魔導少女リリカルなのはVivid‐SEED_03話

Last-modified: 2014-02-19 (水) 23:54:05

習慣であった早朝のロードワークを再開した3月初旬本日という日。このミッドで目覚めて4日目の今日という日は、いつになく好調だった。
身体はイイカンジに温まってるし、空気は美味しいし、自然豊かな景観も最高。志すらもバッチリときたら、一日の滑り出しからもう絶好調というしかないんじゃないかな。

「人間、慣れるものだよね」

タオルで汗を拭い、軽くストレッチをこなしながら呟く。
今しがた終わらせたこの習慣は、本来シン・アスカのモノだった。そこに僕が気紛れで付き会い始めたのが、走り始めるキッカケだったんだよな。
最初は本当ただ疲れるだけで、「安易にやりたいなんて言わなきゃよかった!」としか思わなかったのだけど・・・・・・いつしか慣れて自発的にやるようになって、趣味に筋トレが加わったんだっけ。
僕は元々理系なのにね、今じゃすっかり体育会系。
体力もかなりのレベルだと自負している。

 

まぁ、故に、絶好調。
習慣を実行できるって素晴らしい。

 

そんな自分に苦笑しながら、僕は整理体操を終わらせて、

「本当に、ありがとうございますディードさん。わざわざ僕なんかの為に何から何まで・・・・・・」
「いえ、このような些事。どうということはありません」

今着ているトレーニングウェアのみならず、ランニングコースをも用意してくれた女性に感謝の意を伝えた。

 
 

『第三話 未来への心構え』

 
 

ディードさん。
焦茶のロングヘアーを赤のカチューシャで装飾した聖王教会(僕が居候させてもらってる組織)所属のシスター。穏やかで礼儀正しい物腰、よく整った顔立ち、『深窓の令嬢』という比喩が似合う雰囲気をもつ、緋目の女性だ。
こんな、一見虫も殺さないような人なのに意外や意外、刀剣による近接戦闘のエキスパートでいらっしゃるんだって。

「じゃあ、今日はよろしくお願いします」
「はい・・・・・・陛下が御世話になっている、他ならぬユーノ様の頼みですから。問題ありません」

だからこそ僕は、昨日ユーノに紹介してもらった時即座に、相手をお願いさせてもらったんだ。

「よし。やるよ、ストライクフリーダム。──システム起動!」
≪了解、マスター‐キラ・ヤマトを認証。起動します≫

そう、つまり、戦闘の相手を。

魔法と体術を使った戦闘機動、その再確認こそが今の僕には必要だと考えた結果こそが、これ。
戦闘のエキスパート──JS事件において、『ナンバーズ』と称された団体に所属していた戦闘機人──との模擬戦が、最も適切だと。
無礼と無理を承知で、お願いして。そしてそれを了承してくれたのだから、この機会は有効に使わないといけないな。
僕は気合い新たに、ストライクフリーダムの翼を模した【キーホルダー】を天に掲げ、魔法の呪文を唱えた。

≪起動、展開、完了≫

 

一瞬。
蒼の光。

 

「・・・・・・ん。問題はない、ね」

光が霧散して気がつけば、僕は背に蒼二対の魔力翼を背負い、両手に蒼い魔力刃のサーベル『シュペール‐ラケルタ』を装備していて。

眠っていたもう一つの【力】が開放されている事を認識した。
懐かしいな、コレも。

『闇の書事件』以来・・・・・・4年ぶり。流石にC.E.じゃ魔法は秘密の存在だし、使う機会もなかったから。だから魔法の事なんかすっかり失念してたんだよね。

そう。僕は、魔法機関リンカーコアをその身に宿した、『魔導師』でもあったんだ。
かつてこの【蒼翼】で天を翔け、なのは達と共に戦って。後に、自分には過ぎた力だと封印したモノ。
その力、今もう一度・・・・・・!

