魔導少女リリカルなのはVivid‐SEED_11話

Last-modified: 2014-01-02 (木) 01:49:11

「今到着ですか、セインさん」
「おや、キラっち。お疲れさん・・・・・・って、ホント疲れてるねぇ」
「色々とありましたから」

カルナージ訓練合宿初日、午後、おやつ休憩の時間。
水分を補給しようと一人宿泊ロッジに戻る途中、そこに見慣れた頭を乗っけた背中を発見した。少しウェーブのかかった水色ショートヘアーな聖王教会所属シスター、セイン先輩。

「しごかれまくり?」
「まくりです」
「なるなる。んーまぁなんだ、偶然だけど出迎えごくろー。予定よりちょっと遅れちゃったけどセインさん現着ってね」
「メガーヌさんの所には、これから?」

ディードさんやオットーさん、ノーヴェさん達の姉にあたるこのノリノリな人は、仕事の一環として時折ここの住民(アルピーノ家)に食料品やらなんやらの配達をやっている。
今日も本当は一緒の船に乗る予定だったのだけど、彼女の都合で別行動になってしまったんだよね。

「うん、これから。ってかなんでここに? みんな今広場の方っしょ?」
「僕も丁度あっちに用があって・・・・・・あ、ソレ持ちますよ」
「お、ありがとさんっ。紳士だねぇ」

彼女と共にミッドからやってきた彩り豊かな、沢山の謎野菜が入ったバスケットを背負った僕は、同じく沢山の卵が入った籠を持つセインさんの歩調に合わせてゆっくりのんびり歩き始める。
傾きかけた太陽の下で、本当にのんびりと、のんびりと。

 
 

『第十一話 ポロリもあるよ』

 
 

「あ゛~~~~・・・・」

夜がきた。
見上げればどこまでも高く深く広がっている濃紺の天に映える、鮮やかな双月と散りばめられた星屑。彼方に臨む雄大な山脈と黒に染まりし未開の大森林。異世界の地球型無人惑星『カルナージ』の、静謐な夜。
そんなヒトが存在することすら躊躇わせるような、自然あるがままの透明な空間に今、僕らはいる。

「いいお湯だねぇ・・・・・・ジュースのおかわり、いる?」
「あ、ありがとうございます。・・・・・・ほんとうに気持ちいいですね」

ホテル・アルピーノが名物(自称)、天然露天温泉大浴場。
第97管理外世界日本国の書物を参考に造ったと公言された、岩石と檜で造られた原泉掛け流し火山性温泉。未だ冷たい春の夜、その大気との親和性がもたらす人類最大の極楽の地なわけで。
自然と腹から変な声が出ちゃうのも不可抗力なんだよ。

「林檎と蜜柑しかもうないけど、どっちがいい?」
「じゃあ、林檎でお願いします」

本日の訓練過程を総て終了させた僕らは、今日一日の汗と涙と泥にまみれた身体を清め癒すべく、みんなでお風呂につかっているわけ。
匠の采配にて構築されたこの温泉は、お湯も外見に負けず劣らず優秀な具合。特にこの、ちょっと温めなのに躰の芯から暖まるような滝湯の湯加減と風情といったら、素晴らしい事この上ない。これが無料でだなんて。
こんな温泉をお遊び感覚で掘り当て造ってしまうとはルーテシア・アルピーノ14歳、恐ろしい子・・・・・・!

「それにしても」

今隣にシン・アスカがいない心細さを誤魔化すように、僕は右手のグラスに在る蜜柑ジュースを一気に飲み干して、一人呟く。
実は、この夢のような空間、一つの不可解な状況で構築されていたりする。いったいどうしてこんな事に・・・・・・いや、判ってはいるんだ、その原因は。だけど、何故と問わずにはいられない。
それは誰にとっても不幸な事なのだから。

「偶然って、怖いなぁ・・・・・・」

僕は改めて、周辺を見渡しての状況認識をした。

 

僕らの正面に有る岩風呂にはエリオ君がいて、その右隣にはキャロちゃんが、左隣にはルーテシアちゃんがくっついている。

岩風呂の東側遠方の檜風呂にはスバルとティアナ、ノーヴェさんがいて。

滝湯にいる僕の左隣にはアインハルトちゃんが、そのまた更に左隣にヴィヴィオちゃんとリオちゃん、コロナちゃん、ついでに召喚獸ガリューと飛竜フリードが優雅に暢気に寛いでいた。

 

