TPOK_03話

Last-modified: 2009-06-11 (木) 21:58:49

コミュニケーションはきちんととれた。
立ち、座り、訝しみ、警戒をするオルガ・サブナックと名乗った男は、ひとまずは健康らしい。
しかし簡単な身体や血液の検査で分かった事実は普通の状態とかけ離れていたものだった。
有り得ない肉体と言えば早いか。とにもかくにも、尋常ではない。

 

つまり、自分たちと同類だ。
すずかはまずそう考えた。

 

「美味しいですか?」
「あぁ」

 

広い月村邸の事、応接室も無論あった。
そこで振舞われているのは、とりあえず「人間の食べ物」として上等なものばかりだ。
良く煮込まれ、ふんだんに使われた野菜も口の中で崩れるスープ。
外面がスナックじみて歯ざわり良い鮭のムニエルには、酸味や辛味強いのにまろやかに仕上げられた濃厚なタルタルソースが添えられる。
ワインをふってじっくりと蒸していながら形崩れもない、特製のドミグラスソースがかけられたハンバーグ。
舌が焼けそうなほどに熱く炒められ、海産物をたっぷり混ぜた潮の香り豊かなパエリャ。
残り物から、大急ぎで作った一品まで、ファリンが出す物を残さず平らげていく。

 

そう、すでにオルガは怪我がどうこう、気分がどうこう、意識がどうこうではなく、絶好調なのだった。
目覚めたオルガといくらかの話をしているうち、彼の過ごしていた場所が存在しないらしい事が薄く分かってきた。
端的に言えば、違う世界で生きていたよう。一時、宇宙だの月だのに居住していた事もあるというのだ。
ただ違う世界の地球のはずなのに、興味深い事に地名や国名に共通のものが混じっているらしい。
最初の方は随分と話の噛み合わなかったが、すでに食い違いも纏まり始めている。

 

歴史の裏舞台にばかりを生きていたすずかたちの種族には、オカルトと片付けられる不可思議な現象にこそ触れる機会が多い。
故に、こうして「穴」とか「扉」とか「境界線」とか呼ばれるモノをくぐり、「並行世界」とか「異次元」とか「別世界」とかから呼ばれるモノから来訪する者の記述も確かなものとして知っている。

 

そして、すずかがオルガに対する助力を決定したのは、

 

「単刀直入に聞きます。あなたは人間ですか?」
「……いいや」

 

こんな会話だった。

 

オルガとしては「人間扱いされていなかった」という意識で皮肉じみた自嘲を漏らしたつもりだった。
よもや、目の前の少女ふたりが本物の「人間以外の何か」であるとも知らず。

 

かくして、人間としてのすずかではなく、吸血種としてのすずかとして、人ならざる者であるらしいオルガへ友好を示して手を差し伸べようとする。

 

「私は月村すずかって言います。こちら、ファリン」
「ファリン・K・エーアリヒカイトです」

 

礼儀正しくお辞儀するファリンを、パエリャに混ざっていた大きなエビの殻をむきながらオルガが見る。
正直、オルガとしてはここがどこでも、ふたりが誰でもどうでも良かった。
ただ、くれる物はもらう、という精神で食事を頂戴している。戦争はどうなったとか、自分がどれだけ寝てたとかも、割とどうでもいい。
それどころか、ここが本当に違う世界であっても関心が薄かった。

 

「私は夜の一族。ヴァンパイア…と言ったら分かりやすいと思います」
「わたしはロボットです」
「……はぁ?」

 

途中、むくのも面倒くさくなりエビを殻ごと噛み砕くオルガが素っ頓狂な表情になる。

 

「オルガさんの故郷については…その、正直、姉が帰ってくるまで何とも言えないんです……いえ、姉が帰ってきてもどうか……」
「へッ…別に、帰りたいとも思わないね」

 

水気たっぷりの新鮮しゃきしゃきレタスが詰め込まれる口は弧を描く。せいせいしている、といった風だ。

 

