~ジオン公国の光芒~_CSA ◆NXh03Plp3g氏_第06話

Last-modified: 2021-02-12 (金) 14:37:51

「ここまで迎撃なしか……」
 インフィニットジャスティスが、単機、シナイ半島南側上空を北上していく。
 スエズ運河北方要塞まで400km弱、約30分の距離である。
 もっとも南方要塞はいまだプラント地上軍が抑えているから、長いスパンでジオンが邀撃してくる事はないだろう。
 運河を沿って、北上する。
 北上するにつれ、点在するプラント地上軍の拠点が、焦げて煙を上げているものが多く見えてきた。
「どれだけの戦力を送り込んできたんだ……」
 しかし、攻撃されただけで、まだ制圧した様子は見られない。
 すると。
 ドッグヘッド爆撃機が、プラント軍のMS拠点のひとつを爆撃しているのが見えた。
「くっ」
 不必要な戦闘はしない、と言ったアスランだが、目の前でプラント軍が攻撃されているのを見て、心穏やかなはずがない。
 彼にとって、プラントのコーディネィターは同胞だ。
 しばらく逡巡したが、アスランは覚悟を決めて爆撃機の群れに飛び込んでいった。

機動戦士ガンダムSEED
 逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~

 PHASE-06

 途端、複数のロックオンアラート。
「!?」
 頭で考えるより早く反応する。ゴブリン・ドラグーンのビーム銃が、僅か一瞬前までインフィニットジャスティスのいた場所をクロス放火で貫く。
 回避しながら、爆撃機に向けて『シャイニングエッジ』ビームブーメランを放つ。4機の爆撃機がそれぞれ
機首、機首、右主翼、垂直尾翼ともがれて、墜落していく。
「くっ」
 さらにゴブリン・ドラグーンの集中射撃を一度かわすと、ドラグーンの1機に向けて、シールドを前面に一瞬で間合いを詰める。
 『グリフォン』ビームキックでドラグーンを破壊する。
 機動を続け照準をかわしつつ、ビームライフルでゴブリン・ドラグーンを仕留めていく。
その一瞬の隙に、ビームブーメランで爆撃機を、数機ずつ撃墜していく。
 やがて、半分ほどに数を減らした爆撃機は、作戦を放棄したのか、それとも爆撃を終えたのか、翼を翻して、北上し始めた。
 逃げる爆撃機の群れを、ビームライフルでさらに2機、撃墜した。
「よし……」

 もう良いだろうと判断して、アスランはビームライフルを格納しつつ、地上に目を向けた。
 爆撃で焼かれかけたプラント軍の兵士達が、上空をフライパスするインフィニットジャスティスに向けて手をふっている。

 突然、インフィニットジャスティスのコクピットにロックオンアラートが鳴り響く。
 礫の様な高圧縮粒子ビーム弾が降ってくる。シールドを構え、ビームシールドを展開して凌ぐ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
 ビームを追いかけるようにして、ネイビーブルーのMSが、ビームサーベルを上段に構えて、上方からつっこんできた。
 ネモ・ヴィステージ。ジオンのナチュラル向け主力モビルスーツ。
 インフィニットジャスティスのビームシールドとネモ・ヴィステージのビームサーベルの刀身ビームがぶつかり、激しく火花を散らす。
 アスランは間合いを取ろうとするが、無差別に振り回しているように見えて、的確にインフィニットジャスティスの胴を狙ってくる
ネモ・ヴィステージの太刀筋が、それを許さない。
 アスランは全チャンネル帯の通信と外部スピーカーをONにし、叫ぶ。
「やめろ! 俺は戦いに来たわけじゃない! シン・アスカと話がしたいだけだ!」
「寝ぼけてるのか!? 爆撃機をあれだけ撃墜しておいて、戦いに来たわけじゃないだと!?」
 ZAFTの隊内通信チャンネルに、相手のパイロットの返信が帰ってきた。通信用のディスプレィに表示されたのは、
アスランにも見覚えのある、少女の姿。
「コニール!? 君までジオンにいたのか!」
「うるさい、ZAFTの裏切り者、死ね!」
 コニールは怒り心頭の表情で吐き捨てるように言うと、ネモ・ヴィステージにビームサーベルを構えさせ、正面から両断する体勢に入った。
「っ!」
 アスランは太刀筋から逃れる。ネモ・ヴィステージのビームサーベルは、筆記体の“L”を描くように素早く向きを変え、
インフィニットジャスティスの胴を薙ぎかけた。
 バチバチバチバチッ
 紙一重、インフィニットジャスティスのシールドが、ネモ・ヴィステージのビームサーベルを凌ぐ。
「なっ!?」
 アスランは相手の力量を見誤っていた。いや、それはアスラン自身だけではない。
「コニール……」
 驚愕に、シンは喉を鳴らす。ネモ・ヴィステージが軽量・格闘寄りの汎用機とは言え、コニールがインフィニットジャスティス相手に
ここまで暴れるとは思わなかった。

