プラント国防軍宇宙軍、大型MS搭載戦闘艦『プリンシパリティ』。
旧連合の『ガーティー・ルー』をベースとして建造された、ミラージュコロイド搭載の強襲用の戦闘艦だ。
そのプリンシパリティは、相対的に見て『ラーレ・アンデルセン』の後方、
ジオン艦隊の探知範囲のギリギリ外側に、待機している状態にあった。
3機のギャン・カビナンターに護衛された、特殊仕様のゲイツを飛び立たせている。
「『スキャナ』の発信を捕捉。データ転送同期可能になりました」
オペレーターが、そう報告する。
すると、艦長席の中年の中佐は、深く頷いてから立ち上がり、命令を発した。
「『読み取り』開始」
「了解、『読み取り』開始します」
機動戦士ガンダムSEED
逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~
PHASE-23
「なんだあれは、ジンの復刻版か?」
確かに、ジオンがゲルググシリーズに変えて投入してきた量産機は、直線で構成された胴体装甲、バックパックシステムと
固有の飛行機能を両立する補助翼型スラスターなど、一見、ZAFTの、と言うより、世界初の実戦用モビルスーツ、ジンを思わせた。
「いよいよジオンも後が無くなって来たか? アハハハハ……」
だが、それを嘲笑った者は、ファルシオン・ビームサーベルに、ギャン・カビナンターもろとも貫かれた。
『気をつけて、見た目に誤魔化されないほうが良いわよ』
ニーナの声が通信越しに聞こえる。
GタイプMSを思わせるセンサーヘッドの付いた、モノアイの群れが、ギャン・カビナンターを睨む。
「!」
ジークをロックオンアラートが急き立てる。『コロネード』対装甲ミサイルが襲い掛かる。
バックラーを構えつつ、アドバンスド・スクリーミングニンバスを展開する。ミサイルは攻性防壁に弾頭を叩かれて炸裂する。
「うぉっ!」
ジークの収まるコクピットは衝撃波で激しく揺さぶられるが、ミサイルがギャン・カビナンターの装甲を傷つける事はできない。
だが、ミサイルの後ろを追いかける形で、新型機、ニュー・ジン・ソルジャーは突っ込んできた。
「うぉ」
とっさに、アンチビーム・バックラーで凌ぐ。バチバチと火花が散る。
だが。
「そうそう簡単に、負けてたまるかよぉっ!!」
スクリーミングニンバスを展開したまま、バックラーを突き出してニュー・ジン・ソルジャーを圧す。
突き飛ばすようにして、ビームサーベルで薙ぎかける。ニュー・ジン・ソルジャーもシールドを構える。
展開されたビームシールドにギャン・カビナンターのビームサーベルが当たり、激しく火花を散らす。
「っくっ」
ニュー・ジン・ソルジャーがファルシオンを構えなおしたのに気付き、ジークは瞬間的に間合いを取り直す。
「はぁ、荒削りですが、やりますね」
ニュー・ジン・ソルジャーのコクピットでは、シホが一呼吸付く。次の瞬間、味方のアグニIIの射撃が目の前の
ギャン・カビナンターを掠める。
ギャン・カビナンターは、ビームシールドを広げ、スクリーミングニンバスを展開したままさらに後退して行く。
「! 隊長、大丈夫ですか!?」
『真上だ真上』
イザークの声。シホ機の相対な上方に、イザークのニュー・ジン・バンシーはいた。
『俺の心配なんぞせんでいいっ、敵は手強いぞ、気をつけろ』
「はいっ」
『もう少し数を減らしておくか、行くぞっ!!』
「了解ですっ」
ニュー・ジン・バンシーとニュー・ジン・ソルジャーはスラスターを吹かし、別の目標を求めて飛ぶ。
「はぁぁぁぁっ」
「うわぁぁぁっ」
エンデューリングジャスティスが斬り込んでくる。“TPRF-BSR01”エクストレームラケルタの刀身ビームが振り下ろされる。
