TPOK_18話

Last-modified: 2009-08-13 (木) 22:42:23

冬季らしい寒さに加えて、潮風の冷たさがいっそうリンディの肌を刺す。
中空からであれば一望できる程度の広さの無人島。それをまるまる覆うような結界を前に、リンディが手套をはめ直す。

 

「エイミィ、内部の武装隊との連絡は?」
『無理ですね、これ。相当強力な封鎖領域ですよ』
「闇の書のページを使ってるわね」
『ヴォルケンリッターも前線に出ないはずの騎士まで出張ってます。悔しいけど、個人じゃ破れない…』
「個人なら、ね」

 

鮮やかな緑の魔法陣が雲を踏むリンディの足元に広がった。
そして、まるで幾何学的な紋様で化粧するように、数多の立体魔法陣がその体へと染みていく。
さらにもう一枚、召喚魔法陣をリンディはその背に敷いた。物質や生物を召喚する魔法陣ではない。呼び込むのは魔力だ。

 

「準備ができたわ」
『座標特定、っと……パス、つながりました。サブエンジンの接続を切り替えます。いきますよ、艦長』
「ぐっ…!」

 

まるで重力が増したような錯覚。アースラより転送される魔力のことごとくがリンディに降り注いだ。
遥か遠くの宇宙の向こうから送り込まれる膨大なその波動は、瞬く間にリンディのキャパを超えてその背に蓄積されていく。
すなわち、妖精の羽。その数四枚。

 

骨がきしむような重みをしばらくリンディは味わうがそれもすぐに楽になる。
魔力の流入が安定すれば即座、大型の魔法陣を次々にヴォルケンリッターの結界の上に等間隔で描いていく。
結界魔法を外部から強制的に解く魔法陣。その数38。

 

いかにアースラのエンジンからの大魔力を利用できるとは言え、最終的に魔法として出力するのはリンディだ。
結界魔導師であるリンディではあの強力な結界を一撃で破る砲撃を編み出せない。
故、バリアブレイクの極大版をアースラの魔力を最大限活用してぶちかましてやろうというわけだ。
そもそもは結界を張る事を得手とするリンディだが、ここまで豊富な魔力があれば十分破壊に特化できる。

 

ずらりヴォルケンリッターの結界に敷き詰められた魔法陣は威容。
38が一斉に起動すれば砕けるのは必至だろう。

 

「これで…!」

 

ひとつリンディの背の羽が震えた。その振動に呼応して38の魔法陣が廻り始める。
その様子は結界に穴を穿つような螺旋運動にも見え、現実として拮抗するように何かヒビが入っているような音が響き始めている。

 

「エイミィ、通信がつながなればすぐに私に――」
『嘘、新しい魔力反応!? 艦長、狙われてます!』

 

反射的に悪意の方角に対してリンディは即座、防御魔法陣を展開。
のしかかる魔力砲撃の圧力を受けながら視認する。
仮面の戦士。
リンディよりもさらに高い位置で中空に悠然と立っていた。
片手で魔力砲撃。そしてもう片方の手には、使い捨ての魔力蓄積装置――カードが見えた。

 

「!! しまった!?」

 

結界を粉砕しようと起動していた38の魔法陣、そのすべてにカードが閃いた。
潮風の吹きすさぶ空にあって、そのサイズでは頼りなげに見えるカードは、しかし真っ直ぐに魔法陣すべてを捉えて突き刺さる。
カッ、と物理的に音がした気がする。
それほど見事に38発38中に結界破壊の魔法陣にカードがたどり着いたのだ。
瞬間、カードに刻まれた魔法陣と込められた魔力が起動。
突き刺さるカードの正体は、魔法陣のキャンセラーである。それはまるでリンディが懸命に描いた魔法陣を消しゴムで乱暴に消してしまうような。

 

自己で処理できるぎりぎりまで魔法陣を敷いてしまった弊害か、ここでリンディはキャンセルされた魔法陣から、回収できるだけの魔力がフィードバックしてくるのを受け止めるのに肉体にも思考も一時停止してしまう。
その寸時を縫うように、再び仮面の戦士から四枚のカードが翻る。

 