うん、まさかの男女混浴。

ビックリだよね? 僕は盛大にビックリした。だって混浴だよ。初めてだよそんなの。

どうしてこうなった。

別に嫌だという訳じゃないんだよね。それこそモデル雑誌でトップを飾れそうなナイスバディや、将来有望そうな美しい流麗なラインを有する女性達と一緒に湯あみをするのは、やぶさかではないし、一人の男性として役得だとは思うんだけど・・・・・・

(居たたまれない、正直)

居場所ありません。背徳感と罪悪感ハンパない。
ここでどうだ羨ましいだろうと言える程、僕の度量は広くない。今は亡きトールあたりなら胸を張って大威張りするかもしれないケドさ。
まぁ勿論みんなちゃんと湯浴衣を着て大事なトコロを隠してるし、温泉自体大きいから男女間の距離はそれなりに遠い(エリオ達を除く)。僕はチェリーじゃないんだから興奮なんてしないし、倫理的問題もないんだけど・・・・・・ねぇ?
出会って間もない男女──しかも僕は仲良しグループに混ぜてもらってる立場だ──が混浴とはこれいかに。
でっかい浴槽の隅っこで体育座りしているのが現状なんです。

(せめてフレイやラクスなら・・・・・・いやいや)

 

因みに、なのはとフェイトはとある用事をこなしている最中の為に、シンは諸事情により、今ここにはいない。
シーン・・・・・・早く戻ってきてー・・・・・・

 

「キラさん。もしよろしければ、注ぎます」
「あ、ごめんね、わざわざ」

左隣から発せられたウィスパーヴォイスが、暗澹とした気分を少し吹き飛ばした。
碧銀の長髪をツインテールに纏めたアインハルトちゃんが、空になっていたグラスに残り少なかった蜜柑ジュース全部を注いでくれる。辿々しい手つきだ。そこはかとなく可愛らしい。

(女の子にこうされるの、初めてだ)

グラスに口つけながら、思う。
そういえば何で僕の隣にいるんだろう、この娘は。クールに見えてかなりの恥ずかしがり屋さんなのに、なんで?
僕も一応男なんだけどな・・・・・・今でも湯上がり姿はカガリに似てるって言われてるけど。もしかして男と思われてないのかな。・・・・・・鬱になってきた。

「あの、あまり自分を責めないでください。事故なんですから・・・・・・」
「――あ。うん、ありがと」

なるほど。僕がよっぽど情けない顔をしていたからかな、きっと彼女なりの気遣いなんだろう。こうして僕にかまってくれるのは。

(だけど、責任を感じずにはいられないよ)

たとえこの混浴状態が偶然による事故だとしても、原因が僕にあるのは間違いないのだから。

 

◇◇◇

 

午後の訓練終了後、宿泊ロッジのロビーにてお茶休憩をしていた時のこと。
夕飯前にまずお風呂はどうか、とここの家主たるメガーヌ・アルピーノさんに奨められて、談笑もそこそこにみんな一直線に風呂場を目指したんだ。
そんで、僕とシンとエリオ君とで男湯の暖簾をくぐって、脱衣所で身支度してから屋外へ出て──バッタリって擬音がこれ以上相応しい場面は他にないってぐらいバッタリと、男女が鉢合わせになった。

 

目が点になった。流石に予想外だった。まさか壁がないなんて。

 

まず、先頭にいたシンが犠牲になった。ノーヴェさんの必殺パンチで星になり、次に僕に向けてティアナの『バインド‐バレット』が数発立て続けに迸る。
そのある意味致命的な橙の弾丸を必死の思いで回避した僕は即座に逃走を選択、エリオの手を取りこれまた必死に走った先に、ソレを見た。・・・・・・木端微塵に吹き飛んだ、男女間を区切る為の絶対境界線防護壁(木製)の哀れな姿を。
そこでやっと放たれたルーテシアちゃんの「あぁ、そういえば、忘れてたわ」に続く台詞で、漸く騒動は収まったんだったね。
曰く、午後の訓練の最中にぶっ放された『魔砲』が防護壁に直撃、破壊されてたのを報告し忘れてたんだと。
で、冷静になって皆で原因を調べてみると、壁からキラ・ヤマトの魔力残滓が検出されたんだ。うん、どうやら最大出力の『カリドゥス&バラエーナ』が偶然にも命中したみたいなんだ・・・・・・

 