≪システム‐オールグリーン。魔法運用法マニュアルを参照しますか?≫

先ほどから僕に語りかける機械音声は、僕の魔導師としての杖――デバイス‐ストライクフリーダムのもの。
モビルスーツとしての鋼鉄の存在を、僕と共に次元間転移をした際に何故か魔法の万能ツール【デバイス】へと変換・コンバートされたZGMF‐X20A‐LMそのものだ。

(習うより慣れろ、とはちょっと違うと思うけど。まぁ大丈夫だろう)

このデバイスの待機モードは前述の通り、翼型のキーホルダー。起動すると僕の魔力光である【蒼】を発して、銃や剣、翼を顕現させるようになる。
今はMA‐M02Gをそのまま縮小させたような白亜の円筒を顕現させていて、まるで西暦の映画にあった、銀河を護るスーパー騎士のようなカッコだ。服はトレーニングウェアのままだけど、これはこれでなんかコスプレみたいで恥ずかしい。
でも我慢しなきゃ。
なのはやフェイト達のド派手で魔法少女チックだった、アレに比べれば光の剣と翼ぐらい。
彼女達の場合はとっても似合ってて可愛かったけどね、僕みたいなのだと需要はどうなんだろう・・・・・・

よし気にしない考えない。これもきっと慣れる筈さ。

とりあえずと、軽くサーベルを振ってみる・・・・・・うん、この感じ。重心とかはあんまり無いから、まともな剣術を知らない僕でもなんとか扱えるだろう。
あとはどれほどMS操縦テクを生身にトレースできるかだ。

「いや、いらないよ。まずは試運転、飛翔魔法は使わない。スペックを分析と防御に集中して・・・・・・よし。早速ですけど、行きますよ」
「いつでも。IS・ツインブレイド」

蒼の光刃二刀を構える僕と、緋の光刃二刀を構える彼女。
果たして僕は体捌きと我流の剣術だけで、どこまで彼女に対抗できるのか・・・・・・。ディードさんの隙の無い構えに、背中に冷たいモノを感じながら、僕は重心を落として腰を据えた。

(とりあえず、5分はもたせるっ!)

勿論、勝てるなんて微塵も感じていない。今はこの躰がどこまで動けるのかを確かめたいだけだ。
この世界にいる以上は、この世界のやり方で身を守らなくちゃいけない。それを為す力があるのなら、尚更自分の力を知る事が大事なんだ。
この力は、僕の未来を決めてしまうモノなのだから。

 

◇◇◇

 

「くぁ・・・・・・!」
「甘いっ!」

眼前に迫る、緋い刺突を辛うじて左のサーベルで受け流す。が、連続して繰り出されたディードさんの逆袈裟斬りに、左腕を大きく外に弾かれてしまった。
左にブレる体幹。

「まだ、だ!」

このままじゃ無防備。
だからこのままじゃ終わらない。
弾かれた勢いそのまま、左足を軸に反時計回りに回転。地面を抉りながら腰を落として、足払いを敢行する。

「っ」
(よし、いける)

結果は目論見通り。ディードさんは瞬時に後方へ跳躍、距離をとらせる事に成功した。
が。
着地と同時に、瞬間的に超加速したディードさんに一気に背後に回り込まれ、鍔競り合いに持ち込まれてしまった。
速すぎる!

「!?」
「意外と、粘りますね! 正直もって3分程と思っていましたがっ」
「僕は、諦めが悪いんだ・・・・・・、っせい!」

いや、ソレだけじゃない。僕自身に、何か違和感が・・・・?
でも、そんなのに怖じ気づいてなんかいられない。今度は此方の攻めだ。バネのように躰を爆発させ、緋の光刃を弾き返す。続いて左右のコンビネーションで蒼の軌跡を描いて、更にフェイントで蹴りを入れていく。

だけど敵もさるもの、まだディードさんの表情には余裕がありそうだ。動きを阻害されそうな修道服姿なのに、華麗に的確に刃でいなして。

「シッ!」
「────っ」

更には、隙あらばと直ぐさまカウンターを繰り出してくる攻撃性も備えている。
彼女のしなやかな体躯が実現させる鋭く、多角的な斬撃を防ぐのに手一杯になりつつあり、反撃の糸口を掴めない。
違和感が拡大していく。
身体が思ったように動かない。僕の限界が近いのか? けど身体は絶好調で、相手の動きには確かに反応できてる。思考的に、どう動くべきかも解る。なのに・・・・・・

