鬼ジュール_オムニバス-19

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:18:50

「ねぇシン。最近ずっとラクス様の所に呼ばれて行ってるけど、明日のミーティングの為のデータ、大丈夫なんでしょうね?」
「は?」
「は?じゃないわよ。先週副艦長にデータ纏めるのお願いされてたでしょ?」

ザフトの宿舎に戻ろうという道すがら、ルナマリアがシンを慌てて引き止めて尋ねた。
最近は食堂にも向かわずに直接ホテルに向かっていたシンに話し掛けるチャンスは今しかなかったからだ。
ルナマリアの瞳を凝視してシンは先週のミーティングの様子を思い出す。

そしてアーサーが「たまには君もデータ解析やってみなよ」と、へらりと笑いながら一方的に言って部屋を出て行った事を思い出した。
殆ど捨て台詞のようだったからシンもすっかり忘れていたのだが。

「やばい・・・」
「やっぱりね。そんな事じゃないかと思ってたのよ。最近のシンったらすっかりラクス様のファンになっちゃって、訓練終わったらすぐに走って行っちゃうし」
「・・・・間に合うかな」
「間に合わせなきゃ艦長から怒られるわよ。レイもいるんだったらこっそり手伝って貰っちゃえば?」
「・・・・あー。今日ちょっと用があるから後で合流する事になってるんだけど・・・。まぁそうする」

これが持ち出し禁止の資料だったら絶対アウトだったわね、シン。

にやにやとルナマリアは意味深に微笑み、掌を上に向けてシンの目の前に差し出すと、シンは溜息と共にルナマリアの掌に自分の手を重ねて握った。

「礼は今度する。俺、取り敢えず時間無いから行って来る」
「楽しみにしてるからね♪」

今日はミーアと暫く二人きりだと嬉しく思っていたのだが、それどころでは無くなったと再び深く溜息を吐きながら準備の為に走り出した。

カタカタカタカタ・・・・・。

珍しくスウィートルームの中で硬質な音が響いていた。
まだ捻挫で療養中のミーアはシンが明日までにデータを纏めなくてはならないのだと知ると、「つまんない」と、一言言ったもののシンの向かいのソファに横になってクッションを抱き締めごろごろとしていた。
シン達がいない昼間でさえ一人でごろごろとしていたミーアはもうごろごろし飽きていたのだが、シンが構ってくれないのであればごろごろするしかない。
これでレイがいればピアノを弾いて貰ったり、話し相手になって貰ったりするのだが、まだ彼は来ていない。
行き先は知っているのだが、折角の対面を邪魔するつもりはない。
我侭を言えば通りそうだが、それはレイが可哀想だ。

仕方がないので目の前のシンの観察を開始した。

いつもは不機嫌そうにしている口元が、今は仕事中の為かきゅっと引き結ばれている。
よくよく考えればシンが勉強をしている姿なんて殆ど見た事が無かった。
こんなに格好良かったんだろうかと思うと、ミーアは少し恥ずかしい気持ちになる。
昔はひょろりとした体型だったのが、アカデミーに入ってからがっしりとしてきて首の回りや肩が少し太くなったように思う。
そして昔はミーアの体を抱き上げる事など適わなかったというのに、最近では横抱きに抱えられたりして、腕や下半身の力も強くなったんだなぁと思うと気恥ずかしくなる。
それなのに手は大きくて指は器用そうに長い。
しかし男の子らしく間接部分が少しごつごつとした感じが彼女には魅力的に感じた。

少し、食べちゃいたいかも。

胸の鼓動が高くなり、うずうずと心が掻き乱される。
口内の唾液の量が多くなり、体の芯から熱くなる。
よくよく考えたらミーアの方からシンに対してこのような欲求を持つ事は無かったように思う。
両親のいない彼女にとっては父性を感じさせる「働く男の人」という姿に弱いのかもしれない。
それともいつもはシンから迫ってくるばかりで安心しきっていて、少しつれなくされると逆に欲しくなってしまうのか。
もしくは快楽を知ってしまった体が単純に満たされたいと飢えを訴え始めたのか。
とにかく理由はハッキリと分からないが、欲しくなってしまったものは仕方がない。
体を起こして捻挫した足を庇いつつ立ち上がるとシンが座っているソファの隣に腰掛け、ころんっとシンに膝枕をして貰う。
シンはミーアの頭が肘とぶつかりそうだったので端末を叩く手を上げ、ミーアの頭が膝に乗ったのを見下ろして確認する。