 2人の勘違いは根本的なところにある。確かに2人とも“元”ZAFTのエリートMSパイロットだ。それに比べてコニールは
MSパイロットとしては日が浅い。だが、彼女は生まれたその日から、機関銃の発砲音と硝煙に包まれて生きてきたのである。
殺すか殺されるかの駆け引き、必死さではアスランもシンもその足元にも及ばない。
「くそっ、やむをえないか……!」
 アスランはビームブーメランを投擲、ネモ・ヴィステージが回避に入った隙に間合いを稼ぐ。
 ビームライフルをラックに戻し、『シュペールラケルタ』ビームサーベルを抜き、ハルバード形態に連結させる。
「やらせるかよ!」
 シンはHi-Com02ビームサブマシンガンを抜き、インフィニットジャスティスに向かって撃ちかける。
「! シンか!?」
 インパルスIIが、インフィニットジャスティスの正面に踊りこむ。『ファルシオン』ビームサーベルを抜き、構えた。
「何しに出てきたんだ、アンタは! いつZAFTに舞い戻りやがった!?」
 開口一番、悪態をついてやる。アスランの言葉に乗ってやるつもりは毛頭なかった。
「シン! もうやめるんだ!」
 アスランは、必死の形相でシンに語りかけた。
「君は自分のような存在を作り出すのが嫌だったんじゃないのか!? どうしてまだ戦いを続けるんだ!?」
 インパルスIIは、アスランの言葉など気にもかけないかのように、ビームサーベルの斬
撃をインフィニットジャスティスに向けて繰り出してくる。
 ビームシールドで受け止めつつ、インパルスIIの懐に、インフィニットジャスティスはもぐりこんでくる。
「そんな信念、俺はな!」
 シンは瞳を不気味にギラつかせながら、叫び、そしてインフィニットジャスティスにさらに刃を突き立てようとする。
「アンタらに負けたあの日、捨てちまったんだよ!!」
「シン!」
 インフィニットジャスティスはそれをかわしつつ、ビームキックでインパルスIIを蹴り上げようとする。
「やらせるかぁっ」
 ドガッ
 真上から、インフィニットジャスティスの腹部めがけて、ネモ・ヴィステージの垂直ドロップキックが降ってきた。
 バランスを崩し、大きく高度を下げる。