リンディの羽四枚に突き刺さった。
強制的にリンディとアースラのパスを解除、それと共に蓄積して留めていた魔力が瞬く間に霧散していく。
一般レベルの魔導師であれば魔法を暴走させてしまいかねないほど濃度が高くなってしまったその場で、しかしリンディは飛翔魔法を一度のぐらつきで立て直す。

 

完全に後手に回り、丸裸にされたリンディは身構えるが……特に何もない。
まるでヴォルケンリッターの結界を守るようにリンディと対峙する仮面の戦士は、ただ立ちふさがるだけ。

 

「……目的は闇の書の完成かしら?」
「そうだ」
「理由を―――問い詰めている時間も惜しいわね」

 

手印とともに展開される大型魔法陣。リンディがこづくと同時に、緑の怒涛が溢れだす。
指向は仮面の戦士。一本の樹木が驚異的速度で健やかに伸びるようなそれは、束ねられたチェーンバインドである。
三桁近いチェーンバインドがひとまとまりになって迸る様は、もはや捕縛魔法ではなく砲撃魔法にさえ見えた。
飲み込まれる寸前、仮面の戦士はスフィアプロテクションを形成。

 

瞬間、束ねに束ねられたチェーンバインドが仮面の戦士に突っ込んだ。

 

まるでビー玉が緑の津波に飲み込まれたかのようだが、

 

「バリアバースト」

 

派手に爆ぜた。
収束されていたチェーンバインドが全周囲へと散り散りにほどけてばらけ、その合間を通り抜けて仮面の戦士が翔んだ。
より高い位置へと移動する獲物を相手に、一切の方向性なくはじき飛ばされたチェーンバインドが鎌首もたげて跳ね上がる。
半分は仮面の戦士の後を追い、半分は仮面の戦士の防ごうと網となって進行方向を制限する。

 

「フェイク・シルエット」

 

一枚、仮面の戦士がカードを消費。
ざっと、空に50近い幻影が現れて別々に飛翔。明らかに本人ではない位置で発生した幻影を無視してリンディは目ぼしい10体強へチェーンバインドを裂く。
はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、

 

「ホイールプロテクション」

 

最後の一体が渦巻く防御。勢いよくチェーンバインドをはじき飛ばしてさらにカードを消費。
リンディへとフープバインドが五重に閃く。

 

「クッ…!」

 

即座にリンディがリングバインドを五つ起動。フープバインドがその輪を縮めてリンディを捕える軌道に配置する。
リンディに触れるまさにその寸前でフープバインドがリングバインドによって捕縛される。停止したフープバインドの隙間を縫ってリンディが高度を落として抜け出した。
そして天上天下を見渡すが……

 

「どこに…」

 

いない。消えた。
戸惑いは一瞬。空気の流れがすぐにリンディに伝える。見えないだけだ、と。
背筋凍えるような気配は上。見上げた。いる。
偽装がはがれるようにミラージュハイドがとけ、その姿を現す仮面の戦士は、新たなデッキを手にしていた。カード一枚一枚でのしようではないらしい。
ばらまいた。52枚のカードが天空に広がってきらめけば、全てがクリスタル・ケージへと変貌を遂げる。
その錐の先がリンディをポイントして、猛烈な速度で落ちてきた。槍が降ってきた方がマシだ。
新たな防御を展開しながら、今はヴォルケンリッターの事さえ頭の隅へと追いやって現状を凌ぐ事に全力を注ぐ。

 

 

「艦長が押されてる…」

 

始終をモニタリングしているアースラで、リンディと仮面の戦士の攻防を観戦していたエイミィが唸る。
その横でクロノが能面じみた顔で、内心はらわたが煮えくりかえっていた。
仮面の戦士にリンカーコアを奪われた自分に怒りが湧き上がるのだ。
この場面で、自分が魔法を使えたならばどれほど優位に事を運べていたか。
武装隊を何名か使えてさらにロッテと協力できるのならば、ヴォルケンリッターふたりは捕えるだけの事はできるだけの自信はある。

 

なのに今、クロノにできる事はない。
あの時、リンカーコアを奪われてさえいなければ…

 

「落ち着いて、クロノ君」

 