それから僕が全力で土下座してからは「今から男女別でというのも追い出したみたいで気分が悪い」という結論が出て、現在に至る。
勿論、そんな菩薩みたいな寛容さだけで済む筈なんてないのだけども。大方、敢えて一緒にいることで「ちょっとした居心地の悪さ」を満喫してもらい、ついで「ちょっとした監視」をする意趣返しもあるに違いない。
ともかく問答無用で警察に突き出されなかっただけでも御の字だ。

 

要約すれば、僕が偶然にも壁を壊してしまったせいでシンが犠牲となり、混浴になった、という事だ。

マジごめん、シン。

 

◇◇◇

 

マジごめん、エリオ君。

「あの・・・・・・キャロ? ルー? 背中だけを洗うって言ってたよね・・・・・・?」
「エリオ顔真っ赤にしちゃって可愛いー。ねぇ抱きついていい?」
「ル、ルーちゃんには負けないんだからぁっ!」
「わぁ!? ふ、二人共ちょっ、まぁぁぁっ!?」

そんな歳で修羅場なんて経験させちゃって。
やっぱり年頃の少年少女には刺激が強かったか、混浴という環境にキャロちゃんとルーテシアちゃんはすっかりアスラ・・・・・・錯乱していて、純情少年エリオ君は身動きがとれない。哀れなり。

「流すよ。目、閉じてて」
「・・・・・・ん・・・・・・」

さて、温泉といえば湯槽で暖まった後に髪及び身体を洗うのが定石だ。
エリオ達が三人で洗いっこしているように、僕もなんか場の流れでアインハルトちゃんの髪を洗ってあげていたりする。

 

僕達も結構、錯乱してるみたい。ヒトの事言えないな。

 

でも思い返せば、こうやって1対1でゆっくり世間話をするのは初めてなんだよなぁこの娘とは。だから会話が弾んだ。
少女が今まで視てきたものや、ヴィヴィオちゃん達との交流。そんな今日一日で得たものを訊いたり聴いたりしてたら、自然と今のような状況になってたわけで。

(やるからには、ちゃんと綺麗にね)

病床についたラクスの桃色の髪を4ヶ月洗い続けた実績と手腕は伊達じゃない。
恐らく高級品であろうジャスミン薫るシャンプーによって形成された豪勢な泡々を少し熱めのシャワーで洗い流す。少女の顔にお湯がかからないよう、耳の穴に入らないよう、頭皮に油分が残らないよう丁寧に丹念にシャワーノズルを操って。

「・・・・・・そっか。ご両親は、もう」
「はい。ですから、こうして髪を洗ってもらうのも、本当に久し振りなんです」
「・・・・・・、・・・・・・淋しくは、ないの?」

でもどうしてもそれが機械的な動作になってしまうのは、展開している話題故か。
恥ずかしがり屋のアインハルトちゃん。ちょっと前までお湯の熱さと羞恥心と高揚で紅く染まっていた頬も、今は元通り。
本当、わからないものだ。会話のベクトルって。明るい話をしていると思ってたら、何かをキッカケに暗い方向にシフトしてしまう。

「そう、ですね。淋しくないと言ったら嘘になるかもしれません。でも、もう慣れましたから」

少女の家庭の話題。想像以上にシリアスだった。
でも雰囲気が必要以上に重くならないのは、少女が淡々と話すからか。起伏に乏しい、女性として未成熟な躯をリラックスさせているからか。
彼女にとっては、それが普通なんだ。そうやって生きてきたんだ。ノープロブレム。

(けど)

あらかた泡を流し終えれば次、これまた高級品であろうコンディショナーのボトルを手繰り寄せ、たっぷりプッシュ3回、手早く踝まで伸びた碧銀の毛先に揉み込む。

(普通なら、なんでそんな瞳をするんだ)

正直なところ、この話題は続けるべきじゃないと思う。そう判断すべきだ。
だってそうでしょ。誰だって、そういう事情に探りを入れて欲しくないと思うから。当人の問題だから、僕みたいな他人が関わることでもない。

「駄目だよ」
「え・・・・・・?」
「慣れてる、なんて言わないで。そんな貌で」

 

でも。
ほっとくなんてできない。

 

「言っちゃ駄目」

アインハルト・ストラトス12歳。
もし、僕が時間移動なんかせずに33歳だったら。もし、ラクスが生きてて無事に赤ちゃんを産んでいたら。丁度この歳ぐらいの子どもがいたかもしれない、そんな歳の女の子。そんな女の子が、幼い日に両親と死別し、誰もいない家で独り日々を過ごしている。目の前の、今すぐ抱き締められるぐらい近いところにいる女の子が。

