も持参してるんだ」

ノックの返事が無いからって勝手に入ってくる。
入って来たら来たで他の男を褒める話ばかり。
その後で自分と一緒に寝るとか平気で言うし・・・・・・!

「・・ミーアの馬鹿」
「へ?何か呼んだ?」
「別に。今日は一緒に寝ない。自分の部屋に帰れよ」
「駄目なの?」
「駄目」

ミーアは理解出来ないように眉を寄せたが、はっと何かに気付いて頬を染める。
その瞬間シンは嫌な予感がする。

「あの・・・あたしもう寝るから・・・・静かにね?」
「違うよ!何考えてるんだよ!ミーアの阿呆!」

ていうか、聞こえてるのか?というのはもうこの流れでは尋ねる事が出来ず、真っ赤になって慌てて椅子から立ち上がるとミーアの体を反転させて部屋の外に追い遣る。
ミーアは戸惑いを隠し切れない様子で扉の外まで背中を押されるとシンを振り返った。

「えとっ・・・怒ってる?」
「怒ってない」
「・・・勝手に入ってごめんね?」
「次からはするなよ」
「一緒に寝るのは・・」
「駄目」

こればかりは即答したシンの憮然とした様子にミーアは枕を両手で抱き締める。
残念そうな顔には非常に心が揺さ振られるのだが、他の男の事ばかり褒めておいて自分と寝たがるのは手近な相手で済まそうとしているようで苛々する。

本当は一緒に寝るならアスランの方がいいんだろ。どうせ。

まだ名残惜しそうにミーアが自分を見るから。
シンは異様に意地悪を言いたくなる。
ミーアの腕を掴んで引き寄せて。
少し背伸びをして(これもこれで腹が立つのだが)耳元で囁く。

「じゃあこの手で手伝ってくれるとでも言うのかよ?」
「へ?あのっ。それはっ・・・」

自分だってそういう話を振っておきながら自分に言われるとなると恥ずかしがるんだからとシンは苦笑して「冗談に決まってるだろ。俺は静かに寝るの。ミーアの寝相の悪さにいつも付き合ってられないんだからな」と、おどけて彼女の手を放した。
その瞬間のミーアの安堵の後の照れ笑いに少なからず自分自身も傷付いて。
しかしそれは顔に出さずに無理にでも笑顔を作る。

「おやすみ」
「うん、おやすみ」

自分の部屋に帰るミーアが扉を開けるまでぼんやりと見ていて、扉を開けて中に入る瞬間ミーアと目が合い、それから自分も部屋に入った。
もう一度「お休み」と言えたら良かったのかもしれないが、そこまでミーアに優しくなれる気分でもなかった。

投げ出すようにベッドの上に横たわるとアスランの画像を思い出す。

気に食わない。

自分がザフトに入隊した時、絶対にアスランは追い抜いてやると決意した。

<終>

2

「あっ。やだっ。ねぇシン怖い・・・・怖いってばぁ!・・・あ・・あっ・・・やぁん!」
「怖くない。まだ慣れないのか?一杯してる癖に・・・少しは慣れろよな」
「駄目だよっ。こんなの慣れないっ。怖いよっ。ねぇ・・・お願い、お願いっ」
「もう自分で出来るだろ?」
「出来ない。ねぇ。早くっ。早くシンがしてっ。ねぇお願い!何でも言う事聞くから!やっ・・ん」

甘ったるい声と、上擦った半泣きの叫び。
そして胸で呼吸した間隔の短い吐息にシンは脳天からくらくらする。
早急に攻め抜きたい気持ちをぐっと堪えて背後からミーアの腰を抱き寄せた。

