~ジオン公国の光芒~_CSA ◆NXh03Plp3g氏_第14話

Last-modified: 2021-02-12 (金) 14:42:11

「あれが収容所?」
 谷間の高台から、双眼鏡を使って見下ろす。
「連合時代のものを、そのまま使ってる。ZAFTが一旦閉鎖した奴なんだけど」
「いつから?」
 双眼鏡を覗き込んだまま、シンは傍らのコニールに聞き返した。
「プラントの議長が代わってすぐ。基地に新しい司令官が来てからだよ」
「ラクスが直接指令してる訳じゃないな」
 双眼鏡を下ろしながら、シンは行う。
「司令官とやらが点数稼ぎにやってるんだろう」
「点数稼ぎって、無茶苦茶な! そんな理由で!」
 コニールは声を上げた。

 ZAFT軍組織が改編され、プラント国防軍が発足した。この時、デュランダル時代に占領したガルナハンでは、
当時の指揮官はデュランダル派というレッテルを貼られ、プラント国防軍から追放された。
 そして、プラント国防軍として新たに着任した司令官は、着任して間もなく、ガルナハンの街に対して
レジスタンス狩りを開始したのである。
 かつて連合に対するレジスタンス活動に従事した人間のほとんどを、“破壊活動準備の罪”で、
証拠もなしに拘束したのである。
 かつてレジスタンスの主要メンバーだったコニールが逃れ得たのは、2つの幸運だった。
ひとつは、年齢がプラントの基準でも未成年であった事。地上の人間は20歳近くにならなければ
成人と認められず、行動も制限される。
 そして、もうひとつはまさしく僥倖だった。プラント国防軍にはコニールのデータがなかったのである。
 坑道の件と同じで、ミネルバとインパルスのデータファイルが喪失していた為だ。
「絶対の平和と自由の為、最終的にそう理由付けられれば、なんでも許されるのさ。ここだけじゃない」
 シンは、淡々とした表情でそう言った。

機動戦士ガンダムSEED
 逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~

 PHASE-14

「あそこにモビルスーツは?」
「あたしが見た限りはいない」
 シンの問いに、コニールは少し、声を低くして、少し自信なさげに言った。
「じゃあ、いないな」
 シンは、短くそう言った。
「そうか?」
 コニールは、少し驚いたようにシンを見る。
「あの建物、最高層で3階建てだろ、モビルスーツはとてもじゃないけど収まらない。屋外に置いてなければ、
モビルスーツは無い。モビルアーマー可変型なら隠せるかも知れないけど、せいぜい1機がいいところだ」
「なるほど」
 シンの言葉に、コニールは感心したように言った。
「ローエングリンゲートの基地から出てきたとして、ΩインフィニティかΔフリーダムなら20分、
 ドムならそれ以上かかるな」
 シンはそう言い、MS輸送用のトレーラーに手をかけてよじ登る。なりは大きいが、シン達が以前ガルナハンを
占領した時に連合が打ち捨てていったもので、ボディは朽ちかけている。

「それじゃあ、時間ももったいないし、さっさとやっちまうか」
「OK」
 コニールはそう言って、トレーラーの隣に止まっているオフローダーに飛び乗る。エンジンをかけると、
そのまま飛び出して行った。
 シンはトレーラーの上の、ウィンダムを覆うシートの中にもぐりこんだ。
 コニールは道とは呼べない平地を駆け下りる。
 収容所の正面に出る。トランスファー付の6速マニュアルミッションのシフトレバーを握りつつ、ゴクリと喉を鳴らす。
 収容所の正門の前に、車を横付けした。
 助手席に積んであった電子メガホンを手に取り、車を飛び降りる。メガホンを後ろ手に隠して、警備兵の詰め所に近づく。
「んー?」
 20前後の、プラント国防軍の制服を着た青年は、ニコニコと笑いながら近寄ってくるコニールに、視線をやる。
「なんだい、お嬢ちゃん? ……はて、どっかで見たような顔だな」
 警備兵が、口元に手を当てて、首を傾げかけた時。
 グォォォォォッ
 そのまま、警備兵の顔が凍りついた。
 巨大な影が、上空から降ってくる。
 ウィンダムは、鉄筋コンクリートの高い塀を発泡スチロールのように崩し、収容所の敷地に降り立った。
 有刺鉄線が、流されていた高圧電流で激しくスパークを上げるが、やがてそれがなくなる。大地短絡でブレーカーが落ちたのだろう。
 シンは監視塔をなぎ倒すと、その鉄骨を得物にして、収容所の玄関と思しき部分に突っ込み、そして引き抜いた。
『コニール、早くするんだ、あまり時間ない』
 シンが外部スピーカーで怒鳴る。
「おうっ」