「卑怯だぞ!」
「戦争に卑怯も汚いもあるか、バカ!」
 アスランの反射的な言葉に、コニールが口汚く言い返す。
「アンタはいつもそうだ、自分がルールみたいなツラしてやがる」
 ネモ・ヴィステージと絡み合うアスランに、シンの言葉。
 シンは言った。それを言えばアスランが本気で怒る事を承知で。
「そのノリで、自分の父親も死に追いやったんだろう! 父親殺しのアスラン・ザラ様よ!」
「!!」
 アスランはしかし、いきなりは怒りださず、ショックを受けたように哀しそうな表情をした。
「違う、俺は……」
「何が違うんだよ、政敵の娘と一緒になってMS強奪までして、ジェネシスを吹っ飛ばしたんだろうが!」
「シン! 貴様!」
 アスランはついに表情を険しくし、ネモ・ヴィステージを振り払うと、ラケルタを構えインパルスIIに一直線に飛び掛っていく。
 シンは待っていたとばかりに、インパルスIIを構えさせた。
 だが。
 ズドンッ!!
 ネモ・ヴィステージから離れた瞬間、インフィニットジャスティスの右腕が、大出力のビーム砲で撃ち抜かれた。
「なっ!?」
 インフィニットジャスティスの右肩関節から先が、きれいさっぱりとなくなり、ラケルタは電力供給が途絶え、
刀身ビームが寿命を迎えた蛍光灯のように点滅しながら消えていき、柄だけになって地上に落下していった。
 強力な装甲を持つインフィニットジャスティスの腕を、消し飛ばすほどの高出力ビーム。
「隊長ーっ!!」
「アスカ中佐! ご無事ですか!?」
 ランチャーストライカーを背負ったゲルググ・イェーガー。マリア第1小隊の残り2機。
「くそっ!」
 アスランはファトゥムを切り離した。ファトゥムは高速で地表スレスレの高度まで降りると、ゲルググ・イェーガーを薙ぐ。
「うわぁっ!」
「あぶねぇっ!」

 ゲルググ・イェーガーの運動性はインフィニットジャスティスにも匹敵するが、それは軽装状態、もしくはエールストライカー装備の場合だ。
 重量級のランチャーストライカーを装備した状態では、ファトゥムの襲撃に回避するのがやっとである。
 1機がファトゥムのビームウィングに引っかかり、右腕ごと『アグニII』ビームカノンを吹き飛ばされた。
「うぉぉぉぉぉっ!」
「やめろぉぉぉっ!」
 それを見たシンとコニールが、一斉にインフィニットジャスティスに斬りかかった。
 インパルスIIの一撃はビームシールドで凌ぐ。だが、同時に繰り出されたネモ・ヴィステージの斬撃で左脚の膝から下を切断される。
「な、な、な!?」
 右足の甲をインパルスIIのビームサーベルで貫かれる。────反撃不可。
「たっ、助けてくれ、キラ────っ!!」
 届くはずのない声を、アスランは絞り上げた。
「お前はここで死ね!」
 通信から帰ってくるのは、無慈悲なコニールの声。
 ビームシールドを広げ、かろうじて2機がかりの斬撃を凌ぐ。そこへファトゥムを飛び込ませる。
「うぉっ」
「わっ」
 インパルスIIとネモ・ヴィステージが反射的に退いた瞬間、唯一残った左腕でファトゥムにつかまり、
インフィニットジャスティスは急降下で速度を稼ぎながら、東北東へと離脱にかかった。
「やろ、逃がすか!」
 コニールが追いかけようとしたが、シンはそれを制する。
「待て、コニール、深追いするな」
「えっ?」
 不満を感じるというよりは、キョトンとした様子で、コニールは機動を止める。
「味方に被害も出ているんだ、自重してくれ」
「あ、ああ!」
 コニールはむしろ力強く返事をすると、ネモ・ヴィステージを、大破したゲルググ・イェーガーの方へと向かわせた。