ケルビックフリーダムは僅かに身体を逸らし、その斬撃をかわす。
“MIF-801”エクストレームラケルタがエンデューリングジャスティスを薙ぎかける。
シンはそれをシールドで受け止める。ビームシールドと刀身ビームがぶつかり、激しく火花を散らす。
「このっ」
シンが構えなおす隙に、キラはドラグーンを呼び出す。クリュティエドラグーンがエンデューリングジャスティスを狙う。
その射線の正面をミーアのスタードラグーンが締める。
スタードラグーンの方が先に射撃、クリュティエドラグーンはそれを回避する為に散らされる。
「くっ」
キラは少し大振りに避ける。
「はっ」
シンは反射的に、連結したラケルタを振り上げるようにさらに斬撃を加える。キラは後退してそれもかわすと、
ケルビックフリーダムの胸が閃いた。
「くそっ!」
エンデューリングジャスティスは大きくロールして、アポリュオン複相複元砲から逃れる。
直接ダメージは逃れるものの、コクピットからも解るほどに、エンデューリングジャスティスを揺すった。
その隙に、ケルビックフリーダムはドラグーンを回収する。
「!」
キラはギョッとした。
『もらった!』
エンデューリングジャスティスの背後に、ギャン・カビナンターがビームサーベルを突き出すようにつっこんでくる。
「だめだ、逃げて!」
キラが叫んだ次の瞬間、閃光がそのギャン・カビナンターを、文字通り3つに切断した。
ミーアに装備される『デュランダル』対装甲レーザーカッター。かの『レクイエム』の原理をMSサイズに応用したものだ。
「やめろぉぉっ」
キラはケルビックフリーダムをミーアに向ける。アポリュオンとヒュドラのバーストを繰り返すが、
ミーアは瞬間移動的な機動でそれを回避しつつ、『デュランダル』に加えて240mm重金属イオンビーム・リボルバーカノンが
ケルビックフリーダムを狙う。ミーアと同じような急機動で、その攻撃をかわす。
だが3度目で、強烈な衝撃がケルビックフリーダムを襲った。エンデューリングジャスティスのシールドタックル。
「お前の相手は俺だ、キラ・ヤマト!」
「シーンー!!!!」
ケルビックフリーダムのラケルタが、エンデューリングジャスティスを薙ぎかける。
シンは、ショルダー固定のアンチビームバックラーで受け止める。
「このぉぉっ!!」
エンデューリングジャスティスがラケルタを振りかぶる。ケルビックフリーダムはそれを避けて下がり────
「!?」
ケルビックフリーダムの胸部が瞬く。
「うぉっ」
シンは高機動で回避、再度接近を試みて────
バシューッ
「!?」
続けざまの、ケルビックフリーダムのフルバースト。エンデューリングジャスティスは難なくかわす。
「なんだ!?」
ケルビックフリーダムはフルバーストを乱射する。だが、精度は明らかに落ちる。
エンデューリングジャスティスにとって脅威とはいえない。
「ふざけているのか、キラ・ヤマト!」
苛立ったシンはコクピットで怒鳴る。
だが、つながったままになっていたケルビックフリーダムとのチャンネルから帰ってきたのは、予想だにしない声。
『うあぁあぁあぁぁぁぁっ!!』
闘志の咆哮ではない。悲鳴、絶叫。
「な、なんだっ!?」
シンは呆気に取られる。
『くっ、食われる……』
「は、はぁっ?」
キラの言葉に、シンは思わず、間抜けな声を出してしまっていた。
「一体どうしたって言うんだよ!?」
相手が敵、仇であることも一瞬忘れ、キラの言葉の意味を問いただす。
『頭が……フリーダムにっ……!!』
「お、おい……」
エンデューリングジャスティスが近づきかけた途端、ケルビックフリーダムはフルバーストをかけてきた!