 プラントは経済的に困窮している。収容者を一方的に養う余裕はない。この時も生産作業のために収容者は
建物の中が移動できるようになっていた。
 コニールやシンが知る由はなかったが、武装したコーディネィターに丸腰のナチュラルが敵うはずがないという侮りもあった。
 そのため、房に鉄格子の扉がかけられる夜間ではなく、白昼堂々の強襲としたのである。
『みんな! 助けに来た、早く逃げるんだ!!』
 コニールが電子メガホンで怒鳴る。
 収容者は雄叫びを上げながら、シンが壊した玄関をはじめとして、あちこちの開口部から脱出して来た。
「うわぁぁぁぁぁっ!!!!」
 歓声が沸きあがる。建物の中にいた警備兵は、突然のMSの襲撃に、浮き足立っていた。
 銃を持っていようと、コーディネィターであろうと、多勢に無勢で抑え込まれ、身包み剥がされた。
 別の監視塔の重機関銃が、脱出する収容者に掃射をかけようとした。
「させるかよぉっ!」
 シンはビームサーベルを抜き、そのまま監視塔をなぎ払った。その残骸を、更に別の監視塔に投げつける。
 果敢にも、ウィンダムに向けて射撃してくる銃座もあった。だが、さすがに手持ち火器の12.7mm弾では、
よほど当たり所が良くない限り、モビルスーツに致命打を与えることは不可能である。ほぼ同口径でも、
機動兵器用の14mmや17.5mmよりも炸薬が少なく、初速や弾体重量が小さいのだ。
 シンはウィンダムの左腕で鉄骨を振り回し、銃座を次々と潰していく。
 ビーッ、ビーッ、ビーッ……!!
 コクピットにロックオンアラートが鳴り響く。
「くそっ、想像より早い!」
 シンは毒つきつつ、シールドを構えさせる。ビームがアンチビームコートにぶつかり、バチバチと弾ける。
 そこに現れたのは、3機の戦闘機型MA。
「ムラサメ……そんなものを!」
 ローエングリンゲートからガルナハンの街にすぐに駆けつけられる様に、わざわざオーブから購入したのだろう。
「アスハの馬鹿野郎~~~~!!!!」
 毒つきながら、3機がかりの集中射撃を、ひたすらシールドで耐える。
 暴れようにも、背後には収容所から脱出したガルナハンの人々がいる。
「クソッたれ!」
 埒が明かないと判断したのか、3機のムラサメは降下し、MS形態に変形しようとする。
 シンはウィンダムに装備された、『スティレット』ロケットハンドグレネードを投擲する。数発が1機のムラサメに突き刺さり、爆発する。

 同時に、着陸しかけたもう1機のムラサメをビームサーベルで一刀両断する。
 乗っているのはプラントのコーディネィターだろうが、並のパイロットに可変MSは扱いかねる代物なのだ。
 最低でもかつての旧ザフト・レッドクラスの技量は必要だ。
 残った1機のムラサメは浮き足立ちつつ、ビームサーベルを抜く。シンは一気にムラサメに迫り、斬りかかる。
 ムラサメはシールドを突き出してそれを受け止めた。アンチビームコートと刀身ビームがバチバチと火花を散らす。
「こーのぉぉ!」
 シンはもう一度斬撃を入れる。ムラサメはやはりシールドで受け止める。
 ウィンダムはビームサーベルを振り下ろす姿勢のまま、低い位地にドロップキックを入れた。
 転がったムラサメに、間髪いれず、ビームサーベルを突き立てる。
 パワーパックを貫かれ、バチバチと火花を散らした後、ボンッ、と、破口から煙が上がった。
『シーンッ!』
 コニールの電子メガホンの声が聞こえる。
『もう充分だ、引き上げて!』
『判った!』
 コニールがオフローダーを発進させると、シンはウィンダムを中腰の姿勢にさせ、エールストライカーのバーニアで、
大地をすべるように、ガルナハンの街の方角へと向かった。