目の前に見える首筋に唇を寄せたくて・・・。

そこで鼻に跳ねた油が飛んで来た。

「あつっ」
「うわーん。お願いぃ!シン!早く揚げ物代わってよぉ!ね、ね、今度チョコレートアイス沢山買ってあげるから~~!!」

どれだけ腰に来る甘ったるい声を発しているのか自覚のないミーアは、後ろから抱き締めて来たシンの体に擦り寄るように体を捩って、シンの肩に頭を乗せる。
これで自分達は恋人同士でも何でもないのだから、全く持って不思議な物だと、シンは飛んで来た油を手の甲で拭うが、どちらかというとミーアを盾にしているような体勢だとも思うから、仕方なくシンはミーアの手から菜箸を取ると体を押し退ける。
正直言うと、さっきから聞こえる自分に甘える声に反応してしまう部分がばっちり反応してしまったのをミーアに知られない為である。

ミーアの張りのあるお尻が擦ったんだ。俺が悪いんじゃないぞばかやろー。

「本当にお願い聞いてくれるんだな?」
「うん。聞くっ」
「それと、プラスチョコアイス」
「うん。OK!」

半泣きの目の端に涙が溜まっているから仕方なくという風を装って服の袖でミーアの涙を拭うと、「此処任せていい?」と、おずおずと尋ねて来る。
自分が食べたいからと晩御飯を強引に揚げ物にしたというのに(今日はミーアは歌の仕事休み)、熱い油が跳ねるのに怖気付いて逃げ出そうというのは正直ズルイ。
いや、それでイイ声を頂戴したのは確かなのだが、それはそれ、これはこれ。
シンが言わなければばれない事である。
じっとりと不服を申し立てるようにミーアを見ると、空いてる手でミーアの手を捕まえた。

「駄目。俺だって最初から揚げ物嫌だって言ったんだからな。責任」
「許してー。こんなに跳ねると思わなかったのっ」

サラダの準備する。スープの用意もする。パンだって置いて来るから。と、懇願するミーアの余りの必死さにシンは笑いが込み上げそうになるのを我慢して頬を膨らませて見せた。

「じゃあ、俺やらないぞ?」
「それは駄目ー。お願い、やって?」

「やって」だの、「して」だの、「お願い」だのと媚を売るように精一杯可愛らしく言われると熱が一箇所に集中してしまいそうで(実際危ない)理性をフル活動させるので大変だ。
思わず眉間に皺を寄せて目を閉じると、深呼吸する。
ミーアの手を握っていた手も強くなって・・・。
「じゃあ、一つ目のお願い事聞いてよ」
「一つ目!?」
「何でも言う事聞くんだろ?まさか一つだけ聞けばそれでいいとか思ってたんじゃないよな?」
意地悪いシンの言葉に、正に一つだけ願いを聞けばいいと思っていたミーアは思わず体を小さくさせてシンを見上げて「あ、ううん。一つ目でいい」と、おずおずと答えた。
菜箸を持った手は揚がった野菜を上手に挟んで網に乗せる。
(ミーアは基本的にナイフとフォークで食事をしているので、箸の使い方が物凄く下手なのも油が跳ねる原因のひとつだ。だったら穴の空いたお玉なり買えばいいのに、この家には無かった)

「今日泡風呂にでもして一緒に入るか」
「へ・・・・ぇ?」
「俺風呂場が静かなの嫌なんだよな。シャワーの音とかでも何でも音があればいいんだけど、静かなのってちょっと嫌じゃないか?」
「あたしは基本的に歌ってるけど・・」
「俺は風呂場で歌う趣味はないの」

まともにミーアの顔を見ていられなくて、揚げ物の入っている鍋をじっと見ている。
口では平然を装いながら内心はドキドキ胸が言っている。
勿論、こんな事女の子に言うのは産まれて初めてだ。

「ホラー映画とか・・・お風呂場で事件が起きる事が多いから?」
「は?・・・ぁ。ま、まぁ。そうかな?」

少し的外れなんだけど・・・と、思うが、ちょっとは申し訳なさやら恥ずかしさがあるので突っ込めない。
ぱちぱちと油が弾ける音だけになり、シンもミーアも互いに視線を逸らして顔を見る事が出来ない。
その瞬間、油が大きく弾け、鍋の中で小さな爆発を起こす。
シンは反射的にミーアを掴んでいた手を離して突き飛ばすように弾いて、菜箸を握った手は顔を覆う。