エイミィがいつもの明るさを失わずに言う。クロノの内心なんて、この姉御肌にはお見通しだ。
強く握っていた拳をクロノは緩め、努めて平静を装うようにため息をついた。

 

「落ち着けないな」
「でも、今は悔しがる時じゃないよ。頭を使う時だ」

 

クロノは魔法が使えない。
アースラの武装ではあの結界は破れない。
リンディは手がいっぱい。
エイミィの通信はロッテにつながらない。
こんな現状で、手と言われてもクロノに思いつく事などひとつしかない。
しかしそれは、管理局としては悪手と言わざるを得ないだろう。

 

「どうする、クロノ君」
「…………頼みたくないが、頼むしかない、か…」

 

闇の書に対する私情から、判断力が鈍っていないか?
そう問われた時、きっとクロノは鈍っていないと答えるだろう。しかしこの若い執務官は、残念ながらこの時、頭が冷静だったとはきっと言えない。

 

さて、そんな時分。キャプテンシート後部に備えられた、アースラ内外を転送でつなぐポットにひとり、帰ってくる者が現れる。
ディアッカである。

 

「おかえり、ディアッカ」
「あぁ。それより、おい、艦長が出たって本当かよ?」
「本当だよ。これ、今戦ってるのが艦長。分る?」

 

ヘルメットを脱ぎ、健康的な褐色の肌に張り付く汗をぬぐいながらすぐにブリッジの下部へと下りて行く。
エイミィとクロノのとなり。歩きながらディアッカはスクリーンに映し出されるリンディの姿に息をのむ。

 

そもそも魔法使いの戦闘というものをディアッカが見たのはこれが初めてだ。
人が宙に浮き、一瞬で光輝く魔法陣を描く。そして、高速機動を複雑に利用しながら攻防。
ディアッカには良く見える。リンディと仮面の戦士がなぞる空の軌道は実に戦いの理に則したマニューバである事が。
つまりそれだけ、魔法と呼ばれる超科学の戦いは練り上げられていると言う事。
天使や悪魔の戦いも、きっとこんなに激しく目まぐるしいものではなかっただろうに。

 

「………これが、人の動きかよ」

 

モビルスーツという兵器が空を駆け、敵を貫く姿はすでにディアッカも知っている。
フリーダムとジャスティスの華麗でさえある圧倒的な強さも、フォビドゥン、レイダー、カラミティの禍々しい強さも知っている。
だがしかし、今、映像として送られるリンディたちの戦いはそれらと質がまるで違った。

 

メカニックからプログラマー、パイロットまで数多の人々の思いと努力の結晶がモビルスーツであるのに、魔法使いとは個人でこれほどの事をやってのけるのか。

 

ディアッカは魅入った。
信仰の類を持たないディアッカでも、何の知識もなくこの戦いを見れば神々の存在を疑わなかったと確信できる。

 

「ディアッカ」

 

食い入る様に映像に釘付けになるディアッカの肩にクロノが手を置く。
我に返りながら、思いだしたようにパイロットスーツのポケットに手を入れれば、S2Uを取り出した。
差し出すディアッカの手にあるS2Uを見つめながら、クロノは無言。厳しい瞳は揺れている。頼んでいいものかどうか、という思いで揺れている。

 

「悪ぃ、こいつだよな。これがあれば、有利になるんだろう?」
「……」

 

S2Uを、クロノが受け取った。真剣な瞳は、まだ揺れている。

 

「あ」

 

エイミィの声。リンディの戦闘に視線を戻せば、またいくらか押し込まれている。
クロノが吹っ切れた。
S2Uをディアッカへと返す。

 

「頼みがある、ディアッカ」
「頼み…?」
「バスターであの結界を砕いてくれ。砕くだけでいい。きっとお前を危険にさらさない」
「結界?」
「島を覆っているドーム状のものだ。中に、武装隊が監禁されている」
「あの中に武装隊が……」
「S2Uを通して、アースラの魔力をバスターに回す。それで十分砕けるはずだ。実は今、手が足りていない…」

 