(ヤバい)

そうした斬り合いの中で、遂に致命的な状況に陥った。

敵は攻撃体勢、此方の首筋を狙った横一閃と予測。対して僕は、重心が後方へ流れていて、剣は腰あたりの高さにある。
今までのように防御は出来ない。なら、回避だ。倒れこんでもいい、しゃがめ。

(しゃがめ)

・・・・・・こんな時に、遂に、違和感は明確なカタチとなって僕を襲った。
僕は無意識に、フリーダムのコクピット・コンソールを幻視したのだ。
して、しまったんだ。

 

(しゃがめ!)

理性が叫ぶ。
でも──でも、そうだ。この程度の攻撃、カウンターしてしまえばいい。僕の操縦技術なら楽勝だ、こんなの。
その為のイメージは確固としている。経験がそう判断する。

重心を更に後ろへ。
左膝を立てながら躰を倒し、右のサーベルを思いっきり引いて構える。
そうすれば、回避してから、躰を強引に引き起こし、順当に刺突をお見舞いできる型になる。

そうする為の操作は。

スロットルを引き下げて、背面スラスターを全てカット。同時に姿勢制御パラメータを変更、バランサーと右脚のパワーも下げる。
その一連の作業を淀みなく終えてから右コントロールスティックを握り、サーベルを操作。回避してからの反撃動作に備えて、フットペダルとスロットルレバーを押し込む準備を──

(いいから、しゃがめぇ!!)

 

──衝撃が、背中から伝わった。

 

「・・・・・・!?」
「これも、避けますか! しかし!」

地面に、仰向けに、無様に倒れていた。この僕が。
呆然と見上げた視線の先には、朝陽輝く蒼穹と、緋剣を振りかぶる女がいて。

(う、わ)
≪ピクウス‐バルカン≫

即座に牽制・離脱。頭部付近の魔法陣から魔力弾を撒き散らしながら横に転がる。
転がりながら、頭を整理。

(・・・・・・そう、か。身体はちゃんとしゃがんで回避して、そのまま後ろに倒れたんだ)

MSと人間は違う。わかってはいた。生身は操縦できない。
わかってはいたけど、ここまで勝手が違うなんて。イメージとリアルが隔離していて、その差に動作がギクシャクする。体力が無駄に消費されるわけだ。

これが違和感の正体。

 

当たり前の結果。人型の動かし方そのものが根本的に違うんだから。それを失念してた、僕のミスだ。

 

「くそ・・・・・・!」

立ち上がり、バックステップ。次に備える。
あの時・・・・・・シグナムさんと戦った時も同じような状況になったのを思い出す。MSのコクピットを幻視して。
僕は進歩してないってのか!?

「このぉ!!」
「! っですが!」

追撃の緋の横一閃を屈んで回避しながらサーベルで下から掬い上げるように斬りかかる。

(踏み込みが足りない。届かない・・・・・・!)
≪警告≫

失敗。ロールターンで斬り返され、ラケルタ二刀で受け止めた。

──くっ、落ち着け。スポーツやケンカなら身体は思うように動いたんだ。ならっ!

「フリーダム!!」
≪クスィフィアス≫

そんな事で諦めてはいられない。
これじゃ終われない。
経験に頼れないなら、持ち前の反射神経と戦闘勘で強引に躰を酷使して、喰いついてやる。
こうやって戦う以上は、意地で義務なんだ。
せっかくの機会と好意、投げ出すわけにはいかないんだ!