そんなの容認できる筈がない。

なら、僕は何かをしたい。かつて、トールがヘリオポリスの工業カレッジに馴染めなかった僕にそうしてくれたように。

 

だって、いつもあまり表情を出さないアインハルトちゃんが、一瞬だけでも哀しげな寂しげな貌をしたんだから。
諦めたような瞳をしていたから。
そんなの見過ごせない。

 

「寂しい時は寂しいって、言っていいと思う」

辛いのに辛いと言えないのは、本当に辛いから。
ストライクに乗ってた頃を思い出しながら、在りし日のフレイ・アルスターを思い出しながら。再度コンディショナー剤を手に取って髪の上部に馴染ませながら、言葉を選ぶ。
今度は労るように手を動かして。

「でも・・・・・・、・・・・・・・・・・・・はい、確かに、少し寂しいのは確かです。でもだからって」
「言ってもどうにもならないかもしれない。けど、そうじゃないかもしれないでしょ?」

どうすれば、って戸惑いの表情。
運命に縛られ、強さだけを純粋に追い求めてきたこの娘には、余計な事なのかもしれない。そんな事に余力を割く発想もなかったかもしれない。確かに淋しい思いをしているのに。
なのに、諦めてる。躊躇ってる。
本当は温もりを求めてるのに。
なら、この娘に僕ができることはなんだ?

「例えばさ、教会とか高町家・・・・・・ヴィヴィオちゃんのとことかにお世話になるとかさ、色々考えようよ。辛いって言えるなら、我慢してちゃ駄目だよ・・・・・・」
「・・・・・・」

それは選択肢を与えること。
この小さな頑張り屋に、未来を見せること。
かつての僕みたいに独りになっちゃ駄目だ。まだ間に合うかもしれないから。
余計なお世話と言われても構わない。無力なりに力になりたい、助けたいっていう我儘だから。

「・・・・・・考えて、みます」
「うん。僕もなるだけ協力するから」

その想いがあるから、アインハルトちゃんの前向きな返事に胸を撫で下ろす気持ちになった。
よし。こうなったら、あとでなのは達の知恵を借りよう。

 


……
………

 

「そういえば、あの猫はどうなったの?」
「猫・・・・・・あの後、私の家でお世話をしてたのですけど、その・・・・・・」
「いなくなっちゃった?」

シリアスな話題を終えれば昔話。
髪と身体を洗い終えた僕らは再び二人して檜風呂に浸かって、僕らが初めて出逢った日って話題に移行。懐かしいなぁ。
あの時、真実を知って混乱してた僕はクロノと別れた後に、フラフラと俄にやってきた土砂降りの中を彷徨っていた。そして怪我をしている小さな黒猫を抱えて傘もなく軒下でポツリと立ち尽くしていたアインハルトちゃんを見つけたんだ。

「はい。怪我が治ったら何処かに消えてしまいました。猫らしい猫です」
「そうなの。とても可愛かったのに、残念だね」

安いジオラマみたいに薄っぺらに視えてた街並みで迷い、哭きそうだった僕に差し出された、暖かい光のようだったことを憶えてる。
見つけるべくして見つけたって感じ。

「多分、帰ったんだと思います。群れからはぐれてた子みたいでしたから。・・・・・・家族といられるのが一番でしょう。ミッドも自然が多いですから」
「また、会えるといいね」
「・・・・・・はい」

そこで僕は遮二無二に、所持していたメディカルキット(一応軍人だから持ち歩いている。デバイスは四次元ポケットになるし)で黒猫に応急措置を施して、少女に傘を貸し与えて・・・・・・あぁ、そこでぶっ倒れたんだった。
まだ自分にはやれる事があるんだと錯覚して、ありきたりな希望を見出だして、絶望の糸が切れて、壊れることなく倒れることが──生存本能が正常に働かせることが──できた。
でもいくらなんでも目の前で人が倒れて大丈夫じゃない人はいないよね。悪い事をした。
んで、丁度通りかかったシンに回収されたらしい。

「・・・・・・あの時は、どうして助けてくれたんですか?」
「よくは解らないんだ。どうしてあんな時に君の存在を見つけられたのかは・・・・・・なんとなく君にヴィヴィオちゃんに通ずる【何か】を感じて、それに引っ張られたって感じかな」
「??」

これは不確定情報なんだけれど、どうにも僕とシンの躰──の中に在る【SEED】──がヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃん、イクスちゃんに通ずる【何か】を感じて反応してるみたいなんだよね。
それが良いのか悪いのかは判らないけど。
世の中不思議ばっかりだ。

(うーん。ちゃんと調べてみるか?)

