TPOK_17話

Last-modified: 2009-08-13 (木) 22:38:09

「569…」

 

ディアッカが数字を反芻しながら、サイドボードのにあるナンバーキーを叩く。
それに呼応してひとつが人間一人ほどあるキーパネルを機械的にタッチしていくのは他でもない、機械だ。
バスターである。

 

ジュエルシード反応をキャッチしたアースラが取った進路はL3宙域の辺境だった。
ひとつの廃棄コロニー。
建設途中で放棄されたもので、かなり古い未完成コロニーである。
未熟だった技術のおかげで主要機関で事故が多発して完成が遅れに遅れ、あまつさえラグランジュポイントの軌道からゆっくりと外れて宇宙の向こうへと渦巻きながら離れていくのを待つだけのコロニーだ。

 

目ぼしい資材の類はとっくの昔に運び出され、外見だけはなんとかコロニーと認識できるがらんどう。
まだ20年も昔であれば隠れ家や避難のために利用する者もいたが、重力の均衡から外れて幾星霜、もはや誰も近づかなくなってしまっている。

 

「1168…よし、開いた」

 

正確なパスコードを入力し終えれば、深い眠りから目覚めるかのようにコロニーの内外をつなぐハッチが開く。
モニターに広がる景色は闇、闇、闇。
もはや各設備に備えられたバッテリーさえも死にかけている現状、このコロニーはねぐらを探してさまよっていた宇宙海賊たちのために誘導灯さえ使いきってしまっていたようだ。
バスターのライトを頼りに、コロニーへと踏み入りながらディアッカは深海に潜っていく気分だった。
同じ闇に満ちた空間である広く果てしない宇宙も恐ろしいが、逆に閉鎖された空間というのもそら寒い気分になってくる。
戦争とは違う恐怖。人が原始の本能として恐れる闇がそこにある。

 

ディアッカがこれまで集めたジュエルシードは、ふたつ。
ユニウスセブン跡地で不幸なジャンク屋に憑いていた物と、デブリ帯に引っ掛かっていた物。
ディアッカに憑いたひとつと、ジュール隊旗艦であるボルテールに侵入したひとつと、さらにこの廃棄コロニーも合わせて五つのジュエルシードが宇宙をさまよっていた事になる。

 

地球ではヴィ-タが探し当てたひとつだけ。
というのも、

 

「……おい、これで本当に最後なんだろうな?」
『この世界にパイプを作って侵入した強い反応は六つ。つまり、これで最後というわけだ』

 

この廃棄コロニーのジュエルシードで、コズミック・イラに迷い込んだジュエルシードが最後になるのだ。
コックピットに即席につないだS2Uを通してディアッカがアースラのブリッジとやりとり。返ってくるのはクロノの声だ。

 

クロノいわく、「僕たちの魔法は科学の延長だ。だから科学の発展に依るモビルスーツとデバイスの接続は難しくない」らしい。
カード状態のS2Uがコックピットにつなげられてそこそこ経つ。
最初の方はカードになったり杖になったり摩訶不思議なS2Uだったが慣れてきた。そういうものだ、と思うしかない。
そしてジュエルシードの封印は、バスターで現場に向かいこそしたが、全てS2Uで行ったと言って過言ではなかった。

 

―――勇んで封印を手伝うって言ったけどよ、俺、ぶっちゃけそんなに要らなくね?

 

どの組織の網にもひっかからないアースラがあり、魔法という超科学を駆使するエージェントを有する管理局にげんなりしながらディアッカが聞いた事もあった。
ジュエルシード封印といっても、ディアッカがした事といえば現場に赴いてトリガーしたぐらいだ。
正直、自分じゃなくてもいいと思う。

 

ただ、ディアッカの見解にクロノは苦笑しながら返事する。

 

―――適材適所だよ。宇宙という空間では、魔法でもまだまだ自由が利かないものなんだ。
それに封印したジュエルシードふたつとも、アースラじゃ大きすぎる場所だったろう? 君のバスターはサイズや機動性が今回の仕事でとても便利に働いてくれる。そして、僕たちにはバスターを動かす技術がない。大きな助けさ

 

『じゃ、ジュエルシードの位置を出すね』
「おー来た来た」

 

エイミィの明るい声を耳にして、眼前に広がるコロニーの闇の恐怖が幾分和らいだ。
そしてS2Uを仲介すしてバスターのサブモニターに表示されるこのコロニーの見取り図。一点に、蒼い点が灯っていてとても分かりやすい。
こんな廃棄コロニーの図面さえも、どこからかほじくり返して活用できるのか、と管理局とやらの組織力にディアッカは乾いた笑い。

