「これですか?」
すずかが伸ばす手の先。ジュブナイル小説の一冊が引き抜かれては差し出された。
にっこり笑ってマユがそれを手渡せば、すずかが丁寧に腰を折る。
「わぁ、ありがとうございます」
「いっぱい読むんだね」
「自分の分や姉の分、あと一緒に住んでる人の分なんです」
すずかが小脇に抱えた本もすでに四冊。忍とノエルに頼まれた本やファリンが読みたいと言っていた本。
そして、そろそろお互いに多くの事が分かってきたオルガの趣味らしい一冊も借りてみよう。
図書館である。
すでに夕暮れではあるがまだまだ夜には遠い時刻。冬らしい情景だ。
「おーい、マユちゃん、借りたい本あったらこのカードで……あれ?」
小さく金属がこすれる音。バリアフリー設計の図書館で楽々移動のはやてが棚の向こうからひょっこり顔を出す。
そんなはやての目に飛び込むのはすずかとマユのツーショット。
知っている顔だ。この図書館に何度も来ているが、はやてはすずかを何度も見ている。
「こんにちは」
「あ、はい、こんにちは…」
「はやてちゃんのお友達?」
「えっと、そう言うわけやないけど、ときどきここで見かけてて……あ、おないぐらいの子や、って…」
「実は…私も」
はにかむように、はやてとすずかが笑い合う。
「えっと、私、月村すずか」
「すずかちゃん…八神はやて、言います」
「はやてちゃん…」
「ひらがなではやて。変な名前やろ」
「そんな事無いよ。綺麗な名前だと思う」
「ありがとう…」
「私はマユ。マユ・アスカ」
「マユさん…綺麗な赤い目ですね。ハーフでしょうか?」
「うーん…そんな感じ、かな」
はやてと顔を見合わせて苦笑する様子に、すずかがきょとんとするが深く突っ込もうとは思わなかった。
「聖祥小学校…ですよね? 何年生です?」
「三年生。はやてちゃんは?」
「私も本当は三年生やねんけど……休学中で」
「あ…そっか」
まるで自分が痛いようにすずかがはやての足を見やる。
話をするはやて自身はそれほど悲壮感を出さずにいたつもりだったが、すずかは多感だった。
雰囲気に暗さが差し込もうとする寸前に、マユが爛漫にふたりを撫でた。
「でも、学校に行かなくても友達はできるもんね」
「…はい」
「あ、そうだ、えーっと、本を借りるのはどうすればいいんだったかな?」
「このカードを本と一緒に受付に…実際に行ってみましょか」
「じゃあ私が車椅子を押すね」
「わぁ、ありがとう、すずかちゃん」
和気あいあいと、受付まで。
なんと幸せなんだろう。あんなに独りの時間が多かったのに、ヴォルケンリッターのみんなが目覚めてから淋しさを感じる方が少ない。
最近は妙にみんなが外に出る事が多くなってしまったが、今度はマユとシャニがやってきた。
この半年余りが、これまでの数年間よりも光り輝いて感じる。どうかこんな時間が続いてくれるように。
「はい、それじゃこの五冊でいいっスか?」
「お願いします」
「期限は二週間だけど……難しそな本が多いっス。こんなん二週間で読めるっスか?」
「家族の分もありますから」
「あ、あはは、そうっスよね、ひとりで読むには多いっスよね。あ、そ、それじゃ、次はそっちの子っスね」
「はい、この三冊、お願いします」
司書より本を受け取れば、もうはやてに迎えが来るらしい。
図書館の入口あたりまで車椅子を押して行けば、シャマルとシャニ。シャマルはすずかに柔かな会釈をするが、シャニは超そっぽ向いてる。
そこですずかと別れた。「またね」と交わした言葉に、はやてはとても感動した。
「お友達ですか?」
「うん、今日お友達になった所やで」
「良い子だね、すずかちゃん」
「すずかちゃんって言うんですか」
ほんわかニコニコ顔のはやてに、シャマルもマユも嬉しくなってしまう。
シャニはいつもの無表情だが、シャマルが喜んでいる姿が嬉しい。だから間接的であれ、はやてが喜ぶのは良い事だと思っていた。
ぴたりとシャマルの隣に張り付くように歩いているシャニだが、ふと足並みが乱れる。
「あ、はやてちゃん、ちょっと待って下さい」
かすかな変化だ。シャニの無気力な様子とあいまって、ほとんど見分けがつかないような違和感だがシャマルは察せる。
シャニの禁断症状が現れる小さな兆候。マユが車椅子を押す手を止めた。
「さ、シャニくん」
「……」
