TPOK_14話

Last-modified: 2009-07-04 (土) 17:52:14

あぁ、これは夢だ。
そう思考するプレシアの目の前には、現実ではない証明のようにプレシアがいるのだから。
いわゆる、神の視点と言えばいいだろうか。見ている映像が過去の自分を客観視したものだとプレシアは浮遊した感覚の中で理解する。

 

プレシアの家は裕福なものではなくとも、間違いのない幸せがあった。
管理局員として戦う父と、魔法技師の母より祝福と愛情を受けた彼女はふたりの背を追って修行を続ける。
そんな彼女のパートナーとして、母よりのいくつかの誕生日の贈り物が杖だった。
伴侶が去り、アリシアが眠り、リニスが消えた今なお、その手にあるストレージデバイスである。

 

プレシアの才能は天賦だった。十五歳に至るまでにランクはSに相当、そしてなお伸び白が溢れるほどある。
驚くべき成長は急激過ぎた。誕生日の贈り物として与えられた杖では役者が不足してしまう事が多々起こる。
それでも強くなり続けながら、プレシアはデバイスを変える気などさらさらなかった。
母の指導のもとでカスタマイズとチューンナップを繰り返し、プレシアと共に杖も成長していく。

 

杖と共に歩いて行くのはプレシアが正しい道を教えられたから。
父と母からプレシアが教わるのは決して魔法の技だけではなかった。心とでも言えばいいか。心と技、ふたつを合わせて彼女は強くなっていく。
技を支える心、心を現す技。
しっかりと、両親の力と想いを受けとって、プレシアは強くなっていく。

 

そしてプレシアが成熟する手前、両親の悲報が届く。
魔法技術が開拓途中の難しい次元世界の問題で起こった紛争に命を落とした。プレシアは杖とふたりきり。
それでも涙も悲しみも超えて二十歳を超える頃になれば、プレシアは偉大な技と心を身につけていた。
杖とふたり、生き抜いたのだった。

 

そしてひとりの男と出会い、アリシアが生まれた。
結局、離婚という結果になるが、アリシアへとありったけの愛情を注ぐ事になる。
アリシアには魔法の才能がなかった。だから両親から受け継いだ心だけを伝えて育てていく。アリシアに技なんて必要ない。

 

しかし幸せは長く続かない。
次元航行エネルギー駆動炉の暴走。
アリシアの死。
プレシアの異動。
砕けそうなプレシアの心の慟哭は現在に至るまで止んでいない。杖だけがそれを聞いていた。

 

そしてすがるようにプレシアが取り組むのは人造生命の研究。彼女の心にも技にも、狂気が滲んでいく。
そして出会うプロジェクト「F.A.T.E」。

 

成功か?
失敗か?

 

自問のような言葉が浮かぶ中、「失敗だった」と即答するよりも早く夢が醒める。
薄灯りの中、玉座に体を預けるプレシアは億劫に瞼を開いた。まどろむ気分はない。時の庭園に誰かが入ってきた気配で起きたからだ。
そして、ここに来る者なんて限られすぎている。

 

乾いた唇から溜息が零れた。
感傷的な夢を見たものだ、と自嘲に似た思いがふつふつと湧き上がってくる。
死が如実に迫っているのがプレシア自身で良く分かっている事だった。
だから懐かしい記憶を見たのだろうか。ならば、アリシアと共にいた記憶だけで良いのに。
それだけで、良い。それだけが、良い。

 

アリシアは眠っているだけだ。
いつかきっと、目覚めて笑いかけてくる。

 

―――これはもう駄目だね

 

覚醒したての脳に、誰かの嫌な薄笑いが閃く。思い出す。いつだったか、最悪の天才に助力を請うた時の返事。

 

―――時間が経ち過ぎている

 

「黙れ」

 

―――魔力的な素質も残念だったようだ、死後間もなかったとしてもレリックと上手く適合してくれなかったろう

 

「黙れ」

 

今ここにいない幻の黄金の双眸をプレシアが睨みつける。記憶の声。かつて聞いた言葉。知っている台詞。
死んでいない。眠っているだけだ。
そう主張したが、低い笑い声しか返ってこなかったのも覚えている。

 

―――貴女は蘇生できるだろう、プロジェクト完成が間に合わずに死期が見えたらまた来ると良い、歓迎するよ

 

「黙れ!」

 