もしかしたら役に立つかもと、そんな算段を立てた直後だった。

 

“キ、キラさーんっ! 助けてください! だ、脱出できません。キラさん助けてください!!”

 

エリオ君から念話が飛んできたのは。
救助要請・・・・ってか、悲痛な叫び。
見てみれば、エリオ君は岩風呂にいてキャロちゃんとルーテシアちゃんに挟まれていた。傍目からは両手に華な少年がニコニコしているだけだが。
だが現実は非情。
少年は歪んだ顔で笑っていた。仮面の中は冷や汗と脂汗で溢れ、ふやけた仮面のまた上に仮面被っているような、そんな精一杯の笑顔。

 

それを見た僕が選んだ未来という選択肢は、諦めだった。即断即決、彼を助けることはできない。

 

いや無理だって。
何故なら、彼は、彼を巡る恋の鞘当てに巻き込まれているのだから。そんなのに僕がどうしようっていうんだ。流石に色恋沙汰にお節介はできないよなぁ。
なにより、あの女子2人の間に入る勇気は持ち合わせていないし。やめてよね。凄いオーラ醸し出してるゾーンに突貫できるわけないでしょ。
僕にはどうにもできない。

「はは、モテモテだ」
「あ、あんな、ことっ・・・・・・!?」

僕の目線を追った末に目撃しちゃったのか、大胆で破廉恥な男女の戯れに頬を紅潮させ、両手で顔を覆うアインハルトちゃん。いちいち可愛いなぁ・・・・・・じゃなくて。
うーん、僕の隣に座るわりには、こういうのには免疫がないのか。嬉しいやら悲しいやら。

“エリオ君。残念だけど、男にそこを逃れる術はないんだ。気の毒に。・・・・・・けどエリオ君! 無駄死にじゃないよ。その経験が君を強くするんだ”

とりあえず説得してみよう。もうこうなったらいっそのこと存分に満喫するがいい、って。
幼い頃は『恋のトライアングラー』とか『青春』とかで呼称されるけど、大人になれば『不倫』とか『浮気』とか『二股』とかになっちゃうからね。貴重な経験だよ少年。

「あー・・・・・・うぁー・・・・・・」

ああ、駄目だ完全にのぼせちゃって。
温泉で美少女二人に言い寄られるなんて稀有な事され、長時間顎までお湯に浸かっていたら仕方ないか。14歳の健全な男児には酷な仕打ちだったと思う。
力になれなくてゴメン。
でも、安心していい。

「こーら二人とも。もういい加減にしなさい」
「これ以上は流石にやり過ぎよ」

ティアナとスバルが突っ込みを入れて助けてくれるから。僕なんかよりも、よっぽど頼りになるし適任な人だ。

「・・・・・・あ、やばっ・・・・・・ちょっと、しっかり!」
「エ、エリオくん!? 大丈夫っ!?」

叱責と軽いチョップにより正気に還ったキャロちゃんとルーテシアちゃんは、エリオ君を手早く引き揚げて岩盤上に横たわらせた。

「うぅ・・・・・・へ、へいき。でも、少し休ませて・・・・・・」

少し手遅れ気味だけど。
少年はもう顔だけじゃなくて全身が真っ赤になって、こうなってはいけませんと保健の教科書に載っても恥ずかしくないくらい、見事にのぼせていた。
南無。

「僕、氷枕取ってくるよ」
「じゃあ、私は・・・・・・」
「いや、待った」

さてさて、じゃあ僕はエリオ君の救助を他人任せにしちゃった償いをしようかな・・・・・・っとその前に。
何かアクションをしようとした少女を片手で制す。

「そろそろヴィヴィオちゃん達も痺れを切らしてると思うから、行ってあげて? 僕がいつまでも君を独占してると嫉妬されちゃう」
「え、えぇ?」

アインハルトちゃんが僕のとこに来たのは、ヴィヴィオちゃん達の差し金っぽい。此方を意味ありげにチラチラと窺ってるもんだから分かりやすいったらね。
きっと、この娘と僕がちゃんと話せるように計らってくれたんだろう。いい機会だからって。初対面が初対面だったから、お互いなんとなく話かけづらかったのに気づいてたんだな。
だけど、ヴィヴィオちゃんだってアインハルトちゃんと一緒にいたい筈だ。

「気づいてないかもしれないケド、君って結構人気者だから」
「人気者・・・・・・私が?」

じゃあ今度こそ行動だ。
確か氷枕は脱衣室に・・・・・・

・・・・・・?