「戻っても、またいいようにこき使われるだけだ。誰があんな所に帰りたいなんて思うかよ」
「そ、そんなに厳しかったんですか?」
「無理やり従わされてて戦わされてたんだよ、薬を使ってな」
「薬…ですか?」
「麻薬だ」
「ひどい…!?」
「でもな、おかしいんだ。もうとっくに禁断症状が起きてもおかしくねぇのに全然なんでもねぇ」
「オルガさん、最初に起きた時、すごく苦しんでました」
「だよな? 俺も苦しかったのは覚えてんだよ。最後に、何かを掴んだ記憶があるんだが……分からねぇ。どうなってんだ、俺の体?」

 

アセロラジュースを一息にあおりながら、オルガが小首をかしげた。すずかも、ファリンも同様だ。
薬物中毒など、寝て、起きたら治っていたというものではない。
むろん、オルガが気絶する直前に拾ったジュエルシードによる効果だが本人は知り得るはずもなかった。
そして、意識を失っているいる間にジュエルシードはとっくにオルガの体内へと取り込まれている。
オルガの願いを叶える為に。

 

ジュエルシードは、願いを叶える。
とはいえ不良品だ。すべての欲望、願望に応えてくれるわけではなく、しかも内包する超エネルギーは不安定。
しかし、こと使用者の輪郭の内側であれば驚くほど従順にその機能を発揮する。
即ち、自身の変化における願いに対してジュエルシードは非常に安定しているのだ。

 

例えば仔猫が大きくなりたいとジュエルシードに願うのならば、その輪郭を大きくしてくれる事だろう。
例えば禁断症状に苦しむ現状から脱したいと願うのならば、治癒の恵みをもたらす事だろう。
その祈りに似た心は無意識であれ、ジュエルシードは読み取ってくれる。なにせ、使用者の内部へと住み着いてその力を振るうのだ。
故に、右腕を失くしたと自覚こそないが、肉体が理解している事項に対してジュエルシードはマユへ四肢の補完を実現した。
はやてに対する侵食も、彼女の輪郭の内部におけるせめぎ合いだ。ジュエルシードで解決し得ると見るヴォルケンリッターは正しい。

 

「それで……あの、オルガさんは…その、何と戦ってらしたんですか?」

 

アセロラジュースのお代りを注ぎながら、恐る恐るファリンが質問した。会話をしていくうちに、いくらかオルガの異常性が見えてきた。
麻薬で縛られ戦闘を強要されたなど、この気の強くないメイドには刺激的すぎる。
ちぎったふわふわのパンを、皿に少量残ったスープに染み込ませながらオルガがどう答えたものか、といくらか思案巡らせた。
そして、邪悪に笑うのだ。

 

「化物と戦ってた」
「ばけもの…ですか?」
「あぁ、遺伝子操作された化物どもだ」
「あのロボットを使ってでしょうか?」
「ロボット?」
「はい、オルガさんと一緒にやってきた物みたいでしたけど…」
「カラミティか」
「カラミティって言うんですか?」
「緑色基調で、そうだな…でけぇ砲身がついてるガンダムだろう?」
「そうです。あれはガンダムと呼ぶんですか?」
「GAT-X131カラミティガンダム。ふぅん、一緒に来てたのか」

 

もしかすると完全に元いた世界と縁を断てたのかと思ったりもしたが、そう簡単に切れないから縁らしい。
不思議そうやら、意外そうやら、怪訝そうやら、どれともつかぬ表情でオルガがマカロニサラダを頬張る。

 

「あ、あの…カラミティガンダムに触ってもいいでしょうか?」
「あぁ? 別に構うかよ」
「すごいな…お姉ちゃんも喜ぶかも」

 

未知すぎる技術の結晶にすずかワクワクである。
膨らむ想像では、胴から下もあるカラミティに乗り込んだオルガが、遺伝子操作されたと言う巨大生物と戦っていた。
あのロボットを使って戦うのだから、オルガの言う化物とやらも、カラミティクラスの大きさなのだろう……と、思っているらしい。

 

「お前、あんなのに興味あるのかよ」
「はい! ファリンとおなじで今の科学じゃ作れないな機械ですもの!」
「………あぁ、ロボットつってたな、そういや」

 

小娘の戯言として受け流しながらオルガがファリンを見た。
どう見ても、ただの女の子だ。何かの「ごっこ遊び」の一環だろう、とぼんやり思いながらフォークを乱暴に置いた。
出された料理の完食だ。

 

「それで、俺はどうなるって?」
「少し言いにくいんですが…すぐに自由に出歩けるというわけではないと思います」

 