シャニの頬に両手をそっと添えれば、シャマルから新緑の風がほのかに吹く。優しい癒しの光がほのかにシャニを包んだ。
あたたかだが涼やかで爽やかな治癒の魔力にシャニが明らかな安堵の吐息を零す。
はやて、マユ、シャニをできるだけ纏めておき何か起きた時のために、可能な限りシャマルが付いているいるのは間違いない。
しかし、シャニは禁断症状を思い出すだけでも嫌だろう。だから早い段階で緩和するため、なるべく一緒にいてやりたいともシャマルは思う。
即座にシャニを元に戻す方法は、ひとつしか思いつかなかった。
ジュエルシード。
昨晩、月村邸から帰還したザフィーラからその名を知った。
月村邸のジュエルシードは逃したが、マユに宿る魔力もそれだろう。
これがあればシャニも救える。そして何よりもはやても救う事がきっとできる。
月村邸の他にも存在する、とザフィーラが断言してヴィータが沸いた。
そして言うのだ、リンカーコアではなくジュエルシードを探そう、と。その話題で夜を徹してかなり話をした。
リンカーコア集めを打ち切ってジュエルシードに専念する。
リンカーコアを集めながらジュエルシードを探す。
やはり初志を貫いてリンカーコアだけを集める。
結局朝が来ても話は纏まらなかった。と言うのも、シャマルが何時間と近隣次元世界を含めて探査したが魔力反応はひとつしかなかったのだ。
つまり、オルガのジュエルシード。
生命維持に用いている…つまりマユに近しい状態だと言う事でヴォルケンリッターはこのジュエルシードに手出ししない事を決定した。
ザフィーラではなくシャマルがオルガを見ていれば、マユではなくむしろシャニに近いと判断できたのだが、結局この話はそこまでだった。
目ぼしいジュエルシードが見つからないなら、リンカーコアの奪取を打ち切ってでも探そうとヴィータがとにかく主張した。
はやてを助けるため、という事は大前提なのだが、闇の書の頁蒐集によるはやての治療法にほのかな疑問を持っている事を漏らしている。
本当に闇の書が完成すればはやては助かるのか?
シグナム、シャマル、ザフィーラにとってその疑問にひっかかるところはなかった。
それに加えて、フェイトのリンカーコアでぐんとページが埋まった事、ジュエルシードの総数や場所の特定まで出来ない事。
諸々の事情から三人はリンカーコアの蒐集を打ち切るまで踏み込めない。
シグナムとザフィーラはジュエルシードも探すがリンカーコア蒐集に力を入れる方が無難。
シャマルはリンカーコア蒐集もするがジュエルシード探しに力を入れた方が良いと言う。
そしてヴィータは完全にジュエルシードのみを狙うという主張を曲げなかった。
詰めるだけ話は詰めたが最善と言える結論は出ずじまいに終わり、だから結局、今日もシグナムたちはリンカーコア蒐集に赴いている。
今のところ、ジュエルシードに対しては待つ以外に手立てはない。フェイトを捕まえて聞き出すのが最上だが探すのは困難だろう。
魔力を探知する方法以外、探しようがないのだ。これならばリンカーコアを奪わずにいた方が良かった、とザフィーラが漏らしていた。
どこにあるかも分からないジュエルシードを探すのが現実的ではないのはヴィータも重々承知していた。
リンカーコアを集める方がよほど確実だ。だが、それでも完全に納得しきれていない顔で次元を跳躍していた。
「シャマルさんの魔法って気持いいいの?」
「……あったかくって苦しくなくなる」
夜通しの会議について振り返っていたシャマルだが、なのとも和やかな疑問がマユから出てきてはほほ笑む。
「肩こりなんかにも効くわよ。マユちゃんにもしてあげましょうか?」
「ちょっと興味あるんですよ。借りた本を読んだらきっと肩こっちゃいますから、その時にお願いしますね」
「……」
「あ、シャニくん妬いとる」
「……うるさい」
「あ、せや、シャマルはその魔法で自分を治せるん?」
「え? ええ、ある程度は」
「最近、みんな疲れてる感じするんやけど、大丈夫?」
よく見ている。管理局も自分たちをそこそこ特定してきているから遠出が多くなっているのだ。
それでもシャマルがしっかりとはやてに笑いかける。
「大丈夫ですよ、みんな元気です」
「そうか…? ヴィータとかも出かける事多くなってるから…」
「シャニくんとマユちゃんのいた世界を探してるんです。流石に、ちょっと難しくってスムーズに行かないんですけど…」
