TPOK_05話

Last-modified: 2009-06-11 (木) 22:00:30

「うわぁ…」
「ひどいなぁ…」

 

買い物に向かう途中の事だった。
リンカーコアを集めに出向いたヴィータ、ザフィーラ、シグナムを除いた全員で出かけたわけだが、その道すがら。
昨晩、交通事故があったとニュースでやっていた槙原動物病院の近くを寄ったのだ。興味本位で覗いてみれば、なんと酷い状態か。
立ち入り禁止のテープの向こう、根元から折れた電柱は撤去されてなくなり、道路や塀には穴だらけ。ご覧のあり様だよ。
はやてと、その車椅子を押しているマユはおっかながって、シャマルと手をつなぐシャニは無反応だった。
そして、マユにどこか怯えのような表情の色がシャマルには見て取れた。

 

「恐いですね…でも、幸い被害者は誰もいなかったみたいですよ。さ、もう行きましょう」
「ど、道路に穴まで開いてるのに怪我した人いないんですか?」
「みたいやね。でも、あれほんまに交通事故かなぁ…」

 

無意識に声がひそんでしまうはやてとマユの話を、シャマルは心の中だけで、

 

(違う)

 

と断言した。
電柱の被害だけであればひっかる事もなかったろうが、あれは攻撃魔法の被害だろう。
伊達にいくつもの戦火を駆け抜けたわけではない。シャマルの目は誤魔化せない。

 

そして警戒のために即座に探知魔法を広域に展開したシャマルは驚く。
なんと、海鳴のいたるところに大きな魔力反応が点在するのである。
己の力量に自信があるシャマルでさえ失敗したのかと疑った結果だった。
なにせ、数日前にも街の魔力について調べたばかりなのだ。なのに今日、突如として多数が現れている。
以前からあったというのはあり得ない。ヴォルケンリッターが海鳴市で生活をはじめ、すでに半年以上。誰かが気づかないわけがない。

 

間髪入れず、他の三人に思念通話を呼びかけるが応答があるのはシグナムだけだった。

 

『シグナム、すぐに帰れる?』
『いや、無理だ。早くても一時間ほどか……何かあったのか?』
『大きな魔力反応がいくつも街に……いきなり現れたとしか言いようがないわ』
『動きは?』
『固まってたり、遠くにあったりしてるけど、多分統率は取れてないわ。今、みんなと一緒で、クラールヴィントを使ったきちんとした確認ができないの』
『分かった、すぐに戻る。主の警護だけは、怠るなよ』
『ええ』
『ヴィータとザフィーラには?』
『念話が届かない距離にいるみたい』
『……ザフィーラは私とつながるな。伝えておく』
『お願いね』

 

実はシャマルに焦りはそれほどなかった。
管理局やハンターが、はやてやマユといった特級のロストロギア捕縛にきた可能性もあるが、動きがないのだ。
いや、動いてはいるが、まるで小競り合いでもしているよう感じる。ひと塊りになっていた。
これもただ単に班として行動しているかもしれないのだが、歴戦の勘が告げる。まだ慌てるような時間じゃない、と。
加えて、市街地の方角で動きまわっており、シャマルたちがいる場所とはまるで方向違いだ。

 

しかし焦りがないとは言え、驚きや困惑はある。
だからシャニとつなぐ手が固くなってしまったのだろう。

 

「……」
「シャニくん?」

 

ジッと、紫の右目がシャマルを見つめてくる。

 

「……何かあった?」
「ううん、何でもないわ」

 

共に過ごして分かったが、シャニは静かだ。いい意味ではない。暗く鎮まった、死者じみた静けさなのだ。
だがシャマルの事に対してだけは熱を持つ。シャマルと離れようとせず、他の事には消極的でも彼女に出来る限り触れようとする。
このままではお休みのチューまで行ってしまいのも時間の問題であろう。
そしてシャマルの喜怒哀楽をまるで自分の事のように反応していた。

 

みんなに、

 

「いまいち」
「そんなに美味くねー」
「こ、個性的な味ですね」
「もっと練習せなあかんね」
「始めたばかりだ、仕方あるまい」

 

と料理を評されるシャマルへ、

 

「おかわり」

 

と変化球の励ましを投げかけたりしていた。これには湖の騎士も胸キュンである。
他にも、ご近所さんにヴィータの母と間違えられ、困った顔したシャマルの前に出て、誤解した奥様相手にメンチ切った。
シャマルがたしなめて事なきを得るが、シャニはとにかく彼女の言う事を聞いた。
それが癒しを施してくれるから従順というわけでなく、姉か母のように慕っているのだろうと八神家も薄く分かってきている。