痛々しささえ伴ってクロノが言葉を紡ぐ。プロとして、ディアッカはクロノの苦味が良く分かった。
即ち、管理局が打破しなければならない状況に、ジュエルシード集めを手伝わせた上に、さらなる混乱に関係ないはずの自分を投入する苦悩だ。
ジュエルシードは感情移入のしにくい「魔力の塊」と対峙している気分だったが、映像を見る限り、今度立ちふさがっている相手は人間。勝手が違うだろう

 

脳裏に、もはや懐かしい気さえする顔がありありと浮かび上がっていく。
サイ、ミリアリア、キラ……どいつもこいつも、戦争と関係ないはずの中立の国で暮らしていたただの学生。
それが必死になって大人に負けないぐらい戦って、戦って、戦いぬいた。
ムゥやマリュー、ノイマンにチャンドラー。気の良いアークエンジェルのクルーたちも、子供たちに戦いを強いていた苦悩があったはずだ。
それに応えたヤツらを見てきた自分なら、クロノの頼みを断る気にはもうなれない。

 

無意識のもと、ディアッカが微笑を零す。
トン、とクロノの肩を叩いた。S2Uをひったくってから、来た道戻って転送の準備。

 

「任せろ」

 

 

徐々に劣勢になっていくのをリンディは痛感していた。
ミッドチルダ式カートリッジと言うべきカードによって、仮面の戦士はリンディに付け入る隙を与えてくれない。
熟練の魔導師だ。管理局でさえこれほどの使い手は少なかろう。
防性のリンディとしては、誰かもうひとり、前衛が欲しいかったが叶わぬ願いだ。ロッテは結界の中。息子は魔法が使えない。

 

仮面の戦士はリンディが何もしてこなければ、本当にただそこにたたずんでいるだけ。
結界にさえ手出ししなければ、究極的に言えばこのまま撤退しようとするのも後を追ってくるまい。

 

もうロッテと武装隊が閉じ込められ、かなりの時間が経っている。
ロッテたちは無事か?
ヴォルケンリッターはどれほど消耗している?
さまざまな疑問が浮かんでは消えていく。結界が維持されている限り、まだ希望があると自分に言い聞かせる。
結界だ。あの結界され破壊できれば、リンディは自分の持ち味を活かせる。
あの結界さえ――

 

「「!?」」

 

空に、大型の魔法陣が突如現れる。大きい。優に10メートルクラスの直径のその魔法陣に、リンディがすぐに何が来るのか思い当たる。

 

「クロノ! あなたディアッカ君を…!」
『はい、結界の破壊に向かわせました。砲撃後、すぐに回収します』

 

まず、脚が現れる。次いで胴、胸。ゆっくりと、バスターがその姿を顕わにしていく。全身を確認する前に、リンディも仮面の戦士も悟る。
異常な魔力を纏っている、と。
その正体もすぐに視覚できるようになる。

 

「バスターとアースラをつないだのね…」

 

妖精じみた羽が十枚、バスターの背に広がっていた。完全に転送が完了したバスターは浅瀬に着水。
膝のあたりまで海水につかりながら、すでにその手にあった350mmガンランチャーと94mm高エネルギー収束火線ライフルを連結。
収束火線ライフルを前に、ガンランチャーを後に連結した精密狙撃モード……というのが本来の姿だが現状ではかなり違う。

 

実弾を装填するガンランチャーにも、主要ユニットの代わりにストレージデバイス三機を詰め込んでいるのだが、流石にレールガンのシステムから魔力砲撃をぶちかますだけのこしらえは短期間すぎてアースラスタッフはできなかった。
つまり、ガンランチャーはストレージデバイスが詰まっているだけで単体では何ら役に立たない武装となっている。

 

しかし、収束火線ライフルを前に連結することで合計六機のストレージデバイスの演算能力を滞りなく発揮する事を可能とし、精密狙撃モードであるはずが、ただの大出力砲撃モードとして機能する武装と化している。
とは言え、今必要なのは精密なポイントによる狙撃ではない。結界を破壊するだけの一撃。
つまり長射程狙撃ライフルの皮をかぶったバスターのこの大砲だ。

 

仮面の戦士がバスターに蓄積された魔力へ、キャンセルのカードを投擲するが全てリンディに叩き落とされた。
銃口が、結界をよどみなくポイントする。いや、それだけではない。その火線上には、仮面の戦士さえ乗っている。

