TPOK_15話

Last-modified: 2009-07-19 (日) 17:14:11

窓の外ではっきりと緑が多くなっていく。流れる景色を、ぼんやりと眺めながらイザークはアリサの膝の上で揺れていた。
車の中だった。
連休なのを良い事に、高町家、月村家、アリサの合同ワクワク温泉ちゃぷちゃぷ骨休め計画、その道すがら。
イザークを撫でるアリサは、なのは、すずかと楽しくおしゃべり。
きれいな空気や水のマイナスイオンがどうとか、隠れ家的温泉旅館がどうとか、浴衣姿で小悪魔的な自分らしさを演出がどうとか、あんみつやおまんじゅうといった和スイーツがどうとか……という話は御座いません。ごくごく小学生らしい他愛ないおしゃべりである。

 

姦しい談笑を耳にしながら、イザークはふと景色から後部席に座る最後のひとりに目を向ける。
オルガ・サブナック。士郎の運転する車に乗りこんだ月村家の居候は、無感情に外を眺めていた。
今回の旅行で出された車は二台。
高町家の車と月村家の車だ。ドライバーは士郎と忍。
恭也のいる車にオルガを乗せない方向で、というのがおおよその意見故、三人娘乗り込む士郎車にオルガが配置された次第である。

 

つまりは士郎+桃子+なのは+アリサ+すずか+オルガ+イザーク=にっこり。
忍+恭也+美由希+ノエル+ファリン+ユーノ=にっこり。

 

さて、この分配に至るまでにひとつ苛烈なにらみ合いがあった。アリサと美由希、譲れぬ想いのぶつかり合いはユーノである。
出発直前にアリサと美由希で熾烈なユーノの取り合いが展開されたのはなのはたちの目に新しい。
上品で気難しいイザークよりも、感情豊かなユーノの方が触ってて楽しいのだ。

 

最終的にユーノは忍車に納まるが、念話でなのはとちょこちょこお話しているのをイザークは傍受している。ジュエルシード集めに精を出すなのはに、この旅行ではゆっくりするんだよ、という旨なのだが途中でファリンに抱きしめられたりしてぷっつんぷっつん念話が途切れたりしてるんだからたまらないね。ユーノ、俺と代われ。

 

すでに、なのはが回収したジュエルシードは四つに至っている。
フェイトとの遭遇以来、これといった障害は特になかった。というのも、フェイトがヴォルケンリッターと出くわさぬように慎重なジュエルシード回収を心がけているので、なのはとのバッティングもまた起こりにくくなっているのだ。
ヴォルケンリッターを知らぬ故、一般人の被害を少なくするために割と表だっているなのは。
ヴォルケンリッターを知っている故、徹底して自分たちの匂いが出ないように行動するフェイト。
イザークとしてはフェイトを衝突したくない相手と思うが、ユーノはジュエルシードの行方に心労を募らせ、なのははフェイトが自分と衝突する理由をきちんと知りたいと願っている。

 

なんとも奇妙なすれ違いであった。

 

「…なに見てんだよ」

 

じろりと、オルガがイザークにメンチを切る。すでにオルガはイザークの経緯を話している。
つまりフェレットの正体がザフトレッドであると知っているのだ。だからオルガがイザークに語りかける調子は人に対するものと相違なくなってしまっていた。そのせいでアリサなんかは「オルガは言葉の通じぬ動物であれ、言葉をきちんとかけてやりながら接する男」だと悪くない評価を下しちゃってる。

 

これもまた、すれ違いであった。

 

「なでますか?」

 

だから、アリサは親切心でイザークを抱きあげてオルガに差し出す。
面と面向き合って、オルガもイザークもげんなりしてしまった。何が悲しくて大の男がなでたり、なでられたりとせにゃならんのだ。
プリティーキュートでばっちりファンシーなフェレットも、真実という残酷なフィルターを通せばジュール隊隊長なのである。

 

「いや…いい。俺の代わりに摩擦熱で体毛全部燃えるぐらい、そいつなでまわしとけ」
「そんなになでませんよ」

 