 既に陽の落ちた市街地。
 もはや隠す事もなく、大通りに堂々と、ウィンダムを搭載した錆だらけのキャリアを路上駐車している。
「同じ人間に、また助けられるとは思ってみなかったぜ」
 コニールが住み込んでいた店の中では、なけなしの食材を持ち合って、大宴会が行われていた。
「まさに我々の勇者、いや、救世主だ」
「そうだ!」
「シン・アスカは、ムハンマド・イブンに続く救世主だ!」
「よ、よしてくれよ!」
 一度勢いのついた集団は止まらない。シンを称える歓声はどんどんエスカレートしていく。
 酒の勢いもある。イスラームは飲酒を禁じているが、そもそもシーアのイランでは飲酒はそれほどタブー視されていなかった。
 A.D.20世紀後半に原理主義的な革命勢力が握った時、禁止される法律が施行されたが、世界再構築戦争の後に解禁された。
 シンは多くのコーディネィター同様、無神論者である。イスラームの救世主と並び称されては、困惑するしかない。
 焦りながらそれを否定するが、怒涛の如き勢いをとどめる事は出来ない。
「シン・アスカにアラーの加護のあらんことを!」
「アクバル・アッラー!!」
 ジョッキを上げて、声が上がる。
「ま、参ったな……」
 シンが困惑しきった顔で、引きかけながらつぶやく。
「まぁ、いいじゃんか、そういうことにしとけば」
「コニール……」
 赤い顔をしたコニールが、ケラケラ笑いながら近づいてくる。
「って酒くさっ、お前酒飲んで良いのかよ!?」
 シンはイランの現行法については明るくなかったが、コニールの年齢はプラントでも成人にはまだ早すぎるはずだ。
「今日だけは特別、アラーもお許しになる……」
「そーゆー問題じゃなくてだな……」
 シンが呆れたように言いかけた、その時────

 カッ!!

 窓の外が、瞬いた。
 大地が揺るぎ、爆風と振動で、窓ガラスが全て飛び散る。
 テーブルの上に腰掛けていたシンは、コニールと共に投げ出されかける。
「な、なんだ!? なんだ!?」
 慌てて立ち上がり、出入り口に立つ。外を臨む。
 ガルナハンの街が、一直線に、抉りとられていた。
 残った町並みも、炎に包まれている。
「冗談だろ……」
 一瞬で、都市を半壊させるような巨大兵器。
 シンに思い当たることは、ひとつしかなかった。
 陽電子砲ローエングリン。
「街に向けて、ぶっ放したって言うのかよ!!」
 一度はシン達が破壊したが、修復していたと考えるのは自然だ。
 だが、それを民間人の住む街に向けて撃つとは。
「畜生!」
 シンは飛び出し、キャリアの上のウィンダムによじ登る。
「シン!」
 コニールが続いて飛び出す。振り向けば、荒野を進んでくる黒い群れ。
 プラント国防軍主力モビルスーツ、ドム・トルーパー。
 ウィンダムが起動する。シンはその身体を起こさせた。
 先頭のドム・トルーパー3機が、1列縦隊で、シンのウィンダム目掛けて突き進んでくる。
『おいお前ら、やるぜ』
『おうっ!』
『俺達だってやってやるぜ!』
 シンはビームサーベルを抜き、シールドを構えさせる。
『ジェット・ストリーム・アタッ……』
「うるせぇぇぇぇぇっ!!」
 シンのSEEDが発動する。
 先頭のドム・トルーパーより早く、つっこんでビーム・サーベルを突きたてる。引き抜き、正面から上段の構えで2体目を両断した。
「ヒルダの姐さんのように活躍したかったぁぁ~」
 先頭のドム・トルーパーのパイロットは、分解する機体から放り出されながら、そう叫び声をあげた。