「・・・・・・なんだ?」
「どうしたんですか?」

 

突然の、違和感。

 

(・・・・・・何か、近づいてくる)

新人類として拡大化した僕の脳意識が、接近してくる何かを捉えた
密かに此方へ忍び込む気配。無邪気で子供っぽい、だけど大人な計画性を秘めた女性。この気配は・・・・・・

「ふぇっ!?」
「? なに?」
「キャロ、どうしたの?」

僕が感覚を特定する寸前に、キャロちゃんが突然奇声を上げた。
いきなり顔を真っ赤にして不思議そうに辺りを見渡す桃色の少女が、怪訝な表情のルーテシアちゃんに訊ねる。

「何かこう、柔らかいものが“もにょっ”と・・・・・・ルーちゃん、湯船の中で何か飼ってたりしてない?」
「えー? 飼ってないよ。それに温泉に棲むような珍しい生き物なら・・・・・・あんっ!?」
「ひゃぁ!!」
「ッ! ・・・・・・!!!」

今度はピンク色な嬌声が二重奏となって温泉をこだました。
ついでにエリオ君が前屈体勢にシフト。
ついで間を置かず、

「っ!!! ──なに、何かいるッッ!?」
「うはぁ!? なんかぬるって!!」
「? なんだお前ら、どうした──のわぁ!」

少し離れた場所でティアナとスバル、ノーヴェが似た様な感じになって、ちょっとしたパニック状態に。
そしてエリオ君の目が虚ろになった。
なんなの、これは? どういう事だ。今彼女達の周囲には特に異常はないのに、みんな胸やお尻を押さえてて・・・・・・まさか、やっぱり・・・・・・!

 

“セインさん! セインさんなの!?”
“見つかった!? ・・・・・・さすがっ!”

 

感じたままに、半ば賭けで念話をしてみたら思いの外アッサリと繋がった。
やっぱり、この人か!
戦闘機人が6番目、セインさんと彼女の固有能力『IS・ディープダイバー』──あらゆる無機物の内部に潜って移動出来る力──なら、この状況にも納得できる。

(あの人、能力を使ってセクハラを)

なんという力の無駄遣い。だけど鬼に金棒でもある。
お湯に溶け込んで、こっちが視認できないのをいいことにヤりたい放題だ。
でも、なんでここに? 配達も終えてもう教会に帰ったと思ってたのに。

「ぁっ・・・・・・んぅ?」
「や、また!?」
「・・・・・・ッ、・・・・・・ッッ!!」

まずい、セインさんの真意はどうあれ、早く彼女のセクハラを止めないと。
横目で羞恥プレイを強いられた少年を確認しながら焦る。
相手はあのお茶目なシスター。一つ断言出来るのは、このイタズラは全員に被害が及ぶという事だ。
そんな事はさせない。

“なんでこんな事を? これじゃエリオ君が興奮して鼻血を出して、ショックで倒れる。血の海になるよ”
“他人から視えないなら、このチャンスを逃す理由はないっ。だから、その女体を楽しむと宣言した!”
“環境を考えてやってください!”
“あたし、シスター・セインがボディタッチしようと言うんだ、キラっち!!”
“エロだよそれは!”

説得は無理か。
てか、これが狙いで到着を遅らせたのか? 己の存在を悟らせない為に。
なんて用意周到で馬鹿な真似を。
こうなったら本気でセインさんを捕まえないといけない。じゃないと本気でここが血の海になる。
エリオ君は限界だ。

(今セインさんを感じられるのは僕だけ・・・・・・でも感じるだけだ。正確に何処にいるかは)

広々とした空間に温泉という足場。地の利も彼方にある。
だったら、

「えと、手伝ってくれるかな、アインハルトちゃん」
「大体事情は察知しました。手短に仕留めましょう」
「頼りにしてるよ」

連係プレイで。

「はわわっ!」
「きゃあっ!」
(・・・・・・くそ、速い!)