 

そんなシャニだからシャマルの緊張にも敏感だ。
特に、今回はシャニも知っている緊張なのだ。言うなれば、戦いの緊張。
快楽と狂気に彩られ、死の恐怖を忘れ去って戦場を暴れたシャニだが、それでも不安をいくつも経験している。
さらに手をつなぐまでしているのだ。シャマルの強張りは直接伝わってくる。

 

だからシャニは、シャマルが例えば戦場にでも行くのではないかと怯えた。平和を画に描いたような日常の中で、そんな悪い予感がよぎる。
優しくしてくれる人間というのは、生きてきた中でも何人かいた気がする。
しかし、どれも記憶の彼方で朧の中だ。薬物と特殊教育の過程で、シャニはそんな者たちをことごとく忘れ去ってしまっていた。
だから、今度こそ優しくしてくれた者を忘れぬように。
もう忘れる事なく、ブルーコスモスの枷の全てを解いてくれたシャマルと離れず一緒にいたいと思う。

 

そこでシャニは、そう言えば、と思い出す。
一緒にいてムカつく事ばかりだったやつらがいた。
同じ境遇だったが、自分が失った陽気さや明るさをいくらか残していたふたり。
いちいち癪に障るふざけ方をする、苛立つちょっかいをだす、邪魔ばかりする。だから戦場で巻き込んでもいいような砲撃も繰り返した。
振り返ると、この程度じゃ死なないだろうとある種の信頼があったような気がした。

 

死んだと知れば、きっとざまぁみろと口に出していたかもしれないが、

 

(……どうしてるだろう)

 

などとシャニは柄にもなく考えてしまったのだった。

 

 

「うお!? うわああ!!」

 

クロトは死ぬような思いで自分を鋭く射ぬこうとする閃光を避けた。
本能的な逃げ方で、森の動物たちよりもしなやかな身のこなしである。

 

「ま、魔法の光!?」

 

森の向こうから放たれた黄金の一閃を正確に分析できたのはユーノひとりだ。
なのはとイザークには、クロトが飛び跳ねた後に光が走ったようにしか見えずにいた。
イザークは射線から光がやってきた方向に目を凝らし、なのはが一拍遅れてイザークの視線を追う。

 

「クッ……なんだ、なんだお前ぇ!」

 

いた。木の上。
黒衣の装束とはためくマント。フェイト・テスタロッサである。

 

「危ない! 逃げて!」

 

フェイトの手元に浮かび上がる魔法陣を目にしてユーノがクロトへ叫んだ。当のクロトは、すでに盾になりそうな樹へ飛び込んでいる。
幾条ものフォトンランサーが森をくぐってクロトへ迫るが、かろうじて被弾していない。
目標の運動能力が明らかに尋常ではないのを見て取ってフェイトが飛ぶ。クロトの場所まで回り込む気だ。
ユーノが駆けた。そして、なのはも状況のおかしさを察してレイジングハートへ呼びかける。

 

「レイジングハート!」
<Stanby ready , Set up>
「お、俺も…!」
<Flier fin>

 

バリアジャケットを纏い、なのはが飛翔。イザークも後を追うが、フェレットの体ではスピードが出ない。
木々を上手く扱い、フェイトの視界から外れようと動くクロトだが空を飛んでいる相手では効果が薄い。
すぐさま、頭上を取られれば、

 

<Photon lancer>

 

速射。初弾といくらかは、素晴らしい四肢のバネを駆使して回避してみせるクロトだが、数発が身に降りかかる。

 

「ミッドチルダの魔導師がなんでこんな所に!」

 

だが、すんでの所で間に飛び込んだユーノの防御魔法陣に阻まれる。
結局全弾が外れに終わるが、クロトの異常な肉体やユーノという魔導師の存在にフェイトは驚く。
しかし、

 

「バルディッシュ」
<Yes sir. Scythe form , Setup>

 

光の鎌を形成、迷いない踏み込みでユーノを置き去りにした。
化け物じみた速さで木を昇り降りしながら逃げて、クロトはフェイトを惑わそうとするが立体的に攻めてくる彼女を完全に騙せるはずもない。
バルディッシュを大きく振りかぶる。

 

<Arc Saber>
「う、うわああ!」
<Divine buster>

 

クロト目がけて刃が中空を走ったのと、桜色の砲撃が閃いたのはほぼ同時。
かわしきれないと見て顔を腕でかばったクロトが、何も起きずにおっかなびっくり辺りを見渡せばレイジングハートを構えるなのは。
アークセイバーを撃ち落とされ、表情なくフェイトがなのはを見据えた。

 

「同系の魔導師…ロストロギアの探索者か……?」
(ジュエルシードの正体を知ってる…?)

