TPOK_09話

Last-modified: 2009-06-11 (木) 22:05:05

『反応、ありません』
「了解。もうこのくらいだな…戻るぞ」
『あの…』
「どうした?」
『隊長、生きてますよね?』
「……あぁ、次の奴らがすぐに見つけてくれるさ」

 

自分で言っていて、自分で虚しくなる通信を切ってディアッカが大きく息をつく。
後ろ髪引かれる思いでバスターを転身させながら、ボルテールに拾われる進路を取れば一緒に探索に出たゲイツが続く。

 

ジュール隊が哨戒で辿ったルートをさかのぼり、バイタル反応やら人が留まっていられる場所やらを細やかに探索。
もうすでに30時間以上は人員を交互に遣って同じ事をしているが、依然としてイザークは見つからない。
そもそも自室から出ていないのである。宇宙にいるはずがない。しかしボルテ-ルにもいない。
お手上げだ。しかしだからと言って諦めてぼんやりできるはずがなかった。
プラントにはボルテールの機関部の調子が悪いとか奇妙な機影があったとか下手な嘘をついて時間を稼いでいる。
それで巡回ルートをさかのぼりイザーク探しをする事が出来た。ボルテール全部を探索するだけの時間も出来た。

 

しかしイザークは見つからない。

 

焼け切れてしまいそうなほどに焦燥する脳の、冷静な部分が「見つけるのなんて不可能だ」とささやく。
いまだディアッカの機体はバスターだ。後衛にポジションを取る索敵機能でも宇宙にいる人間ひとりは発見できないらしい。
いや、そろそろ実践配備を迎えるザクという最新機でも無理なものは無理だ。第一にどこにいるかの当たりもきちんとついていない。
宇宙か、ボルテールの艦内か。
巡洋艦という文句のつけようのない密閉空間で、映像記録を見た限りイザークの部屋には誰も出入りしていない。
完全犯罪と言うやつだ。クルー全員の推理力を振り絞っても解けない難問。諦観が艦内に広まってもいた仕方あるまい。

 

「どこいったんだよ…イザーク」

 

バスターの望遠機能をフルに使い、帰艦の途中も進路の探索は続けている。モニターされるものはデブリばかりだ。
稀に大戦か何かの名残であろうモビルスーツや戦艦のジャンクも漂っている。それだけだ。
ジャンク屋も見向きしないような残骸ばかりで、もしもイザークが漂流していたとしてもそれに掴まって留まろうとはしないだろう。
それでも一縷の望みを託して生体反応や救難信号、微かな熱源を捉えないものかと、各種レーダーに目を凝らしていれば、

 

「あれ…?」

 

ふと、モニターにほのかな煌めき。残光は、蒼く感じる。
ほんとうに、ささやかな煌めきだ。思わずバスターを止めた。

 

『ディアッカさん、どうかしましたか?』

 

一緒に捜索をしていた僚機であるゲイツも止まる。

 

「あ、いや、なんでもない……ちょっと先に戻っててくれ」

 

期待を含んだ訝しげな空気が通信をはさんで漂う。このタイミングで止まれば、イザークの手がかりでも見つかったと思うのが普通だろう。
しかし違う。ちょっとだけ間が開くが、本当に何もないのだと察したのだろう、了解の一言が返ってくる。
徐々にゲイツが離れていくのを尻目に、ディアッカはモニターの一角をクローズアップし続けていく。蒼のちらつきが大きく見えてきた。
まるで鼓動のように、煌めきが繰り返されている。

 

「やっぱり……同じ物だ」

 

蒼い宝石が宇宙をさまよっていた。イザークの部屋で見た宝石と同じ物だ。
値打ち物に思えるが、流石にサイズがサイズだ。宝石なんかはこの宙域を荒すジャンク屋たちも素通りしていたのだろう。
ゆるくバスターを停止させれば、コックピットハッチを開いた。蒼い宝石を、迎え入れる。

 

「へぇ…こんな偶然、あるんだな。流行ってるのか、これ?」

 

明滅する蒼い宝石を両手の中に受け止めた。握った宝石は、ヘルメットごしでもその美しい輝きは失っていない。
……失っていない?
そう、ディアッカが手にした今でも、鼓動のような煌めきが止まない。
光の反射で光っていたとばかり思っていたのだが、違う。この宝石自体から発光があるのだ。

 

「捨てちまってもいいが、拾ったのも何かの縁…かもしれないな」

 