何事かと首を傾げていたヴィヴィオちゃんとコロナちゃんが次の犠牲者に。
なんてスピード・・・・・・だけど。

(あの人の第一の狙いは女子全員に触る事。次に周回する事・・・・・・だったらそれぞれの位置関係から推測される次の目標は)

アインハルトちゃんと背中合わせになって周囲を警戒、意識を集中させる。
まだ被害に遭っていないのはアインハルトちゃんとリオちゃんだけ。そして今しがた触られたヴィヴィオちゃん達とリオちゃんの中間地点に僕らがいる。
・・・・・・セインさんは多分、こういう時は迂回なんかしないで真っ向から出し抜く。なら。

「──後ろっ!」
「!!」
「見抜かれた!? しかァしっ!」

予測通りにアインハルトちゃんを狙ってきた。
狙いが判れば対処可能。脚と腰のバネを活用し、鋭く独楽のように身体を反転。先に飛び掛かっていた覇王少女との時間差で掴み掛かって、

「ほいハズレっ!!」
「っ!?」
「しまっ・・・・・・うわぁ!?」

 

あっさりと、惨敗した。

 

腐っても戦闘機人。かつて時空管理局地上本部を混乱のドン底に陥れた力は伊達じゃない。そのリーチ差を活かしてアインハルトちゃんをいなし、盾代わりにしたセインさん相手に、僕は空振って、足払いされて、顔面からお湯に突っ込んだ。何かが指に引っかかった気がするけど、結局捕まえられなきゃ意味がない。
うぅ、鼻いたい。

「そぉりゃぁっ!」
「っーーーーー!!!?」

そして、息つく暇なく電光石火──多分この時ばかりのセインさんは管理局最速を謳われるフェイトよりも疾かったと思う──によって、

 

むにゅ。

 

まんまと、アインハルトちゃんの胸を、揉まれてしまったのだった。

 

直に。無遠慮に。

 

不幸なことに無情なことに、湯浴衣はハラリと舞い降りて。

幼くも美しい裸身が全て、双月の明かりの下に、惜し気もなく晒された。

ある種の幻想、神々しさすら感じる。なんだろう。なんていうか最強だ。

「あ」
「え」

むにゅむにゅ。

 

おお・・・・・・揉まれるほどには胸があったんだね君──って、そうじゃなくて! なに考えてんだ!

 

「ハッハァッ! 次ィ!!」
「何故そんなことを、平然とできる!?」

一瞬の自失から醒めて、犠牲者がまた1人増えてしまったことを悟った。護れなかった。
勿論、このままでは終わらない。終わらせられない。

「~~~~~~~~!!!!」

反撃だ。弔い合戦だ。

 

──ズ、パァッッン!!!

 

まるでアンチマテリアルライフルを撃ったが如き破砕音。
ボンっと一瞬で全身を真っ赤かにしたアインハルトちゃんが、胸を庇いながら鋭く突き出した掌、正真正銘乙女の怒り。それに伴い発生した水斬り──静止状態から加速と炸裂点を調整する打法による、水塊を真っ二つにする技──により鋭い破砕音を撒き散らしながら、浴槽の湯が文字通り綺麗に割れた。

「うおッ!!」

あんなの喰らったらひとたまりもないと判断したんだろう。捲き込まれないように、遂にセインさんが水上に姿を現した。その躰は宙にある。
だけど流石と言うべきか、緊急回避であろうと次なるターゲットたるリオちゃんの方へ向かって跳んでいるのは、執念のなせる業か。
けど、宙なら能力は使えない。最初で最後、今なら捕まえられる!

「投げて!!」
「!」

鼻が痛いのを我慢して、今この瞬間に行使できる時間と魔力を使ってズボン型バリアジャケットを生成。同時に右手を突き出す。
それを両の瞳に大粒の涙を浮かべたアインハルトちゃんが掴んで、魔力強化による怪力で僕を思いっきり、投げた。
同時に僕も魔力を足裏に集中、指向性を持たして爆破する事で加速。ラストアタックだ!

(間に合え!)

せめて、リオちゃんだけでも。
この機を逃せば、また皆がセクハラされる危険性がある。
だから──

 

果たして、

 

僕が左手でセインさんの足首を掴むのと、セインさんがリオちゃんの小さなお尻を背後から強襲したのは、ほぼ同時だった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

各々の意味で沈黙する三人のショートヘアー。

 

そして。

 

前触れなく大爆発。

 

「ええっ!?」
「ちょっ!?」

大規模魔力反応と共に激しく水飛沫と稲妻、焔が舞い踊って、リオちゃんの小柄な身体が発光する。
あまりの衝撃で僕とセインさんはひっくり返った。

「なに、なに!?」
「これって・・・・・・」

この反応この光。これってまさか? ヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんと同じ、『大人モード』・・・・・・外見は大人、中身は子どもを見事に体現するあのレアな術式?