 

再びフォトンランサーが展開される。なのはの顔面へ定めた光。
即座にレイジングハートがプロテクションを張るが、それで視界が閉じられる。次の瞬間、すでにフェイトは動いていた。

 

「下だ!」

 

イザークの叫びに、レイジングハートを反射的に地に突き立てた。
強く噛み合う音。
足をさらおうと振るわれたバルディッシュとレイジングハートがぶつかり止まった。

 

「な、なんでこんな事を……!」
「答えても…多分、意味がない」

 

フェイトが力を込めた。押し切られたなのはを飛び越えてフェイトが宙を疾って行く。
追うのはクロトの背中。

 

「く、くそ…! なんなんだ、お前ぇええええ!!」

 

今日はなにかと追いかけられる日だ。そこでふつふつと、クロトに怒りがこみ上げてくる。
正体不明の光で撃たれて恐ろしいと思っていたが、冷静に考えるとやられっぱなしも腹が立つ。
なぜ自分がこんな目にあわなければならない。
自分は逃げる側ではないだろう。いくつもの戦いで、追い詰める側だったはずだ。
こめかみに青筋浮かべて、クロトがフェイトへ急転回、飛びかかる。

 

「!」

 

クロトの猪突猛進を空へ逃れて鮮やかにかわしてバルディッシュを突き付けた。
だが黒く無骨な魔導師の杖にもひるまずクロトがまた殴りかかる。一度、鈍い音がした。
したたかにクロトの肩がバルディッシュに打ちすえられたのだ。
その瞬間、打撃を与えたフェイトの表情にためらいを見たのはイザークだけだったかもしれない。

 

「い…ったいなあああ!!」

 

撃たれていない方の腕で拳を繰り出し、クロトがついにフェイトを捕えた……ように見えた。

 

<Defensor>

 

バルディッシュの自動詠唱による魔力障壁にクロトの拳が阻まれる。
障壁を隔てた向こう側、フェイトがバルディッシュの翼を広げた。シーリングモードだ。
そこで、

 

「ううう」
「!?」
「うううおおお!!」

 

フェイトはクロトの拳が蒼い煌めくのを目にする。
ジュエルシードの魔力を一抹だけ放出して、フェイトを叩く気だ。理屈ではなく、感情でクロトはそれをやってのけた。

 

「僕はもう帰って寝たいんだ!!」

 

フェイトの防御が破れた。クロトの拳が、フェイトの頬を振り抜く。
ジュエルシードを扱いきっているわけではない事と、ディフェンサーを貫くのに全力を尽くした事。
この二点に破壊力が削がれたパンチだが、相手は子供だ。フェイトが仰け反って尻もちをつく。
倒れ込んだフェイトへさらに蹴りを入れようとするが、それはバルディッシュに防がれた。そのまま足を押し返され、今度はクロトがすっ転ぶ。

 

再度、バルディッシュを構えようとするがそこになのはが追いついた。
距離はまだあるが、お互いがお互いのデバイスを突き付ける形。ふたりの間に緊迫した硬い空気が流れるのは、数秒。

 

「く…そぉ…!」

 

クロトが起き上がり、刹那の間だけなのはがそれに視線を向けてしまった。

 

「…ごめんね」
<Fire>

 

隙をついたフォトンランサー。その射線上に、銀色の小さな影が両手を広げて躍り出た。
イザークだ。今はフェレットの体積しかない。どう転んでも、なのはを庇うのは、無理だ。
それでも、なのはの盾になるようにイザークは身を呈して、

 

「イザークさん!」

 

爆裂。
なのはと一緒に吹き飛んだ。すんでのところでレイジングハートがプロテクションの範囲を広げている。
イザークもカバーできているが、その分だけ魔力の密度が薄まってフォトンランサーの威力が強く伝わってしまっていた。
ユーノが気絶してしまっているふたりを魔法陣で優しく受け止め、地に横たわらせる。

 

「……」

 