 

「砲撃が中にいるヤツにあたっても死なないんだな?」
『今のバスターが撃つ砲撃はすべて魔力ダメージだ。気絶こそするが死にはしない。ぶちかませ』
「グゥレイト!」

 

バスターがトリガー。
瞬間、戦艦と遜色ない超常の魔力砲撃が超高インパルス長射程狙撃ライフルから迸る。
これが物理エネルギーであれば、もしかすれば島さえ欠けさせてしまっているかもしれないような魔力の奔流に、引き金を指にかけたディアッカもおののいた。
今の今まで、ジュエルシード封印には連結まで使用していなかった故、これが初めてなのだ。まさかここまでの威力とは。

 

仮面の戦士がギリギリでこの一撃から逃げ、結界がガラス細工のように砕け散る。
一瞬の拮抗もなく、ヴォルケンリッターの結界がただの一撃で粉砕された。
コーディネイターの視力がバスターの砲撃に飲み込まれた武装隊を何人かを認めてゾッとなるが……クロノが大丈夫だと言うのだから大丈夫だろう。

 

封鎖領域特有の色褪せた景色のただなかにいたロッテや武装隊、そしてヴォルケンリッターたちも突然の事に驚愕して動きを止めている。
武装隊は、残り15人もいない有様で隊列を組み、残りは大地に倒れ伏していた。
バスターの砲撃の巻き添えを食らった者を除けば、全員リンカーコアを奪われて気絶している局員たちだ。

 

「な、なんだありゃ」
「すごい魔力…!」

 

おそらく結界を破ったのであろうバスターを目の当たりにして、ヴィータとシャマルが息をのむ。
生物には見えないが、纏っている魔力がけた違いなのだ。
おおよそ状況を把握したロッテが残っている武装隊を率いてリンディと合流しようと動き出す。

 

「待て!」

 

シグナムとザフィーラがそれを阻止しようと追いすがる。ロッテが踏みとどまってシグナムを止めた。
ぶつかるロッテとシグナムを通り抜け、ザフィーラが武装隊のひとりに追いつく。数名が協力して誘導弾をザフィーラに浴びせるが効果はない。
追いつかれた武装隊のひとりのリンカーコアがザフィーラによって奪われる。奪った分は、即座にシャマルの手にある闇の書へと送られた。
さらに別の獲物へ駆けだそうとするザフィーラだが、緑のチェーンバインドが降り注ぎそのスタートを切れずに終わる。
リンディだ。緊張する空気がザフィーラとリンディの間に満ちてふたりが動けなくなる

 

「クロノ、どれだ! どいつを撃てばいい!?」

 

聞きながら、ディアッカはだいたいどれが敵であるのか把握しはじめていた。追う者と追われる者がかなり分かりやすい。
大雑把に、色鮮やかな者たちがヴォルケンリッターだろうと予想がつく。
累々と倒れ伏す武装隊員を見て、これを女子供含めやたった四人でやってのけたのかとディアッカは驚いていた。
それと同時に、使命感と正義感がクールな裡にこみ上げてくる。あれほどの局員がやられているのに、結界を破壊しただけで帰るなんて嘘だ。
出来る事をする。やれる事をやる。

 

『ディアッカ、もう十分だ! 転送魔法を施せなくなるから動くな! 』
「あんなに大勢やられてるんだぞ!? 何もせずにいられるかよ!」
『ディアッカ! 止めろ! 撃つな!』

 

リンディと対峙する大柄の男にディアッカはポイント……するが、微妙に狙いを外す。
敵に砲撃の外周近くをひっかけて、なおかつリンディは巻き込まない狙いだ。
超高インパルス長射程狙撃ライフルによる魔力砲撃がどれだけの直径を有するか、すでに把握してしまったディアッカだからできる射撃である。

 

トリガー。

 

また、あの極大砲撃が無人島の上空を豪速で通り過ぎて行く。
流石に二発目となると、その場にいる全員がバスターに注意を払っていたので、誰にも命中はなかった。
ザフィーラにも、避けられている。しかし、その飛翔軌道はしっかりと目で追える。
魔法を知らずとも、戦争を知るディアッカにもある程度その飛翔を予測する目途がつきはじめていた。
ザフィーラという目標が移動していても、あと四発以内で当てられる自信がディアッカにはある。