「・・・悪い」
「ううん」

少し硬いシンの膝枕が少し照れ臭い。
顔を横にしてシンの腹に顔を埋めるとシンの匂いがして、硬い材質の制服の奥に感じる男らしくなりつつある体の存在感に、再びどきどきとした。
口の中が潤ってくる。

普通に食べちゃいたいかも。

噛み付きたくてシンの制服を口の中に含めるのだが、その奥の体までは届かない。
悔しいなぁと思いつつ、それでも頑張ってシンの体に歯を立てようとするのだが、頑張っても頑張っても足りない。

「・・何やってるんだ?」
「・・・・噛み付こうと思って」

その微妙な返答にシンは困った顔をすると「少し大人しくしてて欲しいんだけど」と、彼にしては控えめに言った。
再びする事がなくなってしまったミーアは再びじっとシンを観察する。
シンはますます難しい顔になり、ぶつぶつと何か愚痴をいい始めた。

「副艦長も・・・・ちょっとは・・・・・。ルナだって、もうちょっと早く・・・」

ミーアはそこで女の子の名前を聞きつけ眉を寄せた。
彼女も何度か聞いた事がある名前で、確かアカデミーから同期の女の子だ。
文化祭でも一度見た、シンととても中の良さそうな・・・。
欲求不満な所で聞いた女の子の名前にミーアは眉を吊り上げる。

「シン」
「んぁ?」

シンが何も知らずに間抜けな声を上げるのもまた悔しい。
ソファに両手を着いて体を起こすと少し強引に口付ける。
シンは突然の事に驚いたが、直ぐに嬉しそうに微笑んでミーアの唇を受け止める。
ミーアは少しずつシンの顔を押し返すように体を起こしつつシンの肩に手を置いて体をずらすと膝の上に尻を乗せる。

「はぁっ・・・」
「ん・・・」

シンが漏らした声にミーアはますます乗り気になり、どんどん深く口付けて行く。
肩に置いた手を移動させ、顎のラインをなぞり、耳を擽る。
シンにはそれが弱いのか、ミーアの体をきつく抱き締め背中を何度も何度も撫でる。
下半身にも熱が溜まって来ているのか、ミーアは尻でその熱が高まっていくのを感じる。

そして完全にミーアが主導権を握ったというその時に、シンが堪え切れないとばかりにミーアの胸に手を移動させて鷲掴むと、ミーアが途端に唇を離した。

「ミーア・・・」

もっとと、強請るように顔を寄せて来たシンに、ミーアは眉を寄せた不機嫌な表情のままシンの唇に自分の掌を当てた。

「あたしと彼女、どっちが大事?」

シンが瞬きを繰り返す。
「彼女」というのが誰の事だか分かっていないのだろう。
しかし、誰と比べているのか分からないが、取り敢えずミーア以上に優先させるべき女性はいないので顎を引いて手から唇を離すと「ミーア」と、答える。

「じゃあ、お仕事とあたし、どっちが大事?」

それは現状を示唆しているのだろうと素早く察知したらしいシンは「う・・」と、声を詰まらせた。
そして渋い顔を作り、唸る。
ミーアはそんなシンの様子を見ていく内に自分の中の欲求までもが怒りに変わった。

「ミーアって言いたいんだけど・・・・。今は、仕事」

どうしても今日中になんとかしなくちゃならないから!
ごめん!

シンは唇を噛んで謝罪すると、ミーアは小さく「もう知らない」と言ってシンの膝から降りて立ち上がるとひょこひょこと歩き出す。

「あーあ。すんごくシンが欲しいなぁって思ってたのになぁ」

シンがあたしを選んでくれてたら食べちゃってたのになぁ。

ミーアはすっかりむくれると一度シンを振り返ると舌を出してしかめっ面を作った。
その不機嫌さが事実だったのだとシンに知れると、シンは慌てて立ち上がろうとして、しかしそれは出来なかった。