すずかとしても、どう対処する事が正しいかは知らない。
しかし人の世をみだりに乱さぬためにも、オルガを介抱した自分が仲介ないし橋渡しをすべきと思う。
ひとまず、きちんとした話は姉が帰ってきてからだ。
姉が帰って来てからなのに、

 

「ハンッ、誰が従うかよ」

 

オルガが立ち上がって鼻で笑う。せっかくアズラエルという拘束から解かれたのだ。楽しまずどうする。
本当にここが異世界とやらなのかの確認も兼ねて、外に出てみようではないか。
金もなく地理も知らないが、まぁ、何とかなるだろう。
生体CPUとして実験道具扱いされながらもしっかりしていた生活は望むべきもないが、生きようと思えばどうとでもなる。
犯罪と称されるような悪行にも手を染めて、なんら心も痛まぬのだから。

 

「お願いします、姉が帰ってくるまで待ってください」

 

大人しくご飯を食べていただけに、言う事を聞いてくれるかと思っていたすずかが慌てる。
ファリンも立ちふさがろうとするが、ちょっと腰が引けていた。
人間のスペックを遥かに凌駕するファリンだが、優しい性格だ。オルガの強面に気圧されている。

 

「カラミティガンダムも壊れてしまっていますよ?」
「あぁ、壊れてんのかよ。いらねぇからお前らにやるよ」
「…どうしても行くつもりなんですね」

 

ぴりぴりと、空気がやおら触れて痛いものになっていく。
困ったような、そしてどこか怯えたようなすずか。しかし毅然とした表情で扉の前に立つ。オルガを外に出さないという意思は強い。
おろおろとファリンはふたりの顔を交互に見比べるばかりだ。どうしよう、どうしよう、と手をこまねいているとオルガに睨まれた。
威嚇のように、前傾姿勢で犬歯むき出しである。どこからどう見ても立派な不良だ。

 

「ハ」

 

そんな雰囲気の中で、ファリンが勇気を込めてこう言った。

 

「ハンバーグのお代り要りませんか!!」
「…………………………………………………………………………少しだけ待ってやろう」

 

四つ目のハンバーグ貪ってる最中に、ノエルと忍が帰宅。そして、オルガは月村家に保護される運びとなる。

 

 

「う、嘘だろ…」

 

マンション屋上の、見晴らし良い景色から金色の光が一瞬目をくらませただけのはずだ。
それが荘厳で、やたらと格式高げな大通路となっている。
天空の蒼い明るさも、小さく聞こえていた街の喧騒も消え去って、深海のような静けさ。
どこかの宮殿だろうか。そんな感想しかシンには絞り出せない。
ひとつひとつの柱は巨大で、灯も最低限らしく薄暗い。しかし、気味の悪い暗さではなく神秘的な暗さだ。

 

「シン、こっちだよ」
「お、おい…ここどこだよ」
「時の庭園」

 

慣れた足取りで先へ先へ進むフェイトとアルフに、シンが慌ててついていくシン。
知らない硬度を持つ不思議な床を歩きながら、前横後を不安げに状況確認。

 

「だから、どこにあるんだよ。俺は今どこにいるんだ?」
「えっと、高次空間内かな」
「それはどこなんだよ…!」
「次元間航行の際に跳躍するために通過する場所だよ。時の庭園はどこの次元世界の通常空間にも出ずにこの高次空間に留まってるんだ」
「……あ、そう」

 

およそは伝わったが、正確な意味が取れたわけではない。シンの返事はなんとも素っ気ない物にならざるを得なかった。
やがて仰々しく見上げるほど大きな扉にフェイトが手をかける。開いた。
ほのかな光でなんとか見渡せるのは、大きな広間。さながら謁見に用いる部屋のようだ。

 

玉座に座すのは、妙齢の美女。
まぶたを閉じて、彫像のように微動だにしない。まるで、死んでいるか―――あるいは、時が止まっているかのようだ。

 

気だるげにその双眸が開かれた。無感動で無関心な視線が三人を射抜く。

 

「なぜ、こんなに早くに戻ってきたのかしら?」
「ごめんなさい、母さん。でも、事故で次元を跳んでしまった人がいたんです」
「その男?」
「はい」

 