不思議な蒼い宝石を弄び、ディアッカは思い返す。イザークの部屋にあった、これと同じ宝石。
探索の直前に見かけた物と同じ品を拾うなんて、面白い偶然だ。縁と考えてしまうのも無理なからぬ事だろう。
引き合わせてくれよ、イザークと。
などとディアッカが苦笑しながらお願いしてみた。ひときわ、蒼い宝石の輝きが強くなる。
その妖しさに、ディアッカが嫌な予感を捕らえた。理由はない。ただ本能的に、嫌な感じがしただけだ。
ただ強めの発光があった。それだけなのに。

 

「ヤバ――」

 

ディアッカが宝石を放り出そうとしたのと、膨大な光が溢れたのはほとんど同時。
宇宙の暗闇に太陽よりもなお眩しい蒼穹の色が差し、視界が塞がれた。まぶたを閉じるディアッカに、何かが絡みつく感触。

 

「うわ!? う、嘘だろ…木!?」

 

宝石の内より木が育っていく。枝。葉。見紛う事無く、樹木だ。からみつき胴を締め上げるのは逞しい枝である。
みるみるうちに太い樹木がコックピットを這いまわり外へ出ていく。
ディアッカが巻き付く枝に締め上げられると同じように、バスターが樹木に侵食されるのはあっという間だった。

 

「なんだこれ…! バカな…宇宙だぞ、ここ!」

 

真空下であるなし以前に、ここまで過度な成長を見せる樹木など有り得ない。茂る若葉は青々しく健康だ。
真っ直ぐに育てばさぞや見ごたえある大樹となっただろうその威容はバスターを這いまわり、もはや取り込んでいるようにしか思えなかった。
必死でもがくディアッカだが、コックピットにみっちりと詰まった枝葉に身動きが取れなくなってしまっている。
宝石から生じたこの超常の樹木が、ざわざわとまだ成長しているのをパイロットスーツごしに感じながら冷や汗が流れ出てくる。

 

「な、なんだよこれ…! おい! クソッ! どうなってんだ!」

 

最初は指先がコンソールに触れるか触れないかという位置で身動きが取れなくなっていたが、徐々に押し込まれていっていた。
このままでは押しつぶされかねないのを察してディアッカが蒼白になっていく。ふと、樹木が蠢く感覚。
バスターが、動いている。
ひとりでに?
いや、操られているという風だ。直感的に、蒼い宝石のせいだとディアッカは悟った。
もうどこにあるのか把握できないほど枝葉に埋もれたコックピットを、目だけで見渡すが見失ってしまっている。
その最中、ディアッカが愕然となった。バスターの望遠機能で、もう随分と離れた僚機であるゲイツがモニタリングされている。
いや、違う。これはモニタリングなんかじゃない。ロックオンだ。
樹木に絡みつかれたバスターが、ライフルとガンランチャーを連結する気配。すなわち、超高インパルス長射程狙撃ライフル。

 

「む…ちゃな……!」

 

体を締めあげられ、かなりの圧迫に苦悶しながらディアッカが目を見張る。
もはやゲイツは、狙撃であれ届かないような距離だ。長距離射程を有するとはいえ、すでに二年前の機体なのだから出来ない事もある。
しかし、それでも、ディアッカにはなぜか嫌な予感がぬぐえない。
肌が粟立つのを感じながらゲイツに避難勧告を出そうとするが、コンソールに手が届かない。

 

青葉の揺れの向こう側で、火器それぞれに搭載されているジェネレーター部位に異常を見た。蒼い輝きが宿っているのだ。
怖気が一気に高まった。自分を押し付けてくる樹木の圧力に抗い、腕を、手を、指を伸ばす。連絡は諦めた。
バスターをプログラムで動かしてロックを外そう。いつもは頼もしい強靭な造りのパイロットスーツの厚みが今はもどかしい。
届け、と願いさえ込め、ついにコンソールに触れた。まだだ。触れただけ。キーを押し込めていない。
ライフルがたどたどしくさまよっている。明らかに、狙いをつけていた。ゲイツに。仲間に。

 

「と…ど…け…!」

 

コンソールに入力。銃口が定まった。バスターがトリガーを引く。バスターが緊急の回避プログラムを実行する。
まるで宇宙の黒を引き裂くような、蒼い一条の閃光が疾った。
こんなエネルギー、バスターが生み出せるはずがない。モニターにロックされていたゲイツに蒼い閃光が届く。
もうほとんど樹木に取り込まれたバスターである、回避行動も蠢いたような微妙なものだ。
それでも狙いが外れてゲイツは右腕が吹っ飛んだだけで済んだ。パイロットが慌てているのがディアッカには伝わってくる。