フェイトの無表情が少し崩れた。魔力がまるで未発達のイザークを撃ってしまった罪悪感。
なのはやユーノ、そしてクロトであればある程度強い魔力を纏っているが、イザークの魔力は開発されたそれではない。
愕然というか、呆然というか、とにかくイザークもなのはも大丈夫らしいのを察すればフェイトが我に返る。

 

クロトがいない。
軽く魔力の波動を探索しようとするが、

 

「…あ、あれ…?」

 

感じない。あれだけだだ漏れだったジュエルシードの波動を感じないのだ。
ユーノもクロトの気配が消え去ってしまっているのを理解して戸惑った。
フェイトがどう出るか目まぐるしく思考を巡らせていると、

 

『フェイト、神社でひとつ発動した。早く来てくれ、あたしじゃ封印まで出来ないよ!』

 

アルフからの念話。いくらか判断を迷ったが、神社を先に片付ける決断に至る。
一度だけ、なのはとイザークを振りむいた。ユーノが厳しい双眸で睨みつけるが、意に介さない。
今は、ジュエルシードを確実に集めなければ。
フェイトが飛んだ。

 

 

どさり、と倒れるようにクロトが座り込んだ。
なんなんだ、と思う。
白い制服に身を包んだ少女と、銀色の毛並みをしたフェレットが爆発した。
これほどの恐怖に覚えはない。モビルスーツに乗っていれば、生身が爆発するなんて映像は見ずに済むのだから。

 

次は自分の番なのだと理解して、クロトはただ逃げたいと一心に願った。
そう、願ったのだ。
ジュエルシードはこれを叶えた。すなわち、廃ビルまでの転移。
見知ったむき出しのコンクリートの景色に、一瞬クロトは何が起こったか理解できなかったがすぐに安堵する。
とにかく誰もない。自分だけの場所。帰るべき寝床。

 

なぜ襲われたのかと言われれば、無論身に覚えはあり過ぎる。
散々虐殺してきた経歴だ。恨みはさぞや多く買っているだろう。
だからどうした。
他人を殺さなければ自分が殺される。そんな状況で誰が他人を殺さないで自分が殺される事を選ぶ。
ブルーコスモスに端を発する理不尽の積み重ねに、今、クロトの苛立ちは収まらない。
次に会った時はあの金髪のツインテールをボコボコにしたいと思う。
しかしそれ以上に、もう会いたくないと強く思う。
もう来るな。
もう追ってくるな。
もう現れるな。
そんなクロトの思考の果て、ジュエルシードは己の波動を放たぬように努め始めた。
安定した起動状態でも大きく魔力の余剰が出てしまうが、それをなくそう。
自分の力をクロトが使おうと意識せぬ限り、静かに在ろうではないか。
こうして起動しているのに関わらず誰にも悟られぬジュエルシードができあがる。

 

クロトの預かり知らぬ所で実に複雑な事態が起きているのだが、彼自身はただ疲れたとしか思っていない。
おかしな日だ。だから疲れるのは当然である。
バックをひったくって、女の子から逃げ、警察に追われ、女の子に撃たれて、フェレットや女の子が爆発した。

 

「………わけ分かんねぇ…」

 

深々と息を漏らして、クロトは寝た。

 

 

ナチュラルよりも資質で恵まれ、さらに資産家の子に生まれた事でコーディネイターの中でも有利な場所にいた。
だからだろう。エリートである意識は強く、強者である事が当然で、誇り高く在った……つもりだ。
やや選民思想に傾いた眼線でナチュラルを見ていた事は、コロニー・メンデルで再会したディアッカとの話でいくらか和らいだ。
アラスカやオーブを見て、アークエンジェルでナチュラルと触れたディアッカの言葉は強く胸に響いた。

 

響いただけだ。
確かに友の体験を話として聞き及びナチュラルを軽視軽蔑する気にはなれなくなっている。
しかしきっと、自分はナチュラルをまだ対等と思っていない。
ディアッカの経験は、ディアッカだけの物だ。イザークには本当の意味で理解はできやしない。

 

思い返せば、ニコルやアスランはナチュラルを対等として見ていたのだろう。同じ命だと、思っていたのだろう。
バカにしていた自分が、恥ずかしくなってくる。
あの頃の自分は、間違いなくナチュラルの命を軽んじていた。
軽い命だから、戦いも楽だった。殺しても、失われる価値は軽いと思える。

 

ニコルやアスランは、違っていたはずだ。
ナチュラルの命にもかけがえなさがあると理解していた。その上で戦っていたのだ。
ならば命を撃つ重みに、耐えねばならない。それは身を削り、痛みを伴うが尊ぶべき事。
イザークが目をそらしていた事だ。