シンとプレシアの目が合う。ごっそりと人間味がそぎ落ちた冷たい目に、シンがたじろぐ。
声調や雰囲気すべてにまるで活力がない。物静かであるなんて言葉に当てはまらず、まるで亡者だ。
しかし驚くほどに希薄な生命の気配のくせに、圧倒してくる何かがある。例えばシンが襲いかかったとして、勝てる気がしない。

 

「シン・アスカと言います。娘さんからいろいろとお話を聞かせてもらいました。自分を元にいた世界に戻してもらえませんか?」
「……」

 

しばらくの沈黙が場に降りる。プレシアがじっとシンを見つめてくるのだ。
何か、懐かしいものでも見ているように。
それから唇が開く。

 

「できないわ」
「そんな!」

 

フェイトが自分の所に次元を漂流した者を預けに来るのは正しい。
管理局へシンを送り、送り元であるフェイトを下手に不審者として認識されるのはまずい。
つまるところ、フェイトが取るべき行動の正解はシンを放っておく事だった。が、すでに話までしてしまったという。
フェイトの要らない優しさに苛立ち、それが言葉に如実に表れるのもプレシアは隠さない。

 

「フェイト、あなたの所で面倒を見なさい」
「で、でも母さん、シンは事故にあって…すぐに帰らなきゃいけないんだ!」
「今、私たちにはそれよりもとても大切な事があるでしょう?」
「……ジュエルシードは、すぐに集めてきます」
「時間が惜しいのよ。ねぇ、分ってくれるでしょう…フェイト?」

 

シンがひとつ、違和感を覚える。本当にこれが親と子か、という事。
家庭の事情については何一つ知らないが、どこかおかしい。
その元を手繰って言葉にするとすれば、プレシアの酷薄さだろう。何か、仮面でもかぶってフェイトと話をしているような…そんな違和感。
幸せな家族との日常こそが、シンの望んでいるものだ。そして、それはもう戻れない日にこそある。つまりそれは、もう二度と手に入らないという事。
故に、目の前のふたりの様子にシンは疑問を抱かざるを得ない。

 

またプレシアがシンを見下ろす。いちいち向き合うのに強く緊張しなければならない。
覇気も精気もない女なのに、嫌な圧力と迫力がある。そしてそのプレッシャーは冷たい。

 

「そう言う事よ。すぐにあなたを元の世界に帰すなんて、できないわ」
「……どうしてもですか?」
「ええ」
「俺は、早く帰らなきゃいけないんです」
「知らないわ、あなたの用事なんて。不幸だったわね」
「なぁ、フェイト! 本当にどうしようもないのか!」

 

もはや苦痛さえ伴ったシンの言葉に、フェイトが揺らぐ。

 

簡単な問題だ。管理局に引き渡す。それだけでいい。
管理外世界ではなく、管理世界なり観測指定世界なりにシンを連れていけば最速だろう。
母の助けが拒否された以上、フェイトも最終手段としてこれを考えている。
間違いなく受けなければならない聴取は、逃げねばならないだろう。そして、管理局から不審人物としてマークされる事は必然だ。

 

しかし、拠点もすでに遠見市に構えている。転送魔法の連発もアルフとのコンビなら自信はある。
つまり、管理局から逃げ伸びる自信はある。
むろん、ジュエルシード捜索以外に気を削ぐ事柄が出来るが、それでもシンをこのままにするのはあまりに可哀そうだ。
そうだ、やはり管理局に……

 

『フェイト』

 

そこまで思考して、プレシアの念話で遮られる。

 

『管理局への連絡は、しては駄目よ?』

 

完全に見透かされていた。
フェイトがきつく目をつむる。

 

『………はい、母さん』
『良い子ね』
『でも、でも…ジュエルシードを集めた後なら!』
『………』

 

プレシアが笑った気がした。
ぴくりとアルフの耳が動く。嗤った、ように見えたのだ。

 

『そうね、その時は…彼を元の世界に帰すのを私も手伝うわ』
『はい』

 

フェイトの瞳がしっかりとシンを見上げる。

 