「うわぁぁぁぁっ、お前らぁぁぁぁっ!」
 ウィンダムの駆動系に悲鳴を上げさせながら、シンはドム・トルーパーを次々に斬り捨てる。
 ビームサーベルを持ったまま、左腕でビームライフルを腰だめに構えさせ、1機、2機と撃ち抜く。
「シン……」
 コニールは心配げな表情でそれを見る。シンの狩るウィンダムは、鬼神のように見えた。
 だが、それでもあまりに多勢に無勢すぎる。
「!?」
 コニールがそれに気付いた時。
 ウィンダムのコクピットに、無数のロックオンアラートが踊る。そして、次の瞬間には、全てが終わっていた。
 迸る無数のビームに、ウィンダムの四肢はもがれ、大地に崩れ落ちる。
「な……っ」
 いかに機体がウィンダムとは言え、SEEDの発動しているシンの操るMSに、一瞬にしてそんなことが出来る人間、そしてモビルスーツ。
「キラ・ヤマトぉぉぉぉぉっ」
 大地に転げるウィンダムの胴の中で、シンは叫び声をあげる。
 空を向かされたままのウィンダムのメインモニターに、天使の如き翼を広げた、青と白のMSが、飛び去っていく姿が見えた。
「見えないのかよキラ、プラント軍がガルナハンを焼いてるんだぞ! 自分の為に戦っている人間も、罪もない人々も、焼いてるんだぞ!!」
 キラに言葉は届かない。もう、ストライクフリーダムの姿は見えない。
「こういうことかよキラ! これがお前の戦いか! 吹き飛ばしてもまた植えるってのは、こういうことだったのかよ!!」
 自分達に都合の悪い草木を焼き、見栄えのいい花で埋め尽くす。
「畜生、畜生、ちくしょぉぉぉぉぉっ!!」

「う……ん……」
 何処まで意識を保っていたのかは覚えていない。
 次に目を覚ました時、シンがいたのは、ウィンダムのコクピットの中でも、ガルナハンの廃墟の中でもなかった。
 真っ先に目に入ったのは、白い天井。
「…………ここは?」
 呟いてから、目を見開き、がばっと身を起こす。
「ここは何処だ!? コニール!? みんな!?」
 あたりをキョロキョロと見回す。
 収容施設や刑務所、あるいは病院と言った様子もない。表現するなら、ホテルの一室のような内装の部屋。
 そして、その視界に、コニールが入ってきた。
「シン! よかった……気がついたんだな!!」
 駆け寄ってきて、そのことを喜ぶような、切なげな瞳でシンを覗く。
「コニール……ここは、何処だ? いや、ガルナハンはどうなった?」
 シンはコニールに訊ねる。
「ここは、あたしのスポンサーの人の家だよ」
「スポンサー?」
 シンが反射的に聞き返すと、コニールは軽く頷く。
「そうか、ウィンダムなんて何処で調達したのかとおもってたけど……」
 シンはそう言いながら、改めて部屋を見回す。
「ガルナハンは、どうなった?」
 答えを予期しつつ、覚悟を決めたような、低い声で訊ねる。
「街は、残さず焼かれたよ」
 コニールは、沈痛な面持ちで、低い声でそう言った。
「みんな死んじゃったわけじゃないと思うけど、散り散りで、誰がどうなったのかなんかわからない。
 お前をコクピットから引っ張り出すので精一杯だった」
「…………」

 シンは自分の右手を握り、それを見つめた。
 また焼かれた。自分の居場所を。
 また奪われた。自分の守ろうとした物を。
「結局こうなっちまった……やっぱり、俺はこういう運命なんだな……」
 自嘲し、乾いた笑い声を上げる。頬を、涙が伝う。
「シン……」
「すまん、コニール。俺さえガルナハンに来なきゃ、俺が戦わなきゃ、ガルナハンが焼か
れる事なんかなかったのにな」
「それは違う!」
 コニールは憤ったかのような剣幕で、声を上げた。
「誰もシンが戦ったことを恨んでなんかない! 少なくとも、あたしはシンを恨んでなん
かいない!」
「でも……」
 やっと戦う意味を見つけた、生きる意味を見つけた、そう思ったのに。
 脳裏に浮かぶのは、焼かれる炎に、真っ赤に染まるガルナハンの街。そして、
「…………くっ」
 燃え盛るガルナハンの空を、悠々と飛び去っていく、ストライクフリーダム。
「キラ……キラ・ヤマト……」
 拳を握る力が増す。ぶるぶると震える。
「お前だけは……許さない……」
 そうだ。
 あの男を許すな。
 あの男だけは許すな。
 例え他の全てに挫けようとも。
「お前だけは……必ず倒す」
 シンの心の中で、戦う意味、生きる意味に、それだけが残った。そしてそれは燃え上がる炎となって、シンの中を嘗め尽くす。
「力を差し上げましょうか?」
 コニールとは別の、女の声。
 シンが見上げると、部屋の入り口の方に、長身の女性が立っていた。