しんと、静まり返った玉座の間にプレシアの怒号が響く。しかし黙らせたい相手ははるか過去の、違う場所だ。叫ぶ意味もない。それでも黙れと怒りを表す。
そして感情の昂りに咳こんだ。抑える掌に赤が滲む。握り締めて口元を拭った所で……入口の大きな扉が開いた。
入ってきたのは、失敗作だ。

 

昂っていた感情が急速に冷えていく。
見つめてくる真っ直ぐな赤い瞳を凍えた想いで見返した。はにかむように微笑む姿の全てが気に入らない。
氷の壁をはさんで対峙するような感覚にプレシアは陥る。心を鎧っているからだ。心を開かず、気を許さず。
偽物相手に、憎悪と怨念と妄執が渦巻くどす黒い鬼気がプレシアに満ちていく。そしてそれを表に出さぬよう能面じみた顔になる。

 

「ただいま、母さん」

 

喋るな、と命令したくなる。いや、それどころか動くな、こちらを見るな、消えろ、消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。
ここからいなくなれ。
喚き散らしたくなる全ての衝動を押し殺して開いたままの扉を眺めた。向こう側に、ふたりいる。アルフとシン。

 

「封印してきたジュエルシードです。四っつ…」

 

フェイトが近づく。その片手を差し出し、手套にはめ込まれたバルディッシュがから静かに四つの蒼い輝き。
中空で円を描いて浮遊するジュエルシードがその姿を現した。
プレシアが喉を鳴らす。
すぐそばにあって一層強く感じられるのだ。この宝石の尋常ではない力を。

 

杖を一つ振った。フェイトの周囲を巡っていたジュエルシードが、その所作ひとつで吸い寄せられるようにプレシアに集う。
とけるように、杖へと収まっていった。
手に入れた。特級のロストロギア。人が手に入れていい類ではないエネルギーを秘めた力を手に入れたのだ。

 

しかし、胸震えて然るべきこの場面で、プレシアに訪れたのは虚しさだった。
手に入れた。アリシアを目覚めさせるための鍵。手に入れたのに、興奮も高揚も何もない。
それに驚きもしない自分がいて、プレシアにさらに空虚さが募っていく。まるで冷めているような、醒めているような。なのに夢幻の中にいる心地。

 

「それと、これケーキです」

 

玉座のとなりに備えられた小さなテーブルにフェイトが包みを置いた。お土産である。
褒めてもらいたい気持ちと、喜んでもらいた気持ち。一切が純粋でできた真心を向けられて、プレシアの苛立つ。
空虚さを苛立ちが上書きしていく。
そうだ、ジュエルシードを手に入れたのに、アリシアの覚醒に近づいたのに、胸に去来するのは虚しさと言うのは間違っている。
足りないからだ。まだフェイトが仕事を完遂したわけではないからだ。だから苛立っているのだ。感じるべきは空虚さではない、苛立ちだ。

 

「足りないわ…」
「…え」
「足りないのよ、フェイト。たったの四っつとは……これは、あまりに酷い結果だわ」

 

冷然とプレシアに見下され、フェイトの表情がみるみる曇っていく。悲しい気持ちと、残念な気持ちがない交ぜになった顔。
短期にジュエルシード四つの回収。しかも、優秀なフェイト本人がほとんど出ておらず使い魔と素人の仕事としては上々だろう。
アルフが遺漏なくすべき事をしているからだが、それも使役者であるフェイトが高いレベルだからこそだ。
確かに諸々の支障が出ているが、フェイト本人が動けても、この期間であればこのくらいの成果だったろう。
つまり、できるだけの事はやっている。

 

「待っておくれよ!」

 

だからアルフが入ってくる。およそいつもであれば、プレシアを薄気味悪がって接しようとしないが今回ばかりは話が違う。

 

「フェイトはリンカーコアが弱ってるんだ! 魔法が使えないんだ! それでもこれだけ集めたんだよ!」
「あんた…フェイトが大変な事になってる時、何してたんだよ?」

 

シンも続いてくれたから、後を押されるようにアルフが強気で歩み寄ってきた。そしてふと怪訝な顔になる。形の良い鼻がひくつく。
血の匂い。しかも、プレシアからだ。

 

「それでも、集まっているでしょう。問題があるとすれば、回収の速度ね」
「ふざけるな! フェイトはこんな状態なんだぞ! なんでまだ無茶させようとするんだ!」

 

注意深くプレシアの様子を見つめるために立ち止まってしまったアルフを追い越してシンは怒号を響かせた。
青筋浮かべてまくしたてるシンを、しかしプレシアは無視する。それによって、よりシンは怒りを沸かせていく。

 