イザークの顎のあたりをふにふにしながらアリサは不満気。そして同じく、ふにふにされるイザークも不満気だ。何が悲しくて小学生にアゴのあたりをふにふにされにゃならんのだ。
横で見ているなのはも、これには苦笑しか出なかった。

 

『…………おかしいか?』
『あ、いえ、その…にゃはは』

 

イザークのえらく寒々しい念話になのはは笑って誤魔化す他ない。

 

レイジングハートの主として、設定されているのはなのはだ。しかし、日常的に所持しているのはイザークだった。
ユーノは言わずもがな、なのはもその才能によりもはや思念のみの会話を習得し、飛翔魔法まで物にしつつある。
それに比べてイザークは魔法という未知の技術を掴みかねていた。
だから念話といった魔法の補助をするため、待機状態のレイジングハートを首にかけている。これのおかげで変身魔法もなんとか自分で操作できるようになった。
ユーノ曰く、「萌芽すればとてもすごい魔力を発揮できる」との鑑定はされているのだが、なのはのような上達が極稀すぎるのだ。

 

かくして、微笑みと苦笑いが螺旋を描いている間に、車は旅館へとたどり着く。

 

「わぁ、すっごく綺麗!」
「あ、あっちにおっきな池!」

 

下車一番、なのは、すずか、アリサの三人で池のほとりへはしゃいで駆けて行く。アリサに抱えられたイザークの必然的に伴われるのだが

 

「!?」

 

吸気ひとつで目まいを覚えた。
濃く、強い緑の匂い。水の匂い。冷たい季節、澄んだ山の気配がイザークになだれこむ。
知らない匂い、知らない大気。清浄に整えられ、見上げてもいつも同じだったプラントの空に慣れ親しんだイザークは自分を一瞬見失う。

 

圧倒的な土と森の香気に酔ったように揺らめく視界はすぐに定まった。本能を刺激するのは匂いだけではないのだ。
水のせせらぎが、葉のざわめきが、動物の命の声が、耳に届く。枯れ始めた葉の紅と、常盤木の緑が網膜を貫く。
その情景の全てを零すまいと五感が研ぎ澄まされていく自分に驚いた。奮えるほどの情報量がイザークに叩きつけられる。

 

『……イザークさん?』

 

池の淵でアリサとすずかと一緒に鯉を眺めていたなのはがイザークの異変に気付く。
水に手を突っ込むアリサからイザークを預かれば、抱えて眼線を合わせてみた。

 

『……なんでもない。少し、辺りを見て回って見てもいいか? この山…森、見てみたい』
『え? ええ、分りました…あ、でも、部屋とか』

 

なのはから離れて、イザークが地を踏んだ。アリサとすずかは、まだ鯉を見ている。

 

『後で念話で教えてくれ』

 

どこか郷愁を感じさせる思念を残して、イザークが走って行く。

 

 

「………」

 

呆然と、オルガは立ち尽くす。見た事のあるはずの色が視界に広がっている、それだけなのにオルガは立ち尽くす。
こんな山なんて、いくつも見た事あるはずだ。見た事あるはずなのに、オルガは立ち尽くす。

 

「どうしたんですか?」
「……なんでもねぇ」

 

ファリンが覗きこんでくるのを、オルガはそっぽ向いく。瞳に涙が滲んでいるのを、悟られたくない。

 

月の土を踏んで、地球を眺めていた過去の自分が嫌でも脳裏にちらつく。

 

一番最初は低学年向けの本に載っていた可愛らしい挿絵。海と山と空。
たくさんの自然の話を、本の中の挿絵を手繰って両親から聞きだした。
月の都市にはない山海の話なんて、オルガにとってはおとぎ話。
だから美しく整備された月面都市で、オルガは天空に浮かぶ青い地球に惹かれ続けた。焦がれ続けた。夢見ていた。

 

さて、夢だったものが夢でなくなったのは、いつだったか。両親との死別で絶望した時か、連合での訓練の最中に失ったのか。
確かに、元にいた世界でオルガは地球にいた事はあるが、その時分にはすでに地球は夢の大地ではなく、ただの勤務地になっていた。

 