 

「ここまで詳細が分かればライトいらないぐらいだな」
『流石ザフトレッド』
「今は緑だよ」

 

ゆっくりとバスターをコロニー内部へと沈めていく。本当に、深海にもぐっていく気分だった。自然と喉が鳴る。
稀にただよってくるジャンクを押しのけて、とりあえず内壁へとバスターが降り立った。ずしん、という振動。
未完成なだけあって、全くと言っていいほどに障害物がない。適当に直線的な推進ですぐに辿り着くだろう。

 

「こりゃ淋しいな。エイミィ、話相手してくれないか」
『いいけど事故んないように気をつけてね』
「元ザフトレッドはそんなヘマしないさ。それじゃ、クロノの恥ずかしい話でもひとつふたつ頼むぜ」
『いいね。それだとひとつふたつじゃ利かないくらい豊富に話できるよ』
『本人が聞いてる横でそんな話するな』

 

クロノの声。

 

「固い事いうなよ」
『クロノ君はすっごい照れ屋さんだからね』
『そんな問題じゃないだろう。ひとりで心細いのは分かるから、別の話題にしてくれ』
『クロノ君の学生時代なんだけどさ、女の子にはモテるかとっても嫌われるかの両極端で…』
『コラ、エイミィ!』
「リンディ艦長も何かないですか?」
『そうねぇ、クロノが7歳の時だったんだけど』
『か、かあ……んちょう!?』

 

母さん、と言い掛けたのを察してディアッカが少し噴き出す。聞いていだけで会話に参加していないブリッジクルーたちもにやにやしてる事だろう。
これでロッテがいればどの時代のクロノも丸裸にできるほどの包囲網が完成するのだが現在アースラを留守にしていた。
もともとロッテが派遣されたのはアースラという艦ではない。
第276管理外世界――コズミック・イラの地球だ。地上のジュエルシード捜索隊としてやってきていたのである。
連携のため、連絡を密にするためにしばしばアースラに足を運んでいた。というか遊びに来ていた。クロノをからかう姿が何度か目撃されているのだ。
その時、ディアッカとも面識ができていた。自分の周囲にはいなかったタイプの人間――もとい、使い魔に洒落た会話を楽しめた。
父親、イザーク、アスランなど、なにかと固い性格の者が多かったとディアッカはしみじみと振り返ったものだ。

 

次元世界にやってきた跳躍反応の検知は時間と労力がやたらとかかるらしい。
だから六つこの世界にやってきたと分かったのは、つい五時間前だ。
だから地球にあったジュエルシードはひとつだけと判明した今、この世界にジュエルシード捜索に集められたスタッフを地上で纏めているはずだ。
確か、武装隊とか物騒な名前だったのを覚えている。
大層な名前だが、実際に大層な部隊であるのとは聞いている。つまり、ジュエルシードがそれだけ危険物という事だ。
結果だけ見れば、集められるだけ集められて何もせずに帰る事になった武装隊を、可哀そうに、と思いながらディアッカは改めて気を引き締める。
自分がこれから封印するのは、武装した魔法使いが束になってかかるようなモノなのだ…と。

 

「…ありゃ」

 

バスターを急停止。その勢いを殺すためにバーニアを噴かせながら、ライトを上下左右くまなく照らしてやった。

 

『どうしたの?』
「今映像送るよ」
『わ、ごっちゃごちゃだ』

 

ディアッカの目の前に広がるのは、コロニーの内外壁が一緒くたになってずたずたになってしまい、ひしゃげて崩れた一角だった。
バスターを五機縦にしてようやく届くようなコロニーの壁が歪んでできた山や、コロニーに穴が開いてできた谷。
サイズが微笑ましいものであれば子供の癇癪でめちゃくちゃにされたオモチャか何かに見えたかもしれない。
未完成で硬度と厚さの足りないコロニー外壁に流星群でも突っ込んだのだろうか。
そんな風に、ずたずたにされたコロニーに出来あがった山谷と、サブモニターに表示される蒼い点灯をディアッカが見比べる。

 

間違いなく、ジュエルシードはこの中だ。

 

「……開いてる穴にジュエルシードが流れて出てくるまで待っていい?」
『……………探してくれ』
「だよな…」

 

とりあえず、バスターを上昇させてコロニーの山谷を見渡して、

 

「……開いてる穴にジュエルシードが流れて出てくるまで待っていい?」

 

もう一度クロノに懇願した。同じ答えが返ってきた。

 