 インフィニットジャスティスはロシア方面へ逃げていた。
 ヨーロッパ連邦との対立から、旧ユーラシア連邦東部の国家は、親プラント・親オーブ国家が多かった。
 アスランはアルメニアかグルジアのオーブ大使館に逃げ込み、そこでカガリに救援を求めるつもりでいた。
「どうしてみんな……戦おうとするんだ」
 信念は捨ててしまったというシン、自分を裏切り者と呼んだコニール。その2人を援護する為に現れたジオンのMS。 アスランの思考は混乱していた。
 彼らは何を信じて、どんな未来を見出して戦っているのか。
 ガクガクッ……
「!?」
 不気味な振動と共に、インフィニットジャスティスのコンディションモニターに、更なる警告表示が踊った。
 核融合MSと2:1でやりあったツケが出てきていた。生き残っていたスラスターも酷使による磨耗と推進剤不足で推力を失い始めた。
 さらに決定的な事象が起こった。オーバーパワーで振り回した直後に出力を下げた為、核分裂エンジンが想定外の更なる出力低下を起こした。
 キセノンオーバーライドだ。エンジンに出力上昇を指令するが、警告表示が出てキャンセルされる。これは当然の仕様だった。
 キセノンオーバーライドを引き起こしている時の核分裂炉は非常に不安定だ。
 それに気付かず、無理に出力を上げようとして、大事故に至ったのが、かのチェルノブイリ原子力発電所4号機である。
 フェイズシフトダウン、スラスターもその活動を止めようとする。計器類のバックライトまで不気味に明滅を始めた。
「くそっ……だめかっ!」
 アスランは必死に落下コースを調整する。目の前に、大きな湖が目に入った。反射的に、着水コースを選ぶ。
 インフィニットジャスティスは、石の水切りのように何度か緩やかにバウンドした後、その湖面を波立たせて着水した。
 アスランはハッチを爆破し、湖の中に躍り出た。
「!?」
 パイロットスーツに染み込んだ水が水中に身体を引きずり込む────と想定し、必死に泳ぎもがこうとしたのだが、
それに反して、むしろ身体は潜るのが困難なぐらいにプカプカと浮いた。
「なんだ、この湖は!?」
 アスランが驚いたこの湖────死海。出て行く河がなく、唯一細々とヨルダン川が流れ込むだけのこの湖は、
サンドベルト地帯の強烈な日光によって水分だけが蒸発し、それ 以外の成分が蓄積していく。塩分濃度が高すぎ、
比重がとても重い為、人間の身体は無条件に浮いてしまうのだ。

 その名に反して、食塩やカリウムの生産で人間の営みを支えてきたこの湖だが、アスランにとっては幸いでも、
インフィニットジャスティスにとっては文字通り死をもたらす。
 鈍色に染まった彼が、赤錆の塊と化すまで、それほどの時間はかからないだろう───

 それから48時間後。
 マリア、マチュアを中核としたジオン公国軍スエズ作戦部隊は南下を開始。
 この時、防衛側のプラント地上軍には、伝説のモビルスーツ、インフィニットジャスティスが、ジオンのMSに撃退されたという情報が飛び交い、
プラント地上軍は脱走や、個人単位、部隊単位の降伏が相次ぎ、戦線を維持できる状態ではなくなっていた。
 伸び始める補給線に不安を抱きつつ、進撃開始から僅か60時間後にスエズ南方要塞を包囲、さらにその48時間後に要塞は降伏した。

 そして。
 オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハは、人生で何度目かになる、窮地に立たされていた。
 ジオン公国は、国家元首である大公ジオン・アルテイシア・ダイクンの名で、オーブに要求を突きつけていた。
 不法にモビルスーツを運用しジオンに損害を与えた犯罪人、アスラン・ザラの身柄を引き渡せ。
 それがなされない場合、アスラン・ザラの行為をオーブの正規の軍人としてのものと認めたとし、オーブからジオンに対する宣戦布告と受け取る。
 文章を繰り返し読むたび、カガリは顔を子を強張らせた。
 アスランの身柄は、ヨルダン軍によって救出された後、グルジアに移され、グルジアのオーブ大使館に匿われている。
 オーブはプラントと足並みをそろえ、ジオンを承認していない。だが、だからといって要求に対し沈黙でこたえれば、
 高性能MSを保有するジオンに一方的に攻め込まれるしかない。ジオンを承認していない以上、オーブからジオンに攻撃する事は
“プラントの一領土に攻め込む”ことになるからだ。
 カガリは、顔をこわばらせながら、背筋をゾクゾクと震わせた。
 ────賽は投げられたのだ。
「これで御膳立ては整ったというわけですね、代表」
 女の声に、カガリは頷いた。
 声の主は、アスランの秘書官、レナ・ディノ。ただし、偽名だった。
 カガリの紹介で付けられたので、アスランも特には疑わなかったらしい。カガリの真意さえも気付かずに。
 もし彼女の本名を知ったら、アスランはどんな顔をしただろうか?
「全て、想定通りに行う」
 カガリはそう、レナに告げた。
「仰せのままに」
 そう言って頭を垂れ、そして彼女、一族最後の生き残り────レナ・セイランは、頭を上げると、微笑んだ。