 

逃げろ、と声に出したつもりだったが、すでに呼吸できないほどに樹木に圧迫されてしまっていた。声も出ない。
だからゲイツから「奇襲です、ディアッカさん!」と入った通信に返事ができなかった。
今の狙撃に、ディアッカもやられたと即座に判断したのだろう。ゲイツがその場から全速力で離脱していく。
モニターの中で遠くへ逃げるゲイツを眺めながら脱出しようともがくディアッカだが、徐々に意識が薄れ始めてきた。
死ぬ。
はっきりとその絶望を自覚するが、すでにディアッカは指一本動かせない。
動くものは目ぐらいだ。その目でみるものさえ、明るくなったり暗くなったりしている。
呻きながら、誰かの名前を呟いた気がする。誰の名だったか。それすら分からないまま、ディアッカの意識が消えかかる。
その途中、艦を見たような気がする。
見た事もない艦だ。どこの所属だ、と考えようとしたところで気絶した。

 

 

「う…」
「…う」

 

クロノが目を覚ます。真っ白い天井。途切れた記憶を手繰れば、リンカーコアを奪われた場面。身を起こす。ベッドの上だ。
ディアッカが目を覚ます。真っ白い天井。途切れた記憶を手繰れば、樹木に締め上げられた場面。身を起こす。ベッドの上だ。
アースラの医務室だった。

 

重い四肢を懸命に持ち上げて額に手をやった。まだ視界がはっきりしない。頭を振った。視界の端に誰かが見えた。知らない誰か。
クロノが横を向く。ディアッカが横を向く。ふたりの目が合った。

 

「誰だ…?」
「…誰だ?」
「いや、そうだ、それより俺は……助かったのか!」

 

勝手知ったるクロノと違い、ディアッカの身が跳ね上がった。筋肉の代りに鉛でも仕込まれたかのように言う事を聞かない体でベッドを降りる。
医務室だというのはディアッカであれはっきりした。つまり、あの窮地を脱したというわけだ。安堵が裡に染み渡っていく。
過ぎ去ったと理解すれば、しみじみあれは夢だったのではないだろうかと疑いも滲み出る。
そもそも宇宙で樹木が発達するはずがない。そもそもあんなに高速で巨大に樹木が発育するはずがない。

 

イザーク捜索中、バスターの中で居眠りでもしてしまったのだろう。
そうして漂っているうちに、この艦に救助されたのならば説明はつく。乾いた笑いがディアッカから洩れた。
拾われたのならば、この艦がどこの所属かが湧いて当然である疑問だろう。黙りこんで考えていたのを止めてクロノのベッドの横に座った。

 

「よう、助けられたみたいだな」
「…そのようだ。ご覧の通り、僕も気絶していて君の事については何も分からないわけだが」
「ディアッカ・エルスマン。ジュール隊に所属してる緑だ」
「緑……?」

 

まさか。

 

「まさか…ザフト?」
「そうだ。それで、聞いておきたいんだが……この艦は、どこ所属だ?」
「馬鹿な!」

 

クロノが身を乗り出す。
管理外世界の住人をアースラに乗せた事になっている。ろくな催眠も拘束もしていない。
おそらく、いや、間違いなく何かしらの緊急事態だ。一枚、カードを取り出す。待機状態のS2Uだ。
問題の当人であるディアッカを今は無視して、ブリッジのキャプテンシートに通信をつなぐ。

 

「艦長、今どういう状況ですか?」
『おはようクロノ。あなたが運び込まれてすぐに、ロストロギアの反応がふたつ見つかったわ。うちひとつはすでに鎮圧。現在、もうひとつが暴走しているであろう現場に急行中です』
「あの蒼い宝石型のロストロギアですか?」
『ええ、ふたつともあなたが手に入れた物と同等のロストロギアよ。どちらも宇宙空間で、すでに現地の軍人と接触してしまっているようね』

 

クロノの隣で通信を耳にするディアッカが硬直した。蒼い宝石。暴走。薄れゆく景色の中に見た事のない艦を認めた記憶を思い返す。
通信でのやりとりは、完全に把握できない内容だ。しかし直感的に自分の事だと悟った。何か、信じたくない事が起こっているらしい。

 