「きゃっ」
「大丈夫か?そっち、飛んだ?」
「ううん。ちょっとだけだから、大丈夫。シンこそ大丈夫?」
「多分服に当たっただけだから大丈夫」

今の音は大きかったねと、互いにぎこちなく笑うと、今度はミーアがシンの手を取った。
「危ないぞ?」
「う、うん。あの、いいよ?タオル巻いてもいいんだったら一緒に入る。地球の温泉みたいなもんだよね!」
「へ?」
何と言ったのかと改めて顔を見ようとした時にはミーアはぱっと手を離して居間に向かっていて背中しか目で追い駆けられず。
さっきの言葉の通りサラダの用意をしに向かったのだろうが、恥ずかしいのかぎくしゃくとした体の動きにシンは頬を染めたのと同時に胸が高鳴った。

やばい。
美味しい約束を取り付けたのはいいのだが、さっきからのミーアの可愛い仕草に体が元気に反応している。

自分で自分の首を締めただろうかと、シンはゆっくりと長く息を吐きながら取り敢えずその場で小さくジャンプした。

<終>

「んー。・・・・すっ・・ごい。こんなに一杯・・・・。やだ・・・こんなに入ってたら中から・・溢れちゃう・・・っ」
「ミーアは一杯の方が好きじゃないのか?」
「好きだけど・・・こんな大きいのなんて初めて。・・・一杯だし・・・・あっん。動けないっ。駄目ぇっ。シンも動かさないでっ」
「いいだろ?こっちの方がミーアにとっては良いんじゃないのか?」
「んっ。良い。凄く良いんだけどちょっとくすぐったぁい・・・・。シンの馬鹿ぁ・・・」
「ミーアの好みに合わせてやってるのに、馬鹿はないだろ?」
「だからっ。動かさないでっ」

泡が零れちゃうよっ。

シンが風呂に浮かんだ沢山の泡を掬い取ってミーアの鼻の頭やら肩に乗せると、ミーアは泡が零れ落ちないようにする為か、身動き一つ出来ずにシンを困ったように睨んだ。

「でも、幾らなんでもこれ泡多くない?」
「泡風呂なんて滅多に出来ないからって通常の3倍入れたからなぁ。泡立ちも3倍?」
「うちのお風呂狭いのにそんなに入れてもしょうがないよぉ。こぉぉぉんなに泡が大きい泡風呂なんて初めてだよ・・・」

目の前にある大きな泡の山に顔を突っ込んでしまいそうである。
そして余りにも泡が立ちすぎて分からないが、泡の量の割には湯船のお湯の量は少ないのである。
泡のお陰で寒くはないが、湯に浸かってない個所もあるので温かくもない。
お湯を足せば泡は溢れてしまうだろうからそれは勿体無いし、シンに体を見られるかもしれないと思うとそれは恥ずかしくて出来ない。

「うわ・・・。泡で滑る。ミーアも後で体洗う時気をつけろよ」
「うん。でもタオル巻いてお風呂入るのって重い・・・。取っちゃってもいいかなぁ?」

見えないよね?と、胸元を確認したミーアは指でシンに向こうを見るようにと示してからタオルを取った。
濡れたバスタオルが湯船に掛けられたのを音で正確に聞き取ったシンは、今振り返るとミーアは泡の下は裸なのかと思うと・・・・・危ない。
心臓にも体にも良くない。
体の一部に変化が起きる前に体を洗ってしまおうと、シンはまず髪を洗おうとシャンプーのポンプを押した。

「そういえば、男の子と一緒にお風呂入るのなんて初めてかも」
「へぇ。俺は昔妹と入ってたよ。本当に小さい頃の話だけど。お風呂に色んな玩具持ち込んでさ、1時間とか平気で遊んでたなぁ」
「じゃあシンはこういうの慣れてるんだ」