すでにオルガは海を、山を、空を、太陽を知っている。
しかし、それでも、全ての記憶が鮮明であるオルガはあの頃の気持ちでこの地球に向き合えた。
戦争の気配がなくて、コックピットモニターごしでもない地球。月村邸も森と山だったが、ここはそれよりも物語に添えられていた画に近しく、いやでも切なさを誘うのだ。

 

「オルガ?」

 

今度はノエルが肩を叩いてくる。追憶から我に返りながら、オルガはうつむいた。

 

「部屋に行きますよ、荷物を持ちなさい」
「…なぁ、この周り、見てきてもいいか?」
「駄目です、まずは部屋に行きますよ」
「すまねぇ」
「駄目って言ってるでしょ、あ、こら、待ちなさい、こら、オルガ! ご飯を半分にしますよ! オルガ!」

 

ノエルが引き止めるために腕を掴もうとするが、森に吸い寄せられるような足取りのオルガを捕えられない。
幻のようにノエルの静止をすり抜けて、食事のペナルティさえ踏み超えてついに木々の向こうへ行ってしまった。
なんでこんな食いしん坊キャラになったんだろう。割とよく泣く仕様にはしたけど。もっとクールキャラなはずなのになんでこんなご飯キャラに……世界はこんなはずじゃない事ばっかりすぎる……

 

せせらぎの方向に、オルガの歩みはよどみなく進む。
道中、すれ違う木々を掌で軽く叩きながらだ。訓練で山を駆け回った事もあったが、その時は木々なんて邪魔でうっとうしいものでしかなかった。なのに今は一本一本がかけがえなく感じる。

 

これだ。きっと、こんな景色。
本の中の登場人物たちが駆けていた山は、きっとこんな景色。
だからここはオルガが望んだ地球。

 

ただ…一緒に行こうと約束をした者がとなりにいない事。それだけが、オルガの心を締め上げる。

 

せせらぎの音に、清廉な水の香りさえ届き始めた。茂みを踏み超えて、枝葉を振り払えばちいさな川に出る。
知った顔がいた。じっと、川の流れを眺めている精悍な男。

 

「ようフェレット」
「貴様…」

 

イザークである。森の散策に入ってすぐ、人の姿を取り戻していた。
首からかけたレイジングハートと銀の毛が人でも獣でも共通だ。

 

「動物は森が好きか」
「貴様こそ」
「……」
「……」
「……」
「……」

 

しばらくだけ沈黙がふたりを包み込む。せせらぎの音だけが聞こえる空間でじっと水の流れに見入っていた。

 

「俺は」

 

イザークが黙っていた口を最初に開いた。

 

「こんな自然に触れる機会がなかった」
「……俺もだ」
「砂漠や熱帯林に行きはした。だが、どれも戦争でだ」

 

俺もだ。オルガが噛みしめるように心の中でイザークに頷く。

 

「北アフリカ、オーブ、アラスカ、パナマ……見た景色は思い出せるが、思いだしたくない」

 

砂漠で味わった己の経験不足。
オーブ近海におけるニコルの死。
アラスカにおけるサイクロプスによる大量虐殺。
そしてパナマでは自軍の虐殺行為。

 

そして、何より、地球はあの赤い景色を嫌でも思い出させる。
大気圏突入寸前におけるストライクとの対峙。仕留めたと、確信した引き金を凍えさせたのは民間人の搭乗していたシャトル。
一度、やめた。射撃をやめたのに、自分はトリガーしたのだ。
戦場の熱狂と言えば、言い訳らしく聞こえるかもしれないが、あれはただの八つ当たりだ。愚かな愚かな、癇癪。
撃ち抜いたシャトルの爆発をよく思い出せる。忘れてはいけない。

 

そのまま地球に落ちたのも、鮮明に振り返るとができた。
だから、地球の入口でやった馬鹿で無意味な八つ当たりを、イザークは地球を踏んでいるとやけに省みる。

 

――俺は、なぜあの時、ストライクではなくてシャトルに引き金を引いてしまったんだ…

 

「俺も行ったよ…オーブ」
「マスドライバーを壊しに行っていたな」
「あぁ、壊しに行っていた」

 