「な、なんなんだよ!」
『違っ……僕が、ってるんじゃ……っ、勝手に……あぁぁあぁぁぁっ!』
シンは愕然とした。キラの言葉。ディスプレィの中のキラは、頭を抱えて悶絶している。
────キラは操縦桿から手を離している。
「キラ! そのモビルスーツを止めろ!」
『止まらない……止まらないんだよぉぉっ』
涙交じりの声を上げる。
「くそったれ!」
シンは忌々しそうに吐き捨てながら、エンデューリングジャスティスを飛び出させる。
ケルビックフリーダムからエンデューリングジャスティスめがけてフルバーストが繰り出される。
シンはできる限り最小のスナップ・ロールでそれをかわす。
「!?」
回避したエンデューリングジャスティスの目前に、クリュティエドラグーンがいた。
「ヤバッ」
シンがシールドを構えかけた瞬間、クリュティエドラグーンが小口径のビームに貫かれ、
破壊された。
『アスカ大佐!』
スタードラグーン、クレハの声。
「クレハ、なんかこのMS、ヤバいぞ!」
『はい!』
ケルビックフリーダムの射線をかわしつつ、何とか接近を試みる。だが、その射撃は止まない。
『イザーク! 手伝ってくれ、ヤバい事態になってる!』
「何だと!? くっ」
イザークは目の前のギャン・カビナンターを蹴飛ばすと、シホのニュー・ジン・ソルジャーと絡み合っていた
ギャン・カビナンターをファルシオンで刺し貫く。
「聞こえたな、シホ!」
『はいっ!』
アグニIIの精密射撃に援護されながら、イザークとシホは反転し、シン達とケルビックフリーダムが戦っているはずの空間へと向けた。
「この、待て!」
ジークは、離れていこうとするニュー・ジンシリーズ2機を追おうとしたが、その瞬間。
ポーン、ポーン、ポーン!
「な!?」
ラーレ・アンデルセンから、3色の信号弾が発射された。
「帰還信号だって!? 一体どうして!?」
ジークが怪訝そうに声を上げる。すると、通信用ディスプレィに、『最上位命令』の文字が躍った。
武装親衛隊の最上位、それはラクス・クライン大統領本人に他ならない。だが、彼女が実戦部隊に直接、
キラの頭越しに命令してきたことなど、ZAFT軍組織がプラント国防軍と武装親衛隊に改編されて以降は、今まで例がない。
『ジーク、帰還しないと!』
「くそっ」
ジークは毒つきつつ、ニュー・ジンシリーズやジム・クロスウィズの射撃をかわしながら、
ラーレ・アンデルセンに向かって後退し始める。
「シン! 一体何があったんだ!?」
イザークがそれを視認した時、異様な光景が繰り広げられていた。
ケルビックフリーダムがフルバーストを乱射しながら、エンデューリングジャスティス、ミーアから逃げ回っている。
「一体これは、どういうことになってるんだ!?」
『隊長!』
イザークは言いつつ、エンデューリングジャスティスの方に向かって飛び出す。
ケルビックフリーダムがニュー・ジン・バンシーを狙う。
「うぉっ!!」
「クレハ!」
イザークがギリギリでそれをかわした時、シンがクレハを呼ぶ。
『はいっ!』
ケルビックフリーダムの相対的下方に回りこんだスタードラグーンが、ビームとレーザーでケルビックフリーダムの背面スラスター部を破壊した。
「このっ!」
エンデューリングジャスティスが背後に回りこみ、その襟首に掴みかかる。
「イザーク!」
『おう!』
ニュー・ジン・バンシーがケルビックフリーダムの脚に近づき、ファルシオンでケルビックフリーダムの膝から下を続けざまに切り落とした。
スラスターのほとんどを失い、ケルビックフリーダムの動きが止まる。
シンは、一旦、ケルビックフリーダムを放り出した。
「この」
メインモニターをサーモグラフィーに切り替える。核融合エンジンの熱源を、ラケルタで真一文字に薙いだ。
ケルビックフリーダムは真っ二つにされ、APS装甲が落ち、完全に機能を停止する。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁぁ……っ」
『敵編隊、撤退しました……いかがいたしますか?』
シンとイザークに、『ミシェイル』から支持を請う通信が入る。