嘘だ。シャニとマユの世界を探すのは、はやてを治してからと決定している。
申し訳なさそうに見てくるマユに、逆にシャマルが申し訳ない気持ちになってしまう。
「うん…せやな。そんなみんなのためにも、美味しい晩御飯作らな。何食べたい?」
「……豚」
「うーん、私は鶏肉がいいかな」
「魚なんかもいいんじゃないですか?」
「……魚最高」
「おぉ、陸海空そろったと思ったらシャニくん、シャマルに合わせ過ぎや」
「でもお魚も美味しいもんね」
「スーパーで見回りながら決めましょう」
「魚の叩きなんかもええなぁ」
結局、スーパーで魚に決める事になる。
◇
その頃のヴィータは、
「ギガントシュラーーーーク!」
魚を叩いていた。横殴りにグラーフアイゼンを振り抜けば、魚が海面を一度バウンドしてから水没していく。
海面をバウンドするほどの速度と威力だったわけだ。それでなお魚はまだ元気に海を泳ぎ、ぐるりと空飛ぶヴィータを狙っている。
見渡す限りの海。その上空で、ヴィータは再度海上に突貫して来るのを待った。
そう、魚はまだ無事だ。
と言うのも、
「あれだ…! ジュエルシード! あれさえあれば…!」
ヴィータが相手をしているのは、魚の化物。ジュエルシードに取り込まれた暴走体である。
優に一軒家ほどに巨大となった魚の暴走体を補足したのはただの偶然。
リンカーコアを求めて遠出した先の広域探査にひっかかったというだけ。まさかジュエルシードの魔力とは思ってもみなかった。
「轟天爆砕!」
<Gigantschlag>
一切の小細工なし。鉄槌が海を叩き割る。本当に文字通り割れた。
海と海の狭間で、何をされたか理解が及んでいない魚の化物がギョロリとヴィータを見つめる。
目と目の間。額に相当する部位に煌めく蒼い宝石にヴィータの焦がれる想いがさらに熱くなっていく。
「も・う・一……発ッ!!」
海が元に戻る直前。小さな体を精一杯に駆使し再度グラーフアイゼンを振り下ろす。
目標はジュエルシード。グラーフアイゼンが触れた。砕くような愚は犯さない。瞬間、真っ赤なヴィータの魔力が注ぎ込まれる。
割れた海が閉じていく中に、小さな魚が渦に沈んでいく。
海の上。キラキラと美しい魔力の残滓を散らしながらジュエルシードが浮遊していた。
「これだ…! これだ! これなら!」
ヴィータがゆっくり近づき震える手を伸ばす。まさかこんなに簡単に手に入るなんて。その思いに笑顔もぎこちなくなってしまう。
しかしこの魔力は本物だ。朝まで「すぐに見つかりっこない」とシグナム、シャマル、ザフィーラに諭された代物。
自分でも即刻発見できるとは思っていなかったロストロギア。まるで夢のようだ。やった。これではやてを救う事が出来る。
闇の書を信じていないわけではない。しかし、それでもなぜか不安がちらつく。だから、これ。ジュエルシード。
この単純ながら強力な魔力であれば……!
「ストップだ!」
もうちょっとの所。ヴィータの伸ばす手を射抜く火線で超高熱がひた走る。
素早く身を引き、さらに周囲を取り巻くバインドの気配にジュエルシードから距離を取る。
ヴィータが見上げた。
魔導師の杖を構えた黒衣の少年。ブレイズキャノンを再度発射する準備を整えるその姿――クロノ・ハラオウン。
「……君だな、ここ最近リンカーコアを強奪して回ってるという輩は」
「管理局か…!」
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。闇の書の在りかと、主について話してもらうぞ」
「アイゼン!」
<Schwalbefliegen>
クロノの話を遮ってヴィータの右手が開かれた。指にはさまれた四つの鉄球。叩いた。
赤い彗星じみた弾丸を、クロノはひとつを弾いて残りをいなす。いなしながら、鉄球に誘導性を認めた。
後方に流れていく鉄球が自分の背中目がけて返ってくるイメージを浮かべながらS2Uを片手でヴィータへポイント。
ブレイズキャノン。七連射。
その間にもう片方の手にスフィアを生み出す。放った。
クロノを中心に螺旋を描くスティンガー・スナイプが燕のように方向を転換した鉄球三つに衝突を繰り返す。
破壊まで出来ないが軌道をそらすのはそれで充分だ。スティンガー・スナイプが消滅する頃には鉄球が海に落ちていった。