やっぱり仕事を投げ出す訳にはいかなかったのだ。

「終わったら!終わったらする!」
「もうあたししたくないもん!」

ひょこひょこと寝室に向かいながらミーアは言い放つと、もう足も止めずに寝室のドアを閉めた。
ミーアは寝室に入るとベッドに横になり頬を膨らませる。

「シンの馬鹿・・・・」

そしてシンもまた後悔をひしひしと感じながらソファで項垂れていた。

暫くしてレイがやって来た時もシンは項垂れていたままで、思わず声を掛けるのが躊躇われる程に落ち込んでいたという。

再びの進展にはまだまだ時間が掛かりそうだった。

<終>

その夜、シンはミーアの隣のベッドで先に寝ていた。
余りにもシンがミーアに手を出したいと主張するものだから、風呂にも進入出来ず、すっかり拗ねてしまったのだ。
因みにレイは隣の部屋のベッドに寝ている。
実は居間を挟んだ反対側にも来客用のベッドが置いてあるのだが、応接室やら居間を挟んだ向こうなので余りに遠過ぎると隣になった。
これでは益々手が出し難いとシンは不貞腐れているのでさっさと寝てしまおうと思うのだが、悔し過ぎて眠れない。
第一、シンの寝る時間はいつもはもう少し遅い。
色々な要因が重なり唸っていると、ミーアが風呂から出て部屋に入って来た。
その途端彼女だけが持つ匂いがぷん・・と、シンの鼻腔を擽る。
これはまた精神的に辛いとぎゅっと目を閉じると、ミーアは自分のベッドに向かわずシンのベッドに近付いた。

「シン・・・寝ちゃった?」

身を乗り出してベッドに手を着き身を乗り出すミーアはシンの顔を覗き込む。
シンはそれから逃れるようにシーツを引き上げると、シーツ越しにミーアの声が聞こえた。

「・・・ねぇ、今日一緒に寝ていい?」

シンが起きている事など彼女にはとっくにばれていたのだろう。
そんな魅力的な事を言いながらやっぱりえっちは駄目なのだろうと思うと悔しくて何の返事も出来ない。
ミーアは暫くシンの返事を待っていたようだがシンが何の返事もしないので諦めたのか体を起こす。

「あたしが意地悪言ってるの、自覚してるつもり。・・・ごめんね」

ミーアは小さく息を吐き出すとそのままベッドを降りようとする。
その瞬間胸の奥がきゅっと痛んだシンは寝返りを打ってミーアの腕を取った。

「一緒に寝る」
「・・・うん」

招き入れるようにシーツを持ち上げると、ミーアは恥ずかしそうに照れ笑いを見せながら静かにベッドの中に忍び込む。
シンはミーアが完全に横たわると抱き寄せる。
もしかしてそれも拒否されるかと思っていたが、ミーアは何も言わなかった。
その反応に勇気付けられてシンは一層強く抱き締めると「ちょっと苦しいよ・・・」と、腕を軽く叩かれる。
そんな事で自分の気持ちが収まるかと抱き締める手を一度は緩めて見詰め合うと口付ける。
1度、2度とシンは触れるだけの口付けをすると、3度目は深く口付ける。
この行為は2度目で、前回は身勝手な物だった。
しかし、今度こそ互いの気持ちが通じ合っているのだと思うと背筋から頭の方へと熱がびりびりと上がって来る。
もっと深く、もっと深くと思うと自然とミーアをベッドに押し付け、その上に跨る。
まるで彼女の顔を食らうかの勢いで口付けるとミーアが慌ててシンの胸に手を置く。
彼女が鼻から息を「すぅっ・・」と、一気に吸い込むとシンの胸を押した。
ミーアに見上げられるという感覚にもまた心が揺らぐ。

「っは・・、あ、あのっ」
「何?」
「・・あわよくばえっちしようと思ってるでしょ?」
「当然」
「だから、それは駄目なの」
「何で」

こういう時は開き直った方が勝ちだと思う。
ザフトでもこのように開き直ると上官は一瞬怯む。
しかし、ミーアはその点少しだけシンの扱いに慣れていた。

「したくないもん」
「俺がしたいからする」
「無理に?」

改めて尋ねられると言葉に詰まる。
成り行きに任せて雰囲気を作って、こっそりミーアの同意を得た事にしてしまおうと思っていたシンは、案外手強い言葉に眉を寄せた。

「ミーアが好きだから」
「じゃあ、あたしの意見も尊重してくれたら、あたしもっとシンの事が好きになるなぁ」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ」

ころころとミーアの掌の上で転がされている自分を自覚する。
此処で更に「嘘だ」と言えば「シンはあたしの事信じてくれないんだ」と、言われる事だろう。
これで拗ねられたら機嫌を直して貰うのが大変だ。
しかし此処で「ミーアの意見を尊重する」と言えばそのまま終了。何も無しだ。
それだけは絶対に嫌だが、また次のチャンスを狙うとしたら不機嫌にさせるよりこっちにしておいた方が無難だと考える。