最初、シンは帰りたくて帰りたくて帰りたい一心だった。いや、それは今も変わらない。変わってはいけない。
一貫して帰りたいと言う思いは間違いなくシンの中で第一だ。
だからこそ、ジュエルシードが集まれば帰れるという前提によりフェイトの手伝いをした部分もある。

 

帰って、混迷する世界に正しい道を示す助力にならなければならない。
それこそがシンの確固である。
だが、しかし、今、目の前にある冷えた親子の関係にシンはどうしても首を突っ込みたい。
さっさとジュエルシードとやらを回収して、とっとと帰ってしまい、後はテスタロッサという一家を忘れ去る。
そんな感性では在り得たくなかった。

 

世界を救うための一翼を担う。
なんと輝かしい役目か。
なんと誇らしい役割か。
帰るべき場所で、シンにはそれほどに大きなすべき事が待っている。
男として、家族を喪った者として、心から全てを懸けて取り組もうと思う。

 

しかしそれと同時に、フェイトとプレシアのたったふたりの仲をこのままにしておいて何が世界か、と思う気持ちもあった。
無論、これは家庭の問題だ。シンの成すべき事は戦争にこそある。まるで畑の違う問題だろう。
それでも、それでも、それでも、すでにもうシンにはいない誰かを、まだこうして触れあう距離に認めるフェイトとプレシアを放っておきたくない。
世界を正すという事は、人々の営みに不条理を介入させない事。どうか、このふたりの営みを正常にしたいと思う。

 

「ヴォルケンリッターって言う危険な連中もジュエルシードを探してるんだ! もういいだろう! 大切な物だろうがなんだろうが、命に関わるんなら手を引くべきだ!」
「あれだけ待たせておいて、これだけとは…」

 

かけられる全ての言葉を黙殺して、プレシアは酷薄で物憂げな眼差しをフェイトにしか向けない。
赫怒がシンに漲っていく。

 

「ねぇ、フェイト、大魔導師と呼ばれた私の娘がこんな成果では……母さんはあなたを笑顔で迎えられないわ」

 

プレシアは自嘲じみた嗤いが漏れそうになる。娘。母。言いながら、これほど白々しい台詞もないだろう。
全ての事実をぶちまけて、フェイトを放り捨てたくなる。
そんなプレシアの内情を読めるはずもないフェイトだから、心から反省をしながらうなだれた。

 

「はい……母さん」
「まだ…やらせるつもりかよ」
「そんな状態でも、動かせる使い魔がいるのだから……できるわね、フェイト?」
「はい…」
「ふざけるな! 無理だ! なんでだ、娘相手になんでそんなに冷たくできるんだ!」

 

人形じみて従順に頷くフェイトの横、地団駄踏んでシンが吼える。
プレシアが、シンを見た。昏い眼だった。プレシアの紫紺の双眸に宿る感情の深さにシンはおののく。
怒っているような、悲しんでいるような、憎んでいるような、淋しんでいるような。
一度、プレシアが咳をする。
血臭を捉えてからずっと黙りこくってプレシアを見つめていたアルフの鼻がまた動く。

 

たじろぐシンだが、真っ向から視線を返してプレシアの奇妙な迫力に押し負けないようにする。

 

「母親なんだろう! 娘が弱ってるのに、危険な場所に出すなんてどうかしてる! あんたは何してるんだよ! あんたがまず出るべきじゃないのかよ!」

 

また、プレシアが咳をした。
シンの言葉に感情が昂る。苛立つ。神経が逆撫でられる。
娘。
自分の口からは空虚な響きで出て行くのに、シンの口から吐き出されるこの言葉にプレシアは酷い不快感を得てしまう。
娘。母。本当はそんな関係ではないと知った上で、あざむくために発声しただけのただの音だ。
だから自分で言う分には、プレシアの心を空虚に通り過ぎるだけ。
しかしシンが叫ぶ娘という響きは、母という響きはプレシアの心にかき混ぜて仕方がない。
きっとそれは、心がこもった言葉であるから。

 

違う、と怒鳴りつけたい。
こんな失敗作は娘じゃない、と。
怒気じみて感情が熱される中、プレシアは必死で冷静を保って、平静を装おうとする。
そんな心の揺らぎに咳がこみ上げてくる。

 

「母さん?」

 

様子がおかしい、とまず動いたのはフェイトだった。駆け寄って支えようとした手を振りほどかれた。
またプレシアが咳をする。その姿に頭に血が昇っていたシンも訝しげながら少し黙った。
ひときわ長い咳。終わる。