 

◇◇◇

 

戦闘時間9分26秒。僕が疲労で倒れた事で、幕を閉じた。

「・・・・・・っ、・・・・・・」

大の字で倒れたまま動けない。指先を動かす事さえ億劫なほどに筋肉が悲鳴をあげている。こんな状態になったのって久しぶり。
これが今の自分の、限界か。

「やり、ますね・・・・・・。これ程とは思いませんでした」

なんとか少し息を切らせてくれたディードさんがタオルとドリンクを手渡してくれた。助かるよ。

「あ、ありがとう・・・・・・。ホント、強いんですね・・・・・・」
「いえ、まだまだです私も。・・・・・・先程の戦闘ですが」
「・・・・・・はい」

完敗だった。
一撃の有効打も入れられなかったのはお互い様だけど、やっぱり僕は防戦一方だったし、なにより彼女は本気じゃなかった。

 

実戦だったら、死んでいた。

 

「貴方にはやはり経験が足りないようです。戦闘センス自体は高いようですが、生身の動かし方がまったく身に付いていないようですね」
「・・・・・・現実の動作に、思考が追いついてない・・・・・・・・・・・・いや、イメージだけが突出してる?」
「はい。それが貴方を殺しています」

ペダルやレバー、スイッチを操作して戦うMS戦と、直接身体を動かして戦う魔法戦。
その差を埋める事が、僕の今後の課題か。・・・・・・MS操縦テクを生身にトレースするのは想像以上に大変みたいだ。
さっきも、少しでも気を抜けば、空気椅子に座って空気レバーを引いてしまいそうな感じだったもの。
うん、やっぱり彼女と戦って良かった。こうやって相手の欠点を直に指摘してくれる人は、そうはいないと思うから。

「貴方に今必要なのは時間と修練です。ゆっくり慣れるといいでしょう。・・・・・・それと、そろそろ朝食の時間です。遅れないように」
「・・・・・・あ、ありがとう、ございましたっ!」

気づけば遠ざかる足音。その背に僕はなんとか、感謝を伝える事ができたのだった。

 

(まだまだ未熟なんだな、僕も)

しばらく見送ってから、ため息。
まったく情けない。無駄に色んな肩書を持って、いつのまにか調子に乗って、傲ってたのか。
この僕ならきっと大丈夫だ、なんとかなるだろうって。
そんな無意識の思いに足下を掬われた結果だろう、この状況は。
もう少し冷静なら、あんな初歩的な認識ミスはしなかっただろうに。
まったく、情けない。

 

・・・・・・悔しいなぁ・・・・・・、・・・・・・でも、ちょっと嬉しいかも。

 

◇◇◇

 

≪マスター。メール着信有り、ユーノからです≫
「ユーノから? それって」

朝食を食べる前、聖王教会大食堂にて模擬戦のデータをチェックしていた時に、フリーダムからのメッセージ。

≪開封しますか?≫
「お願いするよ」
≪了解。モニターに出力します≫

ユーノからか。もしかして、なのは達の事かな? みんなに会いたいって我が儘を言ったアレ。
随分と手が早いな。
・・・・・・それにしてもデバイスって本当に便利な代物だ。高性能対話型AI、無制限空間モニター、マルチメディア対応モジュールその他諸々。普通の携帯端末じゃこうはいかないし、是非とも解析してみたい。

まぁそれはさておき、メールの内容は・・・・・・

 

『おはようございます、キラさん。突然ですいませんが、明日の夕方は空いていますか? 昨日の件、なのは達は「すぐに会いたい」ときたもので・・・・・・僕の期待通りな反応なんですけどね。
それで、もしよろしければ明日15時頃に教会で集合させたいのですが、どうでしょうか?
あ、僕とクロノは残念ですけど、仕事があってこれません・・・・・・

P.S.ちょっとしたサプライズもあります』

 

・・・・・・いや、サプライズて。事前に言っちゃったら意味ないと思うんだけど。

≪返信しますか?≫
「うん。了解、お願い致しますって」

返信をフリーダムに任せて、虚空に現れたモニターが出力する文書を繰返し読む。その度に胸が暖かくなった。
──すぐに会いたい、か。14年前に少し一緒にいただけの男に。
嬉しいな。僕なんかにそう言ってくれる人がいる、それが本当に嬉しい・・・・・・

 