ブレイズキャノンを全て潜り抜け、いやらしいタイミングと位置に仕掛けられたバインドを逃げきったヴィータが舌打ち。
ジュエルシードからどんどん離されている。巧い戦い方だ。
「クソ……アイゼン、まずはあいつをぶっとばすぞ!」
<Raketenform>
グラーフアイゼンがカートリッジを噛む。閃きとともに形が変わった。ラケーテンフォルム。
爆発的な推力が噴射口から生まれた。一撃必殺だろうが、クロノの目には単調に見える。
足を止めて魔法陣をフルに展開してスティンガーブレイドを大量に生み出した。ヴィータの進行方向にそれを並べる。
まるで軍勢がヴィータに対して一斉に刃を向けているかのよう。スティンガーブレイド・ファランクスシフト。
クロノがS2Uを振り下ろす。まるで戦場における将校の采配。
密集陣形を組んだスティンガーブレイドがヴィータへ走った。重厚な切っ先の壁にロケットが突っ込み、
「甘ぇ!」
もう一発、カートリッジをロード。直角にヴィータの推進が方向を変えた。
本当にロケットか何かのように天空へ跳ね上がり、さらにカートリッジが弾けて急降下してくる。ターゲットはもちろんクロノ。
スティンガーブレイドが次々にヴィータを追うがかすりもしない。速い。
途中、二度バインドをかけられたが今のヴィータの驀進は止められず、強引に引きちぎられている。
逃げられない。
防御魔法陣の上から、隕石のような衝撃がクロノを襲う。S2Uでラケーテンハンマーを捌こうとするが、技術が通じぬ程の渾身の一撃。
クロノが吹き飛んだ。
そのままヴィータはラケーテンフォルムの推進を利用してジュエルシードをかっさらう軌道に乗る。
届く寸前、ジュエルシードがぐっと移動した。チェーンバインドが絡んでいる。つながる先はクロノの手元。
クロノが吹っ飛んだ分だけ、チェーンバインドに引っ掛かったジュエルシードも移動していく。
さらにカートリッジを重ねてラケーテンハンマーを手にしたヴィータが空を爆走。
途中、シュワルベフリーゲンを放ってチェーンバインドを断つ。明後日の方向へジュエルシードが飛んで行った。
クロノは海に突っ込んだ。何かしらのアクションを起こそうとしていたが結局無理だったようだ。
カートリッジを二発も使ったラケーテンハンマーである。無事であれば騎士として沽券に関わる。
「よし、これで………あッ!!?」
ジュエルシードが、掌に納まった。掴んだのは、ヴィータではない。
男だ。真っ白い仮面の男。
さらなる邪魔者の闖入にヴィータの頭に血が昇る。
「それを……渡せえええええ!!」
グラーフアイゼン・ラケーテンフォルムがひときわ大きな噴射を実現。まるでヴィータの感情を表現しているようだ。
仮面の戦士がカードを五枚、重ねて突き出す。五重の防御魔法陣。ラケーテンハンマーと衝突。拮抗は数秒。
「ぐッ?!」
弾かれたのはヴィータの方だ。仰け反る隙に、仮面の戦士がヴィータにバインドを仕掛ける。
「し、まった!?」
もがくがほどけるはずもない。必死で身をよじっている間、海からクロノが上がってくる。
外傷こそないが、ラケーテンハンマーにとんでもなく体力と魔力を削られていた。仮面と戦士とヴィータを交互に見やる。
かなり消耗してしまったが微塵も闘志は揺らいでいないクロノが警戒しながら仮面の男に尋ねた。
「何者だ…?」
「これは渡しておこう」
「な、何!?」
仮面の戦士は詰問を無視して手の中の蒼を放る。ジュエルシードだ。流石にクロノも面食らってしまった。
この仮面の男もジュエルシード狙いだとばかり思っていた。S2Uにジュエルシードを収納した頃合い、ヴィータがバインドを破りそうになり、
「まだ大人しくしていてもらうぞ」
「てめぇ!」
再びクロノがバインドを重ねて施す。まさに、その瞬間。
「なッ!?」
クロノがバインドに捕らわれた。仮面の戦士がしかけたバインドだ。
ジュエルシードを渡してくれたが正体は不明。だから油断していたつもりはないが、魔法を使用する瞬間を突かれた迂闊に情けなくなる。
「…いったい何が目的だ?」
「この野郎、何するつもりだ!」
縛られてなお冷静さを保ってクロノが仮面の戦士を睨みつける。
捕らわれながらカンカンに熱くなりながらヴィータが仮面の戦士にわめく。
「こういう事だ」
「ぐ…!!」