 

「母さん? 大丈夫、母さん?」

 

心配げに見上げてくるフェイトを鬱陶しげに手で払う仕草。それにまたシンが眉間にシワを寄せる。
眉間にシワ寄せながら、明らかにプレシアが弱々しくなっているのが分かった。
アルフが駆け寄った。

 

「手、見せてくおくれよ?」
「触るな…」

 

プレシアが口元を押さえていた手をつかもうとして、アルフが突っぱねられた。やはり、迫力が薄くなっている。

 

「血の匂いがする。どこか悪くなってるんじゃ…?」
「か、母さん?」
「寄るな!」

 

気遣うふたりをプレシアが一喝。

 

「なんでもないわ……こんな程度。それよりもフェイト、早く母さんのためにジュエルシードを集めてきてちょうだい…?」
「本当に…本当に大丈夫なんですか?」
「いいから、今はジュエルシードよ。分ってくれるわね、フェイト…?」
「でも、血が…」
「いいと言っているのが、分らないのかしら?」

 

咳こんだだけに見えるが、消耗している。
野性のアルフは匂いでプレシアの状態が変わったのを感じ、シンは兵士として衰弱の様子を見極める。
大丈夫とは、あまり思えない。

 

「クソッ…そういう事かよ」

 

フェイトにジュエルシードを任せる理由。
プレシアの病状がどの程度かは知らない。しかし、動きまわってよさそうにも見えなかった。
理不尽に楽をしてフェイトを酷使しているだけとばかり思っていたが、事情はもっと深そうだ。

 

「あんたが……いや、あー…あなたがそんな体が悪かったなんて知らなかったから、その…まずあなたが出ろと言ったのは…それは謝ります」
「……触らないでちょうだい」

 

プレシアを支えようとして、シンも振り払われた。それでもなお手を貸そうとする。
鬱陶しそうに振り払おうとするプレシアだが、また途中で咳こんだ。

 

「でも、だからと言ってフェイトに危険な事を任せきるのは間違ってる。それは、変わりません」

 

アルフの治癒の魔法がプレシアに灯る。しかし咳は止まらない。

 

「そんなにジュエルシードが必要なんですか…?」

 

必要よ。口元を押さえるプレシアが目だけで語る。
さっきよりも咳の回数が段違いに多くなっていた。

 

「しかしジュエルシードと、娘の命なら、比べるまでもないと思います」

 

比べるまでもなく、ジュエルシードだ。
ジュエルシードの方が大切だから、あんなにぞんざいな扱いをしている。冷たく接する。乱暴に接する。危険な場所に送りこめる。
優秀な魔導師ならばジュエルシードの危険性をしっかり把握して、プレシアの異常を察することができる。
そしてフェイトは優秀な魔導師だ。
なのになぜジュエルシードを素直に集めようとするのだろう?
管理局に連絡するのが最初にすべき事ではないか?
あぁ、管理局の連絡は自分が禁じたのだ、とプレシアは思った。咳は、まだ続く。
あれだけ冷たく扱われて、おかしいとなぜ思わない?
逃げられるだけの技は、すでに持っている。自分ひとりで生き延びられるだけの技を、フェイトはすでに持っている。
ならなぜこんな所で自分の命令を聞くのだ。親でも娘でも、何でもないのに。
魔導師の技量が卓越していれば、たったひとりで生き延びる事ができるのに。それはプレシア自身がそうだったからよく分かる。
親がいなくても、実力があればなんとかなるのだ。
咳がより酷くなってきた。
リンカーコアを奪われた時もそうだ。あんな非常事態ならば、諦めなければ命に関わる。
なぜジュエルシード集めを続行できる。助けをどうして求めない?
求める相手は自分ではないだろう。管理局がある。
あぁ、私が禁じたのだった、とプレシアがまた思った。意識がおかしい。視界がぐらつく。
息苦しさが、増してきた。フェイトが顔を蒼くしているのが見えた。必死で呼びかてくるが、何を言っているかは聞こえない。
それどころか何も聞こえない。三人が三人とも、何か言っている。自分が咳こんでいる事さえ、良く分からなくなってきた。
何と言っているのか?
耳を傾けても、何も聞こえない。

 

『プレシア』

 

聞こえた。知らない声だ。
違う。知っている声だ。しかし、ここにはいないはずの声。

 

呆けたように一拍遅れて、プレシアが愕然と驚いた。

 

「リ、ニ…ス?」

 