熱い感情も冷めた感情も込めず、ただふたりは言った。視線は相変わらず、水の流れ。
今にも消えてしまいそうなにも見えるし、今にも泣き叫んで暴れ出しそうにも見えるほど、ふたりは静かだ。

 

「殺されるより、殺す方がいいって思ってた。ていうか、今でもそうだ。だけど…」
「…だけど?」
「殺したく、ねぇよ…」
「……そうだな」

 

さて、なぜザフトに入ったのか、もはや懐かしいと思える記憶をイザークは探る。
間違いなく、情熱を持って志願して、その情熱はまだ胸に燃えている。
即ち、プラントを護るため。何人ものナチュラルを殺したのは、プラントの守護になるという結果のためだ。
殺しを好き好んでやったつもりは毛頭ない。ナチュラルを見下していたし、その命を軽いと思ってはいた。
しかし、嗜好ではなかった。

 

そして今は、ナチュラルの命の重みはイザークの中で確かに増している。
その上で、

 

――殺す事は、簡単なんだ、簡単なんだよ…

 

嫌になるほどそう思う。

 

「殺す事は簡単なんだよ…」

 

自分の思考とまったく同じ呟き。イザークが驚きを交えながら、ぽつりと呟いたオルガの横顔に視線を持って行く。

 

「簡単に、殺せるから…俺も生き延びられていたがよぉ…」
「その事を、楽しんでいたか?」
「……どうだったかな」

 

γ-グリフェプタン。オルガたち生体CPUの常飲していた覚醒剤。
あれの生み出す高揚感は夢のようだった、と形容できるほどだ。死の恐れを忘れ、快感であった。
快感であったはずだが……しかし、オルガが思い返せば、

 

「……あぁ、思いだした、苛々してた」
「イライラ?」
「同僚がな、うぜぇんだよ」
「レイダーとフォビドゥンのパイロットか」
「あぁ、自分勝手なアホと自分勝手な根暗だ」
「そして自分勝手なトリガーハッピーか」
「あぁ?」
「貴様らはきちんと連携を取っていれば、フリーダムとジャスティスも完封できていたと言うのが専らの評価だ」
「できるかよ、あんなのと」
「…………上手く出来ているな、歴史というのは」

 

無論、生体CPU三人が完璧な連携を見せたとしても、キラとアスランには底力とも言えるような「種」の力を残している。
論評通りにいったかどうかは、また分からないだろう。
しかし、少なくとも無敵を誇っていたフリーダムやジャスティスにそんな評価をもらっている本人を目の当たりにして、イザークはおかしな気分だった。

 

「あれ」

 

ふと、ふたりにかかる声。見やれば士郎と桃子が腕を組んで歩いていた。

 

「オルガ君じゃないか。君も散歩かな?」
「……あぁ」
「あれ、隣の子は誰だい?」
「お、俺は…」

 

イザークです、なんて言えるはずがない。急な事に少しどもっていれば、

 

「迷子の外人だ。髪型がオサレじゃないという理由で彼女にふられた傷心旅行でこの温泉に来たらしい」
「き、貴様…!」

 

オルガが淀みなく嘘をつく。
イザークも確かに嘘つこうとしていたが、変な設定が加味されとる。

 

「迷子なの? じゃあ私たちと一緒に旅館に戻りましょうか」
「え、いや、お構いなく」
「まぁまぁ、そう言わず。君の名前は?」
「あー…えぇっと…」

 

横でにやにやしてるオルガを、頬引く突かせながら一睨み。
いろいろ脳内に浮かんでくる人名のひとつを、イザークは咄嗟に拾いあげて口にした。

 

「ディ、ディアッカです」

 

 

『というわけで、今の俺はディアッカだ』
『は、はぁ…分かりました』

 

浴衣に着替えたなのはの卓球を観戦しながら、イザークはユーノに念話で語りかける。
到着一番、オルガやイザーク、士郎と桃子は森へ出向いたが女性陣は温泉であった。
ほんのり桜色に染まった女人らの肌はなんとも艶やかに映る。湯のぬくもりを纏って実に色っぽいのだ。
ただ、ノエルとファリンは、入っていない。機能に問題が起きても面倒だと自粛したらしい。

 

無論ユーノも女湯だ。本当あいつなんなの?