 ポニーテールにした長髪。服の上からもその盛り上がりが、それも美しいラインを描く胸、絶妙にくびれた腰。
 間違いなく、魅力的な美女であっただろう。
 だが、ややきつめの印象を与えるものの、生来は美しく整っていただろう顔立ちは、それを過去形にしていた。
 左目の上下は、火傷と思われるケロイド状になっており、生え際も山のように削り取られていた。
 左目の眼球は残っていたが、虹彩からは色素が抜けてしまい、無機質なレンズのようになってしまっている。
 だが、シンはその顔に、嫌悪感からではなく、ただ見とれてしまっていた。
「驚かしてしまったかしら?」
 女はそう言って、苦笑した。
「あ、ああ……ずいぶん綺麗なんでな」
 シンは、思わず、呟くように言ってしまった。
 傍らで、コニールが不貞腐れたようにそっぽを向く。
「綺麗? 嫌味かしら?」
 困ったような顔で、女はシンを見た。
「いや、嫌味でもお世辞でもない。綺麗だよ、アンタは……」
「……この傷、不気味じゃないの?」

 不思議そうな顔で、女はシンに聞き返す。
「いや。確かに、痛々しくは見えるけど……でも、それでも、アンタは充分綺麗だ」
 シンは上ずった声で、そう言った。
「あいつも、同じようなことが言える人間だったら、また違っていたのにね」
 苦笑して、女はそう言った。
「あいつ……?」
 シンが聞き返す。すると、女は表情から、笑みを消した。
 僅かに、間を置く。
「あなた、キラ・ヤマトと戦う力が欲しいんでしょ?」
 その言葉に、シンも一転、表情を険しくする。
「アンタが用意できるって言うのか? それに、なんで俺にそんな事をしてくれるんだ?」
「用意できるか、って言うのは、今すぐには無理ね。でも、貴方が協力してくれれば、必ず用意するわ。そして貴方に与える。約束する」
 女は笑み混じりに、そう言う。
「なんでそんなことをするか、って言うのは、貴方がキラ・ヤマトを倒せる、唯一の人物だからよ」
「倒せるって……俺は、アイツに」
 シンは首を振り、俯きかけた。
「1対1じゃ負けていないはずよ。勝った事はあっても」
「う……」
 個々の戦闘だけを見るなら、それは事実だ。シンはキラの乗る先代フリーダムを、総合性能ではやや劣るインパルスで撃墜している。
「アンタは、俺のことを良く知ってるんだな」
「まぁ、デュランダル時代のZAFTのトップエース、シン・アスカだって事ぐらいわね」
 シンが訊ねると、女は苦笑気味にそう答えた。
「それに、キラのことも」
「そうね、貴方の事より、あいつの事の方がもっと深く知ってるわ」
 シンが更に聞くと女は言いつつ、笑み交じりの顔で、シンの顔を正面から見据えた。
「あいつとは、恋人同士だったこともあったんだから」
「!」
「!」
 シンは、驚愕の表情で女を見る。コニールも目を円くして、女を凝視した。

「自己紹介が遅れたわね、私はフレイ・アルスター」
 女──フレイは、胸に右手を当てて、自分の名前を名乗った。
「…………ほ、ホントにか?」
「何が?」
 シンは信じられない、と言った表情で、フレイを凝視している。
「キラ・ヤマトと恋人同士だったなんて……」
「そういうことにはなってたわね。もっとも、動機は不純だったけど」
 フレイは、自嘲気味に言う。
 シンとコニールは、目を見開いたまま、顔を見合わせた。
「それで、どうする?」
 少し間を置いてから、フレイはシンに改めて訊ねた。
「私の話に乗る?」
「…………」