あたし兄弟とかもいなかったしなぁと、楽しげに笑うミーアの声を聞きながら「慣れてる訳ないだろ!小さい時の感覚のままずっと居るとか思うなよな」と、思うのだが、そんな事を言えば自分に下心があるのがばれてしまうので言わない。
シャンプーを泡立ててから髪を洗っていると、ミーアが何かを言った。

「何か言ったか?」
「そんなに乱暴に髪洗ってたら駄目だよぉ。もっと丁寧にしないと、折角シンの髪綺麗なのに」

手招きされるので移動すると、浴槽に腰掛けるように言われる。
「目を閉じて、後ろ向いちゃ駄目だからね」と、言われて目を閉じると湯船から音が立った。
ぺたり、と洗い場から音がするので薄目を開けて見てみると、ミーアが湯船から出てシャンプーのボトルのポンプを押していた。
まるで真珠のような柔らかな印象を与える背中から尻に掛けての曲線にミーアの黒髪が流れている。
その白と黒のギャップに息を呑んだシンは、ミーアの振り返る気配に慌ててしっかりと目を閉じる。

綺麗な体だった。
オーブの海では割と年中水着の女性の姿を見るので、ミーアの体のラインがどれほど綺麗な物なのか直ぐに分かった。
いつも野暮ったい服ばかり着ているので分からなかったが、これだけ綺麗な体をしている人は早々見た事はない。
張りがあり、少し上向きの尻など触ったら柔らかそうで。
と、考えていくと体が反応しそうになってシンは慌てて両手を足で挟むようにして変化に気付かれないように何気なく隠した。
再びミーアが湯船に入る音がして、その後丁寧に髪を洗われる。
自分でするには考えられない程丁寧な動作に、シンは思わず肩から首にかけてがぞわぞわとする。
優し過ぎて、くすぐったくて、腰に来る。

おまけに、時々、胸が当たる。

生の胸が、肩に「つんっ」と、微かに触れるのだ。
きっとミーアだって分かっている筈なのに、シンもミーアもそれには触れられないでいた。
何となく、言えない。
しかし急激に喉がからからに渇いた。先程ミーアの綺麗な体を見た後では簡単にその胸も綺麗で瑞々しい張りがあるのだろうと想像出来てもう眩暈がしそうだった。
もう、やばいどころじゃない。

耐えろ俺!
頑張れ俺!

ミーアに触れたい衝動を必死で堪えて深呼吸する。
体に襲う熱を抑える。

「気持ちいい?」
「へ!?」
「痒い所ある?頭」
「う、ううん。無い。もう大丈夫」
「じゃあ流していいよ」

終了、と、ミーアがぽちゃんっと湯船に浸かったのが分かってシンは顔だけ振り返る。
「シャンプーの泡、中に入れてないよな?」
「それは大丈夫」
まだ手は湯船に入れてないよと、泡の付いた手を見せると、シンはシャワーを出してまずミーアの手に付いた泡を流した。
それから少し戸惑いがちにミーアを見ると、ミーアも少し恥ずかしそうに僅かにシンから視線を逸らした。

「あの、気持ち良かった。ありがとう」
「うん、良かった」

シンは自分の頭の泡を洗い流す時、わざと湯の温度を落とした。そうでもしなければ自分の中に燻った熱を静める事が出来なくて。
何となく口数も減ってしまい、体を洗ってから交代しようかというその時、シンは立ち上がろうとするミーアの肩を押さえてそのまま抱き締めた。
浴槽を挟んで抱き締めている為、ミーアと触れているのは肩から上だけだ。

「シン?あの・・・のぼせちゃうなぁ・・・」
「もうちょっとだけ」
「う、うん」

無言でミーアの手を取り自分の背に回させる。
目の前にある首筋に口付けたい衝動は抑えて、ミーアをきつく抱き締めた。
そして二人が場所を交代し、ミーアが目を閉じて髪を洗っている裸の背中を十分に堪能したというのはミーアには内緒の話である。

<終>

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