 

「これは…大変ね」

 

スクリーンに映し出された山と谷を眺めながらリンディが一言。
これでこの世界最後のジュエルシードだ、という喜びはあった。
なのにそんなテンションが一気にだだ下がりになる光景にリンディが思わずいつも以上にお茶に砂糖を投下してしまう。
クロノも眉間にしわを寄せていた。

 

アースラのブリッジでの事。

 

「これ、バスターの砲撃で一部溶かせないかな?」

 

エイミィがバスターの映像とジュエルシード位置を照らし合わせて、いくつか削り取って問題なさそうな山の部分を計算。
コロニーにできた山谷のいくつかの部分を赤で塗りつぶす。赤い部分が、バスターでふっとばしても大丈夫そうな場所だ。

 

「ジュエルシード相手だ。そんな乱暴は許可できないな」

 

無論、クロノは却下する。エイミィも、だよね、と溜息一つ。
山谷の隙間を縫ってバスターが出たり入ったりしている。
内部ではまた複雑に歪んだりねじれたり砕けているのだ。バスターの手作業で開通しようとディアッカが奮闘していた。

 

「あーあ、簡単に終わると思ってたんだけどな」
「まだ終わりじゃない」
「……だね」

 

コズミック・イラに侵入してきた強力な魔力反応。その数六つ。
その秘めた力は邪に開放してしまうと次元世界を破壊しかねないと判別がついたのはヴィータとクロノがぶつかってしばらくしてからだ。

 

ヴィータが狙い、仮面の戦士によって管理局に渡ったひとつ。
ディアッカを殺しかけたひとつ。
ジュール隊の大人数を殺したひとつ。
それらみっつのジュエルシードを元手に、無限書庫のサルベージ作業が行われた。
そう時間はかからなかったが、あまり歓迎できない情報の数々が引きあがる事になる。

 

即ち、ジュエルシードは21個で一組、全開のパワーはいくつもの次元世界を壊滅させられる。
神話や伝説に語られるような代物だった。
そして次元跳躍の痕跡の調査をすれば、コズミック・イラにやってきたジュエルシードは六つと断定されたのである。

 

残り15個がどこかの世界に散らばっている――というだけで話が終わらない。

 

管理局にスクライアという一族から捜索依頼が届けれられている。
捜索の対象はユーノ・スクライア。
ジュエルシードの、発掘者である。
21個のジュエルシードを発掘し、輸送中に行方不明となっている。ジュエルシードと一緒に。

 

つまり、ユーノ・スクライアがいくつかの世界にジュエルシードを巻き散らかしたのかと言えば、絶対に違う。
なぜならばジュエルシードが発掘され、まだ一か月そこそこだ。
だが、ジュエルシードがコズミック・イラにやってきたのは二年前。次元跳躍の痕跡を調査した結果から導き出された正確な数字だ。
ジュエルシードは21個で全部である。つまり、時間を超えて二年前からずっとジュエルシードはコズミック・イラに存在していた事になる。

 

訳が分からなかった。
発掘されたのは一か月以内。なのにジュエルシードは二年前からコズミック・イラにあった。
本当はジュエルシードは21個以上存在していたという話で現在は纏まっており、クロノはその論に頷いて、エイミィは懐疑的に構えている。

 

「一組で21個……か」
「クロノ君は、やっぱり何組もジュエルシードがあると思ってる?」
「当たり前だろう。発掘されたの物と、二年前からこの世界にある物は違う組の物と考えるのが普通だ」
「…そうだよね」
「エイミィは残り15個だと?」
「そう思いたいだけかもね。全部で42個だと、残り36個も集めなきゃいけなくなるから嫌になっちゃうよ」
「無限書庫の情報を疑いたくないと、僕も思うが……まだジュエルシードの情報が眠っているだけかもしれない」
「ま、何にせよ二年もジュエルシードによる被害が全然なくて良かったね」
「そもそも生物がいない宇宙では、ジュエルシードも願いを叶えるために発動しようがないからな」
「五つも宇宙で運が良かった」
「……それでディアッカが苦労しているわけだけどね」

 

スクリーンには、順調にジュエルシードに近づけたと思ったのに結局堅牢なコロニーの外壁の歪みが邪魔して辿りつけないバスターの視点が写されている。
見ていて分かるが、届きそうで届かないのだ。どうにかジュエルシードをロックオンできれば封印できるのだが障害が多い。

 

「ロッテもせっかくこっちに来たのに、何もせず仕舞だったね」
「被害がなかったと安心すべきだな……それに、六つ全部が地球にあったら、ジュール隊以上に酷い事になっていただろうからな」