 

さて、そんな湯上りで何をするか。
卓球である。
丁度良くオルガとイザークを伴った士郎たちも合流し、おもいおもいで対戦真っ最中だった。
すずかとアリサ。なのはとファリン。この二組はいい。微笑ましい。
なのはとかピンポン玉を額にぶつけて恥ずかしそうにしてる。ファリンとかピンポン玉追いかけて転んじゃう。
とても心が安らぐ。

 

その横。
士郎と恭也。忍と美由希。オルガとノエル。この三組がおかしかった。
殺人剣術たしなんでるの親子。吸血種。自動人形。ブーステッドマン。
人の動きじゃない。ラケットで叩いたピンポン玉の初速が結構な割合で見えなくなるぐらいのスピードになる。
普通なら「うわー、あんなのとれないよ」とか見送る軌道に普通に追いつく。ラケット振る時の音が耳に痛い。
他に客もいないので、卓球場を占領する形になっているのだが、右半分はほのぼの空間で左半分は修羅場。たまに竜巻じみた風が届いてくる。

 

「どうしてピンポン玉が潰れないの?」

 

と桃子がユーノをなでながら恭也に聞くと、

 

「気合い」

 

と答えが返ってきた。

 

「不思議ね」
「きゅ」

 

別にそんな不思議そうな顔せずに桃子がユーノに笑いかける。度量が広いお母さんであった。
ちなみにユーノはいなくなったフェレットイザークを誤魔化すため、適当な場面で変身魔法を駆使して体毛を変色させ、実に鮮やかに一人二フェレット役を演じ切っている。

 

「どうだいディアッカ君。見ててだいたい分かったかな、卓球?」
「……ええ、だいたいは分かりました」

 

爽やかに士郎が手を振ってくる。伸長の関係もあり、人数も噛み合わないからルールを知らないイザークはひとまず見学。
テーブルテニスの名称通り、テニスを知っていればやり方を覚えるのはなんて事ない。
やる人間が問題だ。

 

イザークは卓球を知らなかったが、オルガは知っていた。割と連合のヤンキーたちはスポーツをする。
バスケットやビリヤードなんかを楽しんだりする事だってあるのだから卓球があってもおかしいだろうか。いや、おかしくない。

 

「じゃあ一丁やってみないかい?」
「………」

 

イザークが黙った。勝てる見込みがどうこうじゃなくて、卓球の形になるかどうかも怪しかった。
まだギリギリでついていけると思えるのは、美由希ぐらいだ。その美由希さえ遥か遠い。
こんな卓球を見ているだけで、コーディネイターが操作しているのは所詮才能だけなのだと痛感してしまう。
積み重ね方、努力の仕方で人間はこんなにも飛躍できるのだ。軍人として自分が積み上げてきた物を小さいとは思わない。
しかし、それでも、高町家の親兄妹を見ていれば肌で感じられる。才能を凌駕する積み重ね方は確かにあるのだと。

 

同じ世界出身なのだから対等ぐらいだろうとタカをくくっていたオルガにも、イザークは全然ついて行けないのが分かる。
ジュエルシードのおかげで目茶目茶オルガの身体機能が充実してるのだ。
人の動きの枠に収まって入るが、目を見張る運動力である。
いや、高町家の人間とて人の動きの枠に収まっている。それでもなお、ジュエルシードの加護とは凄まじいものがある。

 

「……お前今、腕伸びただろ」
「何の事でしょう? さ、ジュースですよオルガ」

 

↑人の動きの枠に収まっていないメイド。

 

「あ」

 

ファリンが下手な大ぶりでピンポン玉があさっての方向に飛んで行くのをイザークは見た。

 

「なのはちゃん、ごめんなさぁい…」

 

いいよいいよ、と笑いながらピンポン玉をなのはが追いかけるが、それを拾い上げる手。

 

「……なんだこれ? 玉…?」

 

シン・アスカ。

 

 