「撤退だって!?」
シンはその事実に驚き、声を上げた。
「キラ・ヤマトが、“新型フリーダム”がこんな有様なのに、逃げようって言うのかよ!?」
前線の指揮官が討たれて、敵兵が撤退する事は決して珍しくはない。だが、キラの場合は別だ。
プラントでは本人も崇拝の対象でだし、何よりラクス・クラインにとってもっとも大切な人物のはずだ。
見捨てて逃げることが許されるはずがない。
だが、現実に、ZAFT武装親衛隊は、ジオン公国軍の追撃を振り切って撤退して行ってしまった。
「なんなん、だよ……」
シンはしばらく、呆然としてしまっていた。イザークに叱責されるまでの間、シンとエンデューリングジャスティスは、
ケルビックフリーダムの残骸を前に、呆然と立ち尽くしていた。
「『スキャナ』シグナルロスト」
プリンシパリティのオペレーターが、そう告げる。
「『読み取り』の達成率は?」
艦長が、半ば驚いたように訊いた。
「100%。問題ありません」
オペレーターが告げると、艦長はいくらかほっとしたような表情を見せた。
「中継部隊を帰還させろ。撤収する」
────ラクス・クラインとキラ・ヤマトは最高のパートナー同士、お互いかけがえのない存在である。
これに誤りはない。
キラは常にラクスの言葉を尊重し、ラクスは常にキラの立場を立ててきた。
ブレイク・ザ・ワールドの頃、周囲から「まるで長年連れ添った夫婦のよう」と言われた2人の関係は、
メサイア戦役の後、本人達の中でもそうした関係になっていた。
ただ────
『ベイオウルフ』の格納甲板に、エンデューリングジャスティスと、イザークのニュー・ジン・バンシーによって、
ケルビックフリーダムの残骸が下ろされていた。
イザークが、ニュー・ジン・バンシーで、コクピットブロックをこじ開ける。
そして、整備員が中に乗っているはずのキラから、ヘルメットを引き剥がした。
「うっ!?」
直視した整備員は、それを見て一瞬凍りついた。
既にエンデューリングジャスティスのコクピットを開放していたシン、モノアイ越しに見たイザークは、
それを覗き込んで、嫌悪に顔をしかめた。
僅か短時間の出来事であったはずにも拘らず、餓鬼のように窶れはて、幽鬼のような状態になったキラ。
ヘルメットの非透明バイザーの中には、大量の吐しゃ物が撒き散らされている。
軍人でもなければ、とても直視できるような状態ではなかった。
「なんなんだよ……なんなんだよ、これは!」
シンは、困惑と憤りが混じった声を上げた。
遺伝子は全てを決めない。
一卵性双生児がまったく同一の人格になり得ないように、同一人物のクローンであるラウ・ル・クルーゼとレイ・ザ・バレルが
性格的には別人であるように、遺伝子の情報のみで同一の人物を作り出す事はできない。
環境によって、精神的にはもちろん、肉体的にも影響する要因が変わってくるためだ。
そしてそれは、母胎の中にいる時点から始まっている。
生後の条件は、プログラム的に同一にする事は不可能ではないかもしれない。
だが、それ以前、生命である母胎を、常に同一の条件に保つ事はできない。
つまり、コーディネィト技術は、同一人物を作り出す事はできない。クローン技術はコピー人間を生み出せない。
できるのはあくまで人工的な“一卵性双生児の相当品”だ。
────ただ1つの例外を除いて。
同時刻、アプリリウス1。
大統領官邸、執務室。
『プリンシパリティから報告が入りました。任務は無事達成とのことです』
「それはなによりですわ」
モニターの通信相手に、ラクス・クラインは微笑みかける。
「帰還次第、『最適化』プロジェクトの最終段階に進んでください」
『はっ、了解しました』
モニターの向こうの相手が小さく敬礼したのを確認してから、回線を切る。
ラクスは机から椅子を少し離し、微笑みながら軽く手を組んだ。
その正面から入ってきた人物は、やはり優しげに微笑みながら、机に手を付いてラクスに訊ねかける。
「ラクス、楽しそうだね? なにかあったの?」
ラクス・クラインにとって、キラ・ヤマトはかけがえのない存在である────
ただ────キラ・ヤマトは、唯一無二の存在ではない。