 

オープンになっているバスターとの回線に絶対に通らないほどの小さな声でクロノがエイミィの耳元でささやく。
エイミイも無言で頷いた。
そして、話に出てきたロッテに連絡でもつなごうとしていたその手が止まる。

 

「……あれ?」
「どうした?」
「武装隊がまだいる」

 

ジュエルシード六つの所在が判明した時点で、武装隊が順々に本局に帰還している。
警戒のため、五隊もの武装隊が派遣されたのだが、残り二隊がまだロッテのいる場所に集合したままこの世界に留まっていた。
すでに全隊が転移しててもおかしくないだけの時間は十分経過しているはずだ。

 

「……本当だ」
「ロッテ、まだ二隊残ってるけどどうかしたの?」
『あ、エイミィ?』

 

すぐにロッテと通信がつながった。
アースラブリッジのスクリーンの片隅に、ロッテの顔が現れる。

 

『いや、父様から連絡があってね。このまま武装隊を別の世界に直行させてくれって命令が出たんだ』
「グレアム提督から?」
『そ。結局あたしたちは何もしてないだろ? 体力余ってるだろうからすぐに次の仕事に行けってさ。今、転送先のデータ送ってもらってる所。もうちょっとしたら行くよ』
「ずいぶん急だな」
『仕方無いとは言え、武装隊五つも遊ばせちゃったわけだからね。人材のやりくりで無理が出ちゃうよ』

 

やれやれ、とばかりに肩をすくめるロッテ。
そんなロッテの向こう側に緑や青が見える。森や海、空だ。武装隊帰還のための転移魔法を設ける無人島。

 

『今ジュエルシード封印中なんだろ? 終わった後に連絡すればいいやと思ってたけど、手間がはぶけたよ』
「転移魔法、手伝おうか?」
『あぁ、いい、いい。すぐに敷けるよ。それよりジュエルシードどうなってる?』
「ちょっと手間取ってる。だが時間をかけさえすれば終わるよ」
『そうかい……けど、まだ終わりじゃないってのが、なんともねぇ…』

 

21個以上のジュエルシードの存在にロッテも眉根をひそめて不可解なこの事態に思案を巡らす。
そして話題を艦長に振るのだ。

 

『リンディちゃんは、どう思う?』
「そうね…」

 

ふんだに甘みを詰め込み、ミルキーに仕上げた茶を傍らに置いてからリンディが逡巡。おっとりとした所作だった。

 

「ジュエルシードが時間をさかのぼったんじゃないかしら?」
『時間移動? でもそれは…』

 

不可能とされる技術だ。ロストロギアならあるいは…とも考えられるが、まだそのようなロストロギアも発見されていない。
無限書庫からサルベージが完了していない故、もしかすればジュエルシードにそんな機能があるかもしれないが、考えにくかった。
ただ単に、あり得ない現象を差し挟んででもユーノ・スクライアが発掘したジュエルシードをこの世界に持ち込むには、時間を移動しているとしか考えられないからリンディはこう言っただけである。

 

「そうね、無理な事だわ。でも今回の事件はちょっと不透明な所が多い……情報が出切るまで、何も言えないと言うのが正直な所ね」
『まったくだ』

 

もっともなリンディの言葉を聞いて、ロッテがスクリーンの中で頷き、

 

「!?」
『!?』

 

その顔が跳ねるように上を向く。同時に、エイミィも緊急の警報がコンソールから流れるのを聞いた。
魔力反応が四っつ。
第276管理外世界に跳躍してくる、四人をアースラが捉えたのだ。
ロッテを映すスクリーンの中に浮かび上がる四色をクロノは見た。
紅。紫。翠。蒼。

 

「ヴォルケンリッター!」

 

武装隊とロッテが即時に動いたのと、現れたシャマルが右手を掲げたのは、さて、どちらが早かったか。
次の瞬間、恐ろしい速度と範囲で結界が展開される。ヴォルケンリッターと、武装隊二隊とロッテを閉じ込める結界。

 

リンディが立ち上がる。クロノも肌が粟立つのを感じた。
武装隊まる二隊と、ロッテのリンカーコアが喰われると直感した。

 

「艦 「クロノ」

 

クロノが何事かしゃべる前に、リンディに制される。
キャプテンシートから立ち上がったリンディは、ブリッジ後部へ早足に歩む。その先にあるものといえば転送装置だ。
すでにクロノはリンディの行動を理解した。そして、それを止められない。
これはチャンス、絶好の機会だからだ。