「あれ? 明日皆さん来るんですか? じゃあ歓迎の準備をしないといけないですね~」
「・・・・・・シャンテちゃん、ヒトのメールを勝手に読むのは良くないと思うんだ・・・・・・」
「ごめんなさーいっ。でも見えちゃったものは仕方ないじゃないですか。席が隣なんですから──って、自己紹介しましたっけ?」

 

介入。
感慨に浸っていたら、明るい少女の声が、背後から聴こえた。
うんまぁ確かに、公共の場で可視モニターを出しちゃった僕が悪いんだけれどさ。そんな意地悪そうな顔しないでよ・・・・・・
「んー?」と首を傾げてるこの娘は、トンファーを振り回す戦闘少女‐兼‐聖王教会シスターのシャンテちゃん。
フードから覗く橙のおさげがチャームポイントな女の子。

「・・・・・・昨日友人に教えてもらってね。ごめんね、勝手に」
「そういうことなら別にいいですけど。そういうアナタはキラ・ヤマトさんですよね?」
「そうだけど・・・・・・、・・・・・・?」

そっちこそ、なんで知ってるんだ?
そして僕の肯定を聞いたとたん、得心したようにニンマリとしてさ。何だろうこの感じ。彼女はもしかしたら悪戯好きかもしれないと予感させるこの感じは。
あまり弱味は見せられないかもしれないな。

「あ、そだ。さっき皆さんって・・・・・・。君は皆の事知ってるの?」

とにかく話を逸らす為に、ちょっとした興味で聞いてみる。歓迎って言ってたよね、なのはやユーノの事をよく知っているみたいだ。
すると少女は少し得意げな顔で、

「そりゃもちろんですよ! 陛下と私は友達ですから、陛下のお母様達の事は良く存じていますし。何より超有名人ですしねー」

かくも当然とばかりに教えてくれた。コロコロとよく表情が変わる娘だなぁ。
・・・・・・それにしても、『陛下』ってやっぱり、ヴィヴィオちゃんの事なのかな。ディードさんもそう呼んでたし。あの金髪オッドアイの、僕にとってはある意味恩人のような女の子。何故恩人かというと、僕の本心を暴いてくれたから。あれから世界が鮮やかに色づいた訳だからね。ある意味、生まれ変わらせてくれたようなものなんだから。
・・・・・・・・・・・・うーん、陛下呼ばわりは何か理由でもあるのか? 後で訊いてみよう。

「そうなんだ・・・・・・凄いな」

てか、やっぱ有名人なんだ、なのは達は。そういや多くの雑誌とかで特集が組まれてるってクロノが言ってたな。
いつのまにか、そんな大きな存在になってるなんて。月日の流れはこんなにも人を変えるのか・・・・・・
僕も他人の事は言えないけど、感慨無量だ。あんな小さな、普通の少女達がねぇ。

(会うのが楽しみだな)

待ち遠しい。
会って、色んな話を直に聴きたいな。僕は何を話そうかな。

話題に困る事なんて有り得ない──

 

なんてことを、しみじみと、悠長に感じていたら、

「・・・・・・それで突然でゴメンですけどねキラさん。正直なところ、貴方は一体何者なんですか?」

 

ぞわりと。

 

空気が、一瞬にして変わった。
シャンテちゃんは唐突に真剣な貌になっていて。

「え・・・・・・」
「あのユーノ司書長やエース・オブ・エース達と関わりがあり、武術の心得もある、次元漂流者の貴方は一体?」

静かな『圧力』を感じ、言葉が詰まる。体感温度も下がった気がする。
・・・・・・殺気だ、これは。
僕ら二人だけの空間が構築され、周辺世界と隔絶された。雑音が消え、バインドで拘束され、喉元に凶器を突き付けられた気分。肌が粟立ち、なにもかもが張り詰める。

(・・・・・・迂闊だった)

実際、彼女の手は果物ナイフを弄んでいて。それでいて他人には気取らせていない。
少女だからって油断してた。
僕は誰だ? 身元不明の漂流者だ。──だからこそか。
これは、彼女の警戒心の発露。
中途半端に答えたら、駄目だ。殺される。そう確信する。