仮面の戦士がクロノを貫く。水色の煌めき。リンカーコアだ。すぐにクロノが動かなくなる。意識を失ってもS2Uは手放さない。
ヴィータのバインドがほどけた。クロノを抱きとめながら、仮面の戦士がリンカーコアを放る。それを受け取るヴィータの表情は険しい。
「これで手を引けって事か?」
「そう言う事だ。お前たちはリンカーコアを集めていればいい」
「ジュエルシードには手を出すなって言いてーのかよ」
「そうだ」
「素直にハイそーですかなんて言えねーな」
「…止めておけ。加えて言うならば、この世界にもう来るな。この世界は…明らかに歪んでいる」
「?」
「詳しい事はまだ分かっていない。しかし歴史が歪に重なってしまっている。じきに調査のために管理局が大量に投入されるだろう」
「そのジュエルシードさえ手に入れば関係ねー話だな」
グラーフアイゼンを構えなおすヴィータを、仮面の戦士が手で制す。
「止めておけ。他の局員も向かって来ている。捕まりたいわけではあるまい?」
「執務官抱えてるお前をぶっ飛ばして、そのデバイス引っ手繰るなんてすぐだろ」
「無理だな」
仮面の戦士がカードを一枚、虚空に溶かす。瞬く間に、クリスタルケージがヴィータを閉じ込めた。
速すぎる術の完成。カードがカートリッジのような働きをしているのは間違いないが、使い方がトリッキーで厄介だ。
とは言え、クリスタルケージは堅牢ではあるがグラーフアイゼンを阻むほどではない。すぐさま叩き壊す。
そして、その時にはすでに仮面の戦士の姿はなかった。
◆
ジュール隊旗艦、ボルテールではまだまだ騒ぎが収まっていなかった。なにせ隊長であるイザークが消えてしまったのだ。
混乱しないわけがない。かなり細部まであらゆる映像記録を手繰ったが、自室で煙のようにいなくなっている。
本当に、消えてしまったとしか言いようがなかった。すでに二日を跨いでいるが見つかっていない。
ボルテールの隅々までを探し、哨戒コースをモビルスーツで逆走しても無駄だった。
宇宙でイザークひとりを見つけるのは砂漠で豆粒ひとつ見つけるに等しいが、それでも何人かは懸命に捜索を続けた。これも人望だ。
隊長不在でもジュール隊は機能していた。しかし隊員たちの不安は広り続ける。
民俗学に通じ、ある種の信心があったイザークの事で「カミカクシだ」と艦内の噂はそれで持ちきりになってしまっているのだ。
「どこ行っちまったんだよ…」
そんなイザークの部屋で、ディアッカが頭をかきまぜた。
隊長の消滅に一番衝撃を受けたのはディアッカだ。付き合いが長い分、心配が裡に広がる。
正式な副官ではないが、似たようなポジションにいただけに今回の事件で最もしんどい役割を果たしていた。
とにかくプラントから与えられた任務はイザーク抜きでもこなさねばならない。
隊員の不安を除く、任務を全うする、イザークを探す。
これらの平行に、二年前の大戦からジュール隊だった者たちと一緒に身を削っているのだ。
本国への報告は、まだだ。ただでさえ一度軍事法廷にかけられているイザークである。
下手に報告をしてしまってから、発見できた時にイザークがどう攻撃されるか分からない。
そろそろディアッカが捜索に出る時間だ。イザークがいなくなった頃のボルテールの巡回コースから、かなり範囲を広げている。
映像では間違いなく自室にいると結論づけられるが、それでもボルテールにいならば宇宙しかない。
もうすでに生存を疑う声も隊員から出ている。それでもディアッカやシホたちは捜索を続けていた。諦められない。
こつりと、ディアッカが何かを蹴った。
蒼い宝石。
「…? これもあいつのお守りかな」
拾いあげて目線の高さまで持ち上げれば、不思議な輝きだとディアッカが魅入る。
魔力的な美しさだ。
それほどお守りのご利益などに期待しないディアッカだが、この蒼い宝石には何かを感じてしまう。
「……っと、もう行かなきゃな」
見惚れていたディアッカが我に帰るが、いつまでもその蒼い美しさが目に焼き付いて離れず戸惑う。
蒼い宝石をイザークのデスクへそっと置いて出ていく。そしてイザークの事を考えて気を引き締めればモビルスーツデッキへ。
この同時刻。ヴィータの捕縛に派遣された局員により、クロノがアースラに搬送されていた。
停泊中のアースラが捜索に赴くエリアのごく近しい位置にあるという事を、当然だがディアッカは知る由もなかった。