アルフが察知したジュエルシードの気配は山奥だという。
どうも遠見市からでは遠いので、近場を調べた方が良いようだ。拠点となる場所があるかどうか調べたところ温泉旅館があるらしい。

 

「じゃあ、みんなでゆっくりしながらジュエルシードを探そっか」

 

とフェイトがにっこり提案した。

 

「ゆっくりってそんな…」
「いつもシンは頑張ってくれてるから、ちょっとは骨休めしないと」

 

そろそろザフィーラにやられたリンカーコアも戻って来ている。完全に調子が戻って来ているわけではないが、すでに魔法も使えた。
だから今回はシンにゆっくりしてもらい、フェイトもどれだけ魔力が取り戻っているかの確認。そんな感覚であったのだ。
プレシアにジュエルシードが足りないと突っぱねられ、フェイトにもそれなりの焦りは募っている。しかし、連日頑張ってくれているアルフやシンの休息も必要だ。
特にジュエルシード封印に魔力を多々放出しているシンは自覚しない疲労がある。これをケアするのは必須だった。

 

そうして、さっそく三人で温泉旅館に宿泊。自然に囲まれ、温泉につかったりながらジュエルシードの気配を探してたフェイトだが、ある時超びっくりする。

 

ジュエルシード反応が温泉旅館に迫りくるのだ。
暴走体が急速に接近している!?
ジュエルシードを手に入れたヴォルケンリッター!?
まさか管理局!?

 

ビビりながら確認するとオルガであった。なのはも一緒にいるのをすでにフェイトは確認した。
さて、どうする。そんな話し合いを現在アルフとフェイトでしている。
ジュエルシードを争奪するのならば負けてやるつもりはないという結論というのは間違いない。
ただ、なのはをできるだけ叩いておくか、できるだけ無視するか、という話をふたりはしている。
無論、痛い目を見せておこうと主張しているのはアルフだ。

 

そういった事実も、シンには伏せている。
だから、

 

「……なんだこれ? 玉…?」

 

旅館をうろついて、なのはに接触しているわけだ。
目的があって卓球場に来たわけではない。ぶらぶらと、温泉から上がってあたりをうろついていて、偶然だ。

 

「君の?」
「はい、どうもスミマセン」

 

なのはにピンポン玉を手渡しながら、ざわりとシンが奇妙を感じる。
卓球場の雰囲気に、やたら迫力があるのだ。その場にいる者たちを、シンは本能的に強烈なのだと認識していた。

 

「……何見てんだ?」
「いや、別に…」

 

特にオルガに視線を注ぐ。
シンに魔法の技術はない。あくまでバルディッシュの手伝いをしているだけだ。
だからオルガのジュエルシードの気配をきちんと捉えられるわけではない。だが、それでも感覚的に分かるらしい。

 

「やぁ、占領してしまっていてごめんね。一台開けよう」
「いえ、このゲームをしにきたってわけじゃないんで…お構いなく」
「そうかい?」

 

士郎がフレンドリーに接するが、ややシンは距離を取る。
しかし、

 

「あ、でも…」

 

この場にいる者たちに、いささかの興味は湧いていた。

 

「少し、見させてもらってていいですか?」
「あぁ、いいとも。やってみたいと思ったらいつでも代わるよ」
「どうも…」
「ディアッカ君も、いつでも代わるよ」

 

苦笑いしかでないイザークであった。
となりの席に、シンが座る。眼が合った。碧眼と紅眼が認め合う。綺麗な瞳だ、と双方が思った。
まるで、コーディネイターのような……

 

「ディアッカさんって、言うんですか」
「あぁ、ディアッカだ。君は?」
「……俺は、シンって言います」

 

名乗ってから、少しシンが考え込む。ディアッカ。どこかで聞いた事があるような、ないような。
これが、「イザーク」であれば、きっと迷いなく記憶が結びついただろう。ジュール隊隊長。最年少白服。
しかし、ディアッカ。分らない。多分、おそらく、知らない。
奇妙なひっかかりを覚えながら、しかし、シンは目の前で繰り広げられる卓球場の左半分の光景に、そんな疑念も吹っ飛んだ。