 

ならば、コーディネイターもナチュラルも同じ生き物という事でいいのだろうか。
いや、やはり違う。コーディネイターとナチュラルは違う生き物だ。

 

とは言え結局、イザークはコーディネイターとナチュラルが対等かどうか、まだきちんとした答えを見出してはいなかった。
やはり自分は才智あり強く、間違いなく優れている、とイザークは思う。
ならばきっとナチュラルを導く側、護ってやる側である事が正しいのではないのだろうか?
撃たれるなのはの前に出たのは、そんな思いが無意識にもあったからかもしれない。
傲慢か?
傲慢だろう。
銃が効かないような暴走するジュエルシードを相手に渡り合う少女である。
自分が庇いに出る意味なんてなかったはずだ。しかし意味なくても、庇わずにはいられなかった。
それはつまり、ナチュラルの命も失わせない覚悟。
イザークは、現在にそれを持っている。だから、

 

――俺は、なぜあの時、ストライクではなくてシャトルに引き金を引いてしまったんだ…

 

過去にひとつ、心底の後悔がある。
デュエルごしに感じた大気圏の抵抗。摩擦による高温で赤く染まったストライクとシャトル。灼熱の復讐心と戦場特有の熱狂に焦げた思考。
今でも生々しく覚えている。だから懺悔の思いもなんら誤魔化しが効かないほど濃く深い。
あの時は、軽んじていた命たち。だから撃つ事になんら気後れはなかった。引き金を引くだけなのだから。ただそれだけの動作なのだから。

 

――殺す事は、簡単なんだ、簡単なんだよ…

 

ふと、暗黒のような負の念にずぶずぶと浸かり始めたイザークの視界が開けた。
覗きこんでくるなのはとユーノ。場所は、なのはの部屋だ。

 

「う…む…」
「イザークさん…よかった」
「俺は…! あれからどうなった?」
「あの魔法使いの女の子はすぐに言ってしまいました。ひったくり犯の人も、いなくなってしまってて…」
「それからユーノくんがすずかちゃんとアリ……わたしの友達を連れてきてくれたんです」
「そうか…」
「よかった…イザークさん、大丈夫そうで」
「あぁ、俺も不思議と痛みも何もないな」
「回復を促す魔法があるんです。それにイザークさん、元々とっても頑丈だったみたいですから」

 

それはそうだろう。青春を戦いにつぎ込んだのだ。
クルーゼ隊にいたころと比べると、体重が10キロは減るほどの激務をこなしているが鍛練は欠かしていない。

 

「でも、なんであんな無茶を…」
「……俺は大人で、男だからだ」

 

まだまだ心配げな様子が崩れぬなのはにそっぽ向いて素っ気ない返答。
ほんの一瞬だけ、コーディネイターだからだ、と答えるかどうか迷っていた自分がいて戸惑う。

 

「……それで、あの金髪の娘は何者なんだ?」

 

それを払拭するように、イザークがユーノに視線を投げかけた。真剣な緑の双眸がひとつ頷く。

 

「あの杖や、ジャケット、魔法の使い方。多分……ううん、間違いなく、ぼくと同じ世界の住人です」
「ジュエルシード集めをしていると、あの子とまた、ぶつかっちゃうのかな……」
「……恐いか?」
「不思議なほど、恐くはないんです。でも…なんだか、悲しいような……」

 

うつむくなのはの裡に渦巻く複雑な感情を察して、ユーノもイザークも押し黙る。
結局、あまり晴れやかな気分にはなれないまま、太陽が西へ沈んでいくのをイザークは見た。もう夕暮れだ。

 

 

「成程、シャマルが急げと言うわけだ」

 

高層ビルの屋上。人目につかぬそんな寒々しい場所でシグナムが閉じていたまぶたを開く。
街に点在する魔力。そのどれもが粒ぞろいだ。ひとつひとつの強力さを考えれば、これは由々しき事態だろう。
放っておけばどんな結果になるか分かったものではない。

 

「まずは神社だ、明らかに様子がおかしい…行けるか、レヴァンティン」
<Jawohl>

 

疲労はあった。連日のぶらり血煙りリンコア略奪巡りの旅でベストコンディションは望めない。
いや、そもそもコンディションなぞ良い状態である方が稀でしかるべきだ。それでも活路を切り開いてこその騎士である。
西は茜色、東はもう夜色の空をシグナムが疾った。