「ごめん、シン……すぐには、すぐには無理だ」
「……そんな…」
「ジュエルシードを集めた後なら、きっと帰すために全力を尽くすよ」
「その、ジュエルシードってのは…?」
「危険な物だよ。散らばったそれを、私が集めなきゃいけないんだ」
「なんで、お前なんだ? あなたは…危険な物なんでしょう。あなたが集めればいいじゃないですか」

 

気圧されぬよう、精一杯の感情を込めた。
まるで睨むような視線だった事だろうが、プレシアはそれを涼しげに受け止める。

 

「できないわ」
「あなた親なんでしょう? 娘に危険な事をさせるなんてどうかしてる!」
「私はここを動けないのよ」
「だからって! こんな小さな女の子じゃなくて、他に誰かいるでしょう!」
「いいえ、いないわ。あなたが飛ばされたのは辺境と言ってもいい世界。ジュエルシードの危険度を考えれば、悠長に構えてられない。だから、フェイトしかいないの」
「あなたは!」
「動けないと、言ったわ」
「なんでです、理由は!?」
「シン、母さんは忙しいんだ。高度な研究をしていて、仕方ないんだ」
「研究? ジュエルシードってのより、そっちの方が大事だって言うんですか!」
「どちらも必要なことよ」

 

凍えた目のプレシアは、それだけきっぱり言って手を振った。もう話す事はないと言う風だ。
当然だがシンは納得がいかない。同じく、静観に徹していたアルフもだ。

 

「シン、必ず元の世界に帰すから、今は待って」
「お前もおかしいって思わないのか? 危険なんだろう?」
「大丈夫。私はきちんと訓練を受けたから」
「訓練って…」
「魔法の。だから大丈夫。私たちの文化じゃ、私くらいの年齢でもう仕事もできるんだ」

 

プラントでは低く成人年齢が設定されているが、それでもあんまりだとしか思えない。

 

「納得…できない」

 

もう一度、敵意さえ乗せて険しい視線を送るが、すでにプレシアはまぶたを閉じていた。
眠ってしまっているかのようだ。その態度がシンの癪に障る。

 

結局フェイトが腕を引いてシンを退室させる事になる。
数回、叫ぶようにプレシアへ問い詰める言葉を投げかけたが反応はない。
不満しか残らぬ問答の果てに、渋々とシンたちが出ていった。

 

そこで、ようやくプレシアは咳こんだ。

 

「……コーディネイターか」

 

プロジェクト「F.A.T.E」 の確立にあたり、まずプレシアが最初にした事は数多の次元世界を飛び回る旅だ。
そこで見る。人が人の誕生に禁忌を犯す、いくつもの歴史と研究を。すべては、アリシア復活の糧にするため。
あるいはその果てに滅びた世界を見て、あるいはその果てに幸せが満ちた世界を見る。

 

しかし、とある次元世界の子の人工操作は泥沼の諍いにまで発展するのが目に見えた。
コズミック・イラだ。
クローン技術からコーディネイター技術から、いくつもの研究成果を吸いだせるだけ吸いだして以降関係した事はない。
無論、未熟な技術だ。しかし魔法を用いていない割には発展していた方だと記憶している。

 

そう、記憶しているのだ。だからシンを帰すのに、本来ならば二日も要らない。しかしできない。
また、プレシアが咳こんだ。もう力がないのだ。
いや、現状でも管理局の武装局員を纏めて相手にできる想定だ。しかし、それで力尽きるだろう。
だから残っている力は、そんな想定が実際に起こってしまった時にこそ使うために温存しておくべきだ。
おそらく管理局は出てくる。まだ表沙汰になっていないが、あれだけのロストロギアだ、どこかで出てくると踏んだ方が無難だった。

 

つまり、シンに使う余力が本当に、ない。
そうでなければ、こうやって動かずに眠るように魔力を蓄える瞑想なんてしていない。
すぐに海鳴へ出向いて自分でジュエルシードをとっとと集めている。

 

プレシアの咳は止まらない。杖が淡い煌めきと共に現れる。
あたたかな光が、紫紺の宝玉より流れ出でて、ようやくプレシアが落ち着いた。

 

「……親、か」

 

――あなた親なんでしょう?

 

シンの言葉が今一度脳裏に響く。滑稽だった。親でも何でもない、と吐き出したい気持ちだったのだ。
だからほんの少しだけ喉から低い笑いがくつくつと漏れる。
そうだ、親でもなんでもないのだ。