『すでに封印した物の暴走に巻き込まれた軍人の子が、今あなたの隣で眠っているわ』
「起きています」
『えッ!?』
「おい! どういう事だ! ここはどこだ! あんたらは誰だ! 俺はどうなっている!」

 

おおよそ、クロノは掴み始めた。管理外世界の人間を助けるとしても、アースラに乗せるなどはほとんど有り得ない。
今回は宇宙空間であるから、助けるだけ助け、その後ディアッカを放置する事ができなかったのだろう。
救援信号を拾ってくれる者を待つにしても、酸素残量が底をつけば即アウトというのはシビアすぎた。
現場の判断としては徹底して魔法を秘匿するために人命を見捨てる選択もあったが、そこはリンディの匙だ。クロノが口をはさむ事でもない。

 

「僕はどうすれば?」
『ブリッジに上がって。ディアッカ君はそのまま医務室に』
「冗談じゃない。きちんと説明してもらうぞ」
「緊急事態だ。大人しくしてもらえないか?」
「あの宝石……あの蒼い宝石がヤバイって話なんだろ? 知ってるんだ、俺。見たんだよ! 俺の艦で!」
『! ………詳しい話を、後で聞かせてもらいます。今は、そこにいてもらえますか?』

 

ディアッカの脳裏に、自身に絡みつく樹木の禍々しい力強さがよみがえる。あれがもし夢でないと言うのならば。
背筋が凍える。目まいがしてしまいそうな怖気。
ボルテールが危ない。居ても立っても居られなくなる。もっと情報が欲しい。ここがどこでもいいし、こいつらが誰でもいい。
何よりもボルテールだ。旗艦がどうなったか。それだけがディアッカの思考で埋め尽くされてしまう。

 

「頼む、どうなってるのかだけでも教えてくれ! ボルテール……俺の旗艦がどうなってるかだけでも!」
『…今は時間がありません。何日と待たせるわけではないので、少しの間だけ待ってもらえますか?』

 

ディアッカとリンディのやりとりの横でクロノが苦い顔になる。
思念通話さえできていればこんなにややこしくならなかった。リンカーコアを奪われた現状は、いかんともしがたい。

 

「……わかったよ。でも、すぐに説明してもらうぞ」
『それは約束します。ごめんなさいね、今はこちらにも余裕がないの』

 

そして、それほど多量の押し問答を必要とせずディアッカが折れた。うなだれ、渋い表情だ。
クロノがベッドから降りた。立ち、歩くだけでも嫌に体が鈍い。だるい。
それでも職務のため、自分自身に喝を入れてしゃんとした足取りで医務室のドアに手をかけ振り返る。

 

「すぐに戻ってくる。その時――なッ!?」

 

ディアッカがスタートダッシュを切るのをクロノは見た。反応しようとはした。
だが著しく体力を失っている今のクロノでは、一心に必死さを込めるディアッカの気迫を退けられなかった。
待つつもりなんてさらさらない。クロノを突き飛ばしてディアッカがアースラの廊下に躍り出た。
薄暗い。しかも見た事もない構造だ。とはいえ、クロノとリンディの会話の中で確かにブリッジと言う言葉があったのだ。
ならば現在地がメディカルルームとしてそこを目指そう。経験と勘でいくらかブリッジの位置にあたりをつけて走り出した。

 

「待て!」

 

クロノも追ってくる。魔法さえ使えれば取り押さえるのも簡単だったろうが、どうしようもない。
体躯にまだ少年っぽさを残すクロノは、ディアッカに徐々に離されていく。しかもディアッカの進路はかなり正確にブリッジの方向だ。
クロノが焦る。
ディアッカも焦る。
知らない艦を走るのだ。一応、軍人である身の上と気絶する最後に見た艦の外見からブリッジがどこにあるかは見当がつく。
見当がついても、それに通じる扉がなかったり、階層がひとつ違っていればどうやっても辿り着く事もできない。
今この走っている廊下が本当に順路なのか?
絶えずそんな疑問がディアッカによぎり、後方から追ってくるクロノの気配にさらに気がはやる。

 

そして、ついにディアッカの行く先に行き止まりが見えた。違う。暗がりで分かりにくいが扉だ。
背後にはクロノの足音。
スパートをかけた。上手く勘が働いたのならば、あそこがブリッジ。おそらくは。
半面だけ振り返る。信じられない、という顔でクロノがディアッカを見てくる。それで確信した。あそこがブリッジだ。
肩からドアにぶつかってディアッカが止まった。荒い呼吸は止まらない。一寸だけ間を置いて、のんびりした速度でドアが開く。