「・・・尊重する」
「キスは大歓迎だよ」

悔しそうにシンは唇を噛んだ。
これは嬉しい。
心底嬉しいからこそ悔しい。
全部が全部拒否されているのならもう少し闘争心も湧きそうなものだが、「大歓迎」と言われると悪い気がしないのがまた悔しい。

「じゃあする」

それでもこれで満足されていると思われてはならないので、緩みそうな顔を懸命に不貞腐れさせて口付ける。
頬を撫で、その手を滑らせてうなじを撫でる。
その感触に弱いのか、ぴくりと反応して顎を突き出してくるので益々口付け易くなる。
反応が楽しくて時々ミーアのうなじを撫でていくとミーアがシンに縋って手を伸ばしてくる。
シンの胸を掻き毟る彼女の指先が優しくて、くすぐったくて脳内がどうにかなりそうだ。
舌先で舐めるミーアの舌は湯上りのせいか温かくて柔らかい。
もっともっとと舐めるとミーアが益々シンの胸を掻き毟った。
その強さにシン自身もくすぐったくて思わず唇を離した。
見下ろしたミーアの目尻から涙が流れている。

「・・・苦しかった?」
「幸せだった」

言ってから恥ずかしくなったのか、ミーアは上目遣いにシンを見たかと思えば直ぐに寝返りを打ってうつ伏せになると枕に顔を埋めてしまう。
その仕草の愛らしさに一気に体中に熱が走ったシンは、眩暈を起こしたかのようにくらりと上体を揺らすと次に慌てて頭を振る。

もうやばい。

「ミーア・・」
「・・・・シン・・・」

枕から僅かに顔を見せたミーアの頬に口付ける。
ミーアの瞳もとろん・・と、溶け、情熱的にシンを見上げる。

もうこれは同意だろ。

ミーアのネグリジェの肩紐をずらしながらシンが再び唇に口付ける・・・・。

「でもえっちはしないの」
「何で!?」
「・・・やっぱり狙ってた・・」

じとりと見られると返す言葉がない。
しかしこれは余りにも酷い仕打ちではないかと思う。
普通此処まで良い雰囲気になったのなら同意だろうと拳を作るが・・・・。

「そんなにしたくないのかよ」
「・・・・シン・・・・」
「あんまり頑固だと、疑うだろ、誰だって」

シンはミーアから顔を逸らすと、ミーアはシンの手からすり抜けるように体を起こす。
戸惑いを見せながらシンの頭に手を回すと抱き寄せる。
直ぐにシンもその力に従いミーアを抱き締めると彼女は小さく呟いた。

「ごめんね・・・。でも、直ぐに別の男の子に身を任せちゃうのって、怖い。・・・あたしが、物凄く悪い子みたいで。あたしがあたしを許せないの」

あたしの我侭なのは分かってるけど、もうちょっとだけ待って。

きつく抱き締められてシンはミーアに凭れるように肩に額を乗せた。
自分の欲求ばかりをミーアに押し付けて、ミーアが自分を受け入れられないのはミーアが悪いのだと勝手に決め付けた。
ミーアにはミーアの理由があるのだと知って、シンは目を閉じた。

「・・・最初からそう言えばいいだろ」
「だって・・・」
「ちゃんと説明してくれたら俺だって無理しない」
「・・・本当に?」
「いや、自信無いんだけど・・」

かっくりとミーアが項垂れたのを感じてシンは口を尖らせる。
これでも結構頑張ろうと思っているのだが。
決意と自分の欲求は別物だ。
自信が無いと思えば自信が無い。
でも、ミーアだって大切だと思ってる。

「一年も待たせたりしないなら頑張る」
「・・・それはしないように、頑張る」
「一緒にお風呂入ってもいいなら頑張る」
「・・・・・・変な事しないならいいよ」

その言葉にシンはぱっと顔を上げるとにっこりと笑った。
心底嬉しそうな表情にミーアは瞬きを繰り返す。

「じゃ、今から入るぞ」
「え?あたし今お風呂から出たばっかりなんだけど!」
「変な事しないから。それならいいんだろ」

ミーアの手を引きながらベッドを降りるとそのまま風呂場に引っ張っていく。
それにはレイが寝ている寝室も横切る事になるのだが、そんな事はシンにとっては本当に些細な事だ。

「お風呂に二回も入ると疲れちゃうよー」
「その時は寝ればいいだろ。寝た時は俺がちゃんと運んどくから」
「何それー」

それでもえっちを断る時のようにはっきりと拒絶をしないでシンに付いて来ているから。

シンの足取りは軽く、鼻歌も混じっていた。

<終>

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