「・・・・・・昔、14年前に知り合って。友達なんだ。その時に僕は次元転移に巻き込まれて・・・・・・」

ひくつく喉を抑え、なんとかたどたどしく言葉を紡ぐ。
そう。
彼女もこの教会のシスターなんだ。だから僕のプロフィールを把握している。この世界に来た時、医者に嘘は言ってないからそのプロフィールは真実のはずで。
つまり、僕は戦争ばかりしてた世界で、質量兵器を使って戦った軍人=人殺しであるという事を、彼女達は知っている。
そんな人殺しが専用デバイスを使い、いきなりあのディードさんと模擬戦をしたのみならず、異次元の有名人と知り合いなんだ。
怪しいにも程がある。疑うなという方が無理だ。

「・・・・・・」
「それで、なんていうか・・・・・・」

戦場に立っていたのだから、殺気自体には慣れてる。でも、今までのソレとは種類が違った。
意図を悟る。彼女は見定めようとしてるんだ。
この怪しすぎる僕という男が、彼女の知り合い達にどんな影響を与える人物なのかを。
きっと、純粋に大切な誰かを案じての行動。いざとなれば自が手を汚す覚悟だろう。
彼女に非はない。
それなら僕は、誠意を持ってこの娘に──

「・・・・・・クスッ」
「っ?」

 

──自分の全てをありのまま・・・・・・って、え?

 

「ふっふっふっ、どうやら陛下やユーノ司書長に聞いた通りの人物みたいですねぇ」
「え。え?」

なんだ。
なんだ、いきなり殺気が消えた? つーか雰囲気がガラリと。
なんでそんな「イタズラ成功」みたいな顔してるのかな?
聞いた通りって?
なにどゆこと。

「あー、ゴメンなさい。からかっちゃいましたっ」

両手を合わして、明るく謝罪。またまた唐突な展開に、軽く混乱する。
でもすぐに、思考は真実を察知した。

──まさか。

「あ、いや・・・・・・別にいいケド」

呆然。
まさかこの娘、全部わかった上でやってた?
僕の事を性格含めて昨日、ユーノ達から予め訊いた上で? 舌をだして可愛らしく謝る彼女を見て、急激な脱力感に襲われる。
やられた。

「・・・・・・あのね、心臓に悪いよ? あんな迫真の演技されちゃ」
「いやまぁ、半分マジでしたけどね? そこはホントごめんですけど」

 

わかってはいたけど、本当に「半分マジでした」か。
僕、この娘には一生敵わないかも・・・・・・・・・・・・

 

「それは・・・・・・仕方ないと思うよ。僕も考えなしだったから、君がそうしたのは自然だよ」

オトナのヨユウを見せながら内心反省。

もう少し、自分の身の振りは考えないといけないか。どうして此処に存在しているのかは、忘れちゃいけない。
肩書がないって事は、これから造られるってこと。レッテルにしろなんにしろね。ユーノ達には頼れない部分だ。
さっきのも、僕の反応次第では沙汰になっていたに違いない。そう瞳が物語っていた。

「なんか、うん。・・・・・・ありがとう」
「は、はい? ・・・・・・どう、いたしまして? うーん、なんか調子狂うな・・・・・・やっぱり騙したのは悪いですからねぇ、こんど埋め合わせしますよシスターとして」
「えと、お手柔らかに──あっそうだ」

慣れという惰性ばかりで看過しちゃいけない、大切な事。
未知は鮮烈に受けとめて。新たな友人には相応の気持ちで。過去の知り合いにも同様に。
また小さい娘に教われちゃった。初心って大事だね。

「ちゃんと自己紹介をしたいけど、いいかな」

だから、本心から、素直な気持ちで、

「あー、そうですね、うん。──シャンテ・アピニオン14歳、聖王教会本部修道騎士団所属ですっ」
「キラ・ヤマト23歳、無職です。これからよろしくね、シャンテちゃん」

 

始めの一歩をもう一度。

 
 

──────続く

 
 

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