 

広い空間。二階層になって大スクリーンに覆われたブリッジ。一番近い女がこちらを振り返る。
キャプテンシート。緑の髪、妙齢の美貌。驚く顔。クロノも辿り着く。
ディアッカは目を奪われた。大きな大きなスクリーンから目を離せない。へたり込む。
大スクリーンに分割されて写されているのは、多角度から撮影されたおそらくはリアルタイムであろう、ボルテールの様子。
樹木に貫かれ、食い散らかされ、侵食されている、ボルテールの様子だった。

 

「嘘…だろ」

 

生々しい映像だった。ボルテールを取り巻くゲイツ。デュエルも出てる。何をしているのか、ディアッカは一目で分かった。
分かりたくなかった。それでもコーディネイターの優れた視力は嫌でも見えてしまう。
樹木に蝕まれた各所の破損と、その破損から生身で宇宙に放り出されてしまったクルーが、見えてしまう。
スーツを着用してたまま宇宙空間に放り出された者はまだ幸運だ。異常を察して出てきたモビルスーツに救出されている。

 

ボルテールが揺れた。外装を破壊しながら健康で巨大な枝葉がのたうつ。
それと同時に、またクルーが宇宙に放り出された。生身が多い。顔も、はっきり分かる。
ボルテールの人間ならばむしろ知らない顔の方が少ない。ジュール隊に入ってから今日まで、一緒にいた者たちなのだ。
急激な環境の変化で悲惨な死に至る彼らをディアッカは直視できない。
直視できないが、しかし目もそらせない。歯が鳴った。震えているのを自覚する。涙も零れてきた。死んでる。何人も、死んでいる。

 

リンディが「見るな」とばかりにディアッカの視界を閉ざす。しかしもう、見てしまった後だ。
クロノもようやく何が起こっているのか理解して唸っている。

 

「クロノ、あれの封印を」

 

リンディが促す。
頷いてキャプテンシートのコンソールに手をかけるクロノだが、ディアッカにさりげなく視線を向けた。魂が抜けてしまったように動かない。
歯を噛み、浮かび上がるホログラムディスプレイに目を通して現在の状況を確認。

 

「クロノ君、魔力も充填完了してるよ」
「バレルを展開してくれ」
「了解。バレル展開」
「ファイアリングロックシステム、オープン」

 

アースラの前面に環状魔法陣が展開されていく。
いくらかの操作に応えて、ホログラムディスプレイの一面が真っ赤になった。後はクロノの号令ひとつで封印の砲撃を発射できる。
ポイントはボルテール。封印砲撃を辿り、もしかしたら誰かがアースラを補足するかもしれないがそれどころではあるまい。

 

「発射」

 

展開された環状魔法陣をくぐり、純白の魔砲が宇宙に閃いた。寸時をおかず、ボルテールを貫く。
それまで我が物顔でボルテールを貪っていた樹木が凍えたように停止する。
照射時間が三秒を超えたあたりで樹木が薄れていく。宇宙空間で砲撃に触れた者が、特に害がない事に不思議そうな顔をしていた。
それどころかボルテールを覆い尽くしていた樹木が消滅していくではないか。

 

そして、後に残った物は蒼い煌めき。まるで封印砲撃をさかのぼるかのようにアースラへと流れてくる。
流麗な蒼い煌めきがアースラまで辿りつけば、エイミィがそれを受け入れた。
キャプテンシートに転送されるジュエルシード。リンディが手に取り溜息をつく。

 

「三つ目…ね」
「艦長、僕が眠っていた時からの事を教えてください」
「ええ……少し話を詰めましょうか」

 

クロノとリンディが心配を含んだ表情でまだ立てずにいるディアッカを見やる。

 

 

「落ち着いた…かしら?」

 

あぐらをかいてうつむくディアッカに茶が差し出される。アースラに備えられたリンディ趣味の和室での事だ。
湯呑に緑茶。靴を脱いでくつろぐ部屋の造りは実に再現度が高い。舞踊の稽古に通っていた先生宅も同じような感じだったのを思い出す。
だから、リンディが茶にこれでもかと言うほど砂糖をぶちこんでミルクを注ぐ姿に眉をひそめた。ひそめただけだ。
突っ込みを入れるだけの気力がディアッカに存在しない。

 

「…あれ、なんだよ」

 