 シンは、やや険しい顔をしつつ、無言でフレイを見た。
「それとも、信じられないから蹴る? 別に構わないし、貴方をプラントに売ったりもしないわ」
「…………」
 優しげに微笑みながら、フレイは言う。
「それとも、他に何か報酬が必要かしら? 用意できるものだったら、いいわよ?」
 フレイがそう言うと、シンはフレイの身体を一瞥するように、目を伏せた。
「…………」
 沈黙。フレイは小首をかしげる仕種をする。
「…………アンタ」
「え?」
 呟くようなシンの声に、フレイが聞き返す。
「アンタ自身が欲しい」
「本気?」
 フレイは、訝しげに目を細める。
「ああ」
「まずは異性関係から、キラに復讐って事?」
 自嘲の苦笑を浮かべながら、フレイは言う。
「否定しないけど、本気。一目惚れしちまったらしい……こんな感情になったのは、初めてなんだが……」
 シンは少し困惑したように言ってから、フレイを見つめなおす。
「アンタと一緒にいられるなら、キラと戦う駒になってもいい」
「いいわ、OKよ。私ももっと、貴方の事知りたくなったし」
 フレイは魅力的に微笑んで、そう言った。 
 
 コニールは面白くなさそうに、頭の後ろで手を組んで不機嫌そうな表情をしている。
「それと、コニール、彼女も加えてくれないか?」
 そういわれ、俯きがちになっていた顔の目を円くする。
「あ、あたしを!? わざわざ!?」
 自分を指差しながら、コニールは2人を振り返って声を上げる。
「あ、いや、コニールがいやなら無理に、とは言わないんだけど……」
 コニールの反応に、今度はシンが戸惑った声を上げる。
「そうね、ムジャヒディーンが加わってくれるのは、頼もしい事だわ」
 コニールは逡巡するように、顔を少し伏せる。だが、すぐに意を決したように、顔を上げた。
「判った、行く。私も戦う」
「決まりね」
 フレイはそう言って、また、微笑んだ。
「その代わり、シン、今度こそあたしにモビルスーツの使い方、教えろよ!」
「へ?」
 コニールの言葉に、シンは間の抜けた声を出してしまう。
「シンはガルナハンの為に戦ってくれた。今度は、ガルナハンのあたしが、シンのために戦う番だ」
「シン・アスカだけじゃなくて、もう1人頼もしい仲間が加わったわね」
 フレイはそう言って、コニールを見つめ、それから、シンに視線を戻した。

「ちっ、また過熱警報だ」
 パワーソースモニターのディスプレィに踊る警告に、イザークは毒つくように言った。
 融合炉の方ではない。発電機の巻線が、過電流で過熱していた。
『容量増大型じゃだめですね』
 通信用のディスプレィの中で、シホが言う。彼女は元々、技術者でもある。
 現状、TPRF-XMS109F『エンデューリングジャスティス』と、TPRF-XMS999Fには、ゲルググシリーズやネモ・ヴィステージに
搭載されている核融合エンジンユニットの、発電機の巻線を増大して容量を増やした物を搭載していた。
 しかし、少し激しい戦闘機動をかけただけで、今のように警告が出てしまう。
 もともと発電機が要求する軸動力に対して、融合炉の熱出力の方に余裕がありすぎるほどだったのだ。
『思い切って新型に替えた方が良いですね』
「これでは話にならんからな」
 生産効率を考えると、部品が大幅に入れ替わりになる事は避けたいのだが、胴体の能力を存分に発揮できないのでは意味がない。
 しかも、地上で3機のジオン製核融合MSが強奪されていた。プラントが突然核融合MSを投入してくる可能性はかなり高くなってきた。
 次期量産機も含め、性能に過度の妥協はできない。
「決定だな。シホ、TPRF-1に突き上げとけ。俺は母上……市長と、殿下に報告しておく」
『了解しました』