 

同時に、クロノは唇を噛む。本来ならば、自分の役目だ。それができないのは、仮面の戦士に奪われたリンカーコアがまだ回復していないから。
だから、リンディ。
閉じ込められはしたが武装隊二隊にロッテ。そこにリンディが加われば、もうこれは逃してはならない機だ。
ヴォルケンリッターを一網打尽にでき得る、逃せない機なのである。

 

「クロノ、この艦の指揮権を一時的にあなたに預けます。エイミィ、転送お願いね」
「…まさか艦長」

 

エイミィが息をのむ。
ギュッと、リンディが手套をはめ直した。

 

「私は現場に向かいます」

 

 

「アースラ、おい、アースラどうした?」

 

開きっぱなしの回線から明らかに異常事態を告げる警報が聞こえる。
コロニーに出来た山谷の中、ディアッカはあと少しで届くジュエルシード発掘の手を止めて何度もブリッジに呼びかける。
何かしら警告がされるわけでも、指示があるわけでもないのだから、少なくとも自分に早急な危険があるというわけではあるまい。
しかし、間違いなくおかしな事が向こうで起きている。

 

『あ、ごめん、ちょっと今非常事態』
「そりゃ大変だ。何があった?」
『次元犯罪者が大胆な事してね』
「どのくらい大胆な事したんだ?」
『武装隊を監禁しちゃった』
「そりゃ大胆だ」
『詳しい事は後で。ディアッカはジュエルシードに専念して』
「………わかった」

 

バスターがその両手で壊れて歪んだ鉄骨の檻を無理やり開けていく。
ディアッカが傾けるごとに操縦桿の重みはどんどん増していき、バスターの間接にかかる負荷は許容できるぎりぎりだ。
ギ、ギ、ギ、とゆっくりだが確実にこじ開けられていく。バスターの手元を照らすライトの光が、少しずつ向こう側へと染み込んでいくのが分かった。
ひずみが出来る。縦に細く開かれる。向こう側。蒼いきらめきをバスターが拾った。
モニタリング。拡大するまでもない。あの輝きを忘れるはずもないのだから。
ジュエルシード。
一定まで隙間が出来れば、そこで止めた。
そして、隙間に94mm高エネルギー収束火線ライフルの銃身をねじこんだ。

 

「S2U」
<OK>

 

コックピットに、とってつけたように接続されたS2Uに燐光が灯る。

 

バスターに装備されている各火器には、本体の戦闘時間を持続させるためにサブジェネレーターが搭載されていた。
しかしすでにアースラスタッフによって取り除かれている。代わって接続されているのは、三機ほどのストレージデバス。
この三機にS2Uがコマンドと魔力を送る事で、94mm高エネルギー収束火線ライフルからプラズマビームではなく魔力砲撃をぶちかます事を可能としている。

 

サブジェネレーターを取り除き、杖三本詰め込むと聞いた時、ディアッカは何を言っているのか正直理解できなかった。
ていうか今も理解できていない。
しかし形体変化がデバイスでは一般的な事であるのはカードから杖に姿を変えるS2Uで学習済みだ。
どうにか94mm高エネルギー収束火線ライフルに接続できる形に杖三本の形を整えたのだろう。もはや「そーなのかー」としか言いようがなかった。

 

<Sealing stand by. Ready>
「あいよ!」

 

トリガー。
二年前から変わらぬ所作でバスターに94mm高エネルギー収束火線ライフルをトリガーさせる。
正確にポイントされた銃口から、ディアッカは見慣れたビームではなく目に眩しい魔力の奔流が撃ち出されるのを見た。
蒼く輝くジュエルシードがそれに飲み込まれてすぐに視認できなくなる。

 

<Transporter>

 

S2Uがコックピットにジュエルシードを転送。きらきらと残滓をまき散らしてバイザーごしにディアッカはジュエルシードの輝きを目の当たりにする。
掴んだ。

 

「ジュエルシード…シリアルXV封印、っと」
『ご苦労だった。すまないが、すぐに戻ってもらう』
「あぁ。それよりさっきの非常事態について、詳しく聞かせてもらうぞ」
『分かってる。それと、ディアッカ、S2Uをバスターから外しておいてくれ』
「ジュエルシード全部集まった今、もうS2Uの出番はないもんな」
『いや』

 

焦りが大部分だが、どこか不敵さを含んだクロノの声がディアッカの脳裏に届く。

 

『むしろこれからがS2Uの出番だ。それがあれば、ヴォルケンリッターの一人が持つデバイスを砕ける』