フェイトとアルフも驚いているのが分かった。アルフのものよりも強力な治癒の魔法がプレシアの降り注ぐ。
あたたかな光。ぬくもり。発生源は、バルディッシュだ。

 

フェイトの手套にはめ込まれた待機状態のバルディッシュが煌めいた。
デバイスフォームとなったバルディッシュがひとりでに宙を舞う。
いや、まるで透明な誰かがバルディッシュを操っているようだった。
ぴたりと、見えない誰かがその矛先がプレシアに向ける。さらに強く濃い治癒の光がプレシアを包み込んだ。

 

「……そこにいるのね、リニス」

 

あくまでバルディッシュはひとりでに動いている。不可視の何者かが操っているわけではない。
だが、まるで誰かがバルディッシュを操っているように見え、その誰かというのはリニスにしか感じられなかった。
とは言えプレシアが感じているのは、バルディッシュの中。
バルディッシュに備えられた機能。プログラムだ。
多分、プレシアのバイタルに反応して治癒の魔法が発動するように設定していたのであろうプログラム。
おせっかいなあの使い魔が考えそうなことだった。もっと調べればバルディッシュの中にいろいろ詰め込まれているかもしれない。

 

「リニス……リニスだって?」
「か、母さん、リニスがこれをやったの?」

 

シンひとり置いてけぼりだが、フェイトもアルフも嬉しさと驚きが一緒くたになっている。
かなり楽になったプレシアには、またあの人を圧倒する氷の迫力が戻っていた。フェイトとアルフに返事せず、少し黙りこむ。

 

「…母さん?」
「しばらく眠るわ…」
「…大丈夫なのかい、あんなに苦しそうだったのに」
「……フェイト、次は必ず母さんを喜ばせてちょうだい?」

 

流石にアルフもプレシアの体を気遣うが、当人はまるで意に介さない。フェイトを焚きつけるように言ってから逃げるように奥へ帰ろうとして、

 

「待ってくださいよ」

 

シンがその腕を掴んだ。

 

「フェイトは弱ってるんです。なのになんでそんな風に、発破をかけるような事を言うんです。俺は納得していませんよ、まだ」
「……私の夢のため、ジュエルシードは必要なのよ」
「そんな容態で、夢も何も…!」
「必要なのよ。どうしても…この体も、治るわ、ジュエルシードで」
「……ジュエルシードひとつでは、治らないものなんですか?」
「ええ、治らないわ」
「嘘だ。あんな巨大な魔力なんだ…ジュエルシードひとつで足りないってのかい?」
「……ジュエルシードの暴走のし易さは、知っているわね?」

 

鬱陶しげに、プレシアがアルフを睨みつける。言葉を交わすのも嫌と表情に出しているが説明してやる。
誤魔化すために。
自分にジュエルシードを使う気なんてさらさらない。だから煙に巻くめに、説明してやる。

 

「…知ってるよ。実際何度も見てる」
「ひとつだからよ。複数のジュエルシードを連動して使えば、安定させられる。その時始めて、私の病も抑えられるわ」

 

それだけ言って、プレシアがシンの手を振りほどいて消えていく。
釈然としない空気は残った。だが詳細を知らない三人は、そうなのか、と思う他ない。

 

プレシアの言葉は詭弁だが、ある程度の事実はある。ジュエルシードひとつで不安定というのは、本当だ。
だがおおよその事態であれば、ひとつのジュエルシードであれ体内における願望は叶えてくれる。オルガたちのように。
しかしプレシアの場合、ジュエルシードでも死期を少し伸ばす程度しかできなかった。
病魔との付き合いが、長過ぎた。すでにプレシアは、死が確定してしまっている肉体。
はやてのように、もともと健康な体が闇の書によって阻害されている事情とはまた違っているのだ。だから、プレシアにとって、ジュエルシードを自分に使うのは馬鹿らしいほど効果が薄い。それならば、アリシアのためにそのひとつであれ取っておこうとする。

 

さて、ジュエルシードを複数を連動して使って安定させる事も、本当である。問題は安定して何ができるか、だ。
複数のジュエルシードを連動すれば、安定して暴走させる事ができる。
矛盾しているように聞こえるが、複数のジュエルシードの解放で、勝手に次元振をまき散らすのではなく術者の任意の時間と位置に次元振を起こす事ができる。つまり、安定して暴走させられる。

 

それをフェイトたちは知る由もない。

 

シンが、大きく息をつく。

 

「……俺が、集めてやる」

 

そして小さいが強い声調の呟きが漏れた。