 

問題は、四発も撃つ暇を敵がくれるかどうか、だ。

 

「う…!」

 

咄嗟の判断、としか言いようがない勘でディアッカはバーニアを無理に噴かせ、高速でバスターを横方向にスライド。
モニターの一角で、ヴォルケンリッターのひとりが自分に向けて弓矢を引いているのを視界の隅に納めたからだ。
ロッテや武装隊はザフィーラや仮面の戦士たちに抑えられていた。つまりフリーなのはシグナム。

 

たかが弓矢だが、この戦場で「たかが」なんて言葉が通用するとはディアッカに思えない。
そして、アースラで戦闘を記録していたクロノたちも、シグナムの弓矢に不気味さを感じていた。
知らない。
闇の書について無限書庫で詳しくは調べていないが、一通りの事は知っているクロノもあの弓と矢は知らないの。

 

ボーゲンフォルム。レヴァンティンの切り札とも言える形態だが、アースラと接続するバスターの魔力を警戒してシグナムは出し惜しまない。
加えて言うならば、リンカーコアを抜き出せない機械を相手に、シグナムは端から本気だ。
リンカーコアのために殺さずに仕留めるという制限がないだけの威力を込められる。これはディアッカの不運だったかもしれない。

 

シグナムが弓を引き絞る。
射た。
輝く矢はさながら流星のようにバスターの右腕の装甲を持って行ってしかも発火する。
バスターを動かしていなければライフルを射抜かれていただろう。

 

「ちぃ…!」

 

バスターの足を止めず、細かく動かしながら超高インパルス長射程狙撃ライフルの連結を外す。
再度、あのシグナムから弓矢が来た。ガンランチャーを放る。矢とぶつかり爆裂。
その爆煙ごしに94mm高エネルギー収束火線ライフルをシグナムにポイント。
避ける動きを見越した五連射撃を見舞うも、シグナムは鮮やかに全弾を見切ってしまう。
じっと、その動きを目で追えば、やはりディアッカはついていけるのを確信する。モビルスーツでなら、魔法使いに対抗できる。
あとは経験だけだ。あとは当てるだけだ。当てさえすれば、アースラから送信される魔力の事、一撃必倒だろう。
無論、その魔力を警戒して仮面の戦士、シグナム、ザフィーラは絶対回避を敢行したわけだが。

 

『ディアッカ! 逃げろ!』

 

クロノの悲鳴に、そこでディアッカは赤い色が自分に突っ込んでくるのを認める。
ヴィータだ。ラケーテンフォルムの噴射で、戦場の誰よりも速く移動していた。必死でバスターを上昇させるが、カートリッジが弾けるとともにヴィータも急上昇するのをディアッカは見た。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

あのロケット式のハンマーがどれだけの強さかディアッカは分からない。
しかし、フェイズシフト装甲さえ突き破ってしまうと確信させられるような迫力が嫌でも伝わってくる。
逃げなければならないと理解はできる。しかし、逃げられない、と悟ってしまった。
まさに、それと同時、竜巻のようなヴィータにリンディが割り込む。
ここでようやく、ディアッカは自分が結局、戦場に留まった事は愚かしかったのだと理解してしまう。明確に、リンディの足を引っ張ったのだ、と一瞬で膨大な後悔が胸に去来する。

 

今日までアースラに協力してジュエルシードを封印してきたのだ。ある程度は、戦力になる。ある程度は、役に立つ。
………さっきまでのそんな自信は、もはや欠片も残っていないかった。
確かに、経験さえ積めばまだマシだったかもしれない。
しかし、今はその経験がないのだから、つまり自分はただの足手まとい。魔法と言う知らない世界に対する認識が、甘かった。

 