(てか、魔力変換資質・・・・・・炎と電気の2つ? 何気に凄い技能だよそれリオちゃん)

光の中から顕れたのは、腰まで伸びた紫紺の髪が印象的な女性だった。
身長も少し伸びていて、脚力を重視したのか妙に発達した下半身と、幼さを残す上半身のアンバランスさが一種の魅力を醸し出している。躑躅色と深緋色を主体とした、地球でいう中華風のバリアジャケットを纏ったその姿は中・高校生をイメージされる。
全体的なバランス向上を求めて18歳前後のナイスバディに変身するヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんの『大人モード』とは違った方式のように感じる。

「いいっ?」
「へ?」

そんな事を呆然と考えている間にも事態は進行する。
涙目でムッとした表情を浮かべたリオちゃんがセクハラ魔神セインさんの腕を無造作に掴み、

「っぃやーーーーーーッ!!」

純情な乙女心を叫びと裏腹に、さっきのアインハルトちゃんの数倍はあるとんでもパワーで、真上へと高く高く放り投げ、

 

「 絶 招 ・ 炎 雷 炮 !!!」
「ごふッ!!」

 

落下してくるケダモノの無防備な腹に、中華拳法のような型で、炎と稲妻を纏った蹴撃を喰らわせて、再度大空高く吹っ飛ばした。

僕も巻き添えにして。

「なんでーー!?」

うん、ずっとセインさんの足首を捕まえてたのが悪いね。
だけど、凄いなぁ。大人2人をこうまで高く打ち上げる一撃なんて──

 

因みに補足すると、絶招ってのは奥義って意味なんだとか。

 

◇◇◇

 

「おまえら楽しそうなのに、あたしだけ差し入れ渡したらすぐ帰るとか切なすぎるじゃんかよ~~!!」
「うんうん、寂しかったんだね」
「でもね、だからってやっていい事と悪い事がね。セクハラも犯罪だからね」
「うぐぅ・・・・・・」

リオちゃんに蹴っ飛ばされて吹っ飛ばされて、終いには温泉に墜落したセインさんに対する公開尋問の最中に、

「・・・・・・何やってるんだよアンタ達は」

やっと星になったシンが浴場に帰ってきた。
まぁ星になったといっても大した距離は飛ばされてないはずだけど。

「あ、おかえりシン。遅かったね?」
「熊と戦ってた」
「素手で?」
「ああ」
「へぇ」

どーりで疲労困憊気味なわけで。
相棒の実力を疑うわけじゃないけど、よく生きて戻ってこれたな。

「くっそぅ、自慢じゃねーが! あたしはお前らほど精神的に大人じゃーないんだからな!?」

自らを囲む女性陣のあまりのプレッシャーに耐えかねたのか、セインさんったらこの人開き直っちゃった。駄々をこねる子供のようにジタバタしながら、自分の行動の正当性を訴えて。でもそれはどこか微笑ましくて、もうしょうがないなぁって思えるような愛嬌があるのは凄い。こういう時でも明るく振る舞えるのはこの人の長所だと思う。
なんていうか、生粋のムードメーカーって感じなのかな。あんな一撃を受けたのに、スゴいな。

「説明してくれ」
「えーとね。セインさんがサプライズ目的で、ちょっとやらかしちゃって」
「ふーん・・・・・・」

右頬を赤く大きく腫らしたシンが少し興味深そうに僕の身体を眺める。
正確には、水面にマトモに打ちつけたせいで赤く腫れた胸と腹を。
そして次には、

「大丈夫? 止まりそう?」
「へ、平気。なんとか止まる、と思う、多分」
「ごめんねエリオくん・・・・・・」

真っ赤に染まったティッシュを鼻に詰めたエリオ君と、彼に付き添う二人の少女を眺めて。
そして最後にもう一度セインさんを一瞥して怪訝な表情を。

「いや、マジで何があったんだよ・・・・・・」
「は、ははは・・・・・・」

色々あったんだよ、色々ね。

 

そんなこんなで、カクカクシカジカで、異世界旅行兼訓練合宿初日の夜はふけていったのだった。
ちなみに今回のセクハラ騒動は、今日の晩ごはんと明日の朝ごはんをセインさんが全て美味しく制作するという条件で一件落着となった。

 
 

──────続く

 
 

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