ディアッカに絞り出せたのは、それだけだ。呟くようなささやかな声量。

 

「ロストロギアと言う危険物よ。どう危険なのかは、ディアッカ君自身も体験したと思うわ」
「ロスト…ロギア?」
「僕らの世界の古代遺産だ」
「僕らの…世界…?」
「ディアッカ君、パラレルワールドや別世界を信じるかしら?」
「……いいや」
「私たちは、そんな違う世界の住人よ」

 

間が開く。ディアッカは沈んだままだ。

 

「信じられるかよ」
「仕方無いわ。でもね、実際にあの蒼い宝石で被害が現実に起こっている事をまずは認識して欲しいの」
「…………あれは、」

 

うつむくディアッカの面が上がる。怒気が溢れた。

 

「あんたらにも責任があるって事か?」
「…そうね。早期の発見が出来れば、あの艦の犠牲ももっと少なくなったかもしれないわ」

 

ディアッカが湯呑を蹴散らしてリンディに掴みかかった。
同席するクロノが間に入ってこじれる。ディアッカは腕を取られ、クロノは胸倉をひねりあげて…そこでディアッカが止まった。
クロノに突っかかって、どうする?
何をしても意味がない。自然と離れた。またディアッカがへたり込む。クロノも身を正して座った。

 

「君たちの世界、僕たちの世界、他にも星の数ほどの次元世界がある。この艦はそんないくつもの世界で、ロストロギアが暴れるのを防ぐ仕事もしている」
「時空管理局。文化保護や犯罪者の逮捕といった、次元世界の平和と秩序を守る組織です」
「……あれは、本当に起こった事か?」

 

信じられるかよ。
そう発言したディアッカだが、心の奥底では信じられる。
バスターのコックピットで枝に締め上げられたの感触は今でもしっかり思い出せる。死に瀕した絶望はまだ脳裏に焼き付いている。
宇宙に生身で放り出されたボルテールクルーは、嘘では有り得ない臨場感で死んでいった。
だから、クロノやリンディが全滅を防いでくれたのも理解できる。それでも、スクリーンの映像を振り返って、ディアッカの瞳に涙が溢れた。

 

「…本当の事です」
「なんであんな物が…?」
「原因は不明です。その解明も含めて、我々はあのロストロギアの回収をしなければなりません」
「だが、時空管理局の管轄から外れるこの世界について、僕たちもそれほど詳しく理解しているわけではないんだ」
「……だから現地人の俺から情報が欲しいってわけか」
「その通りです……ですが、今は休んでください。つらかったでしょう」
「……聞いてくれ」
「…え?」
「なんでも聞いてくれ。休んでる間に、またあんな事が起こるかもしれないんだろう?」

 

静かな言葉。しかしディアッカの双眸にはまだ怒気がみなぎっている。
熱い感情が胸に燃えていながら、ディアッカは驚くほど冷静だった。クロノもリンディも舌を巻く。
突如として遭遇した魔法技術の危険に、憔悴しきっているかと思えば向き合っているのだ。
いくつも修羅場をくぐっている事を感じさせる凄味がある。

 

「……言う通りですね。ただひとつ断っておかなければならない事があります」
「?」
「理不尽に思われるかもしれませんが……一日以上、この艦に拘束させてもらう事になります」
「……俺を、どうする気だ?」
「話を聞くだけですよ。ただ、話を聞かせてもらった後どうするか、という事も話をしなければなりません。不自然ではない形でディアッカ君を帰す工作を行う必要もあって、どうしても時間がかかってしまうんです」
「工作ができるって事は……外も人員がいって事かよ?」
「エージェントとして、プラントや地球に数名が散っています」
「……そりゃ、ザフトや連合にって事か?」
「所属こそしていませんが、いくらかの情報をやりとりできる位置に少数が配置されています」

 

ディアッカが黙り込む。考え込む様子に、しばらくだけリンディとクロノが見守っていたがそれもすぐに終わった。

 

「話をする、条件がある」
「…取引、と言う事かしら?」
「そうだ」
「聞くだけは聞きましょう。報酬としてこちらが用意できるものなら」
「死んだ奴らの、名前……調べてくれ」
「…分かりました。すぐに調べさせましょう」
「ありがとう…」
「いえ、こちらこそ協力を感謝します」
「……助けてくれて、ありがとう」
「あ…」
「それに、ボルテールのみんなも全滅は免れた」

 

またディアッカから涙が零れた。