強固なシールドとラケーテンハンマーがぶつかった。拮抗。
衝突の衝撃に歯を食いしばるリンディは、ヴィータがカートリッジをさらにロードするのを眼前で許す事になる。ラケーテンシュラークの鋭利さと勢いが、拮抗している状態で遥かに増していく。
リンディのシールドが砕けた。
激痛に顔を歪めながらリンディが落ちて行く。それを、狙っている者がディアッカの位置から良く見えた。
シグナム。弓矢を引き絞り、間違いなくリンディを狙っている。
ディアッカがシグナムにライフル――を射撃しようとして、結局できなかった。
鈍い振動。
気づけば異常に巨大になっているヴィータのハンマーの一撃で、ライフルを握っているバスターの腕がもぎ取られてしまっている。
嫌に冷静な、しかし焼けつくような気分で、ディアッカはシグナムが矢を射るのを見届ける。
矢。リンディに届いた。
リンディは懸命に、ぎりぎりの所でシールドを張っている。
盾は矢を阻もうと、矢は盾を貫こうと。まるで止まっているかのようにせめぎ合い、

 

「!!」

 

そこにヴィータが入ってくる。グラーフアイゼンが矢尻を叩いた。ただそれだけで、まるで杭を打つようにリンディのシールドが砕け散る。
散っていく緑の魔力の向こうから、ヴィータの手が伸びる。リンディの胸を貫いた。
背に抜けたヴィータの手の中には緑のリンカーコア。薄れていく。闇の書へ送られていく。
見開かれたリンディの目から力が消えていく。
残ったているバスターの手で、ヴィータに掴みかかろうとする。逃げられた。だから虚しく伸ばされた手で、リンディをどうにか掬おうと。
届……かない。

 

地上に落ちる寸前、ロッテがリンディを拾い上げる。バスターは無様に着陸。
リンディを抱いたままのロッテをヴィータがラケーテンハンマーで追随する。無論ロッテは逃げ一択だ。
だが、リンディを抱えてる分、明らかにロッテが遅い。
バスターのコックピットハッチを開く。空を見上げながらディアッカは握りしめたS2Uを、

 

「ロッテ!!」

 

力の限り放り投げつけた。ロッテがそれに気づいて飛翔の機動をかなり強引に変えた。
まるで燕が中空で獲物を摘むよう。風に翻弄されているようなS2Uをロッテが見事に掴んだ。掴むためにいびつになった飛翔のせいで、ヴィータが追いつく。
ラケーテンシュラーク。
ロッテが不敵に笑った。

 

「そのフォルムで、助かった」

 

S2Uが起動。杖の先端と鉄槌の先端が触れあった。
瞬間、耳が痛くなる甲高い音がS2Uから漏れる。

 

<Break Impulse>
「なッ!?」

 

ラケーテンハンマーが、S2Uに触れた先からみるみる砕けていく。
必死で停止しようとするヴィータだが、噴射でついた加速がは止まらない。滅びに向かって、ただグラーフアイゼンは前進し続ける。

 

「ア、アイゼン! アイゼン!!」

 

ブレイクインパルスの範囲からなんとかグラーフアイゼンをずらしてやっても、もはやハンマーの半分以上が跡形もなく粉々と化してしまっていた。
夢でも見ているかのように、半壊のグラーフアイゼンを手にヴィータが呆然となってしまう。
その隙をついて、S2Uを片手、リンディを片手にロッテが逃げた。
歴戦の精神ですぐにヴィータは追うか、追うまいか、という判断を自問する。

 

「退くぞ、ヴィータ」

 

そして、まさに追わずに退くという選択が最良と即決したヴィータのとなりでザフィーラが転送の魔法陣を敷いていた。
気絶したリンディをロッテはまだ手放せないでいる。まさに撤退するべき時分だろう。
一度だけ、半壊してしまったグラーフアイゼンを見つめる。歯を噛むヴィータの双眸は、己を責める憤怒でいっぱいだ。

 

「ヴィータ」

 

しかしその激情も今は抑える。今は、跳躍に専念すべき時。
ふと、ヴィ-タが地上を見下ろした。見上げてくる男がひとりいる。
ディアッカだ。ずたずたのバスターに立ち、ヴィータを、ザフィーラをじっと凝視する姿は、きっと憤っているのだろう。
見返しながら、ヴィータはザフィーラの組んだ跳躍の魔法に身をゆだねた。

 

結局、ヴォルケンリッター全員が消えてもディアッカは空を睨み続ける。
後悔と興奮が強烈にディアカの裡を満たして収まることがなかった。